■02 届け愛のメッセージ
「「は、はい!?」」
緋沙子と創真は、ホテルのロビーに備え付けられた立派なカウンターの前で、揃って驚愕の声を上げた。
「何かの手違いではないのですか?」
緋沙子が、受付の男性スタッフに詰め寄る。
「いえ、確かに幸平創真様と、新戸緋沙子様の2名様、スイートルーム1室でご予約を承っております」
「そ、そんな……同じ部屋で?」
どうやら聞き間違いでも、手違いでもないらしい。この男と、同じ部屋――!?
「んー、つーか、他の部屋って空いてないんすか?」
横から創真が訊ねる。
「そ、そうです! シングルルームがあれば、そちらに移して頂くことは出来ませんか?」
いくらスタジエールを通して距離が縮まったとはいえ、流石に一晩、彼と同室するのには抵抗があった。
別に部屋のグレードが落ちようと構わない――と掛け合ったのだが、
「申し訳ございません。予約の内容は変更するな、と
スタッフは、申し訳なさそうな顔で言う。
「それで、実はお客様に、こうしたメッセージをお預かりしております」
「メッセージ?」
緋沙子たちは顔を見合わせ、同じように首をかしげる。誰からのメッセージなのだろうか。
スタッフは居住まいを正し、やや重々しい口調で、手元のメッセージを読み上げ始めた。
「ごほん……
『スタジエール合格者の諸君、まずは第1の試練を乗り越えたことに、賞賛と慰労の意を表しよう。
さて、諸君らは競い合い、存分に己を磨いてきたことと思う。しかし今後は、それだけでなく、大いに親睦を深め、互いの長所を吸収し、更なる成長を遂げてもらいたいと考えている。
ついては、2人に1部屋を宛がうので、じっくりと夜を過ごすとよい。健闘を祈る。なお、部屋の壁は防音なので、余計な心配は無用である。存分に励むとよい。
追伸:
従わぬ者は、もちろん退学である(はぁと)』
……だそうです」
「せ、せ……」
緋沙子は全身を打ち振るわせ、
「せ、仙左衛門様ぁあ゛ーーーーー!」
彼女の絶叫は、だだっぴろいロビーに虚しく響き渡った。
■03 暴走
結局、仙左衛門に強権を振りかざされては逆らうことも出来ず、2人は指定された32階の部屋へと向かった。
贅沢な
「へえ、すげえじゃん」
創真はバッグを片手に、スタスタと室内へ入っていく。
「合宿のホテルも豪華だったけど、ここも負けてねぇな」
確かに、雰囲気はいい。
家具などの調度類はセンスがよく、ブラウンを基調に、しっとりと洋風にまとめられている。ほのかなアロマの香りも漂っていて、随分と居心地は良さそうだ。
――にも関わらず、緋沙子は、ゆったりと体を休めるような気にはなれなかった。
部屋の中央には、ベッドがある。ダブルベッドだ。そして当然のように、枕は2つ並べられている。
他にも、2人で使えるテーブルセットが窓際に置かれてあったり、テレビの前にはソファがあったりするが……この部屋において、一番の存在感を放っているのは、間違いなくそのベッドだった。
健闘を祈る――
仙左衛門の残したメッセージが、頭をよぎる。
「……い、おい、新戸!」
「なっ、何だ!?」
創真の話し掛ける声で、緋沙子は我に返った。彼はバスルームを指さし、
「シャワー、先に浴びろよ」
「…………!?!?」
緋沙子は驚き、身をすくめる。バタリと、手にしていたキャリーバッグが床に倒れる。
「シャ、シャシャシャ、シャワー!? 貴様は、何を言っている! そ、そんなふしだらな……!」
「ふしだら?」
シャワーを先に浴びるということは、ベッドで彼を待たなければならないのだろうか。
何をして待てばいいのか。どんな格好で。下着は?
そうだ、照明はどうする? 暗くしておいたほうが恥ずかしくないだろうか? ……いや、いきなりムードを作り込んでおく必要はないんじゃないか。電気を消すのは、それなりに盛り上がってから――
「お前、そのまま寝るつもりか?」
「――は?」
またも、創真の言葉で現実に引き戻される。
「スタジエールで汗かいただろ? 風呂入らずに寝るのかよ。……ああそうだ、オレはソファで寝るから、ベッドは好きに使っていいぞ」
「な、え、あっ――?」
どうやら自身の思考が暴走気味だったことに気付き、緋沙子は頬を真っ赤に染めた。穴があったら入りたい――いや、私がスッポンだったら首をすぼめたい――そんな気分だった。
「は、入るに決まっているだろう! 変なことを言うな!」
「変なことって何だよ……」
不満げな創真の視線には気付かぬ振りをし、慌ただしく入浴の準備を整え、緋沙子はバスルームへと逃げ込んだ。
+ + +
緋沙子は、何事もなく入浴を終えた。今は入れ替わりに、創真がバスルームを使っている。かすかに水音が聞こえてくる。
用意されていたバスローブ型の部屋着に身を包んで、緋沙子はベッドの片隅にちょこんと腰掛けていた。
どうにも落ち着かず、手をもじもじと動かしたりして、少しでも気を紛らわせようとしている。
ややあって、創真が入浴を終え、バスルームの扉が開かれた。あっけらかんとした顔で、
「ふぃ~、さっぱりだぜ。……お、新戸、まだ寝てなかったのか」
と言った。
「う、うむ。ちょっと荷物の整理をだな……」
「そっか。うっし、明日は7時くらいに起きれば十分なんだよな?」
「そ、そうだな」
朝食のルームサービスは8時に予約されていると、フロントでは聞いていた。
「スタジエールと比べたら、大分ゆっくり出来そうだな」
言いながら創真は、ベッドより手前にある、2人掛けのソファに腰を下ろす。
「本当に、そこで寝るのか? ……ああいや! 別に一緒に寝たいというワケでは――」
しどろもどろになる緋沙子に、しかし創真は、
「それしかないだろ。新戸をソファに寝かせるのは流石に悪いし。まあ、エアコンも付いてるし、寒くはないだろ――あ、枕だけはもらってくぜ」
そう言って、並べられた枕の片方に手を伸ばす。
緋沙子の枕だけが残って随分と広くなったベッドは、どこか寂しく感じられた。
「んじゃ、おやすみ」
「ああ……」
創真は、ソファでゴロリと横になる。
照明を落とし、緋沙子も床に就いた。
+ + +
いささかの緊張も、そして迷いもなさそうな創真の態度に、緋沙子は複雑な感情を抱いていた。
下心丸出しで襲われるよりはマシだったが――女子としてまったく意識されないのも、それはそれで釈然としなかった。ひとりだけ胸を高鳴らせてしまったことを、ひどく恥ずかしく思った。
……『期待を裏切られた』という残念な気持ちが、自分の中にあるのだろうか。
(いやいや、そんなことはない。私は――)
頭に浮かんだ自身の考えを振り払うように、一人きりのベッドの中で緋沙子は、大きく首を振った。