【書籍化&コミカライズ】ツンデレ女子が幼馴染の鈍感男子に「ざまぁ」されていたので、寝取って教え込んであげた話 作:タイフーンの目
7時、17時、23時ごろ予定。
■ ■ ■
それは秋雨がシトシトと降る肌寒い日だった。
真南可は、拓真と連れ立って通学路を帰宅していく。
「久しぶりだよな、真南可の家」
気が重かった。このところ拓真の来訪を断っていたが、さすがに拒否し続けるのも不自然なので押し切られた形だ。
ちなみに最近、拓真はバイトを始めた。
進学したら始める一人暮らしのための資金づくりだという。連日シフトを入れるのでデートの頻度は減ってしまった。今日は久しぶりに休みなので、こうして傘を並べて師藤家へと向かっているところ。
「真南可もしようぜ」
「え」
「一人暮らし」
「――うん」
「何なら一緒に暮らす?」
「またそれ」
拓真の誘いは魅力的だ。
進学すればきっと今より自由な生活になって、二人でいられる時間もずっと増えるだろう。幼馴染みから恋人へ。恋人から――その先に進むための新しい一歩。
「それなら私もバイトしないとだし」
「お、いーじゃん。
「バイトのくせに」
「ははは」
恋人と語り合う将来の話。実現すればきっと幸せな生活が待っているに違いない。たまに喧嘩はするだろうけれど、穏やかで明るい日常を――それを毎日堪能できるはず。
(今の家を、出れば……)
母や父、真凛と離れることになる。彼とも――
そう考えると。胸の奥の柔らかな部分に、何かとても鋭いものが突き立てられるような気分になる。
寂しい?
違う。
嬉しい――のでもない。
では罪悪感だろうか。
彼らを捨てるような行為。何度も母親が代わり、家族を知らずに育った彼を捨てるような仕打ちに、後ろめたさを感じるせいで――
違う。
違う。
それは欺瞞だ。
家族ぶっているだけだ。
本当は。自分は――
「真南可?」
「――え」
「なに行き過ぎてんだよ。自分ちだろ」
声をかけられて真南可は、師藤家の表札の前で立ち止まる拓真より数歩ほど離れたところで立ち止まった。
■ ■ ■
「よ、涼介」
「ああ兄さん。久しぶり」
拓真と涼介は、師藤家の廊下で朗らかに挨拶を交わす。
本来なら微笑ましい光景のはずなのに。
(……なんでそんな顔ができるの)
涼介の表情は、至って平常だ。
(まさか、本当に……)
彼はなんの感慨も持っていないのだろうか?
ますます義弟のことが分からなくなってくる。近づけば近づくほど、得体が知れなくなっていく。
空恐ろしくなるが、それでも目を離せない。
「どしたんだよ、真南可?」
さっさと2階へと上がろうとする拓真は、
「今日、大丈夫か? ボーッとしてるけど」
「な、なんともないよ」
年下の涼介と比べて、動揺を隠せない自分が情けない。
「寒いからじゃない?」
明るい笑顔で涼介が言う。
「姉さん、冷え性だから」
「あー、そうだっけ?」
拓真はあまり細かいことは気にしないタイプだ。この秋雨で、真南可の手や足の指が冷え切っていることなど気づきはしないだろう。
「温かいものでも淹れようか?」
「い、いいから。行こう、拓真」
これ以上、涼介の顔を見ていられなかった。
もちろん涼介との関係を、拓真には知られたくない。けれど苦しくて、気づいて欲しいとも願ってしまう、そんな勝手な自分もいる。すべて崩れてしまうだろうけれど、楽にはなれる――
(最低だ、私……)
制服姿の幼馴染に付いて階段を昇りながら、真南可は暗澹たる気持ちになる。
部屋に入ると拓真は、ベッドを背もたれにして床にどっかりと腰を下ろした。
「涼介と喧嘩でもしてんの?」
「え?」
「なんかよそよそしかったし。でもいいなぁ、姉弟げんかとかさ」
「なにがいいのよ」
「仲いい証拠じゃん」
「…………ッ」
拓真はこの場合、自覚はなくとも被害者だ。
害をなしているのは他ならぬ自分自身であることも重々承知している――それでも、こんなに気軽に言われると、複雑な気持ちになる。タイミングが悪すぎる。
(やっぱり私は自分勝手すぎる――)
「あ、あのさ……じ、実は」
「ん?」
「――――」
言葉を続けられるはずがない。毎晩のように涼介とセックスをしているだなんて、この無垢な恋人に告げられるわけがない。
「そ、そうなんだよね。喧嘩しちゃってて」
言い繕って、拓真から少し離れたところに座る。
義弟から迫られたとはいえ――じゃあ、真南可が完全に拒否をしたのかと問い詰められたら、きっぱりと否定できない。第一、訪ねてきた彼を毎夜、部屋に招き入れているのは自分なのだから……。
(私は涼介のことを……)
なんだと思っているんだろう。ただの弟では、断じてない。恋をしているのとも違う。かと言って、ただの肉体関係と呼ぶには――彼に、惹かれすぎていた。
しばらく学校の課題に取り組んだが、身が入らない。
チラリと拓真のほうを見ると、
「はぁ……、もう限界」
勉強嫌いな彼は早くもギブアップして、もそもそと真南可のベッドに登っていった。
「ちょっと拓真」
ドキリとする。昨夜もあのベッドで涼介に抱かれた。そんな場所で、拓真は無遠慮に体を投げ出す。
「最近バイトも忙しくてさ、ちょっと寝させて」
「…………」
こちらに背を向けて本当に寝入ろうとしている。
――せめて。
せめて拓真に抱きしめてもらえれば、モヤモヤを打ち消せるかもしれない。
「私も」
真南可は制服のブレザーを脱いで、そっとベッドに入っていった。幼馴染みの広い背中に身を寄せて、彼の名を呼ぶ。
「ね、拓真」
「ん……」
眠そうな声。振り返ってもくれない。
拓真は相変わらず真南可のことを求めてくれるが――それは、彼の気分が盛り上がったときだけ。溜まって、昂ぶったものを夢中でぶつけてくる。彼の、そんながむしゃらなところは好きだけれど、今は少し寂しい。
(私の手、冷たい)
こうして布団にくるまっても、体は芯から冷えたままだ。でもこうして彼の体温を感じていれば、きっとそのうち――
――コンコン
音がして、茫洋としていた意識が叩き起こされる。
「――――っ!?」
目を見開き、ドアのほうを見やるが、
(いや、違う)
ドアを叩かれた音じゃない。けれど幻聴でもない。はっきりと聞こえた。
壁だ。
壁が叩かれた音。
隣の部屋とは壁を挟んでベッドが配置されているはず。隣の、涼介の部屋にも。
2階のこの子供部屋は、あとから間仕切りを設置したのか、壁は薄い。それぞれがベッドに入って物音を立てると、隣にまで筒抜けになってしまう構造をしている――いつも、涼介と恋人の情事が逐一聞こえてくるように。
だから今日も、拓真と真南可がベッドに潜り込んだ音が隣にも聞こえていたんだろう。それで涼介は――
(拓真がいるのに……)
正気の沙汰じゃない。
けれど、ドアではないということは、さすがに押し入ってくるつもりはないようだ。では、どういうつもりなんだろう。
(まさか……呼んでる?)
拓真のことを置いて、涼介の部屋に?
想像すると血の気が引く。そんなこと出来るわけがない。拓真は寝息を立てはじめているけれど……そんなこと。
でも、もしもまた呼ばれたら。
この壁が、もう一度ノックされたら。
「…………」
耳を澄ませても、音はしなかった。
安堵するべきなんだろう。さっきのは聞き違いだったと。いや、音がしたとしても、そこに意図などないのだと。
バクバクと跳ねる胸が痛い。
手足は冷えたままだけれど、喉の奥が異様に熱を持っているように感じる。
(――――……っ)
戸惑う思考とは裏腹に、ベッドから抜け出す自分がいた。それも、拓真を起こさないよう慎重に、床を足に付ける自分が。
(違う、私は)
誰に言い訳をしているのかも分からない。
足下は酷くおぼつかないのに、吸い寄せられるように部屋のドアへと向かってしまう。静かな部屋で、心音だけがバクバクとうるさい。
「…………」
一度だけ、ベッドのほうを振り返ろうと決める。
ここで拓真が目を覚まして引き留めてくれたら、『普通』に戻れる気がする――なんて。この期に及んで、まだ他人に決断を委ねようとしている自分が惨めだけれど。
(お願い……)
胸中でつぶやきながら肩越しに振り向くが、ベッドでは、すっかり寝入った彼の後ろ頭だけがこちらを向いていた。
その瞬間。
真南可の胸に、強い
(私、いま……なにを『お願い』してたの)
引き留めて欲しい。そう思っていたはず。そのはず――。