[再び、前話回想シーン続き]
イベント会場を出て、天宮さんとどこで話そうかと思っていると、赤いアウディが前の道路に停まっており、クラクションの音が鳴る。車の中も、静かなところと言えるか…と思えば、2人きりになれないのは残念と思いつつ、後ろから付いて来ている天宮さんに振り向いて問いかけた。
「お話ですけど、車の中でもいいですか?」
天宮さんは頷いたが、残念そうな表情を浮かべたように感じたのは俺の気のせいだろうか……。俺は車に乗り込むと、晶子に「適当に走ってくれ」と命じた。
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【天宮恵香視点】
赤いアウディの後部座席に城宮さんの後に続いて乗り込む。左ハンドルの運転席に座る晶子さんとは、優衣さんの送り迎えの際によく顔を合わせていて、それ以前からも一方的に知っていた。城宮さんとは、今まで、あまり話をしたことはないけど、優衣さんの『ご主人様』ということは、事務所から聞いている。ハーレムを運営する組織のことは、この業界に長くいれば、知らない者はいないだろう。最も確実かつ安全な枕営業の紹介元とも言われていて、古くから広く知られていた。
それでも、実際にハーレムオーナーと接する機会というのは、ほとんどなく、ましてや、こんな風に話すことはまれで、果たして失礼はないだろうかと、今更ながら不安になる。城宮さんは、今日は休みの日ということもあり、カジュアルな格好だけど、品が良く高級品であることが分かる服装に、引き締まった体型、若々しく精悍な顔つき……私が想像するハーレムオーナーとは程遠かった。
「あのぉ、すいません。お時間いただいてしまって……優衣さんのことで、少しお話しておいた方がいいかと思いまして……私の独断でお声をかけてしまいました。すいません」
「そんなに畏まらくてもいいですよ。優衣のことなら、私も気になりますからね。やっぱり、グループの解散のことですか?優衣から聞きました。もちろん、誰にも言いませんよ」
「いえ、そんな……。優衣さんが城宮さんにお話しするのは当然ですし、問題ありません。はい、解散のことなんですけど……優衣さんがかなり落ち込んでいるみたいで……、それでちょっと心配になっていて。事情は聞いてますか?」
「はい、何となくは。優衣が女優の仕事で忙しくなったのと、あと星羅さんも、ソロデビューの準備をしているとかで、グループ活動の時間が取れなくなったとか」
「そこまでご存じなんですね。それで、優衣さんは責任を感じてしまっているみたいで……本来は、グループを成功に導けなかった運営側の問題なんですけどね」
「ですよね。何で、優衣がそこまで責任感じちゃうのかなぁ。でも、そこまで落ち込んでいるようには見えなかったけど――」
「天宮さんの言う通り、優衣さんはこのところ落ち込んでいました。ご主人様の前では見せていなかったかもしれませんが…まだ若いのに責任感が強い子ですから、姫としての立場を忘れていないのだと思います」
晶子さんの言葉に、やっぱり、という思いを強くする。優衣さんは元々真面目な性格でグループへの想いも人一倍強かった。ただ、女優という夢も次第に大きくなっていたようで、組織に入るという決断も相当なものだったのだと思う……あの頃の私には出来なかった決断だ。
「――優衣さんは、最初、組織に入ったことは、他のみんなには伝えていなかったんです。でも、ドラマの仕事が入って、それで、みんなに話すことになって、その時に、なんで事前に教えてくれなかったのかということで責められて。その時点で優衣さんだけ孤立するような感じになってしまって。それからすぐ、星羅さんと歩美さんは組織に入ると言って、面接を受けました。……でも、採用されたのは星羅さんだけでした」
「組織の面接って落ちることあるのか」
「はい。よくあると思います…多分」
私は、正直その辺のことはよく知らない。優衣さんの時は、まずは優衣さんから事務所に相談があって、それで事務所から推薦したと聞いているが、その後のことは私は知らず、ドラマ出演が決まった時に、組織に入ったのだと知らされた。すると、晶子さんが、「よろしいですか」と運転席から問いかけた。なぜか、長台詞の予感がした。
「姫の多くは、スカウトかオーディションと呼ばれる面接で組織に入ります。スカウトというのは、文字通り、組織からのオファーで、それに応じた子が組織に入ります。ご主人様の姫達で言うと、さやかさん、夏美さん、加菜さんがそうです。スカウトの場合は、基本的には本人が希望する限りは不採用ということはありません。オーディションは、もちろん、組織が公に募集しているわけではありませんが、芸能事務所などから推薦があると、オーディションが行われます。私の時は、事務所から勧められてオーディションに行きました。優衣さんのように自ら事務所に申し出る子も多いみたいで、面接の場合の採用率は昔に比べて低くなっているみたいです。あと、力のあるハーレムオーナー様の場合は、組織に、この子をスカウトして欲しいと要望を出す場合もあるみたいです。かなりレアケースと思いますが」
「そう言えば、晶子はなんで組織に入ったのに売れなかったんだ?」
私は、城宮さんの言葉に、思わず、ぽかんとしてしまい、晶子さんが見たことのない苦笑いを浮かべていると、思わず、口を挟んでしまった。
「晶子さんはめちゃめちゃ売れてますよ。有名雑誌のモデルさんでしたし、今は、卒業してあまり表舞台には出てらっしゃらないですけど、インフルエンサーとして、SNSのフォロワー数とかすごいですし、確か、コスメのプロデュースとかもしてますよね」
「天宮さん、よくご存じなんですね」
「はい。晶子さんのアカウントは全部フォローしてますし、美容系の動画とかむっちゃ見てます」
「――そうなのか……」
晶子さんは普段はサングラスをしているので、最初は、まさか優衣さんの送り迎えをしている運転手があの『高遠晶子』とは気づかなかったが。気付いた時には、思わず「あっ」と声が出てしまった。私は、ガチファンとして、城宮さんに晶子さんのことをもっと説明したくなってしまったが、話が逸れてしまったことに気付いた。
「それは、晶子さんなら当然採用されますよ。――星羅さんは、面接の後、すぐに組織から連絡があって、今日も組織の方にお呼ばれてしますが、歩美さんの方は何の連絡もないみたいで――それでちょっと拗ねてしまっているというか……」
同時期にグループの2人が採用されて、1人だけ採用されなかったとすれば、それはショックだし、屈辱感を覚えても仕方ない。歩美さんのことを思うと、自分のことのように苦しくなる。私も、オーデイションに参加したとして採用されなかったとすれば、その悔しさは図り知れないだろう。
「咲希さんは、優衣さんと同い年で元々すごく仲良かったから、相談されなかったのがショックだったみたいで、ほとんど無視するようになって。もうすっかり大学受験に気持ちが行ってるみたいで。秋良さんは前からマイペースでしたが、それに拍車が掛かっちゃって、今では誰とも話さなくなって一人の世界に閉じこもるというか……。元々はアイドルグループにしては珍しいくらいに仲のいいグループだったから、優衣さんはみんながこんな風になってしまったのは、自分の責任と思い詰めてしまって……」
私は、城宮さんを見詰めて話しているうちに、次第に優衣さんのことなんてどうでもよくなってきていることに気付いた。熱っぽく話しているのは、優衣さんを思ってではなく、目の前の城宮さんに欲情してしまっているからだ。ここ数年、彼氏はおらず、時々、マッチングアプリで知り合った男性と一晩限りの関係を持つことはあっても、最近は、忙しく、半年くらいご無沙汰だった。ついさっき控室で城宮さんが優衣さんと抱き合ってキスしていた様子を思い浮かべると、優衣さんへの嫉妬心さえ生まれていた。――そんな私の思いを断ち切るように、城宮さんが口を開いた。
「わかりました。貴重なお話ありがとう。ちょうど一回りしてイベント会場に戻ってきたので、ここでいいですか?優衣のことは気に留めておきますので。今後とも、何卒、よろしくお願いします」
その言葉と共に、車は、ちょうど乗り込んだ場所と同じところに停まった。お門違いと思いながらも、運転していた晶子さんを恨めしく思いながら、車を降りた。――今からでも、事務所に相談すれば、オーデイションって受けられるのだろうか、とふと思った。
[回想シーン終わり]
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[金曜日の続き]
自宅に着いたのは、23時を過ぎた頃だった。迎えてくれたのは、さやかと夏美。優衣が出迎えてくれないのを少しだけ残念に思いながらも明日の仕事が早いことからすれば仕方ないと思い、ダイニングテーブルの席に座る。さやかからお腹の具合を聞かれれば、昼間、寿司を食べてから何も食べておらず、腹ペコと伝えれば、すぐに出来たてのような料理が何皿も並ぶ。はぁー、何て幸せなんだろうか。俺はハーレムの素晴らしさを噛みしめる。
遅い夕食をよく噛んで食べ終え、食後のお茶を飲んでいると、夏美は俺にキスしてから、部屋に下がる。残ったのはさやか。俺がさやかのいつも裸エプロンに見える姿に欲望の視線を向けると、笑みを浮かべて俺に言った。
「優衣さんが夜伽お待ちしております。もし寝てしまっていたら起こしてほしいと言ってましたが、どうされますか?」
俺は、にんまりと頬が緩みスケベな笑みを浮かべると、すぐに欲望の対象がさやかから優衣へと移る。現金なものだ。お茶を残して、バスルームに向かうと手早くシャワーを済ませ、バスタオルを腰に巻いたまま、優衣の部屋に行く。ノックをしようとした手を止めて、そっとドアを開けると、優衣はベッドで寝息を立てている。電気を点けぬまま、そーっと近づいて、ベッドサイドの明かりを点ける。しばらく見飽きることのない寝顔を見ていると、明かりと俺の気配に気づいたのか、優衣が目を覚ます。
「んんんっ…ふぁぁ、おかえりなしゃぃ…ご主人さまぁ」
目を擦りながら俺を見上げる優衣に「ただいま」と囁き、ベッドに上がり、優衣の隣に寝そべる。視線は絡ませたまま、優衣の髪を、頬を、顎を撫で続け、優衣がまどろみから覚醒してくれば、「夜伽を頼む」と告げた。優衣が笑みを浮かべ言葉を発するのを待たず、俺たちの夜は口づけから始まる。
――ちょうど日付が変わり、金曜日が終わった。