勇者愛人刑~敗北勇者は女の子として魔王の妾に~ 作:よるめく
魔族は早い段階でそのことに気付き、実戦するすべを編み出した。
「くそ、出せ……! ここから出せ!」
ドン、ドン、と硬い硝子を叩くような音だけが、ウィンの言葉に返される。
“処刑”が行われた後、ウィンは囚われの身となっていた。
押し込まれたのは石と鉄格子の牢ではなく、巨大な多角形。宮廷魔術師が作り出した鏡の結界に全方位を塞がれているのだ。
上下左右、どちらを見てもあるのは女となった自分の姿。首輪を嵌められ、一糸まとわぬ姿で右往左往する様は、もし魔族が見ていればさぞ滑稽に映ることだろう。
ウィンは鏡に映った自分を改めて見せつけられる羽目になった。
それなりのサイズの胸、もちもちとした弾力のある尻。髪と瞳の色は元のサファイアブルーで据え置きだが、顔立ちは丸みを帯びて、元の面影を残しつつも別人であることを強く意識させられる。
これが今のウィンの姿。処刑台の時は動転して頭から抜けていたが、かの魔王テムジンは自分を妾にするとも言っていた。
まさか、子供を産まされるのか? よりにもよって魔王の子供を?
「できるか、そんなこと!」
ウィンは首を振り、肩から鏡に体当たりをした。何度も何度も、鏡像の自分を否定するかのようにタックルを繰り返す。
諦めるわけにはいかない。たとえ女になっても、魔王を倒さなくてはならない。死んでいった仲間たちや、救えなかった人々のためにも。
裸足で取れる限りの距離を取って、助走をつけたタックルで鏡の檻を突き破ろうとする。
しかし、激突の寸前で鏡は爆ぜるように砕け散り、ウィンを外へ投げ出した。
「うわっ!?」
衝撃を受け止める壁はおろか、足場さえ唐突に奪われたウィンはバランスを崩して床に転がった。
幸い、下は柔らかい絨毯で覆われており、魔術で作られた鏡は欠片も残さず消滅していたので怪我はない。
すぐさま顔を上げると、そこにはウィンをこんな姿にした宮廷魔術師が佇んでいた。
「流石ですね、元勇者。元気でよろしい」
「お前……っ! 僕の体を元に戻せ!」
ウィンは勢いよく立ち上がり、宮廷魔術師につかみかかろうとする。
だが指先が黒いローブに触れる寸前で、首輪に描かれた紋様が強く輝き、紫の稲妻をウィンの全身に走らせた。
「うがあああああああああああっ!?」
瞬時に体中を駆け巡った激痛に負け、ウィンは平伏するように蹲った。
痛い。電撃はなくなったのに、痛みの余韻が一向に去らない。どんな敵に痛めつけられても平気だったのに、涙まで出そうになっている。
無様に震えるウィンを、宮廷魔術師はせせら笑う。
「いけませんね。あなたは魔王様に抱かれるさだめにありますが、王妃というわけではないのです。立場は、私の方が上。いえ、あなたの立場が最も低い、というべきでしょうか。当然、逆らえば罰が下りますので」
「く、ぅ……っ!」
ウィンは痛みと屈辱に唇を噛む。女にされたばかりか、敵に反抗することも許されないだなんて。
首輪をむしり取ろうとつかむが、びくともしない。この宮廷魔術師が何か仕掛けを施したに違いない。
―――聖剣、それかシスター・セラスか……退魔の力さえあれば、こんな首輪……!
魔王に敗北した折失った愛剣と、解呪や治療に長けた仲間のことを思い出していると、宮廷魔術師に髪をつかまれた。
無理矢理立たされたウィンは滲む涙を堪えながら、なんとか自分の足で体を支える。痛みの余韻は少しずつ去っていき始めたところだった。
「ご自分の立場はお分かりになりましたね? では、次は妾にふさわしい衣装に着替えていただきましょう」
「ふん……娼婦のドレスでも着せるつもり? いいよ、勝手にしなよ」
せめてもの反抗とばかりに鼻を鳴らし、顔を背ける。
従いながらも、屈服はせず。失われた聖剣を取り戻すまでは、そのスタンスでいることにする。いざ聖剣を手にしたその時、心まで敗北してしまわないように。
胸の下で腕を組み、強情さを見せるウィンを見て何を思ったか。仮面の宮廷魔術師は軽く杖を持ち上げる。
「娼婦のドレス? いえいえ、あなたは仮にも魔王様の所有物ですので、相応しい恰好をしていただきます。鎧から玉座、城の隅々に至るまで、王の品格を彩るものでなくては。と、いうわけで……」
杖先の、魔なる輝きを秘めた宝石がウィンの胸に押し当てられた。あふれ出した光がウィンの目を焼く。
一秒後、ウィンの体を柔らかな生地の服と丈の短いスカートが包み込み、その上から黒いベルトが複雑に絡みついた。
胴体や二の腕のみならず、股下をも締め付ける帯の感触に、思わずウィンは呻き声を上げる。最後に腿まで覆う靴と手枷足枷が装着されて、着替えは終わった。
肩や太ももは出ているが、高い身なりであると一目でわかる服装。それでいて、囚われの身であることを強調するような枷と帯。
どうせ、これらも何らかの魔術的な仕掛けがされているのだろう。股間を強く圧迫される感触を気にしつつ、何でもないように装ったウィンは、キッと宮廷魔術師を睨み続ける。
宮廷魔術師はウィンに背を向けると、離れた場所にある机の傍でウィンを招いた。
「さて……準備ができたのは衣服だけではございません。あなたにはこれから、学習をしてもらいます」
宮廷魔術師は机に積まれた書籍に手を置く。
本はどれも分厚く、それでいて真新しい。ウィンはその場から動かないまま、挑発的に問う。
「学習? 学者にでもなれっていうの?」
「それはあなた次第ですね。魔王様に学術面でお仕えしたいのであれば……」
「誰が!」
「でしょうね。まあ、説明するのも時間の無駄です。早くこちらへ。それとも、もう一度罰を味わいたいですか?」
罰。つい先ほどの電撃を思い出して、ウィンは肩をびくつかせる。
あの耐えがたい痛みを何度も食らいたくはないし、あまり反抗が過ぎて聖剣を探せなくなっても事だ。そう自分に言い聞かせ、宮廷魔術師が引いた椅子に腰かける。
すると、一番上の一冊がウィンの目の前に置かれた。
動物の皮か何かを使っているのだろうか。妙にしっとりした手触りの表紙に触れ、持ち上げる。
直後、表紙にギョロリと大きな一つ目が開かれた。ウィンは短く悲鳴を上げてとっさに本を落としかけるが、両手は膠にかわで接着されたかのように本を離さない。
それどころか、ウィンの視線は表紙の瞳に釘付けとなる。本の放つ奇妙な赤い光がウィンを包み込み、ウィンの両目が深紅の閃光を放った。
「これ、は、ああああああああっ!?」
両目を通じて、脳に大量の情報が流れ込んできた。
そのほとんどは魔族の言語で書かれた文章であったが、挿絵も時折混ざっている。
知識の鉄砲水の中に放り込まれ、押し流されていくような感覚に陥る。首を振り、目を背けたいが、全身が彫像のように固まってしまって動かない。ウィンは魔の本に捕縛され、されるがままとなってしまっていた。
「人間と違って、魔族の情報伝達は簡単かつさほど時間を要しません。書かれた内容を脳に焼き付ける魔術の本……魔導書がありますからね。最も、人間には少し刺激が強いので、ちょっとした弊害はありますが……」
宮廷魔術師が得意げに解説するが、情報の洪水に溺れるウィンの耳には届かない。
やがて、魔本の放つ光が消え去り、ウィンは椅子ごと床に倒れ込んだ。
時間にして僅かに三分。これでウィンは一冊“読み終えた”。その代償に、ウィンは目を見開いたまま荒い呼吸を繰り返している。
身に着けたばかりの衣服も汗でびっしょりだ。しかし、宮廷魔術師は容赦なく、ウィンの傍に杖を突き立てた。
「休んでいる暇はありませんよ。今日中に、この本を全て読んでいただきます。これらの本を用意するのに随分時間がかかってしまいましたからね、これ以上魔王様をお待たせするわけにはいきません。さあ、早く立つのです、さあ!」
杖の石突が二度床を打つ。それでなんとか正気付いたウィンは、息も絶え絶えになりながら哀れな小動物じみた声で訴えた。
「ま、まって……待って、くださ……。頭が割れそうで……このままじゃ、わたし……」
―――わたし?
自分で自分の発言に驚愕したウィンは頭痛を抱えたまま跳ね起きて喉を抑えた。
今、自分はなんと言った? わたしと言ったか?
―――ち、違う……“僕”だ。わたしじゃない……!
頭を掻きむしり、思わずこぼれ出た言葉をなんとか元に戻そうとする。宮廷魔術師が再三杖で床を叩いた。
「起き上がったのなら、座り直しなさい。二冊目を……」
「い、嫌っ!」
ウィンは立ちあがると、宮廷魔術師から距離を取った。息を荒げながら、上擦った声で叫ぶ。
「一体その本はなに!? よくわからないものが頭にあふれて……そんなの読んだらわたし、いや僕、頭おかしくなる……!」
自分の台詞にギクリとしながら訴えた。
口調がおかしい。どうしてこんな奴に遜った言葉遣いを? それ以前に、なぜ自分をわたしと呼んでいる?
混乱するウィンに、宮廷魔術師はこともなげに言う。
「何を取り乱しているのです? 少し知識に当てられただけですよ。休めば収まる程度のものです。もっとも、今後はその口調でいてもらいますがね。今のは女性としての言葉遣いと日常の所作を綴った魔導書。その知識はあなたの脳にしっかりと焼き付き、忘却されることはない。次は礼儀作法を学んでいただきます」
「ぜ、絶対に嫌だ! そんなのもう一冊だって……!」
「文句を言わない!」
宮廷魔術師が杖を掲げると、首輪が紫電を走らせた。
「ぃやぁぁぁああっ!」
最初に下された罰よりも強い痛みに舌を突き出し、涙を飛ばす。
甲高い悲鳴を上げて髪を振り乱したウィンは、電撃が止まるとともに力尽きたように横たわった。
「あなたに拒否権があるとでも? 魔王様はあなたを立派な妾として躾けるよう仰せになられました。ならば私にはその義務がある。正直に……ええ、正直に申し上げれば、同じ忠義を捧ぐ朋友を殺し、魔王様に我が魔導を以てしても癒えぬ傷を与えたあなたを殺したくて仕方ありませんが……魔王様があのような刑を下すと判断なされたのですから生かしますとも!
ゆえにあなたには生き地獄を味わって頂きます! このまま罰を受け続けるか、大人しく読書に励んで少ない罰で終えるか、好きな方を選ばせてあげましょう。結果は変わりませんがね!」
ウィンは涙目で震え、すすり泣きながら、三度目の罰が下る前に身を起こす。
自分で椅子を整えて座り直し、新たに差し出された本に手を伸ばした。
頭の中には無理矢理詰め込まれた知識が渋滞している。その中から、どうにか元の勇者としての自覚を引っ張り出して己に言い聞かせた。
切り抜けなければ。なんとかこの責め苦を耐え抜いて、聖剣を探すチャンスを伺わなくては。
わたしは勇者なのだから。今までの鍛錬、試練、苦難の数々に比べれば、この程度。
嗚咽しながら魔導書を手に取り、開いた目と視線を合わせる。
自分を奮い立たせる言葉は、情報の洪水と頭痛の嵐にあっさりと押し流されていった。