【書籍化&コミカライズ】ツンデレ女子が幼馴染の鈍感男子に「ざまぁ」されていたので、寝取って教え込んであげた話 作:タイフーンの目
久しぶりに晴れた、土曜の夕方のこと。
(もうこんな時間か……)
(夕飯、どうしよう……。食べに行くのも面倒くさいし……コンビニ、かなぁ)
ひとりでいると、どうしても不摂生になってしまう。
1日中、アパートの部屋でだらだらと過ごしたツケがたたっていて、空腹なのに食べる気が起きない、けれど食べないわけにはいかない――という、なんとも居心地の悪い気分だった。
「はぁ……」
それでも意を決して、重い体で立ち上がり、近所のコンビニへと出かけようとする。
そのとき、ドアフォンが鳴った。
――誰だろう? 勧誘だったら嫌だな。
だが同居人あての荷物が届いたのかもしれないので、応対しないわけにもいかず、ドアフォンで来訪者を確認する。
ドアフォンから聞き慣れた声が流れてきた。心臓がバクっと跳ねて、裏返りそうになった。
「――りょ、涼介」
来訪者の正体を知って、真南可は愕然とする。そして、彼に応じるべきか、大いに悩んだ。
空腹がどうのとか、コンビニに行くのが億劫だとか――そんなささいなことで思い悩んでいた数瞬前の自分を、恨めしく感じるほどに思い悩んだ。
だが、もうドアフォンで応答してしまった。
居留守ももう使えないし、このまま彼を帰らせることもできないだろう。
だってこの5つ下の義理の弟は、学生とは思えないほど口がうまくて、真南可などが口先で追い返せるような相手ではないのだ。
(このまま成長したら立派な結婚詐欺師にでもなってしまいそうだ――)
と、義姉を本気で心配させるような男だった。
「…………」
覚悟を決めて、真南可は玄関に向かう。
ドアの前まで来たところで、シューズロッカーに備え付けられた姿見に目が行く。
(…………)
ノーメイクの顔。地味なTシャツ。ジャージ。気が抜けていることこの上ない格好だった。
もっとも。
真南可はもともと目鼻立ちの整った美貌の持ち主だし、肌のきめも細かく、まつ毛だってくるんと長い。間違いなく『美女』に分類される女性だ。部屋着でも十分見栄えがするほど、スタイルもいい。
化粧をしないと幼く見られるくらいで、気にする必要もなさそうだが――彼女自身にとっては『だらしない格好』であるという事実に変わりはない。
(どうしよう……)
今さら着替えるわけにもいかないし、メイクなんてもってのほかだ。
……いや。
そもそも玄関の向こうに立っているのは、
「…………っ」
真南可はとりあえず、ボサボサの髪の毛をいそいそと撫でつけてから、ドアの鍵を外す。
「やあ、姉さん。久しぶり。来ちゃった」
「来ちゃったって、あなたね……」
気さくな態度の涼介。突然の来訪にもかかわらず、悪びれた様子など一切ない。
真南可の住所は彼にも伝わっていたはずだが、涼介は今まで、一度もこの部屋を訪れたことはない。
真南可が家を出てから1年と3ヶ月。
やっと、涼介のことを忘れかけていたのに――
「何しに来たのよ」
つい、声が硬くなる。
「ん? 姉さん、どうせロクなもの食べてないだろうと思って。久しぶりに、専属シェフが腕を振るってやろうかなってさ」
言って、スーパーの買い物袋を掲げてみせる。重そうなビニル袋には、夕飯の食材がそろっているようだった。
「……いきなり来ないでよ」
「いいじゃん。姉弟なんだし」
「それは――」
義理ではあるが、姉弟であることに違いはない。
ただし、正常な姉弟でないことも確かだが。
「……誰かが居たら、どうするつもりだったの」
「義兄さんは出張でしょ?」
「どうして、それを」
「別に、俺が探ったわけじゃないからね? 昨日、義兄さんから連絡があってさ。長期の出張が入ったから、姉さんのこと頼むって。死なないように気をつけてやれってさ」
真南可はフィアンセと同棲している。
その彼とは、涼介と姉弟になる前から交際関係にあった間柄で、大学に入り、互いに就職の目処が経った頃からこのアパートで同棲を開始していた。
そして昨日から、彼は確かに仕事で出張中だ。明朗で、快活で、仕事にも熱心な男性。
そして、人たらしであるこの義弟は、そんな真南可のフィアンセともすぐ仲良くなってしまい、今でも気軽に連絡を取り合っている仲なのだ。
――それが、真南可には恐ろしくてたまらない。
いつ、フィアンセに真実を告げられてしまうのか。真南可の罪をさらされてしまうのか。それが、怖くて怖くてたまらない。
……だが、涼介のほうにはそういう気がさらさら無いようにも見えた。彼に対して罪悪感を抱いているようなそぶりは一切ないし、敵対心があるようにも、まったく見えない。
誰よりも近くで暮らしたのに、彼の本心がまったく分からない――。
「料理って……真凜(まりん)は、夕飯どうしてるのよ」
妹を引き合いに出す自分の卑怯さに嫌気を感じる。ただ、両親はどちらもほとんど家に帰って来ないので、真凜のことを心配する気持ちも嘘ではなかった。
「昼に作り置いてきたから、大丈夫だよ。――真凜は、姉さんよりずっとしっかりしてるしね」
「…………」
「あと、姉さんに会いたがってたよ。たまには顔見せに帰ってきなよ」
「それは――」
――どうして帰りたくないのかは、誰よりもあなたが知っているでしょう?
そう問い詰めたくなったが、真南可はぐっと堪えた。
代わりに、話題を戻した。
「買い物までしてきて……私が出かけてたら、どうするつもりだったの?」
「そのときは生モノだけ持ち帰って、保存できるものだけドアに掛けて帰ろうかなって」
「…………」
母親より、ずっと家庭的な義弟。この気の回しかたが、本当に憎らしくて、そして――愛おしいと感じてしまう。
「とりあえず、上がってよ。そこに居られると、近所の人に勘違いされちゃうから」
「ははっ」
この余裕っぷりが、本当に可愛くない。どちらが年上なのか分からなくなる。
それにしても――
(背……また伸びたんだ)
真南可も背が低い方ではないが、それはあくまで女性の平均的な体格というだけで、男性の中でも背の高い涼介とは比べられない。
それでも、初めて会った頃はまだ真南可のほうが上背があったのに。あっという間に並ばれて、今では、涼介のほうが頭ひとつぶん高い。
――大人になってるんだ。
そう思うと、義姉としての感情以上のなにかが、真南可の胸中で揺れ動いた気がした。
+ + +
「うわ。これ賞味期限1ヶ月以上過ぎてない?」
まるで自宅のような気安さで冷蔵庫を漁りながら、涼介が指摘する。
「つ、次のゴミの日に捨てようと思ってたの」
「……で。そうやってるうちに1ヶ月が過ぎた、と」
「い、いいから……! 人ん家の冷蔵庫、物色しなくていいから!」
「義兄さんも大雑把なとこあるからなぁ。心配だよ、弟としては」
「余計なお世話よ……」
「へえ。そんな口利くんだ……」
冷蔵庫の前でかがんでいた涼介が、首だけで振り返り、声のトーンを低くしてそう切り返してきた。
「姉さん、自分の立場わかってるの?」
鋭い視線が真南可を刺す。瞬間、心臓が早鐘を打ち出した。涼介が言葉を継ぐまで、まるで蛇ににらまれた蛙の気分だった。
――が、
「姉さんさ、誰の料理でそこまで育ったと思ってんの? 俺、姉さんと真凜のおかげで、一時期は本気で調理師免許でも取ろうかとまで思ったんだぜ」
「な、なによ……人には、得意不得意ってもんがあるでしょ」
そう返すので精一杯だった。
心臓はまだ高鳴っているが、涼介が使える食材を探すため冷蔵庫漁りに戻ったのを見て、少しだけ安堵する。
けれど。
涼介はすぐに、また声を落として背中でぼやいた。
「……俺が調理師になるより、姉さんに栄養士の資格取ってもらうべきだったかな。いや、割と深刻に」
+ + +
コンビニの弁当が並ぶはずだった食卓には、涼介の作った温かい手料理が並んだ。
簡単にぱぱっと作れるものばかりだったし、ご飯は涼介が買ってきたレトルトのものだったが――それでも、食べ慣れた涼介の味に、真南可の舌と胃袋はたいそう喜んだ。
――悔しいが、やはり涼介と過ごす時間は楽しかった。
相変わらず、涼介はよくしゃべった。彼の学校のこと。妹の真凜の近況について。
そして何より彼は聞き上手で、就職したばかりの真南可の愚痴を引き出してみせたり、同棲生活でのくだらないエピソードを笑って聞いてくれた。
――そうしているうちに、ついついリラックスして心を許してしまう。
(いけない。駄目だ……)
そうは思っても、こうして、ただの姉弟として接するだけなら問題ないのではないか、と自身に言い訳をしてしまう。
そこで真南可はふと、涼介の荷物に気づく。
「買い物行ってたの?」
「まあね。靴を買いに」
「……新しい彼女と?」
「いいや、友達と」
「そう――」
それ以上は聞けなかった。姉という立場でどこまで踏み込んでいいのか――その正常なラインを、もう真南可は判断できない。
今さら、どんな顔できょうだいを演じればいいのか……。
+ + +
涼介と過ごす時間は、あっという間に過ぎた。どこまでもスマートな義弟は。律儀に食器の片付けまで手早く終わらせてから、
「じゃ、俺そろそろ帰るから」
あっさりとした挨拶で玄関へと向かう。
「そう……」
名残惜しさを感じてはいけない――そう自戒しつつ、真南可は大きくなった義弟の背中に付き従って見送りをする。
「姉さん。本当に、義兄さんが留守のあいだに餓死しないでよ」
「し、しないってば」
「栄養失調とか。逆に激太りとか」
「しないし! ……彼も、1週間で帰って来るし」
「そっか」
相変わらず、真意の読み取れない笑顔だ。けれど、リラックスした彼は子供っぽい表情も見せてくれて、やはり憎みきれない。
と――
「姉さん」
不意を突かれた。
左腕をつかまれ、引き寄せられた。
「あ……っ」
と声を上げた刹那には、唇を重ねられていた。
玄関で靴を履いた涼介は一段下に立っているので、両者の顔の高さはほとんど同じだった。
「ん、む……っ、やっ、涼介――っ、だめっ、んっ――」
腕を掴まれたとはいっても、片腕だけだったし、涼介の手にもそこまでの力は入っていなかった。
だから、本気になれば振りほどけたはずなのに、真南可はそうしなかった。
それは意識してのことなのか、それとも無意識のせいだったのかは自分でも分からない――けれど、理性が本能に屈していることだけは、確かだった。
何度も経験した、涼介の唇。
優しくて強引な舌先。吐息。体温。
そのすべてが真南可の体を芯から痺れさせて、冷静な思考を奪っていった。
(駄目……、本当に、駄目なのに……っ)
脳裏には、愛しいフィアンセの笑顔が浮かぶ。
ほとんど幼馴染のようにして育った彼とは、中学生になってからごく自然に交際が始まって、同じ高校に通って――そのまま、幸せな未来が訪れることを信じて疑わなかったし、実際、今のところ現実になっている。
――ただひとつの誤算は、真南可が涼介と出会ってしまったこと。
それも、誰よりも近く、逃げ場の用意されていない、家族として一緒に暮らすようになってしまったことだ。
「ぁっ、んっ……んむっ……はぁっ、んっ……」
彼の唇が次にどう動くのか、舌がどんなふうに入ってくるのか、手に取るように分かる。幾度も幾度も肌を重ねた相手のことは、時間が経っても体が覚えていた。
――せっかく、家を出たのに。
この関係を終わらせたくて、大事なフィアンセに涼介との関係がバレるのが怖くて、わがままを言って同棲を始めたというのに。
そして実際、それは功を奏していた。
少しずつだが涼介の体温を忘れ、フィアンセのことだけを考えられるようになったと思ったのに。
そんな希望が、この一瞬で打ち砕かれてしまった。
(ごめんなさい……、ごめんなさい……っ)
頭の中では何度もフィアンセに詫びながらも、同時に、真南可はキスの甘い快感に溺れていた。
フィアンセに、不満など一切無い。
真南可の欠点も受け止めてくれる頼りがいと、他人に対するおおらかな優しさと。仕事にも真面目で、誰からも愛される、これ以上ない素敵な男性――。
なのに、自分はこれだ。
3年前。まだ自分より背の低かった涼介に迫られ、激しく求められ、体を許してしまってからというもの、真南可はずっと、幼馴染のフィアンセを裏切り続けてきた。
(ああ、駄目なのに、もう、いやなのに……っ)
二の腕で感じる、涼介の指の硬さ。それから、突き放そうとして涼介の胸で止まってしまった右手で、彼の肉体的成長を実感してしまう。
さらには唇から、ずっとずっと忍耐してきた甘い快楽が、これでもかと流し込まれてくる。
「姉さん――」
「んんっ……、んっ。は、ぁっ……涼介、んむっ、んっ」
いつしか真南可は、みずから涼介の唇を求めていた。――いや、いつしかなどという表現は
本当は、あまりの快楽に耐えられず、そして涼介のことをもっと気持ち良くしてあげたくて、自分の意思で愛撫をし返したのだ。
長い長い口づけ。
フィアンセとのあいだでは決して感じることのない、背徳的で、淫靡な口愛撫。真南可の理性は、すっかり溶けて流されてしまった。
「――あ、むっ……。涼介?」
突然キスを切り上げて涼介は、
「今日は、元気そうな姉さんの顔が見れて良かったよ」
そう言うと、腕の拘束を解いて真南可を自由にした。
切ないほどあっさりと、彼は帰っていく。
それを引き留める理由など――引き留めていい大義など、真南可は持ち合わせていない。
「じゃあね。また来るから」
「――う、うん」
去って行く義弟のことを見送ってから、激しい罪悪感に苛(さいな)まれた。
なにが「――うん」だ。再会の約束なんて、許されるはずがないのに。
(私は……また……)
快楽に身を委ねて、流されてしまった。
この最悪な気分は、以前にも、いやというほど味わったというのに。
涼介と初めて肌を重ねた日。
恋人のことを思いながらも、義弟の情愛にほだされる自分が、気持ち良くて気持ち良くて仕方がなかったこと。
その日以来、涼介のことを自室に誘ってみずから求めてしまったこと。
髪を結わえて欲しいから――などと強引な言い訳をつくって、2人きりになり、唇を重ね、服を脱がせ合い、体液を交換して、激しく果て合ったこと。
――そして、そのたびに押し寄せる、強い悔恨の念。
(あ、ああッ――……)
そのすべてがとびきりの快楽を与えてくれることを、真南可のカラダは思い出してしまった。
――もし、あのまま涼介に求められていたら。彼に迫られて、その場に押し倒されていたら。
フィアンセと暮らすこの部屋で、真南可は彼のことを受け入れていただろう。あの気持ちのいいセックスを何度も何度も味わって、ねだって、しがみついていただろう。
彼と2人で寝ているベッドに涼介を連れ込んで、何度も何度も腰を振っていただろう。
(私、わたしはっ……、ごめんなさい、ごめんなさい……っ)
火照りきった体を抱きしめて、廊下にうずくまる。
涙をこぼしつつ、リビングを振り返る。1年以上、愛する人と暮らしたこの部屋なのに、今、目に浮かぶのは涼介の姿ばかり。
さっきまで共にしていた食卓。キッチンに立つ彼の姿。真南可を呼ぶ優しい声。手のひらの温度。唇。声――
もう、何もかも駄目になってしまった。
これまでの忍耐も。決意も。
すべてが無駄になった。脆くも崩れ去ってしまった。
(ああ、――ああっ……!)
フィアンセには、絶対に告白できない。
この罪悪感を抱えたまま、ずっと生きていかなければならない。
そう考えると――
「ッ――、っっ…………!?」
腹の奥が、強烈に疼(うず)く。
はしたない欲望に、柔肉が濡らされ、じくじくと灼(や)き尽くされてしまう。
「は、ぁッ……はぁっ……!!」
きっと、この地獄は続く。
結婚しても、いつになっても。永遠に、永遠に続く。
(涼介……、涼介っ――……)
許されない関係に思いを馳せて、真南可は激しく悶えた。
それが恐怖によるものなのか、それとも喜悦によるものだったのかは、彼女にも分からなかった。