勇者愛人刑~敗北勇者は女の子として魔王の妾に~ 作:よるめく
眼下には、罵詈雑言が渦巻いていた。
憎悪を叫び、嘲笑い、弾劾する魔族たち。勇者ウィンは十字架に縛り付けられた腕で拳を作るが、骨に亀裂が走るような痛みを感じて顔を青ざめさせる。
体が重く、身をよじるのもままならない。敗北を喫した勇者の少年は全身の痛みを堪えながら、磔刑に甘んじていた。
仲間を連れ、魔族を打ち倒し、魔王の城に攻め入った。魔族の重鎮との戦いの中、ひとり、またひとりと仲間は倒れ、残されたウィンは魔王に挑んだ。結果は敗北してこのザマである。
―――みんな、ごめん。僕、勝てなかった……。
悔しさと慚愧の念が胸を焼く。仲間たちと必ず魔王を倒すと約束しながら、果たせなかった。
唇を噛みながら、魔族どもに涙を見せまいと耐えていると、足元に黒い鎧をまとった影が歩み出る。勇者とともに処刑台に立つ姿を見て、魔族たちがどよめきながら静まり返った。
濁った血のような魔界の空を吹き飛ばすような白い肌。輝かしいブロンドの髪をなびかせたその黒衣の騎士こそ、当代の魔王。名をテムジン。
美しく勇壮な魔王の尊顔を見上げた魔族のひとりが、ヒステリックな叫びを上げた。
「テムジン様! そのお顔の傷は!」
テムジンはジロリと声の主を見やった。その右目から頬にかけて、無残な傷跡がつけられている。勇者の剣につけられた、二度とは言えない傷である。魔王はそれに指先を触れると、背負った魔剣を振り上げ、足元に突き立てた。
「聞け、魔の血に連なる同胞たちよ! 知っての通り、我が領土を踏み荒らし、不遜にも魔王の城に立ち入りし賊がいた。それがこの者、勇者ウィンである!」
魔剣の切っ先がウィンを指し示すと、静まり返っていた魔族たちが再び怒声を張り上げる。
彼らは武器を掲げ、唾を飛ばして勇者を非難した。
「人間風情が、魔王様にこれほど無礼を働くか!」
「多くの魔族をその手で屠り、聞けば魔王様の忠臣たちまでも手にかけたのだと!」
「汚らわしい蛮族め! 魔王様の顔に傷を!」
「万死に値する罪! 許されざる罪!」
「死を! 勇者に死を!」
「死を、処刑を!」
死を、死を、死を。思い思いに吐き出されていた言葉が、ひとつに集約し、一定のリズムとともに弾んだ。
ウィンは顔を上げ、怒りに燃える瞳で群衆を睨みつける。
「黙れ、人の生き血を啜る怪物どもが! お前たちこそ、どれだけ人間を葬って来た!? 国土を荒らし、誰彼構わず殺して回り、好き放題に略奪を繰り返してきただろう! そのくせ囚われた勇者の首級を上げようとしないのだからお笑い種だ。お前たちは弱者にしか挑めない、卑怯者の集まりだ!」
「舐めるな人間!」
「魔王様の手前、命を永らえさせていれば!」
「望み通り処刑してやる!」
「魔王様、どうか私めに処刑を! そのような恥知らず、魔王様の手を煩わせるまでも……!」
「静まれ!」
テムジンが魔剣を薙ぐと、闇の風が魔王城前の広場に吹き荒れる。
魔王の放った力の余波に魔族たちが震えあがる。さらにそれを間近で浴びたウィンは、巨大な氷塊に叩き潰されたような冷たさと衝撃を全身に感じていた。
気を抜けば意識を失ってしまうだろう。頬の肉を噛み、せめてもの抵抗として魔王を睨む。魔王は魔剣を肩に担ぎ、先とは違って穏やかな、しかしよく通る声で言った。
「既に此奴をどう処すかは決まっている。皆も見ての通り、勇者はこのような無様を晒してなお折れぬ心根と、我が面貌に癒えぬ傷を残すほどの力を持つ。故に我は、この勇者の命を奪わず、永劫の恥辱を与え続けると決めた。その刑を、今ここで執行する!」
魔王は磔刑の傍に控えた宮廷魔術師に目配せをした。唯一生き残った魔族の重臣は頷き、手にしていた杖で足元を突く。
すると、勇者の磔刑台を中心として不気味に輝く魔法陣が広がった。
ウィンも、魔族たちも息を呑む。これから行われる刑とは何か、誰もが疑問に思った瞬間、ウィンの体が紫色の炎に包まれた。
「う、うわあああああああああっ!?」
視界を紫炎に塗りつぶされたウィンが思わず悲鳴を上げる。それと同時に、体のあちこちに奇妙な熱が籠もり始めた。
頭皮、顔面、胸、下腹部、股間、臀部。内側を焼かれるような熱さが膨れ上がっていく。
痛みはない。むしろ湯船に浸かっているような心地よささえ感じる。一方で、男のシンボルはドクドクと脈打ち、睾丸はギュウっと収縮する。何が起こっているのか理解するよりも早く、少年は精を吐き出した。
「っ、あ――――――!」
溜まっていた熱が一息に放出された。だが放たれたのは精液ではなく、それもまた紫色の炎。
輝く不気味な光のアーチは魔法陣の外から出ることなく、中空で燃え尽きて消える。股間の熱がどんどん下がっていく一方で、他の場所はさらに熱くなっていく。
駄目だ。ウィンは本能的にそう考えるが、もはや手遅れだった。
最後の一押しが勢いよく撃ち出されると共に、股間の熱が霧散する。胸と下腹の奥が重くなり、紫の炎が掻き消える。
磔刑台に括りつけていた体が、力無く地面に落下した。
「うっ!」
ひどい倦怠感が全身を包む。死んではいない。生きている。処刑台の下には変わらず魔族たちの姿が見えた。
一体、何が起こったのだろう。わからないが、磔刑台から逃れたのならチャンスだ。武器はなくとも、討ち死に覚悟で魔王に立ち向かうことができる。
そう思って立ち上がったウィンの胸が重たく揺れて痛みが走った。思わず両手で胸を押さえると、柔らかな感触が手のひらに返ってくる。見下ろすと、艶やかな双丘が胸にできていて、足元を隠していた。
「……え? え、ええっ!?」
胸を何度か揉んで、股間をまさぐる。あるべきものが無く、無いはずのものがある。髪も背中を隠すほどに伸び、尻も丸みを帯びて柔らかい肉質に。
おかしい、変だ。明らかに勇者として鍛えた少年の体ではなくなっている。膨らんだ胸から放した手がわななき、抑えようもなく震えている。それがどんな感情によるものなのか、自分にさえ理解できない。
ただひとつ、嫌でも理解させられたのは……ウィンは今、全裸の少女になっているということだ。
「どうした、勇者よ」
魔王の声で我に返った。彼の横顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「磔刑から解放されたのだぞ。再戦を挑まぬのか?」
「……!」
そうだ。ウィンは拳を握り、魔王に殴りかかろうとした。女になったって関係はない、ウィンは勇者なのだから。
だがその意思に反して、魔王が魔剣の切っ先で足元を突いただけで体が凍り付いてしまった。
魔剣から放たれるプレッシャー。先ほど魔族を黙らせた時とは比べ物にならないほど弱い威圧。それなのに骨が氷に変えられたような心地と共に力が抜け、その場にへたり込んでしまう。
ウィンは恐怖に縮み上がった本能と、宙ぶらりんになった闘志、動かなくなった体の乖離を理解できず、ポカンと目を丸くした。
その様を見て、魔王は魔族たちに宣言する。
「見よ、今日を以て我らに牙を剥いた勇者は雌となり、我が妾として娶る! 今後は我が子を孕み、その血筋で以って魔界を再建し、繁栄の礎となることだろう!」
誰かが失笑し、やがて魔族全員がウィンを指差して笑い始めた。
哄笑はその場の魔族たちに伝播していき、やがて魔王を称える喝采がそれに続く。
何が起こっているのかわからないウィンの背後に迫った宮廷魔術師が、ローブの中から取り出した首輪をウィンに嵌めた。
ハッとして首輪を両手でつかむが、不可思議な紋様を浮かべた首輪は決して外れることはない。
こうしてウィンは、無力な少女として魔王城に捕らえられ。
その情報は、瞬く間に魔界全土に広がった。