無意識に愛されて、無意識に犯される 作:ナナシ
――また、夢の中だ。
感覚で分かる。
意識がない今だからこそ、はっきりと見える。
彼女が、古明地こいしが、泣いている。
一体どうしてだろう?
辺りには彼女以外に何も無い。真っ暗闇だ。
その闇の中でポツンと、彼女だけが泣いている。
「……みんな」
歩いて近付くと、彼女の声が聞こえてくる。
「みんな、私から離れていくの」
消え入りそうな声なのに、内容がはっきりと伝わってくる。
「みんな、私を嫌っていくの」
悲しみの感情が、心に響いてくる。
「誰も、私の事を愛してくれないの」
可哀想。
俺は率直にそう思った。
だから俺だけでも傍に居てあげたいと、そう考えた。
けれど、足が止まる。
「私は、みんなの事が大好き」
こいしがこちらに向かって歩いて来る。
「私は、あなたのことが大好き」
その白くて綺麗な細腕を、大きく広げて。
「ねぇ……あなたは私を愛してくれる?」
誰からも愛されなかった少女の、切なる願い。
愛してあげたい。頭ではそう思っている。こんな俺でもきっと、彼女の支えになれるって分かっているから。
だけど……だけど……
「…………」
汗が滴り落ちる。
心臓が、あまりにも早く脈を打つ。
苦しい。胸が物凄く苦しい。
「ねぇ……ねぇ……」
「ッ!?」
気がつけば俺は、全力で走っていた。
彼女から離れようと、必死に。
「待って、お願い!!」
彼女の悲痛な叫びが聞こえる。
消え入りそうな、切実な声が。
それでも、俺は……
「――はッ!?」
目が覚めた。
こういう夢は、もう何回目だろうか。
何だか、夢の中に行くたびに彼女の心に触れている気がする。
彼女の想いが、うろ覚えながらも少しずつ分かった気がする。
けれど……
「……手が」
震えている。
いや、手だけじゃない。全身が恐怖で震えている。
「何なんだ、彼女は……本当の彼女は……」
やはり、まだ分からない事が多すぎる。
俺はこれから、一体どうすればいいのだろう。
次に彼女を認識した時、どうすればいいのだろう。
ダメだ、考えても埒が明かない。
「……クソ!」
一つだけ、はっきりと覚えている。
彼女は孤独に苛まれていた。
彼女ははっきりと、俺を求めてくれていた。
けれど……だからか。
彼女が、俺を襲ってくるのは。
きっと……覚えてないだけで……俺は、何度も。
「――ッ!?」
もしかして、今も襲われているのかもしれない。
焦って自分の体をしっかりと触れて確認する。
俺の手は、しっかりと空を斬っていた。
「……居ないか」
この一瞬だけで、また心臓が激しく脈打っていた。
そもそも、俺はどうしてこんなに恐れているんだろう?
客観的に見れば……そう、可愛い女の子に無理矢理襲われているだけ。むしろご褒美じゃないか。うん、だからいつでもドンと来い、存分に犯してくれて構わない!
……なんて、気楽に考えられれば良かったのにな。
どうしても無視なんて出来ない。自分の知らない間に、自分の体が何かに侵食されていくあの感覚。快楽の奥底で、心が少しずつ蝕まれていくような気分。
何か取り返しのつかない事が起きる、そんな気がしてならない。
それが何か分からない。
だからこそ、一番怖い。
けれど、それでも、俺の中には。
「……彼女を」
助けたい、そう思う心もあった。
どうすればいいんだろう?
彼女を拒絶していいんだろうか?
彼女を受け入れて良いんだろうか?
そもそも自分はどう思ってるんだ。
彼女と居たいのか。
彼女と離れたいのか。
会いたいのか。
会いたくないのか。
どうすれば、どうすれば、どうすれば。
分からない。
何も、分からない……!
ピンポンとチャイムが鳴る。
暗い部屋の中、一人自分の世界で悩み続けていた俺の意識は、ふと現実へと引き戻された。
「……あ、今行きます」
とりあえず要件だけ済ませよう、そう気持ちを切り替えて玄関に向かう。
しかし、一体何の訪問だろうか?
宅配便なんて頼んでもないし、普段から俺に来客なんて滅多に来るもんじゃない。友達とも無論約束なんて無いし、何なんだろう。
「はい……ッ!!?」
俺の目の前に立っている人物は、全くもって想像外だった。
「突然悪いわね、入っても良いかしら」
「…………アンタって、まさか」
「あら、私の事を知っているのね。始めまして」
そう言って彼女は、小さく頭を下げた。
古明地さとり。こいしの姉であり、心を読む力を持つ妖怪。
「色々聞きたいことがあるみたいだけど、とりあえず話は中でさせてもらうわね」
そうして、彼女は俺の了承を取らぬまま、部屋の中へと入っていく。
「そうね、まずは貴方の疑問に答えてあげるわ」
リビングのテーブルを挟んで、俺は彼女と向かい合っていた。
まさか彼女とも、古明地さとりとも会うなんて。妹のこいしと似た背丈に特徴的な桃色の髪、そして嫌でも目に入るサードアイ。
こいしのとは違い、その目はまっすぐに俺を捉えている。
「私がここに来たのは他でもない。貴方が予想している通り、こいしを探しに来たのよ。勝手に外の世界になんて行っちゃって、探すのに苦労したわ」
「……」
「外の世界は妖怪が信じられていない世界。だから、必然的に私達妖怪は存在が希薄になってしまうわ。それを逆手に取れば、人間たちの認識から外れることが出来るのよ。つまり、今の私達は半ば透明人間みたいなものね」
やっぱり、読まれてる。
俺がどうしてここまで誰にも見つからなかったんだと、考えていただけなのに。
「まぁ、それ以前にこいしは貴方が知っている通り無意識を操るせいで、ここでも幻想郷でもあまり認識できないけれどね。たまたま通りがかった貴方を見つけられたのが幸運だったわ。こいしの気配を追うだけじゃ、見つけるのには苦労するのよね」
たまたま見かけた?
それだけでどうして俺のことが分かるんだ?
「……やっぱり、貴方もあまり認識できていないのね。それが当然なのだけれど」
それって、彼女をか。
「こいし」
「……お姉ちゃん」
「!?」
声が聞こえた。
はっきりと、俺の背後から。
「こいしはずっと居たのよ、貴方の後ろにね」
「お姉ちゃん、何しに来たの?」
「あんたを探しに来たのよ。全く、勝手に外の世界になんていっちゃダメでしょ」
居ないと思っていたのに。
つまり、あの独り言も全部聞かれて……
「こいし、今すぐ地底に帰ってきなさい」
「いや!」
彼女は俺の左腕を抱きかかえ、帰ろうとしない。
「お姉ちゃんの言うことを聞きなさい、こいし」
「いや! 私この人と一緒に居るの!」
さとりは頭を押さえ、ため息をつく。
「……はぁ、分かってるでしょ、こいし。あんたはもう誰からも認識されない。誰からも愛されないのよ。あんたを覚えていられるのは私だけ。大人しく言うことを聞きなさい」
「いぃや!!」
「…………」
彼女の、さとりの言うことが事実なのは分かる。
けれど、そんな言い方は……
「何かしら、貴方には関係のない事よ」
いや、でも。
「…………俺は」
彼女の心の内に触れて、助けてあげたいって思ったから。
怖くて、恐ろしくて、それでも……何だか愛おしくて。
「彼女を、覚えていたいです」
「……そう」
はっきりと口にした。
自分の想いを、率直にぶつけられた。
「……もう分かったわ。今回は見逃してあげる」
そのまま、彼女はテーブルから立ち上がった。
「けれど、一つだけ貴方に教えてあげる」
さとりは横目で、俺を見つめる。
「こいしは貴方に愛を求めているの。愛は人と人との繋がり、深く深く繋がるほど、愛が深まっていく。それがどういう意味なのか、貴方には分かるわよね」
「ッ……」
「それじゃ、またいつか会いましょう」
こうして、古明地さとりは去っていった。
再開の約束を残して。
「……こいしちゃん」
残されたのは彼女だけ。
しがみついていた俺の腕を離すと、彼女は俺の前へと回り込む。
「……ありがとう、大好き」
そして、強く、強く抱きしめられた。
俺もまた、彼女を抱きしめた。
まだ迷いはある。恐怖もある。それでも。
「俺、頑張ってみるから」
泣いている彼女を、見たくないから。
まだもう少し続くと思います。