とある日曜日の次の日の出来事です。
――あれは、カズの部屋で、カズの父の丞一氏とリモートで話した翌日。俺は、自分のオフィスから早速、O銀行に電話をかけた。電話番号は、昨日、薫子さんを通じて直通番号を聞いており、最初女性が出て、権藤丞一氏からの紹介と伝えると、数分後、頭取が出た。世界を舞台としてビジネスをしてきたことを自負する俺的には、日本の地銀レベルの頭取なんて大したことはない…と思いつつも、流石に今まで、電話で1対1で話したことはなく、やや緊張気味に挨拶した。
「城宮と申します。権藤…丞一氏からの紹介でお電話しました。御社のお力になるように…、とのことなんですが」
「えぇ、聞いてます。つきましては、子会社のベンチャーファンドお任せしますので、何卒、よろしくお願いします」
「はい、わかり…、えっ、任すというのは、どういう意味ですか?」
「文字どおり。権藤社長からは、城宮さんに任せるように、と伺っております」
「――いや、私も自分の本業もありますので、いきなり任されても……」
「とにかく、そうゆうこっちゃ。今後のことは、追って連絡するっちゃから、せからしか」
電話が切れた。いやいや、その子会社がどんな会社か知らないが、いきなり任されても正直困る。それに、おそらく利益相反もありそうだし、自分のファンド運営しながらやれるものなのか。やや、途方に暮れていると、電話の内線が鳴った。
「もしもし」
「O銀行の榊木さんという方からお電話入っていますが、おつなぎしてよろしいですか」
「あぁ出る。回してくれ」
俺が電話に出ると、女の声だった。
「突然のお電話にて失礼します。O銀行総合企画部の榊木と申します。城宮様でいらっしゃいますでしょうか」
「はい。城宮です」
「お忙しいところ、恐縮ですが、本日、午後お時間ありますでしょうか。GONDOHホールディングス(GO-HD)専務取締役の権藤龍之介がお会いしたいとご所望です」
「はぁ…わかりました。何時にどちらに伺えばよろしいですか」
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指定されたのは、近年建設された都内一等地に建つ高層オフィスビルだった。調べてみるとGO-HDはその1フロアを占めており、俺は溜まった仕事を山岸君に押し付けて、タクシーで向かった。権藤家は、九州の温泉王と聞いてはいたが、よく調べてみれば、観光業だけでなく様々な企業を所有する巨大コングロマリットだった。権藤龍之介は、現在35才、権藤丞一の長男で、GO-HDの専務であり、いくつかの子会社の社長も務める重役だった。
日本では、大企業で若くして偉くなる例は少ないが、唯一の例外が血縁によるものだ。血縁というのは、案外馬鹿には出来ないし、息子に跡を継がせるというのは、周りに優秀な人材がいれば不合理とまでは言い切れない。果たして、どの程度の人物なのか――俺は見定めてやるかという気持ちでいた。
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「わかりました。それでは、出来る限り、お手伝いさせていただきます。はい、契約関係は、一応こちらの弁護士にも見てはもらいますが、もう全部御社にお任せで構いませんので。はいっ、頑張らさせていただきますっ」
都内を見下ろす社長室で行われたミーティングは非常に有意義なものだった。龍之介氏は、まず、大雑把に仕事を頼んだ父の非礼を詫び、十分な説明をしなかったO銀行頭取の対応を非難し、その上で、今回、俺にどのようなことを頼みたいのか、俺に何ができるのかを丁寧に確認したうえで、最終的に、互いの着地点を見出した。決定権限がある人間と話すと、話は早い。短くも充実した協議が終わり、俺は、一息つくと、社長室に入った時に出されたペットボトルの水を開けて一口飲んだ。
龍之介氏は、大柄で、どことなく丞一氏の面影もあるが、温和で話しやすく、巨大コングロマリットの御曹司という感じはしなかった。俺という人間は偉そうな人間に対しては、へつらうか反発するか、割と極端な対応を取ってしまうのだが、龍之介氏とは、年が近いということもあるのか自然なコミュニケーションが取れた。もしかすると、話が合うのかもしれん。ちなみに、龍之介氏もハーレムオーナーということはコミュニティサイトを見て知っている。姫の人数は12人。それ以外の詳細はサイトに公開はされておらず、うかがい知れなかった。俺は気軽な気持ちで聞いてみた。
「後で、コミュニティサイトからフレンズ申請してもよろしいですか?私は、まだ、オーナー成り立てですが、姫は5人でも十分と思っているんですが、専務は12人…ですよね。いやぁすごいですね」
「城宮さんは、ハーレムを持つ意味をどのようにお考えですかな?」
俺が追従すると、向かいに座っていた龍之介氏は立ち上がり、床から天井までの窓ガラスの方へと歩いて行った。もしかして、何か語るのかな。
「やっぱり…性欲ですか。あとは、やすらぎとか充足感とか…優越感とか」
俺が平凡な言葉を返すと、龍之介氏は俺の方を振り向いて、微笑んだ。
「城宮さんは、まだハーレムに新鮮な楽しみを感じているようで羨ましい。僕は、10代後半には、もうそんな楽しみはなくなりましたよ」
10代後半…?そうすると、龍之介氏もカズのように中学生の頃からハーレムオーナーだったのか?
「専務にとっては――」
「支配のための道具です。かつて、オスマントルコ帝国には、イェニチェリという奴隷兵がいました。オスマントルコ帝国は600年以上も続いた帝国ですが、彼らは貴族制を嫌いました。その代わりに、一代限りの奴隷を育て、帝国の藩屏としたのです」
やばっ、俺、歴史苦手。高校生の世界史の授業以来聞く言葉に、俺はつい見栄を張って、わかってますよ、という表情で頷いていた。
「我が家では、能力のある姫をハーレムに招き、教育し、育てます。そして、我が社の戦力として貢献させます。我が社が経営する旅館の女将、ホテルの支配人、会社の幹部として活躍するほか、我が社の幹部や関係企業の幹部の妻となっている我が家のハーレム出身の姫は幾人もいます。ハーレムは我が社の発展の礎なんですよ」
ほぉー、そうゆう発想なかったわ。姫の忠誠心をそんな風に活用することもあるのね。でも、カズのところの姫は、あんまりそうゆうところで活躍しそうな子はいなそうな気もするが。
「そうすると、カズさん…じゃなくて和之介君もやっぱり、今後は御社での活躍が期待されているんですね。確か、カズの姫の由芽は東大ですし、いずれは御社で活躍するということですか?」
俺の言葉に龍之介氏の表情がやや曇った。あれ、俺なんかまずいこと言ったかな。
「オスマントルコ帝国が長く命脈を保った理由はもう一つあります。――それは、兄弟殺しです。オスマントルコ帝国では、兄弟の争いによる分裂を避けるために、即位した新王は兄弟を殺したのです」
――えっ、マジ。俺は絶句した。龍之介氏は俺の表情の変化に気付いたのか、微笑みながら首を振る。
「今はそんなことしませんよ、さすがにね。ただ、僕の兄弟たちはわかっています。この帝国の分裂させてはいけないということをね。次男は、学問の道に進み、今は大学の准教授ですし、三男は、海外に留学し、今では自分の会社を立ち上げて、GO-HDを超えるって言ってるくらいです。四男は…姿を消しました。和之介は…まだ子供です」
「……そうなんですね」
あれ、「今は」って言った?じゃあ昔は兄弟殺ししてたってこと?丞一氏に兄弟っていたのかな…?これは聞けない。話を変えよう。
「そうすると、後継者は、専務で決まりってことですよね。いや、和之介君が、誕生会で『継承戦』があるんだって盛んに言うもんですから。今のお話聞く限り、後継者争いなんて起きようがないですよね」
俺が冗談っぽく言うと、龍之介氏の表情に戸惑いが浮かぶ。
「和之介がそう言ったんですか?『継承戦』がある、と。もう少し詳しく教えてもらえますか?」
「えっと…何だったかな、バトルとか、くらぴか…?とか、キョウカケイ…だったかな」
「あぁ、なんだ、漫画の話ですね」
「そうそう、そうみたいなんですよね。私はよく知らないんですが」
この時、龍之介氏はギョッと驚きの表情を見せ、その後今までとは違う笑みが浮かんだ。もしかしてバカにされてる?
「城宮さん、ご存じないんですか?僕と同世代ですよね、信じられないなー。どうゆう育ち方したら、通らずに済むのか。いや、だからこそ、それだけ優秀になられたんだと思いますが…いやー信じられない」
「すいません。誕生会までには読んでおきます」
龍之介氏はしゅんとした俺を見て、言い過ぎたと思ったのか、俺に近寄り、肩に手を置いた。そして、ソファのすぐ隣に腰掛けた。
「すいません。ちょっと驚いたものですから。ただ、和之介の言葉は気になりますね。確かに、毎年、趣向を凝らしたゲーム大会が行われますので、それを指して『継承戦』といったのかもしれませんが、ゲーム大会は兄弟だけが争うわけではなく、参加者全員が参加するものですからね」
「ですよね。去年は社長が殺されるマーダーミステリーだったとか」
「えぇ、そうです。鏑木さんにシナリオ作成に参加してもらったんですが、余興にしては難しすぎたみたいで、結局、解決できずに終わってしまいました」
なんだそりゃ。もし、今年もそれ系のだったら、俺は絶対解決できなさそうだ。鏑木さんなら戦力になりそうだし、誕生会来るか聞いてみるか。そう言えば…カズは他にもなんか言ってたような。
「そうだ、和之介君は、こうも言ってました。『蔵にぃまで来るらしい』って」
「本当ですか?蔵之介が来ると。誰に聞いたんですか?蔵之介から連絡が来たということですか?」
「いや、そこまでは…。ただ、そんなこと言ってましたね」
龍之介氏はため息を一つついた。蔵之介さんというのは、カズの話では、ガチの家出をしたらしい。なぜ、カズは、蔵之介さんが来ると思っているのだろうか。
「和之介の言葉にはいつも二つの意味があります。表の言葉の裏に隠された本心がね」
「はぁ…そうなんですか」
「和之介の家出の話を聞きましたか?」
「はい。九州はローカル過ぎてグローバルな活躍ができないから家出した…とかなんとか」
龍之介氏は思い出し笑いのようにわずかに笑った。確かに、この理由は嘘くさい。カズは好きな子に近づくために生徒会選挙にでるような奴だ。その時も表の理由は人の役に立ちたいからだった。じゃあ、家出の本当の理由は?
「先ほど、我が家のハーレムでは、姫を教育し、育てると言いました。勉強のできる姫が進学するのは、皆、九大です。我が社の地盤はあくまで九州ですから、九大での人脈が後々まで生きてくるからです。ちなみに、僕も九大です」
「へぇー、まぁ九大も一流大学ですからね」
「でも今までの姫の中には別の大学に行きたいと思っていた姫もいたはずです。ただ、主人から離れて進学するなんてことは我が家ではありえませんし、姫の本心なんて今まで誰も聞こうとはしてきませんでした。カズの家出が決まり、ちょうど大学進学を控えた由芽は、東大を受けました。それはカズが東京に行くから許されたことです。そして、合格しました。」
「そうすると、カズさんは、由芽を東大に行かせるために家出をしたということですか?」
「本人はそんなこと言わないです。ただ、そう考えることもできるということです」
――これはいい話…なのかな。由芽はカズの家庭教師だし、もしかすると、由芽がカズにグローバルに活躍するなら東京に行くべきと吹き込んで、その結果、カズに家出をさせて、自分も便乗して東大進学できるように仕向けたってことも考えられるような。それは俺の考えがひねくれすぎか?
「いずれにしても、また何か和之介が気になることを言っていたら教えてください。城宮さんとは長い付き合いになりそうですし、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
龍之介氏が立ち上がり手を差し出すと、俺はその手を握り握手した。間近で正対するとやっぱでかいな。俺がそろそろお暇しようとバッグを持つと、龍之介氏はでかいデスクに戻り、内線をかけた。打ち合わせが終わったという連絡かな。俺は、龍之介氏が何か言うのを待っていると、しばらくしてノックの音がする。俺は入り口を振り向くと、ドアが開いた。
――ウェーブヘアを後ろに撫でつけたポニーテール、広めのおでこ、三角眉に大きな瞳、適度な涙袋、そして、小さな顔。白のパンツスーツの美人の登場に、俺は視線が釘付けとなった。
「専務、お呼びでしょうか」
「あぁ、城宮さんとの顔合わせは終わったから、今後のことは任せる。城宮さん、挨拶させてもよろしいかな」
「はっ、はぁ……」
その美人は童顔、というか人形のような容姿に似合わないはっきりとした口調で話し、ビジネスパーソンであることが伺えた。龍之介氏と話す表情は、可愛いというより凛々しい。そんな美人が俺の方を振り向いて、笑みを浮かべる。笑顔で見詰められると、胸が撃ち抜かれる。魅力やばい。そして、美人は、すっと膝を付くと、三つ指を立てて、深々とお辞儀をした。――もしかして。
「先ほどは、お電話でのご挨拶、失礼しました。O銀行総合企画部の榊木月那さかきるなです。お初にお目にかかります。以後、お見知りおきのほど、何卒、よろしくお願いいたします」
この時、思い浮かんだ、彼女を形容する言葉。それは――傾国の美女。