【書籍化&コミカライズ】ツンデレ女子が幼馴染の鈍感男子に「ざまぁ」されていたので、寝取って教え込んであげた話 作:タイフーンの目
次にキリエの手元に涼介の写真が手に入ったのは、意外なタイミングだった。
『悪い』
『風邪ひいた』
約束のデートの前夜、涼介からメッセージが届いた。
彼の体調を心配するより先に、続けざまに今度は真凛から。
『見てくださいキリエさん』
『珍しく凹んでる兄さんの顔です』
そんなテキストのあとに、マスクをした涼介の画像が送られてきた。
場所はリビングらしい。
呆れたように半眼でこちらを睨んでいるのは、妹からスマホを取り上げようとしているからだろう。
(涼くん……)
最近は、気候に関係なくタチの悪い風邪が流行っている。まだ日中は蒸し暑ささえある10月だが――そのせいで、マスクを着用しているのは少数だ。そしてあの文化祭での人混み。誰からうつされたのかも分からないし、
『私のせいかも』
『ちょっと前にお母さんが具合悪かったから』
キリエ自身はなんともなかったが、知らぬ間に媒介してしまった可能性はゼロではない。
特にこのところは、しょっちゅう涼介とくっついていたし……それこそ、粘膜レベルで。
『ごめん』
『なんでキリエが謝るんだよ』
『せっかくの誕生日デートだけど』
『キリエにうつしたくないし』
『うん』
『気にしないでいいよ!』
『それより安静にしてなくちゃ』
本当はデートのことは、指折り数えて待ちわびるほど楽しみにしていた。涼介が遊園地に行こうと誘っていてくれたから。
――でも。
今はそれ以上に、彼の身体のほうが気がかりだった。
画像を見る限りは平気そうだったけど――熱はどれくらいあるんだろうか、喉は痛くないだろうか、寝たり、食べたり、苦しくないだろうか……。
もどかしい。
彼の家を訪ねていきたい。
彼のそばで看病したい。
けれどそれは迷惑になる。涼介は断るだろう――そういう男だ。断るための労力を割かせるのも、たくさん質問して彼の体力を余計に使わせるのも、いやだ。
(こんなとき……)
妹の真凛が羨ましくなる。
もし自分が一緒に住んでいたなら。
家族だったら。
すぐそばで、彼の苦しみを少しでも和らげてあげられたかもしれないのに。
そんなことを考えるのもうぬぼれかもしれない――だとか。ひとり、悶々と考えを巡らせるしかできないのが、とてももどかしかった。
ただ、涼介の病状はそのあとすぐに知れた。
頼みはしていないのだけれど、その夜に真凛が次々とメッセージを送ってきたのだ。
症状自体は重くなく、病院にも自分ひとりで行ったらしい。薬剤の処方を待つ間に粛々と父親に連絡を入れ、月曜日には学校へも連絡してもらう手筈まで整えた。
さらには病院からの帰路のうちに、スマホを使って大手スーパーの宅配サービスを手配し、自分と真凛用の食料をそれぞれ注文するという――いつもどおりの抜け目なさだったとか。
真凛が画像を撮影できたのは、その帰宅直後だったらしい。
あとはそれきり涼介は、真凛にも接触しないよう自室に籠もってしまったという。
『可愛げのない兄でしょう?』
スマホの向こうで、真凛が微笑をたたえながらメッセージを打っているのが目に浮かんで――ちょっと苦笑した。
普通なら薄情に感じるところなのかもしれないが、彼ら兄妹の関係性からすると、それくらいがちょうどいい距離感なんだろうな、とも思う。
そしてやっぱり、羨ましくなる。
真凛のように彼の近くにいられたら、と。もちろん、そんなことは真凛にも、涼介にも言わないけれど。
代わりに、ネットで『風邪のときにすべきこと』を調べて、真凛に送る。
『ありがとうございます』
『でもキリエさん』
『うちに来たいんじゃありませんか?』
……見抜かれている。
つくづく、血縁がない割にはよく似た兄妹だ。
『今はやめとく』
気持ちをぐっとこらえて答える。
『逆に気を遣わせそうだから』
それにさすがに涼介の両親も、息子が病気なら早めに帰宅するだろう。いくら真凛が同席していても、鉢合わせになったらやはり気まずい。
『じゃあ私とおしゃべりしましょう』
『え』
『いま通話大丈夫ですか?』
突然のお誘いに、なぜかドギマギしながら返す。
『いいよ』
『部屋だし』
『では私もお部屋に行くので』
『ちょっと待っててくださいね』
ややあって、真凛から通話がきた。
「こんばんは」
スマホのスピーカー越しでも、凛として、涼やかな声音だ。
(もし自分が男子だったら――)
ドキドキして、まともにしゃべれないかもしれない。ベッドの上で壁にもたせかけていた背筋が、思わず伸びる。
同級生の男の子たちは、普段どんなふうに真凛と接しているんだろう。目も合わせられないクラスメイトも多そうだ。
そんな真凛と軽く雑談を交わしているうちに、やはり気になって、
「――涼くん、本当に大丈夫そう?」
「…………。そうですね」
真凛の歯切れが悪い。
「その――。あまり言うと兄さんに怒られるかもしれないんですが」
「え」
ドキリ、とする。
真凛は、至極真面目な口調になって、
「普通ではないかもしれません。……キリエさんとのデートが、自分のせいでダメになっちゃって。死ぬほど凹んでいました。病気の症状よりも、そのせいでどよんとした空気を漂わせていましたね。私も初めて見ましたよ、あんな兄さん」
「そ、そんな……おおげさな」
安心したような、申し訳ないような。
「キリエさんのおかげですね」
「真凛ちゃん――」
「ふふ。冗談です。でも、良ければこれで兄を見捨てずに付き合っていただけると嬉しいです」
「見捨てるわけないでしょ。むしろ、いつも完璧すぎて心配になるくらいで……、あ」
そこで、ようやく真凛の気持ちがわかった気がした。
「――たまには、そういうところを見られるのもいいのかもね」
「でしょう?」
「でもさ、もし悪化したりしたら怖いから、声はかけてあげてね?」
「はい」
綺麗な声で真凛が承諾する。かと思ったら、
「調子のいいときには、キリエさんとお話してあげてください……とも伝えておきますね」
「えっ!? いやいや、だから気をつかわせるから――」
「兄さんへの特効薬は、キリエさんだと思いますよ? キリエさんとおしゃべりしたら、案外、一発で元気になるかもしれません」
「もう」
まったくこの兄妹とは、話しているだけで調子が狂うし――なんだか楽しい気分になってしまう。
先日の師藤家の食卓を思い返して――
また、あんなふうに一緒に居られたらいいな、と、温かい気持ちがキリエの胸中にも芽生えていた。
■ ■ ■
人生で、ここまで自身の失態を悔いたことはない――
しばらく高熱に苛まれていた涼介が考えていたのは、そればかりだった。
恋人の誕生日デート前日に風邪を引くなんて。
「最悪だな」
などと
部屋の外に出るときは妹と接触しないよう配慮したし、途中、何度か真凛がドア越しに声をかけてきたが、自室に入れることはしなかった。
ただ、スマホで病状の経過は共有した。
(――キリエに横流ししてるだろうしな)
妹の性格は把握している。
そして実際、正解だったのだろう――熱が下がった翌日にはすぐ、キリエからメッセージが届いたのだ。
『つらくない?』
『眠れてる?』
滅多に体調を崩さない涼介からすると、そんなことを尋ねられることすら新鮮だった。
……あまりにだらけていたせいで思考が鈍っていた、のかもしれない。
何にせよ、油断していたのは確かだろう。
熱が引いた数日後、涼介が昼寝から目を覚ますと――
「おはよ」
部屋に、キリエがいた。
「――は?」
さすがに寝起きは頭が回らない。
ベッドサイドの床にちょこんと正座している。どうやら、寝ている横顔を盗み見られたようだった。
「ご、ごめんね? 真凛ちゃんに押し込められて――って、これ、言い訳かな」
後ろめたさからか、キリエは自分の髪を人差し指でもてあそびながら、
「真凛ちゃんに招いてもらって、部屋に通されたのはそうなんだけど。……会いたかったんだ、私が。涼くんの顔、見たくて……」
口ごもりながらも、はっきりと発音するキリエ。
制服姿なところを見ると、放課後のその足で師藤家を訪れたのだろう。
「…………」
涼介は、ゆっくりと体を起こす。
「あっ、無理しないで!? 私、すぐ帰るから……!」
「もう体調は何ともないよ。眠りすぎてしんどいくらいだったし」
「そ、そっか」
「ははっ。なんでキリエが照れてんの?」
いつも以上に所在なさげにモジモジしているところをからかってやる。
「だ、だって……! な、何だか久しぶりだなぁ……って」
「そうだな」
かれこれ一週間近く。
思えば、ビデオ通話どころか声を聞くのも久しぶりだ。おそらく、こちらの喉を気づかって彼女も避けていたのだろう。
「メチャクチャ会いたかったよ」
「えっ!? はっ――!? う、うぇえ……っ!?」
不意打ちが決まり、彼女は正座の姿勢をフニャフニャと崩した。赤く染まった頬も、口角もゆるゆるだ。
ただ、驚かせるために言った言葉ではない。
本心だった。
「キリエも、そう思ったから来てくれたんでしょ?」
「っ! うん……、そう……、だけど……」
部屋まで乗り込んで来ておいて、たった二言三言を交わしただけで、これだ。
「くくっ。やっぱり俺のカノジョは、最高に可愛いな」
「なっ、なにそれっ――、そんなの、反則……!」
今度はぷりぷりと怒り出したキリエを、ひとしきりからかう。
ここ数日、病気自体につらさは感じなかったが、退屈は最大の敵だった。それが、この部屋にキリエがいるだけですべて吹き飛んでしまう。
(あー、ヤバいな)
このまま取り留めのない会話を楽しみたいところだが、まだうつしてしまう可能性がある。デートキャンセルの謝罪もしたし、次のプランも共有したし、そろそろ頃合いだろう。
壁掛け時計にチラリと目を向けてから、
「――キリエ、そろそろ帰る時間じゃない?」
「え、あ、うん……」
「そんな、あからさまに名残惜しそうな表情されるとなぁ」
「し、してないしっ!」
「してるよ。思いっきり。――そんな顔されるとさ、襲いたくなっちゃうから。その前に帰ったほうがいいよ」
挑発的な視線を送って煽ってやると、キリエは想定どおりにまた顔を赤くする。
次の句は、
――そんなに元気なら、もう大丈夫ね!
あたりだろう。
想像して胸中で笑っていたが、しかし、
「…………。襲っても、いいけど……」
などとつぶやいた。
制服のスカートのところで、正座の太ももをモジモジと擦り合わせている。
(おいおい――)
冗談半分だったが、そんな調子で恥じらわれると本気になってしまいそうだ。
……だが。
今日のキリエは、涼介が思うより一枚上手だった。もしかしたら、本当に涼介の勘もここ数日で鈍っていたのかもしれない。
逃げるどころか彼女は――最愛の恋人は、ベッドに手を突くと、そっと身を寄せてきて、こちらの両眼を見つめながら囁いた。
「たまには……私のほうから、襲ってもいい?」
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