第2話 打ち合わせ~その1
黒鉄との打ち合わせは、その週の週末の土曜日、最近出来た外資系ホテルのラウンジに待ち合わせとなった。姉河原に招待されハーレムの存在を知ってからすでに2ヶ月以上が経過していた。その間、ハーレムの存在は蜃気楼のように実体はなく、やはり担がれているんじゃないかと思うことも何度もあったが、ついに、俺のハーレム実現のための第一歩が踏み出せる。
黒鉄に会ったら聞きたいことは山ほどあった。打ち合わせの前日はまるで遠足の前の日のように寝付けず、自慰で気持ちを落ち着けようとも思ったが、この性欲の滾りを鎮めるのも勿体無いような気がして、ヌカずに朝まで悶々と過ごした。
結局、2時間ほどしか眠ることは出来なかったが、翌朝、俺の頭は冴えていた。タクシーで待ち合わせのホテルに向かい、30分前にラウンジに着いた。着いたら連絡をするようにと言われていたが、早く着きすぎたため、待っていようと思いコーヒーを頼むと、声を掛けられた。
「城宮さんですね。どうも、はじめまして。黒鉄と申します。」
振り返るとそこに立っていたのは、爽やかな印象の男だった。年の頃は、俺よりも下だろうか。名刺の名前の印象からどぎつい感じの中年男性を想像していたのだが、予想とずいぶん違っていた。スーツは見るからに上等なものを着てはいるが、佇まいもけれんのないもので、やや拍子抜けするほどであった。俺はこれでも、数百億という金を動かし、海千山千の資産家達と渡り合い、数々の修羅場を潜り抜けてきたビジネスパーソンという自負もある。こんな若造に恐縮する必要もない。軽く顎を引いて会釈すると、相手の差し出してきた手を握り返した。
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「それじゃ、部屋に行きましょう。」
いくらなんでもハーレムの話をこのホテルのラウンジでするわけがないと思っていたので、部屋に移動するということは想定内だった。俺は軽く頷くと、黒鉄の後に着いて行く。エレベーターに乗り込むと黒鉄は最上階のボタンを押す。そして、案内された部屋はプレジデンシャルスイート。俺とて、このクラスの部屋の値段がいくらか知らないわけてばない、おそらく一泊100万は下らない。打ち合わせでこんな部屋を使うとは…このホテル料金は誰が出すのかというこが気にならなかったと言えば嘘になるだろう。
だだっ広いリビングルームのソファに座る。外の景色が気になるが、黒鉄の部屋に対する無関心な態度を見ていると、此方も慣れた様子を見せねばなるまい。俺はハーレムの主になる男。舐められるわけにはいかないのだ。黒鉄は「飲み物はどうしますか。シャンパンでも頼みますか」と聞いてきたが、俺は「いや、アルコールはよしておきましょう。コーヒーを頂けますか」と、落ち着いた態度を見せ付けながら、脚を組む。
俺の回答に、黒鉄は笑顔で頷き、自ら部屋の中のキッチンでコーヒーの準備をしに行った。悔しいが、なかなかいい男だ。もう少し派手な格好をすればホストでも出来るのではないかと、黒鉄の洗練された立ち居振る舞いを見て思ったりもした。
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互いのコーヒーが用意され、黒鉄が席に着くと、黒鉄が切り出した。
「打ち合わせを始めましょう。まず、貴方様は事前審査に通りました。私どもは全力で貴方様のハーレムを作るお手伝いをさせて頂きます。そのために、まず最初に1億円頂きます」
さすがに無表情ではいられず、眉を顰めずにはいられなかった。しかし、俺は口を挟まず、黒鉄は話を続けた。
「この費用は、ハーレムを作るにあたっての、私どもが頂く報酬となります」
「この前振り込んだ1億円とは、別にということですね」
「はい。あのお金は預かり金ですから。私どもも手は付けません。ただ、お返しもしませんが」
黒鉄はにっこりと笑う。そうすると、結局預かり金と言いながら、この1億円も相手の手元に入ることになる。しかし、こんなことをいちいち気にしてはいけないと俺は思っていた。ハーレムを作るのであれば、1億円くらいどぶに捨てるくらいの度量の広さがなければハーレムの主として相応しくない、おそらく黒鉄もそう考えているのだろう。
「貴方様は……」
「私のことは名字で呼んで頂いて構いませんよ」
「いえ。私は貴方様のハーレムでいうところの奴隷長です。もう少し現代的に言えば執事長とでも言いますか。後で、確認しようと思っておりましたが、貴方様のことを何とお呼びすればよろしいでしょうか。バリエーションとしては、ご主人様や旦那様、上様や主様なんて呼ばせる方もいらっしゃいますが」
「……例えば、名字に様付けで呼んでもらうことは出来ないんですか」
「出来かねます。名前はというのは尊いものですから。畏れ多いことです」
黒鉄の口調からはそんな風に俺のことを思っているとは思えないのだが、ルールには従わねばなるまい。
「後で変えてもいいのかな」
「もちろん」
「じゃあ、ご主人様にしておこう」
「わかりました。ご主人様」
男に言われても煩わしいだけなのだが。俺は「話を先に進めてくれ」と言って促した。
「ご主人様は、何人規模のハーレムをご所望ですか」
「10人くらいかな」
「ハーレムに掛けられる年間のご予算はどのくらいですか」
「……3000万から4000万くらいを考えている」
「その予算ですと2人…マックスでも3人が限界ですね」
黒鉄はさらりと言ってのけた。俺はさすがに愕然とした。年収の2割以上を出してその程度だなんて。こんだけの金をかければ、自力でも10人希望のハーレムを作れるのではないかとも思った。俺は「マジでそんなかかるのかよー」という心の中の叫びを抑え、「ホントですか」と情けない声を出してしまった。
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「ハーレムを運営するにあたってかかる費用はとにかく人件費です。どんなに安くても1人の姫につき最低年間1000万円、果てはきりがありませんね」
「そんなに……」
「私どもが提供する姫……姫というのは、ハーレムの住人たる女性のことですが、そんじゃそこらの愛人や風俗嬢とは違います。そのことは姉河原様のハーレムに行かれたのであれば分かりますよね」
姉河原さんのことは名前で呼んでもいいのかよ、と思いつつも、俺は納得していた。あの日の体験は俺にとって衝撃的という言葉では足りないものだった。客である自分に対してでさえあそこまで身も心も尽くすのがハーレムの姫ということであれば、主である場合にはどれだけ尽くしてくれるのか。1000万であっても、1年365日で割れば、1日3万円もしないのだから、そう考えれば安いとすら思えてきた。予算については自分の収入のほとんどをつぎ込むくらいに考えなおさざるを得ないだろう。仕事は軌道に乗っているし、もっと頑張れば、収入の上昇も十分想定できるのだから、そう考えれば1億以上をハーレムの費用としても問題あるまい。
「それから、ハーレムの規模によって私どもへお支払して頂く管理・維持費が最低でも年間1200万円ほど。それと施設費ですが、ご主人様はどこでハーレムを運営するつもりですか?」
「それは、ちょうど相談しようと思っていたところなんだけど…」
「基本的に一般の賃貸物件でのハーレム運営は禁止させて頂いております。トラブルの可能性がありますから。ハーレムの場所については、ご自身所有の不動産にするか、私どもの所有物件を借りていただく、若しくは私どもが所有する不動産を購入して頂くという方法もあります」
「黒鉄さんから借りる場合の家賃はどのくらいですか?」
「ハーレムの規模にもよりますが、最低でも100万円はかかります」
「……高いな」
「それはもちろんハーレム仕様に改築・リフォームがなされておりますから。それに、私どもの所有物件ならではの特徴もあります……」
「それはどんなの?」
「例えば、一番の売りは、各室内に隠しカメラが仕込んでおりまして、姫達が自分の部屋で1人の時に何をしているか分かるということですね。ハーレムにおいて、姫は主の所有物ですから姫達にプライバシーは与えられないのです。隠しカメラのことは姫達には秘密にしております」
「……なるほど」
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それからしばらくハーレムの場所となる物件の話しになった。ハーレムの場所は、ハーレムの人数と密接に関連する。黒鉄の話では、基本的に姫1人につき1部屋与えるのがデフォルトらしい。そうすると、10人の姫達のハーレムを作るのであれば、それなりの広さの屋敷が必要となる。俺は浅はかにもその点まで考えていなかった。黒鉄はタブレットで様々な不動産を俺に見せて紹介した。説明は的確で、間違いなく不動産販売の営業マンとしても成功するに違いない。一時間程、あーでもないこうでもない、という話をして、ようやく物件の目処はついた。
「このマンションは元々私ども所有のもので、5階建、1フロア専有ですね。広さは約300平米で6LDK。1階は共用スペースとなっていて、今は3階が空いています。他のフロアは別のハーレムの主様が借りています。賃料は200万円となっております。もちろん、各部屋の隠しカメラも完備ですし、バスルームもこのように最大4人まで同時に入れるバスタブ、洗い場もソーププレイが可能なようにかなり広くとっております」
俺が今住んでいる部屋の家賃は50万。今の家賃と比べればかなり出費は増える。しかし、ハーレムの構成員は5人……せめて4人にはしたいことを考えるとこのくらいの広さの部屋は必要になる。それに他のフロアにもハーレム所有者がいるのなら、何かと情報交換も出来て便利かもしれない。俺はこの部屋にすることに決めた。
「早速、部屋押さえておきます。この物件は人気なので、早くしないと他の主様に取られてしまうかもしれませんから」
「…もしかして、黒鉄さん意外にもハーレムプランナーっているの?」
「もちろんいますよ」
黒鉄の背後に大きな組織があるように何となく感じてはいたが、黒鉄もやはり大きな組織の一員に過ぎないということか。黒鉄は「私ども」というが、その主体は会社なのだろうか。しかし、そのことは事前審査の資料には一切書かれていなかった。そして、俺はいよいよハーレムに入れる姫を選抜するにあたり、この組織の力の巨大さを思い知ることになるのだった。