シュヴァルツェスマーケン アイリスディーナとテオドールの結婚式 作:雄渾
まあ、処女と童貞だと、その方が良いと愚考した結果になります。
披露宴の席で、アイリスディーナは、テオドールと知り合ってからの数年を思い出していた。
けれど、もう待たされるのは終わりだ。
テオドールは、米軍を始めとする軍高官、大使館員、政府関係者と話している。
でも、もうすぐ二人っきりになれる。
一緒に、会場となっている共和国宮殿を出て、本当に彼のものとなれる。
そう思っただけで、アイリスディーナの全身に、情念の炎がともり、頬が火照ってくる。
段々と空腹さえも感じてくるほどで、テオドールのせいであらゆる欲望が満たされていないように感じた。
「さあ行こうか」
テオドールが手を取り、アイリスディーナと共に祝宴を後にした。
その際、彼女は喝采を受けながら、
「これから、どこに?」
訊ねはしてみたが、アイリスディーナにとっては、実はどうでもいい事だった。
本当は彼と一緒にいられれば、どこでもよかったのだ。
「つけばわかる」
テオドールは、この際、自分の激しい性の渇きを満たすことにした。
両親の顔さえ知らない自分にとって、家庭という物を持つという事は夢であると思う節があった。
また軍隊に入る前から、モテはしたが、スパイの多い東ドイツである。
誰が、シュタージの
そんな状況の中で、彼は、女性との関係を持たなかった。
セックスはおろか、キスさえもしたことのない正真正銘の童貞であった。
この事は、アイリスディーナにも言えた。
彼女の母メルツェーデスは、夫であるヨーゼフを反革命的な思考があるという事でシュタージに密告し、その工作員と肉体関係になり、家庭を捨てた。
父ヨーゼフは、そのことが原因で重度のアルコール中毒になり、精神薄弱者として精神病院に強制入院させられてしまった。
そういう経緯があったから、母のようなふしだらな女になりたくないと、実の兄以外の男を全て遠ざけてきた。
色々と関係がこじれる前には、親友のベアトリクスからもそのことは非常に心配されるほどであったが、仕事に逃げることで男女の色恋から遠ざかっていた。
だが、肉体の本能とは恐ろしいものである。
段々と20代半ばに近づくにつれて、それまで感じてこなかった心の渇きを、より強く感じるようになってきたのだ。
だからといって、相手は誰でもいいわけではなかった。
5歳年が離れた兄ユルゲンより、年上は嫌だった。
それに、全く見ず知らずの相手も、文化的に共通点のない外国人も正直受け入れがたかった。
散々、米軍の高級将校から
彼女自身、既に東独の結婚適齢期である21歳をとうに過ぎていて、内心焦っていたが、それでも言い寄る男たちには関心が向かなかった。
出自が
テオドールより、背の高く、教養のある人物ではあったが、数度見合いをする内にしっくりこないことが分かった。
自分が本当に愛したのは、実はテオドールではなかったのか。
今、脇に立つ正装姿の部下の顔を、アイリスディーナは、しみじみと眺めやっていた。
「はうう、ウッフゥゥンッ」
後ろから抱きすくめられ、首筋を嘗め回されて、白無垢の花嫁衣装に包まれた体が、男の手の中で踊る。
「アイリスディーナ……これがお前の体のにおいか……本当の処女の香りか……」
身悶えする初々しい女体を全身で堪能しながら、胸いっぱいに勲章を付けた
「お前のような、金髪で、美しい女を抱けるなんて、俺は……俺は何って、幸せな男なんだ」
テオドールは、アイリスディーナの胸を揉みしだきながら、逡巡していた。
かつて少年時代に、思い描いた、仙姿玉質の体を持つ女を、この手で辱める夢。
今、まさに、己の手の中で、身をよじらせている存在ではないのか。
あの夢の女こそ、いま目の前にいるアイリスディーナの肉体では、なかったか。
あの日の想いは、自分の空想の産物ではなかったのだな……
金糸のように輝いて艶のある長い髪、深い愁いと聡明さを湛えたサファイヤブルーの瞳。
消えかかる雪のような、その白い柔肌から、立ち上る甘い香りは、だんだんとテオドールの理性を失わせつつあった。
すべてを心行くまで、堪能したい。
自分の物にしたい。
「お、お願いだ、テオドール、少し待ってくれぇ」
ほのかに香る酒気を帯びた息の匂いも、これから抱かれる喜びに比べれば、さほど気にはならなかった。
浴びせられる称賛の言葉に、こそばがゆさを感じる余裕すらなかった。
「シャワーを、シャワーを浴びたい……少し待ってぇ……」
そういって、巻き付いたテオドールの手を押しのけようとする。
「駄目だ、アイリス。一刻も早くお前を抱きたい」
テオドールは前よりも強く、アイリスディーナを抱きしめ、その首筋に鼻を摺り寄せた。
「いや、……恥ずかしい」
「嫌なのか」
「テオドール、お前も軽くシャワーを浴びたらどうだ」
「そうだな」
テオドールは気だるそうにのろのろと立ち上がると、着ていた灰色の
――ベルリンの動物園駅にあるホテルのスイートルームで、二人の新婚初夜はこうして始まった。
アイリスディーナが風呂から出るのを待つ間、バスローブに着替えたテオドールは、緊張を紛らわすために備え付けの冷蔵庫からアメリカ製の缶ビールを取った。
ビールをひと缶開けて、したたかに酔っていると、バスローブを羽織ったアイリスディーナが戻ってきた。
アイリスディーナの姿を見て、目をしばたかせたテオドールだったが、直ぐにベットの上に横たわってしまった。
「このまま、眠っちゃいやだよ」
「えっ」
ベットにあがって、顔をのぞきこむと、テオドールの顔が真っ赤で心配だった。
半身を起こしたテオドールの下に、コップに入った冷たい水を運び込むと、抱え込むようにして水を飲ませる。
その大部分がバスローブにこぼれて、肌に張り付いた。
「悪い」
その時になって、意識がもうろうとしていたテオドールが目をしっかりと見開いた。
「こんなにこぼして……」
「大丈夫」
部屋一面を覆っている妖しいばかりの雰囲気が、アイリスディーナを大胆にさせた。
彼女はテオドールがあきれるばかりに、堂々とバスローブを脱ぎ捨てた。
大きな胸を包んだ小さい白いブラジャーに、ヒップにぴったりとくっついた白いパンティ。
眩いばかりに白地のレーヨンの下着からこぼれ出たような透きとおる肌は、ほんのりと薄桜色に染まっている。
「もう、仕方いないな」
まごついているテオドールを横に、アイリスディーナはコップの水を口に含む。
口に含んだままの水を口移しに飲ませようと、テオドールの唇に唇を重ね、水を送り込む。
驚いて目を見開いたテオドールであったが、流し込まれた水を飲みこむ。
アイリスディーナは、濡れたくちびるを彼の顔から離すと、バスローブに手をかける。
「濡れた服では気持ち悪いだろう」
バスローブを着ていた、テオドールの下は真っ裸だった。
今にも露出しそうな彼の下半身に、アイリスディーナはバスタオルをかけ、濡れたバスローブを抜きさる。
そのまま、バスタオルを腰に巻こうとした瞬間である。
「アイリスディーナ」
テオドールがかすれた声を上げた。
視線が合うと、そのままアイリスディーナの腕を取って、ベットの上に引き上げる。
何の抵抗もなく、アイリスディーナの体は、テオドールの上に重なるように崩れ落ちた。
表面上、何事ももないように取り繕っていたが、内心はドキドキしていた。
処女のアイリスディーナでさえ、これから起きるであろうことを想像すると、内臓が飛び出ると思うほど、混乱していたのだ。
素肌が、男の素肌がこれほどまでに熱いと感じたのは、初めてだった。
触れ合うテオドールの素肌とアイリスディーナの柔肌は、このまま溶け合ってしまいそうな感じがする。
「アイリスディーナ、お前がこんなにかわいい女だったなんて」
テオドールは乾いた声で言うと、アイリスディーナの唇を
すみません。
中編挟んで、次回に濡れ場書きます。