「さて、まず、なぜ黒鉄の名跡が忌み名と言われているかは、徳斗君は知ってるかな?」
「みんな死んでるから…でしたっけ?」
奥寺さんは深く頷き、和葉さんは、黙ったままウイスキーを舐めるようにして飲む。さすがに少しペース落ちたのかな。
「そう。もちろん、プランナーだっていつか死ぬ。それは当然なんだけど、黒鉄は過去三代皆、任期中に死んでいるんだ」
プランナーの任期は、60才になるか20年経つかそのいずれか早い方。任期中に死ぬことがどれだけ異常なのかはまだよくわからなかった。
「これまでプランナーになった人数は、延べ70名。そのうち、任期中に死んだのは10人。そのうち、病死は5人――」
「諸説ね」
和葉さんが口を挟んだ。奥寺さんもハイボールで唇を湿らせて何度か頷く。
「――確かにそうだね。次回は、プランナーの死因に関する考察にしようか」
奥寺さんは真面目な口調で言う。てゆうか、次回あるのか?
「仮に、病死を5人として、残る5人のうち、二代狐崎さんが交通事故で死んだのは…諸説はないよね」
和葉さんは、首を傾げるも黙ったまま。
「とりあえず、事件性はないとすると、10人中6人は病気や事故で死んでいるんだ。でも、黒鉄は違う。3人ともね。これがいかに異常なことかわかるだろ」
組織に長年いたにもかかわらず知らないことばかりだ。プランナーの延べ人数も初めて聞いたし。僕は、口を開いた。
「初代黒鉄は殺されたんですよね、確か」
「そう。これは有名な話だね。裏社会の抗争に巻き込まれてと言われているね。何しろ、拳銃で撃たれて死んでるから。映画化されるなら松田優作あたりに演じて欲しい」
「あっ、そのネタも盛り上がるよねー、実写化するなら誰がやるか。今なら、O栗旬とか?」
「ほら、脱線しないよ。――先に脱線したのは俺か。それはさておき、二代黒鉄は初代黒鉄が殺されてから数年後、初代の元部下が襲名した」
「初代以上の逸材と言われてたのよね。実写化するなら…ごめん、よしとく」
和葉さんは気まずそうにウイスキーを一口飲み、奥寺さんはよしよしというように頷く。
「二代目の死因はよくわからない。まだ45才だったし、病気で死んだわけでもないはずだ。数日前までの記録は残ってるからね。組織の公式記録には、『急死』としかない」
「ここは考察しがいがあるのよね。一番言われているのは、初代黄鐘が自分の地位を脅かすのではないかと考えて殺した説ね」
「その説は眉唾だね。二代黒鉄は初代黄鐘に忠実だったと言うし、組織的には、二年前には、対立する初代飴川が引退に追い込まれていて、次の年に飴川派の初代緑谷が『急死』してる。初代黄鐘が重要なパートナーだった二代黒鉄を殺すことはメリットがない」
和葉さんは反論はせず、手を差し伸べて、続けてと促す。
「そして、それからまた数年後に、三代黒鉄は、初代黄鐘が信頼する部下に襲名させた。自分の息子に二代黄鐘を襲名させたのと同時にね。でも、三代黒鉄は、獄中で自殺した。それ以降、誰も黒鉄の名跡を復活させようとしなかったというわけ。あまりに縁起が悪いからね」
なるほど、そりゃ確かに不吉な名前だ。そうすると、僕も、なぜ藍川さんがそこまで黒鉄の復活に拘ったのかが分からない。
「さっき誰が賛成票を投じたかというのが、最後の謎って言ったけど、誰かが賛成票を投じたことは議事録からは明らかだ。だけど、なぜ、黒鉄の名跡が復活したのか。それは議事録には残されていないし、答えはない。だから、真の謎は、なぜ黒鉄の名跡が復活したのか、なんだよね」
和葉さんは目を瞑って黙っている――もしかして、寝てる?僕は奥寺さんに問いかけた。
「その謎も考察してるんですか」
「うん。まぁ諸説あるけどね」
奥寺さんは、静かに話し始めた。
++++++++++++++++++
「全員揃いましたね。それじゃ、決を採ります」
青海は、席に座り、皆が揃っているのを目で一人ずつ席にいるか確認する。自分を含めて、13人いる。徐に咳払いして始める。
「もう一度決議内容を確認します。灰谷富雄のプランナー就任と四代黒鉄の襲名です。これでよろしいですか?」
藍川は深く頷き、それを見て赤星は軽く首を振る。青海はこれなら勝てると確信し、他の誰かが意見を言う前に、続けて口を開く。
「それでは、決を採ります。この決議に賛成の方、挙手をお願いします」
左から視線を動かす。手を挙げているのは――黄鐘、藍川、紺野、銀河、銅元、藤ヶ谷、桜庭…賛成は7人。いや、銅元は挙げた手に封筒を持っている。
「私は、朱里さんの委任状を持っています」
「はい。それでは、挙手している7人と欠席している朱里さんを合わせて、賛成派8票」
勝った。青海は、笑みが零れそうになるのを堪えるが、緑谷は既に笑っている。なぜか、桃井は信じられないといった表情を浮かべ、栗栖はやれやれというように掌を返している。――こいつら、反対派が勝っていると気づいていないのか。
「銅元さん、その委任状見せてください。有効かどうか確認したい」
桃井が口走るのを制して、青海は口を開いた。
「それは後程。では、反対の方、挙手をお願いします」
手を挙げているのは、左から赤星、…両手を上げている桃井、緑谷、紅花、栗栖の5人。
「反対5名。私も反対に1票。加えて、私は欠席者の茜部さんと小豆沢の委任状を持っています。これで賛成票はプラス3で、合計8票。本決議は、過半数に達しなかったため、否決となります」
桃井は、ようやく状況に気付いたのか、ガッツポーズし、栗栖は拍手している。何とか勝てたが、保守派の将来は危ぶまれると言わざるを得ない。俺は緑谷と目を合わせて頷き合った。
「待ってください」
――そう言って手を挙げたのは、黄鐘だった。
「委任状の確認ですか?確かに、まだ終わっていませんでしたね。じゃあまず、銅元さんのから……」
「違います。私も1通委任状を持っています。鶯谷さんのものです」
黄鐘は胸ポケットから封筒を取り出した。鶯谷の委任状があるとすれば、賛成票は9になる。そうなれば決議は通ってしまう――。
「黄鐘さん、悪いが決はもう終わっている。今更委任状を出しても無効じゃないですか?」
緑谷が窘める口調で言った。そう、その通りだ。
「いえ、これは鶯谷さんの意向によるものです。鶯谷さんが私に委任状を託す時、条件を付けました。それは、賛否同数の場合のみ、議決権を私に委任するというものです。それも委任状に記載があります」
黄鐘が封筒の中から紙片を取り出し、皆に見せる。字は遠くて読めないが、おそらくその内容が書かれているのだろう。
「条件付き委任状…というのは、有効か無効か判断するのは議長権限になるかと…一旦、本決議は保留として次回の予備会議で……」
青海は時間稼ぎを図ろうと、ややしどろもどろになりながら言うと、反論は、意外なところから出た。
「条件付き委任状は有効だ。過去の前例もある。そうだろ、黄鐘」
「――はい。古くは、僭越ながら、二代赤星が、反対票が1票もなければ、反対に1票としたことがあります。それ以外にも、近いところでは、紺野さんが、藍川さんが賛成なら反対、反対なら賛成という委任状もありました」
赤星が黄鐘に助け舟を出したことで、青海は、切羽詰まった。それにしても、なぜ鶯谷が賛成票を…当代鶯谷が欠席した時、委任状を託したということはこれまであっただろうか。鶯谷が、こんな決議に興味があるとは思えない。青海が黙っていると、再び助け舟を出そうと発言しようとした緑谷を――藤ヶ谷が制した。
「青海さん。そもそも、議長席にいるあんたが、最初から反対票を投じるというのはいかがなものかな。議長というものは、賛否同数の時に初めて票を投じるものだろ」
もし、青海が反対票を投じなければ、その時点で賛成8、反対7だった。鶯谷の委任状を出すまでもなく、賛成が過半数だったのだ。青海は、いよいよぐうの音も出ず、しばし落ち着くための時間を取ってから、口を開いた。
「……鶯谷さんの委任状を認めます。そうすると、賛成9、反対8、棄権は3。賛成多数で、本決議は可決とします」
藍川は大きく一息つくと、両手を机に付けて、深々頭を下げた。そして、心中で呟いた。
――黒鉄さん、忘れ形見が貴方の名跡を継ぎました。これで少しは恩返しできましたか?
++++++++++++++++++
[奥寺の話おわり]
「えっ、今の黒鉄さんは、三代黒鉄のお子さんってことですか?」
「あぁ、そのくらいのインパクトがないと、いつも藍川さんに反発している紺野さんやいつもバランスを取る黄鐘さん、無派閥の藤ヶ谷さんが賛成するとは思えない。それに、年齢的にはあり得るんだな」
「――かなりギリギリだけどね」
あっ、和葉さん起きてたんだ。それにしても、オチが黒鉄さんの忘れ形見って。そんなことホントにあるのだろうか。
「逮捕される直前に仕込んでれば、年齢的にはぴったり合う」
「……ぴったりって変じゃないですか。逆にギリギリってことですよね」
「――鋭いな、徳斗君。でもこの写真を見て、何か思うところないかな」
奥出さんは僕のパソコンで三代黒鉄と当代黒鉄の2人の写真を並べて見せる。んー、似てると言えば似てるし、似てないと言えば似ていないし。
「あと、最後の1票が鶯谷さんというのは何か理由があるんですか?」
奥寺さんはぽりぽりと頬を掻いた。もしかして、考えてなかった?
「どちらかと言えば、消去法とこじつけになるんだけどね。まず、白石さんは常に棄権だから違う。金剛さんも基本的には白石さんに追従するから違い。そうなると、あとは土門さんか鶯谷さんになるんだけど、土門さんは正直、どちらかに与する理由があまり思いつかない」
「鶯谷さんはあるんですか?あの人こそ実務派で中立を保つ気がするんですけど」
「それは、この後、二代黄鐘が二期10年の任期を終えて、最高顧問の交代があったろ。次の最高顧問になったのは?」
「金剛さんの前だから…初代鶯谷さんです」
「そう。初代鶯谷さんは、藍川さんや黄鐘さんに恩を売るために、当代鶯谷さんの委任状を預けたってこと。あと、三代黒鉄と初代鶯谷はプランナーの時期被ってるからね。もしかすると、当代黒鉄が三代目の子って知ってたのかもしれない」
ん?でも、それで言ったら初代土門さんも三代黒鉄さんとはプランナーの時期被ってたのでは?土門さんが賛成してないという理由付けとしては弱いような……。僕が腑に落ちない顔をしていると、和葉さんが僕の背中を叩いた。痛い、かなり強い。
「こうゆう考察もあるってこと。考えるのが愉しいんだから結論なんてどうでもいいのよ」
「どうでもいいんですか?」
「そうそう、今日はこれでお開きにしましょ。続きまた今度ね」
「はぁー疲れたー。何も知らない人に話すのは疲れるけど楽しいね。俺、このソファで寝てもいいかな」
「いいんじゃない。じゃあ私もう寝るから、そのままにしといて、片付けは明日私がやるから。じゃ、おやすみー」
和葉さんは自分の部屋に行き、奥寺さんはトイレに行った。片付けは…僕がするか。果たして、次回はあるのか。もしあったら……暇だったら参加してしまいそうだ。あと、黒鉄さんに会ったら、このこと聞いてみるか。あっさり違うと言われたら笑えるけど。でも考えることが愉しいなら、それでもいいのか。
――僕は今日聞いた話を反芻し、にやにやしながら片づけを始めた。