部屋を出てまず、エレベーターで1階に降りる。このマンションは、各フロア専用のエレベーターがあり、3階から2階に降りるためには、非常階段を別にすれば、一度1階に降りて、2階行きのエレベーターに乗るしかない。そして、俺たちが乗ったエレベーターが2階に付けば、入り口ドアの前に、いきなり和装の美女が待ち構えていて、丁寧にお辞儀をしてきた。
「お待ちしておりました。主のハーレムにお仕えする薫子と申します。主がお待ちです。」
エレベーターからドアまでの短い距離を楚々と歩く薫子の和装の襟首から見えるうなじに視線が釘付けになる。ドアを開くと、再び俺の方を見て、静かな笑みを浮かべる。年の頃は、20代後半、もしかすると、三十路を超えているかもしれない。落ち着いていながらも自然と醸し出される妖艶な色気は、20代の女性には出せない気がした。俺は、なぜ30代の姫を選ばなかったのだろうと激しく後悔しながらも、このような姫を選ぶハーレム主はどんな奴なのだろうかと想像を巡らせる。
ドアからエントランスに入ると、上がり口にまた1人姫膝をついた姿勢で待っている。今度はもう少し若く見えるが、それでもさやかより年下ということはあるまい。此方も和装ではあるが、顔が派手な分、薫子ほどには似合っていない。「美鈴と申します」と言って靴ベラを差し出す笑顔は華やかで、色気というよりエロさを感じさせる顔つきだった。俺はこの部屋の主はよっぽどのエロ親父と確信しながらも、2人の美女を目の当たりにして早くも落ち着きを失いつつあり、思わず、受け取った靴ベラを落としてしまう。それを手早く拾ったのは黒鉄だった。黒鉄に無言で靴ベラを差し出され、靴を脱ぐと、室内に上がった。
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部屋の間取りは3階とほぼ同じみたいで、リビングへと進む廊下を美鈴を先頭に、俺、薫子と続き、黒鉄とさやかはその後から付いてきているようだ。美鈴がリビングのドアを開けると、微かな電子音が聞こえてくる。俺達の部屋と同じくだだっ広いリビングの中央のソファに座るこれまた和装の美女、そしてその太腿を枕にして携帯ゲームに熱中しているのは……ガキだった。俺は、思わず美鈴の顔を見ると、美鈴は何も言わず、にっこりと笑みを浮かべるだけ。薫子がソファの近くまで歩み寄り、膝を付いてそのガキに声を掛けた。
「ご主人様。お客様がお見えです」
「……あぁ。少し待たせておけ」
「……。いけません。それにもうゲームの時間は終わりのはずです。」
「ったく。分かったよ。愛、続きをやっといてくれ。キリのいいところでセーブしとけよ」
ガキはそれまで膝枕をしていた美女に携帯ゲーム機を渡すと、面倒くさそうに起き上がり、俺に「座ったら」と声をかけてきた。……こいつがハーレムの主なのだろうか。黒鉄の方を振り返ると、黒鉄はリビングに入る手前の廊下で正座の姿勢で待っているが、俺が視線を送ると、小さく頷いて返す。俺はガキが座る広いソファの斜向かいのソファに腰掛けると、薫子が俺のことを紹介する。
「3階にお引越しになるご予定の主様です。」
「シロミヤと言います。この度は……お忙しいところ、突然、お邪魔してしまい申し訳ありません。今後ともよろしくお願いします。」
「よろしく。別にいいって、ゲームはそろそろ終わりにしようと思ってたとこだし。美鈴、名刺持ってきて」
美鈴が名刺入れを持ってくると、ガキが名刺交換を求めてくる。俺も慌てて、自分の名刺を取り出す。互いに立ち上がり、名刺交換をし、ガキの名刺を見る。
普通の名刺であれば会社名が書かれているところには「私立○○学園中等部3年1組」とあり、役職の場所には「生徒会書記、給食委員」、名前は権藤和之介とある。名前の漢字の下にはローマ字でGONDOU KAZUNOSUKEとあり、名刺の下部分には携帯番号、メールアドレスの他、何かのIDの記載もある。
「シロミヤか。ミヤっちって呼ばせてもらう感じでいいかな。俺のことはみんなカズとかワノスケとか呼ぶから、ミヤっちもそんな感じで。名字で呼ぶのはNGね、なんかいかちいからさ」
中3でハーレムの主なのか……俺は目の前のこまっしゃくれたガキが自分と同じハーレムの主と知って脱力する思いだった。すると、4人目の姫がトレイにケーキと載せて近づいてきて、テーブルに配膳する。
「これ、祥子の手作りケーキね。マジやばいから。祥子は調理師の専門学校に行っててパティシエの卵なわけ。俺、最近こいつのせいでちょいメタボ気味。」
祥子と呼ばれた姫はまだ少女と言ってもいい年齢かもしれない。和装ではあるが、たすきがけにエプロン姿なのもなかなか似合っていてトレイを胸に抱いて、立っている姿はとても可愛らしい。ガキがパクパクと食べ始めるのを見て、俺も一口食べる。……確かに、うまい。甘さが控え目ながら、スポンジの固さとクリームの舌触りも完璧だ。「美味しい」と祥子に感想を言うと、嬉しそうに微笑んで「ありがとうございます」と言って、俺にお辞儀をした。
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「ミヤっちは、ファンド運営してるのね。いくらくらい運用してんの」
中3のガキと何を話せばいいのか全く思い浮かばず、しばらく黙々とケーキを食べていると、ガキの方から俺の名刺を見て話を振ってきた。俺は聞かれるがまま、普段の営業用の説明をしていると、ガキは分かっているのか分かっていないのか頷きながら、おかわりした2つめのケーキに手をつけ始めた。相手はタメ口なのに、俺の方はなぜか敬語口調のままなのは、まだ相手が中3のガキという現実に頭が付いていっていないからだろう。
「――とまぁ、大体こんな感じですね。今度よろしければ、これまでの運用実績の報告書なんかもお持ちします。」
「あぁ、別にそうゆうのはいいから。それで、個人客の場合、一口いくらから運用してくれんの?」
「……一応、2000万円からですが、お試し期間ということで、もう少し少ない額でもご相談には……」
「じゃあ、5口預けるから運用してよ。細かいことは、薫子と話といて」
「ホントですかっ!ありがとうございます」
いきなり、1億とは、何たる太っ腹。俺は自分の額が膝に当たるくらいに頭を下げて、礼を言う。それにしても、あっさり1億もの金を右から左に動かすって、こいつ一体何者なんだろうか。いや、そもそもハーレムの主である以上は、タダ者でないことは間違いなんだろうが。
「ご主人様。そろそろ宿題をするお時間です。」
「っかってるって。じゃあ、ミヤっち、申し訳ないけど、この後、俺まだ仕事残ってるからさ」
「――あっ、すいません長居をしてしまって……ケーキご馳走様でした」
「いいっていいって。ケーキは土産に持たせるから、外の人達にもあげてやってよ。」
「すいません、何から何まで」
「……あとさ、敬語止めようよ。俺の方が年下なんだし、俺の場合、基本タメ口だから、ミヤっちもさ。あっ、学校では先生に対して、敬語使うけどね。俺、そこまで常識なくないし」
「わかりました……えぇと、カズ…さんて呼べばいいかな」
「カズでいいって」
「カズ……よろしく」
「おう」
互いに握手を交わすと、カズは、膝枕をしていた姫と一緒に勉強部屋へと向かって行き、俺はそれを見送ってから、リビングを辞して部屋を出た。黒鉄とさやかは廊下でずっと正座をしていたようだ。これも何かの作法なのだろうか、と思いつつ、薫子にエレベーターの前まで送ってもらう。祥子からケーキの入った紙袋を受け取り、薫子とは、1億円の入金について、打ち合わせの日取りを決めた。エレベーターに乗り込み、3人きりになると、俺は大きく息を吐き、黒鉄に聞いた。
「2階の主が中3って知ってたんだろ」
「もちろんです」
「……あっそ」
だったら教えといてくれよ、と思ったが、まあ聞いていたところで、信じられなかったし、何か対応できたわけでもないしと思い直す。少なくとも、今の俺の知人友人にはいないカテゴリの男ではあるが、なかなかいい奴なのかもしれない。エレベーターが1階で止まり、降りると、黒鉄に一番気になることを聞いてみる。
「やっぱハーレムなんだからやってるんだよな?」
「それは当然だと思いますが」
「……だよな」
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黒鉄の運転する車で自宅まで送ってもらう。そこで、俺はさっきの黒鉄とさやかの振る舞いについて聞いてみた。
「基本的に、ハーレムの姫は主の所有物であり、奴隷ですので、当然のことながら、主と同じ立場ではありません。それは分かりますよね」
「あぁ。だから、黒鉄とさやかは部屋の中に入らなかったのか?」
「とりあえず、私のことは置いておきましょう。また、さやかもまだご主人様の所有物になっているわけではないので、厳密に言えば若干違うんのですが、とりあえず、さやかがご主人様の姫と仮定してお話しします」
相変らず回りくどい話し方だが、仕方あるまい。俺は先を促した。
「まず、お気づきになられているかもしれませんが、権藤様の姫の中でご主人様は誰と会話をしましたか?」
「薫子さん……だけかな。あと、美鈴ちゃんは自己紹介してくれたけど」
今思えば、カズ以外では、薫子としか話していないことに今更ながら気付く。美鈴とも自己紹介を聞いてからは、何も話していない。
「姫達はご主人様の許しがなければ来客と言えども、話は出来ません。礼儀上必要な言葉は別ですが。今回で言えば、美鈴の『美鈴と申します』と祥子の『ありがとうございます』はセーフなわけです」
「なるほど」
「今度は、ご主人様の方の話ですが、最初に言ったように、さやかは奴隷なので、勝手に別の主のリビングにまで入ることは許されません」
「じゃあ、カズが招き入れれば、入ってよかったのか?」
「いえ、違います。さやかはあくまでご主人様の所有物なので、別の主がご主人様の許しなくそのような誘いをすること自体マナー違反です」
「そうすると……俺が、さやかをリビングに入れていいかをカズに聞き、カズがいいと言えば、さやかはリビングに入ることが出来たわけか」
「そうゆうことです。ただ、その場合も、一旦はさやかは部屋に入るのを固辞するのがマナーで、それに対し権藤様がいいから入りなさいと言い、その言葉を聞いて、さやかがもう一度ご主人様に入ってもいいかを視線で確認し、ご主人様が『そこまで言われてるのだから入ってきなさい』と言って、初めて入るというのがオーソドックスですね」
奥が深いが、確かにそのようなマナーが守られてこそのハーレムなのかもしれない。しかし、そこまで色々なマナーがあるとすれば、俺自身全てのマナーを守れるか分からないし、専属の姫のさやかはともかく、夏美や優衣、加菜は大丈夫ななんだろうか。おれがそんなことを考えていると、いつものように黒鉄がそれを見透かして答える。
「ですから、最初のうちは、きちんと教育を受けた姫しか表には出さない方が無難ということですね。マナーの守れない姫の粗相は主の粗相と同じですから」
「つーか、俺自身がマナー守れるか不安なんだけど。今日もいきなり営業しちゃったしさ、あと、ケーキもあっさり受け取っちゃったけどよかったのかな」
「さやかはどう思う」
黒鉄は、さやかに問いかけた。さやかは数秒考えた後、答えた。
「はいっ。営業の件については、仕事の話を持ち出したのは、権藤様の方でしたし、問題ないかと。今回のケースは明らかに権藤様の方から話を持ちかけたことなので、ご主人様の営業行為というより、ご主人様は権藤様の意向に沿って対応しただけと考えます。ケーキの件も、おそらく権藤様は最初から人数分用意していたものと考えられますから、お土産として頂くことは失礼に当たらないと考えます。権藤様が仰っていた『最近メタボ気味』というお言葉も此方に遠慮させないために仰られたお言葉かと」
「まあ及第点と言えるでしょう」
さやかを見ると、誇らしげに笑みを浮かべ、両手でよしっと小さくガッツポーズをする。俺はそれを見て、初めてさやかを頼もしく思えたし、さやかの笑顔を見ると、俺まで嬉しくなる。
「ご主人様が他の主様と交流する時のマナーについては、さやかが傍にいれば大丈夫でしょう。」
「そうみたいだな。頼むよ、さやか。頼りにしてるからさ」
「はいっ、頑張りますっ」
俺とさやかは後部座席で手を握り合った。このままずっと手を握り合って、さやかを自宅のベッドまで持ち帰りたいと思うも、無常にも駅に着いてしまった。さやかはここから電車で帰るようだ。俺はさやかを窓から見送り、口の動きで『メールして』と伝えると、さやかは力強く頷いた。さやかが駅に向かって歩き出すのを待つことなく、車は発進した。
「さやかを送ったりはしないのか」
「ご主人様は、自分が降りた後、私とさやかが2人きりでいて嬉しいですか?」
「……嬉しくないな」
さすが黒鉄だ。俺はもう一つ気になっていたことを聞いてみる。
「黒鉄はリビングに入ってこなかったが、それはどうしてなんだ?」
「私の立場は、以前にも話したように姫よりも卑しい奴隷ですから、勝手に入ることは当然出来ません。ただ、姫と違って私達ハーレムプランナーは、特定の主の奴隷というよりは、全ての主様共通の奴隷ですから、例えば、権藤様が私に部屋に入れと言えば、私は入ることが出来ます」
「そっか。じゃあ何で、カズは黒鉄を部屋に招かなかったんだろうな」
「……おそらくですが、私はご主人様のプランナーですから、わざわざ、自分が出しゃばって招くことはないと思ったこと、私と面識がないというのもあるでしょうね。あとは、ご主人様と話をしたかったんじゃないんですか?」
「そうかなー?」
「あのような主同士の会見の場に私どものような卑しい立場の者を同席させるのは、いわば道化役、場持ちさせるためというのがほとんどです。権藤様は、ご自身でご主人様との会話を持たせられると考えたのではないでしょうか」
「そっか」
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黒鉄に自宅マンションの前まで送ってもらい、部屋に戻る。短い時間だったが、いろいろ考えさせられる会見だった。俺は、カズが俺に対して話をしたいと思ったように、カズに対してカズのことを理解したいと考えただろうか。最初からガキと思い、カズのことを軽視していなかっただろうか。俺はカズから受け取った名刺を見詰め、携帯の番号をダイヤルした。一言、今日のお礼を言っておきたかった。
「もしもし。先ほど、お邪魔したシロミヤですが、先ほどは……」
「申し訳ございません。ご主人様は、もう寝室に入られておりますが……お呼びした方がよろしいでしょうか」
「……もう寝てますか?」
「まだお休みにはなられていないと思いますが……取り込んでいる最中かと」
「わかりました。それでは、メールでお礼の気持ちを伝えさせて頂きます。それじゃ、失礼します」
「かしこまりました。申し訳ございません」
電話を切る。――やっぱやることはしっかりやってんのか。今日会った4人の美女を思い浮かべる。うらやましーと俺はベッドに寝転がり枕を叩いた。俺も早くハーレムを作りたい。ますますその思いが募る夜となった。