やがて、『組織』は大きく育ち、政財界、芸能界、裏社会にまで浸透し、巨大な力を持って、顧客に高品質な『姫』を提供し、その秘密は完全に守られる体制を整えたのであった。
これまで語られることのなかった『組織』の現在、そして、過去の真偽の入り混じった物語。
本編スピンオフです。
――3時間の仮眠の後、僕、灰原徳斗は、2階の寝室を出た廊下から吹き抜けとなっている階段を下りて、広々とした日当たりのいいリビングを通り、キッチンに向かう。時間は、朝の9時半。中途半端な時間のせいか、同居人は誰もいない。珈琲メーカーに残っていたコーヒーを捨てて、新しいコーヒーを淹れなおす。カスタマーサポート(CS)の勤務時間の基本は、2.5勤、1.5休。労基法に則ってはおらず、警察官よりも厳しいシフトだ。だけど、勤務時間中は自分のペースで仕事ができるし、仮眠も自由。慣れてくれば、そこまで苦ではない。
数杯分のコーヒーが出来ると大き目のマグカップに注ぎ、ダイニングキッチンのテーブルに置いたノートパソコンを起動し、スマホを見る。メッセージアプリの通知は2件。1件はメンバーからのセッティング時間の変更希望の連絡、もう1件は管理部からの業務連絡。メンバーからのメッセージに返信をしてから、パソコン上でCSの管理画面を開き、業務を開始する。
組織の組織図は、大きく三つの部に分けられる。営業部、管理部、渉外部だ。営業部は、僕が所属する部署で、ハーレムオーナーやメンバーの対応業務で、オーナー対応とメンバー対応の部署に分かれ、オーナー対応はハーレムプランナーというごく少数の選ばれし者が行い、メンバー対応は有象無象のCS達が行う。と言っても、業務は被る部分も多く、クロスオーバーしている。僕もCSという身分ではあるが、プランナーのアシスタント業務もよくやっている。
次に、管理部は、姫やオトコを管理する部署で、スカウト、面接、調査、研修といった採用活動から、採用後の研修、面談、スケジュール管理に健康管理、メンタルヘルスのケアといった活動まで多岐にわたる。ちなみに、営業部はほとんど男性、管理部は女性が多い。特に、管理部は元姫の受け皿となっている。
少し話は変わるけど、姫はいつまで姫なのか。姫の平均継続年数は4年と言われている。姫を辞める原因は、姫自身が問題を起こしてクビになるか、問題こそ起こしていないもののやる気がないとか人気がないことによるタイショクの二つ。姫自身が自ら辞める手段は、基本的に想定されていないけど、ただ一つ、10年間勤めあげると、組織の同意の上で終了するマンリョウがある。ただし、ハーレムに所属している場合は、オーナーが同意しなければ、マンリョウによる終了はない。姫の中には、組織を出ても働く術がない者や、長年所属して組織に愛着を持つ者も少なくない。クビになった姫は例外として、タイショクまたはマンリョウした姫の中で、希望する者は組織で働くケースは珍しくない。
「おはよ。徳斗。コーヒーもらっていい?」
「おはよう。もちろん。淹れたばっかりだよ」
シャワーを浴びたばかりで、Tシャツにパンツ姿のままバスタオルで髪を拭いているのは、今言った、元姫の椎名菊乃。5~6年前に姫をマンリョウにより終了し、管理部で働いている。さらに言えば、昨晩、仮眠の前に僕と一戦交えた相手でもある。
「菊乃さん、今日の仕事は?」
「姫候補の事前調査。まずはネット調査だから、一日、家かな。面談とかで呼ばれたりしない限りはね」
「そっか」
「徳斗、夕飯はどうするの。仕事、21時まででしょ。ソアも出張から帰ってくるし、夕飯食べるなら、徳斗の分も用意するけど」
「ありがとう。今日の夜は、黄鐘(こがね)さんとこ行くからパス」
「りょーかい。私、自分の部屋で仕事してるから。何かあったら声かけて」
組織では、コロナ禍になるずっと前からリモート・在宅業務の導入が進んでいる。菊乃さんは、コーヒーカップを持って、階段を上がって自分の部屋に行った。
話が途中だったので、戻そう。組織に入る姫の話。今、僕が住んでいる一軒家は、組織の所有物件で、元々はハーレムオーナーに提供されていたこともあり、寝室は6つ、バスルームは2つ、トイレは3つある。やや老朽化しているものの、十分な住み心地だ。組織での勤務は激務かつ危ない橋を渡ることもあるし、処罰は厳しくて、完全なるブラック企業だけど、給料と福利厚生だけは申し分ない。福利厚生と言えば、充実したセックスライフもその一つかもしれない。
元姫は、姫の時に服用していたサプリメントの影響で、性欲が強い女性が多い。サプリメントの服用に関わらず、セックスが好きな女性もいるけどね。その結果、同居人である僕が、そのお相手をすることになる。現在、この家には、男1人、女4人、内3人は元姫で、僕とはセックスフレンドの関係にある。元姫ではない1人は僕と肉体関係を持ったことはないけど、だからと言って、関係が悪いわけではない。ちなみに、男1、女4という比率は、組織で働く者の男女比率とほぼ一致しており、この家だけが特別というわけではないことを伝えておこう、念のためにね。
元姫のことだけでなく、僕のことも話さないとフェアじゃない。僕は、ハーレムオーナーのような性欲過多な男ではない――と思う。ただ、組織は、営業部の男、特に、オーナーやメンバーと直接対応する者には元姫との性行為を推奨している。なぜなら、オーナーやメンバーは社会的地位も高く、能力も高い。そして、性格がねじれまくった者も少なくない――いや、むしろ多い。常識人の方が少数派だ。そういった相手と対峙する際、自分もいい女を飽きるほど抱いているということが、自信となって、対等な気持ちになれるということのようだ。わからなくはないし、一理あるかもしれない。ただ、一つネックと言っては失礼なのだが、元姫は、皆、タイショクかマンリョウのため、年上ばかりということ。菊乃さんも30代後半だ。それでも十分すぎるほど魅力的だけどね
――渉外部の話をするのを忘れてた。話が進まないから、また今度にするとしよう。
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今日は平日のため、そこまで忙しくはなかった。昼ご飯はパスタを2人分作って、半分は菊乃さんに分けてあげた。午後は1時間だけ仮眠を取ってから、姫からのヒアリングと黄鐘さんからのタスクの報告書の見直しと仕上げ。夕方からは自室に移動して、業務を続けた。メンバー3人に警告文を送り、1人はイエローカードを出したところ、そのクレーム対応のリモート面談が思ったより長引いて、気付けば、20時半だった。21時からは非番となるから、引継ぎメモを急いで作成し、管理画面にアップする。それぞれのCSには、一応、担当となるメンバーは決まってはいるけど、非番中は他のCSが対応するので、担当制というのは、あくまで一応のものでしかない。
僕は、外出着に着替えて、部屋を出て、廊下の手すり越しにリビングを見下ろすと、同居人達の姿があった。菊乃にソア、元姫ではない同居人の和葉さんに、同居人ではない男性が一人。確か、管理部の人だったような。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃーい。当分飲んでるから、あとで、合流しなよ。明日は休みでしょ」
「うん、ちょっと時間分からないから約束できないけど」
菊乃さんの言葉に曖昧に答えてから、4人の賑やかな笑い声を背後に、家を出た。
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駅まではゆっくりと歩く。仕事用のスマホは家に置いてきて、今、ポケットに入っいるのは私用のスマホ、ショルダーバッグにはノートパソコン。私用のスマホに組織から連絡が来ることはないことはないけど、仕事用のスマホが手元にないことは、解放感がある。タクシーに乗ってもいいけど、今のうちから贅沢に慣れるのは良くない。黄鐘さんの家に行くまでの間、少し自分の話をしよう。
僕が組織に入ったのは、13年前。まだ小学生だった頃の話だ。4つ上の姉と共に、組織に生活の面倒を見てもらうことになった。姉は専属の姫となり、僕は、義務教育を終えると、幸いなのか残念なのか、オトコの適正はなかったため、組織の中で下働きからスタートした。18才までは雑用だった。契約関係はなく、仕事の日と休みの日の区別もなかった。日給5000円というのは、当時にしてはものすごく高く感じたけど、時給換算したら明らかに法律違反だ。18才で営業部に配属となり、アシスタント業務から始まった。しばらくしてから、管理部の調査課に転属になったこともあったけど、組織の花形は何と言っても、ハーレムプランナーだ。そのためには、営業部で経験を積む必要がある。幸い管理部の所属は1年間で終わり、22才でCSに任命された。この時から、僕の名前は、『灰原』徳斗となった。
組織の業務に従事する者は、基本的に本名は名乗らない。姫やオトコは本名なんだけどね。カスタマーサポートは皆、名字に「灰」の字が付く。理由はよくわからないけど、昔からそうだということだ。プランナーは名字に色が入る。組織の創設からこれまで、29の名跡が誕生し、引退時に、引き継ぐ者にその名字が承継される。襲名というやつだ。ただ、名跡には、時に断絶や復活もあり、それぞれの名字には意味や歴史があるのだが、この話は、さすがに長くなるからよしておこう。これから行く、当代黄鐘政之さんは、黄鐘の名字を持つ者としては三代目。組織の中興の祖と言われる偉大な初代黄鐘政氏を祖父に持つ名門だ。でも、親から子へプランナーの地位を受け継ぐのは、黄鐘家特有のもので、すごく例外的なことだからね、念のため。
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地下鉄を乗り継いで、黄鐘さんの仕事部屋に着いたのは、22時少し前だった。十分に高級そうな庶民には一生どころか三回生まれ変わっても縁のなさそうなタワーマンションなのだが、家族の暮らす自宅は別にあり、屋敷とか邸宅とか呼ぶほかない大豪邸らしい、行ったことはないけど。エントランスのインターフォンからコンシェルジュを呼び出し、コンシェルジュから黄鐘さんに確認の連絡がされた後、ようやく、黄鐘さんの部屋に向かうエレベーターに乗ることができる。僕はすごいスピードで上がっていくエレベーターの気圧の変化に耐えながら、いつか自分もこんな部屋に住むことができるのだろうかと夢想した。
「お疲れさん。資料見させてもらった。いくつか質問してもいいかな」
「ありがとうございます。もちろんです」
部屋に入ると、僕が最上階の見晴らしを楽しむ間もなく、黄鐘さんは本題に入った。大理石のデスクにノートパソコンを置いて、恐ろしく座り心地はいいけど仕事用には向かなそうな椅子に腰かけ、今日の夕方に送った資料を開く。今回のタスクは、新規オーナー候補者への姫候補者リストのたたき台と、既存オーナーの希望する姫の条件に当てはまる姫のピックアップだ。元々ハーレムプランナーというのは、自己の才覚と人脈のみで、オーナーにハーレムを提供していたが、組織が大きくなってからは、各プランナーはそれぞれ部下を雇い、実作業は部下が行い、プランナーはオーナー対応だけをしていたらしい。その後、組織がさらに拡大し、プランナーごとによるサービスの質にばらつきが出てきたため、組織は、営業部、管理部、渉外部を設立し、人材がそこにすべて集約されると、プランナーは組織の人的資源を用いて仕事をするようになった。そして、現在は、IT化が進んだことにより、情報やデータの集約化・精密化はさらに進み、それらを使いこなせないプランナーは淘汰されていくようになった。
「……以上となりますが、他にご質問は」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
僕が作った資料は、あくまで下調べに過ぎない。これから黄鐘さん自身が資料をブラッシュアップしていくのだろう。その作業には、僕の作成した資料だけでなく他のCSの作った資料も比較検討しながら進めていくはずだ。作業量は途方もないが、それが出来なければ、優秀なハーレムプランナーとして組織の中心に君臨することは出来ない。
「それで、例の相談の件だが……、その前に、酒は飲むか?」
「いえ、よしておきます」
「じゃあ私は飲ませてもらうよ。資料作成は一日がかりになりそうだから、明日、すっきりした頭でやるとしよう」
プランナーには、休みの日という概念はない。オーナーからの要望があれば、いつであろうと対応しなければならない。黄鐘さんが担当するオーナー数は、確か、11~12人。プランナーの中では4番目に多い人数だ。僕が酒を準備しようとするのを手で制して、キッチンに行き、ウイスキーのボトルと氷、ソーダとグラスをトレイに乗せて戻ってくる。高そうなウイスキーの銘柄を見ると、やっぱり、もらうと言っておけばよかったかと一瞬後悔するも、相談は素面の方がいいだろう。
「資料は見させてもらった。宇城、亨か。それで、オーナー審査に申し込みたいと言ってるのか?」
「まだ具体的ではありませんが、下準備の準備といった状況です。……やっぱり厳しいですか?」
「個人資産が8億円ちょっと、年収が3000万円か。まぁ普通は無理だろうな」
「そうですよね……ただ、今の会社が軌道に乗って来れば、役員報酬も上げられるし、個人所有の自社株の価値も上がると思うのですが……」
黄鐘さんは、自分で作ったハイボールを一口、ぐびっと飲むと、さらにウイスキーを足してかき混ぜる。パソコンは既に閉じられており、僕が送った宇城さんのデータはすべて頭に入っているのだろう。
「徳斗君。起業家は二種類いる。一発屋か、二発目を当てられる奴か。9割は前者で、宇城は、せっかく当てた会社を売ってしまった以上、二発目を当てなきゃならん。彼にそれができるのか?」
「……本人はできると言っています」
「本人の自信には何の意味もない。このデータだけでは、とても、私が担当するオーナー様に紹介者になってほしいとは言えないな」
組織への書面申請の段階なら、多少のごまかしや希望的観測で通じるけど、最終的なオーナー審査を通すためには、既存オーナーの紹介状が3人分必要となる。これは、すなわち、新規オーナーが組織に損害を与えた場合の連帯保証人になるということだ。この3人の署名・押印がなければ、審査は絶対に通らない。わかっていたこととは言え、僕は、小さくため息をついた。
「こういった相談を私にするということは…自分でこの案件を通したいということだろ?」
僕は、黄鐘さんの目を見て、少し躊躇ってから「はい」と言って小さく頷いた。プランナーになる方法は二つ。既存プランナーから引き継ぐか、自分で新しいオーナーを探してくるかだ。既存プランナーからの引継ぎは任期切れとのタイミングがあり、近いところだと、今年中に当代青海さんが四代目を指名することになっている。まだ誰が襲名するかは明らかになっておらず、担当オーナーの誕生会で発表されると噂されている。ただ、僕が指名されることはまずないだろう。二代土門と二代藤ヶ谷は昨年代替わりがされた。当代藤ヶ谷となった三代目は僕よりも1才若く、史上最年少だ。組織内でも、当代藤ヶ谷の三代目就任は相当紛糾した言われているけど、詳細は一介のCSまでは降りてこない。
そして、もう一つの方法が、自らオーナー候補者を連れてきて、審査を通すことだ。80年代後半のバブル期に6年間でプランナーが15人増えた頃は、そのやり方がむしろ主流だったらしいけど、それ以降は、ほとんどない。もし、CSが自分の担当メンバーからオーナー審査を通したいという話があれば、それをプランナーに報告し、後はそのプランナーに任せるのが普通だ。CSの身分でオーナー審査を通すなんて、こんなやり方は時代錯誤だ――とつい数年前までは皆が思っていたのだが……時代はまた変わりつつあった。
しばらく沈黙が続く。これ以上は、相談してもムダか、と思い、ノートパソコンを閉じると、ハイボールを飲み干した黄鐘さんが口を開いた。
「――黒鉄君に相談すれば、あるいは……だな。何か良い知恵…いや、悪知恵を貸してくれるかもしれんよ」
黄鐘さんは、笑いを含んだ声色で言った。それは、もしかしたら、自分でも頭のどこかで予想していた言葉かもしれない、いや、予想はしてはいたけど聞きたくはなかった名前だ。黒鉄泰富、この10年で引継ぎではなく、自らの力でプランナーになった2人のうちの1人で、なんと25年ぶりに黒鉄の名跡を復活させ四代目を襲名したオトコ出身の男。独自のやり方でオーナーを増やし、それでいて、そのオーナーの金がなくなれば容赦なくハーレムを終わらせる男。賞賛と批判が半ばする…いや、批判の方が多いハーレムプランナー。その男に相談することを、僕は、心の奥で恐れていた。