※この作品はR-18です。

機動戦士ガンダムSEED TR -輝ける星を目指して‐   作:開いたぞ、性癖の扉が!!

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短かった二つの話を合わせたら長くなってしまいました。


第19話「それぞれの変化」

 

 

 アークエンジェルへ帰還したケイは真っ先にブリッジへと上がり、件の少女―――ラクスの胸倉を掴み睨む。

 目の前の人物が戦いを止めたおかげでデュエルを仕留め損なった挙句、勝てる戦いを逃したとケイは怒っていた。

 ラクスの警告とアークエンジェルの撤退命令を無視して追えば確かに撃墜出来た。だがそれでは軍隊ではなくただの獣に成り下がる―――通常の軍の作戦であれば軍法会議ものだろう。

 だがあのまま戦えば相手の戦力を確実に減らす事が出来た。モントゴメリや随伴艦の犠牲は無駄にはならなかった筈だった。

 それもあるが、なによりケイにとってはG兵器を破壊する事で研究所に『自身とヘイズル・アウスラの有用性』をより強く示す事が出来た筈だったのだ。

 それを女の面子一つのせいで失った。

 

「―――お前は余計な事を!」

「ムラサメ少尉!」

 

 マリューが止めようとするが、ケイはそれを払う。

 ケイから見ればヘイズル・アウスラは4機の最新鋭MS相手に戦えていた。その上イージスを撤退させ、デュエルも行動不能にまで追い込んだ。

 彼からすれば止める必要が無かった。連合軍という軍の勝利のためだけを考えるならば。

 だがこの少女は違う―――プラントの評議会議長の娘でザフトのパイロットの婚約者だ。

 

「黙って部屋に居れば、アスランやその友人―――貴方やアークエンジェルの人々も傷つきます」

「それが戦争だっ!!お前はピクニックに来たつもりだろうが、こっちは命の取り合いをしてるんだ!!」

「私は無用な戦闘を止めたいのです」

「勝手なことをするなと言っている!!」

 

 ケイが激怒し、その手が振り上げられた。

 

「ケイ・ムラサメ少尉!!」

「!!」

 

 振り下ろされそうになった細い腕を、ナタルの手が掴んだ。

 ケイの細腕ではナタルを揺らす事は出来ても、それを完全に振りほどく事は出来なかった―――流石の剣幕にケイが過去自分が出会った無慈悲な大人たちを思い出して驚いてしまったからだ。

 ケイとナタルの眼が合うが、ナタルのそれはケイを射抜き離さない。

 ナタルは今にも飛び掛かりそうなケイに重い声色で言った。

 

「営倉に入りたくなければ、速やかに退室しろ」

「でもっ!!」

「プラント評議会議長の娘の顔に傷があれば交渉に差支えが出る―――いいから退室しろ」

「…………クソっ」

 

 ケイは吐き捨てるように言うとブリッジを去った。

 ナタルはそれを責めなかった。利口なケイの事だ―――軍やアークエンジェルの立場を考えれば軽率にラクスを傷つける事は出来ないと知っている。

 マリューはどうだか知らないが、ナタルもまたラクスの暴挙に呆れてはいた。

 あのまま行けば、ケイは奪われたG兵器を破壊していただろう。そうすれば連合の汚点は一つ消える。

 だがラクスがあの放送をしてしまった以上、アークエンジェルは人道的保護を行った正義の船だ。それをふいには出来ない。

 後でどう慰めたものか―――ナタルとマリューは同じことを考えていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ―――フレイ。

 ―――パパ?

 フレイは父の声で目が覚めた。

 しかしそこに父は無く、無機質な天井が―――二段あるベッドの上段の底が見えるだけだった。

 

「―――ッ!!」

「フレイ……!」

 

 確かに声が聞こえた筈なのに、そこに父の気配は無かった。

 代わりにサイが心配そうに見つめるだけで、自分にとっての揺り籠であった存在の跡形も見当たらない。

 父―――ジョージ・アルスターはあの時死んだ。

 そう認識するのに時間はかからなかった。

 父が乗った輸送船がモントゴメリの爆発に巻き込まれた時、確かに見たのだ―――父の体が操縦席から投げ出され、外に飛び出たそれが爆風に呑まれたのを。

 あの瞬間『死』というものをフレイは認識した。

 己の目の前で人が死に、その命の『何か』がフレイを―――ケイ・ムラサメを介して通り抜けていった。

 鉛のように重く、ジメっとしていて―――身体を舐めるように通り抜けた。

 今まで生き物の死に出会った事が無いわけでは無かった。なのにあの瞬間、フレイは命の存在をより濃く認識できたのだ。

 フレイは両手で顔を覆いながら、震えた声でぽつぽつと呪詛のようにつぶやく。

 

「―――パパ、死んじゃった」

「……フレイ、今は動かないで良いよ」

 

 サイが起き上がろうとするフレイを抱きとめるが、顔色を見ようとしてぎょっとした。

 まるで死人が喋っているようなものだった―――彼女に常日頃からの愛嬌はどこにも感じられず、絶望の表情のまま固まった人形のような顔。

 

「―――私、見たの」

「……何を?」

「―――パパが死ぬところ。死んで、私の中を通り抜けていったの」

 

 その言葉にサイは理解が追いつかない。

 死人が通り抜けるなどと言う経験は彼にはなく、フレイの気が触れたのだろうと肩を抱く腕の力を強めて背中を優しく摩る。

 錯乱しているのは見るからに明らかだった。

 

「……フレイ、軍医さんに診てもらおう。君は多分きっと……混乱してる」

 

 サイのその言葉にフレイは目を見開くと唐突に声のボリュームを上げて叫んだ。

 

「嘘なんかじゃない!あの子だって、ケイだって感じたはずよ!!」

「フレイ!落ち着いて―――」

 

「落ち着いてるわよ!!パパが死んだのに、納得しちゃったんだもの!!―――あんなことして死なない筈ないって!!」

 

 ―――ガイドビーコンなんか出すな!!死にたいのか!!

 

 フレイの脳内でケイの苛立った声が響く。

 あの時の自分はどこかで安全だと思っていた。

 アークエンジェルの中は揺れはしたが傷一つ付かなかった―――だからMSの中も安全だろうと。今までの一度も、ケイもキラも戻ってこなかった事は無かった。それはフレイにとって安全だと思う要因になり得た。

 しかしそれは間違いだった。狭く苦しい空間の中、いつどこで敵が来るのかもわからず父の要望は無茶苦茶な内容に聞こえただろう。

 フレイにはそもそも敵が見えなかった。ケイが反応して撃った弾を避けた敵の光を見なければ―――というよりもその光すらも小さくてまともに見れたものじゃなかった。

 そんな中で戦っていたのだ―――ケイもキラも。

 途中で感じたネットリとした嫌な気配―――ケイとそれがぶつかったのをフレイはアークエンジェルの中で感じ取っていた。それが只者ではなく、極めて死と隣り合わせである事も。

 それらは父が招いた事だった。だからフレイは怖い思いをした。

 涙をベッドに落としながら、拳を強く握る。

 

「パパの馬鹿……!!」

「止めなよ、フレイの事誰より想ってたんだから……」

 

 想っていたって、死んだら元も子も無い―――フレイは親を憎みそうになった。

 しかし事実フレイを安全な場所へ移送させたかったからこそああいう行動に出た。

 黙りこくるフレイとどうしようもないサイの居る部屋に、ミリアリアが飲み物を持ってやって来た。その顔は少し青い。

 

「フレイ!」

「……ミリアリア」

 

 飲み物を受け取るが、腕の力が上手く入らず口に持ってはいけなかった。

 ミリアリアがそれを見て支えてくれたが、今度は液体を喉に通す事も難しかった。

 体は疲れてはいない―――精神がそれを拒んでいた。

 

「気分は……良くないよね」

「……」

「……フレイは気絶しちゃうし、ムラサメ少尉はラクスさんを殴ろうとするしで大変だったんだよ」

 

 その言葉にサイとフレイは驚いた。

 件の少年は確かに近づきがたい雰囲気があったが、自分たちに手を上げた事は無かった。

 

「ムラサメ少尉が……?」

「……あいつが何かしたの?」

「……ラクスさん、あの後自分からブリッジにあがってアークエンジェルに自分が居る事をザフトに教えたよね?……それで」

「……それで、ムラサメ少尉は戦いを邪魔されて怒った?」

「サイの想像通り。もう皆ピリピリしてさ~……ムラサメ少尉って怖いねって皆で話してたの」

 

 ミリアリアはハアと息を吐いて向かいのベッドに座った。

 そして暫く天井を仰ぐと、ポツッと溢す。

 

「そんなに人を殺したいのかな」

「……多分、僕らが居るから猶更危険を排除しようとしてるって考えも出来る」

「でもおかしいよ―――15歳であそこまで戦争に慣れる事ってある?私たちがいくら平和な所で過ごしてきたからって」

 

 なんか怖いよね、と彼女は苦笑いして飲み物を口にした。

 戦いが止まっただけでも喜ぶべきだ―――それはミリアリアたちにとって当然の考えだった。

 いくらコーディネイターで敵とはいえ、命まで取る必要はないと。

 自分たちの16年と、彼の15年の中身が全く違う事すらも想像がつかなかった。

 しかしそれに異を唱えたのがフレイだった。

 

「殺さなきゃ死ぬだけ……アンタたちは近くで見てないからそう言えるのよ―――私、コックピットに居たのに見えなかったのよ……敵が、これっぽっちも。移動の時だって目を回すくらい速かった……あんなのに乗って戦うなんて普通じゃ無理よ」

 

 見えない敵が見えて、あの動きに目と身体がついて行けるのがケイだ。

 機械が把握するよりも遠くの見えないものが見える―――あり得ない事があり得てしまった。

 ただそれらは死を回避しようと足掻いているだけだ―――死にたくないから、MSで相手を殺す。それだけの事。

 自分にその能力があれば、フレイとて躊躇いこそあれどその力を使っただろう―――ケイやキラのように。

 

「でも殺すのって」

「じゃあ何!アンタは逃した敵がもう一回殺しに来る怖さを受け入れろって言うの!?もしかしたら次に会う時には私たちが殺されてるかもしれないのよ!?」

「フレイ、止めなよ―――ミリアリアも……フレイはお父さんを殺されたんだ、僕たちとは事情が違う」

「事情が違う?―――サイやサイの家族だっていつ死んじゃうか分からないのに!?」

「そんな言い方―――」

「なんで皆してラクスって子の味方するのよ!!悪いのはあいつじゃない!」

 

 フレイは飲み物のパックをサイに投げた。

 どこかで自分は大丈夫だと信じていた無知蒙昧な過去の自分を殴ってでも矯正するべきだった―――そうでなければこんなに落ち込む事すら無かった。

 それなのにサイやミリアリアはまだ自分が安全だと思っている。自分が絶望のどん底に居ないと思っている。

 挙句敵の御姫様に誑かされて、友達気分ですぐそこにある危険に気付かない。

 面倒くさそうな顔をしている二人―――フレイにはそれがすぐに見て取れた。

 はっ、と我に返り自分が嫌な女のそれだと気が付く。しかし二人の心を取り戻すには遅かった。

 

「……出て行ってよ!そんなに敵と仲良くしたいならすればいいじゃない―――私は絶対に嫌!!」

 

 フレイはあたりの物を掴んでは投げた。

 サイやミリアリアは申し訳なさそうな顔をして退室するが、去り際の顔は明らかにこちらを侮蔑する目だった。

 

 ―――何で私が。

 

 フレイはベッドの上で丸くなると、じっと思考した。

 あの時敵を討てていたら、もしかしたら気分も晴れたかもしれない。

 そんな事も考えたが、父は帰ってこない事だけは確実に理解できた。

 胸を通り抜けた何かが父だとしたら―――それはもう宇宙に消えてなくなってしまった。

 今では感じていた何かがどんどん小さくなっている―――ケイという媒介する特異なニュータイプとその能力を増幅させるMSが傍に居ない事でフレイの一時的な感応力は効力を失いつつあった。

 だからこそその感応力がケイ由来の物であるとフレイは感づいたのだ。

 あの男はこれを、戦場に出る度に身体に受け続けているかもしれない―――ひたすら、殺し殺される度に。

 

「何が『そんなに殺したいのか』よ……こんなの、したくないに決まってる」

 

 コックピットで孤独に戦う少年を思い出してフレイは呟いた。

 胸の奥の気持ち悪さを抱えて、フレイは今一度瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 シャワーを浴びる音の中で鈍い音が響いた。

 壁を殴りつけた拳がスルスルと力なく降ろされる。

 先遣隊の全滅という結果にケイ・ムラサメの精神状態は彼が思う以上に悪化していた。

 モントゴメリの撃沈、同乗していたアルスター外務次官の死亡、先遣隊の全滅と煮え切らないまま終わった戦闘。それらがどろりと胸の底に悪感情を募らせる。

 死人の声を感じるのはニュータイプの能力ではないと研究者は言う―――だがこうしてありありと感じているのが現実だった。

 今までなら少し休めば直っていた―――研究所で機体のテストをした時は得られた成果とそれを頭で反復しながら眠る事がケイの不快感を抑えていた。

 だがここに至ってケイの求める成果はない―――そもそも報酬を望むのが極めて幼稚な思考であると分かる。現実はケイが思うよりも過酷だ。

 

 幾らアークエンジェルを守るだけとはいえ、やはり敵に追われたままというのは癪だった―――あのシグーやイージス、他のG兵器の脅威を見れば出来るだけ排除しておきたいのが本音だ。

 放置しておけばそのうちケイはともかく、アークエンジェルは痛い目を見る。そしてそれは母艦を失うことに、任務が失敗する事に繋がる。

 

 濡れて垂れた髪をかき上げる。

 ラクス・クライン―――何故ここまであの女に気を使わなければならないのか―――ニュータイプだからといって兄弟たちのように通じ合う必要性は無い。

 ケイはシャワーを止めると、乱れた精神を整えるために深呼吸した。

 戦えばいい―――戦う事しか許されていないのだから、それを楽しむように自分を変えれば気持ち悪さも消える。

 そうして全てが丸く収まる―――連合が勝てば、すべてが。

 後は全てが終わった世界でまた夢の続きを見れば良い。

 

 ―――いやあああぁぁぁ!!パパ!!……パパぁっ!!

 

 ―――ケ、ィ………。

 ―――お兄ちゃん!!嫌だっ!!死なないで……!一人にしないで……っ!!

 ―――……010J生体反応消失。ハイゼンスレイ、沈黙しました。

 ―――お前が最後の1人だ。出来損ないのクローン共以上に成果を上げてもらうぞ……011K。

 

「……違う、あの時と同じじゃない」

 

 思い出した感覚に震える手を胸にあてる―――違うと分かっていても兄弟たちが死んだときがフラッシュバックしてしまう。

 とうとう耐え切れずシャワー室の床にへたり込んで、ケイは暫く動かなかった。それほどまでにケイは気づかず疲弊していた。

 今までの被験体としての生活のままの浅い睡眠と、付け焼刃の食事では身体も精神ももたなかった。

 どう取り繕っても、ケイは所詮は不健康な15歳の子供だった。

 

「何でこうも上手くいかない……!」

 

 脳裏にチラつくのは処分の文字。

 ―――こうしているうちにも自分より優秀なニュータイプのモルモットが研究所に居たら?

 そうなれば戸籍もロクに無い自分は兄弟たちと同じような目に合うかもしれない。

 それだけは嫌だった。失敗作になれば自分は今までの全てを―――存在していたという事実すらも失う。

 首に刻まれた数字が己の背負う兄弟たちの命の数だ―――それ以外にも実験体は居たし、己が葬った者の数を考えればきりがない。

 だからこそNo.011Kは成功例でなくてはならない。

 人類が言う『ナチュラルとコーディネイター』などという狭い物差しを壊す、さらなる進化の可能性―――それが研究者共の言うニュータイプだ。

 だとするなら、そんな彼らに飼われる自分はそれを体現しなくてはならない。

 そうでなくては、こんなくだらない争いはケイの前から消えてくれない。

 早く戦争が終わらなければ、TR計画はいつまでたっても兵器開発から脱却できない。

 ケイの瞳はその色の澱みの無さとは裏腹に濁りを見せ始めていた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 マリューを待っていたのはケイからの拒絶だった。

 まるで子供の癇癪のようにむくれたまま彼女の呼びかけにも出会った時のような極めて短い返事が返って来るのみ。

 ラクスの勝手な行動を許したからだろうか。

 マリューはそう考えたが、あの時点ではマリューもケイが複数の敵に囲まれている状況である事を知っていたし極力戦闘を避けたいという感情を捨てきれなかった。そしてラクスの呼びかけに相手が反応したのもあって、厭戦感情は今の彼女にもある。

 彼女にはケイの態度が年頃の―――特に思春期と言われる時期の反抗だと思っていたが、ケイのそれは背景を鑑みれば思春期の反抗と言うにはあまりにも不適切過ぎた。

 自立心の芽生えや甘えの表現としての反抗ではなく、そもそも自身の存在価値がかかっているのだから―――それを思春期と捉えて良いのであれば、そうなるが。

 ハッキリとした拒絶の意識で強く払われた手を見たマリューは驚いた。

 今まではどこか人の顔色を見て合わせる素振りを見せた少年が、唐突に相手の身体の事を気遣わずに力を揮うのだから。

 どこかで身体で繋ぎとめられるという自信はあった。求めれば少年はいつでもその身体をマリューへ差し出した。

 だが、それはケイが応えたからこそ出来上がった関係性だった。

 しかしそれがここに来て歯車がピタリとも合わない。

 相手の顔色を窺わなくなれば、当然利己的な動きを取り始める。

 呆然と立ち尽くすマリューを顧みず、ケイは去っていく。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ケイの人間関係が変わったのはそれだけでなく、キラとの関係性も変わった。

 あれから暫く、自らアークエンジェルの人質で無い事を告げたラクスの思惑と外れて、ラクスを取り返そうとするザフトによる小規模の小競り合いがあった。

 とはいってもアークエンジェルを墜とせばラクス諸共デブリの仲間入りを果たしてしまう。ザフトは極めて消極的な戦闘を繰り返すのみだった。

 傍から見ればどう考えても人質が無理やり「連合軍には敵対の意思は無い」と言わされているようなものであり、ラクスの捜索を任務とするクルーゼ隊からすればやはり連合への攻撃は止められなかった。

 それらをキラと連携して撃退する事でケイはその少女の実力を垣間見た。

 キラは非常に優れたパイロットだった―――ケイの機体も難しいものだったが、難解なストライクのOSで戦うのだから、それは見ただけでも分かる。

 しかし彼女の特筆した点はそれだけではない―――彼女は学習能力が他の人よりも高い。

 見て学ぶ。それが出来るキラは確実にケイの影響を強く受けていた。

 相手の力量が自分より確実に下ならパイロットを直接狙う―――そうでないなら相手の行動を奪う。二手三手を読みながら詰め将棋をするように相手を焦らせ、焦って愚を晒した所を取る。

 ここに来てアークエンジェルはストライクとヘイズル・アウスラの2機のMSでザフトを戦々恐々とさせていた。

 

「お疲れ様、ケイ」

「ん」

 

 キラがケイに飲み物を渡す―――これは最早定番となっていた。

 相変わらずと言っていいほどキラは戦った後の虚しさを隠せないでいたが、戦わなければならないと追い詰められた彼女だからこそ追い詰められているケイの心境が理解できた。

 ラクスが戦闘を止めた事はキラの耳にも入った―――そしてそれでアスランやアークエンジェルの皆の命が助かって良かったとも思った。

 しかしケイの言うところの『戦わなければこちらが死ぬ』というのも嫌に理解が出来てしまう。

 アークエンジェルには未だに民間人が大勢乗っており、挙句戦力が少ない。物資も無限ではなく、いずれまた困るときがくるだろう。

 そうなれば次に自分たちを受け入れてくれる場所はあるのか?アルテミスでの扱いを見ればあると言える人間の方がおかしいと言える。

 だからこそキラはケイと共に不安ながらも戦う事を決めた。

 この艦に居場所のないキラだからこそ、最近は仲が良かったはずの艦長ともギクシャクするケイがこちら側に来た事を重く受け止めていた。

 

「この後もシミュレーションするの?」

「……それしかする事無いだろ。パイロットなんだから」

「僕もそうしたいけど、そろそろ休むのも大事かなって」

 

 キラはケイと同じくワーカーホリック気味になっていたが、流石に休める時に休まなければ今後に響く。

 ケイはそれを聞いてじっとキラを見ると、それもそうだと更衣室へ急いだ。

 お互いが限界状態だからこそ、それぞれの休むべきタイミングがよく分かる。キラが言うと言う事は、そういう事なのだろうとケイも受け入れ始めていた。

 背中を預ける以上、片方が不調で片方がそれを庇って負担を強いられるというのは良くない。

 なまじキラが戦闘面で使えるようになったため、ケイとしてもそれをふいにする事はしなかった。

 

 

 

 

 

「なあ」

「うん?」

「"コレ"……まだやらないとダメなのか?」

 

 地獄の底から這い出たような、しかし威圧にはあまりにも向かない声でケイがキラを睨む。

 いつかにキラにしたように、ケイはキラを抱きしめてベッドの上で転がっていた。

 ここの所―――キラを認めるようになってから、彼女の精神状態をコントロールするためにケイは仕方なく彼女の言う『安心できる睡眠』を提供していた。

 キラは戦いの後の虚しさや、それに反して興奮状態で眠れなくなる体を落ち着かせるために人の体温を欲していた。

 自然と大型犬を抱きしめているような気になるのでケイもまた悪い気はしなかったが、やはり同じ歳の女の中でも断然に容姿端麗とも言えるキラに甘えられるのもドギマギさせられるものがあった。

 キラはそれを知ってか知らずか、最初は単に立って軽く抱き合うだけ―――そして今は踏み込んでベッドの上まで畳みかけて距離を縮めた。

 

 何にせよ彼女にとってはマリューやラクスというのっぴきならないライバルが勝手に自滅していったのだから、この上ないチャンスだった。

 彼女らがケイに振られたのは、恐らくはケイの戦いの邪魔をしたからだ。

 ケイは同じ部隊の研究員たちに褒められたくて、MSを操って「どうだ俺は凄いだろう」と言いたいだけで―――殺しそのものがしたいわけではないとキラは感じていた。

 自分とて戦いなどしたくはない―――殺したくはないが、目の前の少年を欲しがる気持ちもあった。そしてそれを一番最短ルートで手に入れられるのが戦闘で有能さをアピールする事だっただけで。

 

「僕が次も戦えるように……って言ったら、駄目かな」

「…………っ」

 

 ケイが戦場で己を奮い立たせるために「戦いなんて平気だ」と悪ぶるのはその実真逆だからだ。戦いが怖いから、それを狂気で上塗りしなければ己の感情で押しつぶされてしまう。

 だからこそと言うべきか、ケイはキラ・ヤマトという己の助けにもなる人間を手放せない。

 ズルいと分かっていてもキラは縋る手を緩めなかった。

 今は互いに利用し合うだけでも、やがて気持ちがケイにも伝わるだろうと―――そうすればお互いがお互いを気遣い、支え合うパートナーになれるだろう。

 

 友人も誰もキラを表面上で労わる人間は居ても、己の命がかかっている以上『戦いたくない』『子供でいたい』という彼女の甘えを許さなかった。

 出来る事があるならやらなければならない―――やろうと思えば何でも出来てしまう彼女にとっては呪いの言葉だ。

 そんなキラの持つ怠惰をケイだけが許してくれる。

 戦いたくないと言えば嫌味ったらしく「部屋に籠って寝てろと」気遣って戦場から突き放してくれるし、戦えば今のようにご褒美が貰える。

 ケイは洞察力が良かった。だからこそ自分が原因で起こったキラの感情の変化に弱かった。

 戦場から突き放してもキラはついて来ると分かっているからこそ、そのことに対して負い目があった。

 そうした感情から来る気遣いからか、ケイはキラにとって今や懐かしさすら覚え始めた父や母を感じさせる存在だった。

 ケイは利用したキラの気持ちを無下に出来ない。本来であれば一人で完結させるべき戦いにキラを巻き込んでいるから。

 だからこそ、キラが弱り果てて尚本当にケイの役に立ちたいと―――そして彼を求めていると分かれば応えてくれる。

 

「……やれば良いんだろ」

「うん」

「今更慣れろなんて言うつもりは無い……ただこれは止められるようにしろよ。それが無理なら戦うな」

「……うん」

 

 そう言っても、ケイは最早パイロットとして羽化を始めたキラという戦術的価値のある人間を捨てれないしキラもこの関係を辞める気はない。

 意味の無いやり取りの後、ケイの小さな体が包めるわけが無いキラの身体を包んだ。体の大きさでは包めてなくても、その思いやりがキラを包んでいた。

 スゥと深く息を吸い、キラは心地よい温もりと彼から伝わる優しい何かと自分ではないケイの匂いを全身で受け止めてまどろみの中に意識を溶かし眠った。己の中で占有率を増す少年に自身の精神を犯されながら。

 ケイもまた、彼女の体温で眠気を誘われて幾年ぶりの安眠を手に入れたのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 ラクスは1人、部屋のベッドで横になっていた。

 自身を駆け抜けた誰かの想い―――それが人の命だと理解できたのはアークエンジェルの中で戦闘に巻き込まれたからだ。

 あれから同じニュータイプの少年とは話をしていない。

 自分を見る目が同族のそれから嫌いな人間を見る目に変わってしまったからだ。

 だがおかしなことをしたつもりは無かった。誰にも死んでほしくない、その一心は変わらなかった。

 

「私はただ……」

 

 1人の少女が背負うにはあまりにも重たい平和は、しかし彼女が一番平和で居て欲しい人々には届かない。

 ―――出会うのが遅すぎた。

 アスランよりも先に彼に出会っていれば、自分は彼の命だけを心配出来た。

 しかしアスランは婚約者だった。自分に宛がわれた番であり、それを支えるのがラクス・クラインに与えられた役目だった。

 今でこそ関わりが冷めてしまったが、責任感が強くハロを好きだと言ったら毎年贈ってくれたりと―――マメな所もあるアスランだからこそ自分は我儘を捨てて彼の婚約者になろうと決意もした。

 ラクスには確かに守るべきものがあった。そしてそれが壊されそうになり―――連合軍として戦う彼が望まない行動に出てしまった。

 

「……」

 

 しかしそれを後悔しているのが今のラクス・クラインだった。

 頭の中で思い出す―――碧い瞳がラクスを射抜いた時、彼女は何とも言えない不思議な感覚に包まれた。

 なまじ通じ合ったからこそお互いが大人ぶる子供である事を知り、手を取り合う事も出来たかもしれないと理解できる。

 手を取りたい。

 彼の心の中の寂しさや悲しさ、それに反するこの通じ合えた温もりを無駄にしたくはなかった。

 

 ―――謝りに行かなくては。

 

 ラクスは意を決して立ち上がった。

 彼が何を言おうとも、それを受け入れるべきだ―――仲を戻したいなら行動をしなくては、次にいつ会えるかも分からない。

 そうして部屋の鍵をピンクちゃんに開けてもらうと、ラクスはケイの部屋を目指して進んだ。

 

「……いませんわ」

 

 部屋に居ないとなると、機体のメンテナンスか―――そう考えたところで最近はキラというコーディネイターの少女と一緒によく居たのを思い出した。

 それキラの部屋へ目指せと、プラントの歌姫はアークエンジェルを練り歩く。

 幸運なことに廊下には誰もおらず、ラクスは堂々とその中を歩けた。

 

「ここがキラ様の部屋ですわね」

 

 部屋の鍵は開けたままである。

 扉を開けると、カーテンの閉じられたベッドがあるのに気が付いた。

 ―――ご就寝でしょうか。

 チラッ、とカーテンを開けて確認すると―――ラクスは思わず口を両手でふさいだ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 身体が重い。

 長く熟睡した事が無かったケイにとっては、この休息によって知覚できなかった疲れを思い出したのかと睡眠の重要さを思い知らされたようである。

 起き上がろうと身じろぎするが―――これはもしや金縛りか?と身体が動かない事に気が付く。

 キラが抱きしめて放さないわけでもない。彼女は既に身体をケイから離して眠っている。

 ではとうとう殺してきた人間の怨念かと目を開くと―――ピンクが目に飛び込んできた。

 

「あら、お目覚めですか?」

「…………………………」

「二度寝も嫌いではありませんわ」

「お前、どの面下げて―――なんで人のベッドに潜り込んでるんだ?」

 

 小声でやり取りをする二人。

 ケイは女の頭をアイアンクローのように掴むと、キラを起こさずに器用に女と共にベッドから降りた。

 プラントの人間が見れば不敬極まりない行為だったが、ケイには知った事ではなった。

 鍵はかけていなかった―――最近は緊急発進もあればキラに余計な事をさせないためでもある。

 女―――ラクスはあらあらと言いながらも平然としてケイの手を受け入れていた。少なくともケイの細腕では彼女の頭を痛めつけるような力は無い。

 ラクスは解放されるや否や、ケイを驚かせた。

 

「おい、何して―――」

 

 ラクスは居住まいを正すと、ケイをゆっくりと見据えた。

 

「謝らせてください。私は貴方にもアスランにも傷ついて欲しく無かったのです。しかし私の我儘が貴方を―――この艦の安全を遠ざけてしまったかもしれません」

「……」

 

 ケイはそれを聞いて表情を歪める―――ラクスの行った事の意味。それは誰が見たって分かる事だった。

 目の前の少女が本当に戦場をかき乱したいだけなのであれば、追悼式典を理由に停戦を呼びかけずにアスランやザフトに発破をかけて嗾けていただろう。

 あの時ザフトに有利な状況にしたいのであれば、あそこでアークエンジェルを混乱させてザフトの兵士が戦いやすくしただろう。

 自分が彼女の立場であったなら、そしてあのタイミングで戦いを止めたいのであればアレが最適とも言えた。

 無論もっと早くに彼女はアークエンジェルを去るべきだったとも言えなくはないが―――出来ない事を言っても仕方がない。

 

「頭、上げろよ……別に、お前のやった事自体はお前の信念的には間違っては無い。ただ俺の目的とは合わなかっただけだ」

 

 生きる道が違う。ただそれだけだった。

 戦うために生まれたようなケイと、戦いを止めたいと願える育ちのラクス。

 謝るだとかそういう問題ではない―――謝ったところでケイは勝算のあった戦いを止める事自体には反対だった。

 自分ではなくキラであれば別だったかもしれないとケイは思う―――キラの内心が既にケイに毒されているとは知らずに。

 ラクスの肩を支えて、頭を上げさせた。プラントの姫に頭を下げさせたとなれば後々が面倒なことになる。

 謝られて変に罪悪感を感じるのも嫌だった。

 

「それに謝る必要は本当に無い。もうじきお前も解放されるだろ―――艦長はお前を第八艦隊に引き渡す事を嫌がってる」

「え……?」

 

 ラクスはてっきり自分はこのままアークエンジェルの合流先で政治的な取引が行われるのだと思っていた。

 彼女自身この艦で得られたものは多かった。だからこそそれを我慢しようとしたのだが。

 別れの時間はもう来ている―――第八艦隊がすぐそこまで来ているが、マリューは平和主義者と言うべきラクスを政治的な場に出す事に罪悪感を感じている。

 この艦の殆どの人間が厭戦感情に溢れていた。そのためケイからしてもマリューの考えは予想出来ていた。

 あの時戦いたがっていたのはケイだけだった。

 

「良かったな。偏見まみれの奴も居るんだ、早く帰れるだけ得だ」

「……」

 

 

 

 ラクスはそれを聞いて呆然としていた。

 アスランの事は嫌いではないが、このまま行けば自分はこの境遇からアスランと政略結婚の道具になるだろう。それが嫌に思えた。

 今までであれば、先ほどまでであればそれを受け入れた。それがクラインの娘という立場に産まれた運命なのだと。

 しかし一歩外に出て見れば、この世はどうしようもなく悪辣なものであり―――それでいて自由だった。

 囚われの身でありながら、彼女は不思議な事に自由を感じていたのだ。ここにいる間は少なくとも16歳のただのラクス・クラインだった。

 同世代の人間と共にあり、そして喧嘩もする―――プラントに戻れば経験しないかもしれない事ばかりだ。

 そしてプラントに戻れば、きっとラクスをアークエンジェルから連れ戻した事を武器にアスランは出世するのだろう。

 出世しなくても『シーゲル・クラインの娘、ラクスを救ったパトリック・ザラの息子』として過激派であるザラ派を勢いづかせる事になる。

 それはラクスにとって不都合だった。

 それでは戦争が長引くだけだ―――ラクスが知る限りでも、パトリックは最早戦いを止められない。ナチュラルへの信用が無く殲滅すら考えるだろう。

 

 そしてまがりなりにも穏健派の父を持つラクスがパトリックの息子と結婚すれば、それは穏健派が過激派に取り込まれる事を意味していた。

 ラクスは女であったが、ただの女ではなく女傑だ―――既に政治に指一本でも手を出していた彼女にとってはそれはただの不都合で片付けれられる問題ではない。

 対立する相手に取り込まれる―――それはザフトという軍隊に事実上乗っ取られたプラント評議会を止める術が無くなるという事だ。

 自分が女で、アスランが男である限りその性別を利用した政治ショーは回避できなかった。

 父親同士がかつての仲を思わせない程対立しているというのに婚約をする。これほどまでに自分とアスランの生まれを鬱陶しく思った事は無い。

 しかし何より、ラクスにはこの艦を降りたくない大きな理由があった。

 

「帰りたくない、と……そう言えたなら良かったのですが」

「……あのな、戦争してるんだぞ。味方に殺されるのが望みなのか?」

 

 ケイが呆れてラクスをひと睨みした。

 だがラクスはそれを見つめ返して、言った。

 

「……貴方と別れるのが惜しいのです」

「―――は?」

 

 ポカンと口を開けるケイ。

 ラクスにはケイが他の人間と違う何かに見えた。

 誰に伝わるでもなく、ラクスにしか分からない―――ケイの心の奥にある精神はまだ15歳の少年、或いはそれよりも幼い。

 幼い彼は求められれば求められるだけの結果を与えるだろう。彼の部隊の怪しげな者たちにも、マリューにも、ナタルにも、キラにも。

 しかし彼が本当に望んでいるものは誰にも理解出来ない―――筈だった。

 ラクスがそれを知ってしまったのだ。

 戦う事しか出来ない。それしか知らないから、ただ兵器を操る。それの何と虚しい事か。

 よりにもよって人に上に立つ事を運命づけられた少女が、人に多くを求められて生まれたせいで求められる以外を知らない少年の心を見てしまった。

 ラクスはそれが戦争で壊れてしまう事を恐れていた。美しい物を愛でて生きてきた身が、それを保護しろと警告を発しているのだ。

 視覚が、聴覚が、嗅覚が、彼のあふれ出んとする魅力を欲しがった。

 

 ラクスは焦るようにも、しかしどこか確信を持ってケイへの距離を一気に詰めた。

 

「キラ様とは、そういった仲なのですか?」

「どういう事だよ」

「その……男女の仲か、と」

「……そんなわけ無いだろ。これは―――民間人が戦ってるんだ、メンタルケアみたいなものだ」

 

 メンタルケアでベッドで同衾する10代の男女は居ないだろうと思いつつも、ケイのどこか受け身な性格を考えればキラに体よく使われているのが分かった。

 ツンツンと人を寄せ付けない態度をしているが、この少年自体がどこか放っておけなかったり気になってしまう人物であるし、彼もまた人を放ってはおけない。

 そのいじらしい所が、ラクスの琴線に触れたのだが。

 

「私、生まれて初めて貴方のような方に会いましたわ―――粗暴な言い方で、なのに私の事を気遣ってくれる方」

「別に……そういうんじゃない―――嫌いなんだよ、人が」

 

 嘘を仰い、とラクスは内心で一蹴した。

 本当に人を嫌う人間というのは、人を傷つけて喜ぶ人間の事だ。

 キラやラクスのような困った人間にあれやこれやと手を貸している時点でケイはお人よしに分類されるだろう。そしてそれがこの少年の本質だった。

 粗暴な事はイコールとして優しくないというわけではない。むしろ、その奥に秘められた気遣いや優しさを感じ取れた。

 面白い人だと思った。突けば突くほどボロを出す―――慌てて取り繕おうにも、彼は取り繕うのが下手だ。内面の幼さや優しさが出てくる。

 いっそのことケイの中身―――ラクスが垣間見た穏やかなそれを表に出してしまえばいいのに。ラクスの中でケイは《お可愛らしい》少年だった。

 

「私は好きですわ、貴方のような方」

「なっ―――!?」

 

 思わずぶっちゃけてしまったが、ラクスはケイを気に入ってしまっていた。

 蝶よ花よと扱われるより、多少乱暴な言い方をされた方が―――心の距離が近くて良い。

 どこぞの誰かにも言ってやりたいところだったが、彼から遠ざかったのだ―――追ったところで望んだ答えは帰ってこないだろう。

 今まで出会った誰もが自分を『クラインの娘』として扱った。それが息苦しくてたまらなかった。

 それでも彼やキラのような人の前では素直なラクスで居られた―――不思議なことに、本当にそう思えたのだ。

 

 胸倉を掴まれたあの時、彼は確かに戦いを止めた事に怒りを覚えていた。

 だがそれは人と状況を思っての事だった―――事情があり補給が出来ないとマリューに知らされて、ようやく状況が掴めたラクスは己の愚策を恥じた。

 補給が出来ない上に、自分を連れて追手から逃げる事も出来ないだろう。

 もし自分を解放しても、撃たない理由が無くなったザフトはこの艦を沈める。

 この艦には民間人が乗っている上にケイの母艦だ―――失えば心も痛むだろう。

 そうならないために、ケイは敵を殺そうとした。

 ラクスには殺しを容認する事は出来なかったが、同時に自分がしたことが本当に正しいと思う事は出来なかった。

 ケイはがむしゃらに生きている―――殺す事しか出来ない立場では、そうする他に無いのだと彼の心が悲鳴をあげていた。

 だから、ラクスは何かしてあげたかった―――ラクスの独りよがりでも何でも、目の前の少年が戦わないで居られるならそれが幸せだと思って。

 

 ラクスはケイの腕を取ると、キラには申し訳ないが―――来た道を二人で引き返した。

 ケイは抵抗したが、ラクスの細腕のどこにそんな力があるのかビクともせず―――あれよあれよという間に彼女に宛がわれた部屋へ連れ込まれてしまった。

 ラクスは爆発する乙女心を止められなかった。

 少年の何とも言えない複雑な―――本当に複雑な心を覗いて、手を出さずにはいられなかった。

 異性として、人として抱きしめてあげたいとこんなにも思ったのはこれが初めてだった。

 逃がさないとも取れる強い意思が彼女にはある。

 ラクスは見た目に反して握力が強い。コーディネイターだからというか、逆らおうとすると恐ろしい目に合うのではないかという本能的な怯えだった。

 

 

 

 

 




話が長くて少し分かりづらいかもしれないので、説明を。

キラは「戦いたくない→戦わなくちゃ→やっぱり無理」を繰り返しています。原作よりも活躍できてないせいで焦りもあるためより不安定です。
そうした精神からケイに甘えるためにちゃっかり添い寝をゲットしてますが、ケイはドキドキしつつ半ばデカい犬に絡まれたとも思ってます。そうじゃないと煩悩に脳を焼かれるので。

ラクスは「アスランなんか知るか!ロマンスに生きる!」なモードに入ってますが、錯乱したわけではなく今後の人生が雁字搦めになるため行きずりに一つ思い出を残そうというスタンスです。
ラクスを動かすにあたって彼女が動く理由を考えたのですが、原作を見てるとラクスがキラを気に入るのにスピード感がありすぎて「愛に時間も理由も要らないんや……」と思ってこうなりました。

フレイは原作よりも近い位置で親を亡くしたため反省モードに入りました。我儘なのは変わらないのですが、戦っているケイやキラに対して理解と自身への無力感を得たという感じです。

大人組は飴と鞭を使い分けているようで食い違っています。性欲を満たせば制御できると考えていたのが間違いでした。

ケイは人付き合いが増えてあからさまに不安定になっています。皆を守りつつ自分が納得できる戦果を求めているので重圧を感じてます。
フレイが親を亡くして悲しんでいるのに過去の自分を投影して申し訳なくなったり、ラクスの全てを見抜くような目にドキドキしたり不安になったり、アピールし始めたキラに「破廉恥な」と精神を乱されたり。振り回され始めてます。

次回はロマンティクス

主人公の見た目に関する挿絵

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