春眠暁を覚えず。
穏やかな気候の今日この頃故に、心地良い布団の中から出るのが億劫になる。
とはいえ、俺も一般的なサラリーマン。平日はダラダラと惰眠を貪るワケにはいかない。
「さて...」
いつも通りの朝。
朝食を済ませ、顔を洗い、ひげを剃る。
そしてスーツに着替えて...出勤だ。洗濯物は...まあ後で良いか。
玄関の姿見で身だしなみをチェックし、少し曲がっているネクタイピンを修正して玄関扉を開いた。
「寒っ...」
ドアの隙間から冷たく乾いた空気が流れ込む。
昼間は春の陽気で暖かいのだが、朝夕はまだまだ冷え込んでいる。
こんな日は遠隔操作で車のエアコンを入れたいところだが、生憎と俺の通勤車は年式が古いのでその機能はオプション装備だ。
「よっ...と」
助手席にカバンとジャケットを置いて、運転席から乗り込む。
型落ちのハイブリッドカーだが、駆動用バッテリーを新品に換装しており、他もディーラー整備なので故障のリスクは少ない。
「さて...行くか」
片田舎の住宅街。その中では珍しい小奇麗なRC造の賃貸マンション。防音が徹底しているお陰か、隣人の生活音は全く聞こえない。
俺は駐車場を出て、住宅街の路地を進んだ。
..........................
いつも通りの通勤路。
会社までの道中は、いくつか学校の近くを通っており、運転の際には細心の注意が必要だ。
「子供は元気だな...」
信号停車の最中、大きなカバンを背負いながら歩道を駆ける少年たちを眺めながらそんなことを考えていた。
「...」
いつも同じ時間に通勤するので、毎朝見かける子供の顔は覚えてしまった。
社会人としてはまだまだ半人前もいいところだが、それでも数年は経過している。
大人にとっては特に変化の無い数年でも、子供にとっては成長期の真っ最中。見覚えがある子供がいつのまにやら大きくなっており、そんな瞬間に子供の成長の早さを実感し...なんとも複雑な気分になる。
「お?」
ふと、一人の女の子に目が留まる。
確かこの子は...ついこの前までは友達数人と登校していたはずだ。しかし、ここ最近は一人で登校している気がする。
どうして一人の女の子の事にそれほど詳しいのかと言うと...
「...デカいよな」
それは身長の話ではない。いや、身長も確かに大きい方ではあるのだが、注目してしまうのは...白いブラウスを押し上げる大きな二つの果実の方だ。それだけではない。ミニスカートを膨らませているのは丸く形の良いお尻だ。足も長いのでスキニージーンズなどを履けばよく似合うだろう。しかし、今のミニスカートにニーハイソックスという組み合わせも良く似合っている。
また、目立つのはその豊満なスタイルだけではない。彼女に視線が奪われてしまう理由は...その美貌だ。
セミロングの黒髪はさらさらと風に揺れ、少し幼さの残る顔立ちは非常美しく、色白だが血色も良い。ジュニアアイドルか人気子役だと言われても納得してしまう程だ。
そんな彼女なので思わず視線を向けてしまうのだが、ここ最近は表情が暗い気がする。
「...おっと」
ぼんやりとしていると後ろからクラクションを鳴らされてしまった。どうやら青信号に変わっていたらしい。
そんなことを考えながら出勤した朝の出来事だった。
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「ふぅ...」
温かい春の昼下がり、俺は修繕工事の打ち合わせの為に学校を訪れていた。
職員駐車場の一部に営業車を停め、外来受付をするために玄関へと向かう。
「ん?」
その途中、なにやら大きな荷物を抱えながら下校する低学年の子供たちに気が付いた。
「ああ、そう言う事か」
壁に掛けられた年間行事予定表にその答えが書いてある。
時期的には卒業式や修了式が間近に控えている頃だ。ギリギリになって大荷物を抱えて帰らなくて済むように先生が促しているのだろう。
「ん?....あっ」
再び目撃したのは...例の彼女だ。どうやらこの学校に通っているらしい。
「...」
今朝と同じく、一人でベンチに佇んでいる。
今は昼休みなので、この年頃の女の子は友達とおしゃべりでもしていると思うのだが...まあ、過ごし方は人それぞれだ。
「ん?」
しかし、どうにも気になる。...ちなみに邪な意味ではない。
「...?」
俺の視線に気が付いたらしい。
「あ...えっと...こんにちは?」
「...こんにちは」
透き通るような...美しい声だった。
「あ、ごめんね?工事会社の者ですけど...玄関―――先生たちの出入口はコッチで良かったかな?」
職員玄関と言えば伝わりやすいだろうか?
「...はい」
短い返事だった。警戒されているワケではなさそうだが、何とも表情が暗い理由が気になる。
「ありがとう!助かったよ」
しかし、これ以上話しかけるのもいかがなものか。完全に部外者の俺が踏み込み過ぎるのも良くないだろう。
「ぁ...い、いえ...」
頬が紅潮している。...肌が白いのでわかりやすい。
...恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。
「それじゃあ、またね」
「は、はい...」
そんな彼女に別れを告げ、職員玄関へと向かうのだった。
......................
「では、修繕箇所は以上でよろしいでしょうか?」
工期、作業時間、注意事項や学校行事の予定など確認し、次は修繕箇所の確認のために校内を回っている。
そして、次が予定では最後の確認箇所だった。
「あ、すみません...もう1か所よろしいでしょうか?」
人の良さそうな教頭先生が申し訳なさそうに尋ねている。
「大丈夫ですよ。どちらでしょうか?」
「高学年クラスの女子トイレなのですが...詳しい事は現地でお話します」
「わかりました」
市の教育課の担当者曰く、トイレの改修は来年度の予算で検討しているとのことだが...一体どうしたのだろうか?
不思議に思いながら教頭先生の後ろを歩いていると、段々と廊下の奥の方...日当たりが悪いトイレへと近づいてきた。
「ここの女子トイレなのですが...実は照明が故障しておりまして、仮復旧でも良いのですが何とかなりますでしょうか?」
確かに、スイッチを操作しても照明が2台とも点灯しない。それに、採光用の窓はあるのだが...校舎と茂みの影になって非常に暗い。
「確かに点灯しませんね...恐らく照明器具の故障でしょうが...」
隣の男子トイレは点灯している。恐らく回路が別という事は無いだろうから女子トイレの照明器具の故障だろう。
しかし...妙なのは2台とも故障しているという点だ。
「少し調べて見ますね」
カバンから計測器を取り出し、スイッチの電圧を確認した。
...スイッチは生きてるな。ということは照明器具の故障か。
しかし、2台同時に壊れるものだろうか?
暗いトイレなので片方が故障すれば直ぐに対策しそうなモノだけど...
「...ん?」
その時、トイレの壁がやけに湿っていることに気が付いた。
それは湿気が溜まっているというレベルではなく、まるでホースで放水して乾いていないような...
「来年度にトイレの改修も有りますので、本格的な修繕はその時でも良いのですが...如何せんこの暗さでは子供たちに危険が及びますので...」
「わかりました。対応出来るように調整します」
事業所の倉庫に仮設事務所用の照明器具が余っていたはずだ。多少古い型のLED照明だが、性能や照度は問題ない。後ほど会社と市役所に承認を得ることにしよう。
「ありがとうございます!いや~御社にお願いしてよかったです」
そう言ってもらえると営業冥利に尽きるというものだ。
しかし...
「珍しいですね、同時に故障するなんて」
「....ええ、まあ...少し、事情がありまして...」
何か問題が有りそうな言い草だ。
...男子トイレなら、掃除の際にハッスルした男の子が水をブチ巻いたという理由で納得できるのだが、この年代の女の子の精神年齢を考えると女子トイレも同じとは考えにくい。ということは...
「...」
...いじめ。考えたくはないのだが、その可能性が有る。
「...他に確認すべき箇所はありますか?」
「いえ、以上です。ありがとうございました」
表情が切り替わる教頭先生。...これ以上は一事業者が介入すべきことではない。
「かしこまりました。こちらこそご協力ありがとうございました」
最後に挨拶を交わし、そのまま校舎を後にした。