カチ、カチ、カチ。静まり帰った夜の学校で、秒針の進む音が響く。ルルーシュは不意に尿意を覚え、トイレに向かうべく目覚める。黙って歩いていると、昨日リヴァルから聞いた怪談のためか、嫌な寒気を覚えた。
この道中、恐ろしい何かに襲われるのではないか? お化けなんてのは非常識的だが、暗殺者ならありえる。実際ルルーシュの母は暗殺で亡くなった。それ以来ルルーシュも暗殺の恐怖を忘れた日は無い。ここのところ、ミレイが上手く盛り上げてくれるから心おだやかだったが、リヴァルのせいというかで、今日は気分が優れない。大切な何かを失ってしまいそうで恐ろしい。
ナナリー。
咄嗟に浮かんだのは、当然と言うか最愛の妹の笑顔だった。
ルルーシュはおぼろげな思考で妹の部屋に向かった。忍び足でドアの前に立つと、音を立てぬようにそっと開ける。
ああ、俺はなんてことをしているんだ。完全にプライバシーの侵害だ。ゴメンよナナリー。だけど、君の安全を確認したかったんだ。
ナナリーのかわいらしい寝顔を見て心を落ち着けよう、と考えていたルルーシュ。息を殺し、ひっそり近づくと、妙な音を聞いた。
ぴちゅ、ぴちゅ、ああっ、うっ。
水を軽く跳ねるようなかわいらしい音と、ナナリーの妖艶な喘ぎ声。
空耳か? そんなはずは……。ルルーシュは唖然として耳を澄ませる。しかし、妹のかわいらしい声、背徳的なシチュエーションに下半身は膨張していく。
「はあ、はあ、はあ」
ナナリーの呼吸は明らかに荒かった。体もくねくねうねり、ふとんを股にはさみ、思いっきり抱きついたりする。暗くてよく見えないが、そういう動きだった。
起きているのか? それとも、寝相が悪いだけ?
それ以上に、少女と思っていた妹が性的な快楽を求めていたことに衝撃を覚えていたのだが、それは頭の奥に引っ込める。寝ているだけかもしれないと、理性が無駄な抵抗をする。しかし、不意にパラッと音が聞こえる。本のページをめくる音だった。
ナナリーは目が見えないが、点字を読むことはできる。真っ暗な中でも本が読める。つまり彼女は、深夜に本を読んで興奮していたのだ。それもきっと、性的な描写のある本。
ナナリーが、性に興味を持ってしまった。そう言えば、最近一緒にお風呂に入ってくれない。リヴァルの下ネタに笑ったり、同級生の男子学生と楽しそうに話す姿も見た。これは、まさか、そんな……。
衝撃を受けたルルーシュ。彼はその日悩み続け、一睡もできなかった。
「はは、ははははは」
学校が始まっても、ルルーシュは元に戻らなかった。目に大きな隈を作り、授業中に突然不気味に笑い出すこともあった。
「ど、どうしたんだよルルーシュ。風邪か?」
「別に、俺は元気さ」
「だったら真面目に授業受けなさいよね」
「話は聞いているさ」
リヴァルとシャーリーが心配して寄ってきたが、彼はいつもの不遜な態度で対応する。実際、授業内容は全て頭の中に入っていた。その上で、ナナリーの性教育について脳内で75通りの対処法をシミュレーションしていた。
「どうしたのルルちゃん。今日はなんか、怪しげじゃない?」
「あの目の隈見てくださいよ。きっと夜更かしですよ」
授業が終わり、放課後の部活動が始まっても、ルルーシュは変わらなかった。一人ぶつぶつ言いつつ、黙々と作業をこなしていた。
「ふふーん。てことはもしかして、夜の街で、イケナイお姉さんと一緒に、とかあ?」
「ル、ルルはそんなことしません!」
「どうしてシャーリーが慌てるのかなあ?」
「だ、だってルルは生徒会の一員じゃないですか!」
ミレイが意地悪そうな笑みを浮かべ、シャーリーをからかう。シャーリーは顔を赤くして声を張り上げる。
「それだけなのかなー?」
「いや会長、これはたぶんエロサイトの見過ぎですよ。男子高校生の勘からして」
不意に、ミレイの話にリヴァルが割り込んだ。が、リヴァルの予想に反して、ミレイは乗って来ない。不思議そうな顔になる。
「エロサイト? リヴァルそんなの見てるの?」
「えっ。ち、違いますよ! ルルーシュが、ですよ!」
リヴァルは大きく目を開き、必死で否定した。
「あ、怪しいわよ! リヴァル!」
シャーリーは内心ミレイからの追及が止まって助かったと思いながら、リヴァルを責めることにした。
しばらくギャーギャー言い、落ち着いてから適当に書類を整理した。その後、何事もなく時間は過ぎて行った。ルルーシュとナナリーもいつも通りいちゃいちゃしていた。しかし、部活が終わったところで、不意にルルーシュがミレイを呼ぶ。
「会長、少し話があるんですが」
「何かしら?」
「ちょっと別の部屋で」
「なになにー? 隠しごとー? イケナイ相談なのかしらー?」
ピクン、とシャーリーとリヴァルが反応する。
「違いますよ。至って真面目な話ですよ」
「そう。まあいいわよ。じゃあ〇〇室で」
「はい」
2人は〇〇室へ歩いていく。
「で、ルルちゃん。話って何?」
部屋に入り、鍵を閉めたところでミレイが口を開く。
「ナナリーのことです」
「そう。その両目の隈とも関係あるのかしら?」
「はい。昨日は眠れませんでした。解決策は見つかりましたが」
「そうなの。じゃあ聞かせてちょうだい」
「ええ、そのつもりです。話すと長くなりますが……」
ルルーシュは赤ちゃんの頃からのナナリーの成長を語って行った。元気なナナリーはよく笑い、ハイハイできるようになるとそこら中を這い回り、いろんなものを食べ、壊し、よく泣いた。走れるようになると、アリエスの庭園を妖精のように軽やかに舞った。その頃ルルーシュによく抱きついていたし、結婚したいとも言っていた。しかし、母の事件があってから、そういう傾向は一切見られなくなった。
が、彼女も今や中学2年。第二次性徴期にあって、初潮も終えた。性的なことを理解するようになって、そういうことに興味を持ち始めた。
「これがその証拠です」
ルルーシュは、ナナリーの部屋にあった若者向けの小説をミレイに見せる。そこまで背徳的ではないが、エッチシーンがあって、しかもそのページには若干のシミが残っていた。
「うわぁー」
ミレイはぽかんと口を開ける。ルルーシュの必死さへの感想だ。ほんのちょっとだけ、まさかあのナナリー様が? いえ、ナナリー様もレディだものね。という納得みたいなものも含んでいる。
「そこでだ。ミレイ。俺はこの性欲を利用して、ナナリーの元気を取り戻そうと考えている。上手くいけば、目も治るのではないか? と考えている。なんだかんだ、性行為が人格に与える影響は大きい」
「え? ちょ、ちょっとルルーシュ。どういうこと? 本気なの?」
「本気だ。性欲が目の回復につながる、と本気で思っている」
「うわぁー。はぁー」
ミレイはまたポカンと口を開ける。知ってはいたが、いつも冷静なルルーシュも、ナナリーのことになるとわけの分からないことを言い出す。しかしまさか、あの鈍感どころか性欲がないとまで思われたルルーシュが、性欲を利用しようなどと考えるとは思わなかった。それも、花よ蝶よ大切に育ててきた、最愛どころか依存している妹に対して、である。これは一大事だった。それに、密かに思いを寄せている相手が、恥ずかしい相談をしてきているという、このシチュエーション。なんとも言えない気恥ずかしさに、いつも主導権を握っているミレイも後手にならざるを得なかった。
「というわけでミレイ。ナナリーの近くで俺とセックスしてほしい」
「は? へ?」
「ナナリーの気恥ずかしさ、大人の世界に対する憧れ、軽蔑、恐怖。未知に対する知りたいという欲求。いろんなものを刺激し、一気に開眼に持っていく。そのための恥ずかしいシチュエーションは34通り考えた」
「えっ、ル、ルルーシュ。や、やるの?」
ミレイは速すぎる展開についていけなかった。少しうれしくもあったが、それ以上に無遠慮にことを進めることへの恐怖が勝った。未だ彼女は処女。心の準備ができていない。
「ナナリーのためだ。初体験など惜しくは無い」
キリッ、とルルーシュは真顔で返した。
「あっ、やっぱり童貞だったんだ。って違うわ! わ、私の貞操は?」
「て、貞操? ……困ったな。ミレイなら経験豊富だと思っていたのだが」
「くっ、それは、違う、と言うか……。あ、あのね! 見くびらないでよ! ミレイさんは安くないの!」
「そうだったのか。すまない。しかし、これで予想していた53パターンは消えてしまった。後は咲世子さんに懸けるしかないな」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あなた咲世子さんにも頼む気?」
「……ダメか?」
「ダメ、と言うか……。ど、どうしちゃったのルルちゃん! そんな軽い気持ちで、好きでもない女性となんて、け、軽蔑されるわよ! 私だから、ギリギリ大人の対応ができたけど」
ミレイはこっぱずかしさを覚えながら、しかし、ここはずばり言ってやらねば、とルルーシュに釘を刺した。しかし、当のルルーシュは顔を顰める。
「何を言ってるんだ? ミレイ」
「へ?」
「好きに決まってるじゃないか。お前のことも、咲世子さんのことも」
「は、はあ?」
「好きでもない女性を抱く気はないぞ。たとえナナリーのためだとしてもな」
「で、でも! 私が一番じゃない、というか。その好きは、違うじゃないの! 家族や、友達みたいな……」
ミレイの中で、遊ばれているかもしれない恐怖と、本当に好かれているかもしれない期待がせめぎ合う。期待がリードするのだが、待てよまだ分からない、と期待し過ぎないよう理性が待ったをかける。しかしその理性を杞憂だと一掃するように、ルルーシュは真顔のままだ。
「違わないな。異性として意識している。そもそも俺の初恋は家族相手だ」
「な、なにを言ってんのよ! 意味分かってんの!」
ミレイは顔を赤くしつつ、口端が、にやあ、と緩んでいく。なんだかんだうれしかった。
「分かっているさ。俺だって多少恥ずかしい」
「多少なの!? 私は穴があったら入りたいくらい恥ずかしいわよ!」
「そうか」
はたと、なぜかそこでぱったり話が途切れた。カチッ、カチッ、と時計の進む音が聞こえる。ミレイは顔を赤くしたままで、極度の緊張感のままで、放置されているような錯覚を覚えた。1秒が万秒のように長い。なぜ目の前の男は何も言わないのか。この喜びと寂しさと羞恥とがない交ぜになった、無茶苦茶な感情を理解しようとしないのか。もうダメだ。我慢ならない。
「わ、分かったわよルルーシュ! きょ、協力してやろうじゃないの! ひと肌でもふた肌でも脱いでやるわ! このミレイさんが!」
「むっ、そうか。ありがとうミレイ! これでナナリーも呪縛から逃れられるはずだ!」
エッチシーンは次回から