※この作品はR-18です。

機動戦士ガンダムSEED TR -輝ける星を目指して‐   作:開いたぞ、性癖の扉が!!

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第22話「仮面と兎、その昔」

 

 

 

 アークエンジェルは第八艦隊との合流の前にラクス・クラインの返還を取り決めた。

 これはほぼ総意と言ってもいい―――ラクスという身分の高い女性を第八艦隊へ引き連れて行けば、今後のプラントとの関係性は最悪の物になるだろう。

 何せケイは詳しく知らないが彼女は名前の知れた歌姫であり、現在過激派が主流となりつつあるプラント議会で肩身の狭い穏健派の父が居ながらも支持が高い。その歌姫を人質にして政治をすれば反発は必至だろう。

 ただでさえ血のバレンタインの核攻撃未遂と、未だ犯人の掴めないコロニー破壊テロの疑いのある連合が穏健派に連なるラクスを人質としたとあれば、世間では連合がラクスを誘拐しプラントを手中に収めんとする全ての黒幕だと言っているように受け取られかねない。

 そんな短絡的な思考を、人類の新たなる種だと言っているプラントやザフトのコーディネイターがするか?という疑問もあったが―――してしまったからこそ今の関係性が築かれている。

 そのプラントの成り立ちから言って、プラントは特別自分たちがナチュラルの進化の先―――優良種だと信じて止まない。

 そんな人間なのだから、何かにつけてナチュラルを批判したいがために揚げ足を取るようにこれを政治に利用するだろう。『野蛮なナチュラル』は彼らがよく使う文言だ。

 であれば、非公式に身柄を渡した方がマシだった。アークエンジェルという味方から見放された宙ぶらりんの軍艦とラクス・クラインにとっては。

 

「つまり、私はもうここには居られないのですね。折角お友達になれたのに」

『ミトメタクナーイ』

「仕方ない―――お前みたいな立場の人間には守るものも、守るべき人も居るだろ」

『オマエモナー』

「……楽しかったですわ。貴方との時間も、キラ様やミリアリア様との……ガールズトークも」

「……世の中がもっと平和だったらそういうのもあったかもな。もっとも戦争だから会ったとも言えるが」

「もしそうだとしたら、私はもっと大胆になっていたかもしれません」

『テヤンデェ!』

「それもそうか。『あんなこと』しでかすんだもんな」

「~~~っ………でも気持ちよかったですわ、おセックス」

「おせっ……!?く、ククッ……」

 

 ラクスが小さく呟いた言葉にケイが咄嗟に顔を背け、肩が揺れる。

 端正な顔と玉を転がすような声では出ない単語に、それも余計な飾りまで付けて。

 世の中を知らないケイだったが、ラクスもまあまあに世間知らずだ。

 

「あら?」

「いや、くふッ……悪い。そんな丁寧に言うものでも無かったろ」

 

 マリューやナタルが聞けば色んな意味で顔面蒼白していたかもしれない。まだラクスのあれやこれやを知るケイだから笑っていられるが―――プラントの人間はどう思うか。

 彼女の政治的な姿勢に関しては正直、と言ったところだが、人としては案外嫌いでは無かったりする。

 どこか抜けているところが世話を焼きたくなるのだろう―――他人から見たケイもそうだが。

 

 ラクスはアハハと笑う少年を見て胸を熱くしていた。

 怒りっぽいむっとした表情が常でありながら元々可愛らしいと思っていたが、笑った顔は特にだ。

 あまり声を大にして言えた話題ではなかったが、少年にもっと笑ってもらいたいと思った。

 それに、また彼の大きな心に包まれ、甘えたいとも思った。出来る事なら、再びただの女の子に戻してほしい。

 

「またお会いしましたら、今度はお茶でも致しましょう」

「―――『また』があって、俺の気が向いたらな」

「?」

 

 ケイにとっての『また』はラクスの言う『また』とは意味合いが変わってくる。

 フッと笑みが消えて、センチメンタルな表情をするケイ。

 死がすぐそこにある日々を送れば、そんな無責任な約束は出来ない。

 それにラクスは一般人とはいえ敵の陣営の評議会の娘だ―――次に会った時にラクスが仲良くしましょうなどと言えるかどうか。

 それでも、ケイの中に世の中にはこうしたケイの興味を引く人間も居るという事実が刻まれた。

 それはつい数か月前のケイでは思いつかなかった事だ。今は少し視野が広くなった気がする。

 果たしてそれが良い事なのか、それとも余計な事なのかは分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シグーのパイロット―――ラウ・ル・クルーゼは唐突にやってきた報せに頭を悩ませた。

 普段から色々と込み入った事を考える彼だったが、今回ばかりは少し変わっている。

 まあ、普段考える事というのが世界情勢であったり社会の闇であったり己の進退であったりというネガティブな事なのだが。

 

「アレは本当に私を要求しているのか」

「ええ。私はてっきりアスラン・ザラかと」

「私もだよ―――何を考えているんだ、ラクス・クラインは」

 

 ラクス・クラインを名乗る人物による、白兎のMSからの通信。

 とどのつまり敵から通信が届いたと思えば人質の声がした、というわけである。

 これにはヴェサリウスの艦内はどよめきが走り未だに混乱状態は続いている。

 

「人質の返還、それもヴェサリウスの追跡の停止だけを要求するか」

「ガモフは物の数にもならない、と?実際バスターもデュエルも有効打を撃てていませんし」

「いや、私やアスランを警戒しているのかもしれん―――或いはラクス嬢が出世のチャンスをくれたかな」

「はぁ……?」

「『連れ去られた姫を取り返した騎士たち』になれと言っているのかもしれんという事だ」

 

 だとすれば彼女はだいぶ出来た婚約者だ。夫になる男の上司までそのチャンスをくれるというのだから。

 しかし流石のクルーゼもそれは冗談だと分かる。何せ今過激派として議会を牛耳ろうとするパトリック・ザラへの追い風になりかねない事を、対立を深める穏健派のあのお嬢様がするか?という疑念がある。

 

 ―――だが捨てがたいな、白兎のパイロットをこの目に拝めるかもしれん。

 

 感じ取った何かを確かめなければならない―――クルーゼにはその資格と権利がある。

 もしそのパイロットがムウや自分のようなものなら、クルーゼはとうとう己の中の邪念を解き放ちかねない。ぐつぐつと煮えている瞳の奥のそれを。

 

「まあ、大した要求ではない―――私が行こう」

「よろしいので?」

「ああ、あのパイロットにも興味がある」

「……あの白い悪魔ですか」

「それを確かめるのだよ―――悪魔か、或いは堕天使の類かもしれん」

 

 困惑する艦長を横目にクルーゼは急いだ。

 クツクツと笑いが出るのは最早癖だ―――気味の悪い男だと言う者も居るが、この世界を最も楽しんでいるのは自分だという自負が彼にはある。

 だからこそこの状況は楽しいのだろう。

 神秘のヴェールにも似た化けの皮を剥がすような感覚だ。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 パイロットスーツを着込み、男は乗機へ搭乗した。

 温かな感覚の正体が今わかる―――仮にそれが男と同類であるならば、それは特異な例だ。その産まれで成せるものではない。

 だがもし想像と違っても、クルーゼの知的好奇心を満たすものには変わりなかった。

 

「ラウ・ル・クルーゼ。シグー、出るぞ」

 

 心が急かすのをそのままにして飛び出す。

 目の前の白いMSの下へ―――闇夜で光を求める虫のように。

 やがて闇の中で白く光って鎮座するそのMSを前へ出ると、回線を繋いだ。

 

「要望に応じて、私―――ラウ・ル・クルーゼが馳せ参じた。要件を改めて聞こう」

「―――貴官の乗るナスカ級とそれに所属するMSの当艦への追跡の停止だ」

 

 当所の予定通りの要求だ。

 何も変わらない。むしろそれだけというのが恐ろしくもある。

 

「……一つ聞きたい」

「何だ」

「それだけか?我々はもう一隻を随伴艦としているが、そちらは追跡をしたままで良いと?」

 

 足付きにとってガモフは俄然として脅威足り得るはずだ―――舐められた話だとガモフのクルーは怒り狂ってすら居る。

 だが白兎はそれに対して淡々と答えた。

 

「厳密にはこれを内々で処理したいがための譲歩だ―――我々も事情がある」

「ほう、私が言うのもなんだが貴機に乗るお方はそれなりの価値のある方だ―――指令本部に連れて行けば貴官は昇進ものだと思うが」

「要らない―――下らない政治をする趣味はない」

 

 即答だった。

 これにはクルーゼも苦笑いだ―――政治とはとどのつまり政争をするための場であり、高官を目指すのであればそれで出世をするものでもある。

 とんだ正義感だと思う。まるでヒーロー気取りだ。

 その事情が何であれ、この偽善がプラントを勢い付かせる事にもなり得る―――何せ人質が人質だ。

 しかし相手が譲ってくれるというのであれば、クルーゼも『救いに行こうとしたら敵に捕まっていました。何とか頭を下げて返してもらいました』と言わなくても済む。

 

「―――分かった、君の清廉さに応えよう」

 

 シグーのコックピットが開く。

 この状態でまともに攻撃を受ければクルーゼは死ぬだろう。

 しかしクルーゼを撃てば当然火に油を注ぎ戦争は激化する。相手はどう出るかが問題だった。

 白兎のコックピットが開く―――クルーゼは目を見開いた。

 

「な―――」

「クルーゼ隊長、ご苦労様です」

 

 驚いたのは呑気に手を振っているラクスにではない―――その奥に座る小柄なパイロットだ。想像していたよりも小柄だったが、想像していたようなクルーゼに似た雰囲気ではない。

 いや、と冷静に考える―――クルーゼの思い当たる節が現実だとして、見間違いの可能性すらある。

 

「ほら、行けよ……」

「その、声……」

 

 声色が柔らかく聞こえる。

 戦いの中では殺意の籠った声だったため意識が向かなかったが、クルーゼには聞き覚えがある声だった。

 厳密に言えばこの声ではないが、もう少し高い子供の声だ。それにとても似ている、透明感のある澄んだ美しい声。

 ラクスがシグーへ乗り込もうと飛び出たのをキャッチすると、ようやくその顔が見れた。

 バイザーの奥に見えた顔がとても見覚えのあるものだった。

 バイザーの色合いからして見えない筈だったその髪の色が、クルーゼには分かる。

 恐らく薄い色合いの―――水色の髪をしているのだろう。

 

「君、は―――っ」

 

 クルーゼに蘇る、昔の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルーゼが自らの汚点とも言える出生の証を消して各地を転々としていた頃の話だった。

 未だザフトと呼ばれる組織は無く、それの前身とも言える組織に加入した頃の話。コーディネイターたちが切磋琢磨する中で己を人一倍磨いていた時期でもある。

 クルーゼには生まれ持ったものと努力するという二つの才能があった。類まれな空間認識能力や頭脳を以て名を上げ、組織のみならずプラントへその名を知らしめて行った。

 そんな折である―――気に入られた上流階級の男にパーティーに誘われたのは。

 

「パーティー、ですか」

「まあ、君が気に入るかどうかは知らん―――だが私はそれが好きでね。君は好感の持てる青年だからこれを共有したいと思ったのだが」

「……貴方程の人が仰るなら、さぞ良いものかと。期待しますよ?」

「では日程は―――」

 

 面倒な付き合いも後々の野望を思えば仕方のない事だった。

 その頃のクルーゼにはやるべき事があり、それに対して猛進するしかなかった。

 後日男から送られた会場のある小惑星行きの便のチケットを手に、クルーゼはその地へ向かった。

 

 

 指定された場所はとある小惑星の中にあるホテルだった。

 人を呼ぶための大きな広間がある―――世界は荒れているというのに、わざわざ古めかしい文化を感じる豪勢な造りだ。

 まるで世間から乖離されたような空間で、クルーゼは着心地の悪い高いスーツを身に纏って立っていた。さぞや風景に溶け込んでいた事だろう。

 ここに居る誰も彼もが仮面をつけている―――かく言うクルーゼも入る前にこっそりとそれを手渡された。

 恐らくチケットを見せた人間は素性を知られないために、誰も彼も隠れて仮面を受け取り身分を隠してここに居るのだろう。

 それだけの事がここで起こるのか。クルーゼは内心の嫌気を抑えて何とか悟られないように振舞う。

 

「やあ―――おっと、ここでは名前はよしてくれよ」

「ええ、大体は察しがつきます。ところで、これは何を」

「―――出資者を集めているんだよ」

「出資?」

「まあ、見てなさい」

 

 男が近づくなり、気安くクルーゼの肩を叩いた。

 すると暫くしてステージを残して部屋の照明が落とされる―――スポットライトがステージを強調した。

 コツンコツン、と何かが床を叩く音がする。それが何者かの履くヒールの音だと気づいたころには、誰かがその始まりを告げる音に声を上げた。

 ブザーの音と共にステージが始まる。

 そして音楽と共に飛び出たそれを見て、クルーゼは言葉を失った。

 

「なっ……」

 

 子供だ。

 水色の髪をした碧い瞳の色白の美しい子供たちが、露出の多い兎の恰好で踊り始めた。

 だがクルーゼはそれくらいでは驚かなかった。

 そんな趣味の悪い宴を開く大人は、残念ながら多く見てきた。子供を見世物にする―――それは珍しい事でも無かった。

 では何に驚いたのか―――

 

「驚いただろう―――あれだけの美しい子供を……遺伝子操作技術の粋だ。もはや芸術だよ」

「似ている……いや、《似すぎている》……!」

 

 一気に頭に血が上るのが分かる―――正気の沙汰ではない。

 ―――クローンだ。

 コーディネイターではない、恐らく原型となった人間を模したクローン。

 正確にはその中の数人はクローンとしての遺伝子に調整を施したコーディネイターであるが、それでも似すぎている―――意図的にそういう造りにしたのだろう。

 それの子供を10人、大人を楽しませるためだけの衣装と踊りでステージに立たせている。

 それがどれほどの罪か、クルーゼが知らない筈が無かった。

 

「あれは……!?」

「"ニュータイプ"という言葉は知らないだろう?」

「ニュー……タイプ?」

 

 聞きなれない単語にクルーゼは固まった。

 だから何だというのか、そう言いたげな彼に男は自分の浅い知識で知っている部分を口にした。

 

「うん、詳しくは知らんが―――特殊な脳波を持つ人間らしくてね。特に直感に優れているとか、洞察力に優れているだとか」

「っ!!」

 

 思い当たる節が無いわけではなかった。

 何せクルーゼには優れた直感があった。特に人よりも優れたそれで、彼は輝かしい成績を残してきた。

 それと同じ―――この力の名前はニュータイプとでもいうのか。

 己の知らない己を知って、クルーゼは身震いした。この世の中にその力を持っている人間が居て、それもこんなに。

 

「その脳波を研究したいんだと。人類のコーディネイター以外の可能性―――そしてそれを用いた兵器の開発。そのためのクローンだ」

「兵器―――あの子たちは、その成果物ですか」

「眉唾物か知らんがまだ世間に出せるほどの費用対効果は無いらしいがね、結果は出ているそうだよ―――まあ、私たちのような人間にはさっぱりだ。そんな人間に金を出させようというのだから手段は限られてくるだろ?」

「―――」

 

 下品な目つきで男はステージの少年少女に目を向けた。

 彼らは汗を照明に照らされながら、子供が出来る精一杯を踊っている―――楽し気に、笑顔で。

 怒りと呆れで声が出なかった。

 つまりは研究資金欲しさにクローンを量産し、挙句それらを兵器に乗せて、暇があれば体を売るような真似までさせる。

 ここに居るのはクズばかりだ。

 だが更に最悪なのはこの場においては世界で敵対し合うナチュラルもコーディネイターも皆あの子供らに夢中な事だ。

 

「運がいい―――今日は11人目の初ステージのお披露目だそうだ」

「……11人も」

「まあ、11人目は他のより幼いらしく手は出せんそうだが―――もし君にその気があるなら今のうちにどれにするか決めたまえ。男も女も居る―――馬鹿程高いが『良い』ぞ」

 

 ステージの1人からウィンクが飛ぶ。そうして焚きつけられた大人が競り合うように数字を叫んでいった。

 そうしてステージの最中で、そのウィンクの子供は係の者に連れられて何処かへ消えた。恐らく、競りに勝った大人の相手をするのだろう。

 

 思わず少し離れて小休憩を挟む―――クルーゼは滲む汗をぬぐった。

 ……地獄だ。

 無垢な子供すら食い物にして金を得ようとする者、そしてそれらを平然と買おうとする者。

 金があれば何をしても良いのか?クローンだからと、人ではないような扱いをしていいものか。

 どっと嫌な汗が噴き出る。自分の生まれの不幸を塗り替える地獄がここで形成されていた。

 ひょっとすれば自分も人の気を引くほど見た目が麗しければこうなっていたかもしれない。汚い大人の視線に晒され、そして抱かれる。

 そうして睨みつけるようにステージを、観客を見ると―――声が聞こえた。

 

 ―――お化粧、いや!口紅塗らないで!

 ―――駄目、言う事聞いてくれないとお姉ちゃん明日から口利かないよ。

 ―――ケイ、綺麗だよ。

 ―――やだよ、女の子みたいなの

 ―――練習の通りにすれば良いから、ね?

 ―――だってこれ、おまたのとこ動きづらいんだもん

 ―――そういうものだから。行かないと大人の人が怖い事しちゃうよ?お兄ちゃんとお姉ちゃんの言う事、聞けるよね?

 ―――…………うん

 

 子供の騒ぐ声だ。

 そうして再び音楽が鳴り始めると、それは出てきた。

 

「…………っ」

 

 さらに小さい子供だ―――他の子供よりも幼い。

 そんな子供が着るようなものではない白い兎を模した露出の高い衣装で、他の子供に隠れるようにしてステージに立った。

 その子の目を見た瞬間、クルーゼは電流が流れたかのような錯覚を覚える。

 直感だ―――クルーゼが稀に感じる何かが子供を見て発生した。

 子供もそれに気づいたのか、碧い瞳がステージの上からクルーゼを射抜いた。

 

「えっ!?―――ぁ、喋っちゃいけないんだった」

 

 綺麗な声がステージに響いた。

 その一番小さな新人が、ステージの誰も発さなかった声を上げたのだ。

 ドジを踏んだ子供は顔を赤くして縮こまる。他の子供が庇うように囲って小声で慰めていた。

 ほかの子供はクルーゼの勘に引っかからなかったのか、何事も無いかのごとく振舞う。

 

 ―――大丈夫だよ、ケイ

 ―――初めては誰にでもあるからね

 ―――いっしょに踊ろう

 

 小さく頭を下げると、ケイと呼ばれた子供は兄や姉の真似をしながら踊り始めた。

 ぎこちない動きで、正直下手とも言えるそれをクルーゼは眺めていた。

 他の子供より明らかに出来の悪い子供―――己がかつて親と呼べる者に言われた言葉を思い出した。

 才能を確信されて産まれた自分が、不出来だったと知り親は絶望した。

 だが不出来を見て絶望する親と、ここに居るクルーゼは違った―――目の前の少年が頑張って兄や姉の真似をしようと足掻く姿に心打たれた。

 安い感傷だと思っても仕方ないほど呆気ないクルーゼの感性は、そのぎこちない子供に夢中になっていた。

 きっと兄や姉のようになりたいと、練習をしていたのだろう。それでも時折自信無さげに兄弟を見ていた。

 下手な踊り、ぎこちない笑み。しかしあの中で一番輝いていたのはその子だ。

 嫌な大人だと思った観客にクルーゼも混ざっていた。

 

「あの子は、新人は買えるのかね!」

 

 誰かが係の者に言った。それが不可能だと事前に教えられても、その純真な輝きを放つ子供が欲しいと願うばかりに。

 それを皮切りに大人たちは醜悪な姿を晒していく。

 他者より先へ、他者より上へ。金額が上乗せされて、またそれを超えていく。

 全てはあの子供を壊したいがために。

 

「俺が買う!!」

「いいえ、私が―――」

「金ならある!!」

 

 醜い争いだった―――もはやクルーゼ以外に真剣にステージなど見ていない。

 だからだろうか。時折視線を感じる。

 ステージの上から、件の少年がチラっとクルーゼを見ては目線が合うと誤魔化すように顔を背け―――また暫くすると目が合う。

 そんな弟の様子を知った兄や姉が、またクルーゼを見る。

 気が付くと踊りは終わっていた。クルーゼはすっかり全てを目に収めていた。

 ほかの観客は―――少年が若過ぎる故に買えないと分かって暴動を起こしている。

 クルーゼはそれをゴミを見る目で見つめ、世の中の醜悪さをありありと脳に焼き付ける。いずれそれらを煉獄の炎で焼き尽くすために。

 

「あのっ」

 

 ふと、鈴の音が鳴ったような声が自身の前―――視界の下あたりからした。

 顔を向けると、そこにはクルーゼが夢中になった子供が1人、酒の入ったグラスを盆にのせて立っていた。

 

「ど、どうぞ」

 

 ドリンクを進められる―――そう言えばステージを見ている時から喉が渇いたと思っていたところだ。

 そこまで考えて、ここへ誘った男の言葉を思い出す。

 ―――特殊な脳波だとか、洞察力が優れているとか。

 まさか、と少年を見るとその曇りの無い瞳がじっとこちらを観察している。

 

「……まちがってましたか?」

「―――いや、よく分かるものだと関心していただけだよ」

「やった!」

 

 小さな拳を握って喜ぶ兎。

 クイズに正解したように喜ぶそれに、クルーゼは口角を少し上げた。

 似つかわしくない純粋さに曇りは無い。

 男の子なのだろう―――化粧を嫌がったり、発言を思い返せばそう分かる。だが見た目や声は衣装も相まって完全に女児だった。

 このままここで話をしていては、この子は暴徒と化した大人たちに無理やりにでも連れていかれてしまうだろう。クルーゼはその子の手を引いてその場を離れた。

 不思議と子供に抵抗はない―――そんな意識では本当に連れ去られてしまうぞと思わなくもない。

 ひょこひょこと兎の尻尾の飾りを揺らして、少年はクルーゼと広間を出て廊下の曲がり角で話をした。

 

「君は―――君の名前は?」

 

 何者か、と聞こうとして言葉を改めた。

 クルーゼは己の何とも言えない感情を整理するために少年に名前を聞いた。

 呼びようのない感情にこの子の名前を付けたかった。

 

「―――『011K』」

 

 その名前とも言えないものに唖然とする。たったそれだけの数字とアルファベットでこの子供を表すのだと言う。

 これでは家畜か、或いは商品だ。人に与える名前ではない。

 クルーゼですらかつて『ラウ・ラ・フラガ』という名前を与えられて生きて来たというのに。

 クルーゼは震える声で少年に尋ねた。

 

「……それが君の?」

「うん」

 

 首のあたりの髪をかき上げて、少年はそのうなじに記されたものを見せる。

 ―――まるでタグだ。

 世の中には人を人とも思えない人間も居る―――頭の中にその顔が浮かび嫌悪感がにじみ出てきた。

 こんな幼気な子供を弄んで喜ぶ輩が居るのだから嘆きもする。

 だが同時にその子供の持つ眩い輝きにクルーゼは人間の強さを感じていた。

 この子供がどんな将来を迎えるのかは分からない―――だが絶望もしていられないと思った。

 こんな子が居るのなら、その世界の行く末を見なければならない。

 命を捨てるのは今ではない。

 自分の出生に絶望したからといって命を絶つのは自身の選択に対して無責任とも取れる。

 

「―――どうして、あそこで笑っていられる?」

「え?」

「大人たちが嫌じゃないのか?」

「…………わかんない」

 

 子供に聞いた自分が間違っていた。知らない事の方が多い子供に、説明のしようのない質問をするのは酷だ。

 クルーゼはバカなことを聞いたと反省した。

 しかし子供は少し考えると、口を開いた。

 

「いつもお兄ちゃんやお姉ちゃんが守ってくれるから……ちょっとでもみんなの役に立ちたいって思った……から?」

 

 それでは大人を悦ばせて、かえって手に入らない011Kに執着してしまい代わりとなる兄や姉を苦しめているだけだ。クルーゼはその醜悪な大人たちの性質を良く知っている。

 だがその言葉に裏は無い―――子供の純粋さ故の間違いだ。

 地獄への道が善意で舗装されるというように、少年の気持ちが返って兄弟を苦しめているように思えた。

 ―――それでも兄弟は、この可愛らしい弟の愛情を受けて『お前は引っ込んでいろ』とも言えないのだろう。

 

「優しいな」

「……お兄さんは、お兄ちゃんやお姉ちゃんと『特別な部屋』に入るの?」

「…………特別な部屋では、何が起こっているのか知ってるのか?」

「ううん。お兄ちゃんやお姉ちゃんはまだ早いって……でも、多分痛くて苦しい事だと思う……ぼくにはそれが分かるから」

 

 それは最早分かるという度合いでは無いのかもしれない。

 ニュータイプとやらが仮に先ほど少年に感じた電流のような何かだとするなら、それを通して兄弟の感情の機微が伝わるのだろう。

 子供は震えている―――今も特別な部屋とやらに連れて行かれた兄弟を感じるのだろう。クルーゼは少年の胸に抱くようにされた小さな両手を片手で握ると、空いた手で仮面を外した。

 恐らく、これが一番伝わりやすい。

 

「……私は他の大人のようにはならないよ。君の御兄さんや御姉さんを傷つける事はしない」

「……ほんと?」

「ああ」

 

 目を見て言う。先ほどのように己の頭を何かが過った。

 温かい何か―――少年の感情か。

 その感情を言葉にして、クルーゼは少年に微笑んだ。

 

「兄弟が好きなんだな」

「うん!」

 

 少年から伝わったのは愛情だ。

 屈託のない笑顔―――家族を得ると愛で人は変わるというが、クルーゼにこの顔は出来ないだろう。

 だからだろうか、その境遇は決してこれっぽっちも羨ましくも無いのにそう言いきれる少年が羨ましく感じるのは。

 自分には無い感情、家族愛―――持っていないそれに強く惹かれた。

 自分にも拠り所が欲しいと思ったのは初めてだった。それまで空虚を感じなかった心が唐突にそれを覚えた。

 

「……お兄さんは、家族が居ないの?」

「……それも分かるのか」

「ごめんなさい……寂しいって、目をしてたから」

「……」

 

 確かに、他の人が見ればこれをエスパーだと思い研究したくもなる。

 しかしクルーゼは心の中を見透かすそれに対して恐怖は抱かず、ドキリと胸を刺されたように驚く。

 そうか―――寂しいのか、私は。

 空いていた胸の空白に名前が出来た。それは孤独だ。

 

「まあ―――根っからの仕事狂いだからな。嫁も貰えんよ」

「格好いいからすぐに出来るよ!」

「世辞はそういう時に言うものではないぞ、少年」

 

 ふふ、と笑いを溢すクルーゼ。

 温かい気持ちがふんわりと湧き上がってくるのが分かる。世界はあんなにも醜い。人はこんな感情すら生み出せるというのに―――そう惜しむ気持ちすらある。

 ただ嬉しいのは、それが嘘偽りない少年の言葉だからだろう―――。

 他愛のない話の後、少年は研究員の男らに連れられて何処かへ行ってしまった。

 その後の彼らをクルーゼは知らない。

 暫くすると金を得た研究所が無理をして被験体の幾つかを消耗し、とうとうその最後の1人である011Kに白羽の矢が立つ事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 時は戻り現代。

 クルーゼは目の前の少年がかつての兎の少年だと分かった。

 ―――成程、確かに"白兎"か。君にお似合いの渾名だよ。

 

「君か、011K」

「何で、それを―――」

「フフフ…………アハハハハハッ!!!」

 

 男は嗤った。

 世界の馬鹿馬鹿しさと大人たちの汚さ―――そしてあの時と変わらない少年に。

 少年は自分が誰だか分からないだろうが、クルーゼは知っていた。

 世界は残酷だ―――あのままステージで踊っていても彼らは消耗品扱いだっただろうが、戦場へ駆り出されるなどとは思うまい。

 

「……いや、だからこそか」

 

 彼が送り出したプラントの歌姫を横目に見る。

 そうだ、彼女は大した見返りも無しに返還された。それは目の前の少年の善性を信用するには値するものだった。

 きっと戦場で多くの血を見たことだろう。それでもこうして最悪を選ばないその姿勢は、たとえ贔屓目で見ていたとしてもクルーゼにとっては称賛出来るものだった。

 或いはこうした意思が戦争を終わらせるのかもしれない。

 平和を望む歌姫とあの温かさを持つ少年を繋いだものが、世界の希望の光になるかもしれないとクルーゼは考えた。

 

「……また会おう。その頃にはきっと、世界の転換期だろう」

「待てよッ!!何で俺の名前を―――くそっ……」

 

 かつてあの少年を使って小金稼ぎをしていた研究所。その名は確か―――ムラサメ研究所だ。

 クルーゼはまた一つ自身の命が終えるまでの課題を見つけ、暫くは退屈しない事を確信した。

 胸に広がる熱を知るためにも、今はまだ下手な事は出来ない。

 

 

 

 

 




突如クルーゼの脳内に溢れだした存在する記憶

主人公の見た目に関する挿絵

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