ハッコウシティは、パルデア地方でも有数の大都市である。街中を彩る巨大な電光掲示板とネオンの明かりは、夜になれば昼間以上の輝きを放ち、人々の目を楽しませる。そんな電子と光の街を代表する人物は誰かと問われれば、おそらく十人中十人が同じ名前を口にするだろう。
その人物は、ハッコウジムのジムリーダーにして、でんきタイプの使い手でもある。そして何より、パルデア地方のみならず、遠く離れた地方にまで名を轟かせる超人気動画配信者だった。
『あなたの目玉をエレキネット! 何者なんじゃ? ナンジャモです! おはこんハロチャオー!!』
《キターーー!!》
《おはこんハロチャオ!》
《今日もかわいい》
《待ってました》
《ナンジャモ氏今日も元気》
《開始3秒でもううるさい》
《そこがいいんだろ》
「うるさいとは何ぞやー!? 皆の者~! もっと言葉を選びたまえよ~!? 繊細な乙女心がビリビリっと感電しちゃうぞよー!」
《どの口が繊細って言ってんだ》
《草》
《乙女……?》
《↑消されるぞ》
《ナンジャモちゃんは永遠の美少女だから》
「そうそう! 最後のキミ、わかってるね~! コメント欄に一人だけIQ200の逸材発見! あとでボクのサイン入り何かを送って……あげるとは言ってませーん! ニッシッシ!」
《ケチ!》
《期待させんな》
《釣られた》
《これが人気配信者のやり口》
巨大モニターを背に、両手をいっぱいに広げ、大袈裟な身振りでカメラへ笑いかけているのは一人の少女だ。左右に伸びた淡い水色とピンクの長い髪の上では、彼女の代名詞とも言える二匹のコイルを模した巨大な髪飾りが揺れ、黄色と黒を基調としたオーバーサイズのジャケットが細身の体を覆っている。
そんな彼女こそ、エレキトリカル★ストリーマー、ナンジャモ。ジムリーダーとして確かな実力を持ちながら、一度見れば忘れられない容姿と言動、そして何より視聴者を退屈させない抜群の話術で絶大な人気を誇る配信者であった。
「そいじゃ本日の企画は~! 視聴者参加型! ボクのハラバリーに挑戦して、何人倒せるかな耐久バトル~~!!」
《逆では?》
《挑戦者が倒される側じゃん》
《ハラバリー虐殺配信》
《初心者逃げて》
「ゲゲッ!? そこ気づいちゃった!? まあまあ細かいことは気にしなーい! 強者との遭遇はトレーナーを育てるって偉い人もたぶん言ってたし! 知らんけど!」
そうして始まった配信は、いつも通り大盛況だった。応募してきたトレーナーを次々と返り討ちにし、勝てば満面の笑みで煽り、少しでも危ない場面になれば「ヤバイヤバイ! 今のカットで!」と生配信なのにスタッフへ存在しない編集を要求する。
流れるコメントは一秒たりとも止まらず、同時接続者数も配信開始十分で十万人を突破していた。そんな大勢を前にしてもナンジャモの舌が止まることはなく、次々と挑戦者を捌きながらチャットの反応まで拾って笑いへ変えていく。
「はい三十二人目撃破ー! いやぁ今日もハラバリー氏がノリノリですなぁ! この調子なら五十人抜きも夢じゃ――――」
言いながら、ナンジャモの瞳がほんの一瞬だけカメラから外れた。視線の先にある小型ディスプレイには、午後九時四十七分という時刻が表示されている。
《どうした?》
《今一瞬止まった?》
《ナンジャモ?》
《回線?》
「おっとぉ!? なんでもなーい! ボクほどのプロ配信者ともなれば時刻確認もカメラ目線のまま……できませんでしたー!」
《草》
《素直》
《何か予定ある?》
《今日早めに終わる感じ?》
「ん~? まあね! このあとボクにはちょ~~~っとばかし、大事な予定がございましてな~!」
《デート?》
《!?》
《男か!?》
《解散》
《相手誰だよ》
《許さんぞ》
「アワワワワ!? キミら食いつき良すぎじゃない!? 違う違う! そーゆーのじゃないから! ただの……すっごく大事な用事!」
ニカッ、と特徴的な尖った歯を見せて笑えば、コメント欄はさらに勢いを増して騒ぎ始める。だがナンジャモはその大切な用事が何なのかを明かさず、残っていた数試合を手早く片付けた。
普段なら終了予定時刻を三十分、一時間と平気で越えて雑談を続ける彼女が、その日に限っては午後十時になる寸前にエンディングへ入った。
「んじゃもー! 本日のドンナモンジャTVはこれにて終了! 皆の者! いい夢見ろよ~! おつかれサンダース~~!!」
《おつ!》
《おつかれサンダース》
《結局予定なんだよ》
《気になる》
《また明日!》
配信終了のボタンを押し、カメラの横に灯っていた赤いランプが消える。その瞬間まで十万人以上の視聴者へ笑顔を振りまいていたナンジャモは、完全に配信が切れたことを確認するや否や勢いよく椅子を回した。
「よしっ! 間に合ったー!」
多少遅れたところでアーカイブは残るし、一、二分見逃した程度で内容がわからなくなるわけでもない。それでもナンジャモは、その配信の開始時刻に間に合っただけで、お気に入りの番組を待っていた子供のように喜んでいた。
「フヒ……今日もジャストタイム」
慣れた手つきでブラウザを開き、お気に入り一覧の一番上に何年も固定してあるチャンネルを選ぶ。待機画面の中央には【配信開始まで 00:00:03】と表示されており、ナンジャモは無意識に身を乗り出した。
「三、二、一……」
ゼロになった瞬間、画面が切り替わる。
『こんばんは。皆さん、今日も来てくださってありがとう』
始まったのはナンジャモには負けるがかなりの根強いファンを持つ人気配信者《フローラ》の生配信。その声を聞いただけで、ナンジャモの表情が緩んだ。
画面に本人の姿は映っていない。表示されているのは実況するゲーム画面と、その端に置かれた金色の髪と菫色の瞳を持つデフォルメされた配信用アバターだけ。フローラは活動を始めてから今日まで、一度として自分の顔をインターネット上に公開していなかった。
それでもナンジャモには十分だった。何年も彼女の配信を見続けてきた身としては、顔が見えなくても何の問題もない。耳に届く透き通った声だけで、先ほどまで視聴者へ向けていた営業用の笑顔とは違う、恋する乙女そのものの笑みが自然と頬に浮かんでしまう。
《こんばんは!》
《待ってた》
《今日も来た》
《フローラさんこんばんは》
《声聞くと落ち着く》
開始直後から勢いよく流れていくチャット欄を眺めながら、ナンジャモは自分のアカウントを切り替えた。もちろん公式のものではなく、まだ自分自身もほとんど無名だった頃から使い続けている匿名アカウントである。
《ナモナシ:今日も来たよ。楽しみにしてた》
送信したコメントは大量の文字列にあっという間に押し流される。だがフローラは、それを見逃さなかった。
『あら、ナモナシさん。今日も来てくれたのね。ありがとう。あなたは本当に昔から変わらないわね。今日も最後まで楽しんでいってね』
「…………フヒ。ほら、やっぱボクは違うじゃん」
フローラにとってナモナシは、まだ視聴者がほとんどいなかった頃から何年も応援してくれている大切な古参ファンだ。だからこそ名前を覚えており、何万人ものコメントの中に見つければ自然と声をかける。だがナンジャモは、そんな何気ない親しさの一つ一つに特別な意味を見つけずにはいられなくなっていた。
「ニッシッシ……今日も見つけてくれましたなぁ、フローラ氏」
頬杖をついて画面を眺めるナンジャモの瞳には、先ほどまで大勢の視聴者へ向けていたものとは別種の熱が宿っていた。フローラの実況は、ナンジャモのそれとは正反対と言っていいほど穏やかである。
大声で騒ぐことも奇抜な企画で視聴者を驚かせることもなく、今夜遊んでいるのもパルデア地方を旅しながら少しずつ図鑑を完成させていくという至って普通のゲームだった。
『あら、この子……こんなところにも生息しているのね。図鑑には山岳地帯を好むと書いてあったけれど、近くに川があることも関係しているのかしら』
《また考察始まった》
《フローラ先生の生態講座》
《こういう脱線好き》
《普通の実況者なら捕まえて終わりだぞ》
《知識量どうなってんの》
『ふふ、ごめんなさい。つい気になってしまって。でも、せっかくポケモンと出会えるゲームなのだから、捕まえるだけではもったいないでしょう?』
ゲームの進行そっちのけで生態について語り始めたフローラに、チャット欄から呆れ半分、好意半分のコメントが流れていく。本人はただ自分の興味に従って話しているだけなのだが、その豊富な知識と柔らかな話し方、時折覗かせる悪戯っぽい笑い声も人気の理由だった。
「そうそう、そこなんだよねぇ。フローラ氏ってゲーム実況してんのに、気になったら普通に専門書レベルの話を始めちゃうんだよな~。しかも本人、難しいこと話してる自覚がぜーんぜんないし」
フローラが珍しいポケモンを発見すれば自分のことのように喜び、操作を失敗すれば声を出して笑い、チャット欄で彼女の知識が褒められればなぜか自分まで鼻を高くする。
《今日も声かわいい》
《フローラさんと一緒にポケモン見に行きたい》
《結婚してください》
「…………あ?」
その一文を見つけた途端、ナンジャモの笑顔がすっと消えた。コメントを送ったアカウントを素早く確認し、チャンネル登録時期を見つける。
「登録三ヶ月前……なーんだ、にわかじゃん。三ヶ月で結婚とか距離の詰め方バグってない? もっとこう、何年もかけて相手のこと知ってから言うもんでしょ、そーゆーの」
何を基準に説教しているのかは棚に上げ、ナンジャモは露骨に機嫌を直した。新しい視聴者がどれだけ増えようと、彼らが知らないフローラを自分は知っている。どんなゲームを好み、どんなポケモンを見ると話が長くなるのか。疲れた日は言葉と言葉の間がわずかに長くなり、嬉しいことがあった日は本人も気づかないまま鼻歌を口ずさむことも、何年も見続けてきたナンジャモにはわかっていた。
『あら、ハラバリーね。頭の左右にある大きなもの、目のように見えるでしょう? でも本当の目は、口のすぐ上にある小さな方なの。大きなコブは、おへそのような器官で作った電気を放つために使われているのよ』
《知らなかった》
《そこ目じゃないの!?》
《ずっと顔の横に目があると思ってた》
《急に見え方変わった》
『ふふ、初めて知ると驚くわよね。それに、日が暮れてから聞こえる「ぐもー」という音も、鳴き声ではなくて空腹を訴えるお腹の音なのですって。威圧感を出すための大きなコブは持っているのに、お腹が空いたことだけは隠せないなんて、少し可愛らしいでしょう?』
「フヒヒ、わかってますなぁ、フローラ氏。ハラバリー氏のチャームポイントを、こうも的確に拾っていただけるとはねぇ」
その間にも配信は進んでいて、ゲーム画面ではナンジャモもよく知るハラバリーを前に楽しそうにお喋りするフローラの声がハーブの音色のように機材から聞こえてくる。
自分の相棒が褒められているだけなのに、ナンジャモはまるで自分自身を認められたかのように上機嫌になった。画面の中でハラバリーが大きく身体を膨らませれば、その動きまで誇らしげに眺めてしまう。
その後フローラはハラバリーを捕まえ、川沿いの道を先へ進んでいた。しばらくすると浅い泥沼の中から、茶色い身体のウパーがのんびりと顔を出す。
『あら、今度はパルデアのウパーね。この子たちの祖先は、もともと水中で暮らしていたと考えられているのだけれど、縄張り争いに……』
「ん?」
そこでフローラの言葉が不自然に途切れた。ほんの数秒後、思い出したように柔らかな声が戻ってくる。
『……ごめんなさい。縄張り争いに敗れて、陸上の泥地へ移り住んだといわれているの。乾燥を防ぐために全身を毒の粘膜で覆うようになり、長く陸で暮らすうちに、えらも硬く変化したのですって』
《負けた結果だったのか》
《普通のウパーと全然違うもんな》
《毒になったのも生き残るためなんだ》
『そうね。環境へ適応した姿というと、力をつけて勝ち残った結果のように聞こえるけれど、この子の場合は居場所を失ったことが始まりなの。追い出されても、それまでとは違う身体になって生き続けた。負けることと、そこで終わることは……同じでは、ないのよね』
最後の言葉だけ、普段よりわずかに弱かった。フローラはウパーを捕まえようと道具の一覧を開いたものの、カーソルを一度通り過ぎ、数秒遅れてからモンスターボールを選び直す。些細な操作ミスに見えたが、ナンジャモの表情からは先ほどまでの嫉妬混じりの笑みが消えていた。
まさかと思ったナンジャモは、改めてフローラの声へ意識を集中させる。確かに普段より少しだけ声が低く、コメントへの返事にもいつもより時間がかかっていた。
「やっぱ疲れてんじゃん。もう、無理するの好きだなぁフローラ氏は」
ナンジャモは配信画面とは別にメッセージアプリを開いた。そこでも表示されている自分の名前は、もちろんナモナシである。
《ナモナシ:今日ちょっと疲れてる? 無理してない?》
配信中なのだから、返事は終わってからで構わない。そう思っていた数分後、メッセージアプリから通知音が響いた。
《フローラ:やっぱりわかってしまった?》
《フローラ:今日は少し寝不足なの。でも大丈夫よ》
《フローラ:心配してくれてありがとう。あなたには昔から隠し事ができないわね》
「…………フヒ」
ナンジャモの口元がゆっくりと緩んだ。特に最後の一文を何度も読み返してから、堪えきれなくなったように椅子の背もたれへ体を預ける。
「フヒヒ……いやいや待って? 『あなたには昔から隠し事ができない』って、なかなかヤバいこと言っちゃってませんかねぇ、フローラ氏~? それってボクが何でもわかっちゃう特別枠ってことでしょ?」
こんなふうにフローラの何気ない言葉へ必要以上の意味を見出してしまうのは、今日に始まったことではない。二人がまだほとんど無名だった頃から、ナンジャモはずっとそうだった。最初にフローラの配信を見つけた日のことも、今なお鮮明に覚えている。
当時は自分自身も配信活動を始めたばかりで、現在のような巨大チャンネルは影も形もなかった。どうすればもっと視聴者を楽しませられるのかを知ろうと、同時期に活動を始めた新人配信者の動画を片っ端から見て回っていた時、その中の一人としてフローラを見つけたのだ。
『あら……こんばんは。もしかして、初めて来てくださった方かしら?』
当時の同時接続者数は、たった三人。コメントも数分に一度流れればいい方で、顔出しも凝ったアバターもなく、ゲーム映像の隅に配信者名が表示されているだけという簡素な配信だった。
『来てくれてありがとう。始めたばかりでまだ慣れていないのだけど、よかったらゆっくりしていってね』
数分見て次へ移るつもりだったナンジャモの手を、その声が止めた。透き通った綺麗な声と、初めて来た視聴者一人にまで丁寧に礼を言う柔らかな話し方が妙に気になり、試しに一つだけコメントを書いた。
《ナモナシ:このポケモン、さっきの技よりそっちの方が通りやすいかも》
『本当? ……あっ、本当だわ。ありがとう、ナモナシさん』
ネットネームを呼ばれた。ただそれだけだったのに、翌日になるとナンジャモはまたフローラの配信を開いていた。
『あら、ナモナシさん。また来てくれたのね』
その翌日も覗けば、フローラは名前を覚えていた。
『こんばんは、ナモナシさん。今日は早いのね』
さらに次の日も顔を出せば、彼女は楽しそうに笑った。
『ふふ、今日も来てくれてありがとう』
そうやって一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、半年が過ぎた。フローラの同時接続者数が三人から十人、十人から百人と増えていっても、ナンジャモは変わらず配信へ通い続けた。
『ナモナシさんって、本当にいつも来てくれるのね』
《ナモナシ:皆勤賞を狙ってるからね》
『ふふ、そうね。もしかしたら私より私の配信に詳しいんじゃないかしら』
《ナモナシ:当然。古参を侮ってもらっては困る》
『それなら、これからも見守ってもらわないとね』
その頃の何気ない会話を、ナンジャモは今でも驚くほど細かく覚えている。登録者が初めて百人を超えた日も、千人を超えてフローラが声を震わせながら視聴者へ感謝した日も、配信機材が壊れて落ち込んでいた夜も忘れていない。
初めて企業から案件の連絡が来た時には、フローラからナモナシへ個人的に相談まで届いた。
《フローラ:あなたはどう思う?》
その一文を見た時、ナンジャモは返信欄を開いたまま数分間固まってしまった。
コメント欄だけだった交流は、いつしか配信外へも広がっていった。最初は配信機材やゲームについての短いやり取りだったものが、やがて今日食べた物や最近気になっているポケモン、配信中にやらかした失敗まで話すようになる。
《フローラ:今日は配信で技の名前を思い切り間違えてしまったわ……恥ずかしかった》
《ナモナシ:気にすることないって。むしろ切り抜き映えしてたよ》
《フローラ:もう、他人事だと思って》
《ナモナシ:かわいかったからヨシ!》
《フローラ:ふふ、ありがとう。あなたと話していると落ち込んでいるのが馬鹿らしくなってくるわ》
今でこそ誰もが知る人気配信者となったフローラを、同時接続者が三人だった頃から自分は見てきた。落ち込めば励まし、悩めば相談に乗り、数字が伸びれば誰より早く喜んだ。その積み重ねは、いつしかナンジャモにとって単なる「古参ファン」という言葉では足りないものになっていた。
「昔からいる視聴者なんてボク以外にもいるのに、今でもDMくれるし、配信中でも名前見つけてくれる。そこまでしてくれるならさぁ……ボクだけちょっと特別って思っても、いいじゃん?」
現在の画面へ視線を戻し、自分だけに届いたメッセージを眺める。先ほどの求婚コメントなど、もうどうでもよかった。積み重ねてきた時間をチャット欄で誇示する必要はない。それは、ナンジャモだけが長い年月をかけて手に入れた特権なのだから。
その後もしばらく穏やかに実況は続き、配信開始から一時間ほどが経った頃。ゲームの進行に一区切りついたのを察した視聴者たちから、雑談混じりの質問が流れ始めた。
《今日はそろそろ雑談?》
《最近コラボ増えたよね》
《次にコラボしてみたい配信者いる?》
『次にコラボしてみたい方?』
「…………ん?」
フローラがその質問を読み上げたことで、それまで頬杖をついていたナンジャモがわずかに身を起こす。
『そうね……』
考え込む間にも、チャット欄には様々な名前が飛び交った。
《○○さん!》
《またルチアちゃんとやって》
《バトルなら四天王呼ぼう》
《ナンジャモとか絶対相性いい》
「お?」
自分の名前を見つけ、ナンジャモが少しだけ口元を緩める。ナンジャモとフローラはほとんど同じ時期に活動を始めているものの、表向きにはこれまで一度も交流したことがない。だからフローラから見れば、自分など同じ業界で活動する有名配信者の一人に過ぎないと思っていた。
『ああ……ナンジャモさん。それなら私も、一度ご一緒してみたいと思っていたわ』
「…………え?」
《マジ!?》
《ナンジャモきた》
《絶対面白い》
《テンション差すごそう》
《フローラが振り回される未来しか見えん》
ナンジャモが呆然とする中、フローラはそのまま話を続ける。
『ナンジャモさんが配信を始めた時期って、私とほとんど同じでしょう? もちろん今では比べ物にならないくらい大きな方になってしまったけれど、昔からずっと活動を拝見していたから……勝手ながら、同じ時代を走ってきたような親近感があるの』
「……昔から?」
初耳だった。
『それに、配信を見ている人を楽しませようという気持ちがとても強い方でしょう? 私はああいう賑やかな配信があまり得意ではないから、純粋に尊敬しているの。一度直接お話しして、色々聞いてみたいわね』
昔からナンジャモの配信を見ていて、親近感を抱き、一度直接話してみたいと思っていた。その事実を初めて知らされ、ナンジャモは口元を手で覆った。
「なにそれなにそれ……聞いてないんですケド……!」
ナモナシとして寄り添ってきた間も、ナンジャモとしての自分は彼女の視界に入っていた。それを意識した途端、抑えてきた期待と恋心が一気に膨れ上がる。
「もうさぁ……それ反則じゃん、フローラ氏。ボクだってずっと会いたかったんだよ? 直接話したかったし、どんな顔して笑うのかも見たかったし……ボクのこと、ちゃんと見てほしかったんだよ」
これまで何度、ナモナシの正体を明かそうと思ったかわからない。それでも有名なナンジャモだと知ったことで今の関係が変わってしまうのが怖くて、ずっと言い出せずにいた。それなのに今日、フローラの方からナンジャモへ手を伸ばしてきたのだ。
《告白だ》
《誰か本人呼んでこい》
《ナンジャモに届け》
《もうSNSで拡散されてて草》
『もう、告白ではないでしょう? 私はただ、配信者として尊敬しているって……』
「そっかそっかぁ……フローラ氏はボクと話してみたいのかぁ……フヒヒ」
嬉しさを噛み締めながらチャット欄へカーソルを合わせる。いつもの癖でナモナシのまま書き込みかけたところで指を止め、楽しそうに尖った歯を覗かせた。
「せっかくフローラ氏からご指名いただいたんだし、ここはご本人としてお返事しませんとなぁ~」
ログアウトし、仕事や宣伝に使っている認証済みの公式アカウントへ切り替える。
【ナンジャモ】
普段なら見慣れている自分の名前が、今日だけは妙に特別に見えた。何十万人を相手に生配信しても平然としていられるのに、たった一人へコメントを書くだけで指先がわずかに震えている。
「フヒヒ……ヤバ。どんだけ好きなんだよ、ボク……」
何度か文章を打っては消し、最後に残ったのは短い一文だった。
《ナンジャモ:じゃあ、ボクとコラボする?》
送信して数秒後、真っ先に気づいた視聴者たちが騒ぎ始める。
《!?》
《!?!?!?》
《本物》
《ナンジャモいるんだけど》
《認証マークついてる》
《本人召喚成功》
《仕事早すぎだろ》
『え? どうしたの、みんな急に……』
《上見て》
《ナンジャモ》
《本人来てる》
《もう一回書いて!》
「仕方ないですなぁ~」
《ナンジャモ:フローラ氏~! ボクとコラボするって話、マジで進めちゃう~?》
『…………え?』
今度こそフローラがコメントを見つけた。数秒の沈黙の後、普段の落ち着いた彼女からは想像もできないほど素っ頓狂な声が響く。
『えっ!? ちょ、ちょっと待って! 本物!? 本当にナンジャモさんなの!?』
「…………かわい」
配信用の大袈裟な言葉ではない、素の感想が漏れた。自分の登場だけで明らかに慌てているフローラを見ていると、胸の奥が熱くなる。画面越しではなく、実際に目の前へ現れた時にはどんな顔をするのだろう。ナモナシではなくナンジャモとして話す自分へ、どんな表情を向けてくれるのか知りたくてたまらなかった。
「……早く会いたいなぁ、フローラ氏」
《ナンジャモ:言質はいただきましたぞ~! 皆の者も証人だからねー!》
『もう……本当にコラボしてくださるの?』
《ナンジャモ:もちのロン! こーんな公開ラブコールされちゃったら断れませんな~!》
『ラ、ラブコールって……! そういう意味じゃないわよ!』
「ニッシッシ! フローラ氏、めっちゃ慌ててるじゃ~ん!」
《ナンジャモ:細かいことは後でDMしよー! 企画とか日程とか決めないとだし!》
『ええ、もちろん。ありがとう、ナンジャモさん。本当に嬉しいわ』
「〜〜〜〜っ! も、もうさぁ……そういうのサラッと言うのホントやめてよぉ。ボクただでさえフローラ氏のこと大好きなのに、もっと好きになっちゃうじゃん」
「ありがとう、ナンジャモさん」。その言葉だけで、一瞬昇天しかけそうなほどの電流が脳とハートを貫く。公式アカウントからそのまま「ボクも大好き」と送り返したい衝動をどうにか抑え、最後に陽気なコメントを残して配信から姿を消した。
それからしばらく、ナンジャモはいつものゲーミングチェアの上でフリーズしていた。頭の中を何度もフローラとのやり取りが反芻する。その様子は、誰が見ても推しに認知してもらえたファンの姿そのものだった。
そしてフローラの配信が終了してから十分ほど経った頃、ナンジャモの公式アカウントへメッセージが届いた通知音を聞いて、ようやく最推しに脳を焼かれたファンは再起動を果たした。
《フローラ:改めて、先ほどはありがとうございました。まさか本当に見ていらっしゃるとは思わなくて、少し取り乱してしまったわ》
「す、少しぃ? めっちゃかわいかったですケド~?」
メッセージを開けて最初に目に入った文章だけでニヤニヤと顔が緩んでしまった。平静を装おうと独り言では好き勝手に言いながら、送る文章だけは最新の注意を払っていつも通りのナンジャモを心掛ける。
《ナンジャモ:こちらこそ突然凸っちゃってゴメンねー! でもフローラ氏がボクの名前出してくれたから、これはもう行くしかないっしょ!》
《フローラ:ふふ、驚いたけれど嬉しかったです。実は以前から、一度お話ししてみたいと思っていたので》
「……っ! ……もうホント……なんでそういうこと普通に言えんの?」
ナンジャモは椅子の上で膝を抱え、ジタバタと足先を悶えさせながら、届いた文章を何度も読み返した。
ああ、もう自分はとことんフローラ氏の虜になっている。
ナンジャモは抑えきれない心のドキドキを、いつも机に置いてある《フローラファンクラブ限定抱き枕》を抱きしめながら感じていた。
フローラのたった一言で一晩中機嫌が良くなり、コラボ先の誰かと親しそうにしていれば苛立ち、DMが来なければ何度も画面を確認する。いつしか一日の予定を考える時にも、真っ先に確認するのは彼女の配信時間になっていて。
「絶対責任取ってもらうから、フローラ氏……」
冗談めかした口調とは裏腹に、その目には強い執着が滲んでいた。
《ナンジャモ:ボクもフローラ氏とは前々から一度ちゃんと話してみたかったんだよね~。せっかくだし企画もガッツリ練りたいし!》
《フローラ:ええ。どんな内容にするか、ゆっくり相談しましょう》
企画の打ち合わせだけならオンライン通話で十分だ。それでもナンジャモは、もうそんな選択肢を選ぶ気にはなれなかった。
《ナンジャモ:ねぇフローラ氏。よかったら一回、直接会わない?》
送信した途端、心臓が痛いほど大きく脈打つ。既読はついたものの、すぐには返事が来なかった。
「まず、さすがに急すぎ……? い、いやでも、直接話してみたいって言ったのフローラ氏だし……これくらい普通だよね? 仕事の打ち合わせだし。うん」
たったそれだけで不安になり、メッセージへの返信が来ない時間が何時間にも感じられた。実時間にする数分と経っていないのだが、その数分はナンジャモにとっては拷問にも等しく、軽く錯乱し出して誰も尋ねていないのに自分へ言い訳していると、やがて通知音が響いた。
《フローラ:直接?》
「き、き、きききき、きた!」
《ナンジャモ:そそ! フローラ氏が顔出しNGなのはちゃんと守るし、スタッフとかも連れてかないよ~。せっかくだし二人でゆっくり企画詰めた方が早くない?》
文章だけを見れば、顔を公開していないフローラへの配慮として何もおかしくない。実際それも嘘ではなかったが、「スタッフも連れていかない」と書き加えた時だけ、ナンジャモの指は楽しそうに止まった。
何年も画面越しに焦がれ続けた相手と、誰にも邪魔されず二人きりになれる。そんな状況を想像すれば、ただ仕事の話をして帰るだけでは済ませたくないという欲まで、胸の奥からじわじわと滲み出してくる。
「……フヒヒ。二人きり、ねぇ」
《フローラ:そうね。それなら私も、一度ナンジャモさんと直接お話ししてみたいわ》
《フローラ:ぜひお願いします》
「~~~~ッ!! 会える! フローラ氏に会える! マジで!? ホントに!? ボク、フローラ氏と二人で会えるの!?」
勢いよく立ち上がろうとして机に膝をぶつけ、「いったぁ!?」と悶絶する。それでも笑顔は消えず、涙目のまますぐに日時と場所を決め始めた。
周囲に騒がれず、フローラの顔も外へ漏れない場所として、ナンジャモは自分の配信施設を提案した。互いの予定をすり合わせ、日時と場所が決まっていくたび、モニターの向こう側にしかいなかったフローラが現実の存在として近づいてくるように感じられた。
《フローラ:それでは当日、楽しみにしていますね。ナンジャモさん》
「……楽しみ、かぁ」
ナンジャモはその文章をしばらく眺めた後、ナモナシとして何年もフローラと交わしてきたメッセージ履歴を開いた。その隣には、ナンジャモとして今日初めて取りつけた待ち合わせの約束が並んでいる。
フローラはまだ、ナモナシとナンジャモが同じ人間だとは知らない。
「ニッシッシ……これなら、ゆっくり二人きりで話せるねぇ」
最初に見つけたのも、まだ誰にも知られていなかった頃から応援してきたのも自分だった。新しいファンが何人増えようと、他の配信者とどれだけ仲良くなろうと、その何年分もの時間だけは誰にも奪えない。
「今さら他のヤツに一番なんて譲る気ないぞよ。フローラ氏の一番は……絶対、ボクがもらうからね」
待ち合わせの日付を見つめながら、ナンジャモは満足そうに笑った。
約束の日、ナンジャモがフローラとの待ち合わせ場所に選んだのは、ハッコウシティの中心部から少し離れた場所にある大型の配信施設だった。外観だけなら洒落たオフィスビルのようにも見えるが、中にはドンナモンジャTVでも使用される生配信用スタジオをはじめ、収録ブースや編集室、防音設備の整ったラウンジ、仮眠室まで一通り揃っている。ナンジャモが所有する施設の一つであり、今日は建物を終日クローズし、スタッフにも来ないよう伝えてあった。
「いやいや、別に怪しくないからね? フローラ氏は顔出ししてないんだし、有名配信者同士が人目を気にせず話すなら自前の施設が一番安全! 合理的! 完璧!」
まだフローラが到着してすらいないというのに、ナンジャモは誰へともなくそんな言い訳をしながら、スマートフォンに表示された時刻と入口を何度も見比べていた。普段ならどれほど大きな仕事の直前でも平然としている彼女が、今日は朝からどうにも落ち着かない。髪型はいつも通りなのに鏡を確認した回数はとうに数え切れず、ジャケットまで一度決めたものを別のものへ替え、結局また元へ戻していた。
そして約束の時刻を迎える直前、入口の呼び出し音が鳴る。
「ひゃいっ!?」
完全に裏返った声が出た。
「……今のナシ。落ち着けナンジャモ氏。キミは天下のエレキトリカル★ストリーマーぞよ。初対面の女の子一人でビビってどーする」
頬を両手で軽く叩き、いつもの笑顔を作ってから入口へ向かう。自動扉のロックを解除すると同時に、ナンジャモは普段通りの調子で両手を広げた。
「おはこんハロチャオ~! ようこそ我が秘密基地へ――」
言葉が途中で止まった。
「こんにちは、ナンジャモさん。今日はお招きいただいてありがとう」
扉の向こうに立っていたのは、腰近くまで伸びた金色の髪を揺らす一人の美しい女性だった。白を基調とした上品なブラウスに落ち着いた色合いのロングスカート、その上から黒いアウターを羽織った姿は派手ではないのに不思議なほど目を引く。何より、長い睫毛に縁取られた菫色の瞳と、ナンジャモへ向けられた柔らかな微笑みから目を離せなかった。
「……ナンジャモさん?」
「あ、いや……えっと、フローラ氏?」
「ええ」
「ホンモノ?」
「ふふ。少なくとも偽物のつもりはないわ」
「……マジかぁ」
思わず素の感想が漏れた。
顔を見たことなど一度もなかったし、どんな容姿であろうと関係なく、ナンジャモはとっくの昔にフローラを好きになっていた。実際に会っても、声から思い描いてきた輪郭が埋まるだけだと思っていたのだが、その予想はあっさり覆された。
「ちょ、ちょーっと想像以上の高火力が飛んできて思考回路ショートしてただけだから! 気にしないで!」
「高火力?」
「こっちの話! ささっ、どうぞどうぞ!」
誤魔化すように施設内へ招き入れ、フローラが横を通り過ぎた瞬間、ナンジャモは悟られないよう小さく息を吐いた。会う前から十分すぎるほど好きだったのに、実物の微笑みまで見せられては、画面越しだからこそ保てていた距離感など簡単に壊れてしまいそうだった。
施設内を案内している間も、それは変わらなかった。
「へえ……ここでいつも配信を?」
「そそ! 奥がメインスタジオ、こっちが収録用。防音もバッチリだから、夜中にボクがどれだけ騒いでもノープロブレムぞよ~!」
「それは設備より、ナンジャモさんの声量に問題があるのではなくて?」
「ゲゲッ! 会ってまだ十分も経ってないのに辛辣!」
「ふふ、冗談よ」
配信でも何度となく聞いてきた笑い声だった。けれど、実際に目の前で見るとまるで違う。口元へ手を添え、わずかに目を細めて笑うだけの何気ない仕草にまで視線を奪われてしまい、ナンジャモは慌てて顔を逸らした。
「……フローラ氏って、ホントにそういう感じで笑うんだ」
「そういう感じ?」
「あー、いやいや! なんでもない!」
危うく「ずっと想像していた」と口にしかけ、ナンジャモは強引に話題を切り替えた。その後はラウンジへ移動し、テーブルを挟んで本来の目的であるコラボ企画の相談を始める。互いの配信スタイルの違いをどう活かすか、ゲーム実況だけでなくポケモンの知識を競う企画を混ぜても面白いのではないか。フローラは想像以上に真面目に案を用意しており、ナンジャモも配信者として的確に意見を返していった。
ただ、時間が経つにつれてナンジャモの視線が企画書よりフローラへ向かっている時間の方が長くなっていた。
「それなら、事前に視聴者の方から質問を募集して――ナンジャモさん?」
「ん~?」
「聞いていた?」
「聞いてた聞いてた質問募集して、そっから二人で答えてく感じでしょ?」
「よかった。さっきから時々こちらをじっと見ているから、顔に何かついているのかと思ったわ」
「あはは~……顔出ししてない人の顔って珍しいからさ! 初見ボーナスってヤツ!」
「そんなものなの?」
「そんなものそんなもの!」
笑って誤魔化しながら、テーブルの下で自分の太腿を軽くつねる。落ち着け。今日は仕事の打ち合わせだし、会ってまだ一時間も経っていない。これからコラボが実現すれば、また会う理由だっていくらでも作れる。そう自分へ言い聞かせても、何年も声しか知らなかった相手がすぐ目の前に座っているという事実が、どうしても頭から離れてくれなかった。
しばらくして仕事の話が一段落したところで、ナンジャモは前から聞いてみたかったことを思い出した。
「そういやフローラ氏ってさ、昔からずーっと配信してるじゃん?」
「ええ」
「今でも残ってる古参ファンとか結構いるの?」
「そうね。途中で見なくなった方ももちろんいるけれど、今でも来てくださる方は何人かいるわ」
「へぇ~。例えば?」
「例えば……そうね。ナモナシさんとか」
こちらから名前を出す前に、フローラの口からその名前が出た。ナンジャモは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに平然とした表情を作る。
「お~、ナモナシ氏! 昨日の配信にもいたよね。めっちゃ昔からいる人?」
「ええ。本当に最初の頃から。まだ見てくださる方が数人しかいなかった時代から来てくださっているの」
「ふ~ん……相当仲いいんだ?」
「仲がいい、という表現でいいのかしら。配信外でも時々お話しするし、昔は相談に乗っていただくことも多かったわ」
それだけでも十分嬉しい。自分ではわかっていたことなのに、フローラ本人の口から聞かされるだけで胸がくすぐったくなり、ナンジャモは頬杖をつきながら必死に笑みを抑えた。
「じゃあさぁ、結構特別?」
「特別?」
「ほら、今って何万人も見てんじゃん。それでもナモナシ氏が来たら名前呼ぶし、DMまでしてるなら、他のファンとはちょっと違うのかな~って」
「そうね……」
フローラが目を瞑って考える。その姿さえ可憐で愛らしくて、ナンジャモは何でもない質問をしたような顔をしながら、その答えを待っていた。
「大切な方ではあるわ」
「…………!」
何の誇張でもなく、息が止まった。そして数瞬後、心臓が早鐘を打ち始め、体中に熱がすごい勢いで供給されて、頬が真っ赤に染まっていく。
「私がまだ何も持っていなかった頃からずっと応援してくださったもの。今でも変わらず来てくれるのを見ると安心するし、とても感謝しているわ」
「……へ、へぇ」
嬉しさが顔に出そうになり、ナンジャモは慌てて口元を隠した。それでも、声の震えまでは隠せない。だが幸いにも、思わず上擦ってしまった返事をフローラは気づかなかったようだ。
「じゃ、じゃあもう一個だけ聞いていい?」
「ええ、どうぞ」
「ナモナシ氏のこと……好き?」
口にした瞬間、自分でも心臓の音が聞こえそうなほどさらに鼓動が速くなった。フローラは少し驚いたように瞬きをしたものの、すぐに柔らかく微笑む。
「ええ、好きよ」
「…………」
ナンジャモの頭が一瞬で真っ白になった。何年も欲し続けてきた、たった二文字の言葉だった。ナモナシとしてフローラを見守ってきた時間がすべて報われたような気がして、嬉しさが一気に込み上げてくる。
「……そっかぁ。好きなんだぁ」
「ええ」
「フヒ……そっかそっかぁ……」
まずい。どうしても口元が緩む。これ以上聞けば欲張りすぎかもしれない。それでも、ここまで来たら確かめずにはいられなかった。
「じゃあさ、もしナモナシ氏から……もっと特別な意味で好きって言われたら、どうする?」
「もっと特別な意味?」
「たとえば恋人になりたいとか。ずっと好きだったとか。そーゆーの」
なるべく冗談めかして聞いたつもりだった。だが返事を待つ間、ナンジャモの指は無意識にテーブルの縁を強く握っていて、心臓は告白の返事を待つ乙女のようにバクバクと早鐘を打っていた。そんなナンジャモの内心には気づかず、フローラは少し困ったように眉を下げる。
「それは……びっくりすると思うわ」
「…………びっくりするだけ?」
あれ、思ってた反応と違う? 普通ここは、「もしそう言われたら、私受け入れてしまうかも」みたいなことをフローラ氏が言って、ボクが実はそのナモナシ氏なんだよね〜、と打ち明けて結ばれる流れなんじゃないの?
なのに。
なのに、なんで。
どうして?
どうして、フローラ氏……そんな、困ったような顔をしてるの?
「そうね。どうお返事すればいいか、困ってしまうかもしれない」
「…………なんで?」
自分でも気づかないうちに、声が低くなった。
「だって好きなんでしょ?」
「ええ。もちろん好きよ」
フローラはナンジャモの変化に気づく様子もなく、穏やかな調子のまま続けた。
「でも、それは長い間応援してくださっている大切なファンとして、という意味だから」
その言葉を聞いた瞬間、ナンジャモの笑顔が止まった。誰より早くフローラを見つけ、支え続けてきた年月も、彼女の中では結局「ファン」という一言に収まっている。さっきまで胸いっぱいに膨らんでいた喜びが、急速に別の感情へ形を変えていった。
「……ファン、なんだ」
「ええ。とても大切な方よ」
「…………そっか」
ナンジャモはいつものように尖った歯を覗かせて笑った。ただ、その目からは先ほどまでの浮ついた喜びが綺麗に消えていた。
そしてフローラが何気なく企画書へ視線を落とした隙に、ナンジャモの片手がゆっくりとテーブルの下へ伸びる。そこには、今日ここへ来る前から用意していた、草ポケモンのねむりごなを封じた小瓶が隠されていた。拒まれる可能性を考えたくない一方で、手放すという選択だけは初めからなかった。その矛盾した執着が用意させた、最後の保険だった。
「……大切、かぁ」
指先で小瓶の蓋を撫でながら、ナンジャモはもう一度だけ笑う。
「それじゃあ……もうちょっとだけ、ボクのこと知ってもらわないとねぇ。フローラ氏」
その声を、フローラはまだ聞いていなかった。ナンジャモは何事もなかったように笑顔を戻して企画書へ身を寄せ、その陰で小瓶の蓋をわずかに捻る。瓶口に仕込んだ小さな送風機が、ごく薄い粉をフローラの側へだけ送り出した。数分後、フローラは急な眠気を訴え、ナンジャモに肩を支えられたところまでしか覚えていなかった。
もしFFのエロをやるならどのナンバリングが見たい?*FF7は意図的に外しています
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