タグにバトルでもつけようか悩み中。
レイサとカズサの話しに立ち戻るまであともう少し……のはず。
幸いを知る。
最悪を知る。
壊れるにはそれで十分だった。
◯
「ぐぅ……っ!」
「ぎぃ……っ!」
レイサとハルカ、互いの体に散弾が撃ち込まれる。一発の弾丸より遥かに広い、面を至近距離で叩きつけられた衝撃。痛みで歪む視線がぶつかり合う。
斜め上から撃ちつけられたハルカは仰け反る体を地面で支えそのまま前進。
斜め下から撃ちつけられたレイサは勢いを殺さず大きく後ろへと飛び退く。
ガシャン
同時にコッキング。装填された次弾を即座に放つ。再び衝撃に揺れる二つの体。
次の装填を行うハルカに、レイサのシューティング☆スターが火を吹く。彼女の銃は水平二連式。左右に並ぶ銃口の左から二発目が放たれる。
「ハルカちゃん!!」
一方的に銃弾を浴びせられるハルカにムツキの声が飛ぶ。
「う、ああぁぁぁぁぁあ!!」
だが──、ダメージを無理やりねじ伏せハルカは体ごとレイサにぶつかっていった。至近距離で顔面にも飛んだ散弾のいくつかが皮膚を切り、ハルカの顔を赤い血が伝う。
血の赤の中で眼光が殺意の光を放ち続ける。
「っ頑丈なのは、未来と変わりないようで……!」
少しでも距離を取ろうとするレイサ、だがハルカは食らいつく。
レイサは左右に視線をやるが、狭い路地裏ではどちらも壁に遮られ空間は限定されている。
ハルカが勢いのまま自分を押し倒そうとしているのを察し、至近距離の鼻面目掛けて頭突き。鈍い音と共に、ハルカの血がレイサの顔に飛ぶ。
「こっのぉ゛!!」
ダン!!
仰け反った体勢のままレイサのどてっ腹にハルカのショットガン──ブローアウェイが弾を叩き込む。
「づぅ……ぷっ!」
レイサの体が揺らぐ。喉を逆流し、口から血が舞う。
ハルカはコッキングの時間も惜しいと、ブローアウェイでレイサに殴りかかった。その動きにギリギリで反応したレイサはクロスカウンターの要領でシューティング☆スターの銃先をハルカの顔に突き出す。既に二発。装填のされてない銃口から弾が飛び出すことはない。
こめかみを殴りつけられ視界が歪むレイサ。目の端に掠った銃先が切り傷を作り、片目が開かなくなったハルカ。だが、それでも互いの体はまだ倒れない。
「「ああああああぁぁぁぁぁぁああ!!」」
薄汚いコンクリートの壁に血をまき散らしながら、密着したまま二人の殴り合いが続く。
泥臭い暴力の応酬。そんな二人の姿をムツキはじれったい気持ちで眺めていた。
「想定外だけど、状況は悪くない……はず。このままハルカちゃんが押し切れればだけど」
狭い路地裏ではムツキの爆弾はハルカを先に巻きこんでしまう。銃の射線も、おそらくレイサが意図してハルカの体で塞いでいる。
それでも、今の状況はシャーレで話し合ったときに上がった星屑制圧における理想の状況に近かった。
「レイサたちに対する効果的な戦法?」
ゲヘナ風紀委員長との会話を終えた後、RABBIT小隊のミヤコがそんな質問をカズサとハルカに投げかけた。
これから捜索するにあたって戦闘となる可能性もある。だが、未来の記憶を元に動く存在に対しては同じ未来の記憶くらいしか情報がない。
部屋にいた他のメンバー、風紀委員のイオリ等も気になるのか聞き耳を立てていた。
「え、えぇっと……効果的、とかそういうことを言われても……あ、でも──」
「私の記憶って多分厳密にはそこのハルカやレイサたちと違うからあんまり自信満々に話せないんだけど──」
二人とも前置きをしつつ、けれど次の瞬間声を揃えてこう言った。
「「集団で戦うのだけは避けた方がいい」」
「集団?」
「あいつ、逃げ足が速いんです。人数が多い戦場だとすぐに姿をくらまして……次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す」
「ハ、ハルカ、ステイ!落ち着きなさい」
何か嫌な記憶を思い出したのか、目の据わったハルカをアルが宥める。
それを横目に、ミヤコは視線でカズサに先を促した。
「もともとレイサは乱戦の中で自分に注目を集めるのが上手かったんだ。声はデカいし派手に動く。その上、ずっと一人で戦ってたから打たれ強い。だから集団の中に飛び込んで多少のダメージは承知で相手を混乱させながら敵を仕留めていく。自分に注目させといて閃光弾や手榴弾の爆風を別角度から浴びせたりとか……」
「確か元々トリニティの自警団の方なのですよね。自警団は個々人で活動していると言う話でしたし多対一に慣れているというのは頷けます」
「とはいっても不良相手の喧嘩殺法ってやつだろう。私たちがそんなのに遅れを取るか?」
サキがハルカやカズサに疑わしそうな視線を向ける。
「星屑でないレイサなら……まぁ言う通りかもね。けど、未来のあいつはそれをもっと洗練……いや悪化させた。なんていうのかな、人の意識や動きの誘導が異常に上手いんだ。敵味方入り交じる場合だけじゃない。全員があいつを捕まえようとしてるような状況ですら、味方の同士撃ちを誘発して場を混乱させる。人数が多ければ多いほどあいつは人の隙間にもぐりこんで、いつの間にか姿を消す」
「……」
「未来のあんたたちだってそれでレイサを逃してたよ。今よりもずっと強いRABBIT小隊が」
「いや、そんなことが何でお前にわか──」
「サキ、そこまでです」
今は弱い。言外にそう言われたと感じたサキが声を荒げ、ミヤコに止められる。
「数年後の私たちなのだから今より能力が高くなっているのは当然でしょう。それを誇れど怒る必要はないはずです」
「むぅ……」
サキを説き伏せてからミヤコが話を戻す。
「今までの情報をまとめると、乱戦、あるいは集団での戦闘では彼女を逃がす可能性が高い。捕らえるのならできるだけ少人数で、ということでしょうか」
「うん、一対一の正面戦闘ならそこまで脅威じゃない。後は……あいつ昔っから横の移動は妙にすばしっこかったけど、縦移動はずっと下手だったから、あまり動き回れない場所で戦うとかかな」
かつて、カズサはそれを意図して空間の限定された廃屋にレイサを叩き込みそこで決着をつけた。
「縦移動って上下の移動って事?そんなの得意な方が珍しくない?」
ハルカの頭を抱いて宥めていたアルが疑問を上げる。
「いや、上下の移動は重要だぞ。降下作戦なんかもそうだし市街戦なんかは建物の高低差があるから戦闘の重要な要素だ。SRTでもその辺りの訓練はよくした」
ビルの外壁登りまではしなかったけれど。そんな呟きと共にサキがアルに答える。
アルはアルで何やら思い出したのか「上から狙撃したら射線確認して飛び上がってくる化け物とかいたわね……」と遠い目になっていた。
そんな便利屋とRABBIT小隊たちの会話を聞きながら、カズサは最後に理想のシチュエーションをひとつ上げるのだった。
「それこそ、路地裏とかで一対一ならあいつの強みをほぼ全部つぶせると思うよ」
◯
「RABBIT3、こちらRABBIT1。現在ミユが奪った物資の保管場所を特定。ただし一名の見張りがおり戦闘に入りました。支援をお願いします」
倉庫にあった古い重機の陰に身を隠して激しい銃弾の嵐をやり過ごしながら、ミヤコは耳元の通信機に手を当てモエに話しかける。
『こちらRABBIT3、支援はいいんだけど先に別働隊の情報共有がしたい。大丈夫?』
僅かに顔を覗かせ前方を見る。
そこにはブラックマーケットで調達したのか、継ぎ接ぎだらけの不格好な大形ドローンが並び、ミヤコたちへ銃火を放ち続けていた。その奥にぽつんと立つガスマスクの少女──泥眼徒桜と名乗っていた──は何をする様子もない。ただ、戦闘に入る直前に彼女から放たれた飛行ドローンが倉庫の各所でプロペラを回しながら不気味に滞空していた。
できれば撃ち落としたいが、正面の自走ドローンに釘付けされてそれもままならない。
別のコンテナに身を隠しているサキの様子を窺う。
「こちらRABBIT2、相手もこちらを足止めしたいんだろう。あのドローン共をどうにかする手段を考えないと身動きが取れない……」
通信機越しに意見を上げながら、ミヤコに頷き返すサキ。
「そうですね。ではRABBIT3、手短に情報共有をお願いできるでしょうか」
『了解。そっちの状況分析も並行して進めておくから』
そう言ってRABBIT3──モエはそれぞれの状況を説明した。
カズサ、アルのペアは顔を隠したトリニティの正義実現委員会委員長と遭遇。
ハルカ、ムツキのペアは目的の一人である宇沢レイサと遭遇。そのまま戦闘に突入。
つまりそれぞれがそれぞれに動けぬ状態であり、誰かの助けを期待できる状況ではないということだ。
「全員がほぼ同時期に接敵……ミユが何か仕掛けたのでしょうか?」
『さてね。ただ、偶然である可能性も充分にありえるって感じかな。おそらくここら一帯でウチら以外にも色んな奴らが動いてる。今はそれ以上の事はわからない』
「わかりました。であれば、ここは私たちだけでどうにかするしかないという事ですね」
「いつもの装備ならもっとやりようもあるのに……クソッ!」
サキの言うように現在RABBIT小隊の装備はシャーレにあった一般生徒用の銃器が殆どだ。この通信機ですら、道中でサキとモエが急場の改造をして耳に装着できる形にしたものだ。
「無いものねだりをしても仕方ありません。ひとまずこの集中砲火が終わるのを待って、後は──」
言いかけたミヤコの体が崩れる。
「な、ミヤ──っ!」
ほぼ同時タイミングでサキの体もバランスを崩したかのように倒れる。まるで酔っ払いが何も無い場所で転ぶかのような有様だ。
(これは──平衡感覚がおかしい……っ!上手く立ち上がることができない)
ミヤコは即座に自分の身に起きていることを理解する。だが、理解するだけだ。体を満足に動かす事もできない。
『ちょ、RABBIT1!?RABBIT2!?……チィ!!』
耳元でモエが焦りで上ずった声を上げている。
だが、相変わらずミヤコの体は思うように動かない。おそらくサキも同様だろう。
いつの間にかドローンからの銃撃の音は止み、コツコツとあのガスマスクの少女の足音だけが聞こえる。
──いや、もう一つ。銃撃が止んだことではっきりとわかる。ずっとこの空間に満ちていた音。今も倉庫内の各所で滞空する飛行ドローンから発せられているのであろう高周波の音波。
「音、響……兵器?」
「正解。こっちでもちゃんとやれるか不安だったけれど、上手くいったみたい」
立ち上がれないミヤコにガスマスクの少女の陰が落ちる。
なんとか目線だけでも上を向け、その姿を見る。
白いフード。桜色の髪。フルフェイスのガスマスク。印象的な風貌だ。
「アリウス……スクワッド、の……秤、アツコ……さん、ですね?」
その問いかけが意外だったのか、彼女──アツコは数秒ピタリと動きを止める。
「うん、そうだよ。月雪ミヤコさん。私のこと知ってたんだ」
「えぇ、まぁ……」
今も体が上手く動かない。殆ど聞こえない音波で、こうも容易く平衡感覚がおかしくなる音響兵器などミヤコは知らない。あるいは教範を読み込むようなサキか、兵器に詳しいモエであれば何か心当たりはあるか。
──いや、やはりそんなものは無いのではないだろうか。
「こ、れ……は、未来の……?」
あり得るとしたらそれくらい。
「うーん、そういうのともちょっと違うかな。あ、でも未来の経験を元に再現してるからそういう意味では未来の技術?」
「どう……いう……」
「私にもよくわかってないから。その話はおしまいね」
黒いガスマスクに手を当てどこかポワポワとした声音で言われる。穏やかな声は怪しく金の光を放つ仮面とも、今の状況ともあまりにミスマッチだ。
顔を覆うマスクは決して人の顔を模している訳ではない。なのに僅かに角度が変わるだけで表情がコロコロと変わっていくようにも見えた。嘆くようにも怒れるようにも。
ミヤコの経験に無い異質な相手だった。
「まあ、私のこれは所謂──そう、初見殺しって奴だから。あんまり落ち込まないでね」
そう言いながら、左股のホルスターからスタンガンを引き抜きミヤコに突きつける。
「それじゃあ、おやすみ」
〇
「我々はぁ、仮面スイーツ団!だぁぁぁああああああ!!!」
ブラックマーケットの奥。
高らかな宣言と共に紙袋の怪人がカズサへ銃を向ける。
「え!?ちょ!?委員ちょ……じゃなくて団長!?」
彼女の後ろに控えていた、同じく赤と黒のセーラー服に紙袋を装備した少女が戸惑うように声を上げる。彼女と共に付き従っていた数名の団員たちも紙袋の下でオロオロと戸惑っているようだ。
だが、叫声を上げる団長もとい委員長を止めることまではできない。
「何のつもり……ですか?」
体の重心をいつでも戦えるように調整する。
「待って、誰なの!?知り合い?仮面スイーツ団って……覆面水着団みたいな......え、剣先ツルギ?トリニティの歩く戦略兵器?は、はあぁぁぁあ!?」
背後で混乱に白目を剥いていたアルが、通信機越しに目の前の怪人の正体を知らされ白目のまま小声で悲鳴を上げていた。
通りを歩いていたブラックマーケットの住人たちも、剣呑な雰囲気を察し遠巻きにして歩き去って行く。幾人かの好奇心旺盛な者が興味深そうに物陰からカズサたちを観察している。
だが、周囲に気を回している余裕はなかった。眼前の向けられた銃口がカズサの意識を縛り付けていた。
理由はわからない。ただ、目の前の現キヴォトス最強の一角だろう強者は、カズサに害意を向けていた。叩き伏せるという意思が、紙袋奥の視線からギラギラと照射されている。カズサの問いかけへの答えだった。
チリチリと肌が焼け付くような感覚。
自然とカズサの体も戦いに備える。
四肢に神経を巡らせ、呼吸が浅くなる。
意識が、五感が収束する。
「きえええええぇぇぇぇぇえええ!!!」
声より早く弾丸が飛ぶ。
その弾道を読んで大きく横に飛びのいたカズサをもう片方の銃口が狙う。
ツルギは左右の手でショットガンを自在に操る。
ブラッド。ガンパウダー。
瓜二つの二丁が互い違いに弾丸を放つ。
「っ───」
もう一度、今度は体を低く地面をはうように銃弾をかいくぐる。いくらかの弾を体に受けるがその程度では怯まない。カズサのマシンガン──マビノギオンの銃口もツルギを捉えている。間を置かず連射された銃火。だがそれを真正面から受けながらツルギは直進する。
「きぃあああぁぁぁぁぁぁああああ!!」
絶叫と共に、距離を取ろうとカズサが後退した間を一瞬で詰める。同時に左右の銃がくるりと回転し次弾を装填。二丁同時、逃がさぬようにと広範囲に弾が放たれる。
「こ……のぉ!!」
回避は無理。即座に判断し被弾面積を減らすように深く半身になりながらマビノギオンでの掃射を続けてツルギを迎え撃つ。
カズサを見下ろすように間近に迫るツルギ。実際よりも大きく見える。真っ黒な影法師の様な全身の中で変わらず燃える深紅の瞳。
再び二丁のショットガンが回転──スピンコック──ではない。
「ひゃははははははははははは!!」
遠心力をつけ大きく振りかぶられたショットガンがそのままカズサに振り下ろされる。
「銃の使い方──おかしいだろっ!!」
などと、文句を口にしてる間にストックが剛力でカズサを打ち据え地面を陥没させる。
地面へ叩きつけられたカズサは、反動でゴムまりの様に高く高速でスピンしながら上空に吹き飛ばされ──、遠巻きに見ていた観戦者たちにはそう見えただろう。
実際にはカズサは自分に向けられた力を受け流し、その力を回転エネルギーに変え自ら空へ跳ね上がっていた。
中空で体をひねり姿勢を制御。ツルギの脳天目掛けて垂直に弾を叩き込む。
「きひっ!?」
手応えでカズサがダメージを受け流していることに気づいたのだろう。すぐに反応するツルギ。だがカズサの銃口は彼女を逃がさない。まともに銃弾の雨を浴び僅かにツルギの動きが鈍る。
「カズサ!大丈夫!?」
ツルギに従っていた他の仮面スイーツ団、もとい正義実現委員と撃ち合いながらアルが声を飛ばす。委員長の独断専行に仕方なく追随する形なのだろう。人数では不利なはずだが、アルは周囲の障害物などを利用しながら高火力の弾丸で一人一人を確実に仕留め、動きを封じ込めていた。
吐き出し尽くしたマガジンを入れ替え、猫のように音も無く地面に着地しながら、カズサはこれからの動きを素早く計算し返事を返す。
「こっちは私一人でどうにかする!一度撒いて、後で合流──っ」
話してる途中でツルギの追撃を受け、素早く飛び退る。
一撃一撃の圧力がすさまじい。
「……了解!気をつけなさい!」
巨大なスナイパーライフルを構える正義実現委員と撃ち合いながらアルが叫び返す。ツルギという最大戦力をカズサに押し付ける形になることに悔しそうに唇を嚙む。それでも、「了解」と応えたのはカズサの言葉を信じてくれたからだ。
「きぃぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
左右互い違いのリロードによって高速で連射される散弾をやり過ごしながら、カズサはアルからツルギを引き離す為に、ブラックマーケットの更に奥へと飛び込んでいった。
動きはしなやかで無駄が無い。怯えや焦りで動揺することも無く、こちらの一撃一撃への反応も素早く的確だ。
未来の記憶というもの込みなのだろうが、一年生でこの身のこなしは瞠目に値する。こんな時でもなければ柄にも無く委員会にスカウトしたいくらいだった。
もっとも、かつて不良をやっていたような彼女には正義を標榜する組織は肌に合わないかもしれないが。
何より、あの放課後スイーツ部で楽しげにしている様子を思えば、そこからの引き抜きなどあまりに野暮だろう。
進行方向を瓦礫に変え掻き分けながら、血に酔ったが如き表情で叫声を上げながら、ツルギは冷静にカズサの動きを分析していた。
「これなら──っ!」
何よりも目を惹くのは、戦闘が始まってからここまで攻撃の鋭さが増し続けていることだろう。徐々にエンジンがかかるタイプなのだろうか。当初よりもツルギが受ける傷が次第に増えている。
狙いは正確に、一撃一撃はより致命的に。
今はまだツルギの肉体の回復速度が僅かに追いついているが、このまま彼女のボルテージが上がり続けるというのならいずれは受けるダメージが上回るだろう。
キャスパリーグ。
渡された資料に目を通した際にはさてどれ程かと思ったが、これは想定以上だ。
「きひゃひゃ……ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
楽しくて笑う。このレベルで戦いを楽しんだのはミレニアムの小さなメイドとやりあった時以来だ。
嬉しくて笑う。これならば「彼女に」という選択肢もあるかも知れない。
ツルギは外からは全くうかがい知れぬ思慮を巡らせながらカズサを追随した。
〇
天気のいい日だった。あるいは、あれは最後の青だったのかもしれない。
半壊した建物を息を切らせて駆け抜ける。今日は直前で部長に頼み事をされて、いつもより遅れて到着したのだ。最近新しく部長となった彼女は相変わらず大きな体とは反対に少し臆病で、けれど前部長から多くのものを引き継いで部員の数も少しずつ増やしていた。部をもっと楽しい場所にするのだと、そう笑う彼女が好きで、だからその日も断りを入れて先に部長の手伝いをしていた。
その結果、既に事は終わっていた。
粉塵が舞っている。血と火薬の匂い。
ここまでの道中、先にここを訪れていた生徒たちのものと思しき濃い血の赤がこびりついていた。彼女たちは生きているのだろうか。どこにいるのか。けれど、それを確かめるより先に向かわねばならないところがあった。
息を切らせて駆け上る。崩れた階段を飛び越えて、抜けた床の代わりに壁を駆けて。
早く。
あの人の元へ──。
「いや……やあ、あぁぁ……あああああああぁぁぁあ!!!」
真っ二つに壊れたタブレット。
真っ赤なシャツ。
既に事切れたあの人が投げ出されるように真っ青な空の下で壊れた人形のように倒れていた。
私たちの青春が崩れていったあの日。
私が夢を失ったあの日。
青を無くしたあの日。
〇
「それじゃあ、おやすみ」
意識を刈り取るためのスタンガンがミヤコに押し付けられようとしていた。
その直前。
「うぉぉぉぉおおおおお!!」
アツコの後頭部にシャベルが振り下ろされる。
「いたっ……!」
ガィンと硬質なもの同士がぶつかるような音が鳴り響き、アツコの体が前のめりに傾く。
「なんでこっちが曲がるんだよ!?」
アツコを背後から殴りつけたサキが動揺の声を上げながらももう一撃。ガィンと再度大きな音を立てアツコが地面に手を突く。
『RABBIT1!無理矢理叩き起こすから耐えてね』
通信機からそんなモエの声が聞こえると同時に不協和音を何重にも束ねたような音声が鼓膜に叩きつけられる。
脳がたわみ、胃液が逆流しそうな感覚に目眩がする。だが、ミヤコの体を奪っていた音が塗りつぶされる。麻痺していた三半規管が無理矢理叩き起こされる。先ほどまで全く自由の利かなかった体が──動く。
『キヒヒ、そっちで時間稼いでる間にサキの体でテストしたからどんぴしゃ!』
どんぴしゃではない。動くようになっただけで寧ろコンディションは最悪になっている。
それでも。
すぐ横に、二度の後頭部への強打で膝を突くアツコ。
「これなら……!」
この距離では銃は寧ろ邪魔になる。抱えていた銃を放り、未だ充分に動くとはいえない体でアツコに組み付く。
「あなたも……!?」
ミヤコの反撃に不意を突かれながらも、アツコは逆にミヤコの腕を取り投げ飛ばそうとしてきた。明らかに何らかの訓練を受けた者の動きだ。なんとか体を動かせる、そんな状態のミヤコではすぐに返り討ちにされるだろう。だが──
『サキ、そのマスク!!多分それでドローンを制御してる!!』
「これ以上好きにさせるか……大人しくしろ!」
「──逃がっしませんっっ!」
ミヤコと一緒に取り押さえにかかったサキ、モエの状況分析、最後の底力で食らいつくミヤコ。今出し得るRABBIT小隊の総力をもって、力尽くでアツコの体を押さえ込み、不気味なマスクも取り上げ無力化に成功した。
〇
「レイサ、ミユ以外と戦う可能性?」
それはシャーレを後にした直後の話だった。イオリの運転するバンの中、ミヤコはそんな質問を通信機越しにハルカとカズサに投げかけていた。
横ではサキが、ほぼ唯一ミユに持ち去られず無事だった不格好なシャベルを装備すべきかどうか真剣に悩んでいる様子だった。荷物になるだけだと思うが……。
「はい、ミユに他の協力者がいることは確実です。そこに星屑やミユの様に名の知られた危険人物の記憶を引き継いでいるものがいる場合、非常に危険だと思うのです」
「それは、まぁ確かに……っていってもなぁ。ハルカ思い浮かぶ人いる?」
困ったようにカズサが話を振ると、少ししてからポツポツとハルカが名前を挙げていく。
どうやら、ハルカの方が先の未来までの記憶を持っているらしい。生き残った時間か別の要因か。カズサの口ぶりから何やら少し違う事情を感じるが、今はそこまで追求している余裕はなかった。カズサ当人も言外にあまり触れて欲しくなさそうな雰囲気だった。
ハルカの挙げた名前を頭の中にメモしていく中で、カズサが一人の人物の名前に反応した。
「秤アツコ……ってアリウスの秤アツコ?」
「知っている方なのですか?」
「まぁ、知ってるって言っても今じゃない記憶なんだけど。私の記憶にある限りは名前が上がるような危険人物じゃなかったんだけどなぁ。アウトローみたいなものではあったけど、仲間と一緒に妙なマスクとドローンで暴れててさ──」
さして詳しい話が聞けたわけではなかった。会話はすぐに他の危険人物へ移っていった。ゲヘナの大半を灰と溶岩で埋めて荒野に変えた『火の魔王』。その後のゲヘナで私兵を率いてミレニアムやトリニティに攻め込んだ『荒漠の狂姫』。荒廃の末期、残された中小規模の自治区の大半を飲み込み沈めていった『メスコラトリーチェ』。
ともあれ、そこでわずかでもカズサからアツコの事を聞けたのが幸運だった。戦闘開始からすぐにモエが中空のドローンを調べ始めたり、早い段階で音響兵器と気づきなんとか対策をとれたり。
ギリギリで敗北を覆せたのは、わずかではあってもアツコの名前を先に聞いていたからに違いない。
〇
「まさか初見殺し殺しになるとは……」
手足を拘束されたアツコが、ぼんやりとした表情でのんびりとそんなことを口にする。
「観念したってことでいいな?」
拘束を丁寧に確認していたサキが顔を上げて問いかける。緊張感のない相手にやりづらそうに顔をしかめている。そんなサキをぼーっと見上げていたアツコは問いかけを肯定するように小さく頷いた。
「秤アツコさん、あなたはミユの協力者ですね。彼女と同じように未来の記憶を持っている」
「うん、そうだよ。ちょっと前に急にいろんなことを思い出して。みんなと少し離れたほうがよさそうだなって思ってた時に、どうやって調べたのかあの子が隠れ家にやってきたの」
「それで協力を頼まれたのか。……未来でお前とミユは仲間だったってことか?」
「そういう感じじゃないかな。あの子は基本的になんでも一人でやってたし。ただ、色々助けてもらったことがあったから──その恩返し、みたいなもの」
『恩返し』。どうにも今のミユから連想しにくい単語にミヤコとサキは顔を見合わせた。
そんなことをしてる間にアツコはぺたんと手足を拘束されたまま横になってしまった。大きなため息を吐きだらりと力を抜いている。
なんというか、やる気が感じられない。
「助けてもらったというのは?」
その問いかけに初めてアツコの顔が歪む。なにか苦いものを口にしたかのような表情。
「秘密。言いたくないし、あなたたちが気にするような事とは関係ないよ」
「……では、ミユの目的は?」
「それも最初に言ったけど知らない。私はここの見張りとあなたたちの足止めを頼まれただけ。ブラックマーケットの方に行かないようにね」
「それ、は────っ!?」
問いかけを続けようとしたところで、ミヤコは自分の体が傾いたのに気づき慌ててたたらを踏む。一瞬まだアツコの攻撃が続いているのかと思い辺りを見回したが、そうではなかった。
『あー……多分無理やり平衡感覚を叩き直したようなものだから、後からダメージが出てるのかも』
モエが気まずそうにそう言う。見ればサキも重機に寄りかかって体を支えていた。
「あの場ではあれが最善だったのですから気にしないでください。ただ──」
このまま他のグループに合流することは難しそうだ。
そんなミヤコたちの様子を眺めながらアツコはひとりごちる。
「これで怖い狐のいるブラックマーケットにあなたの大切な仲間はいけなくなったよ。……
部隊の仲間は大切──だもんね。わかるよ」
冷たい地面に頬を擦り付け、アツコは薄く笑う。それは"今"の彼女が浮かべるとは到底思えない、能面のような不気味な笑みだった。
「大切だもんね。書き置きは残してきたけどみんな心配してくれてるかなぁ。心配……してくれたらいいなぁ。ねぇ、そうだよね、みんな……」
頼まれたことは果たした。義理としてはこれで十分だろう。
これ以上何かをする気にもなれない。自らを突き動かした感情の源泉は今ここには無い。大好きなみんなはアツコの周りにいてくれる。
後は──このまま何もかも忘れて眠りにつきたい。アツコはそう願いながら瞼を閉じた。
〇
間合いが開けば銃弾が飛ぶ。間合いが詰まれば蹴りが、拳が飛ぶ。
パーカーの裾が破れる。つま先を肩の付け根にねじ込む。ストックで殴られ口の中が血の味に染まる。血まみれの傷を狙って引き金を引く。蹴り飛ばされた瓦礫が横腹を打つ。
カズサは嵐のような攻めの応酬を針の穴を通すような思いで凌いでいた。
襲いかかってくるのは信じられないようなスタミナと頑強さを持つ怪物だ。一瞬でも判断を間違えれば、ギリギリで保たれている均衡は一気に崩れるだろう。
「ひゃははははははははははははははははははは!!!」
哄笑とともに吹き荒れる赤と黒の暴風だ。
これを撒くなど、果たしてできるのだろうか。
弱気になる自分を蹴り飛ばしカズサは戦いに集中する。
確かに強敵だ。だが、逆境は今が初めてではない。ダメージも入っている。絶望する程ではない。決してどうにもならない相手ではない──。
そのはずなのに。
「は?」
ツルギの額を狙ったはずの銃口がぶれた。
反動を上手く抑えきれず狙いも定まらないままに撒き散らされた弾丸の一発が未だに無事だった紙袋を引き裂いた。思った通りの正義実現委員会の委員長の凶相が現れる。だが、それだけだった。
「……体がついてきてないな」
「がっ!!」
ボソリと、先程までの叫びと打って変わった低い声がカズサの耳を打つ。同時に鳩尾に深く食い込んだツルギの蹴りがカズサを背後の壁に叩きつけた。
叩きつけられた壁にしがみつき崩れかけた体を支える。
「っ……クソォ!動け、動け!!」
握った銃ごと腕を額に打ち付ける。情けなく震えていた右手の痙攣が止まる。だが、じっとりとした疲労がそこにこびりついていた。
「仮面がとれたか」
眼の前には傷だらけであれど足取りの変わらぬ剣先ツルギ。冷や汗がカズサの背筋を伝う。カズサはレイサを探すためにここへやってきたはずだ。それが理由もわからないままこんな意味の無い戦闘に突入し、このまま倒れるなんて。それは許されないことだ。
対話は可能か。だが、問答無用で襲いかかってきた。逃走は──それができているならとっくにやっている。脳内で無数の思考が行き来する。だが、この状況を打開する考えがどうしても浮かばなかった。
そんなカズサの眼前でツルギの足が止まる。
なにか、せめてなにか言葉を。
そう思い口を開きかけたカズサを制してツルギが言葉を発した。
「誰も、いないな」
ツルギの頭がぐるりと回り周囲を見渡す。
あたり一面は瓦礫の山。吹き荒れた破壊の嵐に誰も彼もが逃げ出した後だった。
もしこちらに近づくような誰かがいても、更地のように見晴らしのいいここならすぐに気づくことができるだろう。
「スイーツ仮面団団長・ソーダちゃんの正体が実はトリニティ正義実現委員会の委員長・剣先ツルギとバレてしまった」
わざとらしく、ツルギが自分の所属と名前を名乗って見せる。
──ソーダちゃんって名前だったのか。設定を作り込む質なのかもしれない。
「何のつもり……ですか?」
彼女と出会って最初に問いかけた言葉をもう一度投げる。
今度は言葉が返ってきた。先程までの物理的な圧力すら感じそうだった眼光も今はない。どちらかといえば気だるそうな表情で、ツルギはボソボソと言葉を紡いでいた。
「少し、試したかった……。トリニティは星屑の身柄の保護──拘束を望んでいる」
「は……?」
「私は、そのためにここにいる。できるならお前も保護するようにと言われている」
ツルギ委員長はこんなに流暢に言葉を話せる人だったのか。そんな、随分失礼な感想が脳裏に浮かんだ。
「これが保護ですか」
「きひっ、凶暴なキャスパリーグだからな」
ゾロリとその時だけ凶悪な笑みを浮かべた後、すぐにツルギはつまらなそうな表情に戻った。
「ミレニアムはトリニティに星屑──宇沢レイサの身柄の引き渡しを要求している。理由は……話さなくとも知っていそうだな」
「それで、あなたがここに?けどミレニアムはなんでわざわざそんなこと……」
自分たちで捕まえるつもりはないのだろうか。
そんなカズサの疑問をツルギは汲み取った。
「他校──、それも三大自治区の生徒だ。下手に拘束すれば政治問題になる。いくら宇沢レイサに非があろうとな」
ミレニアムの自治区内ならまた話は別だろうが。そう付け加えるツルギの言葉にカズサは呆気にとられる。
「……」
「ゲヘナでもあればあえて問題を大きくするために……なんて選択肢を選んだかもしれないが、ミレニアムの政治は理知的だ。無駄に波風を立てるつもりはないのだろう」
「えっと……トリニティとミレニアムのことはわかり、ました。けど、結局どうして?」
何も説明せずにこんなことをしたのか。
「あー……」
少しだけ迷うように瞳をグルンと回す。
「ひとつ、出会ったからにはお前を保護するために動く必要があった」
更地の周囲を見回しながらツルギがどうしての答えを数え上げていく。
「ひとつ、お前の強さを確かめたかった。何故なら──トリニティが宇沢レイサを確保するのは次善だからだ」
「え?」
「今の浦和ハナ──あぁ、いや、これはいい」
ツルギは首を振り、言いかけた言葉を飲み込む。柄にもないことをしているせいで話すべきこととそうでないことを間違えそうになる。
──今の浦和ハナコは信用できない。
彼女はミレニアムへの引き渡しについてあえて浮かせたまま話を進めていた。会議では最終的に身柄を引き渡す、という風に話をまとめていたがその"最終的に"がいつかは明確にしなかった。トリニティらしいといえばそれまでだが──。加えて言うなら、彼女が未来の悲惨な記憶を淡々と話していたこと、自分が未来でどのような経験をしたかを一切漏らさなかったことに不信感を覚えていた。あえて感情を押し殺しているという風に捉えることもできるのだが、それにしてはあまりに綺麗に取り繕い過ぎている。何よりこの件をシャーレの先生に報告しようという気配が欠片もなかった。後は勘だ。
あの会議に参加していた他のメンバーがどう考えていたかは知らないが、このまま星屑を確保したならば十中八九トリニティの内部でその存在を握りつぶす流れになると思えた。そこにどのような目的が絡むかは個々人で変わるだろうが──ミレニアムの要求をのらりくらりと躱して問題を有耶無耶に持っていこうとするだろう。
ツルギは放たれた矢だ。よけいな事はせず星屑確保に動くべきであるかもしれない。
だが、ツルギは正義実現委員会の委員長である。矢を放つ意思が正義にもとるならば大人しく飛んでやる気もない。
「次善っていうことは……最善は?」
緊張した面持ちでカズサが問いかけてくる。だがその目には強い意志が宿っていた。追い詰められたこの状況からでも目的を果たそうとする強い意思だ。そしてここにいない誰かを思いやる目だった。ツルギにはそれが好ましく思えた。
「宇沢レイサが、自らミレニアムに出頭することだ。これが政治的な役割を持つ要人であれば話もこじれるだろうが……宇沢レイサはただの一般生徒だ。文句は出るだろうが大事にはできない。本人が自らの意思でそうするのなら」
それこそ、当人がミレニアムの被害者に謝罪し、その罪を償いたいと申し入れる形ならトリニティ上部から文句を言うことすら憚られるだろう。
だが、これはレイサが言って聞く状態か、あるいは彼女を説得できる近しい人物がいなければ成立し得ない。星屑の宇沢レイサが潜伏していると思しき近辺でカズサの姿を見た時、ツルギはすぐに彼女もまたレイサを探しているのだと気づいた。
放課後スイーツ部の部員たちの人となりはある程度理解しているつもりだ。仮にも一度活動に参加させてもらった身だ。後は能力的に信頼できるかどうか。多少強引ではあったかもしれないが、それもここまでの戦闘で確かめられた。肉体と経験の齟齬こそあるが──それも彼女の経験値であればすぐに摺り合わせできるだろう。
無論、トリニティが信用ならないからといってミレニアムが信用に足るとは限らない。あそことて千年難題の探求を目指し数多の研究に明け暮れる合理の坩堝。宇沢レイサの身柄を確保したとしてどのような行動に出るかはわからない。だが、政治的には三大自治区で一番素直だ。他校の生徒を抱え込んだ上で下手な動きはそうそうしないとツルギは考えていた。
今回のトリニティへの身柄引き渡しの要求もミレニアムサイエンススクールとしての正式なもの、つまりはミレニアムの生徒会セミナーからのものだ。下が暴走して怪しげな研究に走る可能性も薄い。何より今代のセミナーは相当に人道的だ。ツルギはそう評価していた。トップの調月リオというよりはその下の早瀬ユウカの色が濃いのだろう。調月リオが現在は失踪しているという情報もあるがそれでミレニアムが混乱している様子もない。
一言で言ってしまえば、魑魅魍魎が跋扈するトリニティよりは信用できるという話だった。
また、本来ならシャーレを挟むのが一番穏当ではあるのだが──トリニティもミレニアムもシャーレを避けている節があることにツルギは引っかかっていた。
これも半ば勘だが、現状できるなら避けておいた方が無難に思えた。
と、そこまで思考したところで次の答えに移ることにした。
「ひとつ、ここまでの話をお前としたかった」
カズサに襲いかかった三つ目の理由。人払いだ。ブラックマーケットに入ってから何者かに監視されている気がしていた。自分の立場を思えばそれも当然かも知れないが、どうにもきな臭く感じた。
そこで、邪魔になりそうなものを片っ端から壊して話せる場所を確保することにしたのだ。周囲に被害は出るし、途中楽しくなって少し加減が利かなくなっていたが、まぁブラックマーケットだ。自分が暴れた結果なら多少の補填も正義実現委員会から出るだろう。
仮にも星屑を保護する為に派遣された自分がここでコソコソとカズサと密談するのはよくないだろう。それならこうして追い詰めた獲物を前に舌なめずりしている風をよそおう方がまだ言い分けも立つ。
「……私にレイサをミレニアムへ連れてけって……そういうことですか?」
「それが、お前にできるなら」
「……っ!できます!」
食いつくようにカズサが答える。
考え無しに答えた訳ではないだろう。それはここまで戦ってみてツルギにはよくわかっていることだった。責任を負う立場に無い一般生徒にこんな事を押し付けるのもやはり心苦しいが、自分がトリニティの意思で動くよりはいいとツルギは考える。
「──そうか。ならいい」
いささか以上に話し過ぎた。
こういうことは普段ならハスミに任せるのだが、残念ながら今回はトリニティの留守を任せているのだから仕方ない。
「仮面が取れた以上、一度仕切り直しだ。宇沢レイサの保護は装備を直してからだな」
詭弁だ。
そもそもがトリニティ所属のレイサを保護するのにトリニティのツルギが出ることは──その戦力過多な見え方を除けば──そこまで問題にはならないのだ。それでも他校への心証を考え"念のために"正体を隠すというのが今回の方針だった。
だが、その詭弁を以てしてツルギはカズサに時間を与えるつもりだった。
彼女がレイサに手を伸ばす時間を。
背を向けたツルギにカズサが咄嗟に言いつのる。
「なんで、私のこと──」
だが、そこでカズサの言葉は止まった。
グルン、と凶暴な表情でツルギが振り返る。
カズサも萎えかけていた体に力を込め身構える。
ツルギと相対した時より更に強烈な圧が──殺気が──カズサの全身を襲っていた。
ツルギとカズサが視線を向けた先。
──そこに、狐がいた。
〇
ツルギとカズサの対話から時間は少し遡る。
(キャスパちゃんさぁ……脅威じゃないって本気で言ってた?)
ムツキは自身のマシンガン──トリックオアトリックを油断なく構えながら内心でカズサに恨み言を言う。
お互い全身を血まみれにしたレイサとハルカ。拮抗し続けていた殴り合いが今少しずつ傾き始めていた。
「はは、一年生の、体が……追いついて、ないんじゃないですか?」
「それは……お前も同じだろうっ!」
押されているのはハルカだった。
頑強さではむしろレイサより上回っていたはずが、殴り合いを続けている内に徐々に押し返されていっていた。レイサが指摘するように、未来の記憶の通りに体を動かしていた結果ガス欠を起こしているのは確かだった。だが、条件はレイサとして同じはずなのだ。
「なんででしょうね?」
息も絶え絶えながらレイサは笑みを浮かべる。
顔の血を拭えばそこに開いていたはずの傷がない。
──あぁ、馴染の感覚だ。
ぼんやりと、はっきりと確信は無いけれど。レイサには原因に心当たりがあった。漠然とそれを感じていた。きっと今、自分のヘイローはこれまで以上に黒く染まりつつあるのだろう。
傷を負えば追う程、死に近づけば近づく程、自分は"星屑"になっているのだ。
かつての"星屑"の肉体には及ばないが、明らかに傷の治りがおかしい。元々のレイサも傷の治りは早い方ではあったが、敵と殴り合いをしながら傷が癒えるようなデタラメさは持っていなかった。
それは星屑の在り方だ。
笑えてくる。
「へへ、ひひひ、はははははは」
殴り、蹴り、撃つ。治りが早いとは言え自分もハルカ同様に満身創痍だ。ハルカの後ろにはムツキもいる。さて、この状況でレイサがとれる選択肢は──
血みどろの路地裏に獣が舞い降りた。
「ミユさん……やっぱり制御とか無理じゃないですかっ!」
それが何かをすぐに理解したレイサは逃走方法に頭を巡らせ──
「狂い狐……!?まさか、記憶が……!?ムツキ室長!!!逃げ──」
ハルカもその正体を察しレイサを無視してがむしゃらにムツキの元へ駆け出し──
「え、ハルカちゃん!?」
唯一それが何かを知らないムツキが反応できず──
その全てが平等になぎ払われた。
〇
失ったものを埋めるようにがむしゃらに戦った。
最早そこに正邪は求めない。間違いを正してくれる▓▓も、もう今はいないのだから。
キヴォトスを転々とし、ただより強い暴力が求められる場所を巡った。何度も死にかけ、何度も地面を這いずった。初めは憎い敵を追っていたような気もするが、いつからかそれもどうでもよくなっていた。引き留めようとしてくれた誰かがいたはずなのに、それも振り切った。
──もう彼女と一緒にいるべきでは無いと思った。
喪失の哀しみと怒りの衝動のままに戦う内に、その衝動しか残らなくなっていた。
ずっと好きだったものがあった。そのために頑張っていたはずなのに。
あの人がいなくなっただけで全てが無意味になってしまった。
生涯を捧げるのだと、無邪気に笑っていた過去の自分。
なら、あの日あの場所で死ねばよかったのに。
あの人を守る為にそうして命を落とし、あるいは消息不明となった生徒が幾人もいた。
自分も、そうなればよかったのに。
あの日、部長に引き留められたから自分は──あまりに醜い逆恨みだった。
だから、もう、衝動に任せて暴れることしかできなかった。夢を失った自分も、醜く惨めな嫉妬を抱く自分も、大好きだった彼女を憎もうとする自分も全て否定したくて。
戦って、闘って。
死にかけて、死なせて。
否定して。否定して。否定して否定して否定して否定して否定して。
結果残ったものは──
「い、いらっしゃいませ……淫靡なる夢の館『百夜堂』へようこ、そ……」
光を失った瞳で満足に秘部も隠せない淫らな服装で知っていたはずの誰かが出迎えた。
あぁ、でも胸は膨れ、ジャラジャラと鎖で飾り、身体中に墨を入れ、絶望に染まった瞳で媚びるそんな姿は知らない誰かだ。
邪魔なので▓した。
店の中に踏み込む。首輪をつけられて四つん這いで歩く誰か。男の上で気持ちよさそうに腰を振る誰か。膨れた腹を踏みつけにされて嬌声をあげる誰か。
邪魔なので全て▓した。
──どこかで、見覚えがあったような。
依頼だった。その頃でも、ギリギリ暴れるのにそういう枷をはめていた。この店の地下にあるという曰くつきのブツを回収することが目的だった。邪魔なものは全て排除して構わないという話しだった。そもそもそんな許可が無くとも今の彼女は邪魔と思えば全て壊して進むのだが。
抵抗があったような気がする。
名前を呼ばれたような気がする。
全て▓した。
地下は上の建物などよりよほど広い空間が広がっていた。全てが最高級の調度で揃えられた百鬼夜行でもそう見ることのできない絢爛豪華は光景。よほどの上客を迎える為の場所なのだろう。畳も、椅子も、女を鳴かせる様々な道具も全て血に染めてしまったが。
「こんばんは、あなたがここに来るとは思いませんでした」
血まみれの空間で声をかけられた。
うるさいのでさっさと▓そうと思ったが、そういえばこれが目的のブツだった。
「ふふ、いい場所でしょう?」
そうして、暴力を少しでも抑えた結果──眼前の狂気の光景を認識してしまった。
それは張り付けにされていた。活き作りのように生きたまま体を開かれ、本来なら人目につくはずのない女の器官をさらされていた。肉の色。どろりとした体液。本来なら女陰を掻き分けその奥にあるべきもの。
子供を収めるはずのそこが開かれ、魚の切り身が盛り付けられていた。彩りの為か緑の葉と菊の花が添えられている。
「凄いこと考えますよね。いくら私が死なないからって──女体盛りってこういうのじゃないと思うんですけど」
うまく排卵させて、卵子をつけて食べると美味しいらしいですよ?ほんとですかね?
もっとも悼ましい扱いを受けてるはずのそれが自身の有様をケラケラと笑ってみせる。
狂っていた。何もかもが狂っていた。
だが、それは自分も同じだった。
「でも、かなりイカれてきてたのは知ってましたけど……もう本当に壊れてたんですね」
何を言ってるのだろう。当たり前だ。
そんなのもうずっと前からわかりきってることだ。
「ねぇ、ちゃんと気づいてました?最近の百夜堂は母体にされたお祭り運営委員会はもちろん、中小の部活に目をつけてまとめて攫って商品にしてたんですよ?」
ほら、あれはクロレラ観察部、あそこのはフィットネス落語部の部員。
そんな風に指もさせない状態で目線を向けてそんな事を言う。
うるさい。
黙らせるべきだ。
なのに、その声を無視できない。
「他にも、さっきあなたが殺したそこの──忍術研究部とか」
「…………ぁ」
それは出迎えた彼女と同じように変わり果てた姿で、けれど確かに知っている顔だった。
「動画を見ました!」「ファンです!」「忍者、好きなんです!」そんな風に言って新しく入部してきてくれた後輩たち。
「……………………ツクヨ、殿」
部長になったのだから呼び方を変えないといけませんね、なんて話して。けれど二人の時はついうっかり昔のように部長呼びを忘れてしまっていた。
豊満な肉体が扇情的に飾りつけられていた。淫靡に、けれど下品になりきらずに。胸を強調するように、乳房の周りに兎を模した入れ墨が彫られていた。ここの客層向けの装いだったのだろう。その胸の中心にぽっかりと風穴が空いている。
心臓を抜き取ると生徒でも比較的簡単に殺せるのだ。
そういうことだけは詳しくなっていた。
「…………なん、で」
自分が逃げた場所。
大切だった人たち。
今はもう──動かない。
「…………………………………………」
だって、自分が▓したから。
全員イズナが殺してしまったから。
「──────────────────ッ!!!」
その日、後のキヴォトスでもっとも恐れられる獣が生まれた。
〇
ツルギもカズサも一歩も動けずにいた。
眼前の獣から一瞬でも意識をそらせばその瞬間が命取りになりかねないと理解していた。
獣の片手に、ぼろきれのようなレイサが無造作に引きずられていたが、それにすら反応できない。
チリチリと、瓦礫でならされた辺り一帯の空気が焦げる感覚。
そこに水を差すように。
「あぁ……杏山カズサ…………できれば、今の狂い狐とは戦わない方が、いいと思います、よ?ちょっと前まではまだ大人しかったんですけっど──ぐぁっ!?」
「……」
引きずられていたレイサが、カズサに気づいたのかか細い声でそんな風に言う。
星屑の物言いだ。
勘に障ったのか、レイサは狐によって地面に二度叩きつけられ、放り投げられた。
ゴミクズのように転がる。
咄嗟に駆け寄りたい衝動をカズサはギリギリで踏みとどまった。大丈夫だ。まだ生きている。あれなら死ぬことは無いはずだ。
「あれも未来の記憶……?ヤバいな」
端的なツルギの言葉に頷きそうになる。
──ヤバいとか言うんだこの人。などと。
「いや、あんなのは他に見たことないです……よ」
レイサが余計なことを言ったおかげか、張り詰めた空気の中でも少しだけ軽口が叩ける。
そんな二人に獣が顔を向ける。夜の空の下ではその表情をはっきりとうかがい見ることができない。だが、理性を無くした狂獣の眼光がこちらを獲物と捉えたことは確かだった。
「帰る予定だったんだけど、なぁ……きひっ、きひひひひひひひひ!」
カマキリのようにショットガンを握るツルギの両腕が持ち上がる。
ツルギはレイサへは一切視線を向けない。見てないことにしてくれるという意思表示だろう。
「私……結構ボロボロなんですけど」
ポケットを漁るとナツにもらっていた飴玉が残っていた。ボランティアはえらいねぇと誰目線か知らないが褒められて。渡された。なんだか遠い昔のように思える。
それを口に放り込み、気合いを入れる。ミルク味がじんわりと口の中に広がる。少しだけ全身の疲労が軽くなった気がした。
「ぁ゛……ぁ゛、あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!!」
月のない空に獣が咆哮した。
──次の戦いが始まる。
〇
「うぅ……どうして言うこときいてくれないのぉ」
ブラックマーケットのどこか。
ミユは制御の全く利かない獣に泣き声を上げていた。ここまで誘導するのにも随分と手間がかかったというのに。まさか正義実現委員会の委員長に向かっていくとは思わなかった。
「あなただって、私と同じで彼女に望んだ側のはずなのに──」
一人になると泣き言が増えるのは昔から変わらずだ。
けれど、そこで足を止めるミユはもういない。
こうなったのならどう状況を動かすか。頭の中で絵図を引く。
「あっちにはキャスパリーグがいる……もしかしたらあの日の再現ができる?それなら何もせずとも事態は動くのだけれど……」
ミユは所詮小兵に過ぎない。敵に対して自分を大きく見せることはしても自分の能力を過大評価する気は無い。
あの場に自分が飛び込んだところで碌な戦果は挙げられない。
ならばどうすべきか。
誰とも共有できない望みを抱えたまま、怪物殺しは一人自分の役割を考える。
いつか怪物を殺しきるために。
そのためにヴォーパル・ワンは存在する。
〇
夜は深まる。
夜空に底は無い。
反転した世界で、底の無い夜空に石が落ちていく。
世界がまた裏返らない限り、石に帰る場所は無い。