後編の後のひとつの可能性。
完全にエロが主題から外れてますがエロい場面もなくはなないのでR18。
【Re星屑レイサSS01】癘瘥-れいさ-
さぁ次の扉を開けて。
その涙で私を濡らして。
◯
「レイサさ、スイーツ部に入らない?」
杏山カズサに放課後スイーツ部への入部を勧められたのは少し前のこと。パトロールを引き止められて、連れて行かれたカフェでの話だった。
嬉しくなかった、といえば嘘になるだろう。
友人の少ないレイサにとって、スイーツ部の面々は今や何にも替え難い繋がりの一つとなっていた。当たり前のように自分を輪の中に入れてくれて、楽しい時間を過ごさせてくれる。それでも、自分はどこまで行ってもその場限りの外様。時々彼女たちの部活動に混ぜてもらえるゲスト。そんな風に思っていた。
だから、カズサの申し出は……そう、本当に嬉しかった。
突然レイサのことを下の名前で呼びだしたり、二人きりでカフェに訪れたり、手を握られたり──、色々と不可解なこともあったけれど。
だとしても、だ。
「え、あっと……杏山カズサ……?」
ただ、レイサは相も変わらずで。
自分の気持ちを伝えるどころか戸惑うばかりで満足に言葉も返せない。嬉しさの前に驚きが。肯定の前に疑問が口を突く。
だって、いくら嬉しくたって、やっぱりレイサは今の放課後スイーツ部の四人とは違うのではと思ってしまうから。彼女たちの様に互いに気負いなく会話なんてできないだろうから。
「はぁ~~」
そういうことをしどろもどろに伝えてみれば、呆れたようなため息を吐かれた。
ひどい話である。
「あのね、別に部活に入るのに部活メンバー全員と同じ様に仲良くちゃいけないなんて決まりはないの。少なくともウチは違うから」
言われてみればその通りだった。
「それに……もっと仲良くなりたいっていうなら、部活に入ってからでもいいでしょ」
「それは、そうなのかも知れないですけれど……私には自警団もありますし……」
なのに、そんな言い訳ばかりが口から零れる。
「そこは自警団を辞め──いや、兼部でいいんじゃない?スイーツ部はあんまり決まった時間できっちり活動する感じじゃないし。自警団だって団内でスケジュール決めてたりはしないんでしょ?っていうかそもそも自警団って扱いとしては部じゃないよね」
「確かに自警団は各々が各自すべきと思ったことを行う集まりなので、部や委員会のような厳密な規則などはないですが……というか妙に詳しいですね、杏山カズサ」
「これくらいは別に。それで、どう?レイサはスイーツ部に興味はない?」
「それは……」
ないわけがない。既に何度もお邪魔しているくらいなのだから。
カズサもわかってるのかケーキを口に運びながらニヤニヤとこちらを見ている。それが腹立たしくも、わかってくれているという安心感にもなっていて。
「う~……じゃ、じゃあ、その……他の方もいいって言ってくれるなら」
「おっけー。じゃあ決まり」
他の部員の返事などわかり切ってるとでも言うようだ。
実際、わかるのだろう。レイサにはあまり経験はないが、「あいつはこう言うはずだ」というヤツは友達同士では鉄板だ。マンガで読んだ。
……自分もそんな風に振るまえる日が来るのだろうか。
「よく言えました。はい、ご褒美」
「はにゃ?モゴォ!?」
カズサが食べていたケーキ。そのひと切れがカズサのフォークによってレイサに口に突っ込まれた。ふんわりとしたクリームの甘みと爽やかな柑橘の香りが口の中に広がる。
「もが、もぐもぐ…………な、何なんですか!?」
今日の杏山カズサは明らかに変だ。他の話題でごまかされてたが、いい加減黙っていられない。
「悪だくみの一環ですか!?それとも頭でも打ちましたか!?はっ偽物!!」
杏山カズサ──キャスパリーグは「あーん」なんて絶対しないのだ。それもレイサに対して。明らかに今日一おかしなカズサの行動に現実への疑念が浮上する。
そもそも自分を部活に誘ってくれるなんて状況自体がおかしいわけで。やはり夢なのではなかろうか。
「偽物呼ばわりはひどくない?……いや、ちょっとテンション上がってただけだから……うん、あんまり気にしないで」
食ってかかるレイサから視線を外し、明後日の方を見ながらカズサはそう答えた。小声で呟かれた「この頃の私ってこんなじゃなかったっけ?」という言葉はレイサの大声にかき消されて誰にも届くことはなかった。
「んん、とにかく……レイサはスイーツ部入部ってことで」
「ちゃんと他のみんなに確認とってくださいよ?」
「はいはい、レイサは臆病だなぁ」
「むっ、自警団の宇沢レイサを捕まえて臆病とは聞き捨てなりません」
「そうだったねぇ。レイサはみんなの騎士だもんね」
「…………あの、私のことからかって楽しんでます?」
レイサが怒って見せれば見せる程、カズサはにへらと笑う。だらしないその笑みに毒気を抜かれてしまう。本当に、何だというのだろうか。
一度気持ちを落ち着けようとお茶に口をつけると、カズサは笑みのまま頭をかいて少しだけ俯いた。
「そういうつもりはないんだけど……ごめん、なんだろう。確かに私ちょっと変かも」
「そうですよ!急にな、名前で呼ぶし……距離感妙に近いし……変です!しっかりしてください」
「うん、気をつけます」
「……」
素直に頷くカズサに閉口してしまう。今日のキャスパリーグにはいつも以上に調子が狂う。
もう一度おかしなところを指摘して──なんて思ったけれど。
ケーキがそんなに美味しいとでもいうのだろうか。
とても──とても幸せそうな笑みを浮かべるカズサを見ていると、レイサは何を言う気も起きなくなってしまった。
「はぁ、もういいですけど……」
ベリーに似た香りと共に紅茶をもう一口。
カップの中のお茶はあと僅かだった。微かに渋みが強い最後の一滴を流し込む。
「それじゃあ、私はパトロールがあるのでこれで」
「あ、まって。もういっこ!」
時間もちょうどいいだろう。そう思って席を立とうとしたレイサの腕を掴み、カズサが引き止める。
「今度はなんですか?」
今日は驚きの連続だった。今更何を言われたって驚くこともないだろう。
そんなレイサの思いは次のカズサの一言でもろく崩れ去った。
「あんたがスイーツ部入るのと同じように、私も自警団に入るから。あんたのパトロールに連れてって」
「……………………へ?」
「今日から自警団。よろしくね、先輩」
きゃすぱりーぐが、じけいだんに?
その日一番の衝撃にレイサの意識は広大な宇宙へ飛び立ちしばらく帰ってくることはなかった。
◯
そのまま強引にパトロールについてきたカズサと二人、新興の不良グループを相手に大立ち回りを演じる羽目になったのが数日前。
その後も一応はとスズミにカズサを紹介したり、普段の活動を説明したり、今後もレイサのパトロールに同行したいというカズサの要求を押し問答の末に飲んだり、パトロール終わりに何故か服を買いにいくことなったり。
あの日から目まぐるしく変化する環境──もといカズサに目を回し続けていたレイサだったが、今は特別緊張で目を回していた。
「……」
「……」
「……ねぇ、いい加減部室に入ったら?」
「うひゃぁ!?き、杏山カズサ!?どうしてここに!?」
「どうしてって……部活だから。あんたと同じ」
「おなっ、同じ!?私と同じ!?」
言われた言葉に声が裏返る。
今日はレイサが放課後スイーツ部の部員として初めてこの部室を訪れる日だった。
「違うの?」
「そんなことは……ないんですけどぉ……う~~」
モモトークで既に部員たちからの了承ももらっている。恐れることなどないはずだ。
──それでも、やはりこの初めては緊張するのだ。
何度も入ったことのある部室の前で立ち往生をしてしまうくらいには。
「はぁ、待ちくたびれたしもう入るよ」
「あ、ちょっと、待ってください!まだ精神統一が十分では……後お土産はこれでいいのかを相談に……」
「はいはい、話は部室の中でね」
「杏山カズサ~」
抵抗むなしくレイサの手首を掴んだカズサに部室へと引きずり込まれた。
「やーやーお二人さん。ようやく到着だね。精神統一には甘いスイーツはどうかな?」
「レイサの声ずっとドア越しに聞こえてたわよ?あんたってば、また妙なこと気にして騒いでたでしょ?」
「レイサちゃん、今日からよろしくね。って言ってもいままでとそんなに変わらないだろうけど……でも、レイサちゃんが入部してくれて嬉しいよ」
見慣れた部室で、見慣れた部員たちがいつもと同じようにレイサを迎えてくれた。
「……う、宇沢レイサ!本日より放課後スイーツ部の一員『シュガースター』として励ませていただきます!よろしくお願いします!」
それが嬉しくて。
勢いよく頭を下げたレイサにナツが「おー」と拍手をする。アイリが釣られて手を叩き、ヨシミは「シュガースターって」ねぇと呟きながら手を叩く二人をあきれ顔で眺めてる。
「よろしく、レイサ」
そして、カズサは──頭を下げていたレイサに背後から抱きついて、耳元でそんな風に囁いた。
何故だろう、耳元がくすぐったくて背筋がゾクリと粟立つ。未知の感覚にレイサは戸惑う。決して嫌なものではないのだけれど、ずっと耐えていることもできなくて。
「は、離れてください~、杏山カズサ」
「ごめんごめん」
スルリと、気づけばカズサはレイサの横を通り抜けて椅子に座っていた。重さを感じさせない、猫のような身のこなしだ。
そんな彼女にヨシミが胡乱げな目線を向けていた。
「レイサが入部するのはいいんだけどさ、やっぱなんかテンションおかしくない?」
その言葉にレイサは全力で頷いた。
最近の杏山カズサはちょっとおかしい。同じ感想をヨシミが口にしてくれたおかげで、自分が間違っていただろうかと最近見失いかけていた自信を取り戻す。
「そうなんです!急に自警団に入るって言い出すし、そのクセ見回りは私と一緒じゃないと嫌だって言うし……!」
ビシッと元凶に指を突きつける。
「自警団、あんたがぁ?」
「ふーん……ほーん」
「え、それって……え、えぇ!?」
伝えていなかったらしい事実に三者三様のリアクション。
胡散臭そうにジトッと睨むヨシミ、何やら考え込むナツ、大きく目を見開いた後レイサとカズサに視線を行き来させながら頬を赤く染めるアイリ。
「別にいいでしょ」
どこかバツの悪そうにそっぽを向くカズサ。
すぐに部室にあったお菓子を広げながら、カズサへの質問攻めの時間となった。
とはいえそこは花の女子高生。特に答えも出ないまま話題は二転三転とコロコロ変わり、三つ四つと机の上のスイーツがなくなる頃には、いつの間にか最近流行りのパフェをいつ食べに行くかなんて話になっていた。
「期間限定だし早めに行った方がいいわよね」
「けど、今が一番人が多い時期だろうから並ぶの大変かも」
「話題の味はそれを求める長蛇の没個性な一員となって長時間立ち続けるのも醍醐味。果たして待たされた時間に見合う満足を得られるのか、時間をかけたことで過剰な期待をかけてしまっているんじゃないか。そんな期待と不安に揺れながら最初の一口を頬張るロマン。けど、あんまり長い待ち時間だとパフェを味わう前に力尽きちゃう……スイーツは無情だね」
「いや、流石に力尽きるほど長い列にはならないでしょ。まぁ時間がもったいなく感じることはあるけど……」
スイーツ部先達たちの言葉になるほどとレイサは深く頷く。
ナツの話などは半分もわからなかったが、それも自分が未熟故なのだろう。
「ふむふむ、奥が深いんですね。私はああいう長蛇の列には並んだことがないので参考になります」
「ナツの妄言は話半分に聞き流しとかないと身が持たないわよ──って、え?並んだことない?一度も?」
「へ、は、はい。基本的に自警団の活動ばかりでしたし……」
「夏限定の百夜堂直伝あんみつ練乳かき氷も?トリニティ百二十個限定テラマカロンも?」
「一度もないんだ……」
「……あ、四、五人くらいの列なら並んだことは……」
「一時間待ってあと半分と思ったら割り込んで来た奴らと銃撃戦になったり、目の前で最後の一個が売り切れて耐えた時間の虚しさに膝を折ろうとしたらバカな奴らが争奪戦を始めるなんてことも体験したことないんだね」
「え……え?」
「一度も……」
圧が──、部室の中の圧が高まってゆく。
四人の視線がレイサを捉える。何故だろうか。あのアイリすら目を爛々と輝かせていた。
無意識に後ずさりそうになるが、椅子に座っているので背もたれまで身を引くことが精々だ。
「これは……レイサちゃんのデビュー戦ってことだね」
「戦場を知らぬ新兵を教導する。スイーツ道にそんな楽しみがあったとはね」
「うんうん、スイーツ部に入ったからには一回は経験してもらわなきゃ」
原因のわからぬ戦慄に、ごくりと生唾を飲み込む。
列に並ぶこととスイーツにそこまで深く重い繋がりがあるというのか。
「き、杏山カズサ~……」
圧に耐えきれず一番付き合いの長いカズサへと助けを求めてみる。が、彼女もまたどこか迫力のある笑顔でレイサを見ていた。
「自警団のエース、でしょ?臆病じゃないんだもんね」
「も、もちろんです!」
打てば響くように。カズサに挑発されればレイサは言い返さずにはいられなかった。
「……はっ」
言質は取ったぞ、とスイーツ部全員の目が語っていた。
その後は、レイサをどの店のどの行列に並ばせるかなんて、ちょっともうスイーツ関係ないのではとレイサが思う計画立案について時間いっぱいまで話し続けることとなった。
◯
空が赤く染まった日。
みんな、美しい流れ星を見たのだという。
長く長く地上まで尾を引く流れ星。まるで奇跡のような美しさ。
◯
結論から言うと、ガチガチにスケジュールまで組まれたレイサのスイーツ行列行脚は中止になってしまった。
その日、空が赤く染まったから。
サンクトゥムタワーが崩壊。虚妄の六つの塔と、それを守るように『敵』が現れた。キヴォトス全土が混乱と騒乱、そして脅威から自分たちの街を守るための戦いの場へと変わっていた。
何が原因で、誰が事態を引き起こしたのか。細かなところはレイサたち一般生徒にはわからなかった。後々になってクロノスからの報道もあったが、それも今ひとつ要領を得ないように思えた。
ただ、原因がわからずともこの街で暮らす誰かが脅かされるなら自警団が立ち向かわない理由はなかった。
「トリニティの『走る閃光弾』と自警団の『スーパースター』それに──」
シスターの亡霊──ユスティナ聖徒会の
「『キャスパリーグ』が到着しましたよ!」
「……その名乗りどうしてもいる?」
敵の懐に潜り込みシューティング☆スターを抜き撃ちの如く喰らわせるレイサ。その背に襲いかかろうとする無名の守護者の機械触手をカズサのマビノギオンが撃ち抜く。
「強そうな名前はかっこいいじゃないですか!」
レイサは前へ前へと踏み込みながら相手に散弾を放ち、向かい来る敵を吹き飛ばしていく。死地に踏み込む足に迷いはない。なぜなら──
「そういうところは本当に変わらないよね、あんた」
軽快な身のこなしでレイサを追いながら、彼女が撃ち漏らした敵をレイサのマシンガンが刈り取っていく。倒れた敵すら足場にし、何者にも──重力にすら縛られていないかのように自在な身のこなしで戦場を駆け抜ける。
そうして瞬く間に溢れかえっていた敵は一掃された。
「スパースターとキャスパリーグ、私たちの華麗なコンビネーションは誰にも止められ──」
なんだかんだで、すっかり慣れたカズサとの連携は自警団としてのレイサを新たな境地へと導いていた。背中を預けられる相棒がいる、それが戦いの中でどんなに心強いか。
「レイサさん、カズサさん、この場はもう大丈夫でしょう。私たちは次の地点の応援に」
二人とは別に、崩れかけていた正義実現委員会の集団を助け、敵を倒していたスズミが声をかける。自慢げに話していたレイサはその言葉で我に返り、走り出したスズミに続く。
「了解しましたって、おわ!?」
それは異常事態においてすら、あまりに順調な戦果への慢心か。
砕けて転がっていた戦闘機械の一部に足を取られ、駆け出したレイサの体が大きく傾いた。
「ったく」
その体がカズサの腕に抱きとめられる。
「はしゃぎすぎ。まだまだ戦いは続くんだから気を抜かないの」
抱きかかえたままレイサの頭頂部にカズサの声が降る。
「す、すいません……」
何故だろう。聞き慣れたはずのその声にレイサはドギマギしてしまう。
なんだかカズサの声が妙に頭の奥に響いて、こんな時なのにボーっとしてしまう。
「スズミさんに置いていかれちゃいますね。急ぎましょう!」
レイサはそう声を上げ、カズサの腕の中から飛び出し走り出した。
後ろに続くカズサにはきっと見えてないはずだから。そう思いながらレイサは自分の頬が熱くなるのを感じていた。
果てがないのではと思えるほどに長く続いた戦いも、各校の精鋭達によって六つの塔が攻略されることで終わりを迎えた。
塔が消えた後、レイサたちは救護騎士団を手伝い避難した人たちの手当をするなどして過ごすことになった。カズサはそこまでボランティア精神を発揮することはないとぼやいていたが、それでもレイサよりも的確な手つきで怪我人の治療にあたってくれた。
その間も、事件の大元の原因を解決するため先生や連邦生徒会、各校の生徒会関係者たちが戦っていたという。
遙か上空、レイサたちにはどうやったって手の届かないような高高度に顕現したアトラ・ハーシスの箱舟で。色彩、無名の司祭、並行世界の先生と生徒。世界を越えて繰り広げられた──生徒を助けるため、責任を果たすための戦い。
朝焼けの間際、多くの生徒が美しい流れ星を見た。
長く長く地上まで尾を引く流れ星。まるで奇跡のような美しさ。
それが長い戦いの終わる合図だった。
◯
最近悪夢をよく見る。
嫌な悪夢だ。目が覚めると夢の内容は忘れているのに、不思議と夢の中での感情は覚えている。
だから、ひどく気分が悪い。
そのせいで最近は寝る時間が短くなっている。
とはいえただの悪夢だ。引きずって周りに心配をかけても仕方ない。
頬を張る。気持ちを切り替える。
それでいつもの自分に戻れた。
◯
「よし」
虚妄のサンクトゥム攻略戦からしばらく。
スラムの見回りを終えたカズサは満足そうに息を吐いた。ここには一人。レイサは今はスイーツ部の部室にいるはずだ。
カズサには、この先数年間の記憶があった。
正確には数年後の未来からこの時間に戻ってきたというべきか。それは今の平穏な暮らしからは想像できない、ひどく悲惨で陰惨な未来だった。
カズサの記憶にある未来でも虚妄のサンクトゥムは攻略され、その原因たるアトラ・ハーシスの箱舟の戦いも先生たちの勝利で終わっていた。
ただ、ひとつだけ。
事件の起きる数日前から行方をくらましていた一人の生徒の安否を誰も確認しなかったことだけが、今とカズサの記憶の中の差異だ。キヴォトス全域が混乱し、街の復興、日常を取り戻すことに誰もが必死だった。きっと偶然だった。些細なきっかけがあれば誰かが気づいていた。けれど人付き合いも少なく、そのうちひょっこり姿を見せるだろうなんて誰もに思われていたその生徒は、どこへ行ったかを捜索されることもなく、虚妄のサンクトゥム攻略戦から少ししてみんなが想像した通りにひょっこり姿を見せた。
ただ、その時には彼女──宇沢レイサは壊れきって"星屑"となっていた。
精神も尊厳も肉体も願いも壊し尽くした凌辱。その果てのヘイローの変質。
当たり前の顔で日常へ戻り、その裏でスイーツ部を少しずつ壊す悪辣さ。カズサを苦しめるため。カズサを壊すため。そこに官能と幸福を見い出して、カズサの居場所を手にかけた。
カズサが気づいた時にはほとんど修復不可能一歩手前で。レイサの変貌を知った時には何もかも手遅れで。
まるで"星屑"が滅びを呼ぶように。
やがてキヴォトスは坂道を転げ落ちるが如く荒廃していった。
先生の喪失をきっかけに、この学園都市は生徒たちが青春を謳歌する場所から、淫蕩と破滅に耽る退廃都市へと徐々に変わっていったのだ。そんな中、カズサはレイサを追って長い時間を戦い続けた。学校に通って、放課後にはカフェに集まって、友達とくだらない話題で盛り上がって。そんなことをひとひとつ忘れながら、不幸を撒き散らし世界を壊すと嗤った星屑を止めるために戦い続けた。
「……」
どうしようもない、手遅れな未来からカズサはここへと戻ってきた。
今度は間違えないように。レイサが心を壊すことも、それを発端として大勢が不幸になるようなことが起きないように。
星屑ではなく、スーパースターとして彼女が笑っていられるように。
「とりあえずこれで一通りは片付いたかな」
レイサを監禁し辱めたのはスケバン時代のカズサに恨みを持った不良たちだった。
だから、この時間に戻ってきたカズサはなるべくレイサと行動を共にし、彼女が攫われるようなことが起きないよう気を配った。その一方で自分に恨みを抱きそうな不良を片端から排除していった。
かつての自分は、敵対者を排除するなんてひたすら暴れまわることしか知らなかったけれど。テロリストや犯罪組織、裏社会の闇を暗躍する星屑を追う時間の中で色々と"やり方"を覚えていた。
友人が当たり前に過ごしていて、レイサが学生をしている"現在"では、こんな自分のことをひどく薄汚れて感じることもあったけれど。それ以上にカズサはあの未来を繰り返すことだけはゴメンだった。
何より──
「……ふふ」
自警団のパトロールとしてカズサと共に町を歩くレイサのことを思い出す。
驚いて、怒って、慌てて笑って。
今のカズサにとって未来の記憶は幼い頃のそれのように、ところどころボンヤリとして細部までは思い出せないものとなっている。
それでも、星屑だったレイサがあんな表情をしなかったことだけは確かだ。
馬鹿みたいに単純で、うざったい程に正義感が強くて、忌々しいほどに明るい。
そんなレイサを見られることがカズサは幸せだった。
ふと、携帯の通知を見ればレイサからメッセージが送られてきていた。
「ふーん、物好きだなぁ」
銃を担ぎなおし、スラムを後にしながらレイサへ返信する。
他愛ない、学生同士の当たり前のやり取り。
それで全ては満たされていた。
◯
「え~っと……わ、か、り、ま、し、たっと」
スイーツ部の部室。部員たちが思い思いに過ごす中でレイサは携帯を片手にモモトークで メッセージを送っていた。
「先生?」
読んでいた雑誌に飽きたのか、顔を上げたヨシミがそう問いかけた。
「いえ、スズミさんです。実はD.U.の方の復興が大変らしくってボランティアを募っているって。自警団からも手伝いを出せないかという事で相談をいただきました」
「ふーん、トリニティの外まで……自警団も大変なのね」
「空は真っ赤になって、すごい事件だったもんね。連邦生徒会は今も大忙しらしいし」
チョコミントアイスを掬っていたスプーンから口を離しアイリが話に加わる。
「それで自警団のレイサとカズサがお手伝いに行くわけだ。せっかくだしD.U.のお土産をよろしく」
飴をなめながら盾を磨いていたナツにそう言われ、レイサは困ったように眉をハの字にした。
「杏山カズサは……どうでしょう。彼女はこういったボランティアはあまり好きではなさそうですし。別に強制ではないんです。だから無理に誘うのも──」
そこまで言いかけて、部室の全員が半目でこちらを見ていることにレイサは気づいた。
「あいつならあんたが誘えば喜んでついてくわよ」
「今のキャスパリーグはもう完全にゾッコンだからね」
「うん、大丈夫だから、レイサちゃん。自信を持とう」
「え……え?」
三人に促されるままにカズサにモモトークでメッセージを送れば『リョーカイ』と短い返事が直ぐに返ってきた。
「……これ、杏山カズサ怒ってないですよね。私、無茶なこと言ってないですよね」
「なんでそんな不安になるかなぁ」
「これも青春ってヤツだ。若いっていいなぁ」
「ナツちゃん、私たち同い年……」
ここ最近では日常となりつつあるやり取りに、部室の空気が温まる。
レイサ自身も、なんだかカズサに対して妙に及び腰になっているかなと反省する。ボランティアの件は問題なさそうなので『では、当日はよろしくお願いします!』と返信をしようとし──
「あっ!」
メッセージを送る途中でうっかり携帯を落としてしまう。
「あわわ……あ、送信押しちゃったかも」
慌てて拾い上げようとして、ふとレイサは自身の手の違和感に気づく。
「あれ……どうしたんだろう?」
携帯を操作していた左手。その薬指が上手く動かせず痙攣していた。痛みは特にない。ただ、他の指は思う通りに動くのに薬指だけが相変わらず固まっている。
それでも、ぎゅっと意識を集中させるとゆっくりと動き出した。
「レイサちゃん、大丈夫?」
「え、あ、はい!うっかり手が滑っただけなので……わわ、変な文章になっちゃってた」
アイリに声をかけられて慌てて携帯を拾い上げる。
カズサからのメッセージに急いで返信を返している内に、薬指のことはすっかり忘れ去ってしまっていた。
◯
レイサ『こんにちは、杏山カズサ』
レイサ『D.U.の復興作業にボランティアを募集しているらしく』
レイサ『自警団からも人手を出せないかと声がかかりました』
レイサ『その……』
レイサ『ええっと……』
レイサ『私は行く予定なのですが、あなたはどうしますか?』
……
レイサ『よければ……一緒に行きませんか?』
カズサ『リョーカイ』
カズサ『レイサが行くなら私も行く』
レイサ『!!!』
レイサ『ありがとうございます!!!!!!!』
レイサ『では、当日はよ!ろくい!ねが』
カズサ『???』
カズサ『大丈夫?何かあった?』
カズサ『レイサ?』
カズサ『大丈夫?』
カズサ『部室だよね、直ぐ行くから』
……
レイサ『あわわ』
レイサ『すいません、携帯を落としてしまいました』
レイサ『変なメッセージを送ってしまいましたが気にしないでください』
カズサ『本当?ならよかった……気をつけなよ?』
レイサ『あはは、心配性ですね』
カズサ『……レイサが危なっかしいのが悪いんだよ』
カズサ『本当に無防備で、そんなんじゃ悪いやつらに襲われちゃうよ』
レイサ『襲い掛かってくるような不逞の輩は返り討ちです!』
レイサ『それに今はあなたも一緒に戦ってくれます。なら怖いものなしです!』
カズサ『……はぁ』
カズサ『まあ、そうだね。私がちゃんと見てればいっか』
カズサ『それじゃあ、当日はよろしく』
レイサ『はい!!よろしくお願いします!!!!』
〇
空が赤く染まった日。
みんな、美しい流れ星を見たのだという。
長く長く地上まで尾を引く流れ星。まるで奇跡のような美しさ。
私は──代わりに夢を見た。
どこかの空。夜、埋め尽くすような満天の流れ星。
砕けて堕ちる星屑たち。
〇
ボランティアへ向かう前日。
夜、自室のベッドの上でレイサはモモトークのメッセージ画面を見返していた。
表示されているのはボランティア参加の約束をカズサとした際のやり取り。
「……」
カズサは少し前から随分と様子が変わった。こちらに急に踏み込んでくるようになって、妙に子供っぽい振る舞いをするかと思えば、ふとどこか遠くを見つめるような大人びた振る舞いを見せる瞬間もあった。
その上、手を繋いだり抱きついたりといった体を触れ合わせようとする行動も妙に多い。
──そのあたりは、パトロールで一緒に行動する時間が増えたために気づいた彼女の一面なのかもしれないけれど。
思えばクラスメイトや町中で見かける女子高生たちが抱き合ったり腕を引いたりという行動をしている様子には見覚えがあった。普通、なのだろうか。
最近できたクラスの友人との付き合いを思い返せば、彼女たちとも会話の際の距離感もレイサの考えるものより近かったように思える。腕を組んできたり、背中から抱きついてくることはなかったけれど……。
そこまで考えて、なんだかキャスパリーグ──杏山カズサのことばかりを考えているなと、携帯を枕の横に置いて溜息を吐いた。いや、もっとずっと前から。それこそ高校に上がる前から、同じ様に夜のベッドの上でキャスパリーグについて頭を悩ませていた気がする。
ただ、あの頃のレイサの悩みは、どうやって彼女に追いすがり、どうやって勝利を得るかという内容だった。
今は──よくわからない。
ずっと探して追いかけてきたキャスパリーグ。そんな彼女が突然こちらに振り返り、ぎゅっと距離を詰めてきた。そうだ、これは不測の事態に対する混乱なのだ。突如の急襲を如何に対処すべきかという、そういう作戦会議なのだ。
「…………はぁ」
グッと顔に力を入れ、しかしそれは数秒も持たなかった。単純とよく言われるレイサとて、カズサに対する今の自分の気持ちが戦いや勝ち負けを想定するようなものでないことくらいはわかる。
では、何なのだろう。
そもそも、今のレイサにとってカズサとは何なのだろうか。
ライバル……と呼ぶのも今となっては違う気がする。友人……と呼ぶことは許してくれるのだろうか。今更と呆れられるかもしれない。そんなカズサの表情を想像すると自然と口の端が緩んだ。相棒……自警団で活動している時はこれが一番しっくりくる気がする。『キャスパリーグ』という名はいいとしてそこに並べるものと考えると『スーパースター』は少し安直なようにも思える。何か、二人で様になるような新たな称号を考えたほうがいいだろうか。
まるで泉から水が湧き出るように。カズサのことを思うとあれもこれもと様々な考えがレイサの中から浮かび上がってくる。だが仕方ないのだ。ここ最近のレイサの生活の半分は、ほとんどカズサと一緒に過ごしている。そして、その度に思わぬ彼女の行動に振り回されて、驚いて、怒って、笑って──。
枕の横の、画面を下に置いた携帯に視線を向ける。
『リョーカイ』『レイサが行くなら私も行く』
見ずともカズサから送られてきた文言が脳裏に浮かぶ。
「~~~~~っ」
なんだか堪らなくなって、レイサは布団を抱きしめてバタバタと足を動かした。
これは、何なのだろう。
レイサはまだこの気持ちに名前をつけることができない。まだ、名付けたくない。
けれど、今はもうしばらくこの感情に浸っていたかった。心の火照るこの不思議で心地よい感覚に。
あぁ、早く明日にならないかな。そのためにも寝なければ。
最近はこんなことばかりだからか、やけに眠りが浅いのだ。
目を閉じて。今は眠ろう。
──きっと明日も楽しいはずだから。
〇
最近、妙な悪夢を見るようになった。
それはひどく屈辱的で、悍ましく、けれど快楽に満ちていた。
夢の中で何度も何度も自分は快楽に体を震わせて、それ以外何も考えなくていいんだと、 空っぽになった頭で与えられるものを貪った。
夢の中の自分は人以下のナニカだった。
目が覚める。
体が重い。ひどい気分だ。
ふと、指先が、脚の間に伸びていることに気づいた。
無意識の行動だ。
目の前に掲げた手はべっとりと濡れていた。
それを見て忘れかけていた夢の内容を思い出し、血の気が引く。吐き気に襲われ体を丸める。
全てがぶり返す。今日もまた悪夢を見たのだ。
もう、気が狂いそうだ。
〇
ボランティアとして訪れたD.U.地区でレイサは汗を流しながら瓦礫を運んでいた。
激しい戦闘に巻き込まれたこの地区一帯は多くの建物が倒壊し、まずはそれらの撤去作業が必用だった。都市部中枢でもあることから急ピッチで進められているD.U.地区の復興作業だが、今はどこも人手が足りず、そのためにこうやってレイサたちのようなボランティアも求められる状況となっている。
「先生は随分とお疲れの様子でした……寝てないのでしょうか」
久しぶりに顔をあわせた先生のことを思い出して、レイサはその表情を曇らせた。
いつものように柔和な笑みで"二人ともえらいね"と褒めてくれた先生は、しかし全身から覇気がなく、隈の濃い目に立っているのもやっとというフラフラ具合だった。
簡単な挨拶の後、テレビでも見たことのある鋭い目つきの連邦生徒会の人に連れられてどこかの視察へ向かっていった。
シャーレの先生という立場は、きっとレイサが想像もつかないほどに様々な責任を負っているのだろう。今のような状況であればいつも以上に激務となるのかもしれない。だが、だからといって先生が倒れてしまうようなことがあっては元も子もないはずだ。
「どうにかゆっくりお休みしてもらえる時間ができればいいのですが……って今は一人でしたね」
最近、人と一緒にいる時間が増えたからだろうか。つい、誰かに話しかけるように独り言を口にしてしまう。
ボランティアはその場で作業場所の割り振りが行われた。レイサとカズサは真反対のエリアとなりカズサは大分ごねたのだが、流石に見ず知らずの人たちが大勢いる場で無理を押し通すことまではしなかった。昼休みに落ち合おうと約束し、各々の担当場所に向かうこととなった。太陽はまだ中天には届いておらず、昼休みはもう少し働いてからになりそうだ。
レイサはあくびを噛みしめ作業へと戻った。
最近、少し寝不足だ。自分もあまり人のことは言えない。
「なんで私がこんなところに……実地調査なら他の人に頼んだっていいはず」
レイサがその声を聞いたのは、まだ瓦礫の撤去もほとんど行われていない、担当箇所の中でも奥まった人気のないエリアでのことだった。
「確かに虚妄のサンクトゥムの影響を調べるのに、直接見て回る必要があるのもわかるけど……外の空気とか知らないよ……副部長め」
気怠そうな声。具合が悪いのだろうか。
今日は不健康そうな人をよく見るなと思いながら声の方へ視線を向ける。
そこには白衣を着た学生が周囲に丸いドローンを浮かべながら手元の端末を操作していた。
ただ、立ち位置があまりよくなさそうだった。ひび割れた建物のすぐそばで、もしこれから崩落でも起きれば途端に巻き込まれてしまいそうだ。
「あの、そこは危ないですよ!」
一声かけておいた方がいいだろう。レイサは声を張って彼女を呼び止めた。
「……え?」
声が大きかったからだろうか。白衣の生徒の肩がビクリと跳ねた。
ただ、大声に驚いたにしては少し様子がおかしかった。
「大丈夫ですか?」
首をかしげながらレイサは駆け寄る。
「うそ…………うそだ……うそだ、うそだ、うそだうそだうそだうそだ」
小さな声で何かをぶつぶつと繰り返す。
本当に具合が悪いのかも知れない。そう思いながら近づいていくと、ふとレイサは彼女の姿に既視感を覚えた。
どこかで、会ったことがあっただろうか。/懐かしい記憶だ。
デジャブのような感覚を覚え足を止めかけたレイサの耳に、ガチャンとキヴォトスではよく聞く銃火器の操作音が響いた。
白衣の生徒が、アサルトライフルの銃口をレイサに向けていた。
突然の敵意にレイサは反応できず、ただ目を丸くして彼女の顔を見る。
──そこにあったのは恐怖。/何度も見た。
レイサに向けられた銃口は狙いなんてつけようもない程に震えている。それが彼女の感じている恐怖の大きさを物語っていた。
恐らくミレニアムの生徒だ。/もちろんミレニアムの生徒だ。
顔つきは幼めだが上級生だろうか。/一学年上だった。
泣いている。彼女は何をそんなに恐れているのだろう。/それは当然──
「星……屑…………っ!」/カチリ
涙交じりの言葉──星屑──がレイサ何処か深くにあったスイッチを弾いた。
時間の流れがひどく緩慢になる。胸の奥から無数の真っ黒な手が増殖。視界が──世界の意味が裏返る。チカチカと瞬く光。星の海に吞まれ前後もわからない。
数多の灯り。朝日。希望。どこかいつかの記憶。壊れゆく誰かの思い出。
快──痛────悲────失──────祈────────
美しき、地獄の景色。
レイサの口角が上がった。媚びるように、嘲るように。
最近はあまりしない表情だからか、少し顔が痛い。
眼前の絶望に染まる少女には、自分は一体何に見えているのだろう。
答えがどうあれ星屑がやることは決まっていた。
〇
小鈎ハレと星屑レイサの出会いはミレニアムの潜伏期間でのことだった。現在の時間軸からおおよそ一年後の未来の話である。
他学園を吹き飛ばすための超高性能爆弾の開発を目指していたレイサの当時の主人には多くの敵がいた。その中でも彼女が特に目の敵にしていたのがヴェリタスの部長、小鈎ハレだった。
「全知の後継者、現ミレニアム最高の頭脳、発明の女神……あなたのことはご主人様がとても褒めていました。私のことを何度も何度も蹴りつけ踏みつけながら」
あらゆる電波が遮断された監禁部屋で、近未来的な曲線を描く大きな椅子に拘束されたハレがレイサを睨んだ。
「私のお腹をへこませる力の強さが、あなたへの思いの強さなんでしょう」
「あなた、一体何が目的?彼女の研究が認められないことくらい理解できるでしょう。技術の問題じゃない。それをどう使うかという思想において……彼女はミレニアム、ううん、このキヴォトスからから逸脱してる」
「へへ、権力に抗うハッカーの言葉とは思えませんね。それに、私はただご主人様に従う肉奴隷。ご主人様が命じるままに動くだけです」
「嘘」
「……」
「あなたはあなたの目的を持っている。これまでの動き方を見てればそれくらいわかる」
「断言、するんですね。ハッカーっていうのは人の心も覗けるものなんですか?」
「セキュリティも結局最後は人の行動に左右される。破る側が何を目的にして、どういう手段をとるか。守る側が何を考え、どう管理するか。システムだけでなく、それを扱う人間まで考慮出来てハッカーは初めて一人前」
かつての先輩の受け売りだけど、と。
一人こんな場所に監禁され、これから自分が何をされるかも察しがついてるだろうに。ハレは毅然とした表情でレイサの真意を問いただす。それがひどく眩しかった。
「叶えたい願いがあるんです」
だからつい、ほんの少しだけレイサは自身の内を漏らしてしまった。
「どうしても叶えたい願い……けれどそれは今のままでは到底叶わないから、たくさんの人の願いを私が叶えるんです。たくさん、たくさん叶えていけば──いつかは私の願いも叶うから」
「星屑……願いを叶える奴隷。実在するとは知ってたけど、まさかあなたみたいな女の子が……」
「へへ、光栄です。あなたみたいな人にまで知ってもらえてるなんて」
白いハレの髪に手を伸ばす。手足を拘束具で固定された彼女には顔を背ける程度の抵抗しかできない。が、ハレはそういった無駄な抵抗はせず、少しでも眼の前のレイサから情報を得ようとその一挙手一投足を観察していた。
徹夜続きで少しぱさついた髪を手の中で弄びながら、レイサはうっとりと顔を綻ばせた。
「ご主人様からあなたを壊すように言われました。非常に残念ではあるけれど、最高の知性を持つあなたの存在はあらゆる意味で障害となる、と。……けれど、よかった」
「?」
よかったと、頬を染めて自らの唇をなぞるレイサの意図がわからないのかハレは怪訝な表情を浮かべた。
「私、あなたのことが好きになりました。きっとご主人様も同じ気持ちなのでしょう」
ミレニアム最高のハッカー集団を率いる才媛。この学園で暮らしていて彼女の発明の恩恵を受けない者はいないと主人は言っていた。
とても素敵な人だとレイサは思った。きっと様々な経験、人とのつながり、託されたものが彼女を形作っている。ただ特別な才能を持つというわけではない。積み重ねてきたものがヴェリタスの部長・小鈎ハレを支えていると感じた。
だから、壊そう。
「頭の中、空っぽにしてあげます。気持ちいいことで全部塗りつぶして、1+1も理解できないかわいらしいペットにしてあげます。自分の名前も言えなくて、鳴き声でしか気持ちを表せないようなそういう生き物にしてあげます」
吹き出した星屑の狂気を前にして、ハレの瞳に恐怖がよぎる。その恐怖を必死に御し、反撃の機会を伺っている。
いいなぁと思った。気持ちが高ぶって、つい笑ってしまう。
「はは、あははははは、あはははははははは!さぁ、遊びましょう!ハレさん」
「お゛♡あ゛ぁ゛っ♡……♡お゛♡ぉ゛♡っっっ゛♡♡♡」
四肢を拘束され中空に固定されたハレが開口器を嵌められたまま嬌声を上げていた。
胸には管の先に吸盤のついた機械が張り付き、股の間には黒いディルドが捻じ込まれていた。
「ミレニアムは本当に便利なものがたくさんありますね」
その頭にはヘッドギアのような装置が取り付けられている。知識を効率的に頭に入れる為の学習装置らしい。ただ、ハレが現在"学習"させられている内容は普通の学生が学ぶような内容では到底なかったけれど。
どこを触られると気持ちいいか。何をされると気持ちいいか。気持ちいいという感覚以外は不要なもので、快楽だけが小鈎ハレの全てであると。
それは学習ではなく洗脳だった。
「この装置だけでは効果はたかが知れていたでしょうけど……」
レイサがおもむろにハレの陰部に手を伸ばす。
「い゛ぃ゛っ゛っ゛っ゛っ゛♡♡」
そこでぷっくりと膨れ上がっていた陰核をつねり上げると、そのすぐ下の尿道から勢いよく潮が噴き出した。
「ミレニアム謹製の媚薬、効果は絶大ですね。まだほとんど開発できていないのにもうこんなに感じてる」
濡らされたのも気にせず摘まんだ陰核を何度も擦り上げる。
「お゛っ♡あ゛っっ♡♡ぁ゛♡」
快楽に耐えきれなく必死に体をよじるハレだがその動きが色香を増していると本人は気づいているだろうか。
「この身体があれば学んだことも直ぐに実践できますね♡」
スリッスリッ……クリッ
レイサの指の動きにあわせ、まるでコントローラーに従うゲームキャラクターのようにハレの体が上下左右に動く。
コリッコリッ
「っ゛っ゛っ゛♡っ゛♡♡♡♡っ゛~~~♡」
今もハレの聴覚には学習装置から様々な淫語、奴隷思想、快楽の肯定の言葉が流し込まれ続けている。聞こえてはいないであろう彼女にレイサは気にせず話しかけ続けた。
「安心してください。媚薬は毎日投与してあげます。そうそう、明日は量を二倍にしましょう。今日よりもっと感じやすくなるでしょうか?へへ、なんだか実験しているみたいで私までミレニアム生になれた気分です」
もうまともに声も上げられないまま体をよじり続けるハレ。彼女の頭の中にはまだレイサに語ってみせたようなハッカーの矜持は残っているだろうか。
「あぁ、けど♡本当に大きくて綺麗なクリトリス♡もっとたくさん弄って、磨いて、ピカピカにしてあげます♡……穴を開けるのももったいないですし……根元に嵌められるようなリングがないか探してみましょうか♡」
「あ~~……あ?うあ……?」
「どうですか?声、上手く出せますか?喉を焼いて人の言葉はしゃべれないようにしてみたのですが」
「あぁ……あ~~~~~~!」
ハレの首をぐるりと一周するように黒い線が刻印されていた。それが彼女から言葉を奪った証だった。せっかくなので喉の正面、黒い線の上には『♥HARE♥』と名前も刻印してもらった。言葉がなくても自己紹介ができて丁度いいだろう。
「私もこの学園に来て少し勉強をしたのですが、言葉を話すこと、そして手を動かすことというのは人間の思考や知能と密接な関係を持っているらしいですね」
「あ……あぅ……」
呆然としているハレに笑顔を向けレイサは言葉を続けた。
「ですので、まずは言葉を取り上げさせてもらいました。えぇ、もうあなたにはそういったものは不要ですから。ただ、気持ち良くなったらたくさん鳴いてくれればいいんです」
「……」
「次は手の方なのですがご主人様は指を潰してしまえと言っていましたが……」
「ひっ……!」
「安心してください。あなたには気持ちいいこと以外しないつもりなので。私から進言してクリトリス相当の性感帯に作り替えることで納得してもらいました」
「ぁ……ぁ、あ…………」
「ミレニアムは本当にいいところですね。あ、そういえばこれから使う皮膚感覚を操作する機械、あなたの発明が元になっているらしいですね。元は病気やケガで体の感覚器官がおかしくなってしまった人の治療目的らしいですが。こうして他分野にも応用を効かせられるというのは流石の技術力です」
「ぁ…………」
壊される。
ニコニコと笑うレイサの顔を見上げ、ハレはその確信を覚えていた。
ここまで散々に体を弄ばれてきた彼女だったが、それがただの前準備だったのだと悟った時、心にひびが入る音がした。
「いいですね。手を握られただけでイっちゃう体……私もうらやましいです。心惹かれますが……まずはハレさんをしっかりと仕上げてあげないといけませんね♡」
「あ……ああぁ、あぅあぅあ…………」
──絶望の光を灯した星屑が、ハレの頭上に落ちてくる。
「ご主人様、連れてきました」
「遅い」
「っあ♡申し訳……ありません♡」
苛立ち交じりに鞭に打たれ悦びに震えながらレイサは頭を下げた。
「あ~~、う~……?」
「それで?」
「はい、小鈎ハレさんもすっかり自分が人間であることは忘れてくれたので、そろそろお見せできるかと」
レイサの足元には四つん這いでう~う~と鳴くハレの姿があった。首輪と手足を肘上まで覆う黒いロンググローブとソックス、それに乳首から下がるピアス以外には何も身に着けていない。
その目にかつての知性の光は欠片もなく、ただ嬌声を上げたレイサを見上げ、自分にも同じご褒美がもらえないだろうかと上と下の口からよだれを垂らしていた。
「……ソレが、小鈎ハレか」
「はい、かわいい快楽ペットのハレさんです。気持ちよくなること以外、全部取り上げてあげたらこうなりました」
言いながらレイサの足がハレの腹を蹴り上げる。
「~~~っ♡~~~っっ♡」
それだけで潮を吹いて白目を剥く。
「ここを汚すな」
「あんっ♡ご、ごめん♡なさいっ♡♡」
不機嫌な主人に再び鞭打たれ、快楽に痙攣するハレの横でレイサもよがる。
「そ♡それで……どうしましょうか?ご主人様直々に躾を行っていただくのもよいかと思ったのですが」
「……もう壊れ切ってるんだろう。なら必要ない。いずれ使い道が出てくるかもしれないからそれまでお前が面倒を見ておけ」
「承知いたしました。では失礼いたします。さぁ、ハレさん行きましょう」
リードを──首ではなくクリトリスに繋がっている──引っ張られると、ハレはおとなしく四つ足でレイサの後ろを歩き始めた。
「ご主人様に可愛がっていただけなかったのは残念です。けど、大丈夫です。私がこれからももっともっと可愛がって、もう絶対に二度と人間の自分なんて思い出せないようにしてあげますから」
言葉を理解しないハレはただ強く引かれたリードによって締め付けられた陰核からの官能に幸せそうに鳴き声を上げていた。
「あ、最近気づいたのですが私どうやらヘイローを触れるみたいなんです。あなたの頭の上に浮かぶそれ。三つも円盤がありますし一個くらい引っこ抜けば人間を完全に辞められたりするかもしれませんね……ちょっと実験してみましょうか」
歩きながら、天気の話でもするかの様にレイサは呟いた。
ハレにはまだ壊せる余地があった。
「お別れなんて、残念です」
「~~~♡~~♡~~♡♡♡」
人の言葉がすっかりわからなくなったハレに残念そうにレイサが話しかけていた。
今、ハレは体を拘束され大きなトランクケースのようなものに体を納められていた。最低限の生命維持の機器、女陰には太いディルド、胸には振動を続けるバイブがピアスにつなげられていた。
「セミナーの牽制にあなたを送りつけるようにと言われてしまいました。こちらからものを送りつけるというのは少しリスクがありそうですが……ご主人様の望みですし仕方ありませんね」
顔はボールギャグと目隠しで覆われている。主に声を漏らさない為の配慮だった。
「あなたと一緒にあなたに施した調教の映像記録、それからあなたの飼い方をまとめたレポートとお手紙を入れておくので、向こうでも可愛がってもらえるといいですね」
彼女には人の言葉は通じない。快楽を得ることしか考えられないのでトイレの世話や食事の世話も必要だ。そういったノウハウをまとめ、どうかハレを可愛がって欲しいと真心を込めて手紙をしたためた。別れることになるレイサのせめてもの思いやりだった。
「セミナーですし、早瀬ユウカさんか、黒崎コユキさんでしょうか?それともヴェリタスの小塗マキさん?私にはわからないですが新しい飼い主さんの元で元気に暮らしてくださいね」
その言葉を最後に、レイサはトランクを閉じた。
それがレイサが最後に見たハレの姿だった。
◯
星屑はハレを犯した。
◯
「…………あ?」
そこは崩れかけたビルの中だった。
アパレル店か何かだったのか、衣類やバッグが床に散乱している。割れた窓から一条、二条、昼の日差しが射し込んでいた。
何故こんなところにいるのだろう?
レイサはぼんやりとした頭で周囲を見回す。視線が低い。四つん這いになっている?
何かを、手に握っていた。
円盤、だろうか。少し力を込めてみる。
「お゛っ♡あ゛っ♡♡あ゛ぁ゛っっっ♡♡♡」
壊れたスピーカーのような耳障りな音が体の下から聞こえてきた。
ビクン、ビクンとなにかが跳ねて振動を伝えてくる。匂いが──なんの匂いだろうか──崩れかけのこの空間に充満している。湿り気を感じる。
「……?」
視線を下に向けると、意識を失いながらも痙攣する裸の少女の姿があった。
白い髪が乱れて顔を覆い隠している。日に当たっていない白い肌、筋肉の薄い少し痩せ気味の体がコンクリートの床に乱暴に投げ出されていた。その薄い胸が微かに上下していることで彼女にまだ息があるのだとわかった。
体中が自ら流した様々な液体に塗れ、それが差し込む日差しを反射してテラテラと輝いている。レイサの体も彼女の粘ついた体液に濡れている。汚い。
「え?」
レイサの手は彼女の頭上に伸びていた。
そこに浮かぶヘイロー、その一部を握っていて──
「!!??!?!!?」
弾き飛ばされるように、レイサは押し倒していたハレの体から飛び退った。その際にヘイローに衝撃が加わったのか全裸のハレの体が再び汁を吹き跳ねる。
「え……あ?あぁぁ……ぁ……?……ぁ」
立ち上がろうとして、うまく体を動かせず無様に転けた。体を強く打ち据え、床に散らばっていた瓦礫の破片が頬や額を薄く裂く。そんなことも気にならない。
視界が撓む。頭上へ落下するような感覚。現実をうまく認識できない。
「なに、を……?」
呼気が荒い。地面に這いつくばったまま過呼吸を起こしている。息がうまく吸えない。苦しい。
けれど、それ以上に現実が。
自分が何をしたのかを。
空気に溺れそうになりながら、顔を上げ、必死で体を持ち上げる。
生まれたての子鹿のように。何度も姿勢を崩しその度に体を何処かにぶつけながらやっとの思いで立ち上がる。
「私……わた、し?」
眼前の光景、無惨な少女の裸体がレイサの行いであると理解できない。だが覚えている。
「わった……わた?わたし?あ?ぁあ…………ぁ」
嘘だと、夢だと確かめるように傷だらけの顔に自ら爪を立てる。痛みは増すばかりで倒れたままのハレの姿が消えることはない。
「はぁ……はぁ……あぁ、あ……はぁ…………いや、や……はぁ……」
息が。肺が。そんなことはどうでもいい。苦しい。何が起きた。何をした。小鈎ハレは何故あんな姿になっている。自分は何故、小鈎ハレの名前を知っている。
"何故"を繰り返す。現実があまりに不条理で、自分の中へ答えを求める。
「……あ」
ストンと、何かが落ちた。自分の膝だ。立っていられない。
落ちてきたのはそれだけではなかった。
──記憶。
長く、苦しく、愉快な記憶。
気持ちよくて、楽しくて、悲しい記憶。
まともではいられなかった誰かの──レイサの記憶。
「あぁぁ……」
自分が何かを思い知らされた。誇りとした力、自分という器、大切だと思ったもの。全ては無価値だと思い知らされた。
「ぁぁぁああああ……!」
体中を躾けられた。従属すること。喜ばせること。それが己の生の全てだと自覚した。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
最後に残った自分は自分であるためにねじ曲がった。価値観は反転し、世界を自分が祝福した。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!」
新たな価値観に従い生きた。それは多くの人を、大切なものを傷つけ壊す生き方だった。
そうすることが幸いなのだと確信した。
美しい人の顔を醜く爛れさせた。賢い人の頭を叩けば鳴るだけのおもちゃに変えた。強い人を殺め、気高い人を下衆に堕とした。台無しにすることが彼女の生だった。
たくさんの人が死んだ。たくさんの人が泣いた。憎悪が、苦悩が、絶望が花開いた。
全てレイサが望んだ通りに。
「……………か…………ぁ……げぇえ、おぇぇぇぇええ……」
何度も打ち付けた額が顔も床も血に染めていた。その赤を吐瀉物が上塗りする。
目の奥が痛い。チカチカ瞬く。自分の脳を引きずり出して捨ててしまいたかった。血を吐きたい。吐けないことが憎い。自分の首に指が食い込む。
レイサは──
星屑の記憶があった。
これから先の未来。あり得たかもしれないレイサの可能性にレイサは狂いそうだった。
理解できない。なのに理解できてしまう。
共感できない。なのに共感できてしまう。
視界の端に、いつ落としたのか、画面の割れた自分の携帯が見えた。
モモトークのメッセージ通知が表示されていた。
『お土産はできればマスタードーナツのD.U.限定ココナッツチョコでよろしく~』
「…………ぁ……」
放課後スイーツ部。自分が入部した部活。
彼女たちを自分は──
「ぁ゛~~~~ぁ、ぁ゛~~~~~~~~~~~~!」
枯れた喉が悲鳴を上げる。嫌だ。もう嫌だ。何故こんなものがここにある。何故自分はスイーツ部になんて入った。どの面を下げて──。
泣いて。また泣いて。そんな資格もないのにここにいない彼女たちに謝罪した。
倒れて動かないハレを見る。
自分がしてしまったことを突き付けられる。
わからない。自分が何故こんなことをしたのか。我に返ったレイサには何もわからない。星屑と呼ばれ、それからの自分の行動を覚えているのにわからない。
ただ──
「な、に……これ…………?」
ハレのすぐ横に立てられていた大きな姿見。割れた鏡に映るレイサの姿に変化があった。
自分の頭上、そこに浮かぶ星型のヘイロー。その一部が黒く染まっていた。
それは、星屑の頭上に浮かんでいたものとよく似ていて。
「…………は、はは」
かすれた笑い声が漏れた。
途方に暮れるしかない。今からヴァルキューレに出頭すればいいだろうか。だが、今の自分はまだ星屑として散々に悪事は働いていない。いや、今まさに何の罪もない他校の生徒を暴行したばかりだ。だが、それだけで星屑に与えるに足る罰が下されるだろうか。ダメだ、 これは、自分は存在してはならない。ここにいては──
『レイサ、そっちの作業終わった?私は今から戻るところだから。お昼一緒に食べようね』
「ぁ」
カズサからのメッセージ。
それを見て半ば投げやりになりかけていたレイサの思考が加速する。
いやだ。いやだいやだいやだいやだ。
自分がカズサにしたこと。星屑がカズサにしようとしたこと。
その全てをレイサは知っていた。
ダメだ。それはダメ、いやだ。
カズサを傷つけたくない。苦しめたくない。
星屑が彼女に向けていた気持ち、自分がカズサに抱いた気持ち。
それはよく似ていて。
レイサは己が果てなく罪深いものだと思った。なんて気持ちを抱いてしまったのだろう。
──レイサをカズサに会わせてはいけない。
それは絶望に染まり切ったレイサの中に灯った強い決意だった。カズサを守りたいという強い気持ちだった。そのために……。
地面に転がる愛銃。シューティング☆スターが目に入る。
震える手でそれを拾い上げる。
フォアグリップをスライドさせ弾を装填。
二連の銃口を自分へ向ける。
確実さを狙うなら口の中に捻じ込んだ方がいいか……流石にこれを口に入れることはできない。口を裂くべきか。いや、散弾なら顔を狙えば何発かは入るだろう。一度で死ねるだろうか。死ねないなら何度でも打ち込めばいい。銃の固定は、抱きしめるようにして地面に抑えつければいけるか。重要なのはカズサに二度と星屑を近づけないことだ。彼女だけじゃない、自分がいるだけで大勢が不幸になる。早く──早く、早く引き金を引け。
銃を持つ手が震えている。
死ぬことが怖くないわけがなかった。
それでも──レイサは引き金に指をかけた。
〇
「おらーいおらーい……あぁ!?」
重機の操作にでも失敗したのか、遠くで生徒の悲鳴と大きなものが落ちる音がする。振動がカズサの体を揺らし、D.U.でよく見かけるハトの群れが青く澄んだ空に飛び立っていった。
復興を急くあまり仕事が雑になっているのではないだろうか。
この場にレイサがいれば様子を見に行きましょう、なんて言ったのだろうけど。
カズサはそこまでお人好しにはなれなかった。そもそもが、互いの仕事だ。無理に首を突っ込んだっていいこともないだろう。
思い浮かべたレイサに向けてモモトークのメッセージを送る。
もうすぐお昼休みだ。
カズサは早めに作業が終わったので荷物をまとめ、レイサとの待ち合わせ場所に向かうことにした。
まだメッセージの返事はない。
遅い反応にレイサへの心配が首をもたげたが、この前心配性とレイサに言われたばかりだ。
まだ昼休み前だ。作業に集中しているのかもしれない。
あまりレイサを束縛しすぎるのもよくないだろう。
「まぁお昼になれば返事もくるよね」
自分に言い聞かせるように呟いた。これまでレイサが狙われることはなかったし、レイサの危険になりそうな不良や悪人もあらかた排除し終えている。今はスラム街やブラックマーケット近辺のパトロールでもないのだ。
モモトークの画面が映った携帯を口元に当て溜息を吐いた。
「早く返事しなさいよね」
あぁ、これではなんだか重い彼女みたいだ。
けれど早くレイサに会いたい。
カズサは携帯をしまい少しだけ小走りで歩き始めた。
今急いだところで早く会えるわけではないだろうけれど。早めに昼食と場所を確保してレイサを驚かせてやろう。そんな思い付きに心躍らせながら。
◯
空が赤く染まった日。
みんな、美しい流れ星を見たのだという。
長く長く地上まで尾を引く流れ星。まるで奇跡のような美しさ。
私は──代わりに夢を見た。
どこかの空。夜、埋め尽くすような満天の流れ星。
砕けて堕ちる星屑たち。
燃えて、燃え尽きて、なお堕ちる。壊れ切った笑い声。
闇の中で輝く灯りは、美しく、無惨で、胸を昂らせる。
──次はあなた。
そんな声が聞こえた気がして。ふと振り返れば堕ちてきた星屑で視界が埋まった。
◯
どこか、別の場所。
どこか遠い世界。
終わった世界で最後の一人の生徒が今息絶えようとしていた。
ミレニアム生か、トリニティ生か、ゲヘナ生か。それはもうわからない。そもそも最後の一人になった時点で彼女の所属なんてものになんの意味もないだろう。
最後の生徒の前に人影があった。少女の姿。けれどアレはもう生徒ではない。
「夢を……見たの…………」
ソレに向けて最後の生徒は話しかけた。言葉が通じるとも思えないけれど。
どうせ最後なのだから好きにしよう。
「幸せそうな、私の夢。キヴォトスは……銃弾は飛び交ってても平和で、死んじゃったあの子たちとクレープを買いに出かけるの」
夢のような、夢だった。
今の自分ではもう想像できないような鮮やかな青い日々。その夢があまりに綺麗で。尊くて。残酷で。
「────許せない」
淫蕩と破滅に満ちた都市の最後の一人はそれを憎むことしかできなかった。
「私たちはこんなにも苦しんだのに、こんなにもひどい目にあったのに……あんな幸せがありえたかもしれないなんて、そんな可能性すら許せない」
死を前にして彼女は理不尽に憤っていた。
たまたま、偶然に自分が不幸になったのかもしれないという理不尽に。理不尽に憤っていた。
「あなた……願いを叶えてくれるんでしょう?なら、アイツらも不幸にしてよ。私と同じ目にあわせてよ」
夢の中の自分を彼女は『アイツ』と呼んだ。
それが彼女の見る世界だった。
「これはたまたまなんかじゃない。なるべくして不幸になるんだって思い知らせてよ」
憎悪の最後の一滴。
「ここで全部終わりになるからって──」
私たちの全てがなかったことになるなんて──許せない。
そうして彼女は息絶えた。
ソレは役目を終えていた。世界は静かだ。もう、ここで止まってもいい。
ただ、願いをかけられた。最後の願い。
今となってはソレに彼女の願いを叶えるほどの力は無かった。
それでも、少しでも叶えられることがあるのなら。
世界の、歪みを見る。
数多ある世界の狭間に僅かに綻んだ穴。
その先に彼女が憎んだような世界がある気がした。
ソレは世界で朽ちたいくつかの思い出──記憶──を率いて穴へ向かうことにした。
成功するかはわからない。失敗すればそれで終わりだ。
そもそもこの行動自体が全ての物語が終わった後の、蛇足のような祈りなのだ。
それでも。
いつかどこかで語られた戦争や疫病、災いを運ぶ嵐の王の如くそれは世界を旅立った。掬いあげられたいくらかの記憶と共に。
メビウスの輪のように。それが終わりで始まりだった。