選ばれたのは綾香でした 京風義妹のお茶目な誘惑 作:馬門戒明/輪島ライ
綾香からリクにいに話したいことがあると言われて土曜日の昼過ぎに下宿で待っていると、普段とは違う足音からの時間差でアパートのインターホンが鳴った。
無言でドアを開けるとそこには制服を着た綾香と背の高い中分けヘアの男子生徒が立っていて、男子生徒は俺の顔を見るなり右手を上げた。
「うぃーっすどうも
「いや何だ君はいきなり。制服からすると綾香の友達だよな?」
「そうでーす、王維くんは私の同級生で茶道部仲間です。今日は王維くんのことでリクにいに伝えたいことがあって来ました」
「初対面なのにか? まあいいけど何もおもてなしできないぞ。とりあえず上がってくれ」
見るからにチャラい男子生徒は
いわゆるイケメンに分類される顔立ちの男子生徒はスニーカーを脱いで室内に入ると初めて見るのであろうワンルームアパートの中をキョロキョロと見回し、俺は綾香が初対面のこの男子生徒について一体俺に何を伝えたいのだろうと不思議に思った。
「えーとですね、まあ綾香のお兄さんの、えー下宿に上がったんですけども、ただ今の時刻は14時を回りました。ちょっと電車が遅れたんですけどもね」
「しばいていいか?」
「なははは冗談ですよお兄さん! 挨拶が遅れましたが僕は綾香の同級生で茶道部員の伊藤王維といいます。医学生のお兄さんの噂は綾香からいつも聞かされてます」
「そうかそれは何よりだ。俺は綾香から君の話を聞いたことがなかったけどな」
「ええーマジっすかー」
チャラいというよりは変わり者らしい男子生徒は伊藤という名字で、俺は俺の目の前で綾香を呼び捨てにする伊藤に若干の殺意を覚えつつもこいつは悪い奴ではなさそうだと思った。
ちゃぶ台の向かい側に綾香と並んで腰掛けた伊藤は自分の左肩を綾香の右肩に接触させていて、綾香は何食わぬ顔でボディタッチしている伊藤を遠ざけもせずニコニコしている。
「実はね、王維くんが来月から生徒会長になることになったの。生徒会選挙で私も頑張って応援したんだよ」
「そーなんですよ、綾香が茶道部だけじゃなくて他の文化部にも投票を呼びかけてくれて見事当選したんです。これで生徒会は僕のものですよ」
「なるほど、それはよく頑張ったな。もしかして綾香も生徒会に入るのか?」
いつの時代でも生徒会の役員をやっていると推薦入試で有利になるので、湖南医科大学の推薦入試の受験を検討している綾香は伊藤と一緒に生徒会に入るのだろうかと俺は考えた。
「いや、私は生徒会には入らないよ。3年生になっても茶道部の部長やらなきゃいけないし、勉強時間が取られても困るから。王維くんは指定校推薦狙ってるから関係ないけど」
「全く公立進学校様々ですよ! それより綾香、今日はお兄さんに言うことあるんだよな?」
「そうそう、リクにいにこれだけは言っとかなくちゃって思って。えっとね……」
綾香はそこまで言うともじもじしながら続きを述べようとして、俺はこれから綾香の口から出る言葉を95%ぐらいの的中度で予感して身構えた。
「実は私、ちょっと前から王維くんと付き合い始めたの。生徒会長になれるって確定した日に王維くんからプロポーズしてくれて、元々仲良しだったから私もOKして。そういう訳だからリクにいにはなるべく早く伝えようって思って」
「そ、そうだったのか……」
綾香の「そういう訳だから」という一言に俺は全身を打ちのめされた気がして、それ以上何も言えなくなって硬直した。
俺と綾香は義理といっても兄妹なのにこれまでずるずると性的関係を続けてきて、俺は綾香との関係を一刻も早く正常に戻そうとしてきたがその度に綾香からの誘惑で意志をくじかれていた。
しかし綾香は伊藤からのプロポーズを堂々と受け入れることで自分から俺との性的関係を断つと表明して、これは綾香なりの俺への心遣いなのだろう。
これで俺はもう綾香とセックスしなくてよくなるし、綾香も伊藤という彼氏ができたことで俺に執着する必要がなくなる。
これでいい、これで何の問題もないのだと考えながら、俺はそれでも目の前で綾香が伊藤と肩を並べているのがどうしようもなく辛かった。
「いかがでしょうお兄さん、僕はお兄さんのお眼鏡に適う男でしょうか。僕は文系なので綾香と同じ大学に進学することはできませんけど、綾香が望んでくれるならお互い大学生になってもずっと恋人でいたいと思ってます」
「ああ、俺には何の異存もないよ。伊藤君は優等生なんだろうしそこまで言うなら綾香がもし医学部受験で浪人しても付き合ってくれるんだろう。2人で幸せになってくれ」
「やったね王維くん、これでリクにいのお墨付きで付き合えるよ。むちゅー」
「ちょっ、やめなよ綾香! お兄さんの前でそういうのはよくないし」
綾香は大喜びで言うと俺の目の前で伊藤の頬にキスをしようとして、その瞬間に俺の中で何かが切れそうになった。
「まあそういう訳で僕は今日から正式に綾香の彼氏になります。いつか結婚式を開いたらお兄さんにも絶対来て貰いますからね」
「……」
「王維くん気が早いよー。でも私も王維くんのお嫁さんになりたいかも!」
綾香がそう言った瞬間、伊藤はへらへらと笑いながら左腕を綾香の腰に回した。
そのまま男にしては綺麗な手で綾香の腰を撫でた伊藤に、俺は……
「っああ!! 離れろ! 汚い手で綾香に触るなっ!!」
「がっ!?」
自分でも信じられないスピードで床から立ち上がるとちゃぶ台を飛び越えて伊藤に殴りかかり、右手の拳で伊藤の頬を殴りつけた。
ワンルームアパートの床に頭から倒れた伊藤の腹部を右足で何度も蹴りつけ、怒りのままに叫ぶ。
「お前なんかに!! お前なんかに綾香をやれるかっ!! 綾香はこの世界の誰よりかわいくて素敵な女の子なんだ、お前みたいな気持ち悪い男が綾香を抱くなんて世界中が許してもこの俺が許さんっ!! この、このっ!!」
「ぐうっ!! あああっ!!」
「やめてリクにい、そんなことしたら王維くんが!! あの、本当にやめてっ!!」
俺は怯えた声で懇願する綾香を見てはっと我に返り、伊藤の腹部を蹴りつけるのをやめた。
頬を殴られた上に腹部を何度も蹴りつけられた伊藤は無言で床から起き上がり、俺は伊藤がぶち切れるのを警戒して再び身構えた。
しかし……
「うっ、ううっ……何すんのよお、いくら腹が立ったからってお腹を何回も蹴ることないじゃないっ!!」
「はっ!?」
なぜか女言葉で怒りを口にした伊藤に俺は驚愕し、その瞬間に伊藤の表情が凍りついた。
「おっと僕としたことが妙な口調で話してしまった。お兄さん先ほどは申し訳ありませんでした、いきなり綾香の腰を撫でたりして」
「いやちょっと待て、お前ら俺に何か隠してるだろう」
「ひゅーひゅひゅー、別にうちリクにいに何も隠してまへんよー。王維くんが何言うてもうちには聞こえまへーん」
「ほらインチキ京都弁になった! おいお前、いい加減に正直に吐かないとまた腹を蹴るぞ」
「ひぃーごめんなさーい! あたし本当はこういう人間なんですー!!」
直球の脅迫をした俺に伊藤は涙目になると床の上で土下座し、そのまま今日ここに至った経緯を話し始めた。
伊藤はイケメン男子だが広義のトランスジェンダーで、同じ茶道部員の綾香とはこれまで事実上の女友達として付き合ってきた。
伊藤が生徒会長に当選したという話は本当だったが綾香は伊藤に選挙協力をした見返りに俺の目の前で芝居をするよう命令していて、伊藤は必死で綾香の彼氏を演じていたのだった。
「しかしまあ何でこんなことを……いくら何でも伊藤君がかわいそうじゃないか? なあ綾香?」
「だってリクにいはいっつもうちの前で伊右子さんといちゃいちゃするさかい……うちもたまには仕返ししてみとうなって……」
「そんな理由で友達を巻き込んだのか!? 流石にそれはひどいと思うぞ……」
「ぐすんぐすん……綾香ちゃんはあたしの大親友だしお兄さんに蹴られたのは痛かったけど許します。でもこういうのもうやめてね……」
俺はそれから泣いている伊藤に先ほどの暴力を真剣に謝り、伊藤は完全に被害者でしかないがお兄さんを騙した自分も悪いと言って許してくれた。
綾香はひどい芝居に付き合わせたお詫びにこれから伊藤にスイーツパラダイスをごちそうすると言って、そのままアパートを出ると電車で一緒に京都まで遊びに行ったのだった。
そして俺を振り向かせるためだけにこれほどのことをした綾香を見て、俺はいい加減に綾香との関係を見つめ直さなければならないと思った。