「お疲れさまでした〜」
タイムカードを押し残業確定の同僚から向けられる恨みがましい視線を振り切り俺は定時で帰宅する。会社の為に残業?それで給料が増えるなら望む所だが増えるのは仕事だけ。だったら適度に遅く適度に適当な仕事をすればいい。社会人になってから俺はそう感じた。
もし俺が社内で今の考えを口にしたら会社の上司はこういうに違いない。
『君の代わりなんていくらでもいるんだよ』
だったらそのいくらでもいる人材に仕事をやらせればいいじゃねぇか。所詮は中間管理職の戯言よ。皆自分が楽したいから他の奴に仕事を押し付ける気なのだ。それを俺がして何が悪いと思う。
昔は俺だって皆のサポートに回っていたさ。だがありがとうの軽い一言だけで見返りはなし。ギブアンドテイクの精神は何処行った?何年も仕事をしていたら他人の為に何かをしようという気は無くなり、趣味のゲームもしなくなり、気がつけば体重100キロ近く暴飲暴食を繰り返すオヤジの出来上がり。痩せようと思っても仕事で膝と腰をやらかしてからは激しい運動もできず太るだけという悪循環だ。
今もそうだ。電車に乗る俺に向けられる、特に褐色肌の若い女子の嫌悪丸出しの視線とボソッと呟いた一言。
『邪魔くせぇよデブ』
別にお前の邪魔なんかしてねぇだろ頭の悪そうなガキめ。向こうも面倒事は避けるつもりなのかそれ以上は何も言ってこなかった。見た目は高校生で耳にピアス、派手な化粧にネイルまでしている。やだねやだね、俺が学生の頃あんな見た目の女子は先生に怒鳴られてすぐ化粧を落とされていたもんだ。もちろん俺のそんな考えは表に出さない。昨今は女性差別だのコンプライアンスだの煩いからね。
自宅に帰った俺は手早く食事を済ませる為にカップ麺とビールを用意し最早日課となってネットニュースを眺める。
『たけっちグループ、◯◯会社の株を買い占め』
またこの企業か…最近たけっちグループとかいう変な企業がとてつもない勢いでゲーム業界に殴り込みをかけているらしい。あちらこちらの株を買い占めてたくさんの会社を乗っ取り相当恨まれているとか。だけどこの会社は代表取締役とかの名前がわからない。他人のプライベートを食い物にするマスコミも全然わからないみたいだ。
そういえばテレビのニュースで、代表の名前を教えろと言ってきた記者に対してスーツを着たすげえ美人が。
「ご自分で突き止めて下さい。それが貴方がたの趣味でしょう?まぁ無駄な努力だとは思いますが」
とか返答して記者が笑い者にされてたっけ。俺は出来上がったカップ麺を頬張り次のニュースに目を通す。
『たけっちグループ、新開発した新ゲームの稼働開始。専用ヘッドギアを抽選者に贈呈』
へえ、ダイブ型のゲームねえ。本当にそんなゲームなんて作れたらゲーム業界牛耳れると思うけど…ん?この抽選今日開始して今日終わり!?このスケジュール考えた奴絶対性格悪いだろ。
だが本当にゲーム世界にダイブできるのなら…俺もやってみたいと思ったのも事実。正直俺は自分の身体が嫌いだ。運動できない、顔もそんなに良くない、男のようにだからと損ばかり。だからゲームの中で絶世の美女になれば皆からチヤホヤされるし、運動選手になればドスドス音をたてず身軽に走れるんだろうな…と思う。
たとえ仮初の姿でも…。
気がつけばたけっちグループの公式サイトへ行き抽選応募のタッチをしてしまっていた。まあ当たるわけないわな、そう考えながら。
だがその翌日の夜、宅配便業者が俺のもとに小包を配達していった。中には黒いヘッドギアと1枚の手紙が入っていた。
『おめでとうございます!貴方はたけっちグループが開発した新ゲームの挑戦権を獲得いたしました。ゲームで使うヘッドギアをお送りしますので、どうぞ新感覚のゲームをお楽しみください!』
…待て、待ってくれ。当選?
マジでか…。
はっきりいって何かぶり返しがあるんじゃないかと疑ってしまう運であるが、試しとして一度プレイしてみるのも悪くない。付属されていた取扱説明書によると、ヘッドギアを被れば後は勝手に話が進むから…これで説明書?でも今なら電子型の説明書なのかもしれない。
さて、大抵こういうのは意識だけをゲーム世界に送り込むとラノベでは相場が決まっているけど…ちょっとドキドキする。なりたい俺や私になれるのかと考えると子どもの頃に初めてゲームをプレイした時のことを思い出す。なんだか普段よりも胸がドックンドックンいってるぜ。
あのワクワクをもう一度…いざ装着!
さぁ、俺をゲームの世界へ!
※ ※ ※
「もしもーし、聞こえますか〜?」
誰だ?真っ白な空間の中で俺を呼ぶ声が聞こえる。ひょっとしてこれがチュートリアルなのか?
「ああ良かった。意識はあるようですね。先に言っておきますが、これはゲームの世界ではありません。貴方は本日午後8時40分、自宅で当社のヘッドギアを装着した直後にお亡くなりになりました」
は?おいおい冗談言っちゃ困るよ。だったらここにいる俺は何なんだよ。明日も一応仕事なんだから早くゲームを進めてくれ。
「信じたくない気持ちはわからないでもありませんが事実です。死因は日常からの不摂生による心筋梗塞、ちょうどゲームが始まった直後にお亡くなりになったので死んだ実感が沸かないのでしょうが」
いや、いや…待ってくれよ。気がつけばヘッドギアを被っていない。誰が話しているのか姿も見えない。俺の手も足もでっぷりとした腹も見えない。まさか…本当に?
「はい。残念ながら…先にお話ししておきますが貴方の意識はたけっちグループ制作のゲームプレイ時に亡くなった為電脳世界を漂っていました。一応回収可能な情報をかき集めてこうしてお話ししているわけで…貴方が自分の死を他人事ノように感じるのもそれが原因かもしれません」
そう…なのかな?本来ならゲームやったから死んだんだとか、責任取れとか言うはずなのに、なんか…言われた通り他人事なんだよな。
「えーと、それでですね。さすがに我が社のヘッドギアの抽選に当選したのにこのような結末になってしまい、こちらとしても寝覚めが悪いので、貴方をゲームの世界に転生して差し上げようという結論に達したわけで、こうして私が派遣されたわけです」
こいつ多分めっちゃ性格悪いな。何が寝覚めが悪いだよ、大体本当にゲームの世界に転生できたとして、あんた何者だよ。神様とか言うんじゃないだろうな?
「私は神なんてものではありません。今回の件は我が社の総帥が決めたことです。なので安心して転生なさってください。心配いりません、貴方がなりたい姿に転生して差し上げますから」
ま、待て、何だよ総帥って。普通社長とかじゃないのか?
「いいんです、総帥は総帥ですから。では『あかるくたのしい小学校生活』楽しんできてください」
え、ちょっ、待って!なにその不穏な平仮名!?
驚く俺の意識は薄れていき、最後にちらっと見えたのは、俺が昨日馬鹿にし、馬鹿にされた女子高生の姿だった…。
※ ※ ※
チュンチュンと雀の鳴き声が聞こえ俺の意識は問題なく覚醒した。窓から差し込む日差しと桜の花びらは春の到来を俺に教えてくれるかのようだった。
うーん!と背伸びをする、身体が妙に軽く気分はすこぶる好調で今ならダンスでも踊れる気がする。天高く上げた俺の腕が下に降りると『たゆん』と豊かな俺のお胸が元気よく上下運動を始めた。
うーん?オーケイちょっと待とうか、俺は男だ。確かに腹は出てた。胸も贅肉で揺れてたさ。でもこれは明らかに女性のおっぱいなんだよね。
黒いブラジャーが俺のやや大きめなおっぱいを支え、肩くらいまで長い茶髪が俺の目に映る。周りを見てみれば落ち着いた女性らしい家具が置いてあり、どう考えても俺の知る部屋ではない。恐る恐る近くにあった姿見に俺を映す…そこにいたのはピンク色のパジャマを着た、電車で俺と険悪なムードになったあの女子高生だった。
「なんじゃこりゃああッ!?」
俺の…否、私『丸藤さやか』の二度目の人生が始まった…絶対に退屈しないゲームであってゲームではないこの世界で…。
第一話は以上となります。第二話は書いたら投稿致します。