【書籍化&コミカライズ】ツンデレ女子が幼馴染の鈍感男子に「ざまぁ」されていたので、寝取って教え込んであげた話 作:タイフーンの目
「やっぱりさ、俺たち付き合おうよ」
横を歩く涼介は、気負いのない態度でそんな言葉を口にした。なんのムードも前振りもない、突然の告白だった。
「……は?」
驚きのあまり、反応が遅れた。
ここは通学路。帰り道だ。
校門は出たがまだ学校のほど近くで、声こそ聞かれるような距離ではないが、他学年の生徒の姿もあるというのに。
涼介から投げかけられるにはもう慣れっこな言葉ではあったが、直接、面と向かって言われるのはこれが初めてだ。
「なにがやっぱり、よ。あるワケないでしょ」
ようやくそう返したが、彼から目線を外すため無理に前方を向いたままだし、声にも変な固さが残ってしまった。
「そう言わずにさ」
「しつこい」
別に今だって、仲良く一緒に下校しているわけではまったくない。
たまたま下校のタイミングがそろってしまい、これを好機にと涼介につきまとわれているだけだ。一瞬、涼介に待ち伏せされていたのかと勘ぐったが、どうやら本当に偶然だったようだ。
「好きなヤツでもいるの?」
「それは……そんなの」
いない。
そう答えるのが手っ取り早いのだろうが、そう斬って捨てるにはキリエのなかでまだ踏ん切りがついていない。だから、もごもごと曖昧な返答になってしまう。
――もっとも。
涼介に対しては「いる」のだと答えたほうが告白を断りやすくなるはずだ。
なのに、それができないのが彼女という人間でもあった。
天邪鬼な性格であると自覚しているぶん、できる範囲では正直でありたいと考えてしまうせいで、自己矛盾に陥ってしまい、身動きが取れなくなってしまう。
「……付いて来ないでよ」
「途中まで道一緒でしょ? 仕方ないじゃん」
これくらいで追い払えるとは思っていなかったが、案の定だ。やむなく、涼介からの雑談を適当に受け流しながら下校していたのだが、
「――――ッ」
視線の先、信号待ちする背中を見定めてキリエは息を呑んだ。
見間違えるはずもない、見慣れた背中。
和樹だ。
隣には愛花を伴っている。
「…………っ」
不意に足が止まる。
このままでは追いついてしまう――そう思うと、不自然であってもそれ以上進めなくなってしまった。
暑さのせいだけではない汗が噴き出るのを感じる。
和樹とは同じクラスなのだから当然毎日顔を合わせてはいるのだが、やはり彼女と一緒の姿を見ると胸が苦しくなってしまう。
――和樹は、まだ勘違いしたままだ。
彼は、同級生によって行われていたイジメを、キリエが仕組んだものだと勘違いしている。
加害者たちは、和樹やキリエと同じ中学の出身だった。
クラスは違ったし、騒ぎになるような下手を打たない狡猾な連中だったので、和樹本人を除けばキリエしかその仕打ちに気づけていなかった。
だからキリエは、何とかしたいと思った。
けれど、教師に報告しても解決するとは思えなかった。おおごとになれば、実はプライドの高い和樹は別の方向からショックを受けるだろうし、証拠も掴んでいないため、揉み消される恐れもあった。
また、かといって和樹の相談相手になって支えることもできなかった。キリエが彼に対して素直に接することができないという問題もあったし、和樹はキリエに同情されるのを嫌いそうでもあった。
そのためキリエは、加害者たちと直接対決する方法を選んだ。
面と向かって指摘してやると、相手の男子たちは、不快そうな顔をしながらも『遊び』はやめると約束してくれた。
だが後日。
彼らは、和樹に事実とは異なる話を吹聴した。
――実は、霧崎キリエに頼まれて嫌がらせをしていた。あいつは、お前に付きまとわれるのを迷惑に思ってるんだ。俺たちは善行のつもりだった。
普通に考えれば、その程度の浅はかな嘘を信じる者など居そうにない。
しかし、和樹は信じた。
彼にとってキリエは首謀者。
よく構ってくるのはキリエのくせに、そのキリエが男たちを使って嫌がらせをしてきた。幼馴染で本当なら自分の味方になってくれてもいいはずなのに――
――裏切り者。
(信じてくれてもいいのに……)
別に、ヒーロー扱いされたいわけでも、恩を売りたいわけでもなかった。あんな連中の言葉よりも、長年の付き合いがある自分のほうを信じて欲しかった。
ただし、キリエにも落ち度はあった。
普段から和樹に向かって、
「なよなよし過ぎ」
だとか、
「そんなんじゃ、いつまで経っても恋人なんてできないから」
などと、軽罵のことばを浴びせていたからだ。
もちろんそれは好意の裏返しというか、単なる照れ隠しに過ぎなかったのだが、和樹のほうではそのように受け取ってもらえなかったらしい。
そしてキリエの言葉は、彼の自尊心を傷つけてしまっていた。
(結局、私のせいなんだ……)
今さら加害者の男たちを責めても変わらない。もはや和樹は彼らの言葉に耳を貸さないだろうし、きっと今は愛花のことで頭がいっぱいだろう――
彼女はキリエとは随分と違うタイプの女子だ。
悪い噂を聞くことはない。
おしとやかで、品行方正。誰の話も笑顔で聞いてくれて、自分からでしゃばったりはしない。
恐らく、いじめの件で傷ついていた和樹は、何らかのきっかけで彼女の優しさに触れて恋慕の情を抱くに至ったのだろう。そしてその気持ちに、愛花も応えた――
「霧崎」
涼介の声で、キリエははっと我に返る。
「な、なに?」
「あっちの店、リニューアルしたんだけど行ったことある? パンとお菓子の店。チョコクロワッサンが絶品でさ。妹によく買って帰るんだよ。試食もできるし、行こうぜ」
「えっ――」
強引に促され、付き従ってしまう。
通りを右に折れた路地。
遊歩道の並木道。
街路樹の影では涼やかな風が吹き渡っていて、ほんの少しだけキリエの気持ちは落ち着いた。
+ + +
「な? 美味(うま)かっただろ?」
「別に――」
そっけなく答えてみるが、キリエが提げる小袋にはしっかりと涼介おすすめのチョコクロワッサンが3個入っていた。
悔しいが、確かに試食の味も良かった。カリカリの外側ともっちりした生地。甘さもちょうどいい。
「霧崎、カフェオレ派? ブラック?」
「え?」
「試食で喉渇いただろ。どっち?」
涼介は、気づくと自動販売機の前で立ち止まっていた。
「……カフェオレ」
「俺も」
何が嬉しいのかヘラヘラと笑いながら、涼介は小ぶりなペットボトルのカフェオレを2本購入して、片方を手渡してきた。
「おごってもらうつもりは――」
「知ってる知ってる。借りは作りたくないんだろ?」
「…………」
「100円いただきますお客様。――ほら、座って飲もうぜ」
不本意だったが、和樹たちに追いつきたくないという心理が手伝って、涼介と並んで木陰のベンチに腰を降ろす。
(……何してるんだろう、私)
ずっと片思いを続けている相手には誤解されて。彼が恋人と過ごす姿に胸を痛めて。好きでもない相手にばかり気を遣われて――
(…………)
そう。
涼介は気を遣ってくれている。それはさすがにキリエも実感していた。涼介が、キリエの和樹への想いに気づいているのかは分からないが――けれど、明らかにさっきのキリエの態度はおかしかっただろう。
だから強引に寄り道を誘ってきた。
今だって、ただ黙って隣にいてくれている。
キリエは、涼介の横顔をちらりと盗み見る。
――もしも和樹に、この涼介ほどの察しの良さがあれば。
キリエのつっかかっていく態度にも、あえて蔑むような言動にも。その裏側にある好意をつかみ取ってくれたかもしれないのに――。
キリエは、複雑な心境で甘いカフェオレを口にした。
■ ■ ■
7月のその日。
下校時に、ひどい夕立ちに見舞われた。
このところは、天気予報でも何度も豪雨への注意を促すコメントがされていたので、キリエは、念のため持って来ていた傘を差して雨を避けることができた。
この赤い傘はお気に入りなのだが、どうしても和樹との、そして涼介との因縁を感じてしまって妙な気分に陥る。
その下校の途中。キリエは、衝撃的な出会いを果たした。
相手は年下の女の子だった。
キリエが歩いていた通学路の右手には住宅街へと延びる階段があった。その中腹あたりから、制服姿の女の子が、同級生とおぼしき女子生徒たちから突き落とされたのだ。
キリエが気づいたのは、
「きゃっ――」
という、短い悲鳴がきっかけだった。
反射的に悲鳴のしたほうを振り仰いだとき、その光景を目撃したのだ。
土砂降りの雨のなか、数段ほどを転げ落ちる少女。キリエの姿に気づき、怯えるように逃げ去っていく3人の加害者たち。
犯人たちのことも気になったが、キリエは転倒させられた少女へと駆けよった。
「大丈夫!?」
長い黒髪の、華奢な体躯の少女。どうやら傘は差していなかったようで、すでに全身がびしょ濡れになっていた。
しかも彼女は、ここまで上履きのまま歩かされていたらしい。さっきの性悪な生徒たちが、彼女の靴を隠したのであろうと容易に推察できた。
「ケガは?」
階段でしゃがみ込み、少女の肩を抱き上げる。
「――ええ、平気です」
幸いなことに、黒髪の少女に大事はないようだったが、キリエの身体に、違う意味での緊張が走った。
驚くほど整った造作の相貌。まだあどけなさを残しているのに、もはやこれが完成形だとでも言わんばかりの、わずかの隙もない美貌だった。
その細い顔には、これも幸いなことにかすり傷のひとつもなかった。
そのことに、初対面に過ぎないキリエですら安堵を覚える。この芸術品に瑕がつかなくて良かった――と。
「よくあることですから。でも、心配して頂いてありがとうございます」
大粒の雨が傘を、地面を叩き鳴らしているにも関わらず、少女の小さな声は凜としてよく通った。ただしその声音は、どこか他人事のような、浮き世離れしたような響きを伴っていた。
「よくあることって、貴女……」
「彼女たちは可哀想なんです。暇を持て余していたり、どうでもいいことに怒ってみたり、怯えてみたり。ふふ、可愛いですよね。だから付き合ってあげてるんです。誰にも相手にされないと、もっと可哀想でしょう?」
背筋がゾっと震えた。彼女の言葉が強がりではなく、真意なのだと直感して、恐怖を覚えたのだ。
だが、こんな状態の女の子を放っておけるキリエでもなかった。
「足をひねったりとか――」
「問題ありません」
一人で立とうとする少女に、半ば無理やり手を貸してやる。
他は無事だったが、さすがに膝にはすり傷があった。
小さくて白い膝小僧に赤い血が滲むのを見て、変に安心する。それくらい、現実味のない存在感で構成された少女だったからだ。
「家は近いの? 家族呼べる?」
「いいえ。このくらいは何とも」
健気というのとも違う。芯が強いとか、そういった次元でもない。それくらい、本当に何事もないかのように淡々としていた。
下校中、タイルの出っ張りにつまずいて倒れそうになった――
そのくらいのことにしか思っていないようだった。実際には転倒しているし、加害者も存在するのだが。
「あの子たちは、同級生?」
「はい。同じクラスの友達です」
「友達って」
あんなことをされて――場合によっては命すら落としかねない凶行に遭ったというのに、その犯人をごく自然に友人だと呼べるなんて。
「それでは。親切にしてくださってありがとうございました」
「え」
混乱するキリエを置いて、その少女は一人で行ってしまう。
「ちょっと待ちなさいって、せめて傘くらい……!」
慌てて追いかけ、傘を差し掛ける。
「? もうこれだけ濡れていれば、変わりませんよ?」
「そういう問題じゃなくって……」
「お姉さんの家もこっちなんですか?」
「方向は同じだから」
方便だった。
本当は、先の曲がり角を折れたほうがキリエの自宅方面だ。
「せめて送っていくから。……また、さっきの子たちに絡まれるかもしれないでしょ?」
「ふふ。お人好しさんなんですね」
「…………」
人間味のない美貌の持ち主なのに、笑うと一気に愛嬌が増すという、不思議な魅力を湛えた女の子だった。
背はキリエより低く、腕に触れる彼女の肩も、とても細い。
「お姉さんの制服って――2年生ですか?」
少女は、キリエの姿とリボンタイの色を見て、学校と学年を言い当ててみせた。
「私、今年受験なんです」
「もしかして、希望校?」
「はい。未来の後輩になれるかもしれません。楽しみです」
しゃべってみると、これがまた意外と人懐っこかった。他人をシャットアウトしている気配はまったくなく、甘えるのもうまい。
異性からも同性からも好かれるような気がするが――ただ、その度合いにはきっと差がある。
この蠱惑的な、儚さすら感じる美貌でいながら、こんなふうに身を寄せられてきたら、男性など簡単に陥落してしまうだろう。
――もしかしたら、そういうことなのかもしれない。彼女への嫉妬が、先ほどのような加害行為の原因なのかもしれない。
そんなことまで考えてみるが、それ以上の邪推はやめておいた。意味のないことだ。
「――先輩?」
「え、ううん。何でもない」
余計な詮索に浸っていたせいで、ぼうっとしたまま歩いてしまっていたようだった。
「お名前を聞いてもいいですか?」
「私の?」
「ええ。受験へのモチベーションを高めるためです。こんな素敵な先輩がいるんなら、ますます受かりたくなってきました」
どこまで本気なのかは分からないが、彼女が見せる微笑みには嘘はないような気がした。
相合い傘での散歩は、いつの間にかキリエにとって心地良いものになっていた。なんだか、彼女とこうして歩いているのがとても自然なような。
「あ、すみません。先に名乗らないと失礼でしたね。私、真凛っていいます」
「キリエよ。霧崎キリエ」
「霧崎――」
不意に、黒目がちな少女の両眼が、驚きに見開かれたように感じた。
「どうしたの?」
「……いいえ。ちょっと、聞き覚えのある名前かもしれないって。気のせいでしたけど」
「そう?」
しているうちに、彼女の自宅にたどり着いた。
「ここです。ありがとうございました」
「ううん、気にしないで。勝手にしたことだし」
頭のなかでは、少し迷っていた。
このことを彼女の学校に報告すべきだろうか、と。彼女自身は気に掛けていないようだが、それで済ませていい問題とも思えない。
かといって、彼女にも何らかの事情があるかもしれないし、赤の他人である自分が気安く首を突っ込んでいいものかどうか――。
「キリエさん」
迷っているうちに少女――真凛のほうから声をかけてきた。
「よかったら、少し上がっていきませんか? 私のせいで、キリエさんも濡れてしまいましたし」
「こんなの、別に」
左肩が雨に濡れていたが、こんな夏の季節だ。このまま帰っても風邪を引くようなことはないだろう。制服も乾かせば済むことだ。
――以前の、あの梅雨の日と比べれば、こんなことは何でもない。
「私、もう少しキリエさんとお話したくなったんです。ね?」
ひんやりとした、真凛の細い指に左手を取られる。
「え、あ、うん。でも家族の人は……」
娘がびしょ濡れの上履き姿で帰ってきて、知らない上級生を連れ帰ったら。心配した家族にさらに混乱をもたらしてしまうかもしれない。
(いいや……)
真凛の身に起きたことを説明するには、自分が同席していたほうがいいのだろうか?
などと、様々な思考が頭をよぎる。
「大丈夫ですよ。この時間は誰もいませんから。行きましょう」
「え、ちょっと――」
大人びているくせに、どこか幼い強引さもある――似ていないはずなのだが、キリエはふと『彼』のことを連想してしまう。
……このとき。
キリエが、この直感をもっとよく吟味していれば。さらには、もう少しだけキリエの注意が、『師藤』と書かれた表札に向いていれば――
彼女の運命は、また違ったものになっていたかもしれない。