Coma Anger Woe Wound Untied. 作:やわらかな土
詩と仁菜のコンビはそれからも少女たちを拐かし、フラグメントを順調に集めていった。
あるとき詩は大きなフラグメントの存在を感知した。
月ノ宮高校に通う白樺都がその持ち主だった。
詩が都を襲ってフラグメントに触れると、都のリープレンジが展開して、恨みが幾層にも折り重なって出来た深い憤りの思いが立ち込めた。
都は自分個人ではなく生まれや育ち――つまり親の財力というフィルター越しに自分が評価されることに強い違和感を覚えていたし、フィルター越しの自分と本当の自分の姿はかけ離れていたので、お金持ちのお嬢さまといった扱いを受けるたび強いストレスを感じていた。
それに、都は両親からほとんど無視されていて、一般的にいう不仲ですらなかった。
トロフィーを勝ち取る才能のある長男ばかりを両親は大切にし、価値のないものにばかりこだわる都はいつしか見向きもされなくなっていた。
家父長制によくみられる、ごくありふれた悲劇だった。
都に期待されていたのは階級の高い家庭に生まれた男の嫁になることであり、そのための花嫁修行をすることだった。
けれど都の未来設計の中に『誰かのお嫁さんになった自分』は入っていなかったし、想像もできなかった。
けれど、どんなにありふれた悲劇であっても、都にとってはたった一度きりの悲劇であり、自分の人生が掛かっていた。
(私はキラキラと光る色とりどりの宝石が好き)
(それをハンドメイドの小物に飾ってそばに置いておくのが好き)
(値段なんて関係ない。私がかわいいと思った物がかわいいの)
(本当の私を見て欲しい)
都のフラグメントからはこんな思いが染み出している。
「素直でかわいいのね」
詩は腕に都を抱き、胸から露出したフラグメントを慈しむように撫でた。
本当の私を見て欲しいだなんて、まるで誰かさんみたいなことを言うのねと、詩は由紀姫を思い出した。
本当の私なんて他人に理解されるはずがない。
だから刻みつけて教えてあげなくちゃいけない。
信じられるのは痛みだけ。
詩の目的はフラグメントを抜くことではなく、他人の痛みを感じることだったので、都のフラグメントを急いで手に入れようとは思っていなかった。
それよりも、これだけ大きな思い(フラグメント)がどこまで育つのか、その行く先を見てみたいと思った。
詩の傲慢とも取れる余裕しゃくしゃくの態度は、競争相手がなく、独占状態だったことも理由のひとつだった。
けれどこの日はいつもと違って、闖入者が三人現れた。
新たなリフレクターは三人とも詩を敵対視していて、分の悪さを察知した詩はその場から逃げ去った。
戦略的撤退という名の敗北ではあったが、詩にはどちらでも良いことだし、おもしろくなってきたというのが正直な気持ちだった。
新たな三人のリフレクターはフラグメントを奪う現場にいつでも現れて詩たちの邪魔をした。
剣を向け、思いをぶつけて斬り合うリープレンジでの戦いは心地良いものだった。
新たな三人のリフレクターとリープレンジに立つと、付けている指輪の色が違うためか、詩や仁菜とは少し違った思いが流れ込んでくる。
それは誰かを守りたいと強く願うものだった。
なのに、根っこには孤独や深い失望、窒息してしまいそうな抑圧への怒りがある。
根っこのところは詩や仁菜と同じなのに、発露の仕方が違うことが不思議だった。
詩はそう思っていたけれど、戦いを繰り返すうち、仁菜に少しずつ変化が現れた。
新たなリフレクターと戦うことを楽しいと思っているようなのだ。
仁菜にとってはフラグメントを集めるにあたって障害でしかないはずなのに、戦いの最中、仁菜は心底楽しそうに笑うようになったのだ。
仁菜のそれは、思いで傷つけ合う痛みを歓迎する詩とも違う喜び方だった。
新しい技を繰り出し合っては破り合う姿は、まるで対戦ゲームに興じているようでもあった。
やがて詩と仁菜のふたりに決定的な瞬間が訪れた。
あるときふたりは敗北した。
新たなリフレクターは二人一組のバディを組んでいて、名前を平原陽桜莉と羽成瑠夏といった。
陽桜莉と瑠夏はまるで対照的な性質で、はたから見ても気など合うはずもないと思えた。
実際ふたりの戦い方はチグハグで、詩たちにとっては子供の手を捻るようなものだった。
けれどリープレンジでは力の強さではなく思いの強さがものを言う。
あるとき陽桜莉と瑠夏は思いをぴったり一つにして、その瞬間、驚異的なビーム砲を放ってきたのだ。
そのビームは二本の光線が螺旋を巻くように絡まっていて、一足す一どころではない、凄まじく増幅された、敵を殲滅する破壊光線になっていた。
詩も仁菜もこの思いを受け止めるのは無理だと一見してわかった。
だから仁菜はまずはじめに受け流して衝撃を少しだけ和らげた。
あとは詩がこのビーム砲を受け流せば敗北は免れるはずだった。
けれど詩はこのビーム砲を剣で真っ正面から受け止めた。
詩はこの思いをなんとしてでも否定してやりたかったのだ。
『まったく違う人物同士が繋がれるはずがない』
誰か他人と繋がるには、自分を偽るか、自分を相手に刻み込むかしかないのだ。
少なくとも詩にはそれしかなかった。
だから陽桜莉と瑠夏の共鳴ビームなど絶対に嘘なのだと証明するしかない。
詩にはこのビームを避けることなんかできなかった。
そしてビームを受けた詩の剣は砕け散った。
詩の思いが破れたのだ。
詩は心の拠り所を折られて、自分がなんだかふわふわとした、軸のない存在のように感じられてしまうのだった。
ビームの衝撃に詩が膝をついた瞬間、仁菜は煙幕のように雷を撒き散らし、その隙に撤退すべく詩を抱きかかえて素早く飛び上がった。
「うそ……。山田先輩が私を?」
「『ニーナさん』つってんだろ」
そう言いながら仁菜はだらんと力の入らない詩の腕を自分の首に回して、詩の体が離れていかないようしっかりと抱き締めた。
息がかかるくらいの距離に二人の顔が近づく。
いつもの恫喝するための距離ではなく、思いやりからの距離だった。
「これで道がひらけたと思うなよ」
と、仁菜が捨て台詞を吐いた。
「そうよ。ニーナちゃんの言うとおり。また遊びましょう。お花ちゃんたち」
詩が最後にそう言い残して、二人はリープレンジから姿を消した。
詩の剣が折られたことで戦力が大幅にダウンし、新たなリフレクターたちに勝つ見通しが立たないことで、フラグメント集めは一時中止となり、詩は思いの力が戻るまで教会で待機することを余儀なくされた。
詩は退屈しのぎに由紀姫の『魔法部屋』に入り浸り、サブアカウントで他人に暴言を吐いたり因縁をつけるなどして遊んでいた。
詩の思いとは「痛みを信じる」ということだったので、これも立派な仕事よね、などと詐りながら嬉々として少女たちを傷付ける振る舞いを繰り返した。
少女たちが傷付き、怒り、悪意をぶつけ返してくるたび、詩は足を傷付けられたときの甘い痛みを思い出した。
スマホの画面の向こう側で、少女たちは詩の言葉によって確かに傷付いているのだ――それが詩には手に取るようにわかった。
紫乃はそんな詩の姿に眉を顰めていた。
紫乃の思いとは、そもそも思いの揺らぎや暴走などを世界から取り除くことだったので、他人と痛みで繋がろうとする詩は悪そのものに見えていた。
けれど、詩はそんな紫乃の軽蔑する視線にすら甘い痛みを覚えて喜んだ。
詩の思いをそんな目で見てしまう紫乃に一体何があったのか――紫乃の過去の傷が知りたくてたまらなくなってしまうのだった。
「お前、なにやってんだよ?」
仁菜は日がな一日、ソファに寝転がったままスマホをいじっている詩を見かねて声を掛けた。
仁菜から見た現在の詩は少し異常で、他人を傷付けることに固執しすぎなように思えた。
その姿はまるで溺れた人間のようだったが、掴むべき藁などそこにはないのだ。
「これは……その――」
詩は口ごもり、悪さを咎められた子供のように仁菜を見る。
そして、ある思いつきに頬を染め、打ち明けるように言った。
「――叱ってくれます……?」
詩は自分の身を惨めな状況に置きたがる傾向にあることを仁菜は理解していた。
それが叶わなければ挑発して相手を怒らせ、悪意を自分にぶつけさせる。
こういった詩の傾向は剣を折られて以降、ますます激しさを増していて、仁菜はうんざりとした思いを抱いていた。
「剣が折られ、思いが不安定になっている今、できるだけ自分を休めろって言われたろ――」
仁菜がため息混じりに説教をする。けれど、詩は仁菜の形式ばったお説教にうんざりしていた。
そこに思いなどなく、あるのはただ――。
「「お姉さまに」」
詩は仁菜のセリフにぴったり重ねるようにして言った。
仁菜は口をひらけば「お姉さま」の名前を出して詩を説教する。
何度も言われているため、タイミングまで完璧だった。
仁菜にあるのはお姉さまへの面子だけで、詩を叱りつけることではなかった。
詩はそんな理屈ではなく、仁菜の感情がぶつけられたかったのだ。
詩は仁菜のこうした生ぬるい優しさに、真綿で首を絞められるような思いを感じていた。
「んっ……」仁菜は出鼻を挫かれて思わず声を漏らした。
「ですよね?」
「チッ。わかってんならそうしろ」
仁菜は吐き捨てるように言って、手に持っていたオルガンの楽譜をソファの上に乱暴に投げてよこした。
スマホなんかやってる暇があるなら、みんなのためにオルガンでも弾いていろというわけだ。
「ふぅ。馴れ合いなんて必要ないのに」
実際、いまの詩に必要だったのは自分を肯定する思いだった。
詩が泣き言を言うのは優しくして欲しいからではなかった。
詩はもっといじめて欲しかったし、惨めな自分に耽溺したかった。なよなよした情けない泣き言を仁菜に吐きつけて怒らせたかった。
人の優しさや思いやりを嘘くさい茶番だとしか感じられない詩なのだから、いま必要なのは痛みによる他人との繋がりなのだ。
詩は正しいよという誰かからの言葉だ。
詩は詩なりに甘えたがっていた。
詩が再びソファに横になると、投げ出していたスマホが『魔法部屋』の更新の通知を受けて震えた。