――俺は、シーツに残る夏美の温もりを右手の位置に感じながら、心地よい疲労感に身を委ねていた。ドアが開き、シャワーを浴びに行っていた夏美が戻って来たと思い、ゆっくりと上半身を起こすと、部屋の入り口に立っていたのは、黒鉄の姿だった。
「夏美はもう帰しましたよ。これからアルバイトがあるみたいでしたから。」
「……そうか」
バイトなんてどうせ辞めるんだから、今更行かせる必要はなかった。何より、夏美はすぐに戻って来ると言って、俺にキスをしてこの部屋から出て行ったのだ。きっと、黒鉄がムリヤリ帰したのに違いない。
「それに、ご主人様にはまだハーレムの姫を選ぶという大事な仕事が残っています。
さやかに夏美、加菜。まだ3人しか選んでいないんですよ」
黒鉄はいつものように俺の心を読んで、自分が夏美を帰したことを暗黙の内に認めて、その理由を説明する。俺はもう怒る気もなかった。いや、今はそんな気持ちにならない程、幸福感に包まれていたのだ。
「もうハーレムはいいや……俺には夏美だけいれば、それで……」
俺がそう言うと、黒鉄は形のいい眉を片方だけぴくんと器用に動かして見せた。まるで、アメリカの有名プロレスラーのようだ。
「それで本当にいいんですか?」
「あぁ。夏美と付き合うよ。元々、それが出来たらいいなと思ってたんだ。ようやく自分の心の内に気付いたんだ」
「恋愛対象として夏美を見ているということですか?」
「……そうなるな。恥ずかしながら」
この年でこんなに恋愛に対し、素直な気持ちなるなんて、と、我ながら気恥ずかしくなり、苦笑を漏らす。それくらい、夏美との時間は甘美なものだった。美しい容姿、類稀なスタイル、そして、開発の余地を十分に残す若い肉体。愛する女は一人で十分だ。そんな大事なことに、俺は34才になってようやく気付いたのだ。
「それは夏美も同じ気持ちですか?」
「……同じだ」
「そうですかね」
「今は違っても、いずれそうなるはずだ」
黒鉄はやれやれと言う様に肩を竦めると、俺に近づいてきた。そして、腰を折って、掌を返して俺の方に向けると、問いかけてきた。
「ご主人様が、これまで独身で、今も決まった女性がいないのはなぜですか?」
「それは……仕事も忙しかったし、これだっていう女と知り合えなかったからだ」
「本当にそうお考えですか?」
「他に理由なんてないだろ」
「飽きっぽいんですよ、ご主人様は」
「――っ」
俺は図星を突かれ、言葉を失った。そして、そのことを悟られぬよう、会話の間隙を埋めて沈黙の一歩手前で言葉を返す。
「た、確かに今まではそうだったかもしれない。でも、夏美は違う」
「違いませんよ」
「違う」
「だから、違いません。夏美とだけ、毎日抱いてたら、やがて飽きます。それが一ヶ月なのか、半年なのか、一年なのか分かりませんけどね。そしたら、ご主人様は夏美を捨てて、またすぐ別の女を求めるでしょう。断言してもいい」
「……」
俺はまたしても黒鉄の言葉であっと言う間に夢から醒まされた。確かに、そうかもしれない、俺はそんな人間だった。1人の女を永遠に愛せるような上等な人間じゃないのだ。幸福の絶頂にいた俺は罪悪感によって蹴飛ばされ、自己嫌悪の奈落に落ちていた。そこから救い出すような黒鉄の言葉が俺の頭上から聞こえてくる。
「ご主人様、安心して下さい。多かれ少なかれ男なんてそんなもんです。ご主人様だけがクズというわけじゃありません」
「……クズなのか、俺は」
「言葉の綾です。だからこそ、男はハーレムを求めるのです。生物学上、実力ある雄がハーレムを作る例は多々あります。動物の場合や過去のハーレムの場合は、子孫繁栄が主目的ですが、現代のハーレムはご主人様の欲望を満たすことが主目的です。ご主人様はそれが許された選ばれた人間なのです」
自己嫌悪の奈落の底にいた俺は、黒鉄により少しずつ引き上げられていた。
「それにハーレムの姫達にとっても、それは幸せなことです。主がいつも新鮮な気持ちで長い期間にわたり、自分に接してくれるわけですからね。」
「……そうだよな」
「それにハーレムの姫達は恋愛感情なんていう形のない移ろいやすいものではなく、奉仕と感謝の気持ちで主に仕えるのです。どちらが、よりモチベーションが持続できるか、考えなくても分かるでしょう」
「そうだな」
「だから、夏美もハーレムの姫の1人としてご主人様と過ごした方が絶対に幸せなんです」
「俺もそう思う」
「じゃあ、次の姫を選びますか」
「わかった」
俺はベッドから起き上がり、バスローブを身に纏うと、バスルームに向かう。黒鉄とすれ違い、しばらく歩を進めてから振り返り、黒鉄に念のため、聞いてみる。
「お前、俺のこと洗脳してないよな」
黒鉄は意味深な笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。
++++++++++++++++++
シャワーを浴びた俺は、新しいバスローブを羽織って、広いリビングに戻る。外の景色を見れば、日は傾き始めている。気付けば、もう丸一日この部屋にいるのだった。黒鉄から差し出されたミネラルウォーターのペットボトルとタブレットを受け取り、ソファに寝転ぶ。
「あー。あと2人どうやって選ぶかなー」
俺は独り言を呟きつつ、ペットボトルの水を一気に半分ほど飲み干すと、床に置き、タブレットにタッチする。そして、検索画面を開いて、検索条件を眺める。
「やっぱり、1人は処女選ぼうかな」
再び呟く独り言。ちらりと黒鉄のいる方向に視線を向けると、視界にはいない。「ちっ」と小さく舌打ちして、検索画面の中の「処」にチェックを入れ、さらに、「整形箇所」は0にして検索をかけてみた。すると……残った姫は6人だった。選ぶにはこのくらいの人数の方が選びやすい。この程度であれば、1人1人じっくり選ぶことが出来る。俺は体を起こして座りなおすと、1人ずつチェックし始めた。
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全部の子をチェックした頃には、既に陽はすっかり落ちかけて、最後の夕日が窓を照らしていた。6人の中で俺が一番気に入ったのは、本谷優衣という17才の少女だった。4月から高校3年生の現役JKだ。肩にかかるくらいの黒髪。年の割りに大人びた表情で一見クールにも見えるが、笑うと、笑窪が可愛い年相応の表情を見せた。身長は155cm。スリーサイズは82、56、80。まだまだ成長の余地はありそうだ。しかし、そろそろ高3にもなろうというのに、こんな美少女が処女なんて。周りの男どもは何をしてたんだろうか、だらしがない。今時の高校男子はすでに草食化しているのだろうか。
そして、もう一つ気になるのは、この子の職業だった。
「黒鉄。ちょっといいか」
「何でしょうか、ご主人様」
バーカウンターのスツールに長い脚を組んで腰掛け、本を読んでいた黒鉄が本を置いて近づいてくる。イケメンをこうして呼びつけるのはなかなか気分がいい。
「この本谷優衣って子、職業アイドルって言ってるんだが、有名?」
「申し訳ありません。私も、そっち方面には疎くてですね……あぁ、ユイタンですね。ままだテレビ的には無名ですが、徐々に露出してるって感じですね。」
全然詳しいじゃないかと思いながら黙っていると、黒鉄は「本谷優衣」検索をかけた。すると、確かにずらーっと検索結果が出てきた。何と、wikipediaにまで名前が出ている。それを見ると、とあるアイドルグループの構成員の1人のようだ。画像やら動画やらを見ていると、確かに自称アイドルというわけではなく、商業的なアイドルとしてそこそこの活躍をしているように見えた。そこで、俺は改めて、気になる点を指摘した。
「でもさ、俺もこうゆうアイドルグループって言うのに詳しいわけじゃないんだが、こうゆうところってどこも恋愛禁止とかじゃないのか?」
「ですね」
「じゃあまずいだろ。ハーレムの一員っていうのは」
俺は、ようやくこの美少女がまだ処女である理由が分かった。彼女はアイドルとして恋愛なんかに見向きもせず頑張ってきたのだ。だが、そんな彼女がなぜこのリストに載っているのだろうか。また、親の借金か、それともアイドルとして芽が出ないため、売られてしまったのだろうか。すると、黒鉄はくすくすと思わせぶりに笑っていた。「何がおかしい」と聞くのも面倒で、俺は黒鉄が答えるのを待った。
「まさか、ご主人様はそんなルールを信じているんですか?今時、その辺の中学生だって信じてませんよ」
「そ、そのくらい俺だって分かってるさ。でも、ハーレムの一員はまずいだろ」
「まずくないですよ。ハーレムは恋愛じゃないですからね」
「……。そりゃそうかもしれんが」
「いいですか。繰り返しになりますが、私どもの組織は芸能界とは切っても切れないものなのです。枕営業という言葉をご存知ですよね。芸能界に入った以上、こういったいたいけな少女たちもその対象となるのは当然です」
「でも、この優衣って子はこれまで処女だったんだろ。だったらどうして急に……」
「大方、限界を感じたんじゃないんですか。アイドルの賞味期限は短いですからね。早いとこ名前売っておかないと、賞味期限切れと共に沈んでいきますから、アイドルは。せめて自分だけでも売れれば、アイドルグループがだめになっても、芸能界で生き残れますからね」
「じゃあ、この子は自分からこのリストに載ったのか」
「事務所と相談の上でしょうけどね。賢明な判断だと思いますよ」
むぅ、何て厳しい世界なんだろうか。17才にして、そんな生存競争に巻き込まれるなんて。自分に娘がいたら、絶対に芸能界なんかには……。
「おい、この子「通」のマークが付いてないけど、俺のハーレムに住めるのか」
「付いてなければそうですね」
「親御さんにはどう説明するんだよ。まさか、貴方の娘はハーレムに入ります、なんて言えないだろ」
「……この子は、今でも事務所の寮に入ってるみたいですね」
「……そうか」
「でも、ですね。今時の親というのは、自分の子供が芸能界で成功するなら、そのくらい仕方ないと思っていますよ。何しろ、子供が売れてさえくれれば、自分の老後は安泰ですからね」
この平成日本はそんな世知辛い世の中になっていたんだな、と感慨を覚えつつ、俺は本谷優衣の動画を見ていた。つんと上を向いた鼻と澄ました顔はなかなか小生意気でいい感じだ。それでいて、口角の上がった口元は年不相応な艶っぽさもある。水着を着てプールサイドではしゃいでいる動画では、色白の肌とほっそりとした手足、少女から大人の女へと変化途上の丸みを帯び始めた曲線を拝めた。金額は3000万円とかなり高いが、処女でこれだけの美少女、なおかつ、アイドルというプレミアムも付くのであれば仕方あるまい。彼女を応援し、処女と信じるファン達には悪いが、俺のハーレムに迎えさせて頂こう。
「よし、決めた。この子にする」
「わかりました。じゃあ、早速顔合わせの日を……ご主人様、残念ですが、優衣はすでに顔合わせの予約が入ってますね」
「何ぃっ」
それは晴天の霹靂だった。そんなことってあるの、と黒鉄の顔を見ると、神妙そうな表情をしているも目は笑っている。
「どうやら、別の主様も本谷優衣に目を付けたようですね、それも今日。それですでに顔合わせの予約がされています」
「そんな……」
候補を選んでいるうちであれば、優衣がムリと聞いても、すぐ次の子を探す気にもなれた。しかし、一度この子に決めた、というハードルを跳んだ後だと、すぐに切り替えることは出来ない。俺はうじうじと黒鉄を責めた。
「そんなのありかよぉ。ハーレムプランナーなら、そうゆうこともちゃんと気にしとけよぉ。リストに載ってれば選べるって思うじゃんかよぉ。ったくどうしてくれんだよぉ。あぁ、優衣の処女は俺がもらうはずだったのになぁ」
いかん、俺はご主人様気分に溺れて幼児退行が進んでしまっている。こんなんで明日から元のビジネスパーソンとして株式市場の荒波に戻れるのだろうか。黒鉄への攻撃は止めたものの、別の候補者を選ぶ気にもなれず、気分転換をしに用を足しに行くことにした。
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小のつもりが大を催して、少々時間がかかってトイレから戻ると、黒鉄が俺が昨日着た服を用意して待っていた。
「ん?出掛けるのか?」
「行きましょう。優衣に会いに。すぐに着替えて」
「えっ、会えるのか。でも、予約が入ってたんじゃなかったのか?」
「とりあえず着替えて下さい。車中で話しますから」
俺はバスローブを脱ぎ捨てて、黒鉄から渡された昨日の外出時に着た服を着る。そう、この服がよかったんだ。服を着終えると、黒鉄から忘れ物がないか確認される。このままチェックアウトすると思うと、少しだけ名残惜しい。でも、またいつかここに戻って来る時もあるだろう。俺は、すっかり夕闇に包まれた夜景を最後に目に焼き付けて、黒鉄に付いて部屋を出た。