「えっと、古手川千紗さんかな?」
「そうですけど、誰ですか」
大学の食堂で目的の人物である古手川千紗さんに話しかける。
その人物の特徴は事前に聞いていたからこそ、知っている。
だけど、反対に向こうの彼女は俺の事を知らないから、警戒している。
「その、少し気になる噂を聞いてね」
「噂って、まさかあの事」
俺が、その話を言うと古手川さんは呆れたようにため息を吐く。
「……私は、付き合ってなんていないって言っていたの。けど」
「物理的な証拠があるから」
それに対して、古手川さんは頷く。
「あいつの事なんて、好きでもなんでもない。なのに、なぜか写真とか私の部屋にあいつとの思い出があって……」
「それって、盗撮じゃないのか?」
「私だって、そう思うわよ! でも、何故かあるの!」
それはもう決定的だな。
古手川さんの好きな人は間違いなく、彼女の意思と関係なくやっているのは、たぶん催眠で間違いないだろう。
「警察に言ったらどうなんだ? そいつを捕まえてくれると思うぞ」
「……それが、怖くて言えないの」
「どうしてだ?」
「相談しようと思ったよ、けどね、なぜか意識と関係なく」
そこで言葉を区切る古手川さんは何かを言いたげだった。
おそらくだが、警察に相談して捕まった後、自分の身に何が起こるかわからないから怖いというところだろうか。
まぁ、実際に、催眠の効果で、自分の考えとは関係なくやらされるんだろう。
「……だったら、試しに俺と付き合ってみるか」
「えっ」
その言葉に対して、古手川さんは驚きの声を上げる。
しかし、俺は気にせずに続ける。
まずは、古手川さんの信頼を得る事が大切だからな。
「なんで、そんな事に」
「もしも、自分の記憶を知らないんだったら、他の誰かの記憶を使えばいいんだよ」
「どういうこと?」
首を傾げる古手川さん。
この様子だと、まだわかっていないようだ。
「自分の記憶に自信がないんだったら、俺の記憶を信用して欲しい。1人だけの人間じゃなくて複数の人間の記憶があれば、きっと、大丈夫だと思う」
「……わかったわ。それで、何をすれば良いの?」
「そうだな……。まずは、デートをしてみようか」
「デッ!?」
俺の言葉に古手川さんは驚く。
それも当然だろう。いきなり初対面の男から、デートしようと言われたのだ。
普通なら、絶対に断られるだろう。
「別に嫌だったら無理をしなくてもいいぞ」
「……やるわ」
「本当か?」
「えぇ、あなたみたいな人に頼った私が馬鹿だったわ」
なんか怒られたんだけど……。
やっぱり駄目かなぁ。
「だけど、今まで全然信じてくれなかった私の話を、ただ1人信じてくれた。だから」
そこまで言うと古手川さんは深呼吸をする。
そして、意を決したように俺を見る。
「お願いできるかな?!」
頭を下げる古手川さんを見て、俺も覚悟を決める。
「任せろ」
それと同時だった。
「やっぱり、お前か」
「んっ?」
それと同時に、俺は振り返る。
それと共に、周囲の雰囲気が変わった事に気づく。
周囲にいる人はとろんとした意識のない状態。
そして、それは女性だけ。
同時に、その中央にいる男はこれまで見た事のない男性だった。
「お前が催眠か」
そう、俺は尋ねた。
男の見た目は、髪の色は金色で、瞳の色も同じだ。
顔立ちも整っており、身長も高い。
だが、それ以上に特徴的なのはその服装だ。
まるで、大学レビューに失敗したような服装をしている。
上は白シャツの上に黒いベストを着ており、下には黒ズボンを履いている。
「お前がNTRか、どこにでもいそうな男だな」
「それはどうも」
そうしながら、周囲を見る。
近くには幸い、扉がある。
「お前に盗られた女を帰して貰わないとなぁ」
「盗られたって、まぁNTRの能力を持っているから、それは言えないな、けど」
俺はそのまま催眠の男を睨む。
「記憶のない女性を無理矢理犯して、満足しているお前には言われたくないぞ」
そう言いながら、相手を見据えた。
「何だと?」
「だから言っただろう? 盗ったとか、奪ったとかそういうのは、本当は俺には関係がないけど」
元々、こんな能力がなければ、こういう事もしたくなかった。
だけど。
「お前みたいな最低野郎から、この子を奪うのは、なんだか気分が良いかもしれないなぁ」
「舐めるなよ、今すぐそいつを取り押さえろ!」
そう、俺に向かって、周囲の女性達が襲い掛かる。
それは、古手川さんも同じだった。
俺を後ろから抱き抱える。
しかし、それは俺には都合が良かった。
「ぐぅ!」
俺は、彼女を抱き抱えたまま、近くの扉に手を伸ばす。
幸い、ドアまでの距離は近かった。
「逃がすか、お前に、これ以上」
「じゃあな」
同時に、俺はそのままドアを開き、その先に。
俺の部屋へと転移する。
同時に。
「えっ、今のって」
すると、古手川さんの様子は変わった。
それは催眠が解かれている事を意味する。
「まぁ、なんというか、催眠野郎の手は分かった、けど」
「……その、何か手はあるのか?」
「あるにはあるけど」
俺はそのまま正直に言う事にする。
「……うぅ」
それを聞いて、古手川さんは頬を赤くする。
性行為をするのは、彼女としては嫌だったらしい。
だが、しかし。
「で、でも、さっきも言った通り、あいつから解放される為だよね」
「……うん」
そうして、俺は頷く。
「嘘じゃないよね」
「あぁ」
「本当に、本当の本当?」
「あぁ、本当だ」
「じゃあ、信じてみるよ」
古手川さんはそう言って、恥ずかしそうに言う。
「ただ、その、あそこはっ私の方から」
そう、彼女は言った。
それに対して、俺は頷く。
「分かっている」
それは、俺も同意した。