私は、白石さんの話を聞いてから、一緒に研修を受けた2人と連絡先を交換するために、走って駐車場に向かった。1人はもう車が出てしまっていていたけど、もう1人の東南アジア系とのミックスの子は、ちょうど車に乗り込もうとしているところで、私は慌てて声を掛けた。
「ショウコ、また会えたらいいね、おしゃべりしようよ」
「はい。ありがとうございます」
私にも丁寧にお辞儀を返すショウコ。これは元々の性質だろうか。お互いのSNSのアカウントを交換し、手を振って別れた。控え目な子だけど、若くて可愛いし、人気が出そう。色々情報交換できたらなぁ――と思っていた私の目論見はあっけなく崩れ去った。
――ショウコはすぐにハーレムに招待されたのだった。
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私は、帰京してからは、一週間の空白期間を埋めるべく、寝る間も惜しんで配信者としての活動を再開していた。そして、研修から3日後、ショウコからのメッセージでショウコがハーレムに入ることを聞いた。もちろん、速攻電話して、根掘り葉掘り聞いたけど、やっぱり本人には直接聞けないこともある。私は、何か助言をもらえないかと、白石さんに電話した。
「白石さーん、ショウコってもうハーレム呼ばれたんですけど。すごくないですか?やっぱり若いから?」
「挨拶もなしに、いきなり質問ですか。思ったよりも早く連絡来たと思っていたら…」
「だって、他に聞ける人いないですもん。使えるものはなんでも使わないと」
「……リストに載る時期については、知ってますよね?」
もちろん、研修の最後の日に聞いたことはノートも取っているしよく覚えている。シングルスターの姫は、まず、ハーレムオーナーだけが見ることができるオーナーリストに名前が載る。ハーレムオーナーには、専用サイトに新しい姫がリストに載ると、その都度、新着通知が行くそうだ。それから1週間後、シルバーランク以上のメンバーが見ることができるメンバーリストに載るのだ。
「祥子さんは、まだ19歳と若く、何より、処女というところがオーナー様へのアピールポイントとなったのでしょう」
結局、そこか。男って処女が好きなのね。てゆうか、ショウコはあんなに可愛いのに、今まで処女って、周りの男達は一体なにしてたのよ、だらしない。
「やっぱ、経験人数は重要ですよね、私の18~19人って多いですか?」
「少なくはないですが、決して多くはないです。姫のリストには3桁超えもざらですし。それに組織に入ってからの期間が短いということは、アドバンテージになります」
「そっか……でも、いちお、私、ひらりんなんですけど、引きないんですかね……?」
「ハーレムオーナー様の平均年齢は、40代です。100万人超えの配信者と言っても、そこまで浸透していないのでしょう。ただ、メンバー様の平均年齢は、もう少しお若いので、おそらくすぐにお声がかかると思いますよ」
――それじゃ、ダメだ。小金持ちには今までだって会えた。タワマン所有者に外資系企業のエリート、上場会社の役員に有名芸能人、自営業のオヤジ。そんな男に会って、経験人数のカウントを増やしたくない。
「メンバーリストに載ったら……断れないんですよね」
「当然です。姫は組織の商品です。商品にお客様を選ぶ権利はありません」
「ですよね……」
それはそのはずだ。組織のメンバーにしてみれば、リストに載ってる姫を選んだのに、断られたりしたら、金を払っている意味がないと思うはずだ。私が考えをまとめようと黙っていると、先に声を発したのは、白石さんの方だった。
「ですが…掲載の一時停止という取り扱いはあります。もちろん、理由がなければ、ペナルティがありますが、正当な理由により、メンバー様のお相手をすることできない事情があれば、ペナルティはありません」
「えっ、都合って?」
「学業だったり、仕事だったり、体調だったり。組織が相当と認める事情です」
「私、配信者だし、仕事は結構忙しいんですけど――」
「それは正当な理由になりません。最初からわかっていたはずです」
「ですよねぇ…。……―ペナルティって?」
「クビです。あと、社会的制裁。後者については、詳細は教えられません」
怖っ。この組織って、時々、こうゆう怖いこと言うよね。やっぱ、こんだけ大規模に人身売買に近い売春あっせんしてて長年運営しているんだから、私みたいな小娘、潰すくらいの力はあるんだろう。――それでも私には決意と覚悟がある。お金に困ってるわけじゃないし、自分を安売りしてだらだら組織にいてもしょうがない。私の中の熱い部分と冷静な部分、両者が混ざり合い、最終的には、冷静な判断を下す。
「クビになるまでの期間はどれくらいですか?」
「――最大1ヶ月です」
「わかりました。それじゃあ、メンバーリストに載る最初の日から1ヶ月間、一時停止でお願いします。その間に、ハーレムに呼ばれなかったら…遊女としてメンバー様のお相手をさせていただきます」
「……がんばりなさい、ひらりさん。時々ですが、オーナー様が遊女の募集を組織に依頼することがあります。姫の条件の指定もありますが、通知があったら見逃さないようにね」
「もちろん。それに賭けてるんで」
電話を終えて、すぐに専用アプリを開く。――さて、何から始めようか。
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まずは、遊女募集のページを見る。組織は、オーナーやメンバーからの直接姫個人の指名だけでなく、複数人を依頼者からのオーダーに合わせて提供することもある。組織の一番の強みは、外に情報が漏れないこと。そのため、スポーツ選手や有名人等のスキャンダルに敏感な男性に一晩の相手として、姫が提供されるのだ。合コンというかヤリコンだ。それと、会社の性接待。日本社会は未だにこうゆうのあるのね。これらの募集でのお相手は、オーナーではないし、メンバーですらないことが多い。でも、こうゆう募集に応じることで、手当を貰えるだけでなく、組織の覚えもめでたくなるというから、私の目的を達成するためには、参加に意味がないわけではない。さてさて、どんな募集があるかな、と。
「〇月〇日 20時~ R本木 プロ野球選手 4人~ 誰でも可 募集停止」
「〇月〇日 15時~ G座 会社接待 2人 23歳以上、要審査 募集停止」
「〇月〇日 22時~ A布 俳優 3人~ 芸能人不可 募集停止」
「〇月〇日~〇月〇日 九州(詳細未定) オーナー様誕生会 20人~ 姫登録1年以上、ペナルティなし、要審査 募集中」
――全部募集停止やん。唯一、募集中のは多分、大規模スワップって奴?でも、登録1年以上だと、私にはそもそも応募資格がない。オワタ。詰んでる。とりあえず、新着通知は見逃さないようにするとして……次はどうしようか。
数秒考えて、一人の顔が思い浮かぶ。研修一緒だったもう1人の子。確か、アイドルになりたてみたいなこと言ってたような……名前は「のあ」。検索したら出てくるかも……。私は、スマホで「のあ アイドル」で検索すると――、「小野瀬乃亜」、いた!この顔!!あの子だ!!!えっ、〇〇グループなの?…大手やん。
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私は、乃亜のSNSアカウントにダメ元でメッセージを送った。――返事は……そんなすぐに来るわけないか。私は、天宮さんに電話する。組織に入れたら、すぐに事務所は辞めるつもりだったけど、まだ辞めるとは伝えていなかった。使えるものは使わなくては。
「あっ、もしもし、恵香さん。ウチだけど。今、大丈夫?急なんだけどさ、〇〇グループの子とコラボしたいんだけど、事務所からオファー出してもらえるかな?」
「えっ…出来なくはないけど、あのグループは配信者とのコラボはあまりしてないでしょ。ひらりさんの名前でも難しいと思うけど……」
「いいの、いいの。小野瀬乃亜ちゃんっていうんだけど、最近加入したばっかの子に事務所からオファー出してみて」
「新人の子?だったら、余計、配信者とコラボなんて難しいと思うけど……でもわかった。ひらりさんがそこまで言うなら、何か考えがあるんでしょ」
私は通話を切る。もちろん、コラボが目的ではない。私が連絡を取りたがっていることが伝われば、それでいい。乃亜も、もしかしたら、もうハーレム招待されてたりしてるかも。そしたら、私だけ取り残されてるって、そんなことあるか?――私は、その後、委託先から上がってきた編集後の動画をチェックしながらも、乃亜からの返事が来ないか、ずっと気もそぞろだった。
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――乃亜から返事が来たのは、2日後だった。SNSにメッセージが来て、私は、速攻返事を返して、通話していいか聞く。乃亜から肯定の返事が来た瞬間、通話した。
「乃亜ちゃん、返事ありがと。祥子、ハーレム入ったって聞いた?すごいよね、ウチもすぐ入れるとは思ってはなかったんだけど、ちょい焦っちゃってさ」
「私はそんな焦ってないよ。組織に入れば、それだけで事務所も後押しはしてくれるし」
「そっかそっか。冷静だね。メンバーリストには載せてる?」
「うん、仕事あるからあんまり日は入れられないけど、シルバーランク以上限定で」
「なるほどね…やっぱ愛人狙いか?」
「うん。愛人を1人でも作れれば、メンバーリストに載せなくて良くなるし」
「えっ、そうなんだっけ?」
私は、白石さんの話を一言一句逃さず聞いていたけど、そんな話は一言もなかった。んー、やっぱり情報収集しないとだわ。
「ねぇ、図々しいんだけど、乃亜ちゃんのセンパイの話とか聞けないかな。ウチ、組織の活動のこと聞ける人誰もいないからさ」
「ひらりんの事務所の子いないの?」
「いるかもだけど、接点ないし」
本音を言えば、弱小事務所の姫よりも、大手グループに所属してる姫の話を聞きたい。乃亜は少し考えている様子で、私は、返事を待った。
「……楓香さんって分かる?この前、研修でひらりんと一緒だったって言ってたら、ちょっと興味持ってたかも」
「雛田楓香!?もちろん、知ってるよ。むっちゃテレビ出てるんでしょ。私のこと知っててくれたんだ、ウレシイ」
「……ひらりん、私のこと知らなかったけどね。まだアンダーメンバーだから仕方ないけど」
「ゴメンゴメン、でも、楓香さんと会えるなら、絶対会いたい。お願い、セッティングして」
乃亜は、約束は出来ないよ、と言いながらも、聞いてみると言ってくれた。私は何度もお礼を言って通話は終わった。雛田楓香を改めて検索する。高学歴アイドルなんて言われてクイズ番組に出たり、写真集も出せばバカ売れ。グループの枠を超えて活躍していて、アイドルに疎い私でも名前くらいは知っていた。そっか、雛田楓香も組織に入ってたんだぁ。私は、天宮さんから振られた事務所の案件仕事の企画書の作成を再開しながら、乃亜からの返事をウキウキしながら待っていた。
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乃亜からの返事はその日のうちに来た。明日のお昼、場所は、楓香さんが住むハーレムオーナーのタワーマンション。ハーレムオーナーは不在とのことだが、もし、会えたりしたら、粗相があってはいけない。万が一の確率で、その場で、ハーレムに迎えてもらえるかもしれないし…まぁ、それはさすがにないかもだけど。翌日、私は、普段よりは大人しめのワンピースを選んで、メイクも抑えめにして、手土産のお菓子を持って、タワマンに向かった。
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私がタワマンのロビーで待っていると、待ち合わせ時間の10分前に、エレベーターから楓香さんが降りてきた。わぁ、やっぱり可愛い。清楚で知的な雰囲気、それでいてちょっと童顔で、知識を鼻にかけた感じはしない。オートロックのエントランスを抜けてくると、風佳さんはゆっくりとお辞儀した。
「はじめまして、雛田楓香です」
「はっ、ハジメマシテです。ひら…浜木ひらりです。今日はお時間作っていただきありがとうございます」
「ひらりんでしょ。動画とちょっと雰囲気違うね」
「ですです、あれ加工してるんで」
「そうじゃなくて、動画で見るよりかわいいよ、うん」
なんて嬉しいこと、自然に言ってくれるんだろ。同性でも好きになっちゃいそう。それにめっちゃフレンドリーで話しやすい。そんな言葉を交わしているうちに、乃亜もエントランスからロビーに入ってきて、私達に気付くと、小走りで駆け寄る。
「すいません、楓香さん。お待たせしちゃって」
「5分前だからまだいいけど、こうゆう時は早めに来ないとね。ひらりんは私より先に着いてたよ。どんな時も10分前には着いてないとね」
「ホント、すいませんでした」
「そこまで謝らなくていいよ。タクシーって意外と時間読めないから気を付けた方がいいから。電車の方が確実なこともあるってことも覚えておいてね。じゃあ、行きましょう」
楓香さんの優しい笑顔で、恐縮していた乃亜の表情にも笑みが浮かぶ。テレビでの好感度高いみたいだけど、普段も全然変わらない感じなんだなぁ。私は、乃亜にもお礼を言って、言葉を交わす。楓香さんを先頭にエントランスを抜けて、エレベーターに乗り込み、中層階で降りた。中層階と言っても10階以上なんだけど。
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室内に入ると、広くて日当たりのいいリビングに通されて、楓香さんが自らハーブティーを淹れてくれた。上品な香り…わからんけど。ソーサーを持って、ハーブティーを飲む楓香さんはすごく様になっている。乃亜も真似して同じように飲んでいて…うん、元が可愛いからぎこちなさも含めてよく似合ってる。
「えっと、楓香さんは、今のオーナー様のハーレムに入ったのはいつ頃なんですか?」
「半年…5ヶ月前かな。ご主人様の奥様の出産が近くなって、姫のお一人がご主人様のご実家にお手伝いに行かれることになって、ご主人様は姫を追加されようとお考えになって。それで、私が運よく選んでいただいたの」
人差し指を口元に宛てて考えながら話すのチョー可愛いんですけど。見惚れてしまう。初対面なのにこんなに話しやすい雰囲気作ってくれるのはマジですごい。乃亜を見れば、直の後輩だし、なかなか質問できなさそうだから、完全に私に質問を委ねてる。まぁその方がやりやすいし、私は質問を続ける。
「楓香さんが、組織に入ったのはいつですか?」
「大学3年になったばかりの頃だったから…1年半くらい前だね」
「えー、じゃあ楓香さんも1年くらいはハーレムに招待されなかったんですか?オーナーリストに載せてなかったとか?」
「ううん、最初から載せてたけど、なかなか呼ばれなかったなー。1回だけ、新規オーナー様の面接はしていただいたことはあったんだけど、選ばれなくて。うまく自分を出せなかったのが良くなかったのかな」
「その間は…遊女として活動してたんですよね?」
「うん、やっぱりせっかく組織に入れて頂いたんだし、貢献したいじゃない。だから、それなりには活動してたよ。アイドルの仕事も忙しくなってきてたから、そこまでたくさんは出来なかったけど」
「組織に入ると、やっぱりお仕事増えますか?」
初めて、乃亜が質問をした。そりゃあ、そこが一番気になるよね。私の場合は組織が配信活動になにか影響与えられないって思ってるから1ミリも期待してないけど。楓香さんは、真剣な表情で乃亜の方に向き直る。
「組織に過度に期待してはダメ。私たちのグループはファンあってのこそだから、組織が推してくれても、ファンの支持がなかったら、むしろ、反発されるだけ」
「……そうなんですか?」
「結局は自分が頑張らないと何も変わらないから。組織に入ったおかげで打席に立つチャンスは増えたかもしれないけど、そこで結果出すのは自分次第よ。グループ抜けるなら別だけど、グループの中でしっかり結果を出したいなら本業を疎かにしたら絶対にダメだよ」
シュンとする乃亜。確かになぁ、露骨に運営が推してる子って案外アンチも多かったりするしね。だったら、さっさとグループ卒業して、ソロで頑張った方がいいような気もするけど。楓香さんは、落ち込む乃亜の肩に手を置いて、優しい表情で語りかける。
「今の話ね、私も組織に入った時に、〇〇さんから言われたの。全く同じこと。だから乃亜はあの頃の私と同じ。乃亜もいつか後輩に同じ話してあげてね」
うわぁぁぁ、レジェンドメンバーの名前出たぁぁぁ。そっか、あの子も組織に入ってたんだぁ。なんだかんだ、組織の力、やっぱすごいんじゃないの?楓香さんと乃亜がなんかいい雰囲気になっていると、遠くで玄関のドアが開く音がした。楓香さんはパッと立ち上がり、スリッパをパタパタと鳴らして、玄関に向かう。私は乃亜と顔を見合わせて、しばらく待っていると、楓香さんと男性の声が徐々に近づいてきて、リビングのドアが開く――。眼鏡を掛けた男性がまずは入って来て、後から楓香さん。楓香さんは目で何か合図をしているけど……この方がご主人様ってこと?私はもう一度、乃亜と目を合わせて軽く頷くと、同時に立ち上がり、男性から少しは離れたところで、正座の姿勢で三つ指ついて頭を深々下げる。えっと、私達から口開いちゃいけない……んだよね?
「ご主人様。今朝お話した二人です。ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろん。いいよ」
頭の上で2人の声が聞こえる。数瞬後、まずは、乃亜が口を開いた。
「小野瀬乃亜と言います。今日はお邪魔しております。お目にかかれて光栄に存じます」
声ちいさっ。でも、乃亜が先陣を切ってくれたおかげて、私も話しやすくなった。小さく一息ついてから、お辞儀をしたまま少しだけ顔を上げて、挨拶する。
「お初にお目にかかります。浜木ひらりです。楓香さんにお招きいただき、お邪魔しております。よろしくお願いいたします」
「いいよ、そんなに畏まらないで。リラックスしてもらっていいから。顔上げて。」
ゆっくり顔を上げると、眼鏡の男性は笑顔でこちらを見ている。ちょっと冷たそうな感じに見えたけど、笑ってくれると優しそう。楓香さんも、私達には見せていなかった、恋する女の子の顔で見ていた。
「権藤世之介です。一応、大学の准教授をしてて、風佳のハーレムのオーナーでもある、のか。ゆっくりしてってね」
――ゴンドウヨノスケ…?なんか、いかつい名前。あれっ、どこかで聞いたことあるような……。