Coma Anger Woe Wound Untied. 作:やわらかな土
『魔法部屋』が賑わうのは『HO-KAGO』のアプリの名の通り放課後――およそ午後三時から午後八時までの間だった。
由紀姫も昼、放課後、夜のそれぞれの時間帯に満遍なくコメントを投稿していたが、もっとも頻度が高いのが放課後の時間帯だったし、詩から受け取ったオフでのレビュー記事もこの時間に投稿していた。
だから、詩はこの時間を狙った。
「由紀姫つじつま合わない→証拠 URL HO-KAGO.gu…… www」
詩はこのコメントをatuというサブアカウントで投稿した。
アイコンは炎上を象徴するような炎を模したイラストだ。
リンク先にあるのは過去の由紀姫のコメントの中から矛盾するような二者を拾い上げて、あえて比較させるために並べた画像だ。
どちらのコメントを擁護してもカドが立つ、対立煽りの定番のような行動だった。
「荒らしですか?」
「たしかにそうかも……」
「いちゃもんはやめて」
atuの投稿を確認した何人かから、すばやくレスが付いた。
詩は別のアカウントに切り替えて、あらかじめ用意してあった文章をコピーして追撃投稿する。
「由紀姫が他人のコメント丸パクしてるんですけど→URL HO-KAGO.gu……」
続いて投稿したのは、実際の由紀姫のコメントと、由紀姫が参照したであろう元ネタの文章を並べて比較しやすいように画像化したものだ。
もちろん、由紀姫がパクったように見せるため、ある程度体裁を整えてある。
ただの引用に過ぎないし、由紀姫のコメントをちゃんと確認すれば引用であることを明記したものも多い。
だが、炎上にそんなものは関係ない。
もし擁護する者が現れたなら、その者を徹底的に叩いてほつれを引き出せばいい。
ほつれがあればラッキー、なくても戦うことそのものが目的なので問題はない。
「マジでパクってるじゃん……」
「たまたま似ちゃっただけだろ」
「なら由紀姫である必要なくね?」
そして詩はもうひとつ、とっておきの暴露ネタを投稿した。
「由紀姫がオフで魔法をかけてる時間チェックしてみて。そのときオンラインにいるよ」
詩と仁菜が少女と会っている同時刻に、由紀姫がオンラインでコメントのやり取りをしていたことがあった。
詩は由紀姫のコメントの時刻に重なるように、少女たちと会っていた時間を改竄して報告し、由紀姫のレビューに自分が伝えた時刻が書き込まれているのを見て一人ほくそ笑んだ。
当初は由紀姫を脅迫し、『魔法部屋』を乗っ取るための材料にするつもりだったが、こんな形で利用することになるとは考えてもいなかったことだ。
詩の狙い通り『魔法部屋』は炎上し、由紀姫に直接説明するよう求める投稿が溢れた。
場を沈静化させようと考えた由紀姫のコメントは全てが厳しく批判され、悪意ある解釈しかされなくなった。
由紀姫の信用は一瞬で崩れ去り、真実を暴こうとする一派が由紀姫のアカウントを乗っ取るために不正アクセスを繰り返した。
過去の情報から由紀姫のメールアドレスが予想され、『HO-KAGO』アプリ内のシステムの不備をついてメールアドレスの何文字かが判明すると、それを手がかりに犯人探しが行われた。
二段階認証で電話番号の末尾二桁が判明し、それがさも正当な証拠であると扱われる。
こうして由紀姫叩きは、瞬く間に『魔法部屋』の新しいコンテンツとなった。
詩は再びサブアカウントに切り替えた。
今度の名前は「うーたん」だ。詩はたとえサブアカウントであっても記名せずにはいられない。
どんなに嘘をつきたくても、自分を偽ることなどできないのだ。
「由紀姫さんへ。
誰がなんと言おうと
あなたの言葉に感動し
励まされた事実は変わりません。
うーたん」
詩が由紀姫のアカウントに直接メールを送ると、すぐに既読が付き、ほどなくして由紀姫からの返信があった。
「うーたんさん、ありがとうごさいます」
「今回は大変でしたね(汗)」
「いいの。ひとりでもわかってくれる人がいれば」
「そのうち落ち着きますよ。『由紀姫の魔法部屋』は素晴らしいですから!
そんな由紀姫に質問があって」
「なんでしょう」
「女の子たちを苦しみや悲しみから解放するには、フラグメントを抜いてあげる必要がありますよね」
「フラグメント?」
「女の子の中にぐっと手を入れて、ゆっくり、優しく、その子だけの感じやすい場所を見つけてあげて――」
「えっと、さっきから何を言っているのかわからないんですけど」
「あれ、おかしいな。分かりませんか? あなたも魔法が使えるはずなのに。
あら、やだ。そうだったわね。あなたは偽物だった」
「なに言ってるの?」
「それにしてもすごいわ。これだけの女の子たちをたぶらかして。全部ネットを参考にしたのかしら? あれは便利よね。少し探せば色んな感情が言語化されているんだもの。あなたはただ、それを真似っこすればいいだけ」
「私は違う! ちゃんと考えて――」
「違わないわ。あなた上手なのよ。感じたふりをして、人を喜ばせるのが。でも残念。本物は全然違うの。わかっている気になってるだけで、あなたの心はなにも感じていない」
「やめて。私は……」
「ほら、自分じゃ言葉が続かない。あなたは色んな感情を目で見て知っただけ。そんなあなたから生み出された言葉に『本当』は――『あなた』は一つもないの」
「……違う」
「そう。あなたの間にある繋がりも全て偽り。誰とも繋がれない一人ぼっちのかわいそうな子。それが由紀姫――いえ、『あなた』なのね。高岡由紀子さん」
そのメッセージを最後に詩はログアウトした。すると、すぐに電話が鳴った。由紀姫からだった。
「ウタちゃん……。ウタちゃんなの? どうして! どうしてこんな酷いことするの!?」
由紀姫は狼狽えながら詩に問い質した。
「私の嫌いなものを知って欲しかったのよ。受けてしまった傷はなかったことにはならない。それがわかって欲しくて」
「傷付けたのウタちゃんでしょ!」
「わかって、由紀姫」
「由紀姫じゃない! 私は高岡由紀子だよ! 今そう呼んだじゃない」
「いいえ、あなたは由紀姫なの」
「何がしたいのかわからない……。もうウタちゃんがわからないよ……」
「あなた、私と同じ傷が欲しいって言ったじゃない」
「どんな痛みもウタちゃんとなら乗り越えられると思ったからだよ」
「由紀姫、いま痛い?」
「はぐらかさないで!」
「大事なことよ!」
「痛いに決まってるでしょ!」
「どんな気持ち?」
「すごく怒ってる」
「由紀姫の気持ちをもっと聞かせて欲しい。お願いだから私のことも傷付けて――」
「ううう……。そういうことじゃない……。そういうんじゃないよ……」
由紀姫と詩の会話は噛み合わない。
詩は由紀姫をただ傷付けるためだけに裏切った。
由紀姫の目の前で『魔法部屋』は吊るすべき魔女を求めて燃え上がっている。
こんなときどうすればいいのか、由紀姫の知識の中に言葉はなかった。
由紀姫は激しい怒りと失意を覚え、言葉が出ない空っぽな自分は詩の言った通りじゃないかと自己嫌悪した。
その途端、おぞましい思いが胸の奥底から湧き上がってくるのを感じた。
こんな自分は消えてなくなってしまえばいいという思いだ。
包丁で手首を切るか、屋上から身を投げるか。
由紀姫の体を紫色の光が覆い隠し、背中から花が咲くようにフラグメントが現れた。
もうダメだ――そう思ったとき、由紀姫のアカウントにメッセージが届く音が鳴った。