※この作品はR-18です。

Sは寂しいのSと言えるか?   作:氷菓くん

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2/3 ハクレナ・ナボハロキス

 あれから毎週ハクレナと会っている。会えば必ず性行為をして、逆にそれ以外のことはほとんどしなかった。

 あの初めて会った日の帰り道に、溜まった性欲を全て吐き出しきってすっきりした気持ちと、それからいくらかの罪悪感を持ちながら、俺はハクレナに聞いてみた。

「ところでなんですけど、ハクレナさんはどうして、好みじゃないかもなんて言ったんですか?」

「好み? ……あぁ、あれはだって、君が乗り気じゃなさそうだったから」

「え、どのあたりが……?」

「一回射精するまで全部。最初の土下座からずっと、なんか気分が乗らないって感じに見えた」

「あー……」

 俺としてはどちらかといえば努めて理性的であろうとしていたくらいだから、気乗りしていないと思われていたとは意外だった。けれどハクレナ視点では、ホテルに入るやいなやバチボコに尊厳を破壊されながら犯されることを想定していたのだとすると、確かに実際の俺の振る舞いには不安になるほど拍子抜けさせられたのだろう。申し訳ないことをしてしまったのかもしれない……と今さらながらに思う。

「あれは、どのくらいのことまでしていいのか分からなかったからですよ」

「なんでもしていいって、前から言ってたのに」

「言うだけなら簡単でしょう」

「実践に自信がないことは言わないよ。サキュバスなんだから」

「経験則で言ってると……?」

「そう」

 言われてみればたしかに、それもそうだった。性経験に乏しい大人のサキュバスは存在せず、経験があるからには、自分の限界もよく知っているはず。もっとよく考えて、もっと早く分かっていてもよかったような話だ。

 ホテルから駅までへの道のりを、さも覚えているかのように二人で横に並んで歩く。本当は道順がうろ覚えだったけれど、後ろをついて歩くよりもなんとなくその方が自然な気がした。ヤっただけで彼氏面をする気は毛頭ないけれど、たぶんベッドで会話をした時に彼女の横顔を何度か見たから、その角度が落ち着くようになったのだと思う。

 ハクレナについては、分かることと分からないことがある。

 分かるのは、彼女が思ったよりリアクションの悪い相手ではなかったこと。苦しんでくれた方が興奮すると白状してからのプレイでは、暴力に対する彼女の反応が明らかに違っていた。泣き叫びこそしないものの、痛みに襲われるたびに全身がこわばり、気を紛らわせるためか必死に荒い呼吸を繰り返す。そのくらいの反応は見せてくれるようになった。

 逃げようとする腰を押さえつけて無理やりアナルを突き回したあと、さっきまでは無口というよりもはや声も出せないほどに苦痛に悶えていたのに、事が終われば嘘のようにケロッとしていたハクレナに俺は聞いてみた。もしかして最初の方はわざとリアクションを抑えていたのかと。すると彼女は答えた。

「だって青ウニくん、ちょっと引いてる感じだったから」

 向こうとしてはそれまでの俺の反応を見て、物言わぬオナホ兼サンドバッグに徹した方がいいのかもしれないと考えたらしい。たしかにあの時に関しては引いていたことも否めないけれども、しかし性癖というものは思った以上に上手く伝わらないものだった。俺は、ああいうプレイ自体は大好きだ。急すぎて驚いたというだけで。

 だから俺はそこで彼女と約束をした。もし次にイラマなり何なりで吐かせることがあれば、その時は頭を踏みつけて舌でゲロを掃除させてやると。やってもいいと分かっている状況ならそういうプレイは大好物なのだということを証明してやると。

 覚えておくね……と、彼女はニコリともせずに、しかしその約束をあっさり受け入れてくれたのだった。

 分からないのは、彼女がそれをどの程度本気で、どういう文脈で望んでいるのかということである。

 俺に元カノがいて、その元カノが小説に影響を与えているということに嫉妬するのだと初めに言われたけれど、あれは本当だったのだろうか。そう言うわりには直接対面したハクレナからは嫉妬心や独占欲、あるいは優越感や達成感といったものは感じられなくて、あの文言はオフパコを取りつけるための方便だったのではないかとすら思えてくる。しかし、では彼女のことが方便を使ってまでサディストに会いたがる生粋のマゾヒストらしく見えるのかというと、それもまたそうでもなかったりするからよく分からない。

 今、ハクレナの横顔を見ても、そこにある感情は無だとしか思えない。なぜ彼女がわざわざ俺に会おうとしてくれたのか、いまいちピンと来ないのだ。……ただその虚無をまとった金髪美少女が、つい先程まで自分の加虐行為を受けとめていたのかと思うと未だに興奮はする。

 案外、別の男からNTRプレイとして送り込まれて来ているのかも……なんて考えているうちに、俺たちは駅まで帰ってきてしまった。解散の運びとなる。

「じゃあ、また呼んでね」

 そう言って去っていった彼女を俺はさっそく翌週呼び出した。そしてその日にさっそく、例の約束を叶えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平日の間、ハクレナとは夜に少しだけチャットをする。話題はいつも性的コンテンツに関することが多かったけれど、オフで会った日から一日飛んだ週明けの月曜に関しては、そこで語られる「性的コンテンツ」とはほぼほぼハクレナ自身のことになっていた。

 その話題の内容と趣旨は、次週のプレイの詳細を詰めることにあった。

 なんでもしていいということだけど、本当に何一つNGはないのか? と念入りに問いただすと、厳密にはそうではないという返事がかえってくる。そこで語られた内容いわく、「二人の間で完結する」という条件付きでのみ、彼女にはNGがないらしい。他人を……たとえば警察を巻き込んでしまうような行為はNGであるわけだ。もちろんそんな行為は俺も望まないので何ら問題ない。

 その時の話の流れで、例外はさらにまだいくつか語られた。

「それからNGといえば、青ウニさんに一つだけお願いしたいことがあります」

「はい。なんでしょう」

「できればなんですけど、待ち合わせ時間よりも早く来ることは、やめてほしいんです。私も毎回早く行けるとは限りませんし、待たせてしまったら悪いので」

 ……あぁ、コルカの時と同じだ、と思わざるを得なかった。言い回しはずいぶん違ったけれど、要するに急かすなというわけだ。初日に手の内がバレてしまったせいで、俺はまたしても自分の遅刻癖への解決策を封じられてしまった。

 しかしせめてもの抵抗として、予防線は張っておく。

「分かりました。……ただ、実は僕は時間通りに行動することがものすごく苦手で、大雑把に早めに現地へ行くことをやめると、どうしても遅刻を防ぎきれなくなりそうなんです。それでも早めに行くことはやめた方がいいですか……?」

「そちらが遅れる分には、数十分程度なら全然大丈夫ですよ。時間は目安だと思って、あまり気にせずにのんびり来てもらえたら嬉しいです」

「なるほど。ありがとうございます、了解です」

 おいおい本当かよ……と思いながらも、その話題はそれで幕を閉じた。そして俺は翌週の土曜に案の定遅刻してしまった。それも十五分という、誤差と呼ぶにはあまりにも大きすぎる遅刻を。

 ハクレナはその日もベンチに座ってぼーっと宙を見つめていた。覇気の失われたその姿におそるおそる声をかける。

「……すみません、遅れました」

「ん……全然。じゃあ行こっか」

 その反応は怒っているようにも、まるで気にしていないようにも見えた。

 前回と同じホテルへ向かう道中、ハクレナが平坦な声で言う。

「今日来てくれて嬉しかった」

「え……?」

「先週の日曜は呼ばれなかったから、やっぱりあんまり気に入らなかったのかと思って」

「いや、いきなり連日はどうなのかなと思って」

「気を遣ってくれたの……? 平日は会えないって分かってくれてるだけでありがたいのに」

「ま、まぁ……」

 そんな会話を、彼女は仏頂面で行うのだ。真意はまるで読めなかった。

 ホテルで部屋に入ったら前回と同じでお互いすぐに服を脱ぐ。ただし今回は初めに口淫をさせるのではなく、ハクレナを壁際に立たせて手を後ろで組ませた。

 下腹部にある淫紋を的として、それからしばらくの間彼女のことをサンドバッグとして扱う。

「うっ。うぐっ。ゔっ……」

 会話もなく、肉の感触と漏れ出る声を黙々と楽しむ。ハクレナは殴られた勢いで多少よろめきはするけれど、耐えられなくなってうずくまるような素振りは見せなかった。

 ……他人に迷惑をかけない限り、彼女にNGはないのだという。再三確認したけれど、それは極論、彼女を殺してもいいということだった。なぜならサキュバスは不死身であり、魔力さえあれば殺されても生き返るのだから。

 もちろん俺にそこまでのことをする気はない。が、もし本当にそれくらいのことが許されるのなら、それよりはマシなことの全ても許されると考えるのが妥当だろう。……そう信頼すると決めて、何発殴ったのかもはや分からなくなってきた頃、俺は彼女の下腹部ではなく、胃のあたりに拳をめりこませた。

 ごぷっ……と、細い喉からまだ聞いたことのない声が鳴った。

「ぅ゛……ぇ、くっ……ふっ……」

 苦痛に朦朧とした目のまま、ハクレナの頬が膨らむ。どうやら寸前で嘔吐を踏みとどまったらしかった。ゴクンとひときわ大きな嚥下音が聞こえてから、冷や汗と共に呼吸が整えられ始める。

 それを見ながら、俺は次の一撃を大きく振りかぶる。もう一度拳を繰り出そうとすると、ハクレナは傍から見てもはっきりと分かるほどに全力で腹筋に力をこめた。

 その力んだ腹に当たる直前で、俺は拳を止める。耐え難い一撃が来ることを警戒していたハクレナが、迫るそれはフェイントであったことに気づいて緊張を解き、フゥと息を吐いた。

 その瞬間に、素早く本命のパンチを叩き込む。油断した腹からはただただ柔らかい感触が伝わってきた。

「ごぽっ……!? お゛ぇ……ぉろ゙ぇ゙」

 数歩よろめいたあと、彼女は今度こそたまらずに嘔吐した。先週イラマした時と同じ薄い茶色の吐瀉物が床に落ちて広がる。

 間髪入れずに、ぜーはー……と苦しそうな息遣いのハクレナの髪を掴んで、床に向けて力任せに引っ張る。すると彼女は崩れ落ちるように膝をついた。

「ほら、約束したよね?」

「……は、はい」

 呼吸を整える暇も与えず、心配する素振りも見せず、俺は彼女に約束を果たさせた。……当然、従順に這いつくばるその頭を踏みつけもする。首の力による些細な抵抗を感じながら、ぐりぐりと踏みにじって足裏で髪の感触まで楽しむ。

 そう多くの時間を要することもなく、彼女は本当に吐瀉物の全てを舌で舐め取り、飲み込んでしまった。舐めとる所作に関しては興奮を煽るための単なるポーズなのかと思っていたから、そうではなかったことに正直少し驚かされた。

 顔を上げたハクレナはいつも通りこれといった表情を見せない一方で、その目はいつもより潤んでいるようにも見える。

「……大丈夫?」

 サディストといえども、そう聞かずにはいられなかった。

 しかしハクレナは、待ち合わせ時間になっても現れない男を一人待っている時と同じように、真顔のままで眉一つ動かしもしない。

「うん、平気」

 怒っているようにも、至極冷静なようにも聞こえる声だった。真意がどこにあるのかは考えたところで分からない。ただ「続けてもいい?」と聞くと、「いいよ」と即答があった。

 その後はベッドに上がって、先週体験しそびれた騎乗位を彼女に所望する。するとハクレナは二つ返事で俺の上に跨った。ただ殴られていただけなのに股の間はびしょびしょに濡れていて、生のちんぽを一息でぬるりと飲み込んでみせる。……無論それが彼女の性的興奮によるものなのか、魔力によるものなのかは、見分けがつかない。

 けれど心なしか、跳ねるように腰を振る彼女から漏れてくる喘ぎ声は、先週よりも気持ちよさそうな物に聞こえた。

「んっ、あっ、うっ、ふっ……、あっ、うっ、んっんっ……」

 そんな彼女の頬を、俺は何の予告もせずに平手で打つ。当たりどころが悪かったのか思ったより鈍い音がした。

 両腕で体を支えて腰を振ることに集中していた彼女は突然の暴力をもろに食らって、一瞬呆然とした顔をする。ピストンの勢いも思わず衰えた。

「あ……、えっ……?」

「気持ちいい?」

「……え、あ、うん」

 答えながら、止めてしまったピストンの間を埋めるみたいに、彼女はぐりぐりと奥の方まで腰を押しつけてくる。さすがはサキュバス、こんな状況でも奉仕をやめるつもりはないようだった。

 そんな彼女の頬に、俺は再びビンタをくらわせる。今度はぴしゃりと良い音がした。

 打たれた頬を片手で押さえるハクレナは、相変わらず呆然とした表情でこちらを見つめ返していた。

「セックス気持ちいい?」

「あ、は、はい。気持ちいいです」

「じゃあもっと腰振って?」

「あ、はいっ」

 片方だけがうっすら赤らんだ頬から手をはなして、彼女は急いでピストンを再開する。きっと奉仕が不十分だからビンタをされたと思っているのだろう。先程までの喘ぎ声はなりをひそめて、走っている時の息遣いに似た早いテンポの呼吸が聞こえてくる。腰の振りは初めよりも激しさを増していた。

 そんな彼女の頬を、俺はまた平手ではたく。右手で狙いやすい左頬だけが狙われて、左右の肌の色にどんどん差がついてくる。

 片方だけが赤らんだその顔には、今度こそ呆然ではなく困惑が浮かんでいた。

「気持ちいい?」

「あ、え、気持ちいい……です」

 返事のために腰を止めた彼女をさらに叩く。

「あっ、ごめんなさいっ」

「気持ちいい?」

「気持ちいいです! 青ウニさんは、どうですかっ……?」

 決して抽挿を止めないように心がけながら、困惑と怯えがないまぜになったような顔で俺を見下ろして機嫌をうかがってくる。演技が下手だという本人の言葉を信じるなら、その表情はほとんど彼女の本心なのだろう。

 そう考えることでなおさら興奮しながら、俺はハクレナにまたビンタをくらわせた。

「気持ちいいよ。続けて?」

「っ、はっ、はいっ」

「そっちは気持ちいい?」

「いっ、あ、気持ちいいですっ。気持ちいいですっ!」

 ハクレナが何を答えても、どんなに健気に奉仕しても、構わず片方の頬だけを叩き続ける。腰を止めたらもっとひどい暴力を振るわれるとでも思っているのか、いくらビンタされても一切抵抗せずに彼女は騎乗位に集中していた。

 そしてそのうち、自分が何かを間違えているから叩かれるのではなく、何の理由もなく痛めつけられているだけなのだということに気がついたのだろう。諦めたような笑みが、潤んだ瞳の下でぎこちなく口角を吊り上げていく。

「気持ちいい?」

「はいっ。ありがとうございますっ、ありがとうございますっ……!」

 指示したわけでもないのに、頬を叩かれるたびに感謝の言葉が返ってくるようになった。まるで命乞いでもするみたいに。

 それを受けて、己の勃起が強まっていることが感覚で理解できた。

 俺はハクレナの頬をなでる。散々痛みを与えたこの手で、白々しく優しげにさすってみせる。真っ赤に腫れた頬と涙目のまま、彼女は決して俺から目をそらさなかった。

「……痛い?」

「あ……。……い、痛いです。痛い……」

 それを聞いてから数秒で、俺は彼女の中に射精した。

 ……こちらの余韻が収まるまでしばらく待ったあと、跨ることをやめたハクレナがすぐに口でのお掃除を始める。自分と他人の体液が混ざりあったグロテスクな物を何の抵抗もなさそうに咥えて舐め回す様を見て、俺はその明るい髪色の頭をなでてみた。心身ともに気持ちよくしてくれたことに対する感謝の心を、それで申し訳程度に表現したつもりになっていたのだと思う。

 咥えたものを離さないまま、彼女は不思議そうな目をしてこちらを見上げる。何らかの疑問を投げかけてくるその目が具体的に何を問いかけてきているのかは、俺には分からなかった。

 お掃除フェラを終えたハクレナは、怯えなんて欠片も残っていない落ち着いた様子で言う。

「休憩しよっか」

 首肯で返す。

 性癖を満たされた射精後特有の脳に滲むような多幸感と、今にもそれが罪悪感にひっくり返ることを知っている理性がせめぎ合って、酒に酔った時のように感情が不安定になっていく。下半身の昂りが一時的に収まってもなお惹きつけられて、俺はハクレナから目が離せなくなっていた。

 彼女の片頬は赤く腫れたままだった。ほんの少しの魔力で瞬き一つの間に治せるはずなのにそれをしないのは、それが彼女なりのサディストへ対するサービスだからなのだろうか。

 ……そんなことを考えながら彼女の姿を目で追い、ウォーターサーバーの稼働するゴポゴポという音が耳に入った時にようやく俺はハッとした。自分の学習能力の低さを呪い、恥じて、向こうが同じことに着眼していないことを祈らざるを得なくなる。

 冷たい水の入った紙コップを受け取った時、俺ははたして上手く「ありがとう」を言えていたのだろうか。ぎこちなくなっていたように思えてならない。

 ん……と相槌をくれたハクレナが隣に座った。

「……あの、それ、もしかして治せなかったりします?」

「うん?」

「ここ」

 自分自身の頬をつつきながら言う。

 するとハクレナは少しだけ砕けた表情を見せた。あるいはそれは、嘲笑だったのかもしれないけれど。

「治していいの?」

「いや、まぁ、はい」

「わかった」

 そう言うやいなや、彼女の頬はみるみるうちに元通りの白さを取り戻していく。その変化は素早くも滑らかで、明らかに人智をこえていた。

 ……そして俺は気づかされる。大体いつもこのくらいのタイミングで、自分は彼女との会話に適切な話題を見失うのだと。

 人の声が途絶えると部屋の中はほとんど無音になる。すると静けさの中で一秒ごとに、さっきまで惹き付けられていたはずのハクレナに目を向けることが怖くなってくる。目を合わせれば余計に沈黙が重くなる気がしたから。

 嬉々として自分を痛めつけていた相手が、用は済んだとばかりに途端に静かになるのを見る彼女の気持ちはどんな物なのだろう。サキュバスたるもの、賢者タイムの理不尽さにも慣れているのだろうか。……そんなことを漠然と考え始めると、発するべき言葉を見つけることはなおさら困難になっていく。

 結局、お互いのコップが空になった時に、ハクレナがまたそれを回収しながら言った。

「青ウニくんってさ、普段なにしてるの?」

「えっ?」

 心底興味なさそうな声で聞かれる。どさっ、と隣に戻ってきた彼女はベッドの上に勢いよく倒れ込んだ。

 向かいのテレビ画面には動画サービス系の選択肢がいくつか表示されていて、その中の一つにYouTubeが見えたことで、俺は咄嗟に答える。

「普通にインドアですよ。ゲームとかアニメとか、あとYouTube見たり」

「どんなの見るの?」

「まぁいろいろ話題のやつとか。……あ、YouTubeはゲーム実況とかVtuberとか見ますね」

「へぇ。おすすめとかある?」

「おすすめ……?」

 そう聞かれると返答に困ってしまう。おすすめのコンテンツを胸に秘めていないオタクなどいない。が、そのコンテンツが万人におすすめ出来る物であるとは限らない。親にVtuberのセンシティブな切り抜きを見せはしないように。

 ソファの上に脱ぎ捨てた服の中からスマホを発掘し、何か無難に勧められる物はなかったかと履歴を探る。……しかし出てくるのは、そのゲーム自体に興味を持っていなければ到底面白いとは思えないだろう実況動画や、配信者本人に興味が持てなければ味の薄くなりそうなVtuberの切り抜き動画ばかり。話の種になりそうもない。

 しかし何か一つくらいおすすめを挙げなければ。そうプレッシャーを感じる中で履歴の海に目を泳がせると、ある一つの動画が目に止まった。

 直感のような物を身に覚えて、考えるよりも先に言葉が出る。

「あ、これ、この前言ってたカードゲームの動画なんですけど」

「あぁ、青2マナのやつ?」

「そうそう。それのカード名だけを使って、替え歌を作るっていう動画なんです」

「へぇ」

「見ます?」

「うん」

 動画を再生し始めたスマホを彼女に渡す。カップラーメンの広告が五秒流れてからスキップされると、前奏よりも先にまず歌詞が来るタイプの曲だったためにいきなり歌い出しが聞こえてきた。

 「沈むように溶けていくように」は「シルムガルの碑 街潰しドムリ」に、「二人だけの空が広がる夜に」は「機械仕掛けのドラゴン 広がりゆく海」に置き換わる。原曲の歌詞が表示されないかわりに、替え歌に使ったカードの画像がそれに合わせて表示されるから、事前情報として何一つそれらを知らない人でも、何が何やら分からなくなるということはないだろう。……たぶん、おそらくは、伝わるはずだ。

 しかしそこから先のわずか数分の未来には、想像力の欠如が招いた地獄が広がっていた。普通に考えれば分かることだった。これまで表情は控えめでテンションは平坦だったハクレナが、おそらくは全くの未知であろうオタク臭いジャンルの替え歌を見せられて、あははと笑うとでも俺は思ったのだろうか? そんなことがあるはずないのに。

 曲がスマホのスピーカーから流れている間、彼女は猫背のままずっと画面を凝視していた。くすりとも笑わず、ニコリともせず、ただただ動画が終わるまでずっと画面を凝視していた。……俺はそれをただ彼女の隣で微動だにせず見ていた。

 その動画を見つけた時は、ペンネームにも絡んでいるしこれしかないと思ったのに、今となっては反省文に目を通されている気分だった。オタクは反省する。もし次があるなら可愛い動物の動画でも見せることにしよう。

 動画の再生が終わった直後に流れる、誰が見るのだかさっぱりなタイミングで始まる広告を停止してから、彼女の手からスマホが返還された。

「うん、面白かった」

「……でしょ?」

 社交辞令のやり取りが飛び交う。……と思いきや、彼女は抑揚のない声と冷めた表情で、意外にも饒舌になる。

「まず歌が上手かった。それに替え歌もすごい。文字だけ見てたら全然違うのに、音で聞いたら結構そういう風に聞こえるし、全部違うカードを当ててるし」

「あ、えっ、そうなんですよ、そうでしょう? この投稿者の人、バンドのボーカルをやってる人だから歌上手いんですよね。先駆者がそんな感じだったからハードルが高くて、似たような動画を出す他の人はボカロを使ったりすることもあるみたいですけど」

「へぇ〜。……青ウニくんはここに出てくるカード全部知ってるの?」

「あ、いや、ほとんど知りません。このゲームって俺が生まれる前からあるので、最近のやつ以外はほとんど知らないんです」

「そうなんだ。じゃあこれ、歌詞を考えた人は相当すごいんだね」

「そうなんですよ。相当すごすぎるんです」

「ね。こういう動画があるの知らなかった。全国の駅の名前で替え歌するやつなら見たことあるんだけど」

「あぁ、あれもすごいですよね。俺それで陶磁資料館南駅だけ覚えましたもん。愛知県の」

「へぇ〜。なんとか高校前のバス停みたいな感じのネーミングだね」

「そうなんですよ。あぁ駅よりも先に資料館の方が建ってたんだなぁみたいな」

「だね」

 その駅が愛知県の具体的にどこにあるのか、どんな駅なのか、陶磁資料館にはどんな物が置いてあるのか、俺は何も知らない。一回ググッた記憶はあるけれど寝たら忘れてしまった。……けれどそんな中途半端で上っ面な雑学もどきを語りながら、俺は自分の心が妙に温まっていくことを感じていた。

 あれ……? 俺、この人のこと好きかもしれない……。と、恋愛のレの字もないだろうただの錯覚が、そうして再び胸中に現れる。彼女におすすめの動画を見せてよかった。

 粘膜を合わせなくたって、暴力を振るわなくたって、このように満ち足りた気持ちになることはできる。その事実が非常に尊く思える一方で、ついさっきまで行っていた加虐プレイの直後に今があることを思うと、尊さがかえって不気味に映るような気もしてくる。

 ともあれ俺は察した。たぶん今日はもうこのまま雑談ムードになって、そこから性欲をさらけだすに至るきっかけは見失われ、お互いが裸である意味をこれ以上は発揮することもなく家路につくのだろう……と。

 それで全然良いと感じながら、俺は気を良くしたままハクレナに話を振る。

「ハクレナさんは、普段なにしてるんですか?」

「私? 私はとくになにも。ごろごろしてネットサーフィンとかならまぁ……って感じ」

「ネットでどんな物見るんです? おすすめの動画とか」

「動画かぁ。私はYouTubeはあんまり見ないんだけど、そうだなぁ……」

 彼女も脱いだ服の中からスマホを持ってくる。そして俺とは違い明らかに目当ての物を初めから定めて、パパパッと素早い操作をしたのち「おすすめの動画」を手渡して見せてくれた。

 そこにはものすごく見慣れたサイト名が表示されていた。

「……これって」

「私、このシリーズ好きなんだよね。お尻が真っ赤どころか赤黒くなってて、すっごい痛そう」

「……俺も見たことありますよこれ。これというか、このシリーズを」

「あ、ほんと? 青ウニくんのお気に入りはどれ?」

「えぇ……? ……まぁこれですかね」

 タップしたのは、和室で柱に縛り付けられた女性が、ものすごい嘔吐き声を上げながらイラマを強いられている動画。

 ハクレナが俺に見せてきたのは紛れもなくエロ動画サイトだった。それもチョイスされた動画は、おそらく国内では一二を争うほどに過激なSMを取り扱っている。

「あ〜これもいいよね。知ってる? この人がもっとひどい目に遭ってる動画」

「知ってますよ。複数人のやつですよね」

「そうそう。なんだ、やっぱり青ウニくんの方が詳しいか」

「……普段ずっとこういうの見てるんですか?」

「うん。なんか、特に趣味とか作る気にもなれなくて、暇だからオナニーする……みたいな」

「へぇ……」

 ほんの数分前まで、俺は誓って本当に、今日はもう楽しくお喋りだけして帰るのだと信じていた。場の流れで自然にそうなるだろうと。そしてそのような和やかな雰囲気で解散すれば、当然また次も仲良く会えるだろうと。

 けれどハクレナはすでに、和やかなだけの空間なんてここには存在しないのだということの象徴を、その両目で見つめていた。

「……青ウニくん、もう一回する?」

 固く反り返った下半身を見つめながらそう問われて、首を横に振れるはずがなかった。

 ハクレナが好きだと言ったそのシリーズにもよくそのプレイを見たな……なんて考えながら、俺は彼女を四つん這いにさせて、後ろから亀頭を穴にこすりつける。……まだ今日は使っていない方の穴に。

 前の穴と違って、そこは挿入する時にいつも入口の広がる感覚が伝わってくる。めりっ……と音が鳴りそうなほどに、柔らかさと固さを合わせ持った輪をこじ開ける感触が得られる。

 挿入される側は、まぁ言うまでもなく相当つらいのだろう。演技は下手だというハクレナが手元でシーツを力いっぱい握りしめている。

「い゙っ……。うっ……ぐっ」

 以前にアナルを犯した時もそうだった。彼女はそれを二つ返事で受け入れるわりに、初めから余裕のない反応を見せてくれるのだ。

 ほぐすことも洗浄もローションも必要としないのが、そのためだけに穴の空いているサキュバスのすごいところだ。けれども魔力をきちんと使わなければ、痛みだけは取り払いきれないらしい。そしてその魔力の使用は俺が禁じている。あくまでもお願いする形ではあるけれども。

 サキュバスの体内から溢れてくる天然のローションでぬめる肉棒を、押し広げられた後ろの穴へさらに深く挿入していく。

「うっ、うっ……! ぎぃっあっ!」

 逃れようとする腰を掴み、咎めるようにスパンキングをお見舞いした。すると彼女も一度は抵抗を諦めようとする。けれどその聞き分けの良さにも、わざと激しいピストンをしてやればボロが出てくる。

 再び逃げ出そうとする腰を引き寄せ、尻を思い切り叩いて悲鳴を聞く。普段は赤黒く変色するまで尻を叩かれる女をオカズにオナニーをしているのだというハクレナが、全身にじっとりと汗を滲ませながら必死に痛みに耐えている様を見下ろす。……正直アナルはまんこに比べれば快感を与える力には乏しいのだけれど、サディストとして得られる征服感の濃さは段違いだった。

 こちらが興奮するほどに凶器は固く太くなって、余計に被害者を苦しめる。その苦しむ様が余計に興奮を煽る。相手からすれば悪夢のような無限ループが完成して、きっと今はベッドに吐き出すみたいに祈りの言葉を繰り返しているのだろう。早くおわって……早くおわって……と。それを想像するだけで、興奮はより強固な物になっていく。

「ぐっ……い゙っ……ぎっひぃ! ぎゃあっ! ぐぎっ、い゙ぃぃ……!」

 早く終わってほしければもっと鳴いてみせろと言わんばかりに力任せなスパンキングを繰り返す。わざと右側ばかりを叩いていたので、その哀れな肉が手型通りに赤くなっていく様がはっきりと見てとれた。

 俺は水風船で遊ぶみたいに、思いきり反動をつけて彼女のアナルを犯す。先端から根元までの長いストロークを繰り返す。するといよいよ射精感が込み上げてきて……。

 ……というところで突然、これまでとは少し毛色の違う悲鳴が響いた。

「あ゙っ! ま、待って! ごめんなさい本当に待って!」

 その声には痛みや恐怖とは違う、なにかもっと別軸な物へ対する焦りが含まれていた。電話でもかかってきたのかな……? と咄嗟に思ってしまうような異質さだった。

 思わず腰を止めた時、偶然にもそれは根元まで入って、彼女の腸内を一番深くまでえぐっていた。

「なに……?」

「……あ、あの、ごめん、本当に痛い。本当に……ちょっと無理かも」

「え?」

「なんでもするから、今日はちょっともう、お尻はやめて……? 本当になんでもするから、お願い」

「は、はぁ」

 プレイを中断しなければならないほど痛いなら、魔力を使って解決すればいいのでは……? 確かに痛がってほしいとは頼んだけれど、NGが出るとなると話が本末転倒ではないだろうか。

 ……と頭では思いつつも、さすがにそこまで言われると要求を無視するわけにもいかない。不完全燃焼のまま、俺は彼女の中から欲望の塊を引き抜いた。

「うあっ!? お゙っあっ……!」

 抜かれる際の刺激が堪えたのか、驚いたような悲鳴が上がる。……さっきまで犯し抜かれていたその穴を見てみると、確かに粘液に濡れながらも痛々しく真っ赤に腫れ上がっているようだった。

 ハクレナの顔色を伺うと、ちょうど彼女もこちらを振り返っていて目が合う。青ざめているいるような顔にも見えるし、そうでもないようにも見える。

 彼女はその目を驚いたように丸くしていた。

「……あ、え、やめるの?」

「え?」

「まだイってないでしょ……?」

「いや、そっちがやめてって言ったんじゃないですか。……たしかに乱暴しすぎましたけど、魔力で治したりって出来ないんですか?」

「え、うん、出来るけど。でもそうしたら、楽しませてあげられないと思う」

「……じゃあ前の穴でするとか?」

「いや、うん、ていうかね。……痛いって言っても無理やりされるのかと思ってた」

「……はぁ?」

 ハクレナは四つん這いのままで会話していた。まるで行為の再開を考慮しているかのように。

 緊急停止をかけるほどの痛みに襲われた相手がどうにか無事に解放されたのだとすれば、防衛本能的な所作として、すぐにもっと別な姿勢に移っていた方が自然な気もする。……本人の発言と合わせて考えると、つまりはそういうことなのだろうか? だとすれば彼女は二重の意味で大嘘つきである。

「無理やりしていいんですか?」

「うん」

「さっきみたいにかそれ以上か、そっちがどんなに冗談抜きで泣き叫んでも?」

「うん。無理やりしてほしい」

「……いやいやいや」

 つまりハクレナは、サキュバスでも限界だと逃げ出すような痛みを受けた……というわけではなかったらしい。彼女は演技をしたのだ。まったくどこが下手だというのか。

 しかし……あれだけの虐待を楽しんでおいてこう言うのも何だけれど、さすがにさっきのようなストップを無視して犯せというのは、いくらサディストとしても心外に値する。俺はハードSMがしたいのであって、本物のレイプをしたいわけではないのだから。

 脳裏に先程の雑談タイムがよみがえる。そこで心に得た温もりを思い出す。……世間の大抵には歪極まりない物言いに聞こえるのだろうけれど、俺はああいうやり取りができる相手を傷つけたくはない。仮にSMプレイ自体が本当はきついというなら、正直ものすごく名残惜しくは思ってしまうけれど、プレイを控えることを誓ったっていいくらいだ。俺はただ、やってもいい、平気だと言われたから、内心にある欲望を解放しているだけで……。

 ……だからそのあたりの問題の解決をはかるために、一つ提案をしてみる。

「……要するにハクレナさんは、俺を楽しませるために、さっきみたいなことを言うかもしれないってことですよね?」

「うん」

「俺はそれを無視して、さらに乱暴にしていいと?」

「うん。いいよ」

「……じゃあこうしましょう。俺は今後、あなたが泣こうが叫ぼうが命乞いしようが、それを一切聞き入れません。ただそのかわり、一つだけ約束してください」

「なに?」

「内心としては平気だなぁっていう時は、痛がりながらでも平気の印を……逆セーフサインを出してほしいんです」

「逆セーフ……? なにそれ……?」

「セーフワードってあるじゃないですか。緊急停止ボタンみたいな。ワードがあるなら、サインもあっていいと思うんです。そしてそのサインの逆……つまり緊急停止が必要ないことを示す物、逆セーフサインがあれば、俺も安心してプレイを続けられるんですよ」

「…………よく分かんないけど、そうしろっていうならするよ。サインってどんな風にすればいい?」

「え……うーん……。ピースとか? 平和のブイ」

「こう?」

 相変わらず四つん這いのまま、ハクレナは顔の横にピースサインを掲げる。なんだか変な撮影のワンシーンのようにも見えた。

「そうです。そのサインが出てる間は、どんなにやばそうに見えてもサキュバスだし平気なんだなぁと解釈します。……そういうことでいいですか?」

「ん、分かった。……ね、一回喉まんこ使う?」

「……お願いします」

 提案に夢中になりすぎて、下半身は蚊帳の外だった。さっそく約束通りのピースを片手に保ちながら奉仕を始めるサラサラの金髪を見下ろしていると、冷めた物が熱を取り戻すまでには一分もかからなかったのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ということがあって、それからハクレナとは毎週欠かさずに会っているし、その度に一通りのことをしている。

 特に逆セーフサインが確立された翌日の日曜日、二日連続では呼ばれないことについて寂しそうにしていた彼女のことを鑑みて、俺はたまには普通に遊んでみないかと連絡をとってみた。土曜は結局あの後もう二回果てるまで虐待まがいのプレイを続けたこともあり、連日ラブホに行くほどの強靭な性欲はさすがに備わっていなかったからそういう誘い方になった。

 趣味を見つける気がないと雑談の中で明言していただけあって、ハクレナはこの世の娯楽というものにあまり関心がないらしい。行きたい場所、やりたいこと、買いたい物、どれも特になし。せめて好き嫌いの方向性くらいはないものかと尋ねても「青ウニさんのしたいことがしたいです」と来るものだから、遊びの選定は迷走した。何せこちらもインドアなのだ。

 思えばコルカと付き合っていた頃は、ほぼ常に向こうがリーダーシップを持っていた。俺は基本的に「ついていく側」だった。映画を見たり、服を買ったり、テーマパークにも行ったし、ラウンドワンの娯楽をしゃぶり尽くした日もある。彼女は俺と違い車の免許を持っていて、あてもなくドライブに走ることもあった。あるいは、コルカは人間の食事にも強い興味を持っていたから、二人であちこちいろんなジャンルの料理を食べに行ったりもした。……そうやって遊んだあとに彼女を抱くことが定番の流れになっていた。

 だけどそう、そのどれもが、俺自身の趣味にはならなかった。別れてしまえば全てはただの思い出で、向こうは今頃別の誰かと……もしくはたとえ一人でも同じように多彩に遊び回っているのだろうし、俺はそれをしない。

 結局、無難中の無難に落ちついて、俺はハクレナとカラオケに行くことにした。歌は得意なのかと聞くと「嫌いじゃないけど下手」と即答があったものの、彼女の言う下手はもはやあてにならない。

 ……それでその日曜日に俺はまた遅刻をした。そういう問題ではないけれど、今度は五分だけだった。

 なぜ約束の五分前に着くつもりに家を出てそうなってしまったのかは相変わらず分からなかったけれど、ともかくハクレナはいつものベンチに座っていた。さすがに二日連続では怒られるかと不安になりながら「遅れてすみません」と声をかけると、彼女はあまり興味なさそうに「目安でしょ」と言って許してくれた。

 カラオケの受付にいた店員が、ピアスこそ無いけれどハクレナと同じ髪型と髪色で、太陽みたいな笑顔でハキハキ喋る若い女性だった。ドリンクバーのグラスを持って部屋に入る際、本人がそれについて言及する。

「さっきの店員さん、私に似てなかった?」

「思いました」

「あのくらい明るい方がいじめ甲斐あったりする?」

「えぇ……?」

 いくらサディストでも咄嗟にそんな視点で人を見たりしない。困惑すると共に、イエスともノーとも答えられなかった。

 電気を点けて荷物を置いたり、マイク等の道具を手元に持ってきたり、諸々の作業を終えて部屋のソファに腰を下ろす。……するとと、なぜか密着するほど近い真横にハクレナが座った。コルカの時は違ったから、カラオケに来たサキュバスがみんなそういう距離感になるわけではないことは知っている。

 けれどもなんだか、ハクレナについてはそれがしっくり来る距離である気もした。こう言ってはなんだけれど、彼女の性格はサキュバス云々を差し引いても少し変わっているように見える。そして俺はそれを気に入っている。美女が隣に座って悪い気のする男はいないだろうし、あれだけアブノーマルなプレイを重ねておいて今さら隣に座られることに緊張する男もいないのだ。

 何事もなかったかのようにデンモクを操作しながら聞く。

「歌いたい曲とかあります?」

「うん。考えてきた」

「おお、じゃあどうぞ」

 トップに戻した画面を傾けて選曲権を譲る。すると確かに彼女は迷うことなく初めの一曲を入れた。

 ここ最近の街を歩けばどこかしらで耳にするような流行曲のイントロが流れ始める。仕方なさそうにマイクを持って、ハクレナはその歌声を披露した。

 ……感情が感じられない声だった。音読のようだという意味ではなく、リズム感はしっかりあるのに、そのポップな曲調と歌詞が水なら、彼女の歌唱表現は油という具合だった。系列的に言えば、たとえば俺が甘い恋愛ソングを歌っても似たようなことが起きるだろう。

 しかしそもそもの話として、歌うことに感情表現の話を絡められるのは、一定の歌唱技術を確保できている者の特権である。音痴の歌には感情もへったくれもない。そういう意味で、ハクレナの歌は間違いなく上手かった。少なくとも後手で歌うことに気が引けてくる程度には。

 けれど肝心の本人は、一曲の始まりから終わりまでを心底つまらなさそうに歌いきる。その様子は、コトリと音をたててテーブルにマイクが置かれた時、彼女は二度とそれを握らないのではないかと思えるほどだった。

「……次、青ウニくんの番」

「え、あぁ。ですね」

 まだ自分の選曲が済んでいなかったことを思い出して、ハクレナの歌に聴き惚れていたのだと気づく。あるいは歌声に関係なく、真隣で異性が歌唱するというシチュエーションそのものに気を引かれていたのかもしれないけれど。

 俺は俺で最近流行りのアニソンを入れた。昔と違って現代のアニソンは普通のJ-POPと見分けがつかないところが良い。いつだって惜しげも無く歌うことができる。

 しかし入力を済ませてマイクを握ったあと、イントロが流れ始める前に、ハクレナが突然甘える恋人のような自然さで肩にもたれかかってきた。えっ、なに……!? と思いはしても口にする暇はなく、俺は色づき始めた字幕を追って歌うしかなくなった。

 コルカとカラオケに行った時は、片方が歌っている間にもう片方が次の曲を入れておくというのが当然のルーティンだった。けれどハクレナは一向に次曲を選ぶ様子がない。まさか本当に聞き専に徹するつもりなのだろうか?

 ……眠っているのではないかというほどに、彼女は俺が歌い終えるまでの間ずっとこちらに身を委ねていた。そして後奏が鳴り止んだ時になってつつましく、かつあざとく、ぱちぱちと小さな拍手をし始める。

「上手いね」

 間違いなく社交辞令だった。

 自分の歌の出来はよく知っている。コルカが、カラオケに行くと必ず採点機能を入れるタイプだったから。

 雰囲気に反して案外歌う気はあるようで、ハクレナはすぐに次の曲を入れる。今度はバラード系だった。相変わらず上手く、相変わらずつまらなさそうに歌う。俺はその間に自分の次の曲を決める。

 ……こちらが歌っている間はハクレナがことさらに体を密着させてくるというのが、どうやら今日のルーティンらしかった。しかもただ密着するばかりか、間奏中に手持ち無沙汰そうにこちらの太ももをさすってきたりもする。男女が逆ならステレオタイプすぎてもはや陳腐なセクハラじゃないか……と半ば呆れながらも、悪い気がするのかといえば、まぁしなかった。

 そしてそんなことを繰り返しているうちに、画面をまっすぐ見据えて歌っている最中の彼女を見ながら、ふとこんな思考がよぎる。……実際のところこちらからセクハラを仕掛けても、彼女は何一つ拒絶しないのだろうな。たとえそれが、もはやレイプであったとしても。

 仮に押し倒したところで、今日はそういう日じゃないはずだと抗議されることはないだろうし、歌っている最中に邪魔をしたところで、それを不愉快に思われるようなこともきっとない。その他常識的に考えれば控えるべき行為でも、おそらく彼女に対してなら全て許される。

 ……一度そう考え始めると、性欲が溜まりきらないからラブホでの性処理ではなくカラオケへ遊びに来ることを選んだはずなのに、月並みにいえば無性にムラついてきてしまった。何せ手を伸ばせばとどく距離に、何をしても許されるだろう美少女が座っているのだ。魔は音よりも速く差す。

 自分が歌っている最中、彼女の肩に回した手を頬に近づけ、そのまま唇に触れてみた。抵抗しない彼女にそうして触れ続けていると、そのうち何でもないことであるかのように、はむっ……とその指が咥えられる。

 舌の粘膜の感触が、思っていたよりも艶めかしく指先を這う。俺は歌詞の表示される画面から目をそらさずに、そのまま指をどんどん深くまで咥えさせた。人差し指と中指で彼女の口内を撫でまわす。まるでそれが自分の所有物であるかのように。

 曲が終わった時、彼女は今まで欠かさずにしていた拍手をついにしなくなった。……その手は別の場所を触れるのに忙しかったからだ。

「……口でしてもらえます?」

「うん」

 チャックを下ろして、大きくなったものをハクレナの眼前に晒す。彼女は隣に座ったまま身をかがめてそれを口に含んだ。人肌に温もった空気に先端が包まれて、思わず恍惚の息が漏れそうになる。

 どこか遠くの部屋から、聞き覚えのある曲を歌う甲高い男の声が聞こえてくる。各部屋の防音機能などしょせんはその程度の物だという実感と、どの部屋にいる誰も、今ここで行われていることと同じことはしていまいという優越感や、背徳感のような物が頭に沁みていく。

 そんな中で彼女は、何も指示をされなくても肉棒を自ら根元まで咥えこんだ。

「お゙ぇ……ゔっ……。ごっ……がっ……ごぇ゙っ! うぉ゙え゙っ!」

「あ、ちょ、ちょっとストップ!」

 慌ててハクレナの肩を叩く。

 折り曲げていた体を起こした彼女は目尻から涙を流しつつ、それを意にも介さないようなきょとんとした顔でこちらを見た。

 申し訳なさを感じながらも、俺は言わなければならないことを言う。

「あの……、万が一外に聞こえたりしたらアレだから、今回は静かにやってもらえると嬉しいかもです……」

「……ごめん。そうだよね」

 伏目がちに謝られてさらに心が痛む。無茶ぶりをしているからではなく、元々彼女へ「苦しんでくれた方が興奮する」と伝えたのは俺だったからだ。彼女はそれに従ってくれていただけなのに、それで謝らされるのではあまりにも不憫だ。

 おそらく彼女はわざと魔力をケチることで苦しんでいる様子を見せてくれているのだと思う。演技下手は自称しているだけというよりも、自称するほどには下手でもないが確かに物凄く上手いわけでもないというのが本当のところなのだろう。明確な根拠はないけれど、ほんの少しずつ知りつつある彼女の性格として、それが一番しっくり来る気がする。……だからこそ自分が滅茶苦茶なことを言っていると自覚せざるを得なかった。

 そしてその日はそれ以降、口淫をする彼女がほんの少しでも声を上げることはなかった。欠片も嘔吐かないし、息遣いさえ聞こえて来ることはなく、ただ黙々と、性器同様にぬめった喉でペニスをしごいてくれた。

 休憩らしい休憩を挟むこともなく、十分近くかそれ以上の間奉仕を受けていたように思う。遅漏になるのも困るけれど、永遠に続きそうな気持ちよさの中から無事に射精感が込み上げて来ることを感じた時、それはそれで複雑な気分になった。献身的かつ一方的にこちらを気持ちよくしてくれるハクレナが、自分が苦しんで見せなくても普通に起こった射精を見て、今まで受けてきた苦痛に不服や徒労感を覚えたりはしないだろうかと。

 ……でもたぶん、その心配は杞憂に終わった。入念に精液をしぼりとった彼女が口の中を見せつけてから、どこか満足そうに言う。

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

 オフで会う彼女が敬語を使うのはプレイの最中だけだ。そうやってこちらを盛り上げるようなことをわざわざしてくれたということは、きっと機嫌を損ねたわけではないのだろう。

 そして極めつけに、見るからにハッとした顔でこう付け加えられもした。

「あっ、ごめん、サイン忘れてた」

「え? ……あ、俺もだ」

 苦しそうに見えても全然平気であることを示すピースサインが、今日はそういえば一度も上がっていなかった。だけどお互いに、お互いの同意を疑いはしなかったのだ。

 ハクレナがちょっとだけ笑ったから、俺もちょっとだけ笑った。萎えたちんこを出しながらでは間抜けな絵面だったかもしれない。

 その後、俺たちは何事もなかったかのように普通のカラオケを楽しんだ。途中でハクレナから「あの替え歌って歌えたりする?」とリクエストされて意気揚々と歌い上げたら、「暗記してるとは思わなかった」と感心半分に困惑されたりもした。もしも他の人の前で歌う機会がいつか来るなら、その時はちゃんとスマホで歌詞を確認しながら歌おうと心に誓った。

 帰り際、会計をする時にレジに居た店員は来た時と同じ人物だった。ハクレナに問われたことが否応なしに頭をよぎるけれど、それで催すような性欲はもはや残っていない。よってあの問いへの答えは浮かばず終いだった。

 駅までへの帰り道で、ハクレナが珍しく俺の手を握ってくる。いや、握るというよりは、指先でつまむような感じだった。ともかくそれを受けて振り向くと、なぜか少し気まずそうな顔をしている彼女と目が合う。

「……青ウニくん、今日はありがとね」

「えっ、なんですか急に。こちらこそですけど」

 思わず歩く速度を緩めてそう言うと、彼女は手を繋いだまま立ち止まってまた微妙な顔をする。何かを言い淀んでいるような、あるいは逆に飲み込もうとしている風に。

 俺も足を止めて、ほんの数秒だけ続きを待った。

「……あのさ、もしかしてなんだけど」

「はい」

「昨日言ったこと、気を遣わせちゃった……? もう呼んでもらえないのかと思ったって」

「あぁ。……まぁ少しも頭になかったといえば嘘になりますけど」

「ごめん、じゃあ忘れて。青ウニくんが呼びたい時に呼んでくれたらいいから」

「でも今日楽しかったですよ。結局その、そういうこともしてもらいましたし」

「私も楽しかったけど。でも、気を遣わせるのは嫌なの」

「……まぁ、考えてはおきます」

 変なところで繊細だな……と思いつつ、その日は駅で解散した。じゃあまた来週、という具合に。

 けれど帰りの電車で一人になってからよく考えてみて、ハクレナの言葉の真意が察せてきた時、俺は少なからず落ち込んだ。サキュバスの性質の一つを思い出して、彼女の言葉におそらくはそれが絡んでいたことに気がついたのだ。

 サキュバスは、近くにいる人物の性欲を察知することができる。性癖等の内容までは分からないらしいけれど、ともかく目の前の人物が今ムラついているかどうかくらいは分かるらしい。それは性欲を吸い取り魔力に変換する彼女らにとって当然といえば当然の機能だ。だからコルカは俺が告白するより以前にも、付き合ってからのデートの最中にも、俺という人物のそれをおおよそ把握していたらしい。

 なら当然、ハクレナにも同じように把握されているのだろう。なぜ彼女が「気を遣わせた」と判断したのか……と考えてみてそこに思い至った。

 少なくとも今日、彼女と合流した時点では、俺に性欲はほとんどなかったのだ。それが相手にも伝わってしまった。人間的に考えればメリハリがあって良いことだろうけど、ハクレナにとってのそれはネガティブなことだったのではないかと推測できる。だから気を遣わせたなんて言ったのではないかと。

 先週の日曜を空けたことで、彼女は「もう呼んでもらえないのかと思った」と不安を語った。だから俺はその不安を拭うためもあって今日の彼女を誘った。あなたに興味があるよ、飽きてもいなければ不満も持っていないよ……ということを行動で伝えるために。けれど実際のところ彼女の言った「呼んでもらえない」という言葉の意味は、俺が漠然と捉えていたような意味ではなかったのかもしれない。

 ハクレナは、「性的に気に召さなかったから呼ばれなかったのかもしれない」と考えていたのではないか。もしそうだとしたら、せっかく合流した俺から性欲が感じ取れなかった時、彼女はどう思ったのだろう。……カラオケの中でやけに誘惑するような素振りをしていたことも、それに関係しているのではないか?

 奉仕を終えたハクレナがそこはかとなく満足そうな顔をしていたことを思い出す。あれは性欲を搾り取ったことに満足していたのではなく、自分が性的に飽きられていないことを確信した表情だったのではないかと。しかしもしそのように満足していたのだとしても、彼女は帰り際に冷静になって、合流時点で感じたことを思い出してしまったのだろう。青ウニは、来てみれば自分への性欲を催したけれど、自分への性欲を催して来たわけでは決してなかったのだと。

 ……もしこの推測が当たっているのだとすれば、ハクレナの心は少し繊細すぎる。繊細なことそれ自体が悪いとは思わないけれど、しかし実際には俺が困ってしまう。彼女の不安の面倒を見ることに……ではない。不安の面倒を見るだけなら、案外本人の言った通り、俺の好きなタイミングで呼び出すだけで事は丸く収まるのかもしれないから。

 けれど困るのは、もし彼女がその繊細さゆえに寛大であった場合のことだ。一日たりとも性的興味を失ってほしくないからそれを実現するためなら何でもする……という理由で彼女が俺の加虐に耐えていたらどうしよう。もしそうだったら俺は、相手の弱みにつけこんでその心身を踏みにじるクズだということになってしまう。それは嫌だ、心外だ。

 どうかハクレナの心が繊細ではありませんように。サキュバスらしく性に関して図太くありますように。どうかコルカのように、俺以外の男との肉体関係を当たり前に複数持っていて、一人の男から自分がどう思われているのかという程度のことで一喜一憂しない人でありますように。

 ……そう祈るついでに、コルカとカラオケに行った時のことを思い出した。彼女はとても気持ちよさそうに特定のバンドの曲を歌う人だった。ああいうタイプのいいところは、一緒に遊んでいて、本当に楽しんでくれているのだろうか? とこちらが不安にならなくて済むところにあったのだと今になって思う。

 もしハクレナが俺に性欲こそを強く求めているのなら、プラトニックな気分の俺とカラオケになんか行ったって楽しめなかったのではないか。そんなことが一日の終わりになって今さら心配になってくる。替え歌を所望されたことがその想像を否定するものだと信じたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、俺がハクレナに会うペースは週一で安定した。土日のどちらかに会い、どちらかには会わない。そして会えば一週間たっぷり溜めた性欲を、暴力的な方法で彼女にぶつける。それが日常になった。

 途中でひらめいて、逆セーフサインのピースは両手で出させるように指示した。そうするとちょっと馬鹿馬鹿しい雰囲気が出て、行われている内容の凄惨さとのコントラストが映えるのだ。ラブホの一室で虐待まがいのプレイが横行する最中、彼女はその指示通りに、どんなことをされてもずっと両手をピースにして掲げていた。

 特に壁際に立たせた彼女に腹パンする時、ダブルピースをさせると無抵抗感が際立ってよかった。イラマする時もそのサインを徹底させることで、いくら苦しくてもこちらの腰を手で押さえることすら叶わない様子が征服感を増加させた。飲尿させる時も同じポーズを取らせたし、タオルをロープ代わりに首へ巻き付けて、横方向に首を吊る形で床を引きずり回した時にも、彼女はずっとダブルピースを掲げながら足をバタつかせて顔を鬱血させていた。もちろん万が一にも死ぬことがないサキュバスが相手だからこそ出来たプレイだ。

 毎週毎週、どんなことを要求しても彼女は拒否しなかったし、躊躇もしなかった。楽しんでいる風でもなかったけれど、特別に軽蔑の雰囲気を感じさせたこともない。たまには違うことをしたいと言い出すこともなければ、あまりにも酷い扱いに涙するということもない。彼女はいつも自らの意思で同意して、プレイが終われば平気そうな顔をする。苦痛によって勝手に流れた涙はあり得ない速度で乾き、怪我の類は完治して、何事もなかったかのように雑談を始めたりする。

 そんなやり取りの中で一つ、忠告されたことがあった。

「青ウニくん、無理したりしてないよね」

 中出しした精液が見たいと言って、仰向けにした彼女の腹を思い切り踏みつけにするプレイが終わったあとにそう言われた。率直に言って初めはその言葉の意味が分からなかった。

「無理……? 俺がですか?」

「そう」

「ハクレナさんじゃなくて?」

「私は何されても平気だから」

「それを言ったら、俺はそもそも何もされてませんけど」

「そうじゃなくて。自分のしたいこと以外はしないでね、っていうこと」

「はぁ。そりゃ、そうさせてもらってます」

 振るいたくもない暴力を何らかの事情で振らざるを得なくなっているなら道徳的にはまだ救いがあるけれど、残念ながらそんなことは一切ない。ただひたすら己の嗜虐心に従うことでハクレナを執拗に痛めつけている。

 だけどもしかしたら、ハクレナの方からはそう見えていなかったのかもしれない。そう考えて俺は聞いてみる。

「俺が何か無理してる感じに見えますか?」

 どこでもない宙を見ながら彼女は答えた。

「ううん。でもサディストの人ってよくいるんだよ。SはサービスのS……みたいな人が」

「ふむ……?」

「マゾを喜ばせるために乱暴をするとか、そういうやつ。青ウニくんにはそういうこと考えないで、したいことだけしてほしい」

「あぁ、なるほど」

 あまりにも次から次へと新しい方法でいじめているから、頑張ってそれを考えていると思われたのか……と理解する。ただ趣味の悪さと性欲が底知れないことをそう捉えられると、笑い事ではないのに少し笑えてしまった。

 だけどそんな会話をした次の週、俺はまた待ち合わせに遅刻して、それでハクレナが言っていたことの意味を改めて考えさせられることになった。

「お待たせしましたすみません……」

「ん……。行こっか」

 それこそ暴力を振るわれた後と同じように、彼女はいつも何事もなかったかのように遅刻を許してくれる。……と俺は今まで思っていたのだけど、「許してくれる」という認識は本当に合っているのだろうか、と不意に不安がよぎった。

 もしかして、俺の遅刻癖が治らないことを彼女は「しぶしぶ来ているからだ」と捉えていて、だから「無理してない?」なんて聞いたのではないか……とか、いろいろと考えてしまう。ハクレナは初日に「自分は相手の気に召さなかったのではないか」と不安になっていたような、無愛想気味な振る舞いに反しておそらくかなり繊細な人だ、そのくらい考えていてもおかしくない。

 しかしそこまで想像しても俺は、自分の遅刻癖を今すぐにどうにかできるとは思えなかった。むしろどうかハクレナにも分かってほしいと思う。この悪癖が治らないのは、それと心情とがまったく関係ないからこそなのだと。

 ところで俺はその日、ハクレナに道具を持参させていた。とどまるところを知らない嗜虐心が手数を求めて、バイブとかディルドとか、そういう道具を使ってみたいと考えるようになり、何とはなしにそのことをハクレナに話したところ、家にあるから今度持ってくると至れり尽くせりなことを言ってくれた故のことだった。

 目に見えて腹が膨れるほど大量に浣腸したままアナルプラグで栓をして、そのまま腹パンをくらわせた。相変わらず普通のアナルファックですら痛がる彼女を、ディルドを使った擬似的な二穴で犯した。バックで犯している時に見える裏向きのピースサインはいつもより数割増しで間抜けな物に見えて、それを眺めながら俺は、一突きごとに深刻そうなうめき声を上げるハクレナの尻を片手間に叩きつつ、のんきにこんなことを考えるのだ。

 自分も幼少期の頃は、母親と手遊び歌で遊んで喜んでいるような普通の子どもだった。右手がグーで左手はチョキだとカタツムリになる。……それを覚えている頭で今していることは、親にはとても見せられないだろう。

「う゛っ、う゛っ……。し、死ぬ……死んじゃ……っ」

「サキュバスなんだから死なないだろ。この嘘つき」

「ひぎいぃぃっ!? ごめんなざっ……ごめんな゛ざっいっ……!!」

 チンポで子宮をエグりながら、それよりもさらに太いディルドでアナルを乱暴に擦るとハクレナが良いリアクションをした。絶対にディルドを落とさないようにしろとあらかじめ指示してあるから、それを受けて従順に穴を締めていた彼女にとって、がさつで無遠慮なピストンはさすがにキツかったのかもしれない。興奮しながらもそう心配するけれど、見れば彼女の顔の横では今も変わらずダブルピースが形作られていた。

 指示を出す時、俺は彼女がそれに失敗した場合の「お仕置き」も言いつけておこうかと考えていた。けれどもよく考えてみると、ハクレナはなんでも受け入れてくれるどころかむしろ欲望の全てをぶつけられることを望んでいるのだから、やりたいことがあるならお仕置きではなく普通にやってしまえばいいのだということに気づく。だから俺は彼女にこう伝えた。

 ハクレナさんなら、言われたことはちゃんとやってくれますもんね? 信頼してますよ。

 ……すでにそれを言った時には後背位の姿勢になっていたから、向こうがどんな表情で「はい」と答えたのかまでは分からなかった。

 それからしばらくの間ねちねちとハクレナをいじめ続けたあと、信頼を損なうとでも思っているのか「やだっ、だめ、やめて!」と必死に叫ぶ彼女を無視してアナルに入っていた物を無理やり引き抜き、痛々しく腫れ上がったそこに指を三本まとめて添える。

「次は腕入れちゃいましょうか」

 サインが取り下げられるかどうかによく目を向けながら、俺はそう言った。

 ……二つのピースは微動だにしなかった。

「や、……やめてください、やめてくださいお願いします……!」

 犯される姿勢は崩さないまま必死に懇願する彼女のその振る舞いに満足して、俺はそのまま両手で腰を掴んで一気に射精まで駆け上がった。

 お掃除フェラが終わってから、雑談のかわりに聞いてみる。

「実際、アナルフィストって経験あるんですか?」

「あるよ。青ウニくんは?」

「あります。……サキュバスってみんなそうなんですかね?」

「しらない」

 大抵のプレイはコルカ相手に実践済みだった。普段はキュッと閉まっていたアナルが、腕を入れるとなった途端にジャージのゴムみたいにロクな抵抗なく広がったことが印象的で、サキュバスの人智を超えた力を堪能した体験としてよく覚えている。

 俺が何度もしくじるうちに、プレイ後の休憩に水を汲んで来るのはもはやすっかりハクレナの役目として定着していた。今日も彼女からそれを受け取る。ありがとうと言うと、毎度律儀に「ん」と返事がある。

 猥談を仕掛けた流れで、俺はずっと気になっていたことも今ここで本人に聞いてしまうことにした。

「ハクレナさんが痛がってる時って、完全な演技なんですか? それとも耐えられるかどうかはともかく、本当に痛かったり……?」

「ちゃんと痛くしてやってるよ? 演技だけで痛がるなんて、私には無理だから」

「……きつくないですか?」

 その問いには、沈黙とピースサインが返された。

 まぁ、そうなんじゃないかとは思っていた。苦痛に悶えるリアクションが全て演技なのだとしたら、それだけの演技力があるなら、普段からもっと愛想よく振る舞っているんじゃないかと思ったから。

 けれど実際のところ、彼女はべつに愛想が悪いわけではないのだと思う。休憩時に水を持ってきてくれたり、お礼を言うと律儀に返事してくれたり、こちらの趣味に興味を持ってくれたり、カラオケに誘えば歌いたい歌をあらかじめ考えてきてくれたり、初日のやや唐突だった土下座や淫語だって、彼女なりに俺を喜ばせようとしてくれたからこその行動だったのだろう。そう考えるとむしろどちらかといえば、ハクレナという女性はこちらに対してかなり友好的な性格をしているように思う。それがなかなか表立った空気感には出てこないというだけで。

 だけど彼女に関して、俺は一つ不可解に思っていることがある。それは俺が彼女と直接顔を合わせた日から一度も新作小説を投稿していないのに、それを急かされる雰囲気や期待される雰囲気はまったく感じないこと。俺の記憶が正しければ、ハクレナは小説の題材にされることを望んで体を許してくれたのではなかったか?

 物の勢いで、それもそのまま聞いてしまう。

「そういえばハクレナさん、俺に小説を急かしてきたりしないんですね」

「急かしたら書いてくれる?」

「……まぁそこはやってみないとなんとも言えませんが」

「なんとも、ね」

 複雑そうな顔をされる。歯切れの悪い返事で普通に不満を抱かせてしまったか……と反省しかけたところで、なぜか唐突に肩にでこぴんをされた。ぺちっと音が鳴る。

「いてっ。え、なに……?」

「したいことだけしてほしいって言ったよね」

「え?」

「青ウニくんがしたいことだけしてって。私のためにやりたくもないことしないで、サービスのSにならないでって」

「……あぁ」

 言われて初めてそれを思い出す。つい最近言われたことだったのに、性行為の熱狂から抜け出したばかりの状態だからか、俺は自分の問いがそこに絡んでいることを認識できていなかった。

「じゃあ、気が向いた時にそのうち書きます」

 改めてそう答えると、ハクレナは満足そうにうなずいた。

 その日の帰り道、思い出したかのように彼女からある提案をされた。

「そういえば青ウニくん、私の家に来るのは嫌?」

「え……?」

「一人暮らしだから誰もいないんだけど。……ちょっとだけ遠いけど、ホテルもタダじゃないし」

「あー、なるほど……?」

 たしかに毎週欠かさず利用していることで、ラブホに入るための資金は無視できない額になってきている。だからといってこんなに好き放題させてくれる相手を手放すなんてことはあり得ないと思っていたけれど、しかしまさか家に誘われるとは思わなかった。

 サキュバスの家にお邪魔した経験はない。コルカは実家暮らしだった。だからなんとなく、サキュバスからお呼ばれするというイメージが今の今まで頭の中になかった。

「ハクレナさんがいいなら、そりゃもちろんって感じですけど」

「そう……? じゃあ来週はいつも通り集合したあと、私の家に向かうってことでいい?」

「了解です」

 非常にあっさりとしたやり取りでそのように決まる。

 なんだか一線を超えた信頼を向けてもらえたような気がして自尊心が高まっていったのは、その日の夜布団に入ってから改めてのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハクレナの家に向かう日、俺は久しぶりに集合時間の五分前にいつもの駅へ到着することができた。ここ一番にそれが叶ったことを若干誇らしく思う一方で、こんな当たり前のことが出来ただけで誇らしさを感じていることなど絶対に悟られてはいけないとも思った。

 家に招かれるということがはたしてどんな物なのか、少なからず緊張しながらいつものベンチに座るハクレナに声をかけたのだけれど、彼女の方は相変わらず虚無感のある雰囲気を纏って落ち着いていた。

「行こっか」

「行きましょう」

 ハクレナの自宅はここから四駅行ったところにある。それは事前にチャットで確認済みだった。

 座れはせずとも空いている電車に一時揺られる。思えばいつも電車に乗って彼女に会いに来ていたけれど、一緒に車両に乗って移動するのはこれが初めてだった。

 近くの女子高生が結構な声量で喋っていたから、それをかいくぐってまで雑談をしようとは俺だけでなくハクレナも思わなかったようだ。一言も交わすことなく目当ての駅に到着する。その時になって久しぶりに「降りるよ」と彼女の声を聞いて、なんだかホッとしたような気分になった。

「歩いて十五分くらいだと思う」

 駅の外に出た彼女がそう言って歩き出す。初めて会った日にラブホヘ先導された時みたいに、俺はただ彼女の背中を追って進んだ。

 信号を一つ渡りきったあたりでハクレナは言う。

「うち、アパートでさ。大きい声出せないんだけどいい?」

「あ、はい、全然大丈夫ですけど。……逆にここまで来てダメって言われたらどうするんです?」

「ホテル行く」

「あ、そう……」

 そりゃそうか、と間抜けなことを思いながらまたしばらく歩いた。まったく知らない道のりの十五分は体感時間が結構長い。

 ……やがて到着したのは、それなりに年季が入っているらしい二階建てのアパートだった。金属製の階段をカツカツ鳴らしながらハクレナは二階の廊下へ向かう。ポケットからチャリンと鳴る鍵を取り出しながら、彼女は廊下の真ん中あたりにある扉の前で足を止めた。

 ガチャリ……と大きめの音が鳴って鍵が開かれる。

「どうぞ」

「お邪魔します」

 玄関から覗いた限り、中はそれなりに普通の家といった様子になっていた。まっすぐ伸びる廊下は広い空間へと続いていて、途中にいくつか付いているドアや引き戸はおそらくトイレや風呂へ繋がっているのだろう。

 あとから入ってきたハクレナが鍵を閉めながら玄関と廊下の明かりを点けた。ホテルでは意識したことがないほどきっちり靴を揃えて脱いだ俺は、手探りで進むような気持ちでとりあえず彼女の前を行く。

「手を洗いたいんですけど」

「そこの引き戸」

 言われて開くと、案の定そこには洗面台と風呂、それから洗濯機が置いてあった。自分の家とは微妙に形式が違う蛇口に謎の緊張を感じながら、とりあえずは手を洗う。

 廊下の先まで行くと、この部屋の間取りがいわゆる1DKであることが分かった。狭くはない……というよりも家主が無趣味を自称しているだけあって、置かれている物の数の少なさにより不自然な広さが実現している。パッと見て分かる範囲では、まずテレビがない。テーブルもない。

 一方で、台所の棚には異様な数のカップ麺が備蓄されているようだった。オーソドックスな味の物だけが数種類、それぞれ十個は積まれていてちょっとした在庫のようになっている。

 それから目についた点といえば、ハクレナが家では布団派だったということだ。たたまれたそれが部屋の隅に置いてあり、今まさに家主がそれを広げようとしている。

 俺は突っ立ってそれを見ている。布団を敷き終えたハクレナがこちらに背を向けたまま服を脱ぎ始めたのを見て、なんとなく慌てるような気持ちになりながら自分もそれに続いた。そうだ、俺がここへ来た目的は結局それなのだ。

 すべての窓には厚いカーテンが引かれていて、外の光のほとんどは部屋の中まで届かない。時折まぶしい外界がその隙間から差し込んでくるベランダへの出窓を背にして、照明に照らされる部屋の中でハクレナはいつも通りその白い体を地べたに折りたたみ、額を床に擦り付けた。

「本日もハクレナを性処理便器に選んでいただきありがとうございます。精いっぱいご奉仕させていただきます」

 その手の台詞をプレイ開始の合図とするのはもはや定番と化していた。毎度毎度微妙に違う台詞を自力で用意してくれることに感心したりもする。

 けれど今日は、下半身に這い寄る彼女をまずは制止して言う。

「あの、お風呂場でやりません? イラマしたいけど部屋汚しちゃいますし」

「あ、うん」

 ホテルでする時も行為が済めば最低限の掃除をすることには変わりないのだけれど、それでもなんとなく人の家だと気が引けるのだった。

 面白半分に吐かされるために場所を変える気分とはどんなものか……と、白い背中を見ながら考える。姿勢悪くやや丸まったそこには、相変わらずマイナス感情が欠片も感じられない。というより、感情その物がないようにさえ見える。寝ぼけながら歩いているかのように、そこには恐れも幸福も宿っていないのだ。

 風呂の床は乾きつつも冷えていた。そこに跪かせたハクレナの喉奥をいつものようにオナホ代わりに使い、いつものように嘔吐させる。毎度毎度、彼女の胃からせり上ってこぼれる物は同じ薄茶色をしていた。きっといつも同じ物を食べているのだろう。そもそもサキュバスに人間と同じ食事は必要ないのだから、それは味を楽しむためか、そうでなければ吐き戻してサディストを楽しませるためだけに胃に収められている。

 勝手に口をはなしたら髪を掴みながらビンタして、息継ぎもロクに待たずまた咥えさせる。……その間ずっと彼女は両手でピースサインを作っていた。いつものことだ。いつものことなのに、俺には一向に飽きがこない。

 加害者がいつまでも飽きないように、被害者だっていつまでも慣れはしないのではないか。時々無言ながら本当に取り乱して苦痛から逃れようとするハクレナを見ているとそう思う。最悪なことに、そういう点こそが俺が飽きずにいる要因なのだけれど。

 イラマチオだけで射精するのも良いが、べつにそうしなければいけない理由もない。今日はなんとなくそういう気分だという漠然とした理由で、俺は顔を真っ赤にして奉仕し続けているハクレナの肩を叩き行為を中断させる。

「布団の方行こう」

 すると彼女は諦念と疲労の滲んだ顔でこちらを見上げてから、吐瀉物のぶちまけられた床に向かって頭を下げた。

「イかせられなくて申し訳ありません……」

「いいよ。でもそれ早く掃除してね」

「はい……」

 舌で汚物を舐めとる彼女の頭を踏みつけて遊びながら、俺は本番へ向けての興奮をキープする。おいしい? と聞けば「おいしいです」と返ってくる。いつものホテルとは舞台が変われば、その背徳感もまた一塩だった。

 布団に仰向けに寝転がる頃になってもまだハクレナの顔には疲労の色が浮かんでいた。魔力を使えば不眠不休で元気に三日は走り回れるらしいサキュバスという生物が、サディストを楽しませるためだけにわざと疲労を残している。それは非常に自己犠牲的なサービスで、性的興奮はもちろんのこと、興奮に塗りつぶされないギリギリのところで感謝の念まで湧いてくる。だけど感謝を相手への優しさに結びつけていては、いつまで経ってもお互いに満足できない。

 ピースサインを作る両の手首を押さえつけながら、胃液にまみれて固くなったままの物を彼女の中に挿れる。そしてそれを根元まで押し込んだまま、小ぶりな胸に口をつけて前歯の先を突起に当ててみる。……これから与えられる痛みを想像したハクレナの体がこわばった。

 乳首をはさんで軽く歯ぎしりしながら、次第に噛みつく力を強くしていく。際限が見えないまま増していく痛みにカタカタと全身をふるわせながら、彼女はそれに耐えていた。

 そういった加害性のあるプレイがどうしようもなく、俺の興奮をどこまでも煽り高めていく。乳首の次は肩に噛みつき、そのあとに唇を奪う。そしてそこで「舌を出して」と指示すると、嫌な想像でもしたのか、彼女は大いに躊躇いながらゆっくりとその舌先をこちらに捧げた。

 その舌にほんのわずかな力で甘噛みをしながら、俺は言う。

「大きい声は出せないんだっけ……?」

「んっ……!? んっ、んぅっ……!!」

 舌を噛む力を強めていくと、期待通り怯えた反応がもらえる。視界に収まらない分、手でサインの有無を確かめてみる。すると二本の指はまだ明確に立てられていた。

 ……きっとハクレナは、このまま本当に舌を噛み切っても許してくれるのだろう。けれど流血沙汰になるほどの加虐は、実のところ俺の好みではない。彼女の舌を解放して、たっぷり蓄えた興奮を燃焼させるかのようにピストンを開始する。ハクレナの口からは濁った喘ぎ声が断続的に響いた。

「腹パンとビンタどっちがいい?」

「あ゛っあ゛っ、び、ビンタ……っ。おなか、いま、ぐるしぃっ……。……おぐぅっ!?」

 わざと彼女が選ばなかった方に拳をめりこませる。彼女が俺の悪趣味さを目の当たりにするのはこれが一度や二度ではないから大丈夫なはずだけれど……と一応サインを確認すると、やはりそこには何ら変わらない同意の印がある。

 それを見たことで安心して、二発目以降の拳を叩き込むことができた。

「う゛っ、うっぐっ……。ひど……ひど……いっ、お゛っぐえっ……!」

 サインとは反する悪態をつく彼女の中に気持ちよく射精して、ひとまず一回戦が終わった。

 どれだけひどい仕打ちを受けてもハクレナは、俺が射精したらまずはお掃除フェラにとりかかる。指示するわけでもなく速やかに始められるそれは彼女の余裕の表れでもあり、暴力的なプレイを終えた後の和解の証でもある。……といっても、一度お掃除の最中に無断でイラマを強いてみた時にも、ただピースサインが返されるだけだったのだけれど。

 お互いの体液の混ざり物を綺麗に舐めとったハクレナは、それから今思い立ったかのように冷蔵庫の方へと歩いていった。戻ってきた彼女の両手には、麦茶のボトルとティーカップ二つがある。

 お礼を言いながら注がれた茶を受け取りつつ、俺は聞いてみる。

「今さらなんですけど」

「うん」

「ハクレナさんって、なんで被虐プレイが好きなんですか?」

「……聞いてどうするの?」

「え」

 思わぬ棘のある返事に一瞬ドキリとした。けれど考えてみればそれは、単にサービスのSを嫌うがゆえのことだったのだろう。びびることはない、正直に答える。

「ただの興味本位です。しばらくヤらせてもらってますけど、痛みが快感に変わるとか単純に興奮するとか、そういうタイプには見えなかったので」

「……なるほど」

 冷めた態度の裏で実はめちゃくちゃ興奮しているのかもしれない……とも考えたけれど、なんとなくその線はない気がする。もし日頃からどうしようもなく興奮していたのであれば、今までに一度くらいそれを言葉にしてくれていてもよかったはずだろう。何せいつもピースサインを求められる彼女には分かっているはずだから。俺に渡す免罪符は、多ければ多い方がいいはずだと。

 そして実際、その推測は正しかった。ハクレナはつまらなさそうな顔をしながらつまらなさそうな声で答える。 

「楽なんだよね、マゾの役って。耐えてればいいだけだから」

「……耐えるのは相当つらいのでは?」

「人間にとってはそうかも。でも私は、あれこれ考えなきゃいけないことの方が面倒くさい。どうすれば気持ちよくなってくれるのか、どうすればもっと興奮してくれるのか、喜んでくれるのか……って、気を遣うっていうのかな。演技とかそういうのも、なんか本当に面倒になっちゃって」

「俺のことも、だいぶ手を尽くして興奮させてくれてる気がしますけど」

「青ウニくんは分かりやすいから。私は言われたことに従って、適当に媚びてればいい。……言葉に心がこもってなくても君みたいな性癖の人は喜んでくれるから」

「……あぁなるほど。それはたしかに」

 言葉に心がこもっていなくてもいい、という部分に特に共感した。いやむしろ、心はこもっていない方がいいとすら言える。相手の尊厳を踏みにじる数々の台詞は、ただ嫌々音読されているだけの方が良い。

 それにたしかに、「気持ちいい」という言葉が棒読みであることに機嫌を損ねるタイプの男を相手にするのは、苦痛に耐えることとはまた別のストレスがあることが容易に想像できる。好きとか、幸せとか、そういった言葉に心がこもっていることを望む相手とのセックスは、ハクレナには確かに向いていないのだろう。

 だからといって、じゃあお前は奴隷以下の扱いに耐えることが当然だ、そちらの方が向いている……などと言える権利を持つ者は、この世のどこにも存在しないはずなのだけれど。しかしどうだろう、もしかすると、本人だけはその唯一の例外なのかもしれない。というかそもそも、いくら向き不向きのことを考えたところで、まともな心の持ち主では結局耐えられないだろう。快感に置き換わることもなければさほどの興奮も伴わない、被虐待者の役を続けることになんて。

 だけどハクレナはそれを涼しい顔でやってのけている。もう何週間も。あるいは、もう何百年も。彼女の精神が異様であることは、その一点において変わらない。

「むかついた?」

 媚びる様子は一切なく、彼女が俺に問いかける。

「何をされても抵抗しないのは手を抜いてるからだなんて、知りたくなかった?」

「いいえ。というか、手を抜いてるとも思いません」

「なんで?」

「それが、誰にでも出来ることではないからです」

「元カノさんにも出来たんでしょ。サキュバスなら、まぁ半数くらいは出来るんじゃない?」

「……いや、あの人は」

 コルカは確かに俺の性癖を受け入れてくれたし暴力的なプレイにも笑って付き合ってくれた。……けれどコルカとハクレナは決定的に違う。コルカにはないものを、ハクレナは持っている。

 それは言葉にすると何なのか。しばしの間俺は考えた。様々な記憶を振り返りながら、その中の何が不満だったのかを思い出し、星座のように繋いでいく。

 ハメ撮り映像の中でカメラを見上げたコルカが「本当こういうの好きだね」と言って笑う顔が、その星座の中心になった。

「……あの人は、仕方なく付き合ってあげてる感を出す人でした。ハクレナさんとはそこが違う。そしてたぶん、俺みたいな男の性癖を受け入れてくれるサキュバスは、きっとかなりの人数が同じようなタイプでしょう。あるいは単に興奮をあらわにすることで、それこそサディストのSを、サービスのSにしてしまう人か」

「……つまり青ウニくんは、私のことを気に入ってるってこと?」

「そうです」

 だって俺は、相手が嫌がってくれた方が興奮するから。もちろんコルカの余裕ぶりがもたらしてくれる安心感も大好きだったけれど、でも今にして思えば、俺はそこへ同時に不満も感じていたのだろう。……何を笑っているんだと。

「じゃあ私たち、相性いいね」

 さほど嬉しくもなさそうにハクレナが言う。

「私のこと、これからも好きなだけ使ってね」

 これみよがしに紡がれるそんな台詞に、俺はやっぱり単純で、悪趣味極まりない興奮を催してしまうものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アナルを乱暴に犯してもハクレナは悲鳴を上げなかった。きっとこのアパートの壁は薄いのだろう。

 彼女は体をこわばらせてガタガタと震えながら、いつものピースサインを作ったまま、一突き一突きを必死に無言で耐えている。何の予告もなくそのケツを叩くとビクッと背中を跳ねさせたけれど、それでも声を上げはしない。……可愛いとは思うし興奮もするけれど、それでもいつもに比べれば退屈な反応だった。

 そこで、そういえばまだ試したことのなかった指示を出してみる。

「騎乗位でお尻って出来る?」

 ハクレナは、「うん」ではなく「はい」と答えた。

 片手でサインを保ちながら、もう片手でバランスを取って、自ら後ろの穴に勃起したペニスを飲み込んでいく。痛むのか……というよりわざと痛むようにしているのか、その挿入は通常の騎乗位に比べてずいぶんゆっくりと行われた。

 当然、嗜虐心はその隙を見逃さない。俺は何の断りもなく彼女の腰を掴み、嫌な予感を感じさせる暇もなくそれを自分の腰へと強引に引き寄せる。

「あ゛っ……!!」

 結構な声量が響いた。尻もちをつくような形で根元までを飲み込んだハクレナがあわてて口元に手を当てる。

 ……彼女は驚いた顔をしたまま、少し泣いていた。

「……まずかった?」

「だ、だいじょう……ぶ。たぶん……」

「じゃあ動いて?」

「っ、はい……」

 ピースサインは保ったまま、ゆっくりとした上下運動が始まる。苦痛を逃がす場所を探すみたいに、彼女は虚空に向けて朦朧とした目線をさまよわせる。

「くっ……あぁっ……はぁっ。ぐぅっ……くっ……ふぅっ……うぅっ……」

 苦しそうに、つらそうに、のろまだけれど決して止まらないピストンが続く。……興奮はするものの、さすがにそのペースではいつまで経っても射精には至れそうにない。しかしまぁそれについては、素直に普通のセックスに切り替えたり、彼女に魔力の使用を指示すればいつでも解決できることだ。

 それよりも、今はまだもう少し、言いなりになって苦痛に悶えるハクレナの姿を見ていたい。気を遣うより楽だと言ってのける彼女の、とてもそうは見えない様をもっと鑑賞したい。

 ……けれどそう望んだ時に不意に気がつく。あぁそうか、だから彼女は俺にサービスのSになるなと言ってくれたのかと。彼女にとってのサービス……気遣いが、括約筋を無理やり広げられる痛みよりも、腸内をえぐられる不快感よりも、さらに優先的に避けるべき物なのだとしたら、あの忠告は純粋な優しさによる物だったのだと理解できる。

 しかし、だとすれば何かが矛盾していておかしい。自分の嫌なことを他人にもさせるまいとするのはそれこそ気遣いの精神だ。気遣いが嫌いだからこそ相手に伝えることが、それ自体気遣いになるとは、矛盾している。

 そこまで考えて、俺は今度こそようやく理解した。ハクレナは俺のためを思って気遣っているわけではない。自分にとって最悪の精神労働が、目の前の美味な性欲を腐らせることをこそ危惧しているのだ。頼むから私に気遣いなんかして、つまらない性欲を食わせてくれるなよと。

 そういうことだったのか……と俺の思考に区切りがついたことに合わせたかのように、または、俺が物思いに耽っていることを察知してついに心が折れたかのように、その時ちょうどハクレナの腰が止まった。ペニスを半分ほど入れた状態のままで、勝手に抜くこともできず、もう一度奥まで受け入れることもできず、途方に暮れてぷるぷると体をふるわせている。

「……ごめんなさい、限界です。他のことならするので許してください」

「限界? 痛いの?」

「はい……」

「いつもはもっと激しくされてたのに?」

「いつもは耐えてるだけだから……。自分で動くのはもう無理です……」

「でもここだと大きな声出せないから、反応薄くなってつまらないんだよね。いつも通りじゃ満足できないんだけど」

「…………お願いします、なんでもします、本当に限界なんです」

 ……と、ピースサインを片手に彼女は言う。

 面倒くさくなったんだな、と俺は理解した。

 激しく動けば「苦しんでいる様子」が嘘くさくなるけれど、今のままではどの道射精にはたどり着けない。そして、ではどうするべきかと考えることは、彼女が最も嫌う「気遣い」なのだ。苦痛と引き換えにしてでも言いなりになって思考停止したい彼女が、だから俺に指示を仰いでいる。

 前々から考えていることがあった俺は、せっかくだからそれを今にしようと決めた。ハクレナがもし俺のことを信頼してくれたら、ダメ元で頼んでみようと思っていたことがある。

「じゃあ、撮っていい?」

「とる……?」

「そう、スマホでハメ撮り。絶対誰にも見せないって約束するから」

「……分かりました」

 幸い、脱ぎ去った服の山と共にスマホは手の届く場所にあった。見上げる形でカメラにハクレナを映す。楽しさの欠片もない苦悶の表情とピースサイン、それにじっとりと汗のにじんだ白い肌が、今後のおかずとして記録されていく。

 一度撮影を切り上げて、メモ機能を立ち上げる。そこにパパッとそれらしい台詞を書いてスマホごと手渡す。

「あぁそうだ、それと撮ってる時にこれを読んでほしいんだけど」

「え……?」

 多少の困惑と共にハクレナがそれを受け取り、画面にある文章を黙読していく。そこに書かれている屈辱的な言葉の数々は、しかし彼女の眉をひそめさせることにすら至らなかった。

 笑いもせず、不機嫌にもならない。ハクレナのそういうところはやはり理想的だ。

「一言一句違わずじゃなくて、雰囲気だけでいいから、できそう?」

「……はい。できます」

「よかった」

 スマホを返してもらうついでに、また彼女の腰を掴んで密着するまで無理やり下ろさせる。

「あっ、い゛っ、いっ……!?」

「言う時動きながら言ってほしいんだけど、これで最後にするから、頑張れる?」

「……はい」

 彼女はどこまでも従順だった。それが恐怖によるものではないと分かっているからこそ、心置きなく気分が良くなる。

 改めてカメラに映されたハクレナが眉間にしわを寄せて腰を上下させながら、ぎこちない笑顔を浮かべる。

「……見てください、今日は私のお尻の穴を使って、ご主人様の性欲処理をさせてもらってます。性奴隷のハクレナは、この体を余すところなくオナホ扱いしてもらえてとっても幸せです……」

「……はい、よく出来ました」

 満足して撮影を終える。出来栄えは家に帰ってからでも確認しよう。

 その後約束通りアナルでの奉仕を止めさせた俺は、前の穴を使っての射精させるまで休憩禁止のセックスを命じて、ハクレナの首を本気で絞めながら最後まで満足させてもらった。それでようやく解放されたハクレナは咳き込み、肩で息をしていたけれど、それを見てもさすがにもう勃起を維持することはできなかった。

 萎えた物から体液を舐めとったあと、こちらの賢者タイムが終わるよりも早く、ハクレナは何事もなかったかのように落ち着きを取り戻す。カップに麦茶を注いで、雑談の一環としてこんなことを聞いてくる。

「元カノさんとのハメ撮りってスマホに入ってる?」

「え? あぁまぁ、はい」

「興味あるんだけど、見ちゃダメ?」

「えっ」

 俺は咄嗟に、雪女の物語を連想した。

「ここでいいよって言ったら、さっき撮った物消せって言うでしょう?」

「え? なんで?」

「誰にも見せないって約束に説得力がなくなるじゃないですか」

「……あぁたしかに。考えてなかった」

「えぇ……」

「見せないっていうのは、ネットにばらまいたり、データとして友達に送ったりしないでねってこと。今みたいなのはべつにいいよ」

「あ、そうですか……」

 そういうことなら、まぁそれで良いのだろう。コルカもこれを「悪用」にはカウントしないだろうし。

 ご所望の通り、例のハメ撮りをハクレナに見せる。数ある中でも一番のお気に入りのゲロイラマ編をチョイスしておいた。

 おすすめのYouTube動画を見る時とまったく同じ真顔で、彼女はそれを黙って見ていた。それもイヤホンの類を使わずに見るものだから、数分ある尺が流れ終わるまでの間延々と、二人きりの沈黙の中に元カノの嘔吐き声が響き続けた。

 そうしていつもの自分と同じ拷問を受けている女の映像を見終えたハクレナが言う。

「……もしかして青ウニくんってイラマ大好き?」

「え、はい。好きですね」

「セックスより?」

「あー、まぁ、ですね。どのプレイより一番好きだと思います」

「えー、そうなんだ。じゃあ私も、イラマされるのが一番好き」

「なんですかじゃあって」

「べつに。分かりやすくて助かるから」

 それだけ言って、もう興味はないと言わんばかりにポンとスマホが返される。ついさっき撮られたハクレナ自身のハメ撮りに本人が目を通すことはなかった。

 こてん、とハクレナは布団へ横になる。そしてちょうど視線の先に来た休戦状態のペニスを指でつつきながら、

「今日はもうおわり?」

 と聞くものだから、俺はその口に人差し指を咥えさせた。そういうことをしてもハクレナは少しも動じない。発情して指フェラを始めることもなければ、不愉快そうにすることも困惑することもない。

 なんなら暴力的な性欲が再燃するまでは、そういうイタズラをずっと続けているのも楽しそうだ。唾液に濡れた指を彼女の唇にこすりつけながら、そう思った。

「帰れと言われれば帰りますよ?」

「言われなきゃ帰らないの?」

「そりゃあ、帰ったらどうせ、さっき撮った物を見ながらシコることになりますからね。もったいないといえばもったいないでしょう」

「もったいないから、また私のことオエオエ言わせるんだ?」

「……だから帰れと言われれば帰りますって」

 今度は中指も一緒に咥えさせる。抵抗する気のない舌に沿ってどんどん奥へ進んでいくと、そのうち彼女が人並みにおえっと背中を丸めた。

 視線の先で早くも固さを取り戻しつつある物を撫でながら、ハクレナは、ピースサインをこちらに見せつけてから言う。

「じゃあ、帰ってもいいよ」

「すみません、もう気が変わりました」

「ハハ、だよね」

 彼女の顔に跨るようにして復活した物を押しつけると、どんなにひどいことをされるか分かりきっているだろうに、その口は躊躇いもなく大きく開かれて舌を伸ばした。

 二人きりの空間に、またしばらくの間苦痛に満ちた声が響くことになる。胃液が頬を伝い始めたあたりで彼女はまた風呂場に連行されて、俺を満足させるまで同じことを繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はだらだらとハクレナとの性行為を……いや彼女を使った性欲処理を繰り返し続けた。ねちねちと虐め続けては射精して、回復するまでお喋りをしたら、また同じような行為を求める。絶頂しても精液がほとんど出てこなくなるまで、ひたすらにそんなことを繰り返していた。

 さすがに飽きてきたところで少しだけ隙間を開けるようにカーテンをめくってみると、もう窓の外ではすっかり日が沈みきっていることが見えた。未だに服を着ていない俺はすぐにその隙間を閉じて、同じく裸のハクレナに問う。

「マジな話、いつまでここにいていいんですか」

「べつにいつまでも。泊まってもいいよ」

「はは、魅力的な話ですけど、さすがに終電までには帰ります」

 明日が日曜であるとはいえ、俺にも俺の生活がある。ハクレナだってそれは変わらないはずだけれど、殺風景な部屋には確かにそのことを感じさせない効果がある気もした。

 繰り返す行為の合間に、俺は彼女になぜ自分を家に呼んだのかと尋ねてみた。すると彼女は「お金も時間も気にしなくていいから」と答えた。信頼してくれたからじゃなかったのかとわざとらしく残念がると、ニコリともせずに「それもある」と言ってもらえたのは、リップサービスだったのかどうか分からない。

 カラオケの時に感じた「俺はこの女に何をしても許されるんだ」という暗い優越感が、この家の中には充満し続けている。ハクレナは行為を求められない間はずっと布団の上に寝転がって置き物みたいにぼーっとしていたけれど、その体を見ることで催す興奮は単純な裸体のエロスによるものだけではなかった。

 しかし一度、雑談の切れ目に何の前触れもなく彼女の尻を叩いてみたことがあった。驚いて悲鳴が上がるかと思ったのだけど、意外にも彼女はのそりと寝返りを打ち「なに……?」という顔をしただけだった。俺は指を咥えさせることでその時の微妙な空気を誤魔化した。それで誤魔化せてしまうということが、屈折した興奮をにわかに沸き立たせるものでもあった。

 断続的だけれど長い雑談の中で、お互いの性癖について詳しく語り合ってみたこともある。

「実は血を見るのは苦手なんです」

「そうなの?」

「鼻血くらいなら大丈夫なんですけどね」

「そうなんだ」

「怪我の類もダメなんですよね。主に二次元ですけど、骨折とかのリョナってどこが良いのかさっぱりで」

「なるほど」

「ハクレナさんは何かそういうNGラインみたいなのないんですか?」

「ない」

「じゃあ逆に特に好きなこととかは? 俺のイラマみたいに」

「思いつかない」

 ……いや振り返ってみるとべつに語り合えてはいなかったかもしれない。その時のハクレナの受け答えは可愛いだけの壁だった。それだって無理解な大多数の他人より百倍は良いものであることに違いないけれど。

 そんなやり取りの合間合間に、仰向けでイラマしながら喉をさすってみたり、いつも通りの首絞め腹パンセックスをしながらそれを撮影してみたり、とにかく性欲の限りを尽くした。そのうちこちらの方が疲れてきたというのに、心身ともにこちらとは比べ物にならない労力を要されているはずのハクレナは昼に会った時と何ら変わらない様子でいる。こちらの性欲を吸い取ったことで、むしろより元気になっているのかもしれない。

 この部屋にテレビがあればどこかで点けていたのだろうし、俺が喫煙者ならとっくに何本も吸い終えていたに違いない。けれどどちらも実際にはない事で、性欲も話題も尽きたインターバルは次第に手持ち無沙汰な時間になっていった。その臨界点を感じてカーテンをめくってみれば外は夜だったのだから、終電にはほど遠くとも、そろそろ本当に帰ってもいい頃合ではある。

 そう考えて帰路を想像しながら、俺はぼんやりと呟いた。

「帰りに何か食べていこうかな」

 すると、寝転がっていたハクレナがむくりと起き上がる。その全身には今や、わざと治さないままでいる痛々しいアザがいくつも浮かんでいた。

「……なんか食べてく?」

「え?」

「なんかっていうか、カップ麺しかないけど」

 そう言われた時に初めて、俺はあの大量に積まれているカップ麺の正体に気がついたのだった。

 性欲を吸い取って生きるサキュバスは、人間と同じ食事からでは栄養を得られない。ではなぜあんなにカップ麺が備蓄されているのか? ……家に来た男が食うからだ。

 べつに今日の夕食にこだわりはない。そのために積まれているというなら、一杯もらっていくのも悪くないと思った。

「あー、じゃあいただきます」

「ん」

 服も着ないままハクレナが台所へ向かう。

「普通、シーフード、カレー。どれがいい?」

「普通で」

「テーブルないけど、こっち来て食べる?」

「あー、じゃあ、はい」

 そして俺も裸のまま彼女を追った。

 台所には給湯ポットが置かれていて、そこからカップ麺に湯をそそぐ。蓋が開けられたのは一つだけで、ハクレナの方はべつに食べる気もないようだった。

 引き出しから出したプラスチックの箸を蓋の上に乗せて、三分はスマホのタイマーで計る。その僅かな時間を待つ間ですら、男の愚にもつかないサガなのか、視界に裸の女がいれば自然とそれを目で追うことで暇をつぶしてしまう。けれどいよいよ本当に、今日はもう勃たない。

「そういえば、帰り道わかる?」

「まぁなんとなくは」

「送ろうか」

「いいですよべつに」

 そんな会話をしている間にタイマーが鳴った。立ったままシンクをテーブル代わりにしてさっそく食べ始める。

 そして最初の一口をすすった時に、ふと気がついた。もしかして、いつもハクレナが嘔吐する時に胃から出てくる物の正体もこれか……? と。

 俺はスプラッタ映画を見ながら飯が食えてしまうタイプだから、そういう気づきは何の問題にもならなかった。二郎系で無茶な注文をして吐く客が問題になっていたこともあったっけ……と過去に見たニュースをついでに思い出しつつ、それなりに旨い物を黙々と食べ進める。ハクレナは事後と同じように麦茶を用意してくれたあと、黙ってこちらを見守っていた。

 けれどさすがに暇に感じたのか、ある時向こうから話を振ってくる。

「そういえば、聞きたいことがあったんだけど」

「なんです?」

「答えたくなかったら言って」

「はい」

「……彼女さんとはどうして別れたの?」

 麺を持ち上げる箸が止まった。答えたくないわけでは全くないけれど、質問自体が意外だったのだ。

「ハクレナさんが、そんなところに興味を持ってくれるとは」

「死活問題だから」

「し……なにがです?」

「死活問題。私、青ウニくんのこと結構気に入ってるから、今さら捨てられると困るんだよね」

「はぁ」

「だから地雷とかあるなら聞いておこうと思って」

「……あぁなるほど?」

 彼女が大いなる思い違いをしていることを察知して、俺は先に言っておく。

「俺がフッたんじゃないですよ」

「……あ、違うの?」

「お互い納得して別れたんです。まぁ、そうは言ってもきっかけのことを思えば、実質フられたみたいなものなんですけど」

「きっかけって?」

「……あー」

 答えかけたところで、自分が今何も考えずに話していたことに気がついた。そのきっかけについて自分は未だに何ら解決の兆しを見出せていなくて、ハクレナにとっても全く他人事ではない話題だということを、今初めて思い出したかのようだった。

 けれどここまで来ていきなり黙秘権を行使するわけにもいかず、俺は結局それを正直に話すしかなくなる。

「……遅刻癖ですよ。俺の遅刻癖が治らなくて、それで喧嘩になったんです。で、なんかギクシャクし始めてそのまま……みたいな」

「へぇ。遅刻ね」

 俺は決まりの悪さを誤魔化したくて麺をすすった。ハクレナはハクレナで、聞いてきたわりには無関心な顔をして足元を見ている。

 しかしそれでも、彼女の口から質問は続いた。

「昔はもっと遅刻してたの?」

「いや、今と同じくらいです」

「なのに怒られたんだ」

「……まぁ普通は怒りますよね」

「そうかな」

「そうなんじゃないんですか……?」

 顔色を伺いながら言うと、チラと彼女の目がこちらを向いたからあわてて目をそらした。そしてそれを誤魔化すかのように麦茶のおかわりを自分で注ぐ。

「私は気にしてないよ」

「……ありがとうございます」

「ていうか、青ウニくんが遅刻する時のチャット、結構好きなんだよね」

「え……?」

「すごい経過報告してくれるじゃん。今○○駅です、みたいな」

「はぁ。まぁそりゃしますけど」

「元カノにもしてた?」

「してましたよ」

「なのに怒られたんだ」

「怒られましたね。……あなたは遅刻しないように出来るといいなと思ってるだけで、絶対しないようにしようとは思ってもないでしょって」

「えぇ?」

 ハクレナはその時、この話題の中で初めて笑った。どこか馬鹿にするような笑い方だった。俺が遅刻癖のせいでフられたと聞いた時には、そんなリアクション全くしなかったのに。

 そして彼女は、信じられないといった素振りで言った。

「たかだか遅刻で、そこまで怒る人いる?」

「……いるでしょう? そりゃあ」

「そう? そうなんだ」

 言いながら、ハクレナはまだ表情だけで笑い続けていた。

 俺はそれを受けて、彼女と知り合ってからもう何度目かも分からない勘違いの感情を抱く。……自分はこの人のことが好きかもしれない。

 自分の不出来を誤魔化すような気持ちで食べると味がしなかったカップ麺が、途端にすごくおいしく感じるようになった。

「きっと、若いからなんだろうね」

 ハクレナがどこか遠くを見ながら言った。

「したいことがいっぱいあって、時間がいくらあっても足りない気がして、もったいなかったんじゃない? だから怒りたくなったのかも」

「そういうものなんですか……? 年配の人でも遅刻には厳しい人が多い気がしますけど。人としてダメだろうって」

「……あれ? 確かにそうかも。じゃあなんで私は……」

「…………え?」

 話の途中で、彼女はなぜか急に黙りこくってしまった。

 こちらが困惑していることに気づくと向こうもすぐに我に返ったようだったけれど、それ以上その話が続くことはなく、黙った理由が説明されることもなかった。ハクレナは「なんでもない」と言うばかりで、俺も深く詮索しようとは思わなかった。

「まぁとにかく、私はいつもみたいな遅刻なら毎日でもいいから。安心して」

「ありがとうございます。……でもそんなこと言ったらマジで毎回遅刻しますよ」

「いいよ?」

「はは、悪魔みたいですね。人をダメにする」

「実際そうでしょ。サキュバスって」

「元カノもサキュバスでしたよ」

「えっ、うそ。そうなんだ」

 そんなことを話している間にカップ麺を食べ終わって、いよいよ俺は自宅へ帰ることにする。ハクレナもそれを引き留めようとはしなかった。

 こちらが服を着込む間にも、向こうはそれを真似る素振りもなく裸のままでいる。このあとすぐに風呂にでも入るつもりなのかもしれないなと考えつつ、ただ着替えを眺められているのもバツが悪い気がして雑談気分で素朴な疑問を尋ねてみた。

「ところで、失礼なこと聞いていいですか」

「なに?」

「ハクレナさんって何歳なんです?」

「え、二十歳」

「いや、さっきの話の流れからしておかしくないですか」

「ハハ、だね。……来週も会うんだし聞かない方がいいと思う」

 誤魔化したきりすんなりとは答えてもらえなかったことで、少なくとも人間から見れば相当な高齢であることが察せられた。

 けれど年齢の話が嫌というわけではないようで、着替え終えてから玄関で靴を履くまでの間にも、その話題は続く。一糸まとわぬ姿の彼女が玄関までついてきても大した違和感を持てなくなる程度には、俺はすでにその体を存分に見慣れていた。

「元カノさんは何歳だったの?」

「三十過ぎって言ってましたね」

「え、若い」

「見た目はハクレナさんと変わらないのに」

「サキュバスは大体そうだから。なおさら歳なんて知らない方がいい」

「そういうものですか? 見た目が若くて話が合うなら、中身が何百歳でも関係ないと思いますけど」

「……本当に?」

「えぇ」

「もし元カノが三百歳でも付き合えた?」

「性格が変わらないなら当然」

「当然……」

 こちらがドアノブに手をかけたところで、向こうが考え込むような仕草を見せたから、彼女の言葉の続きを待ってからここを出ようと思った。

 例え話に三百歳が出たということは、ハクレナの歳も大体そのあたりなのだろう。「じゃあ付き合う?」なんて言われたらどうしようと浮かれた杞憂が頭によぎる。……けれど冷静に考えてみれば、そもそも彼女と付き合うことになれば今の関係性がどう変化するものなのかということが、俺には上手く想像することすらできなかった。

 別れ際の玄関に流れる体感時間は長い。実際には数秒だったのだろうけど、すでにハクレナの言葉を一分近く待っている気がする。明らかに何かを言い淀んでいる様子が焦れったくて、待ちくたびれた俺はいよいよこちらから揺さぶってみることにした。

「まぁハクレナさんが「何歳だと思う?」とか言ってくるタイプじゃなくてよかったですよ。……じゃあまた」

「待って」

 去ろうとすると袖口を掴まれる。まるで別れを惜しむ恋人みたいに、コルカでもそんなしおらしさを見せたことはなかったのに。

「…………本当に何歳でも気にしない?」

「えぇ、しません」

「約束できる?」

「できる、と思いますけど。むしろ大きすぎる差はカンストするというか、誤差じゃないですか? 三百だろうと四百だろうと……………………あっ」

 そこまで言って、俺はある可能性に気づいた。

 ハクレナがジッと俺の目を見る。潤むでもなく縋るでもない、喜怒も哀楽もないような鉄の性質と水晶の美しさを合わせ持つ瞳が、深淵のようにこちらを覗き込んでいる。

 それを見て俺は、自分が気づいたことがハクレナの言い淀む答えその物であることを直感した。言葉も出なくなるような重大な真実がすぐそばに眠っていたことを、今この時になって引き返しようもなく察知してしまった。

 向こうも、こちらが気づいたことに気づいたのだろう。悠久の時を生きてきたのであろうそのサキュバスが、諦めるようにして薄く笑う。

「……察しちゃった?」

「まさか、とは思いましたけど」

「たぶん合ってるよそれ」

 彼女の指が袖からはなれる。逃がすまいとする以上の何らかの決心をそこから感じた。

 アザだらけの裸を、シワ一つない白い肌を惜しげもなく晒したまま、彼女は言う。

「私はもう四百九十歳を過ぎてる」

「……あぁ、でも来週も会えるんでしょう?」

「もちろん。来週も再来週も、その先もずっと、私が死ぬまで、青ウニくんは私に何をしてもいいんだよ」

「知ってます。……じゃあまた来週」

「うん、また来週」

 手を振ってわかれた。扉を閉めて、金属の階段をカツカツと下りる。うろ覚えの夜道を、駅へ向かくべく歩いていく。

 ……一度サキュバスと付き合った経験がある身として俺は知っていた。サキュバスの平均寿命は約五百歳だ。およそ五百年の歳月で、老いず不死身のサキュバスもやがて死ぬ。どう長く見積もっても、ハクレナは俺が白髪になるよりも先にこの世を去るのだ。

 帰りの電車の中で、俺はそのことについて延々と考えることになった。ハクレナ・ナボハロキスは、いったい何を考えているのだろうかと。人生の最後の約十年がこんなことで……今日のようなことの繰り返しでいいと本当に思っているのかと。

 そう一つ自問自答をするごとに、しかし彼女の印象的な言葉が頭の中に響いた。

「サービスのSにならないでね」

 ……俺はそれが、老人扱いされることを嫌う者の言葉だとは今日まで思いもしなかったのである。

 

 

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