【書籍化&コミカライズ】ツンデレ女子が幼馴染の鈍感男子に「ざまぁ」されていたので、寝取って教え込んであげた話 作:タイフーンの目
「どうぞ。これ使ってください」
「ありがとう……」
手渡されたバスタオルを受け取りながらも、キリエは真凛の傷のほうが気になっていた。
「それよりも、膝を手当てしましょう」
彼女は階段から落ちたときに膝を擦りむいている。本人はまったく気にしていないようだが、赤い血はすねにまで垂れてきている。
「ああ、そうですね。でも、シャワー浴びてからにします。あ、キリエさん先に浴びますか?」
冗談めいた真凛からの問いかけに、首を振って答える。
「わ、私はいいから――」
さすがに初対面の相手の家に上がり込んでおいて、シャワーまで借りられるほど図太い神経はしていない。
「そんなに濡れてないし」
「そうですか? じゃあお先に失礼しますね。お待たせしちゃいますけど、しばらくゆっくりしててください」
「え、あ――」
そうしてキリエは、リビングに取り残される。
……どうしてこんなことになってしまったのか。
他人の家にぽつんと1人。ソファに浅く腰かけてみたものの、まったく落ち着かない。
帰るにしても、声もかけずに辞してしまうのは真凛に悪い気がする。かといって、バスルームまで追いかけていって声をかけるのも躊躇われるし――
「はあ……」
観念して、真凛を待つことにした。
やたらと大きく響く時計の音。窓の外からは地面を叩く雨粒の音。スマホを開いたりしてみるが、あまりいい暇つぶしにもならない。
キリエは、これまで自分を比較的要領のいい人間だと思っていた。和樹が絡むとどうしても空回りしてしまうが、それ以外のことなら大体、他人よりうまくやれると。
(あの子といるとペースが乱される……)
嫌な気分ではないけれど。
出会ったばかりの真凛のことをそんなふうに考えるたび――なぜか、脳裏には別の人物のことが思い浮かんでしまう。
と。
玄関のほうで物音。ドアが開いて、誰かが上がってくる。チャイムも鳴らず鍵も自分で開けたのだから、この家の者なのだろう。
(この時間、誰も居ないって言ってたのに)
キリエは思わず立ちあがり、居住まいを正す。
相手にとってみれば自分は、見知らぬ他人。しかも今、キリエを招いた真凛はシャワーで離席中だ。
この状況をどう説明したらいいのか分からず、近づいてくる足音を緊張して待ち受ける。
ややあって、リビングのドアが開いて、
「真凛、ただいま。友達来てるのか。……――は?」
「え」
買い物袋を提げた涼介が現れた。
「――霧崎?」
「な、なんであなたがここに?」
「なんでって、俺ん家だし」
キリエも大概動揺していたが、涼介のほうも珍しく驚いた表情で固まっていた。
咄嗟に、頭の中でいくつもの言い訳が錯綜する。
空き巣じゃないから、あなたの家だなんて知らなかったから、年下の女の子から強引に招かれたから――
「もしかして、真凛ちゃんって」
「真凛?……ああ、あいつの仕業か」
涼介は苦い顔をしてうなだれる。
「真凛は、俺の妹だよ」
前に、涼介から聞かされた話を思い出す。
彼には義理の姉妹がいること。妹のわがままに振り回されていること。よく料理を作ってあげること……彼が持っているマイバッグには、夕飯の食材が詰まっているのかもしれない。
そう考えて、それで今の困り顔を改めて見つめると、何だかおかしさが込みあげてきた。
「ふふっ」
「――なに笑ってんだよ」
「家だと、そんなふうなのね」
ようやく、涼介相手に一本取れたと思った。と同時に、いつもとは違う涼介の一面を見られて、それが妙に嬉しかった。
「はぁ。……それで、真凛は?」
「今、シャワーに」
キリエはこれまでの経緯を簡単に話した。偶然行き合った少女が、涼介の妹だったことや、彼女にバスタオルを借りたこと。
いじめのことに触れるべきかは、少し迷った。
もしも真凛が、義兄にこんな話をされたくないと思っていたら、余計なお節介になってしまうかもしれない。彼女を傷つけてしまうかもしれない、と。
だが、すぐに思い直した。
あれは看過していい程度の蛮行ではない。下手をすれば命にかかわっていることだ。
キリエの報告を聞いて涼介は、呆れたような顔をした。
「またか……」
「前にもあったの?」
「似たようなことは、ね。……霧崎も、真凛と話して分かっただろ? あいつは、普通にしてても敵を作っちゃうタイプなんだよ」
「良い子だと思うけど――」
ただし、思考には少し超然としたところがあるし、思ったことを歯に衣着せず他人に告げてしまいそうなところもある。
加えてあの奇跡的な美貌だ。
そんな彼女を好ましく思う者も多いだろうが、反対に、強い拒絶反応を示す者も、確かにいるだろう。
「で。霧崎は、その真凛に強引に誘われてほいほいと家に上がっちゃったわけだ」
「そ、それは」
そこだけ切り取ると、まるで尻の軽い女みたいだ。
だがすぐに涼介は、ふっと顔を緩める。
「ごめんごめん。助かったよ。あの危なっかしいお姫様を助けてくれて、ありがとうな」
「別に……、うん」
真っ直ぐに謝辞を述べられると、キリエも意地を張らず受け入れるしかない。
その折。
シャワーを終えた真凛がリビングに戻ってきた。
「あ、帰ってたんですね、兄さん」
ハーフパンツにTシャツ。
まだ乾かしていないのだろう、長い髪をタオルでまとめた、リラックスしきった姿。なのに、蠱惑的な雰囲気は不思議と失われておらず、むしろ上気した肌が艶めかしくすら思える。
そんな彼女も、涼介の顔を見るときは、表情にいっそうのあどけなさを浮かべる。
「お帰りなさい。夕飯はなんですか?」
「……真凛」
「ああ、怒らないでください。キリエさんには良くしてもらったので、お礼でもと思って。――そうだ」
白々しく手を打って真凛は、キリエに目を向ける。
「ご一緒に夕飯いかがですか? 兄の料理は絶品なんですよ」
「あのなぁ」
聞き分けのない義妹の頭を、タオル越しにグリグリと撫でる。
血の繋がっていない兄妹にしては、お互いに遠慮がない。
「また、嫌がらせ受けてたんだって?」
「聞いちゃいましたか。ふふ。前の子たちとは、また別です。前の子たちほど思い切った行動はできないみたいで」
やはりというべきか、真凛は、キリエの告げ口などまったく意にも介していないようだった。
「駄目ですよ、兄さん。また学校に乗り込んできたら」
「学校に?」
キリエは眉をひそめる。
「ええ。兄さんてば、以前にも。私にちょっかいを出していた相手をこらしめに来たんです」
「校門までだろ」
「あの人たち、怯えちゃってましたけどね」
聞くと、前に真凛をいじめていた連中の下校時を待ち伏せ、涼介が直接話をつけたのだと言う。
涼介は決して強面ではないが、ヘラヘラと笑っていなければ目は鋭いし、背だって高い。
そして何より、口が上手いのはキリエが身をもって知っていることだ。
加害者の中には男子もいたというが、下級生たちが数人程度集まったところで、涼介には敵いそうもない。
だが涼介は、この話題には触れられたくないようで、
「――そんなことより。真凛、膝」
と、話題を変える。
「そうでした、キリエさんが手当てしてくれるんでした」
「だから、これ以上迷惑をかけるなって」
「いいじゃないですか。私、キリエさん大好きになっちゃいましたし」
兄妹のやり取りをキリエは、苦笑を湛えつつ見守る。
いつも自分を振り回してばかりいる涼介が押される一方なのが新鮮で、また、無邪気に甘える真凛が愛らしくもあった。
「――いいわよ。師藤は、まず買い物袋降ろしたら? あ、その前に救急箱貸して」
キリエはまたソファに腰かけ、
「真凛ちゃん、こっちに座って」
「はい、キリエさん」
「……ったく」
涼介が、素直に、すごすごと従う姿がまた可笑しい。
キリエが真凛の膝を消毒してガーゼを当てているあいだ、彼はリビングに併設されているキッチンで、食材の整理に取りかかった。
甘え上手な真凛と、世話焼きな涼介。
両親は不在にしがちということだし、色々と事情はあるのかもしれないが、少なくともこの兄妹のあいだにわだかまりはないようだった。
「ねえ、キリエさん」
「ん?」
手当てを終える頃、不意に、真凛が声をかけてきた。
「兄さんのことどう思いますか?」
「は――?」
「最近、兄さんってばキリエさんの話ばかりするんですよ?」
「おい、真凛!」
キッチンから涼介が慌てて飛びだしてくる。
「おまえ、何を――」
「だって。二言目には霧崎が、霧崎が、って。ふふ。兄さんにしては珍しく」
「あのなぁ」
「あはは」
詰め寄ってくる涼介から逃げるように、真凛がパッと立ちあがる。キリエはどう反応していいか分からず、兄妹のあいだに挟まれる。
「――どうです、キリエさん? 妹の立場で言うのもどうかと思いますけど、兄さん、結構おすすめの物件ですよ?」
「物件って」
背中にすがられて、キリエは困惑する。
「ま、真凛ちゃん」
「こう見えて優しいし、お料理は上手だし。本気で怒ったら怖いですけど、結構、子どもっぽいところもあって」
「いい加減にしろって――」
「しません。私は、ぜひお2人に仲良くなってもらってですね。ああ、そうだ。きっと兄さん、どうせ学校では格好つけるんでしょう? でも実は全然完璧なんかじゃなくって、可愛い失敗もあってですね――」
「あぁ、ったく」
焦れて涼介は、キリエの手を引く。
「霧崎、上に行こう。真凛に付き合ってたらあること無いこと吹き込まれるぞ」
「え、えっ……?」
抵抗する暇もなく、キリエは、2階にある涼介の部屋に連れ込まれてしまった。