【水上塔子視点】
都内近郊のコテージのテラスで美味しいお肉を食べながら、氷が溶けて薄くなったレモンサワーを飲む。なぜ、たまのお休みの日に私がこんなところにいるのかと言えば、私の担当である鏑木先生からのお誘いがあったからだ。
私は、大手出版社に入社して4年目の新人編集者。昨年から鏑木先生の担当…と言っても、鏑木先生くらいの大物になると、担当は連載担当、書下ろし担当、メディアミックス担当、広報担当等複数いて、私は担当責任者の部長のサポートが主な仕事だった。鏑木作品は全作品読んでいて、担当になるのは入社前からの夢だった。鏑木先生はとてもフランクな方で、それでいて、ハラスメントには敏感で、その言動で嫌な思いはしたことがない(ただ、残業についての考え方はあまりアップデートされているとは言えないけど)。時折、他の担当を交えて、お食事に連れて行ってもらったり、ご自宅に招待されて、奥様の手料理を振舞われたこともある。一昨年までの漫画家の担当の時からしたら、仕事以外の役得は計り知れず、同期入社の仲間からも羨ましがられた。
『組織』や『姫』という言葉を聞くようになったのは、担当になってから半年くらいしてからだろうか。他の担当の方に聞くと、皆一様に言葉少なながら、概要はざっくりと知ることができた。姫というのは、要は愛人みたいなものらしく、このことについては、担当は、見ざる、言わざる、聞かざるを徹底するようにと、部長から直々に言われた。幻滅が全くなかったかと言えば嘘になる。結婚前は遊んでいたみたいな話は聞いたことがあったけど、今は奥様とお子様を大事にされる家庭人というイメージがあったからだ。いや、よくよく知れば、鏑木先生が奥様とお子様は大事にされていることに間違いはなく、『ハーレム』は家庭とは全く別ものということらしい。それにしても、大女優が奥様で、人気女優に美人ゴルファー、配信者を姫(という愛人)にしてるって――鏑木臣人、恐るべし。
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日が暮れてほとんど人がいなくなったテラス席で私がまだ肉を食べているのは、私が人一倍食い意地が張っているわけではない。この日は、現地集合ということで、15時にこのコテージにやって来た。コテージには、コテージのスタッフのほか、阪本エルザプロのチームスタッフや、鏑木先生の個人的なスタッフ、他社の編集者なんかも来ていて、下っ端の私はバーベキューの準備を手伝った。ひらりんの実物を初めて見たり、後からやって来たハーレムオーナーは高遠晶子を連れてきて、私含めて、周りの人も色めき立ったのは言うまでもない。細っ、背高っ、顔ちいさっ、胸おっき。一緒に来た男は、人を寄せ付けないオーラを出していて、気難しそうな顔をしていたが、鏑木先生に挨拶する時は急に態度が変わってヘラヘラしてたのは面白かった。
その後、私は会社から連絡があり、急遽、リモート会議をすることになってしまい、空いてる部屋をお借りして会議に参加した。会議を終えて、テラスに戻ってきたころには、日は暮れ、来ていた人の半分は帰り、半分はリビングで飲んでいるような状況で、まだ全然食べていなかった私は、コテージのスタッフにお願いして、肉を焼いてもらっていたのだった。――そこにやって来たのが、バーベキューの準備の時に少しだけ挨拶をした葉月さんだった。
「えっ!?葉月さんって姫なの?」
「うん。厳密には、フリーだから遊女(あそびめ)だけどね」
「アソビメ?……それじゃ、もしかして、鏑木先生と……?」
葉月さんは、服もさっきまでの服とは違っていて、メイクも直されている。そして、テラスにもリビングにも、鏑木先生ともう一人のオーナー、阪本プロに花村プロもいない。葉月さんだけ、先に戻って来たのかと思って聞いてみた。
「ううん、私は今日はゲストのお相手だから」
そう言うと、コテージスタッフにハイボールを頼んだので、私も同じものを頼んだ。
「ゲストって…」
「芦田様。明日早いからもう寝るって仰られたので、また食べに来ちゃった。はぁーさっきも結構食べたけど、この後シゴトって思うと、あんまり食べた気しなくて。私もお肉貰っていい?」
「もちろん、どうぞどうぞ。あっ、追加のお肉ももらってきますね」
私は、バーベキューコンロに小走りに向かう。組織の姫と呼ばれる人とは今まで話したことはない。組織や姫のことについても、先輩の編集者に聞いても、決まって、みんな両手で目を隠し、耳を隠し、口を隠すポーズをして教えてくれない。私も好奇心は人並みに…いや、人一倍ある。お肉を山盛りもらって、ついでサイドメニューのポテトやトマトのカプレーゼなんかも別のお皿に載せてもらって、葉月さんの席に戻った。
「あのぉ……この後は、もうオシゴトはないんですか?」
「うん。一晩のお相手は一人って決まってるから。いただきまーす」
葉月さんは、お肉を小さな口でちょこっとずつ食べ、私は大きな口を開けて、一口で食べる。美味しいお肉、食べ過ぎは良くないけど、今日はチートデイということにしておこう。
「葉月さんは、ハーレムには入ってないんですか?こんなこと聞いていいのかわからないですけど……」
「ん?別にいいんじゃない。私は入ってないよ」
「そうなんですね。……ごめんなさい、私何にも知らなくて。鏑木先生の担当になってから、『組織』とか『姫』とかって言葉を初めて聞いて、鏑木先生が女の人を囲ってる?みたいなのすごく驚いてしまって――男の人がそうゆう欲求あるのはわかりますけど……」
「今のご時世じゃない。えっと……」
「あっ、ミカミです。水上塔子」
「ごめんごめん、さっき会ったとき聞いたよね。編集者さん。ほら、今こうゆうご時世でしょ、水上さんが勤める出版社とか、今すごいじゃん、スキャンダルあるとわーっと叩いて。その点、組織って、そうゆうのないから」
「ないから……って言いますと」
「私もよく知らないけど、何かキョウテイ?みたいのあるみたいで、絶対に組織や姫のことはマスコミには出ないみたいなんだよね。もしバラしたら消される?みたいな」
葉月さんは、急に小声になって、その声は迫真性があって私はゾッとしてしまった。
「それに私たちも、組織に入ってれば身の回りとかプライバシーとか守られて安全だし、金払いもいいしね。ウィンウィンってわけ」
葉月さんは、空いたグラスを掲げて、お代わりを頼む。お肉はあまり減ってなくて、食べに来たというよりも、飲みに来たようだ。
「そうなんですね。葉月さんはハーレムには入らないんですか?」
「なんか色々聞いてくるね。記者ダマシイみたいな?取材して記事にでもする?」
葉月さんは笑みを浮かべて私の顔を覗き込む。私は同性なのにドキドキしてしまい、両手を突き出し振って否定する。やっぱり美人さんだ。でも、バーベキューの時は、そんなことは鼻にもかけずお手伝いをしたり、コミュニケーション力も高くて、スタッフさん達にもすごく愛想よくて、男の人はみんな鼻の下を伸ばしてた。その時と比べると話し方がラフになっているのは私が同性だからか、仕事を終えてリラックスしてるのか、それともお酒のせいかもしれないけど。長い説明を聞ける気がした。
「いえいえ、そんなんじゃないんですけど。私、フリーの姫って初めてお会いしたので。と言っても、これまで会ったことあるのは、鏑木先生の姫の方々だけですけど」
「そうなんだ。ハーレムの姫っていうのは、まず、リストに載る必要があって、このリストに載るのは強制じゃないんだよね」
葉月さんは私に顔を近づけたまま小声で話した。リスト?と思ったけど、口を挟まず、私は頷くだけで聞き役に徹した。
「私も前にハーレムに入ってたことあったんだけど、2年間でそのハーレムは解散になって。しばらくハーレムはいいかなって。他の姫との共同生活になるし、息苦しさみたいなのはなくはないから。今、1人暮らしだから余計そう思うのかもしれないけど。あとは、やっぱり、その時のご主人様のことが忘れられないっていうのもあるかも。だから、今はハーレムのリストには載せないでもらって、フリーなの。あっ、愛人は2人してるけど。これは固定収入になるから」
愛人?固定収入?
「でも、リストに載ったところで、ハーレムの姫になる確率はすごく低いんだけどね。1年間でハーレムオーナーになる人数と、リストに載る姫の人数がどれくらいいるから分かる?オーナーになる人数なんて――」
「静佳さん!おしゃべりも程ほどにね」
葉月さんの言葉を遮ったのは、テラスに入ってきた金剛さんだった。金剛さんとは、何度も顔を合わせているし、食事の席で一緒になったこともある。鏑木先生のハーレムにおける秘書のような存在だ。葉月さんは、急に素に戻ったようで、「はーい」と言って身を引いて背もたれに身を預けた。
「静佳さん、お帰りになるならタクシー呼びますけどどうしますか?お部屋はたくさんあるから泊っていくこともできますよ」
「うーん、どうしようかな。明日、おシゴトありそうなら残るけど」
「ご主人様は明日は早くからエルザさんの応援に行かれますし、城宮様はお帰りになると伺っていますので、お声がけはないかと」
「わかりましたー。それじゃ、タクシーお願いしまーす」
葉月さんは、また少しずつ肉を食べ始め、これ以上、この話を聞ける雰囲気はなかった。金剛さんは私の方を見て、見ざる、聞かざる、言わざるのポーズをした。私も「了解です」の意味を込めて、同じポーズを返した。
テラスからリビングに戻る金剛さんの背を視線で追っていると、その先に寝間着姿の2人が見えた。鏑木先生と城宮さんが戻ってきたようだ。
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俺と鏑木さんはバスローブだけ羽織ってベッドルームを出て、元いたコテージの大浴場に向かった。広さは、ビジネスホテルの大浴場くらいの広さがあって、浴槽は大きくなかなか気持ち良かった。日本に帰って来てから、知り合いと一緒に風呂に入ることなんてなかったが、裸の付き合いもなかなか悪くない。特に、一緒に4Pした相手ならば尚更だ。行為時の感想について下世話な話に花が咲く。決して人前ではできないような話をひとしきりしてから、鏑木さんは、唐突に話を変えた。
「そう言えば、城宮さんはファンドをやってるんでしたね。私はそういったものには疎くてね」
「はい。規模としては、まだまだ小規模ですが、今、3年目です。もしよろしければ、資料を今度送らせていただきますが、運用金額はどれくらいをお考えで……」
「いやいや、私は自分がいくら持っているかも知らないし興味がないんですよ。財産管理を任せている男がいるから、今度、そいつに資料送ってください。話を進めるよう伝えておくので」
「はい!わかりました!あざーっす」
富裕層や経営者が集まる団体というはたくさんあって、俺もいくつかそんな団体に入って、行きたくもない飲み会に参加して、必死に営業しているが、この組織が一番営業効率いいな。カズにカズの父親、リャンさんが出資者となり、さらに鏑木さん。こんな人たちとの人脈を作れるだけでも、ハーレムオーナーになる価値あったわ。――いや、今まで俺が払った金が会費だとしたら、さすがに高すぎるか。俺は、洗い場で頭を洗っていた鏑木さんに「背中流します」と言って、背中を洗った。鏑木さんはちょっと嫌そうな顔をしていた気もしなくもないが、何かの形で鏑木さんに感謝を伝えたかったのだ。
風呂から出て、コテージ備え付けの寝間着に着替えて、リビングに戻る。テラスにはほとんど人はおらず、リビングにいる人数も4Pに行く前よりもずいぶん減っていた。俺と鏑木さんに気付いた金剛さんに鏑木さんが飲みなおすと言うと、すでにリビングの隣の部屋に席が設けられていた。リビングよりは狭いその部屋は、応接セットが置かれていて、俺と鏑木さんは向かい合うソファに腰掛けた。金剛さんにお酒を頼むと、入れ替わりに、晶子とひらりんがやって来た。2人とも着替えていて、晶子はセクシーなネグリジェ、ひらりんは身体にぴったりとしたボディコンワンピという装いで、晶子は鏑木さんの隣、ひらりんは俺の隣に腰掛けた。
「「お帰りなさいませ」」
「あぁ、しっかり食べましたか?」
「はい。もうお腹いっぱいです」
鏑木さんが晶子に問いかけると、晶子は恥ずかしそうに笑う。ものすごく自然で、それでいてエロい。一方、ひらりんはと言えば、
「エルザちゃんとはどうでした?」
「えぇ……もちろん、良かったよ」
「エルザちゃん、激しいですよねぇ。まだウチとスル分の体力残ってますか?」
「あぁ、もちろん」
「ホントかなぁ?」
首を傾げて、俺の股間にタッチしてくる。なんだ、このノリ、いや、嫌いじゃないけど。俺はひらりんの身体をガン見してしまう。まずい、早くも興奮してきてる。ドアがノックされ、金剛さんが飲み物を持って入ってくる。そして、その後ろから部屋に入ってきたのは――葉月さんだ。
「鏑木様、城宮様。お邪魔してすいません。私は、お先に失礼させていただきます」
「あぁ、今日はありがとう。芦田プロは満足して頂けたかな」
「はい。明日もお早いということでしたので、私は下がってまいりました」
「そうか。ありがとう。金剛、静佳にチップ渡してくれ」
「いえ……組織からお手当てをいただきますので……」
「いやいや、こんなところまで来てくれたんだから遠慮しないで。また何かあったら頼むよ。よろしく」
葉月さんは深々お辞儀をして、部屋から出て行った。芦田プロと……?俺の怪訝な表情に気付いたのか、鏑木さんが、グラスを掲げ、みんなで乾杯してから、答えた。
「芦田プロにせっかく来ていただいたんだから、遊女を呼んでおいたんですよ。我々が楽しんでいるのに芦田プロだけ一人寝は悪いでしょ」
「アソビメ…?あぁ、そうなんですね」
フリーの姫のことかな?そこまでの気遣いをしてくれていたとは、と鏑木さんに改めて礼を言って、頭を下げる。芦田プロもしっかりやることはやったのか、と思えば、共犯者になったようで、にやけてしまう。今度感想を聞いてみるか。すると、また控え目なノックの音が聞こえ、ドアが開かれた。今度は、小柄な女性。誰だったか……?
「失礼します。お邪魔してすいません。先生、今日はごちそうさまでした。あのぉ、私はこの後どうしたら……」
「水上君。たくさん食べたか?部屋は余ってるから泊って行ってもいいし、帰るなら、金剛にタクシー呼ばせるから、遠慮なく言ってくれ」
水上君と呼ばれた女性は俺のことを興味深そうに見ている。そして、しばらく逡巡していると、「それじゃ帰ります」と言って、お辞儀をして出て行った。
「今の女性は…姫では…ないですよね?」
「違う違う。出版社の担当者だ。今日はせっかくバーベキューをやるから、何人か出版社の人間にも声かけたんですよ。日頃お世話になっているから慰労も兼ねてね――ただ、最近の若い人からすれば、休みの日にこんなところまで呼ばれるのは迷惑なのかもしれませんね。金剛ももう下がっていい。水上君のタクシーを呼んであげてくれ」
あれ、金剛さん、今、座ろうとしてなかった?が、金剛さんは鏑木さんの言葉で、歩を止めて、深々お辞儀して、部屋から出て行った。顔を上げた時の残念そうな表情を俺は見逃さなかった。生ビールをぐびぐびっと一気に半分飲み干してから、俺は、今日来た時から少し気になっていたことを口に出した。
「今日って、ずいぶん大勢人がいたと思うんですけど……鏑木さんは、ハーレムのことはお話されているんですか?」
「わざわざ説明まではしませんが、ある程度近しい人間には隠してません」
「そうなんですね。俺もどこまで話していいのか悪いのかわからなくて……」
「契約上の守秘義務はありますからね、言わないに越したことはないんですが、私の場合もう20年近くハーレムオーナーしてるので、自ずと知ってる人間は増えますね」
「なるほど……」
やはり、積極的に言うものではないんだな。確か、組織との契約書には守秘義務条項はしっかり入っていたことを思い出す。俺の場合は、仕事で一番身近なのは、山岸君だが、あの子に知られるのは弱味を握られることにもなるし、よしておいた方がよさそうだ。
――そして、鏑木さんと晶子は鏑木さんの作品の話で盛り上がり、俺はひらりから配信者業界の裏話なんかを聞いていた。晶子は鏑木さんの傍ににじり寄り、お互いの膝が当たっている。ひらりの手はさっきから、俺の膝の上に置かれ、胸の谷間を俺に見せつけてくる。酒も進み、性欲が高まってくる。あー、早くひらりを押し倒したい。そんな俺の様子に、ようやく気付いたのか、鏑木さんが晶子との話を中断して俺の方を見た。
「そろそろお開きとしますか。ひらり、城宮さんを寝室に案内してあげなさい」
「はぁい。城宮サマ、早く行きましょっ」
俺はひらりに手を取られて立ち上がる。晶子にアイコンタクトを送ってから、ひらりと手をつないで、部屋を出る。部屋を出た途端、ひらりは俺の腕にしがみ付いてきて、俺を見上げる。胸めっちゃ当たってるし、俺は堪らずキスをした。ひらりの胸を揉みしだき、尻を撫でる。俺はキスを終えると、複数の視線を感じた。――あっ、リビングにまだ人残ってたんだ。俺は視線を感じながら、ひらりに手を引かれて階段を駆け上がって行った。