黒鉄の運転するBMWの後部座席に乗り込むと静かに車が動き出す。俺が「どこに向かうのか」と聞くと、黒鉄はバックミラー越しに俺を見て答えた。
「本谷優衣のところですよ」
「会えるのか?ってゆうか、もう別の奴が顔合わせの予約してるんじゃなかったのか?」
俺は黒鉄の返答に食い気味に質問を重ねると、黒鉄は軽く首を振る。ちょうど車が信号待ちで止まると、後部座席の俺の方に振り向いた。
「質問は一つずつにしていただけますか?ご主人様」
「優衣に会えるのか?」
「ダメもとですけど、多分。優衣は今ダンススタジオでダンスのレッスン中のようです。それが終わるのに間に合えば帰る途中で捕まえることができるかと」
「待ち伏せすんのかよ」
「まあ、そういうことですね。それで、次の質問は何でしたっけ?」
信号が青になって車が発進すると、黒鉄は慇懃な口調で前を向いたまま言う。絶対に覚えているくせにと思いつつも、それを言えば、また無用な言葉が重ねられるだけと思い、質問を繰り返した。
「顔合わせの予約は確かに入っていましたが、その前にご主人様が優衣に会って、ハーレムに迎えると決めてしまえば問題ありません。他の主のハーレムに入ることが決まった姫と顔合わせをすることは出来ませんからね」
「そうか……でも、そんな横取りするようなやり方はいいのか?」
「いいんですよ。顔合わせを明日にした、プランナーが悪い」
バックミラーににやりと唇を釣り上げる黒鉄の唇が映る。しかし、こうなると不安になるのは顔合わせを後回しにした花村加菜のことだ。
「それじゃ、加菜もまずいんじゃないかな」
「ですね」
「どうすんだよ」
「安心して下さい。加菜には、ご主人様との顔合わせの前には、絶対に他のプランナーや主と約束してはいけないと釘を刺しておきましたから」
「それで大丈夫なんだろうか」
「それに、顔合わせの予約がすでに入っている姫とその前に約束なしに会おうとするのはルール違反ですからね。普通のプランナーならそんなことはしません」
「今まさにやってるじゃないか」
黒鉄の言っていることはボケなのか冗談で言っているのか、それとも本気なのかよく分からん。俺のツッコミを楽しそうに聞き流すと、車の運転中にも関わらず後ろを振り向いて言った。
「全てご主人様のためにしていることです。これでも私の方も危ない橋を渡っているんですよ」
「おいっ、前見て運転しろよ」
黒鉄が前を向くと、俺は胸を撫で下ろした。でも、確かに黒鉄は俺のために本来許されないことをしてくれているかもしれない。……黒鉄の奴、何だかんだ言って、いいハーレムプランナーなのかもしれない。他のプランナーにどんな奴がいるのかは知らないけれど。
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車は30分ほど走ると、とある駅の前で停められた。黒鉄は、車を降りてどこかへ行った。俺はここがどこかもよく分からぬまま車内で大人しく待っていると、スタバの紙コップを2つ持った黒鉄が戻って来て、車に乗り込む。
「しばらく待ちましょう。少し待つことになるかもしれませんが……。優衣はこの駅から寮に帰るはずですから」
「完全に待ち伏せだな」
「どうします?諦めますか?」
「いや、待つけどさ……」
「優衣が来たら、私がここに連れて来ます。それで、ご主人様を紹介しますので、話をしてください」
「わかった。……でも、突然声かけられて、知らない人の車に乗ってくれるかなあ」
「大丈夫ですよ」
自信満々に黒鉄が言うと、車内にはしばらく沈黙が流れた。相手は現役女子高生でしかもアイドル。変な奴に付け回されたりすることもあるかもしれんし、警戒心は強いんじゃないだろうか。それでも、黒鉄が大丈夫と言うなら、それを信じるしかない。少なくとも、俺にはこんな駅前で初対面の女子高生に声をかけるなんて、ムリだ。下手すれば手が後ろに回ることになる。黒鉄はハンドルに両手を置いてフロントガラスから駅前へと視線を送る。サイドガラスはスモークが貼られていてあまりよく見えない。俺はやきもきしながら、優衣が来るのを待っていた。
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「来ました。じゃあ行って来ます」
優衣に気付いたらしい黒鉄は、俺に言うが早いか車から降りていた。俺は身を乗り出して車のフロントガラスから黒鉄の背中を視線で追う。すると、早くも黒鉄はマスクをした制服姿の女子高生に話しかけていた。その少女はマスクをしているし遠目からでは全然優衣とは分からない。黒鉄は一体どんな視力をしているのだろうか。いきなり女子高生に声をかけた男を不審に思うのか、話しをしている2人に通行人が怪訝そうな視線を送っている。黒鉄、ガンバレ。俺は心の底から応援した。
話しかけてから、1分くらいすると、2人は人の流れの邪魔にならないように、脇によけてガードレールの傍で話し始めた。そして、黒鉄が車の方を向いて手で示すと、優衣も視線を車に向けた。――本谷優衣だ!俺は、この時、はっきりと分かった。マスクをしているが、その目元だけで十分だった。そして、俺は視線が合ったと思い、すぐに身を乗り出していた体勢からさっと身を隠した。これからハーレムへと迎えるというのに、身を乗り出した体勢はがっついているようでみっともない。それにしても、これがアイドルのオーラなんだろうか、その辺を歩いている十把一絡げの女子高生とはまるで違っていた。わざわざここまで来て待っていた甲斐があった……俺は前部座席の影から優衣を見ながらしみじみとそう思った。
やがて、黒鉄と優衣が車に向かってきた。俺の心臓の鼓動が高鳴り始める。通路側の後部座席のドアが開き、俺がドキドキして視線を向けると、黒鉄が顔を覗かせた。
「優衣を連れてきました。乗せてもよろしいですか?」
「あぁ」
俺はたっぷりの威厳を込めてそう言った。ドアが大きく開き、制服姿の優衣が「失礼します」と言って乗り込んでくるのを視線の端のみでガン見した。バタンとドアが閉じられ、黒鉄が運転席に乗り込む。そして、車は静かに発進した。
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黒鉄「優衣、この方がお前のご主人様になるかもしれないお方だ。挨拶しなさい」
優衣「はい。んとっ、本谷優衣と言います。今、高校3年生で、○○プロダクションに所属しています。えっと…今日はわざわざありがとうございます。……ご主人様のハーレムに入れてもらえたら嬉しいです」
俺は顔だけ優衣に向けて挨拶を聞いていた。優衣はマスクを外すと体ごと此方に向いて初々しく挨拶した。俺が視線を向けると、視線はぎこちなく泳いだ。顔はとても小さくて、体はとても華奢だった。大人びて見えるが、不安げな表情も浮かべており、やはり、まだ17才の男を知らない小娘なのだと俺は感じた。今時の女子高生は変に男慣れした子も多いと聞く。優衣の男慣れしてない様子には好感を覚えた。
――車内は車のエンジン音が響き、沈黙が流れた。俺は美少女を前にして、何を言ってもだらしないスケベオヤジに見えてしまいそうで、正直何と言っていいか分からなかった。そんな俺の気持ちを察してか、黒鉄が優衣に話してくれたので俺はホッとした。
黒鉄「優衣は、明日、顔合わせがあると聞いていたんですよね」
優衣「はい。事務所の人から、そうゆう風に……」
黒鉄「本来なら、こうゆう形での顔合わせはしないんですけどね。ご主人様のたってのご希望があったので、急遽事務所を通さずにこのような形を取らせてもらいました。今其方に座っているご主人様は、私どもの組織にとって、大変重要なお方なのでね」
優衣「そうなんですか」
俺も心の中で「そうなのか?」と思ったが、優衣は真剣な表情で黒鉄の口元だけが映るバックミラーを見詰め、俺に少しだけ視線を向けた。その視線には、さっきまでよりもうっすらと畏敬の念のようなものが含まれていたかもしれない。
黒鉄「あんまり他のご主人様のことを悪く言うつもりはありませんが、明日、優衣と顔合わせを予定していた主よりも、其方のご主人様の方がはるかに重要なお方です。どちらのハーレムに入った方が優位のこれからのキャリアにとって有益か……分かるよね?」
優衣「もちろん、分かります。そんなご主人様に選んで頂けるなんて……本当に光栄です」
優衣は膝に頭がぶつからんばかりに深く勢いよくお辞儀をし、その顔が上がるころを見計らって俺は威厳を込めて頷いて返した。相変らず黒鉄の話術は冴え渡っている。俺にもようやく少し余裕が出てきたので、一度咳払いをしてから、優衣に話しかけた。
俺「優衣の将来の夢は?」
いきなり何聞いてんだ俺、と自分で自分にツッコミを入れながらも、優衣を見れば、真剣に考えている様子。自分の夢についてこんなに真剣に考えられるなんて、やっぱり若いっていいな。
優衣「――んとっ……今は、今のグループで一生懸命頑張りたいと思います。歌とかダンスをするのは好きだし、ライブはすっごく楽しいです。グループのみんなとも仲良くて、一生トモダチでいようねって、いつも話してます」
ほぉ……今時の女子高生アイドルっていうのはこんな風なんだなあと俺は思った。変に悲壮感があるわけでもなく、普通に部活とかやっているような感覚なんだろうか。昔は芸能界というところは少し怖いとかっていうイメージがあったようにも思えるが、今の女子高生にとっては、そんなところではないのかもしれない。
優衣「でも、行く行くは……お芝居をやってみたいな……なんて思ってて。まだまだ全然へたっぴだし、ずーっと将来の夢なんですけど、ドラマとか出る女優さんになるのが夢です……はい」
自分の夢を最後は俺の目をまっすぐに見詰めて言う優衣は本当に眩しかった。そんな優衣に下心を抱いてしまっている俺は何て汚いんだ、汚い大人なんだ、と思いながら興奮していた。俺は、下卑た笑いが表情に出ないように抑制しながら、優衣に問いかけた。
俺「今まで恋愛とかしてこなかったの?」
優衣「……はい。中学は部活とレッスンでそれどころじゃなかったし。高校に入ってからは仕事も忙しくなって、それから寮に入って、学校もそんなに行けてなくて……恋愛なんてしてる暇全然ないですから」
俺「ハーレムに入るっていうのはどうゆうことか分かってるよね」
優衣「……分かってるつもりです」
黒鉄「つもりなの?」
突然、黙っていた黒鉄が割り込んで来た。優衣は慌てて「つもりじゃないです」と言ったが後の祭りだった。
黒鉄「言っておくけど、ハーレムを自分のキャリアのためだとか思って片手間にやられちゃ困るのよ。分かってる?」
優衣「分かってます。すいませんでした」
黒鉄「優衣もこの世界居たら分かるでしょ。期待されててもダメになって行く子がいるの。ハーレム入るっていうのは、チャンスであるのと同時にピンチなの。この世界で成功してる子はみんな普段の仕事や学校以上にハーレムで頑張ってる子ばっかりだからね」
優衣「……はい」
黒鉄「ご主人様に見捨てられたら、すぐに放り出すからな。代わりなんていくらでもいるんだからな。そしたら、後は汚れの仕事しか来ないんだぞ」
黒鉄怖し。俺はこの2日間で黒鉄のいくつの表情を見ただろうか。この男の話術は、人の感情を容易にコントロールする。そんな黒鉄に畏怖の念すら覚えていると、黒鉄が俺に視線を送ってくる。そうか、俺がフォローするんだなと思い、俺は表情を整えた。
俺「黒鉄。控えろ」
黒鉄「失礼しました、ご主人様」
俯いていた優衣の顔が上がり、俺を見上げた。俺は一つ頷くと優衣は安心したように笑みを零した。
優衣「ご主人様のハーレムに入れたら。精一杯お仕えします。何でもします。ご主人様のために一生懸命尽くします」
俺のことを拝まんばかりに見上げる優衣の頭に手を伸ばして頭を撫でてやる。艶のある黒髪は手に吸い付くようで、優衣の視線は俺を心底慕うそれで、俺の心は満足感に包まれた。
黒鉄「ご主人様。例の話を優衣にしてもよろしいでしょうか?」
俺「あぁ、頼む」
俺は、何の話をするのか分からぬまま答えた。黒鉄には何か考えがあるに違いない。俺の黒鉄への信頼はこの数分だけでさらに強固なものへとなっていた。
黒鉄「優衣。事務所とテレビ局の方とも話を進めているところなんだが……今度ドラマの話が来るはずだ。4月クールからのね」
優衣「ホントですか!?」
黒鉄「もちろんオーディションはありますけどね。優衣の頑張り次第だが……分かるだろ、ご主人様が優衣に味方してくれたら……ね」
優衣「頑張ります。私、ホントに頑張ります。ご主人様……お願いします」
優衣は俺に何度も頭を下げ、優衣は縋らんばかりに俺のズボンの膝元に手を置き、失礼と思ったのか、すぐに手を離した。俺はその手を握り、優しく頷いた。それだけで優衣は泣きそうになっていた。
黒鉄「ご主人様のハーレムに入りたいか?」
優衣「入りたいです。そのためなら何でもします」
黒鉄「それなら、今ここで、ご主人様に奉仕できるか?」
優衣「……」
黒鉄「奉仕の意味分かるだろ?」
優衣「……、……ラチォのことですか?」
黒鉄「何と言った?」
優衣「……ふぇ、フェラチオだったら……したことないのでうまくできないかもしれませんけど……やります。やりたいです。」
美少女が恥ずかしそうに「フェラチオ」と口にするのは俺のストライクゾーンど真ん中だった。俺をここまでその気にさせるということは……俺は次の黒鉄の言葉に期待を込めた。
黒鉄「優衣の覚悟はよく分かった。ご主人様、どうしま……」
俺「決めた。優衣を選ぶ」
俺がつい食い気味に答えると、黒鉄の表情ががっかりしたように見え、俺は黒鉄の期待に添えなかったのが悔しかった。最後の最後でがっつきが出てしまった。そんな2人の微妙な空気にも気付かず、優衣は何度も「ありがとうございます」と言って頭を下げていた。
++++++++++++++++++
そうこうしているうちに、車は優衣の寮の近くまで来てしまい、結局、優衣の奉仕を受けることはできなかった。それでも、優衣とこうして話が出来たことは大きな収穫だった。これなら3000万円出しても惜しくない。車が優衣を残して走り出し、俺がリアウインドを見ると、優衣はいつまでも車を見送っていた。
俺「優衣ちゃんいい子だったな」
黒鉄「いい女優になりそうですね」
俺「……どうゆう意味だよ」
黒鉄「深い意味はありませんよ。――さて、どうしますか?とりあえず、ご主人様のご自宅までお送りしましょう」
俺「そうだな。結局選べたのは4人か」
加菜はまだ顔合わせをしてないので暫定だが、おそらく選ぶことになるだろう。いくらタブレットで画像や動画を見ていても、実際に会うと期待はずれということがあるかと思っていたが、これまでの3人は実際に会ってみると、皆期待通り、いや、期待以上であったと言っても過言ではない。とにかく、黒鉄の言う「私どもの組織」の姫のクオリティが高いことだけは間違いはなかった。
俺は車に微かに残る優衣のシトラスの香りを鼻で思い切り吸い込み、後部座席の背凭れに背を委ねて目を閉じた。俺が寝に入ったのに気付いているのか、気付いていないのか、黒鉄が独り言のように喋り始めた。
「さやかが2400万円、夏美が1400万円、加菜が2000万円、優衣が3000万円で合計8800万円です。私どもの組織に支払う管理費用と家賃が合計3600万円ですから、計1億2400万円ですね、今のところ」
黒鉄がなぜか楽しそうに話している声を聞くと、寝に入るどころではなく、目を開けた。「そんなにか……」と思わず呟く。当初は、ハーレムの運営費用はせいぜい3000万から4000万くらいと考えていたのだが、すでにその3倍になっている。俺の去年の年収が税抜きで約1億5000万円。個人資産にまだ余裕があるとは言え、すでに1億を預かり金として支払い、ハーレム開設の際に1億円を報酬で支払い、人件費を先払いすれば、合計2億近くはかかることになる。俺はかなり心もとない気分になってきた。
「正直言って、すでに予算はかなりオーバーしているんだけどな」
「何言ってるんですか。まだまだ大丈夫ですよ。これから無収入だって、10年くらいはハーレムを維持出来るじゃないですか」
俺の個人資産や収入については全て資料を提出しているので、黒鉄は俺の資産状況を全て把握しているからこそ、そんな風に言うのだろうが、姉河原のような生まれながらのナチュラルボーンな資産家ではない俺にとってはそんな悠長に構えてられるわけではない。個人資産20億といっても遊ばせているわけではなく、いずれも株式や別のファンドやら不動産やらで運用しているのであり、その全部を自由に動かせるわけではない。収入だって、俺がへまをしなくても世界経済の情勢によっては、昨年と同じ実績を残せるとは限らない。俺なりに計算すれば、どう考えても5000万円以上をハーレムにつぎ込むわけにはいかないのだ。そんな現実的な不安に襲われたのは、おそらく今置かれた状況にも起因していた。現実離れした超高級ホテルの最上階のスイートにいれば、気持ちも大きくなれたが、こうして自分の住むマンションへの帰路の途上の現在の状況であれば、急に現実に引き戻されたとしてもムリはないだろう。
「はぁー」と俺は大きく溜息を付く。どうやって金を工面すればいいのか。姫の誰かを諦めなければいけないのか……優衣が隣に座っていたさっきまでの幸福感はあっと言う間に霧消していた。