第15話 準備~その1
――――週末二日間をたっぷり使った黒鉄との打ち合わせが終わると、月曜日からはいつもの日常生活が始った。仕事に行き、食事をして、家に帰って寝る。変わらない日常。しかし、そんな日常生活の隙間で、ハーレム開設の準備も着々と進んでいた。
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月曜日の昼過ぎ。いつものスタバに行くと、夏美の姿はもういなかった。店員にさり気なく聞けば、急遽辞めたということだった。
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火曜日の夜には、黒鉄を交えてハーレムの3人目の姫である花村加菜と食事をした。加菜の印象は思ったよりも小柄で大人しそうというものだった。テレビで見る加菜のゴルフでのプレーは大胆極まりないのだが、この日はやはり緊張もあるのかもしれない。
そして加菜の様子はといえは、マインドコントロールのせいなのか、とにかく俺に対して感謝しきりという様子で、俺はそのまっすぐな瞳に罪悪感を覚えると同時に、締まっていながら丸みを帯びたむっちりとした肉体に欲情を覚えていた。食事の後にデザートとして加菜の身体を味わいたかったが、黒鉄は俺のそんな気持ちを知っているにも関わらずクールな表情で、加菜を帰らせてしまった。加菜は明日からまたツアーに行くということなので、黒鉄が悪いわけでもなく、仕方ないと言えば仕方がないのだが。加菜が帰った後、黒鉄から2人でもう一軒行きましょうと誘われたが、俺も明日仕事があるからと言って断わってやった。
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水曜日は仕事の合間を縫って、俺の運用している資産をハーレム開設の費用として支払う準備。個人資産とはいえ、預金口座で寝かせているわけではないので、2億3600万円ものお金を動かすのにはそれなりに時間もかかる。黒鉄には、1週間で準備すると伝えたが、時間的にはぎりぎりで、結局水曜日は徹夜仕事となってしまった。
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木曜日の夜は、黒鉄と新居の下見。黒鉄と2人で住むわけでもないのに、男2人でこれから住む部屋を見に行くというのも変な気分だが、設備の説明も受けるのだから致し方あるまい。黒鉄の運転する車でマンションに向かう。マンションの場所は職場からは車で30分ほどの閑静な住宅街。駅からやや遠くネットで確認したときには気付かなかったが、坂の上というのも不便かもしれない。特に、駅から通学するであろう大学生の夏美と高校生の優衣は少ししんどいだろう。
部屋に入ると嬉しいサプライズがあった。
「おかえりなさいませっ、ご主人様。……ちょっと早いですけど、言ってみたかったので……すいません」
玄関で出迎えたのはさやかだった。俺はさやかの笑みにすぐに頬が緩んでしまう。黒鉄の方を見れば、素知らぬ顔。ここに来るまでの間、さやかがいることなど一言も言っていないかったが、黒鉄自身は知っていたようだ。
「本来の意味でのハーレムというのは主の肉体的欲求を満たすために生活の場とは別の場所に作られるものです。中国における後宮というのもまさにその意味で「後ろ」の「宮殿」なわけで……」
「何が言いたいんだ」
さやかが俺のために差し出してくれたであろう靴ベラを勝手に取って、靴を脱ぎながら黒鉄は講義口調で話し始めた。さやかも靴ベラを取られたことも気付かぬようできょとんとしていた。
「例えば、姉河原様の所有するハーレムは、本来の意味での「ハーレム」ですね。生活の本拠は別にありますから。厳密に言えば、姉河原様は生活の本拠にも常に姫の一部は傍に置いているようですが……それはさておきですね、ご主人様のハーレムはそういった意味では、本来の意味でのハーレムではないわけです。ハーレムを生活の本拠とするわけですから」
「何が言いたいんだ。ハーレムを生活の本拠にしちゃまずいのか?この前の打ち合わせの時は何も……」
「いけないと言っているわけではありません。むしろ私どもの組織が提供するハーレムでは生活の本拠にする方の方が多いですから。ちなみに、10人以上の姫を所有するオーナー様は全体の5割もいません。一番多くの姫を所有するオーナー様は……」
「おい、また横道に逸れてるぞ」
黒鉄は歩きながら話すので、黒鉄の話を聞きながら、広い玄関で靴を脱ぎ、いくつものドアを通り過ぎて廊下を進んでいるうちにリビングに着いてしまった。さすがに広い。黒鉄は手で俺にソファに座るように促し、俺は腰掛けた。黒鉄も斜向かいに腰掛け、さやかは立ったまま聞いている。
「つまりですね、ハーレムを生活の本拠とされる主様のためには、姫はただ単に性的な奉仕のみをしていればいいというわけではないということです。主様の生活面も含めてサポートするのが私どもの組織が提供するハーレムということです。そして、姫達にはその能力も十分にあるということです」
「……なるほどな」
「もちろん、姫の中には得手不得手というのがあるのも事実です。特に、ご主人様のハーレムの場合は、加菜はプロゴルファーであまり家にはおりませんし、夏美と優衣は学生ということもあり、過度の期待はできません。そうなると、家事全般を主として行なうのは、さやかと晶子ということになります。この点、さやかはまだ若いですが、私どもの組織専属の姫ですから、家事であれば何でもこなせますし、家事経営というマネージメントの部分でも十分な教育をしております。足りないのは経験だけです」
キッチンカウンターで手を前に組んで心細げに立っているさやかを見ると、首を傾げながら自信なさげに笑みを浮かべた。……本当に大丈夫なんだろうか。
「晶子もハーレムに入っていた経験もありますし、ここ数年は言わば売れ残っていた状況ですから、余暇を利用してスキルアップのための修行をみっちりしていたようです。車の免許も持っておりますから、ご主人様の送り迎えも担当できるかと。」
晶子か。そう言えば、すっかり存在自体忘れていた。しかも、ハーレムに入っていた経験もあるのね、知らなかった。晶子を選ぶ時はフィーリングで選んだので、ほとんど詳しい情報を見ていなかった。分かっていることと言えば、年齢と身長、スリーサイズ、そして経験人数が100人以下であることくらいだ。
「例のタブレット貸してくれないか」
「出来ません」
「何で?」
「もうご主人様の姫選びは終わっておりますから」
こうゆう時、黒鉄は確実に楽しそうな顔をしている。
「とゆうわけでですね。今後はご主人様のハーレム運営のサポートや家事全般を取り仕切るのはさやかになりますので、今回の下見にも呼んだわけです」
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話長っ。なんてもったいぶった話し方をする奴なんだ、黒鉄は。さやかを見れば「よろしくお願いしますっ」と言って、勢いよくお辞儀をする。この日の装いはふんわりとしたピンクのシフォンブラウスに黒のこれまたふんわりとした膝下のスカート。シフォンブラウスの襟ぐりは狭いため今回は胸の谷間を拝むことはできなかった。俺は「こちらこそよろしくね」と言って、軽く会釈した。どうしてもさやかと目が合うと頬が緩んでしまう。だって可愛すぎるんだもん。黒鉄は、主としての威厳が足りないと言いたいのか、俺に流し目で視線を送ってきやがった。さらにわざとらしく咳払いをして話を続けた。
「ハーレムの運営・維持をするのはご主人様ですが、ご主人様の目の行き届かないところをサポートするのがさやかの仕事です。家事の分担なんかもさやかが他の姫に指示しなければなりません。場合によっては、他の姫とさやかが対立することもあるかもしれません」
「そんなことあんのかよっ」
「そりゃあありますよ。女が5人、同じ屋根の下で暮らすわけですから。ご主人様の寵を争うライバルでもありますしね。」
「……」
確かに、そうだな、と俺は思った。そんな争いに関わるのは出来ればごめんこうむりたいというのが、俺の本音だ。しかし、そんな俺の気持ちを見透かしたように黒鉄は話を続けた。
「そんなことを未然に防ぐためにもですね、ご主人様にもさやかのサポートをしてもらいたいわけです。さやかが他の姫に指示したりするのは、ご主人様に代わってしていることで、ご主人様の信任に基づいてしているんだということを他の姫に分からせてあげて下さい。そこで、ご主人様が知らん顔をしてしまうと、さやかは梯子を外された格好になって、さやかの他の姫達に対する権限も曖昧なものとなってハーレムの秩序を維持することは出来なくなります」
何だか大変そうだな。俺はさやかを見ると、笑顔を浮かべてはいるが、どこか頼りない。俺は思わず「大丈夫そう?」と笑みを浮かべて聞くと、「大丈夫ですっ」と大きく頷いては見せるが、さやか自身も不安そうだ。
「そうゆうトラブルとかって黒鉄の方で処理できないの?」
「それは出来ません。契約後は、姫達はご主人様の所有物となりますから。私どもが干渉すれば、ご主人様の権威が損なわれます。ただ、アドバイスを求められれば対応はしますし、最悪の事態になれば、さすがに私どもの組織も事態の収拾に乗り出します。しかし、基本的にはハーレムの中のことはハーレム内部で解決して頂くのが原則です」
「……」
黒鉄はきっぱりと言った。今後もうるさく口を挟まれたら嫌だなと思いながらも、いざ、突き放されてしまうと不安もある。何だかんだ言っても黒鉄は頼もしい存在だった。そんな俺の表情が不安に見えたのか、黒鉄は俺を元気付けるように言った。
「大丈夫ですよ、そんなに深刻な状態になることはほとんどありません。姫達はご主人様に尽くすという目的は一緒ですし、性格的な問題があるような姫は私どもの組織にはおりません。……正確に言えば、性格的に問題がある姫の性格は矯正済みです。それに、さやかはもう他の姫とも会っているんだよな」
黒鉄がさやかに振ると、さやかはキッチンカウンターに置いていた自分のバッグをがさごそとかき回してから、大きな手帳を取り出し、その手帳を開いて話す。
「はいっ。月曜日に夏美さんと晶子さん、火曜日には加菜さん、水曜日には優衣さんとお会いしました。」
「それでどうだった?」
「はい。みなさんいい人ばかりで。ご主人様はとてもいい人を選んだと思いました。」
「そうすると、私どもの組織にいい人じゃない姫もいるということかな?」
黒鉄が意地悪そうに言うと、さやかは「はっ」という顔をして、「そうゆうわけでは……」口ごもりながら言った。そんなことわざわざ聞かなくてもいいのにと俺は思いながらも、さやかの困った顔は可愛いと思ってしまい、特に何も言わずに二人のやり取りを見ていた。さやかの反応を見ているとつい苛めたくなってくる。もしかすると、さやかを困らせるのは癖になるかもしれん。
「……こういった形でさやかの方でも姫達とのチームワークを築こうという努力をしているということです。」
「はいっ。今度みんなでカラオケ行こうっていう話も持ち上がってて。私、こうゆう幹事とかあんまりしたことないんですけど……でも、夏美さんが手伝ってくれるって言ってくれたので。加菜さんもカラオケすごく好きみたいなんですよー。もちろん、未成年の加菜さんと優衣さんには私が責任持ってお酒は飲ませませんから」
俺の向ける視線に何を勘違いしたのか、未成年には酒は飲ませないと太鼓判を押すさやか。いやいや、そうゆうことじゃなくて。何か俺のいないところで楽しそうじゃん、というのが俺の感想。だが、姫達が仲良くすることはいいことなんだろう。俺は何だか急に黒鉄に親近感を覚えて、唯一の味方なんじゃないかと思えてきた。ハーレムを開設した後も、黒鉄にはいろいろ相談することになりそうな気がする。そうすると、あんまり黒鉄に冷たくするのも良くないなと思い、俺は無駄に黒鉄に笑みを見せてみた。
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それから、3人で室内を見て回った。家具は一通り揃っているが、足りないものや変えたいものがあれば、自前のものを持ってくるか自分で購入することになる。黒鉄は例のタブレットを取り出し、ネット上の家具カタログを見せてくれる。それを見ながら、何をどこに置くかを話し合い、決めたものはそのまま注文する。キッチン回りや掃除洗濯などに必要なものは全てさやかに任せることにした。
俺の寝室となる部屋だけは空き部屋になっていて、そこには自分の部屋のものを持ってくる予定だが、ベッドだけは買うことになる。何しろハーレムなわけだから、ベッドは広くなければなるまい。タブレットでカタログを見ながらベッドを選ぶ。カタログには俺が今まで見たこともないようなでかいベッドばかりが載せられており、値段もびっくりするほど高く、車が買えそうだ。聞けば、黒鉄達の組織が提携しているメーカーのようだ。結局、俺は200万円のキングサイズを超えるエンペラーサイズのベッドを購入した。
さらに、姫達の部屋も見て回る。さやかの方で部屋割りはもう決めているようだ。姫達の部屋の家具についてもそれぞれの好みに応じて模様替えをするらしい。……一体、いくらかかるんだろうか。俺は恐る恐る黒鉄に、ベッド代含めていつ頃請求来るのか聞いてみた。
「請求は致しません。ご主人様からお預かりした1億円の中から支出しますので。預かり金の残高は毎月書類でお知らせします。足りなくなってきた場合には、補充をお願いします。」
「じゃあもしかして、打ち合わせの時のホテル代とかも……」
「もちろん、預かり金の中から支払っております」
俺は表面上は「ふぅん、そうなんだ」と受け流したが、内心ものすごくホッとしていた。どちらにしろ俺の金から出るとしても、打ち合わせのホテル代やら食事代の請求が来たら、やりくりが結構きついと思っていたのだ。おまけにベッド代まで預かり金の中から支払ってもらえるのはとても助かる。俺は気持ちが楽になって、さやかに「必要なものは何でも買っていいから」と太っ腹なところを見せてやった。
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大体下見も終わった頃、黒鉄が席を外して電話をかけに行ったので、俺は大きく伸びをしてリビングの窓際により景色を眺める。色男でしかもゲイと思われる男にじっと見詰められて話をするのは結構疲れる。窓の外は広いバルコニーになっていて、過ごしやすい季節にはここで食事をしてもいいかもしれない。すると、背後から「あのぉ」と声がした。
「すいません。近いうちにお時間取って頂けないでしょうか」
1歩半離れたところに立っておずおずと切り出してきたのはさやかだった。
「いいけど、何の用だろう」
俺は最大限優しい口調で答えた。主の威厳を持つというのは俺にはムリそうだ、やっぱり俺は人がいいのだろうか。
「はい。ハーレムの開設までご主人様の食事の好みとか苦手なものとかにいろいろ聞いておきたいことがありますので……」
確かに、今後俺の生活の家事面を担当する立場なら聞いておかなければならないことはいくらでもあるのかもしれない。
「わかった。じゃあ……明後日の土曜日は?」
「はいっ。私は大丈夫です。場所はどうしましょうか?」
「俺の方はどこでもいいけど」
「そうですか……どうしましょうか。ファミレスとかだと、ご主人様は少し落ち着きませんよね」
ファミレスと聞くと、何だか急に現実感が出てくる。しかし、ハーレム絡みの話も出てくるかもしれないし、やっぱりこの前の打ち合わせみたいにホテルの部屋でも取った方がいいかもしれない……と思っていると、一つアイデアが閃いた。
「俺の部屋じゃだめかな?」
「いいんですか?」
「俺の方は全然いいよ。俺の部屋の方が、キッチン用品とか何があるかとか分かるし、何を買わなくていいかとか分かるんじゃない?さやかちゃ……さやかの方も」
俺がさやかと名前を呼ぶとさやかは照れたような嬉しそうな表情を浮かべた。やっぱりさやかはこの初々しい感じがイイ。あの3人の中からさやかを選んだのは大正解だった。俺は一番気になることを聞いてみた。
「その打ち合わせは黒鉄も来るの?」
「いえ。特に考えていませんでしたけど、お呼びした方がいいですか?」
「いや、いいよ。ハーレムを開設してからは2人でいろんな問題を解決しなくちゃいけないんだしね。いつまでも黒鉄に頼ってはいられないからさ」
俺はにんまりしてしまう表情筋の動きが止められなかった。黒鉄なしでさやかと会える。今気付いたが、さやかと2人きりで話すこと自体今が初めてだった。さらに2人きりで、しかも自分の部屋で会えるとなるとテンションはかなり上がる。携帯番号を交換している時に黒鉄が戻ってきたが、黒鉄はそのことには特に何も触れなかった。
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「そろそろ行きましょうか。それでは、予定どおり引越しは来週末ということで。土曜日に注文した商品が部屋に届きますので、荷物の搬入と搬出、姫達の引越しを行い、日曜日にご主人様の引越しを行ないましょう」
「ずいぶん早いな。俺の方の準備は間に合うかな」
「引越しの準備は全部業者に任せましょう。土曜日1日あれば十分間に合います。お金の準備は週明けで大丈夫ですよね」
「今準備してる。今のところ大丈夫の予定だ」
「わかりました。それと、2階にお住まいの主様が在宅されているようなので、挨拶に行きましょう。」
「えっ」
このマンションには2人の主がいるとは聞いていた。2階を借りている主と、4階と5階を借りている主。俺が借りるのは3階だ。しかし、今日会うとは聞いていなかったので、突然言われると緊張してしまう。しかも、俺は手ぶらだ。
「いきなり行っていいのか?しかも、俺今何も持ってきてないぞ。失礼じゃないか」
「大丈夫ですよ、今連絡しましたから。手土産は……そうですね、さやかを置いていきますか?」
黒鉄の唇が吊り上がりにやりと笑みを浮かべる。俺が「本気か?」と口に出す直前、黒鉄が破顔した。
「冗談ですよ。今日は引越しの前挨拶というところですから、手土産は引越しの時でいいでしょう。それじゃあ行きましょうか。」
こうして部屋を出て2階に向かう。今のところ、俺が知っているハーレムの主は姉河原だけだが、果たして2階の主はどんな男なのか。俺の気持ちは徐々に緊張感より好奇心の方が勝りつつあった――――。