『……東京都足立区に住む男性が両親と共謀して風俗店勤務の女性を拉致監禁した事件の続報です。被害者の女性と同居していた知的障がい者の弟は事件発生の数日後に自宅近辺の池で水死体となって発見され、自殺を図ったものとみられていますが被害者の自宅から成人男性のものとみられる遺骨が発見されました。被害者の女性の証言から遺骨は被害者の父親のものであると判明し、警察は事実関係の調査を進めています』
「新条さん、お身体の調子はいかがですか。主治医の先生からは歩行機能の回復は見込めるとお聞きしていますが」
「こんにちは。理学療法士の先生と少しずつリハビリを進めていて、歩けるようになれば退院できるそうです。ひとまず安心しました」
東京都内の警察病院の個室に入院している私のもとを、サンフラワーの店長さんが依頼してくれた女性弁護士さんはお見舞いに訪れていました。
中島くんに折られた両脚の骨は整形外科の先生の手術で整復して貰えて、私は幸いにも身体障がいを負わずに済んでいました。
「私、やっぱり退院したら刑務所暮らしですよね。ヒカルちゃんももういませんし、何年だって罪を償いますけど」
「いえ、今後の裁判の流れにもよりますが今のところは執行猶予が付く見込みですよ。あなたは実のお父さんから長年にわたって性的虐待を受けていて、弟さんがお父さんを殺害した時もあなたはお父さんに強制性交の被害を受けていた。情状酌量の余地が大いにある事件ですから、私は弁護士としてあなたに執行猶予を勝ち取って見せます」
「そうですか、ありがとうございます。……退院したら、どうしようかな」
弁護士の先生が私の心情に配慮しながら優しく話すのを聞いて、私はベッドに腰掛けたままぼんやりと窓の外を見つめました。
中島くんの自宅の地下室で警察に保護されてから、本当に様々なことが私の周囲を駆け巡っていきました。
中島くんは事件現場でお父さんに刺殺され、彼を手にかけたお父さんもあの後自らのお腹を包丁で突き刺した傷のため亡くなりました。
監禁事件の共犯者として警察に連行された中島くんのお母さんは拘置所のドアノブで首吊り自殺を図って心肺停止から脳死に至り、その数日後には猟奇事件のニュースがセンセーショナルに日本中を駆け抜けました。
猟奇事件の被害者である私が実の父親から性的虐待を受けていたこと、そしてその父親を私の弟が殺害していた事実は日本中を再び驚愕させ、警察病院の看護師さんは私の心情に配慮して私の病室に置かれていたテレビを地上波が映らないモニターに取り替えてくれました。
ですが、そんなことは私にとっては本当にどうでもいいことです。
あの日、中島くんに誘拐されて自宅に帰らなかった私を、ヒカルちゃんはずっと待っていました。
しかし数日間待っても私が帰ってこないことにヒカルちゃんはパニックに陥り、何も持たずに家を飛び出したのです。
ヒカルちゃんは決して近くの池に投身自殺を図った訳ではなく、本当は訳も分からずに走っている間に池に転落してしまったのでしょう。
自分がどんな犠牲を払っても守りたかったヒカルちゃんは私が知らない間に死んでしまって、私は自分のこれからの人生は空っぽになってしまったと思いました。
中島くんに監禁されたあの日、私は確かにこれでやっと楽になれると思いました。
ですが、今の私は人生のあらゆる苦難から解放された代わりに、人生に残されていた少しの充実感を全て失ってしまったのです。
「……新条さん、もしよければ、私に新条さんの退院後のフォローをさせて頂けませんか?」
「先生にですか? でも、私何の資格もないですよ? 弁護士事務所の事務員さんもできるかどうか……」
「直接お雇いする訳ではありませんが、新条さんがこの社会で胸を張って生きていくお手伝いはできるつもりです。またゆっくりお考えになってみてください」
「分かりました。本当にありがとうございます」
弁護士の先生の言葉に、私は自分が本当にこの社会で胸を張って生きていけるようになるのだろうかと思いました。
その数週間後に私は警察病院を退院して、その後の裁判では懲役3年執行猶予5年という判決が下されました。
弁護士の先生は事前の約束通りに私に仕事を斡旋してくれて、法制度を利用して私の名字もお母さんの旧姓に変えてくれました。
そして……
「こんにちは、私は女性相談支援センターの相談員のあかりです。弁護士の先生にお話を聞いて貰う前に、まず私が佐藤さんのお悩みを聞かせて頂いてもいいですか?」
東京都新宿区の女性相談窓口で、私は「あかり」とだけ書かれた名札を首から下げて訪れた女子高生と面談していました。
「は、はい……。私、実のお兄ちゃんからずっとレイプされてるんです。私が小学生の時から、何度も……。お母さんに話したら、お兄ちゃんは受験勉強で大変なんだからそれぐらい付き合ってあげなさいって言われて。私、このままじゃもう……」
「分かりました。佐藤さんはここに来られたならもう大丈夫です。今日のうちにあなたをシェルターに保護して、お兄さんとは一生会わなくて済むようにします。……私は、いつだって佐藤さんの味方ですから」
机の向かい側で泣いている佐藤さんの両手を机の上で握って、私は優しく語りかけます。
かつての私のような辛い境遇にいる女性を支えてあげることが、私のこれからの人生の意味になるのでしょう。
「私、こんなに辛い人生なら生まれてくるんじゃなかった。いっそのこと、お兄ちゃんを殺して私も死んじゃえば……」
「佐藤さんは、幸せになれますよ」
「えっ?」
「私も、同じような人生を抜け出して今ここにいます。……一緒に、胸を張って生きていく方法を考えましょう」
無言で佐藤さんの両手を握ったまま微笑みを浮かべると、佐藤さんも少しだけ表情を緩めてくれました。
この残酷な社会で、一人でも幸せな人を増やしていけますように。
天国にいるヒカルちゃんへ。
あかりお姉ちゃんは今、幸せです。
いつか、ヒカルちゃんと天国でまた会えるように。
あかりは、胸を張って生きていきます。
(完)