第42話 衣川という男~その1
離婚手続きが終わった。結婚生活は3年、子供はいない。結婚してから楽しかった期間は1年間もなかった。金食い虫の妻、俺と結婚した直後から愛情なんて一切なかったはずなのに、向こうから離婚を切り出すことは期待できなかった。しかも、俺の浮気はとっくにバレていて、証拠も握られている。離婚問題を長期化させたくない、俺は何人かの弁護士に相談し、その中から山城という弁護士に依頼することにした。東京の弁護士で俺より、少し年上でバツ2、人当たりが良く腰も低く、地元の偉そうなベテラン弁護士や優秀さを鼻にかける若い弁護士たちとは違っていた。彼はとてもよく話を聞いてくれて、依頼するとまだ決めていないのに、俺の住んでいるS県にまで来てくれただけでなく、終いには飲みに行って愚痴まで聞いてくれた。そして、俺は山城弁護士に依頼することにした。打ち合わせを重ね、綿密な計画を立て、交渉を開始した。――それから1ヶ月後、離婚が成立した。
「ありがとうございました。なんかあっさり終わってしまって、少し拍子抜けです」
「いえいえ、衣川社長が私の方針に従ってくれたおかけです」
「えぇ…最初にお話を聞いた時は、正直、いかがなものかと思ったんですが、終わってみれば…、これでよかったんだと思います」
俺は、地元で二代続く不動産会社を経営している二代目社長だ。結婚生活は短いとはいえ、強欲な妻からは相当の金を要求されることが予想された。山城弁護士の方針は、相手の要求をすべて呑む、それどころかそれ以上の金を相手に支払うことだった。
「社長、貴方は奥様と結婚した時点で既に失敗していたんです。大失敗です。あとは、どう損切りするか。最優先すべきは一刻も早く損切りすることです。そのための費用をケチってはいけません。厄払いと思って、法外な金を払ってやりましょう」
他の弁護士に相談した時に聞いた俺が支払う適正金額の2倍以上の金だけでなくマンション、さらには、今後10年間生活費を支払い続けるという条件で、俺は離婚に成功した。弁護士費用は決して安くはなかったが、期待通りの仕事はしてくれたと思う。
「山城先生、離婚は成立しましたし、そろそろ教えてくれませんか。いいこと教えてくれるって言ってましたよね」
「覚えてたんですか……社長は、今後結婚するおつもりはありますか?」
「いや、もう懲り懲りです」
「女遊びは?」
「うーん…遊びたいとは思いますが、なかなか相手を見つけるのがね……」
俺は学生時代も社会人になってからもほとんど遊んでこなかった。女遊びが始まったのは、親父が死んだ6年前からだ。合コンに水商売、マッチングアプリ、会社の子にも手を出した。愛人クラブにもいくつか入ったし、怪しげなパーティーに参加したこともある。元妻とは合コンで知り合い、結婚してからは、しばらく遊びを止めていた時もあったが、長くは続かなかった。元妻はそんな俺に愛想をつかしたという見方も出来るだろう。離婚して自由の身になったが、純粋に遊び目的で女を探すのはなかなか面倒だった。愛情を求められてもうっとおしいし、金を求められるのはいいけど過度に求められるのは困る。かと言って、何の気持ちもなくオシゴトセックスは楽しくないから風俗は味気ない。そんな不満を山城弁護士に話したことがあり、その時に言われたのだった。――離婚したら、いいこと教えてあげますよ、と。
山城弁護士は、スマホを俺に見せてきた。美人との2ショット。楽しそうに食事してる写真や、自然豊かなところで記念撮影している写真、頬を寄せ合う写真まであった。
「もっと過激な写真や動画もあるんですけどね…今日のところはここまでにしておきましょう」
「美人ですね、カノジョですか?」
「愛人です」
「アイジンですか…山城先生は独身ですよね」
「えぇ、でも彼女ではありません。金払ってますから、それもべらぼうな金を払ってます」
「なるほど…」
「ちなみに、愛人はこの子だけですが、一晩でいいなら、選り取り見取り、遊び放題です」
「愛人クラブ…みたいなところですか?」
「えぇ、でも姫の質はレベルが違います。外見だけじゃありませんよ、性格や男への接し方も含めてです。その分、金はかかりますけどね」
「それはいくらくらいですか?」
「私から言うのはよしておきましょう。金額を聞いただけで、その先を聞く気がなくなりますから」
「そんなに…ですか?」
山城弁護士は、名刺を取り出して、俺に差し出してきた。
「カスタマーサポート 灰原徳斗」
その名刺の上部には「ハーレムは男のロマン」と印字されていた。
「興味があったら、そこに電話してみてください。私の紹介と伝えれば、話が通じるようにしておきます」
++++++++++++++++++
それから、しばらく名刺のことは忘れていた。金を払わなくても女くらい自分で何とかできる、バツイチは結婚前よりモテるらしいしな、などと思っていた。だが、そうでもなかった。まず、会社の女には手を出せない。合コン仲間も減り、誘いはない。マッチングアプリは、最近、怖い話を良く聞くので手を出しづらい。水商売の女はちやほやしてはくれるが、口説くのが面倒くさい。それで、結局、風俗に頼るしかないのだが、サービスが悪い。俺は出張先の東京のホテルの部屋で呼んだ女を帰した後、名刺のことを思いだした。山城弁護士は金がかかると言っていたが、俺はそれなりの金はあるし、今までだって、女遊びに金は使ってきた。俺は、明日、ここに電話しようと決心し、床に就いた。
~~~~~~~~
翌日、名刺の番号に電話し、話を聞きたいと告げた。早速、その日のうちに、話を聞けることになった。指定された住所は雑居ビルの貸会議室だった。待ち合わせ時間の10分前についてドアを開けると、中に若い男がいた。どう見ても20代、大学生と言われても驚かない。中性的な印象のイケメンだった。
「はじめまして。衣川さん。灰原です。よろしくお願いします」
「どうも、衣川です」
つい、こんな若造がと思い、思わず見下したくなるが、相手は俺より10cm以上背が高く、物理的には無理だった。俺は威厳を保とうと不機嫌な表情で椅子に座ると、灰原が申込書とボールペンを渡してくる。俺は渡された安っぽいボールペンは使わず、胸ポケットからモンブランのボールペンを取り出して、申込書見る。名前、住所、生年月日、家族構成…etc。年収、総資産を書くところで、ペンが止まる。横には(税引き後)とある。役員報酬が4000万円、それ以外にも個人所有の不動産の家賃収入等があるので、税引き後は3000万円ってところか。総資産は、金融資産だけで1億円以上あり、不動産も合わせれば、3億円近くあるから、3億円と書いた。俺はどうだ、と言わんばかりに、申込書を灰原に渡した。灰原は、書面を手に取ってさっと視線を走らせる。
「ありがとうございます。それでは、料金のご説明からさせていただいてもよろしいでしょうか」
「あぁ、頼む」
「まず、入会金が500万円」
「――なるほど」
「それから、月会費が50万円。これはブロンズランクの月会費となりますが、シルバーランクは100万円、ゴールトランクは200万円となります」
「……」
「それから、預かり保証金として、入会時に1000万円をお支払いいただきます」
「――女性と遊ぶときは……」
「もちろん、別料金です。一晩20万円から100万円です」
俺は息を呑んだ。俺も以前会員制の愛人クラブに入ったことがあるが、桁が違う。一番低いランクで年間600万円だと。しかも、預かり保証金ってなんだ?山城弁護士はこの金を払っているということなのか。
「たかが、女遊びに…と思ってらっしゃるのではないですか?」
「――あぁ、正直なところ。山城先生の紹介じゃなかったら冗談と思ってただろう」
「確かに確かに。一般の方ならそうお思いでしょう」
「一般の方?」
灰原の言葉は、耳に心地よく、中性的な容姿も相まって女性と話しているような気分になる。俺は明らかに無愛想な態度を取っているのだが、灰原は俺のそんな態度を気にすることもなく、言葉を続ける。
「私どもの組織は、一般の方を相手にはしておりません。むしろ、入られたら困ります。ですので、あるレベル以上のエグゼクティブの方のみに入っていただくための金額を設定しております」
優越感をくすぐってくるな。俺はそんな誘いには乗らんぞと思い黙っていると、灰原はタブレットを取り出して、操作を始めた。
「どんな女性がいるのか、それが一番気になっていらっしゃることと思います。私どもの組織には、姫と呼ばれるメンバー様に提供する商品は500人ほどいます。ブロンズランクは、そのうちのごくごく一部、数人の中から選んで遊んでいただくことができます。選ぶことができる姫は日によって違います。また、一度遊んでいただいた姫は、選ぶことができるリストに載っていなくても遊んでいただくことができます。例えば、本日はこんな感じです」
灰原はタブレットを渡してくる。俺は落ち着いた風を装って受け取る。画面に映る女の数は8人。画面の端を見ると横向きの△のマーク、フリックすると、次の画面には5人。合計13人ってことか。500人いるうちの13人ってことはそれは確かに、ごくごく一部だ。画面に映っているのは…うん、確かに美人だが、だからと言って、あの金額は高すぎないか。俺は、最初の画面に映っていた女性の顔をタップすると、画面が変わり、全身写真とプロフィール、いくつかのマークが映し出される。
葉月静佳…24才157cmB84W61H89。派遣社員。リスト…×、愛人…〇(1人)、住居希望…〇、手当…希望なし
画像をクリックすると画面いっぱいに小さな画像が映り、タップすると拡大され、様々な角度、表情、服装で映っている。中には水着写真や下着写真まであって、つい見入ってしまう。それだけ見れば、グラビアモデルと言われても疑わず、それでいて素人っぽさもあって、親近感を覚える。俺はプロフ画面に戻り、灰原に質問する。
「派遣社員ってあるがそうゆうこと?」
「静佳はそうですね。普通のOLです」
「リスト…×っていうのは?」
「これは、ハーレムリストには載せていないってことです」
ハーレムリスト?いぶかしむ俺の表情に気付いたのか、灰原は笑みを浮かべる。俺は徐々に灰原の愛想の良さに絆されていた。
「私どもの組織はハーレムを提供するのが本業です。オーナー様に姫を提供するために姫を集めておりますが、全ての姫がハーレムに入れるわけではありません。ハーレムに入っていない姫はメンバー様に提供させていただいております」
ハーレム?俺の顔にははてなが浮かんでいるはずだ。灰原は、言葉を止めず流ちょうに話し続ける。
「ハーレムの話は長くなりますので、またいずれ。話を戻すと、静佳はハーレムに入ることを望んでいないということを意味しています」
「……まぁいいや、愛人…〇(1人)は、何?」
「愛人になることが可能で、かつ、現在、1人のメンバー様の愛人をしているということです。愛人についてもご説明しておきますね。愛人というのは、特定の姫と定期的に遊びたい場合のサービスです。会う頻度は姫と直接相談して頂くことになりますが、多くて週に1、2回です。金額は、月額で50~200万円ほどです。ただし、ブロンズクラスの場合、愛人とすることはできません」
ん?1回寝るのに20~100万だろ。毎週会えてその値段ということは、お得じゃないか。灰原は俺の気持ちに気付いたのか、破顔一笑して言葉を続ける。
「失礼ながらメンバー様から小銭を稼いでも仕方ないですから。ご心配なさらなくとも金は腐るほどに稼いでいます。繰り返しになりますが、一定の金額を設定しているのは、あるレベル以下の一般の方を排除するためです。それに、姫としても、一晩限りの見知らぬ相手よりも、継続的に会うメンバー様の方が精神的にも肉体的にも負担が少ないので、愛人の手当てはリーズナブルとなっております。と言いつつ、愛人希望はなく、一晩の関係のみを希望する姫もいますけどね」
「1人のメンバーの愛人をしているのにさらに愛人になれるのか。いや、それより、愛人をしているのに、今この遊ぶことの出来るリストに載っているというのどういうことなんだ」
俺は思わず、早口でまくし立てる。これに対し、灰原はうんうんと頷き、俺が言い終わり、少し待ってから話し始めた。
「まず、姫達は、一般的な意味での恋愛は禁止です。これは文字通りの意味で、この禁止を破ったら、クビにします。普段の生活から管理していますから、バレないことはあり得ません。その辺のアイドルよりもルールは厳しいです。私どもの組織がメンバー様にお約束できるのはそこまでです。メンバー様が姫を愛人にしたとしても、姫を拘束することはできませんので、姫は複数のメンバーの愛人になることができます。拘束したければ、それだけの金を支払うか、ハーレムオーナーになってハーレムに迎え入れるかです。当然のことながら、メンバー様も複数の愛人を持つことができます」
「ひとまず、わかった。じゃあ、この住居希望…〇、というのは?」
「住居希望をしている姫の場合は、姫のための住居を用意することができます。もちろん、姫が物件を確認して了解する必要がありますが」
「なるほど。〇ってことは、今の愛人になっているメンバーはこの姫に住居は用意していないってことか?」
「仰る通りです」
「あと、これは?手当…希望なし」
組織にこれだけ金を払うのに、さらに金がかかるのかよ、と思うが、希望なしということはかからないってこと?
「まず最初に断っておきますが、愛人の場合の費用は、組織に支払ってもらう金額のみです。ただ、食事代やホテル代等はすべてオーナー様の支出となります。手当というのは、姫が任意であることを前提に別途請求するものです。姫達は様々なバックグラウンドがあります。学生や夢を追ってる子もいます。メンバー様が姫に組織を通さずにお金を支払っていただくことは自由ですが、支払わないことも自由です。ただ、お強請りされた場合断りづらいこともあるかと思いますので、あらかじめ、手当を求めるかどうかを明確にするためにこの項目があります」
「静佳は、手当は求めないということだな」
「はい。もし、求められたら組織にお伝えください。指導します」
俺は灰原の回答を聞き終えると、鼻を鳴らし、改めて、タブレットの画像を見る。静佳は美人だしスタイルもいい。画面を変えるとインタビュー動画もある。話している姿を見ると何となく性格も分かる。これだけの美人ならそれを鼻に掛けそうだけど、そんな感じはなさそうだし自然体な笑顔が魅力的だ。水商売や風俗の女とはそこが違う。ずっと見ていると、静佳と会ってみたくなる。金を払えばヤレると思えば……でも、問題は金だ。しばらく黙っていた灰原が声を掛ける。
「衣川さんは自営業ですね。税理士はどうされていますか?」
「親父の代から頼んでいる地元の税理士に任せてるが、それがどうした」
「私どもの税理士を紹介させていただければ、入会金と月会費は経費で落とせます」
「えっ、そんなことあるわけ……」
「大丈夫です。ここだけの話、国税庁と話を付けておりますから。また、私どもの組織は、エグゼクティブが多数いらっしゃいます。メンバーとなればそのような方々とお近づきになる機会もあります。衣川さんのビジネスにもいい影響があるのではありませんか?」
俺は、タブレットに映るその他の姫達を一人ずつ見ていくが、やっぱり最初に見た静佳が一番好みだ。俺は目を瞑って目頭を指で押さえる。今まで女遊びはしてきた。だが、こんな大金を支払ってまでするものなのか。悩む俺の耳を通じて脳に直接響くように灰原の声が聞こえてきた。
「古来より、英雄、色を好むと言います。女に法外な金を使ってこそ男の本懐、組織はその金額に見合った姫をご提供させていただきます」
「――ちょっと考えさせてもらってもいいか、今週中には…」
「衣川さん、決めるなら今日、今です」
灰原の言葉が脳内に直接響く――それから数分の間悩んたが、最終的に、俺は申し込むことを決めた。まずは、ブロンズランクからにしておこう。離婚した俺の人生の新しい章が始まった。