前日~その2の後です。
【山岸玲奈視点】
「……説明は以上となりますが、城宮さん、ご意見はありますでしょうか」
「――いや、特にないかな」
「ありがとうございます。それじゃあこの案件、投資を進めますね。投資額はどうしますか?私は、マックスでもいいかと思うんですけど」
「あっ、その前に一ついいかな。この投資後の業務プランなんだけどさ。ずいぶんよくできてると思ったんだけど、どこのコンサルに頼んだのかな?いや、このクラスのコンサル頼むとなると、運転資金にも影響あるんじゃないかと思うんだが」
「私です。投資してからは、ステークホルダーとして私が経営サポートもしていきますので、外部コンサルは不要と考えてます」
「えっ、ちょっと待ってくれ。これだけの投資判断の分析資料を作って、業務プランの策定までしたの?榊木さん一人で?」
「はい。ちょっと時間は掛かりましたけど。城宮さんの負担は出来るだけ減らすようにと言われておりますので」
「……わかった。投資額も榊木さんに任せる」
「わかりました。ありがとうございます」
「それじゃあ、今日はこれで終わり…かな。山岸君、今日の内容の議事録作って、私と榊木さんに送ってくれ」
「わかりました」
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リモート会議を終えると、私は、キーボードから手を放し、コリを解そうと首を回す。ボスが自分の執務室から出て来て、そのままオフィスの外に出て行った。約1時間の会議は、ボスが顧問になった、地方のベンチャーファンドの定期会議だった。参加者は、ボスとベンチャーファンドのマネージャーの榊木さんと私の3人だけ。ボスはコンフリクトの関係で、表に名前を出さずに、榊木さんを通じて、会社の意思決定に参画するという話だった。報酬は、地銀の役員クラスの金額とのことだけど、ただでさえ、多忙を極めるのに、果たしてそんな仕事している暇があるのか。おそらく今まで以上に雑務が私に回ってくるのではないかと思い、いよいよ、この職場にいるのもそう長くはないと思っていたのだけど……。
ボスが戻ってきた。どうやらトイレに行ってただけのようだ。ボスは、私のデスクの前を素通りして、自分の執務室のドアを開けようとして、立ち止まり、振り返る。
「彼女、どう思う?」
「絶対、彼氏いますね。多分、学生時代から付き合ってる感じ。結局、一番イイ男って、学生時代にもう売れちゃうんですよねー。後はもう売れ残りって感じで――」
「違う、そうじゃなくて、仕事ぶり」
「あー……むちゃくちゃデキますよね」
「だよな。君と同い年らしいよ。いや、彼女…早生まれらしいから、学年は一つ上か…」
何、そのボスの表情。ひょっとして、憐み?私は、思わず舌打ちしそうになる。榊木さんは、GO-HDから出向でO銀行に来ていて、ベンチャーファンドは兼職で所属してるそうだ。O銀行に出向する前は、メガバンクに出向していたそうだ。
「榊木さんって、日本の大学卒業した後、アメリカでMBA取ってるんですよね?調べたら、コロンビアビジネススクール。ボスはどこで取ったんでしたっけ?」
「ハーバード」
そう言い残して、ボスは自分の部屋に消えた。今度こそしっかりと舌打ちした。確かに、ボスはすごい人というのは分かってるけど、今の言い方とかちょっと嫌な感じ。ちなみに私はアメリカの大学は出たけどMBAは取っていない。でも、ボスはさておき、私の一つ上で、あんなスゴイ女性がいるとは。榊木さんが仕事が出来過ぎて、ボスはただただ、榊木さんの提案にイエスというだけの存在になっていた。おかけで私の仕事はそんなに増えずに済んだからよかったけど。しかも、自分の能力を鼻にかけていないところが、また逆に鼻につく。一度、このオフィスに来た時には、私にも気さくに話しかけてきたっけ。
「山岸…玲奈さんっていうのね。私は、榊木月那。名前似てるね。私のことも下の名前で呼んでもらえると嬉しいな」
仕事が負けてるのは仕方ない。ただ、もっとショックなのは…榊木さんがドラマに出てくるような美人ということだ。これがドラマだったら、私は、無名女優が演じる名前もないモブキャラってこと?あーもう嫌。これで彼氏がブサイクとかだったら、ワンチャン、私にも勝ってるところがあるのに…てゆうか、私、彼氏もいなかったわ。
私は乾いた笑いを浮かべた後、頭を振る。そして、キーボードに手を置き、仕事を再開する。今は、男より仕事、そう決めたのだ。ベンチャーファンドの会議も、本来は私の業務範囲外なので、参加する必要はないのだけど、ボスに頼んで参加させてもらっているのだ。少しでも自分のスキルアップのためにね。この調子で頑張れば、残業代もがっぽり。――やっぱ最後に頼りになるのは男よりもお金。
仕事に集中しながら、ふと疑問が浮かぶ。それは、ボスの態度だ。大体美人を前にすると、鼻の下を伸ばすか、緊張してきょどるかどちらかなのだが、榊木さんに対するボスの態度はどちらかと言えば、後者なんだけど、何か雰囲気が違う。もしかして、私に知られたくない、よからぬ関係を榊木さんとの間に持っているとか?――いや、ないない。それはない…よね?
【山岸玲奈視点終わり】
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――リモート会議を終えた後、トイレに行って、執務室に戻ると、俺のファンドの通常業務に戻る。資料の下読みに2時間使って、会議に1時間で、計3時間分を取り戻さなくてはいけない。
仕事に集中していると、時間はあっという間に過ぎていく。気付けば、もう22時を回っていて、山岸君はもう帰ったようだ。スマホを見れば、さやかと晶子からメッセージが届いていて、さやかには夕食はいらないということ、晶子には迎えはいらないと返信した。そして、少し考えてから、さやかに、今夜の夜伽はなしと送った。今日の夜伽は、夏美だったかな。悪いと思いつつも、今日は、もう少し働くとしよう。
昔であれば、時間を気にせず働いて、オフィスで朝を迎えたことも珍しくはなかったが、ハーレムを作ってからはほとんどなくなっていた。ようやく俺にとってハーレムが特別なものではなく、日常になったのかもしれなかった。俺は、コンビニに行って、適当に食べ物と飲み物を買ってオフィスに戻る。あまり根を詰め過ぎてもかえって効率が悪い。適度な休みは必要だ。スマホを見ながら、おにきりを食べていると、ふと、あいつと話したくなった。――黒鉄だ。
「悪いな、遅い時間に。今、大丈夫か?」
「私はご主人様の忠実な僕ではありますが、いついかなる時でも、ご主人様の無駄話に付き合うことができるほど暇ではないんですよ」
「悪い。忙しかったら、また掛ける」
「――今は大丈夫です」
なんだ、もったいぶりやがって。だが、こんな憎まれ口を言いながらも、何だかんだいつも電話に出てくれるのが黒鉄のいいところだ。むしろ、本当に暇なんじゃないかと疑いたくなるくらいだ。俺はスマホをスピーカーモードにしてデスクに置くと、カレーパンを食べながら、その合間にコーヒー牛乳を飲みつつ、黒鉄に近況を話した。
「なるほど。色々あったんですね」
そうか、黒鉄にはリャンさんの金の件で相談したけど、それ以外の第2章はほとんど回想シーンで、それ以降のことは報告してなかったか。
「それで、O銀行の子会社のベンチャーファンドを任されることになってさ、報酬自体は大したことないけど、向こうで営業のチャンスもありそうだし。まぁぶっちゃけ、権藤社長の迫力に押されて断れなかったっていうのが本音なんだけどさ」
「若いころはもっとすごい迫力でしたけどね」
「黒鉄も知ってるのか、権藤社長のこと?」
「それは、組織にいれば当然です。五皇の一人ですからね」
ゴコウ…?何だそれは。俺は、黒鉄の説明台詞に期待した。
「組織では、昔から多くの姫を抱えるオーナーのことを双璧とか三大天とか四天王とか五虎将とか言い慣わしてきたんですよ。子供っぽいですけどね。これに該当するオーナーというのは、時代によって変わるんですが、今は、五人のオーナーが五皇と呼ばれてます」
「そうなんだ。それは聞いてもいいのか?」
「えぇ、問題ないですよ。まず、一人目が安生翔様。安生家は組織が出来た当初からオーナーになっている家系で今は四代目です。遊戯具チェーンのオーナーで海外にカジノも持っています」
「聞いたことあるな。その名前」
「そうでしょうね。二人目は、姉河原公任様。」
「へぇ、姉河原さんも五皇の一人なのか、流石だな」
俺が知る一番の金持ちが姉河原さんだから、その姉河原さんがオーナーの中でもTOP5というのは納得だ。逆に言えば、俺が全く想像できないような金持ちがいるわけではないということか。
「三人目は、権藤丞一様。今は、権藤家と言ってもいいかもしれません」
「子供たちもみんなオーナーになってるもんな。そんな人は普通いないのか?」
「いませんね。そして、四人目は、五浦章人様。ご存じですよね」
「知らないわけないだろ」
五浦章人と言えば、ITビジネスで頭角を現し、色んな会社を買いまくって、グループ会社全体の時価総額は天文学的金額で、その大株主である五浦氏は日本の金持ちランキングの上位者だ。雲の上の存在と思っていたが、同じハーレムオーナーと知ると急に親近感が出てきた。もしかして、どこかで知り合いになれたりして。
「五人目は、楊鵬(ヤン・ホウ)様。大陸のテクノロジー企業の重役です。ちなみに、現在、一番多くの姫を所有する個人は、楊様です」
ほー、そうなのか。一番が日本人ではないというのは、ちょっと悔しいな。大陸の力恐るべし。
「ゴコウの話はもういいや。俺に関係はなさそうだし。それより、聞いてくれよ。その権藤さんの仕事の件なんだけどさ。権藤さんところの姫がむちゃくちゃ優秀なんだが。エニチェリ?そうゆう姫が何人もいて、権藤家を支えてるって言ってたな。専属の姫とは違うのか?」
俺は、食事を終えて、椅子の背もたれに背を預けて、体重を乗せる。
「専属の姫は、素人から選抜されて組織に入り、ハーレムの姫としての教育を受けます。権藤様のイェニチェリは、組織にいる姫の中から優秀な子を選んで、権藤家のビジネスに役立つように教育します。だから、スタートも教育の内容も全然違いますね」
「そんな風に姫を教育するオーナーって他にいるのか?」
「いませんね。権藤様の先代もオーナーをされてましたが、先代オーナーの要望に当時のプランナーが応えたということですね。オーナーのニーズに合わせた姫を集めるのもプランナーの仕事ですから」
なるほど。鏑木さんのところは、目標や夢を追ってる姫を選んでるし、後は…、カズとリャンさんしか知らないけど、オーナーごとに姫に求めるニーズは違うってことなのかな。そんなことを考えながら少し黙っていると、黒鉄がからかうような口調で言った。
「ご主人様が、仕事のことで他人を褒めるのは珍しいですね。失礼。そもそもご主人様から仕事の話をあまり聞いたことがないので、珍しいどうかも分かりませんが」
俺は黒鉄の言葉に、はっとした。確かに、俺は仕事の話はあまりしない。周りはバカばかりと思っているが、小さな頃からそんなものと思っていた。仕事をしていく中で、すごいと思う人や見習うべき人もいたが、ごく少数だ。――もしかすると、自分よりも年下で、こいつできると思ったのは、榊木さんが初めてかもしれない。
「そうかもな。俺はあんまり他人を褒めないけど、榊木さんはちょっとすごいと思った。俺がベンチャーファンド任されて、榊木さんが俺の窓口になるって聞いた時は、俺が前面に出過ぎると、会社内部から反発があるから、若い美人を間に入れて緩衝材にしたのかと思ったんだけどな」
「……違ったんですか?」
俺は、リクライニングチェアの背もたれに寄りかかって前後に揺れながら、これまでのもやもやしていた考えをまとめていた。
「違うな。権藤社長は、元々、榊木さんにあの会社を任せるつもりだったんだ。俺を入れたのは、榊木さんの意見に箔を付けるため……、――それと万が一、榊木さんが失敗した時に、スケープゴートにするためだな。幸い、今のところ、その心配はなさそうだけど」
話しているうちに、自分でも気づいていなかった答えに行きついた。そうゆうことか、権藤社長は、俺のこと買ってるようなこと言ってたが…食えないおっさんだ。やはり、あれだけの大会社のトップになるだけの人だ。
「ご主人様。もう話すことないなら、電話切りますよ」
――いつの間にか、ずいぶん黙ってたみたいだ。俺は背もたれに預けていた背中を起こして、デスクの上のスマホを手に取った。
「悪い。今更ながら、権藤社長の思惑に気付いたよ。黒鉄のおかげだ」
「……お役に立てたのならよかったです。じゃあもう切りますよ」
「いや、その前に、ちょっと待ってくれ。聞きたいことあったんだ」
「なんでしょうか、ご主人様?」
黒鉄の口調は慇懃なものの、面倒そうだった。俺は一つ咳払いして声を潜めた。
「あのさ、……榊木さん、俺から誘うのってまずいよな?」
俺は、榊木さんが俺の前で跪いて挨拶した時、てっきりその日の夜にでもヤレると思ってしまった。だから、その後の打ち合わせでも、その後のことばかり考えてしまっていた。ポニーテールが解けたらどんな風なのか、パンツスーツを脱がせたらどんな下着を着けているのか、凛々しい声はベッドの上ではどんな声色に変わるのか、……脳の容量の8割は仕事に向いていなかった。だから、エレベーターを出て見送られた時は、まだ何かあるんじゃないかと思い、何度も振り返ってしまい、榊木さんに、「何か忘れものですか」と駆け寄られてしまったくらいだ(その時もむちゃくちゃ可愛かった)。その後は榊木さんは忙しいようで会議はいつもリモートで、一度俺のオフィスに寄ってくれた時も椅子に座ることすらなく帰って行った。
「当たり前でしょ。そんなことしたら、マナー違反もいいところです。権藤様のプランナーから私のところに即抗議が来ます。大概のことは納めますが…私は、向こうのプランナーの青海さんとはそんなに関係が良くないので…大事になりますよ」
いつになく、本気口調で言う黒鉄の迫力に俺はすぐに意気消沈した。
「だよな。すまんすまん。絶対そんなことしないんだけどさ。でも、向こうから言って来てもいいと思うんだよな。オーナー同士ってそうゆうもんだろ」
「ご主人様から、権藤様にオファーしたらいいんじゃないんですか?スワップしたいって」
「だって、向こうは九州にいるし、どうやって連絡とっていいかもわからんからさ」
榊木さんのオーナーが専務の龍之介さんだったら、東京にいるし、年が近くて話しやすいから、勇気を出せば言えるかもしれないが、榊木さんは、社長の丞一氏の姫なのだ。
「ご主人様が、権藤社長にとって使える人間と思えば、オファー来るんじゃないんですか?」
「だな。でも…今のところ、俺の力、全然借りてくれないんだよなー、あの子。俺まだほぼ会社の役に立ててないような」
「それか……」
「それか、なんだよ?」
焦らし口調の黒鉄に俺が食い気味に聞くと、「わからないですか?」と前置きして、言った。
「誕生会で、その機会はあるんじゃないんですか?」