【カオ転三次】癖に生きる俺らと割を食うシキガミ・現地民 作:アレデルトロン
車で移動すること50分くらいで少し長めのトンネルに入った。
そこを抜けると視界に映る青の比率が一気に増える。
「あ、海だ…」
左手側には岸壁があり、その下の方では荒波が立ってる。右側には山とたまにすれ違う反対車線の車。そして先生。
「ええ。海です。……小学生の時ぶり、ですか?」
上がったテンションのまま向くと、優しいまなざしで話す先生と目が合う。
「はい。五年ぶりか六年ぶりか……」
少し恥ずかしくなって一度前を向いて、けどどうしても気になって先生のほうに視線を動かしながら言う。
……ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな?
「残念ですが、今日はまだ泳げませんよ?」
先生少し笑ってない?ちょっと子ども扱いされてる気がするんですけど。
「まだ水温は低そうですもんね」
海を見つめて冷静に返答する。まだ6月の初旬、窓を開けたら潮風がちょっと涼しいくらいの気温だ。
「もう少し暖かくなったら海デートもいいかもしれませんね?」
なんてことないみたいに夏のデートの話をし始める。この人は本当に……。
水着、買っておかないと。……ツーみたいにスタイルがよかったらなぁ。
「さ、そろそろ着きますよ」
到着したのは3台くらいしか車が置けないようなちょっとした駐車スペース。
特に何もない場所だけど…ここ?逆に何もないから夕陽が美しく見える的な?空は暗くなり始めてるけど、まだもう待機する感じかな…?
少し疑問に感じ始めていると、先生がドアを開けて外に出た。
「それではエスコートさせて頂きます。お手をよろしいですか?」
くるりと回ってきた先生は助手席のドアを開けて、大げさな動作で手を差し出してきた。
「は、はいっ」
「お寒いので上着を持ったほうがいいですよ」
しっかりと手を握った後、後部座席のドアを開いて言う。
そんなに寒いかな?30分くらいだったら大丈夫じゃないかな。
「はい」
疑問に思ったけど先生の目が『僕を信じて』と訴えかけてきたので素直に従った。
「危ないので、そこで羽織っててください」
先生は一人ガードレールのほうに歩いていく。
危ない?何か危ないことでもするの?
【マハブフ】
先生が何か言ったかと疑問に思った次の瞬間、急にヒンヤリとした空気が頬を撫でる。
「おいで」
体を開くように振り向いて、片手のひらを向けながら私を招く。
「わっ!?」
なに?これ…!?
ガードレールの一部が凍りつき、海まで氷の階段が出来上がっていた。階段の幅は広く大人二人が並んでも歩けそうだけど、手すりがないから横から落ちたら死んでしまうかもしれない。
「さ、行きましょうか?」
先生は手を握り直して階段に足をかける。
本当に行くのって不安げな瞳で見つめる。だって氷の階段だよ?
でも、先生にニコリと微笑まれてしまい行かないわけにはいかなくなる。
「……あっ」
一歩目はおっかなびっくり踏み出した。そっと足をのせて、少し体重をかけて、それから片足で強めに押してみる。
透明な階段は想像以上に頑丈でキチンと体重を支えてくれた。
「足元が滑るので気をつけてください」
一、二段先に降りていた先生は、しっかりと手を握りながら振り返って待っててくれた。
おっかなびっくり足を動かしてどうにか同じ段に並び立つ。
ふう。…ひゃっ!?
先生が左右の手を同じ側の手でとって、後ろから支えるよう立ってくる。
「ゆっくり降りましょうね?」
やめてほしい。急に後ろからささやくような声で話しかけないで?心臓に悪いから…。
先生に耳元で話されることを除けばこの体勢は思ったより安定しているみたい。さっきよりも速いペースで慎重に降りていける。
……動くたびに先生の胸板が服越しで背中に触れるのと、耳を澄ませば息遣いが聞こえてきちゃうのも減点!心臓が持たなくなっちゃうよ。
「先生……。これどうや…きゃっ!」
どうやってこの階段を出したのか?そう聞こうとした時、高さと強風が重なって足を滑らせた。
…あっ!?
この高さじゃ横から落ちても、階段を下に滑り落ちても大怪我じゃすまないかも。…最悪死ぬ?先生とのデートで?やだやだやだやだ。死にたくない!
視界がすこしずつ傾く。一瞬がスローモーションに……。
「大丈夫ですか?」
握った両手を抱き込むようにして先生に後ろから支えられる。それはもうギュッと。
「あのっ!……そ、近!……はいっ」
恐怖に縮み上がった心臓が、安堵によって膨らんでバクバクと全身に血液を送り始める。体温が急激に上昇していく。
これバックハグでは?私、先生に抱きしめられてない?
「とはいえ少々危ないですね。……失礼します」
「そんな大丈ぶっ!?」
軽々と持ち上げられる。膝の裏と背中に先生の手、頭は先生の胸元に……お姫様抱っこ?
流石に恥ずかしくって、何か抗議をしようと顔を上げる。
すぐ目の前に先生の整った顔があった。車の中や昼食の時よりもずっと近くに。
至近距離で目が合いニコッと笑顔を向けられてしまうと、言葉が引っ込んじゃった。
「これで安全です」
ずんずんと先生は階段を下っていく。
確かに安全だけど、安全じゃないんだよ先生。
「あの、お、降ろしてください」
このままだとやけにうるさい胸の鼓動が聞こえてしまいそう。それにさっき背中にイヤな汗をかいてしまったので少し臭うかもしれない。
私は必死になって離れられる理由を探そうとする。
「お嫌ですか?」
言いながら、先生は下を見るようにと目線で伝えてくる。
「ひっ!」
顔を回して確認すると、遥か下方で岸壁に打ち受けられた白波が小さく跳ねているのが見えた。
先ほどの恐怖がよみがえって、反射的に先生に抱きついてしまう。
「ね?このまま下まで行きましょう?」
軽く震える背中をあやすようにトントンとされる。
「は、はいっ」
私たちは下へと降っていった。
「到着です」
そういって下されたのは凍った海の上。細かい波がそのままの形で固まっているから、階段よりは滑りにくそう。
…お姫様抱っこタイムは終了。終わってもまだ体の側面に先生のぬくもりが残ってる気がする。
「これ、先生が……?」
もしかすると、魔法かもしれない。前に明人くんに見せてもらったことがある。それは火だったらしいけど、透明で、目を凝らせばほのかに空間が揺れている程度にしか認識できなかった*2。物を燃やすどころか温めることすら出来ないと、そう言われた。
これとアレが同じ?魔法は悪魔にしか効かないんじゃ……?
「驚くのはまだ早いですよ?ここからがショータイムです」
【ザン】
先生がまた何かつぶやいた。さっきとは少し音が違う?
どうやら効果も違うみたいで、海の真ん中で水しぶきが上がった。なにか透明な重いものが飛んできたみたいな感じ?
【ザン】
さっきと同じ音…かな?
効果は一緒。水しぶきの中心部にまた何かがぶつかって、より大きなしぶきが上がる。
【ザン】【ザン】【ザン】
その後も何回も何かが撃ち込まれた海には大きな水柱が出来上がる。飛び散った水の粒が風に乗って私たちの立っている氷の大地にまで飛んできた。湿った冷風が何度も髪を揺らす。
先生はスッと片手を前に差し出して――。
【マハブフーラ】
時が止まった?
いつまでたっても水柱が崩れない。……なにしたの?
周囲を見回して、それは違うことに気がついた。どうやら海の一部が凍り付いたみたい?……え?
なにこれ?海が凍る?……え?
「さぁ行きましょう?」
この超常の現象を引き起こした先生は凍り付いた水しぶきの塔へと続く一本道を先導するように歩き始めた。
「わぁっ……!」
「気に入ってもらえましたか?」
水柱は塔を作るためにやっていたわけじゃなかった。作っていたのはこの穴だったんだ!
ぽっかりとあいた入り口から入ってみると中は氷で囲われていて、手すり付きの螺旋階段が壁に沿ってぐるりぐるりと続いていた。外から入ってくる光はそこまで多くない。けどその薄暗さと透明な氷の壁でまるで海中にいるみたい。
「こちらをどうぞ」
先生は可愛らしいミトンの手袋を懐から取り出す。手すりはあるみたいだけど、全部が氷だから素手で掴むには少し冷たい。だからこれはこの場を楽しむには必須のアイテムかもしれない。
「ありがとうございます」
さっそく手袋をはめると手すりをつたって階段を降り始める。
この階段、表面がざらざらしていて滑りにくい!
「すごい!すごいです先生!」
最初はおっかなびっくり同じ段に足をそろえるように降りていたけど、この階段全然滑んない!
白い息を吐きながら数段駆け降りて、壁に両手をつき顔を近づけて海の様子を見る。泳ぐ魚を見つけてはしばらく見つめて、また駆け出す。…楽しい!全面で海の様子が見える。魚たちが水槽の中とは違って見えなくなるまで自由に遠くまで泳ぎ続けてる!自由だ。この子たちは。
もし私にできる方法で彼らが自由に生きている姿を見るには潜るしかない。学校に修行に勉強に、ちょっとの花嫁修業。家の許しが出ない私には海に来れる時間はない。進学して大学に行ったら?同じことだよ。
そもそも明人くんが時間を稼いで、先生が異界を何とかしてくれてなかったら今頃死に物狂いで修業をしていた可能性だってある。そしてその過程で命を落としていた可能性も……。
「あっ……」
幸運をかみしめながら回覧を続けていると、壁に魚が氷漬けにされているのに気が付いてしまった。自分が感動している裏でこの子の命は奪われていたんだ。いままであった自由が唐突に奪われてしまった。それも私のせいで……だ。……いや先生が、この光景を私に見せてくれなかったら……。
先生はこの子の……いやこの子達の犠牲なんて……。
「どうしました?……静佳さんは優しい心を持っていますね」
「先生」
後ろから近づく先生の方を向くことができなかった。せっかくこんな素敵な光景を見せてもらったのに、顔を見たら非難の言葉を投げかけてしまいそうだったから。
……まるで娯楽のように命をもてあそばれたひいおじい様とひいおばあ様の話が私の記憶にしみついている。関係ないとはわかっていてもそれに近い行いができる人間がひどく怖い。
「その魚は死んでませんよ?」
先生はあっけからんと言い放つ。
「えっ?」
どう考えても氷漬けだけど。死んで…ない?
「瞬間的に氷結しているのでコールドスリープ状態になってるはずです」
【ブフ】
壁のこちら側にある氷が盛り上がってくる。
「だから、こうすると…」
【アギ】
氷が溶け、拘束から解かれた魚は至近距離にいる人間の姿に驚き、逃げていった。
「っ!……あの、すみません。……ありがとうございます!」
良かった!先生はとっても優しくていい人だった。そんな人を疑ってしまったみたいで少し落ち込む。
「いえいえ。さぁこれで気兼ねなく見れますね?」
でも先生はいつもと同じように笑いかけるだけで、ちっとも気にしているようなそぶりは見せなかった。
「おっとそろそろ時間ですね」
「時間、ですか?」
すっかり海中展示場を気に入ってしまった私は呟く。もう少し見ていたかったけど、何の時間だっけ?
「行きましょうか」
先生は体を近づけ、瞬く間にお姫様抱っこをしてくる。先ほどは緊急事態だったけど、今は違う。恥ずかしい。
「先生。待ってください」
「口を閉じてください。舌を噛みますよ?」
授業の時のような諭す口調で言われてしまい、不本意ながらも口を閉じる。先生が飛んだ。6段か7段ずつ階段を跳ねながらあっという間に駆け上がり、地上に出た。
「間に合いましたね」
「間に合ったって……あ!」
先生に下ろしてもらった視線の先で太陽が沈み始めていた。
視界を遮るものは一切なく、自分が立っている場所の延長線上に太陽が沈む。走っていけば水面に映る太陽の影も踏めそうだ。
普通に生きていては拝むことができない幻想的な光景だった。
「静佳さん」
支え続けてきた腰を抱き寄せられて、向かい合わせになる。
「なんです……あっ」
至近距離に先生の顔があった。ゆっくりと伸びてきた手が開いて、手のひらで頬を包み込まれる。そうして顔が徐々に近づいてきて、私は目を閉じた。
唇に柔らかな感触。そして今まで感じた事のない熱。先ほどまで感じていた冷えが嘘のようになくなった。全身がじんわりと温かく活性化しているのを感じる。
それはほんの軽く触れる程度だったが、
唇の感触が無くなり顔が遠ざかる。目を開くと、真っ先に先生の唇に目がいってしまう。
さっきまでこの唇が……。
一気に顔があっつくなる。ヤダな、きっと真っ赤になってる……。
私は隠すみたいに少し下を向いた。
「静佳さん。可愛いですよ」
頬に当てられた手で前を向かされて目が合う。そして、虚を突かれて動きを止めた隙に強く抱きしめられた。
「せん…せいっ……」
おずおずとだが私も先生の背中に手をまわして、二人で凍った海の上、夕陽の中で抱き合う。
だんだんと体が芯からポカポカとしてくる。心臓がさっきからずっとうるさい。でも、それ以上にこのぬくもりが愛おしかった。
雑音が消えた静寂の中、オレンジ色のスポットライトに照らされる。まるで世界が二人のことを温かく祝福しているようだった。
閉じたまぶた越しに見える眩しさがどんどんと失われていき、完全に日が沈んだあたりで先生は私の体を離した。
「静佳さん。ディナーでもどうです?」
少し目が慣れ始めた暗がりの中で先生がはにかんだ気がした。
「はい。行きます」
今は少しでも先生と一緒にいたかった。
帰りも先生にお姫様抱っこされて岸壁まで戻ってきた。そのころになるとあたりの暗さもあって恥ずかしさが薄れ始めていたから、先生の胸板に頭を預けちゃった。少し冷静になってからわかったんだけど、先生思ったよりも体格ががっちりしてるかも。
数分車で移動した先は、ずいぶんと立派な建物だった。10階くらいあるかも。
「ここの最上階にあるレストランがけっこう美味しいんですよ」
入り口は明るくて広くて、まるでホテルのロビーみたいなところだった。
「そ、うなんですね?」
……ん?ちょっと待った。今何か……引っかかったような気が?
「さて、行きましょうか?」
そんな疑問をよそに先生に押し込まれるようにエレベーターに乗り込む。
到着していた先に待っていたのは、大きな窓から海と港の光が見えるレストランだった。気合を入れて着飾っている人間も中にはいたけど、大半は少しおしゃれなデート服くらいで私でもギリギリは入れるような…。いややっぱり…。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
入り口にいたウェイターが近づいてきて先生に尋ねる。
「二瓶です。二名でお願いします」
「かしこまりました。席にご案内いたします」
礼をしたウェイターに連れてこられたのは、窓側にある席。ちょうど海と、夜景が半々くらいで見える。そんな場所だった。
そこから先は緊張でうまく覚えていない。料理はおいしかったし、先生とのおしゃべりも楽しかった。
……ほんとは緊張じゃなくて、最後の爆弾発言ですべてが飛んでしまったんだけど。
「もう遅いですし、ここに泊っていきませんか?」
いつもの笑み。
「……はい」
確かに外は真っ暗で、先生に運転してもらうように頼むのは気が引ける。
……口実かもしれない。それも本当だけど。でもやっぱり、先生と一緒にいたかったんだと思う。
選択肢はイエス以外に残ってなかった。