勇者愛人刑~敗北勇者は女の子として魔王の妾に~ 作:よるめく
彼は呪いに満ちた結界を生み出し、内外に被害を与える力の持ち主であり、優れた呪具のマイスターであり、魔王城地下監獄の主でもあった。
地下監獄と直結した自身の武器庫にて勇者一向と対峙したが、シスター・セラスの我が身を顧みぬ奮迅により敗死する。
魔王に捧げる賛歌は止まらず、呪獄は変わらずそこにある。無いものといえば、継承者だけだ。
学習という名の拷問が終わってすぐ、ウィンは謁見の間へと連れてこられた。
大量の知識を無理矢理詰め込まれた脳は爆発寸前。虚ろな瞳をしたウィンは宮廷魔術師に首輪を引かれ、覚束ない足取りで歩く。
玉座の前に引き立てられ、跪かされても、勇者であった少女はほとんど反応しなかった。
「大変長らくお待たせしました、魔王様。妾の教育が終わりましてございます」
「教育か」
魔王は、両膝をついて項垂れたウィンを見下ろして笑う。少し前、この謁見の間で魔王と相まみえた勇ましい勇者とは似ても似つかない。今ここにいるのは、様々な加護を受けた鎧を纏い、聖剣を手にしていたあの少年ではない。ベルト付きのドレスに囚われたか弱い少女だ。
宮廷魔術師は杖で赤いカーペットの敷かれた床を打つ。首輪がほんの一瞬だけ電撃を放ち、勇者を打ち据えた。
「あ゛……ッ!」
「一体何をしているのです。魔王の御前ですよ! 教えた通りの作法に則り、挨拶なさい」
作法。ぼんやりしたウィンの耳が捉えた言葉に反応し、脳が反射的に該当する知識を引き出す。
ウィンはふらつきながら立ち上がって、恭しく頭を下げた。スカートの裾をつまむ必要があるものの、両腕は背中側で縛られていて動かせない。そうした時に何を言う必要があるかも、合わせて教え込まれていた。
「魔王、様……ご挨拶を……申し上げます。正式な作法に則れぬ無作法を、どうかお許しください……」
「うむ」
魂の抜けたような声を聴いて魔王が頷く。彼は玉座を立ってウィンに近寄ると、おとがいをつかんで顔を上げさせた。
ウィンの瞳に光はなく、頬には涙の痕がついている。いつもの勇者であれば、こんな顔はしないだろう。しかし今、ウィンの脳は焼きつけられた魔導書の知識を整理するので精いっぱいであり、自我を保つことさえ後回しになってしまっている。それがどうにも惜しかった。
勇者といえども所詮は人間。魔族と同じように教育するのは無理があったか。
魔王テムジンは首を傾げながらウィンを観察する。
そういえば、ウィンは魔術的な防御を味方の魔女と修道女に任せていた。本人の魔術的な耐性は、聖剣と鎧に依るところが大きい。全て失った今は魔術に対して無防備であり、そうでなければ憎まれ口のひとつでも寄越してきたかもしれない。
―――教育を急がせたのは失敗だったか?
―――恥辱を恥辱と感じぬようでは、刑に処した意味がないというものだ。
ウィンと見つめ合ったまま考え込むテムジンの様子に、宮廷魔術師は居心地の悪さを覚える。
何か失態を犯してしまったか、と不安になりかけたところで、魔王は勇者の顔から手を放した。
「……まあ、良い。下がらせ、しばし休息を取らせよ。この調子では興醒めだ」
「な、あ……っ! た、大変申し訳ございません! 魔王様の興を削いでしまうとは……!」
「良いと言った。命じたのは余であるが故、責任を感じることはない。貴様も、此奴が湯浴みをするまでの間休んでいて良い」
「は……!」
狼狽えながら片膝を突き、深く謝意を示した宮廷魔術師は、ウィンの首輪から伸びた鎖を引いて謁見の間を後にする。
同様に、テムジンも何事か思考しながら謁見の間を去る。振り返りかけたウィンの視界の片隅に、白銀の光が飛び込んで来た。
玉座の背もたれから、微かに覗く光る何か。その輝きがなんであるか、焼きつけられた知識の整理に躍起なウィンの頭は気づかなかった。
⁂ ⁂ ⁂
テムジンはひとり、魔王城の地下監獄へと足を踏み入れた。
鉄格子が並ぶ石造りの監獄は、無数の呪文が長虫の群れのように壁や床をのたくっている。
これらは全て囚人に対する呪詛であり、じわじわと入れられた者の命を食らう。ここに収監されれば最後、魔族といえども長くは保たない。獄死した囚人の肉体はいずれ加工され、呪いの装備に姿を変える。
そんな監獄の最奥に、用向きがあった。テムジンはとある檻の前で立ち止まる。
がらんどうになった他の檻と違い、その鉄格子の隙間からは白い光と悲鳴じみた音が漏れ出していた。
キュィィィィ、という耳障りな音に顔をしかめながらも、魔王は光りの中へ目を凝らす。檻に囚われた囚人は、血みどろのローブを纏った修道女の姿をしていた。
苦しそうな呻き声と呼気を漏らしながら、一心不乱に祝詞を唱えるうら若き少女。彼女こそ、勇者パーティの一員。解呪と治癒を担当し、聖剣や勇者の鎧を整備してきた技術者でもある。
テムジンは鉄格子を軽く叩き、声をかけた。
「修道女。敬虔たるシスター・セラスよ」
光に包まれたシスターは祝詞を唱え続けながら面を上げる。幼さを残した柔和な顔つきは、明確な敵意と不屈の意思に燃え、魔王を檻の中から睨み返してきた。
「はあっ、はあ……っ! 魔王、テムジン……! 勇者様は……!」
「案ずるな、奴は生きている。貴様と同じようにな」
セラスは安堵と不安の入り混じった表情をする。心が少し緩んだせいか、彼女を呪詛から守る光も僅かに縮んだ。
それでも監獄を満たす膨大な呪いに押し負けないのだから、大したものだ。この監獄の制作者にして呪いの主が後れを取るだけはある。
ゆえに、魔王はこのシスターに利用価値を見出した。
「シスター・セラスよ。仕えし勇者に会いたくはないか?」