黒鉄が運転する車が俺の住むマンションの前に到着した。俺は黒鉄に「それじゃ」と言って、車を降りようとすると、黒鉄がいち早く車を降りる。後部座席のドアを開けてくれるのかと思い、座ったまま待っていると、想像通り黒鉄がドアを開いた。俺は車を降りて、改めて「それじゃ」と言って自分のマンションに向かおうとすると、黒鉄も後から付いてきた。
「まだ何か用か?」
「あと一人。ハーレムの姫を決めるんじゃないんですか?」
「……少し考えさせてくれ。もう一度、予算とか練り直さないと――」
「何、弱気になってるんですか。大丈夫ですよ。あともう一人、今日中に決めちゃいましょう」
黒鉄は俺の肩を抱くと、エレベーターに向かって歩き出す。
「おい、俺の部屋に来るのかよ」
「まずいですか?」
「いや……まずくはないけどさ」
「じゃあ、行きましょう」
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そうして、黒鉄と共に、エレベーターに乗り込み、自分の部屋に黒鉄を連れて行くことになってしまった。俺の住む都心の家賃50万の3LDKの部屋もさっきまでいたホテルのプレジデンシャルスイートと比べれば、さすがにずいぶん見劣りする。リビングに入り、室内を見回している黒鉄を尻目に、「コーヒーでいいか?」と聞く、俺。コーヒーメーカーをセットすると、黒鉄をソファに座らせ、俺も腰掛ける。そして、両手を組んで前かがみの体勢で黒鉄に問いかけた。
「さっきも少し言ったけど、ぶっちゃけ金銭面が不安になってきてさ。黒鉄さんも俺の資産状況と年収は知ってるだろ。ハーレムだけのために年間1億2400万はいくらなんでも負担しきれないんじゃないかと今更ながら思い始めたんだが……」
不安になったせいか、いつの間にか最初の頃のように黒鉄に対して「さん」付けしていることにも気付かぬまま、俺は不安な胸の内を吐露していた。すると、黒鉄はソファの背凭れに背を預け、「だいじょーぶですよ」とお気軽な口調で言った。俺は、カチンと来たが、強く出る気力もなく、黙って黒鉄の話を聞く。いや、黒鉄に不安を鎮めてもらいたいというのが本音だった。
「大丈夫かな?」
「えぇ。まず、人件費以外の管理費用と家賃の3600万円は税務上、経費に出来ます」
「ホントか。……でも、管理費用はともかく家賃はまずくないか」
「大丈夫です。そこは私どもの組織が税理士を紹介しますので。それ以外にも、ご主人様の税務関係一切を任せていただければ、節税対策はばっちりです。そうすれば、実収入は増えることになります」
これまで確定申告は、知り合いの税理士に任せていたが、その働きは決して満足のいくものではなかった。これを機に税理士を変えるというのはいいかもしれない。俺の胸の中に希望の火が微かに灯った。
「それと、ハーレムを開設すれば、ご主人様の仕事にも好影響が出るかと」
「どうゆうことだ?」
「ハーレムの主になれば、他のハーレムの主様と交流することも出来ます。とゆうことは……」
「とうゆうことは、何だよ」
「これまでにない人脈が出来るということですよ。それはご主人様にとっては大きなビジネスチャンスじゃないんですか?」
――確かに、そうだ。ハーレムの主ともなれば、姉河原のようなとんでもない富裕層ばかりのはず。そんな人達とお近づきになり、俺のファンドに出資してもらうことが出来ればこんなにいいことはない。この人脈は俺にとって、まさに金の鉱脈になるかもしれなかった。
「どうです?ご主人様のファンドへの出資額が増えれば、その分、ご主人様の収入も……」
「あぁ、増えるだろうな」
「ですよね」
黒鉄が自身有り気な笑みで頷くので、俺は成功を確信して、にやけた。これはさっきまでのスケベな笑いではなく、ビジネスパーソンとしての勝利を確信した会心の笑みだった。個人ファンドの運営をして分かったことは、自分のファンドに出資してもらう出資者を探す営業が最重要ということだ。いくら他のファンドよりも投資効率の高い運用実績を残しても、それだけでは、客は付かない。それに、そもそも個人ファンドに出資するような金持ちと知り合うこと自体、困難なのだ。姉河原クラスの個人出資者があと2人でも3人でも増えれば、ファンドの規模は大きくなり、俺へのリターンも大きくなるはずだった。自分のファンドを設立して2年。出資者も頭打ちになってきていた頃合だったが、これは自分のビジネスにとっても大きなチャンスかもしれなかった。
「それで、実際他のハーレムの主とはどんな交流が出来るんだ?」
黒鉄はバッグから例のタブレットを取り出し、身を乗り出して、俺に画面を見せる。
「まず、ハーレムの主だけが見ることが出来る、私どもの組織の専用サイトがあります。ここでは、さまざまな情報交換がされています。大体自分のハーレムの自慢が多いですが、主になりたての方が質問出来る掲示板なんかもあって便利です。それと、このようにオンラインな交流だけではなく、オフラインの交流としては、私どもの組織がハーレムの主の親睦を深めるために行なうパーティーもありますし、乱交パーティーなんていうのもありますね」
俺も身を乗り出して、黒鉄のダフレットの画面を覗き込む。そこは、ソーシャルネットワークサービスのサイトのようでもあり、ハーレムの主によっては専用サイトを作っている人もいるようだ。
「それに、ご主人様が住むことになるマンションには、2人のハーレムの主がいますから、その人達とはすぐにお近づきになれるかもしれませんね。あいにく、私が担当する主様ではありませんが。」
「ん?確か、5階建てで、1階が共有スペース、俺が3階に入るとなると、あと3人いるんじゃないのか?」
「いえ、4階と5階は同じ主様が借りております」
なるほど。しかし、2フロア借りているとなれば、姫の数も多いし、かなりの大金持ちだろう。出資者になってくれれば有難い。
「主様の中には、あまり他の主様と交流を好まない方もおります。それでも、ご主人様もハーレムを持てば、何人もの主様とお知り合いになることは出来るかと。それも、お金の使い道に困って、鼻紙にするような方々ばかりとです」
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俺の決心は改めて固まった。今こそ金を使って先行投資するべき時だ。4人なんてケチ臭いハーレムだったら、他の主達に足下見られるだけだ。やはりせめて5人は欲しい。俺は黒鉄にきっぱりと言った。
「よし。5人目の姫を決めよう」
「はい。それでこそご主人様です」
「今、姫の契約金の合計は8800万だったよな。……1200万円で選べる子は何人いるかな?」
強気になった俺でも、ぎりぎり目一杯太っ腹になっても、経費とならない姫の人件費は1億円が限界。とすると、あと1人は1200万円以内で選べる子にするしかいない。検索条件を入力した黒鉄が俺にタブレットを寄こす。画面を見ると……40人くらいはいた。結構選べるじゃないかと思うが、今までの経験上、このクラスだと年増か整形か経験人数3桁かという感じだろう。だが、今は贅沢言ってはいられない。果たして、どんな姫を選ぶべきか。俺は、黒鉄にアドバイスを求めようと顔を上げると、ソファにはいなかった。後ろを振り向くと、キッチンからコーヒーを持ってきてくれた。気が利く奴め。
「ありがとう。5人目はどんな子がいいと思う?」
黒鉄は、自分もコーヒーカップを片手に持ち、もう片方の手を顎に宛てながら「そうですね……」と思案顔を浮かべる。いちいち絵になる奴だ。
「今のところハーレムの構成は、さやかが22才、夏美が20才、加菜が19才、優衣が17才ですよね。若い子ばかりですから、もう少し年齢が上の姫を選んでもいいかもしれませんね。それとも、ご主人様はやはり若い子がいいんですか?」
黒鉄に改めて全員の年齢と、言われてみれば確かに若い子ばかりだ。しかもかなり若い子ばかりと言っても過言ではない。せっかくだからとつい若い子ばかり選んでしまったが、偏りすぎたかもしれない。1200万円以下の姫達が抽出されたタブレットの画面を見ると、やはり年齢が高い姫が多いようだ。顔を上げて黒鉄を見ると、何も言わなくても説明が始った。
「美貌やスタイルは作り出すことは出来ますが、年齢だけは誤魔化せませんからね。若い姫はそれだけで価値があります。もちろん、私どもの組織においては、若いだけがとりえなんて姫はおりませんが、同じ質ならば、やはり若い姫の方が価値があると考えられておりますから、それは値段にも反映されています」
俺は、これまでの検索条件に加えて、年齢を25才以上、29才以下と入力した。出てきた人数は……26人。まだ結構残っている。さらに、経験人数を100人以下と入力すると……残ったのはたった2人だった。俺は検索条件を入れなおそうとしたが、そのうちの1人に目が止まった。落ち着いた雰囲気の和風美人で切れ長の眼。身長は170cmと長身でスリーサイズは上から、90、63、88で胸のサイズはDカップ。非常にスタイルは良さそうだ。年齢は28才だが、もう少し若く見えるくらいだ。名前は、高遠晶子。正確な経験人数や整形箇所はあえて見なかった。この姫こそが俺のハーレムの最後のピースと確信した。
「彼女にしようと思うんだけど、どうかな?」
「いいんじゃないですか。この姫は確か……元々モデルをしてたんですけど、泣かず飛ばずで、20代前半から私どもの組織に預けられた姫ですね。味見しますか?」
そうか、味見が出来るんだった。わざわざ味見をするのなら、2~3人呼んで、比べた方がいいかもしれない。それにせっかく無料で呼べるのだから、多く呼んだ方がいいと思うのは俺が貧乏性なせいか。
「そうだな。せっかくだから、前みたいにもう少し候補の姫を選んで、まとめて呼ぼうかな」
「……ご主人様、言い忘れておりましたが、無料で味見を出来るのは、5人までです。ご主人様は、既に亜里沙、さやか、梨香、夏美と4人味見しておりますので、味見をできるのはあと1人です。」
「だから、そうゆうことは早く言えよ。――って言うと、全てを最初に説明することは出来ないんだろ、分かってるよ」
「お分かりなら結構です」
「じゃあ、決めた。この子に。信頼するよ、黒鉄を。今までも外れはなかったし、味見してもどうせ選ぶことになるだろうからさ」
「ありがとうございます。これで5人決定ですね」
「あぁ、この2日の間、いろいろ協力してくれてありが……」
「では、費用のお振込みはいつにしますか?それによってハーレム開設のお日にちも決まってまいりますので……」
俺が握手を求めようと手を伸ばすと、黒鉄はその手を見ることもなく、バッグの中からハーレム開設の具体的な手続きのための書類を取り出し、説明を始めた。俺は、長く終わりの見えない説明にうんざりしながらも、我慢して耐えた。これでいよいよ自分のハーレムが持てるのだ。人数は5人とハーレムの規模としては小さいかもしれないが、それでも、俺も一国一城の主になれるのだ……違うか。
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黒鉄が部屋を出て行くと、俺の手元にはまた大量の書類だけが残された。これに必要事項を記入し、署名し、印鑑を押して、返送して、さらに最初に支払う1億と今後の1年間の費用である1億3600万円の合計2億3000万円を振り込めば、俺の俺による俺のためのハーレムが出来る。その前に今週は、加菜との顔合わせもあった。それに、近々引越しもしなくちゃならないからその準備も進めなくては。まだまだ時間はかかるかもしれないが、俺のハーレムが実現することは確かだ。俺は、その期待を胸に、ベッドに入ったが、気持ちが高揚してなかなか眠れなかった。
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――結局、一度ぬいて、ようやく眠りに付くことができた。ハーレムが出来たら、一人でぬくこともなくなると思えば、俺は自慰行為の後の特有の空しさを覚えることもなく、ただひたすらにやにやしていた。ただ、明日からは夕飯のおかずはもやしだな……。