登場キャラがどんどん増えていきます。
ここまでwritening記載分。以降は同時掲載になっていく予定。
癘瘥は都市に降り注いだ。
星屑の雨は少女たちに可能性を贈る。
可能性という名の病を。
〇
「何バカなことやってるの!!」
レイサの顔に放たれるはずだった散弾が銃声と共に廃居の壁に無数の穴を穿つ。
ボランティアとして訪れていたD.U.地区。未だ戦いの跡が残る倒壊しかけた建物の中。
薄暗い屋内に差し込む日差しが、浮き上がった埃をキラキラと光らせている。
引きずり倒されたのだと、そこで気づいた。
「ぁ……あぁ……?」
なぜ?どうして?
必死で固めた覚悟が解けてしまう。早く、早く殺さないといけないのに。
「あ、ちょっと!止めなさいって……!」
転がるショットガンへ伸ばした手を強引に押さえつけられる。その時になってようやくレイサは、ここに自分とハレ以外の誰かがいる事に気づいた。
「や……ぁ、あ」
邪魔しないでと言おうとしても、もう禄に声も出ない。
抵抗しようとしても、体に上手く力が入らない。組み伏せられる。
「アルちゃ~ん?どう、誰かいた?」
遠くから声が聞こえる。レイサを抑えている人物とは別の声だ。
「あ、ちょっとムツキ!早く!手を貸してちょうだい!」
「え~何々?面白いものでも……」
近づいてきたクスクスと笑うような声音が途中で尻すぼみになる。
「うわぁ、ヒドイねこれ」
愉快そうな口ぶりは変わらない。だが、明らかに少し前と温度が違った。
「言ってないで、抑えるの手伝って──っ」
「息は……あるみたい。こんなヒドイ状態の子、ブラックマーケットでだってそう見ないけど」
レイサの薄暗い視界に小さな人影が映り込む。白い髪をサイドテールにまとめている。持っているのは体に不釣り合いな大きな──キヴォトスではさして珍しくもないが──マシンガン。その頭頂部には紅いヘイローが浮かんでいた。
倒れて動かないハレに手近にあった布──おそらくは仕切りのカーテン──を被せ、くるりとレイサの方を見る。
「それで、こっちの子は──?」
「ぁ……っ」
紅い瞳がレイサを見下ろす。何もかも見透かしそうなその色にレイサは息を詰まらせた。
「知らないけど、銃を自分の口の中に突っ込んで撃とうとしてたの」
「えーなにそれ」
ケラケラとこの場に不釣り合いな笑い声を上げる。だがその笑い声もまた冷え切ったものだった。小さな少女──ムツキはしゃがみ込む。そして、じっとレイサを見つめながら問いかける。
「あなたがこれをやったの?」
静かな、むしろ優しげな声音だった。
なのに、その声に打たれたように、銃を手にしようと藻掻いていたレイサの体が止まる。
「ちょ、ムツキ!!」
血まみれのレイサの顔を気にする様子もない。ただ、尋ねた答えを求めるように静かに視線を降ろす。
「……」
声が出なかった。
喉が枯れ果てたからではない。レイサは自らの罪を他者に告げることが恐ろしかった。我が身を庇おうなど少しも思っていない。星屑になりうる自分は直ぐにでも死んでしまった方がいいと考えていた。
それでも。
自分のしてしまった罪を誰かに認め口にするのは恐ろしかった。
「…………ぁ」
それでも言わなければならない。星屑を否定するのであれば、レイサがレイサであるのならば。罪を認めなければ。
「なるほどね」
けれど、彼女はレイサの答えを待つこともなくフイッと顔をそらし立ち上がってしまった。
「さっさとヴァルキューレに通報するのがよさそうだね」
「そ、そうね!とりあえず大人しくしてくれそうだし……」
レイサを抑えていた女性が立ち上がり、携帯を操作し始める。
『ヴァルキューレ』。その単語を聞いてレイサの脳裏によぎったのは、連れて行かれる自分を引き留めようとするカズサで。
「い、いやぁっ、いやぁあーーーーあーーーーーーーー!」
まだこんな力が残ってたのかと自分でも驚く悲鳴がレイサの喉から響いた。会いたくない。会うような状況にもなりたくない。今、カズサと顔をあわせるなんて耐えられない。
先ほどまでの決意も罪の意識も吹き飛んで、ただパニックのまま頭を抱えレイサは声を上げていた。
「ひぃっ、え、何!?急にどうしたの!?ねぇ、ちょっと!?」
それは保身だった。──あまりにも惨めだった。
そんな自分を蔑む余裕すらなかった。
周囲の状況も何も見えなくなったまま、恐怖に叫び泣いた。
「……っ、落ち着いて……落ち着きなさい!!」
ただただ声を上げる機械になっていたレイサの肩を誰かの手が掴む。
「大丈夫、怖がるようなことはないから」
「あーーーーー!や、ぁーーーーーあーーー!」
「ヴァルキューレが怖いなら、引き渡すような事はしないから」
いやだ。こわい。いやだ。こないで。
何もかもが辛くて、けれどそれ以上の恐怖がレイサを支配していた。
何もかもを拒絶したくて。そのための叫びだった。それしか知らぬ赤子の泣き声だった。
「大丈夫だから……落ち着いて。あなたを怖がらせるようなものはここにないわ」
そんな泣き狂うレイサの体が、抱きしめられた。
レイサの叫びが触れあった人の体に吸い込まれていく。
「ぁーーーーーー、ぁーーー……」
自分を包むそれを拒絶しようと身悶え、けれど決して自分を傷つけようとはしないそれに僅かに抵抗が緩んだ。
微かに、誰かの心音が聞こえた気がした。
人の声が聞こえた。
「ね、大丈夫」
「……」
次第に叫び声は力をなくし、自らの頭に爪を立てていたレイサの手からは力が抜ける。
未だ自分の血流がドクドクと耳の奥で聞こえている。それでも、頭の中を埋め尽くした恐怖がゆっくりと引いていくのがわかった。
「アルちゃん本気?」
「こんな状態なのに放っておけないでしょう」
「別にそこの子と一緒に保護してもらえばいいと思うけどなぁ」
レイサを抱きかかえたまま何か会話をしている。
だが、散々叫び泣いた反動か、レイサには上手く声を聞き取れなかった。世界全体がぼんやりとしていた。
「ムツキちゃんの勘だけど、完全に厄ネタだよ?それも多分今まで触ったことないくらいえげつないヤツ」
「……」
「正直に言うよ。私は反対。誰かに重ねてるのかも知れないけど、それは違う」
「だとしても……もう、ここで投げ出せないわよ。少なくとも落ち着いて話せるようになるまではね。──社長決定よ」
とても真剣な話をしているような気がした。
それがとても申し訳なかった。
こんな自分のために。こんなにも真剣な声を。
「ま、アルちゃんならそう言うと思ったけど。社長決定ならしかたないや」
「悪いわね、ムツキ」
「クフフ、じゃあ、その内新しいいたずらにつきあってもらおうっかなぁ~」
今度こそ本当に喉も枯れ果てたレイサは、彼女たち──便利屋68に手を引かれその場を後にした。
◯
"ソレ"は見ていた。
"ソレ"は起きたことを認識し、次の行動を決めた。
居るのなら共に戦うのが義務だろうと。
◯
「……っ」
いつまで待っても約束の待ち合わせ場所にレイサは姿を現さなかった。
モモトークのメッセージの返事もない。既読すらつかない。
数少ない無事なカフェテラスの席に座るカズサのつま先が、トントンと何度も地面を叩く。
既に昼休憩に入って五分が過ぎていた。作業に身が入って休み時間になったことに気づいていない可能性も十分にある。
それでも、カズサにはこれ以上待つことができなかった。
ギリギリで取れた席を空けるのは残念だけれど。それよりもずっと優先すべきことがある。
「よし」
脇に置いていたマビノギオンを担ぎ直し、カズサはレイサの担当エリアに向けて駆け出した。
レイサの割り振られたエリアはほぼ一面が瓦礫の山という状態だった。これを片付けるのは相当に骨が折れそうだ。その上、かなり外郭のエリア故に優先順位が低いのか、あまり人も見当たらない。
これなら自分もレイサと共にこちらに来ればよかった。
そんな事を考えながらレイサの姿を探し歩き回る。
「レイサー?レイサーー!」
声を上げるが返事はない。次第に焦りが心の底に溜まり始める。
「レイサーーー!」
何度目か、名前を呼んでいる時に人の気配を感じた。おそらくカズサの声が聞こえて身動きしたのだろう。その気配を敏感に察知する。
逸る気持ちを噛み殺しながら駆け足で気配の方へと向かう。
「レイサ!」
「誰だ?」
たどり着いた場所でカズサが見たのは、崩れかけのビルに貼られた黄色いテープ。その周囲を固める数人のヴァルキューレ生だった。
「……ここで何があったの?」
不躾に尋ねかけるカズサに眉を潜めるヴァルキューレ。不審そうに上から下にジロリとカズサを睨めつけた後、やれやれといった態度で端的に答えた。
「生徒がひとりここで倒れてたんだよ」
「倒れてた……?」
明らかに詳細をぼかした表現だった。それだけなら現場をヴァルキューレが確保する理由などないだろう。だが、カズサにとって重要なのはそんな事ではなかった。
「倒れたって、レイ──トリニティの生徒!?」
「い、いや、ミレニアムだが……なんだ、人探しか?」
カズサの剣幕に身を引きながらも素直に答えるヴァルキューレ。カズサは素早く頭の中で考える。倒れていた生徒はレイサではないらしい。だが、人も少ないこの辺りでヴァルキューレが駆けつけるような事件。未だ行方のわからないレイサと無関係とも思えない。
「こ、ここにいたのは一人だけだぞ?」
顔を寄せたまま黙りこくったカズサに、しどろもどろにヴァルキューレが念を押すがカズサは黙ったまま。次の瞬間、目をすぼめていたカズサの鼻がクンと鳴る。
「これ……」
それは記憶の中にある匂いだ。今の、この時間のカズサの記憶ではない。未来、星屑を追っていたキャスパリーグとしての記憶。その中で何度か嗅いだ──濃い、雌の匂い。
「ちょ、こら!!お前!!」
ヴァルキューレの静止も聞かず、カズサはテープの向こうへ飛び込む。
薄暗く埃っぽい廃屋の中。匂いが一気に濃くなる。あまりいい気分ではない。
が、そんなことは気にしている場合ではない。止めようと手を伸ばすヴァルキューレをスルリスルリと躱しながら観察を続ける。濡れた後のある床、埃の擦れた後。それにベットリとした血痕、吐瀉物。
「……これ」
そして、壁に銃痕を見つける。
散弾だ。おそらくは一射分だろう。古いものではない。これだけではどの銃のものかなんてわからない。だが──。
ひどく嫌な予感が脳裏に浮かぶ。防げたと思っていた事態。もう大丈夫だろうなどと、馬鹿な自分が楽観視してしまった状況。レイサが攫われ、そして──。
「いい加減にしろ!公務執行妨害で捕まりた……わ、わぁ!?」
ようやくカズサの肩に手をかけたヴァルキューレ生。その手がいつの間にかカズサに捻り上げられる。
「ここに倒れてた生徒は一人って言ってたよね」
「痛……な、何……!?」
「こんなところをあんたたちが見回ってたとも思えない。通報した誰かがいる」
「ひっ」
それはかつて不良たちを震え上がらせた伝説のスケバンのものか。
あるいは、未来に多くの戦場を戦い抜いた孤独なヒーローのものか。
鬼気迫るカズサの表情にヴァルキューレ生は震え上がる。
「誰?ここのことを通報した奴は──誰?」
どちらにせよ経験も浅い一生徒が抗える殺気ではなかった。
◯
「ひどい顔……それに全身グチョグチョだし。とりあえずシャワーね」
どこをどう歩いたのか覚えてはいない。ただ、ぼんやりとしたまま手を引かれ、気づけば知らない事務所に連れてこられていた。
レイサは自分をここまで連れてきた便利屋68の社長──陸八魔アルの顔を見上げる。
「一人で入れる?」
「……」
相変わらず頭の中は靄がかかったようで。ただ、今はこのままでいたかった。何も考えたくなかった。だから、今ひとつ何を言われたかもわからないままにコクリと頷いた。
「わかったわ。シャンプーとか石鹸とか、好きに使っていいから。染みるでしょうけど、とりあえずその顔きれいに洗い流しなさい」
よくわからないまま、言われるがままにいそいそと服を脱いでシャワールームの扉を開いた。
「はぁ~あ、放っておけないとは言ったものの……どうしたものかしら」
あの廃墟で拾った少女──宇沢レイサというらしい──をシャワールームに入れ、ようやくアルは一息つくことができた。半ば勢いで決めたことではあるが、放っておけないというのは間違いなくアルの本心だ。
血まみれの顔の奥で、誰も頼るものがいないかのような、ひどく怯えた瞳を見てしまった。トリニティの生徒だったので、ゲヘナ生とわかるアルたちを拒絶するかとも思ったが、彼女の目にはそんな違いすら映っていないようだった。
ただ、世界の全てに怯えるような。
「倒れてた子の方は今頃ムツキが通報して上手くごまかしてくれているでしょうし……とりあえず着替え、ちょっと悪いけどハルカのを借りようかしら。下着は……うーん、流石に……」
現在、便利屋68の事務所にはアルと連れ帰ったレイサの二人きりだ。家賃の支払いが迫る緊急事態により急遽メンバー別個で仕事をこなす状況となっていた。アルとしてはバラバラに仕事を受けること自体は仕方ないと割り切れているのだが、それで受ける仕事が今ひとつアウトロー然としないものになっているのが、少し前までの悩みのタネだった。
───今はそちらを気にしていられない訳アリ少女を抱え込んでいる。
多くの建物が倒壊したD.U.地区での失せ物探し等という今日の仕事は特に。
そうして瓦礫の山の中をうろついている内にうめき声を聞き、まさか生き埋めにでもなってる人がいるのかと声の元まで向かった結果、思わぬ拾い物をすることとなった。
「ムツキの言うこともわかるけど」
レイサに着せる服を探しながら、彼女が泣きわめいていたあの場所を思い出す。
最初こそ自殺でもしようとしてるのかというレイサの姿に飛び出したが、少し冷静になればあまりの惨状に内心ビビりっぱなしであった。ムツキにも秘密だが。
正直、アルの思うアウトローとかそういう次元と全然別ベクトルで恐怖しかない現場だった。それでも、アルの中のアウトロー像はあのような場でうろたえはしない。
「後は、タオル……ケガしてたけど薬ってまだ残ってたかしら」
そう、常に冷静に。どのような状況でもクールかつクレバーに対処する。
そう自分に言い聞かせながらパーテーション裏の居住スペースで膝立ちになりながらレイサのための服やタオルを準備していく。
その姿にあまりアウトローらしさはなかった。
そんな事をしている内に。
「アルちゃん、たっだいま~」
ヴァルキューレへの通報諸々を任せていたムツキが帰ってきた。
「おかえりなさい、ムツキ」
「とりあえず、おっきな痕跡になりそうなものは持ち帰れたし、しばらくは問題ないんじゃないかな?」
アルの元にぴょんぴょんと跳ねるように近づいてきたムツキ。感謝を込めて頭を撫でると、さっと封筒が差し出される。
「ついでに依頼の報酬も受け取っておいたから」
「流石は我が社の室長ね!」
ゴタゴタで半ば諦めかけていた収入に感動し、今度は小さな体をぎゅっと抱きしめる。ムツキはこういった所が抜け目なく頼もしい。
「それで、あの子は?」
そう尋ねる時、小悪魔のようにいつも楽しげな彼女の目つきがすっと鋭くなるのにアルは気づいた。
どうやらムツキはあの少女のことをいたく警戒しているらしい。
「シャワールームよ。全身ぐちゃぐちゃだったし、まずはさっぱりさせないとって」
「ふ~ん……」
「ひとまず色んな汚れを洗い流して、一息つけば少しは会話する元気も戻るでしょう」
「お風呂場で手首切ったりしてないといいけどね~」
「…………え?」
「だって、最初自分の顔面に向けて銃撃とうとしてたんでしょ?どう考えても死にたがりさんだよ。そういう子って、さっぱりして冷静になったらまた……」
「そんな……まさか……!は、早まっちゃダメよ!!」
ムツキの話の途中でアルは顔を青くして走り去っていった。
別にそうなるって断言してないけどなぁ、なんて。からかうよう呟きながら、想定通りにアルが動いてくれたことに満足する。
実際に手首を切っているなんて思ったわけではない。いや、五分五分くらいでありえなくはない気もするが。それよりも、あまりあの少女から目を離さない方がいいとムツキの勘が告げていた。
「本当に、アルちゃんはもう」
面倒毎ばかり抱え込もうとする。
けれど、ムツキはそんな格好いいアルが大好きなのだった。
「しかたないなぁ、クフフ」
だから、自分は自分にできる形で彼女の力になろう。
〇
温かなお湯がシャーっと軽快な音を立てながらレイサの頭に降り注ぐ。
「……」
急な熱に体が驚いて揺れる。そんなことで、レイサは自分が生きていることを実感してしまう。どうしようもなく泣けてくる。嬉しいのか、情けないのか。それはレイサ自身にもよくわからなかった。
裸になってシャワーを浴びていると、段々と靄のかかっていた頭の中が晴れていく。
だが、それは星屑のことを思い出すのと同義である。
「ぅ、あ……」
シャワーのお湯はそのままに、その場でしゃがみ込む。
星屑を意識するだけで真っ直ぐ立っている自信がなくなるのだ。
何故こんなものが自分の中にあるのか。わからない。全然わからない。
ほんの昨日まで、自分は自警団兼スイーツ部で、けれど平凡な一生徒として過ごしていたはずだった。なのに、記憶の中の自分は──星屑の記憶が想起されそうになるとまずレイサに襲いかかるのが全身に施された自身への調教の記憶だった。
「はぁ、ぁ……はぁ、はぁ……」
丸めた体を自らの腕で抱く。違う。これは別の自分の記憶だと言い聞かせる。
平坦な胸の先にピアスはついていないし、少し触られただけで発情するような敏感な身体でもない。
──本当に?
誰かにそう問われた気がした。
「え……あっ!?」
いつの間にか、股の間に手が潜り込み、自らの秘所をいじり始めていた。
「な……やっ……なんで!」
自慰の経験すら殆どないはずのレイサのそこにツプ、と中指が沈み込む。いつかの、未来の自分の記憶の通りにレイサの一番弱いところを刺激する。
「……っ♡~~っ♡♡」
快楽を、この身体でも感じるのだと。そう思い知らせるように。
「やめ……♡やめてっ♡ください……っ♡」
誰に懇願しているのだろうか。今、レイサを慰めているその手はレイサ自身のものだ。ならこれはレイサが望んでしている行為だ。
「ちがうっ♡ちが……っ♡止まってぇ!!」
シャワーの水流の中で、快楽に溺れる声で己の内の声を否定する。
レイサの中にはありとあらゆる情事の記憶があった。まっとうな人間なら一生味わうことがないような快楽、官能──本来なら経験できないような身体を壊し尽くすようなプレイまで──を幾千だって覚えている。
それなのに、今その身体は汚れない生娘のものだった。
「っっ♡ぁっ♡んっ……♡」
ちぐはぐな自分を擦り合わせようとするかのように、いやいやと首を振るレイサを無視して指は止まらない。既にレイサの割れ目には三本の指がねじ込まれ、それぞれの指が別の生き物のようにレイサの膣内を擦り叩く。
痛い。今まで何かを挿入れたことなどないのだ。どれだけ記憶があったところで今のレイサの身体はそれを経験していない。受け入れる準備などできていない。なのに──その痛みすら快楽なのだと記憶は教える。
「ぅ~~~っ♡~~っ♡♡」
指の間から白い泡がたち、足裏から頭の先までを痺れさせるような悦びが走り抜ける。
もう片方の手も、とっくに自らの乳首を抓り転がして更なる快楽を要求する。その手管は娼婦のごとく。
「うぇ……っ♡えぇっ♡ぅあ♡ぁぁあ♡」
レイサは泣きながら自慰に耽っていた。
あまりに滑稽だ。きっと見世物にでもすれば大うけするに違いない。
そんな、自虐的な妄想にすら身体の熱は高ぶっていく。
違うと、そうではないとレイサがどれだけ必死に否定しようとしても、その手は的確にレイサを虐め、記憶が快楽だと無理矢理に教え込む。高まる情欲を、その頂点へと導く。
「っ~~~~~っっっ♡♡♡♡♡」
プシャっとこの身体で初めて潮吹きを経験する。パチパチと脳が白く弾ける感覚に全身が張り詰めたように痙攣する。レイサは初めて──初めてではないけれど──絶頂していた。
必死で声を噛み殺し、けれど一体それになんの意味があるのだろう。
「うぁぁぁああああああああ!」
絶頂を迎えようやく歯止めの利かぬ自慰から解放されたレイサは、自らの愛液に濡れた手のまま顔を覆い泣いた。自分の体が自分のものではないかのようだった。今も波のように押し寄せる星屑の記憶に溺れそうになる。必死に、それに蓋をする。
──頭の奥を麻痺させる。
少しだけ、自分を取り戻せたような気がして、そうすると自分を抱きしめてくれた恩人のシャワールームで自慰に耽った事実に打ちのめされた。
あまりにも浅ましい自分の所業にまた死にたくなった。
どこまでも奈落に堕ち続けているかのようだった。
「ぁぁぁぁぁぁぁあああ」
それでも涙が涸れない。
「ちょっと!大丈夫!?危ないことしてない?」
何か慌てたように、扉ごしに声をかけてきたアルに禄に返事を返すこともできない。
「うぇぇええ……ぇぇぇぇぇぇえええん」
「な、泣いてる!?手首!?手首なの!?入るわよ!」
焦ってシャワールームに飛び込んできたアルを見上げ、ずぶ濡れのレイサは泣き続けた。
〇
「熱いから、気をつけて、ゆっくり飲みなさいね」
湯気のたつミルクの入ったマグカップを渡しながら、アルは小さな子供に言い聞かせるようにレイサに話しかける。
恥ずかしいことこの上ないが、仕方ないという事もレイサはわかっていた。自分は彼女の前であまりに醜態をさらしすぎた。ゲヘナ指定の体操服──便利屋の社員のものを貸してもらった──を身につけたレイサは受け取ったマグカップを両手で抱えると薄く膜の張ったそこにフーフーと息を吹きかけた。
「それで......少しは話せる余裕は出てきたかしら?」
普段は客の応接に使っているのだろう。低いテーブルを挟んで対面のソファーに腰掛けアルはレイサに問いかけた。
「えっと、は、はい…………その、すいません。こんな私のこと……」
「アハハ、ハルカちゃんみたいなこと言ってる」
笑い声を上げたのはアルの隣にちょこんと座った小柄な少女。
ほんの少し、怖い人。あの時レイサは殆どパニック状態だったので細部まで覚えていないが、彼女が自分の何かを見極めようとしていたように思えた。笑っていても笑っていないような、そんな人。
今はどうなのか──よくわからなかった。
「そうね、まずは先に改めて自己紹介をしておきましょうか」
そう言って不敵な笑みを浮かべ大きく足を組み替え、アルはそう言った。
この低いテーブル越しでそんな動作をされるとスリットの入ったタイトスカートの奥、黒い布地がチラリと覗いてしまう。一瞬、何か言うべきかとレイサは迷い、結局口を閉ざしておくことにした。
そもそも、冷静になってみれば見ず知らずの人に泣きつき、その人の家に連れてこられたような状況で。レイサとしては申し訳なさと緊張感でおっかなびっくりしか発言できないような状態だった。
端的に言ってレイサはキョドっていた。
「私たちは便利屋68。お金さえ貰えればどんな危険な仕事でもこなす真のアウトローよ」
なんだか凄く悪そうなことを言い出した。本来関わってはならない類いの人たちなのではないだろうかとレイサは怖くなった。けれど、悪さでいうなら今のレイサに敵うものもそうないだろうと思い直す。
現在のレイサは一事が万事、そんな風だ。頭の中でだけ行っては戻るような思考を繰り返し、そして外には何もアウトプットできない。
「私は社長の陸八魔アル。こっちは室長の浅黄ムツキよ」
そんなレイサを知ってか知らずかアルは話を進めていく。
「他に社員が二名。総勢四名の少数精鋭」
「今はお金がなくって、別の意味で仕事を選ばない真っ最中だけどね~」
「ムツキ!そういうイメージが崩れるようなことは言わなくていいの!後、ちゃんと正統な報酬が得られるものを選んでるから!」
対面で便利屋の二人が言い争いを始めてしまった。とレイサには思えた。
だが、今のレイサにそれを止める術はない。
あうあうと、何か気の利いたことも言えず二人の掛け合いを眺めていると、アルが会話をレイサへと向けた。
「それで、あなたは?」
「え、あっ、はい!」
自己紹介をされたのだから、自分も名乗るのが礼儀だ。
姿勢を正そうと動いた結果、手に零れたホットミルクに泣きそうになりながらレイサも自己紹介を返す。
「と、トリニティの自警団……け、兼…………放課、後……スイーツ……部……の、う、宇沢レイサ……です」
どうしても、どんどん尻すぼみになっていく。
ゲヘナ生相手にトリニティと名乗ってしまったが大丈夫だっただろうか、とか。そもそも自分を助けてくれた恩人にそういう考えは失礼ではないか、とか。
なにより、放課後スイーツ部を名乗ることが申し訳なかった。
「放課後スイーツ部……美食研究会みたいなヤツかな?」
「ムツキ、あれと一緒にするのは流石に失礼よ。というかトリニティにまであんなテロリスト集団がいてたまるもんですか」
「あ……えっと」
「ともあれ、よろしく。レイサ」
「は、はい!……よろしくお願いしまふっ」
勢いよく頭を下げマグカップの縁に頭をぶつける。
顔を赤くするレイサを気にせず、アルは話を促した。
「それで、私たちはあなたの事情を何も知らずここに連れてきてしまったのだけれど──あの場で何があったか、話す事はできる?」
ドクン、と緊張が心音となってレイサの全身に響く。
震える口を開き、一度息をする。ぎゅっと目を閉じ、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
廃居からここまでの意識も曖昧な状態、シャワールームでの無様な暴走、それらを経てレイサはなんとなくではあるが星屑の記憶を自分の中でせき止める術を理解し始めていた。
頭の奥を麻痺させる感覚。
決して気持ちのいいものでは無いが、星屑の記憶に翻弄され、自分でも止められない行動をとるような事はない──はずだ。自信はないがそう思いたかった。
「その……デタラメ言ってるみたいな話……なん、ですけど…………」
信じて貰えるとは思えない。
それでも、ここまで自分に良くしてくれた人たちにせめて嘘はつかずにいたい。
そう思い、レイサは今日一日に自分の身に起きたことを話し始めた。
〇
絶望の夢だった。
ありえない。あり得てはならない光景が眼前に広がっていた。
喉をからして叫ぶ。怒りが炎となって目から吹き出す。
全身が焼かれ続けるような傷み。むしろ望むものだった。
復讐を。
必ず報復を。
目の前の光景を億千倍にして奴等に。
そのためならどんな犠牲も払おう。何を失おうと構わない。
何より失ってはならない花は──もうどこにも無いのだから。
〇
意識を失ったままベッドで横たわるハレを前にチヒロは自責の念に苛まれていた。
彼女が調子を悪そうにしていたことは知っていた。ただ、それは最近部屋にこもりっぱなしの環境が悪いのではないかと思い、気分転換に日に当たり外の空気を吸わせようというつもりで今回の調査を任せたのだ。
──せめて、一人で行動させるべきではなかった。
調査エリアはボランティアの生徒なども行き来しており、そもそもが瓦礫の山で殆ど人が近寄らない場所だった。虚妄のサンクトゥムの影響調査とはいえ戦いは既に終わり、その後の復興も順調。危険性は限りなく低いと考えていた。
それが──。
ハレの手を握り泣いているマキを見る。
彼女はハレの身に起きた事にひどくショックを受け、ハレの様子を見るやいなや取り乱した様子で縋り付き泣き始めた。ハレが見つかった時の状態を思えばそれも無理のないことだろう。
「的確な処置、ありがとうございます」
深々と頭を下げたチヒロに対し、ハレの救護を行なったトリニティ救護騎士団──セリナは恐縮するように掌を見せ押しとどめる。
「そんな、やめてくださいチヒロさん。私は本当にささやかなことしかできていないので」
D.U.復興のボランティアの一人として参加していたセリナはそう言って顔を曇らせた。
「ハレさんが受けた苦痛を思えば……本当に」
「ううん、それでもあなたがいてくれて良かった。ありがとう」
改めて、今度はチヒロ個人として礼を言う。
「先生にもハレさんが倒れたということだけはお伝えしてあります。直ぐに向かうとおっしゃってましたが、少し待って欲しいとも」
「……そうだね」
最終的には全て話さねばならないだろう。
けれど、年頃の女子高生であるハレの身を襲った出来事を思うと、直ぐに何もかもを先生に伝えるのは躊躇われた。本来なら、それが望ましい判断ではないのだとしても。
「誰がこんなことを……!」
そう呟くチヒロの目は怒りに燃えていた。かわいい後輩をこんな目にあわせた相手だ。最低でも今後二度と社会で暮らしていけないような制裁は加えてやる。
普段であれば、ホワイトハッカーを自認するチヒロが決して考えないような過激な思考。だが、今だけはそれを押しとどめることができそうになかった。
そんなチヒロの内心を察してか、セリナはオズオズといった態度である情報を口にした。
「犯人は見つかっていないそうです……ただ、治療の最中に一度ハレさんが意識を取り戻した時間があって──」
〇
「未来のあなたの記憶があなたを動かしてあの状況を作った、と」
上手く、説明できただろうか。そんな不安を抱えながらもレイサはアルの言葉にコクリと頷いた。
かなり要領を得ない、しどろもどろな話になってしまったと思う。ハレを襲ったときの記憶は確かにあるが、まるで映画の中のようなどこか自分と思えないような感覚で、何より思い出すのも苦痛だった。
星屑としての記憶も意図的に蓋をしている為、今ひとつ具体的に自分が未来でどんな存在で何をしたのかを話す事は難しかった。
それでも、今の自分にできる限り、話せることは話しきったとレイサは思っていた。
アルは考え込むように口元に手を当てている。
「あなたはどう思うかしら、ムツキ?」
「え~、そうだなぁ。単に今の話を聞いただけだったら出来の悪い言い訳じゃないかって思うよね」
「……っ」
ムツキの言葉に唇を嚙む。だが、レイサ本人とて自分の話が荒唐無稽なものである自覚はあった。信じられないと言われれば反論をすることもできない。
「けど、あの廃ビルを実際に見てるからね。アレ、犯人はお星ちゃん以外にいると思えないけど、今のあなたにアレができるとも思えない」
続けられた言葉に顔を上げる。
そこにあったムツキの目は相変わらず真意の読めぬものだったが、少なくとも少し前よりは優しいものに感じた。
「未来云々をどこまで信じるかは別にしても、お星ちゃんの中に別人格……のような何かがあるっていう話は納得できるかな」
お話の中の未来はあんまり楽しそうじゃないしね~と、どこまで本気かわからない事を言いながらムツキは自分の意見をまとめた。
「なるほどね。確かに、今の私たちがひとまず受け入れられそうなラインはその辺りかしらね」
アルもその言葉に鷹揚に頷いてみせる。
そして、中身が半分ほどになったマグカップを抱えながら不安げにするレイサに笑ってみせる。
「もちろん、それ以外のレイサの話が嘘と言ってる訳ではないわ。ただ、今手元にある情報で私たちが素直に納得できるのがムツキの言うところまでってこと」
「あ、い、いえ!ありがとう、ございます。──私も、できるなら自分の記憶が質の悪い妄想ならいいって……思いますし」
そうでないという実感を誰よりも持つのもレイサではあるが。
そうであって欲しいと誰よりも願っているのもレイサだった。
「けどさ、それならお星ちゃんのそのヤバい人格が今にも出てきてここで暴れ回ってもおかしくないんだよね?」
「ムツキ……!」
「大事なことだと思うけどなぁ」
「それは、そうだけど……」
レイサはマグカップを持つ手に力を入れながら、ムツキの言葉に答える。
こちらの気持ちを汲んで優しく話してくれるアルもありがたかったが、今のように気にすべき事を包み隠さず指摘してくれるムツキもまたありがたいと感じていた。
「今は……抑えられてる感覚があります。その、あまり自信を持って言えることでもないですが。ここに来るまでの時間で、少しだけ抑え方がわかったって言うか」
それも手探りの曖昧なものではあるが。
「ただ、最初にそうなったときも突然だったので、いつまたぶり返すかもわからないです」
こうしてレイサに時間をくれたアルたちに感謝する。
だからこそ──
「だから、この後はヴァルキューレに自首して……拘束して貰うのがいいと思ってます」
「最初に会った時、あなたはヴァルキューレに連絡すると聞いて取り乱してたわよね」
なのにいいの?とアルの視線が語っていた。
一度、目をつぶる。あの時沸き上がった、捕まる過程でカズサと顔をあわせうる可能性。
頭の奥深くで騒がしい声が聞こえた気がした。それを無視して──
「あの時の私はどうかしてました。……今も、どうかしてるんでしょうけど」
へへへ、と笑ってみせる。あまり力のない笑い声ではあったけれど。
その顔に、笑い声にアルは目つきを鋭くする。
気を悪くしてしまっただろうかとレイサは恐縮するが、そうではなかった。
「私たちはアウトローよ。むやみに公権力と敵対するつもりはない。けれど、理由があれば私たちはそれを躊躇わないわ」
「アルちゃん回りくどーい」
「これから話すところだから……オホン。つまりあなたが望むなら、しばらくここにいても構わないのよ」
どうやってとか。レイサ自身の危険性だとか。
決して考えてないわけがないだろうに。この便利屋の社長はそんなたくさんの当たり前を蹴っ飛ばして、レイサに手を差し伸べてくれた。
レイサは泣きそうになった。きっと窓から射す西日のせいだ。
もう散々泣いた。これ以上醜態をさらしてはいけない。何より泣くような権利が自分にあるはずもない。
レイサはなんとか涙をこらえ鼻を啜る。
それから、口を開いて──
窓ガラスが割れる音が響いた。
「レイサ!!」
「なっ!?」
「アルちゃん!」
黒い影となって事務所に飛び込んできたカズサのマビノギオンが刹那の間に火を噴く。
襲撃に反応し銃を構えようとしたアルとムツキを的確に撃ち抜き、その手から銃をはじき飛ばす。
あまりに突然の、そして一瞬の出来事だった。
「レイサ、無事!?」
アルの頭に銃口を突きつけながら鋭い目つきで事務所内を見回したカズサが、レイサの姿を捉える。
「レイ──」
「ぁ……いやぁぁああああ!ダメ!ダメ、ダメダメダメです!!」
そんなカズサから姿を隠すようにレイサは悲鳴を上げてソファーの裏に転がり込んだ。
想定外の反応に虚を突かれたカズサが呆然とする。
「事務所を訪ねてくるには、ちょっと乱暴すぎないかしら?」
その様子に何か感じ取ったのか、銃を突きつけられたままアルがカズサに話しかける。
だが、カズサにその声は聞こえない。
「レイサ?どうしたの……レイサ!?」
焦った声でソファーの裏に隠れるレイサへと近づこうとする。
「来ないでぇ!!来ないでください、杏山カズサぁ!!」
そんな拒絶の声も無視して、とにかく姿を見ようと──
「ちょっと!今はあなたが怖がらせてることがわからないの!!?」
その肩をアルが抑える。
「なっ、そんなこと……!なんであんたたちなんかに!」
銃を撃つことも忘れアルを睨む。だが、アルもそれに怯むことはなかった。
「あなたはレイサを探しに来たんでしょう!?だったら少し落ち着きなさい!」
「──っ」
「クフフ、私たちのこと誘拐犯か何かとでも思った?今のあの子の反応を見たらあなたの方がそうとしか見えないけど~」
アルとムツキの言葉に殺気立っていたカズサの動きが固まる。
ここまで、ヴァルキューレから聞き出した小柄なゲヘナ生という断片的な情報で通報者の痕跡を追い、その過程でレイサが彼女らに連れて行かれた可能性に気付き、アジトとおぼしき場所を特定次第、居ても立ってもいられず飛び込んだ。
一刻も早くレイサを助けなければ。そんな一心だった。それが今のレイサの反応で冷や水を浴びせられたような状態だった。
二人の言葉はかなり頭にくるものではあったが、そんなカズサに我を思い出させる効果はあった。なにより──
「あなたたち……便利屋?」
今更になって自分が銃を向けた相手の顔に覚えがあることに気がついた。
今は遠い、未来のキャスパリーグの記憶。その中で知己を得た人たちだった。
レイサはソファーの裏で耳をふさぎ震えていた。
今の自分の姿を見られたくない。そんな思いと共に、カズサの姿を見た瞬間に星屑の上げる歓喜の声が自分の奥底から鳴り響いていた。姿を見る度、声を聞く度、もっともっとと叫ぶ星屑の記憶。なんとか蓋をしたと思っていたそれが、いつ自分の身体を支配してしまうかがわからずレイサは恐ろしかった。
また、あんな惨劇を繰り返してしまうのか。
星屑となった自分は一体カズサに何をしてしまうのか。
だから、レイサは必死にカズサの姿も声も聞かないようにして彼女を拒絶しようとした。
その為の行動が、ソファーの裏で丸くなって震えるというのはあまりに情けなかったけれど。今のレイサにはその程度の事しかできなかった。
それ以上を考える余裕もなかった。
どれだけそうしていただろう。
塞いだ耳でも聞こえてしまう幾人かの話し声。初めは荒かった語気が落ち着き、やがて静かになる。
そして、レイサの上に影が落ちる。
人が近づく気配にレイサは脅える。もし、カズサだったら。その姿を見て自分の中の星屑があふれ出したら。
「大丈夫、安心なさい。とりあえずあの子にはパーテーションの裏に隠れてもらったから」
その声がアルのものである事に気付きホッとした。
ホッとしてしまった事に罪悪感を覚えながらもオズオズと顔を上げる。
「理由はわからないけど、あの子に会うのが怖いのよね?」
優しく投げかけられた問いかけに声を出さずに頷く。
「あの子の……カズサことが嫌い?」
そんな事は無いと首を横に振る。
「なら、パーテーション越しなら話できそう?」
少しだけ考える。
「わ、私の……私の中の記憶が、溢れそうで……その顔、見たり……声を聞いたりしたら…………。だから……」
本当は淫らで邪悪な星屑の記憶を抱え、既に人一人を陵辱した自分の姿をカズサに見られたくないという気持ちもあったけれど。
そこまで口にすることはできなかった。
「なるほどね」
アルはレイサの言葉に頷くと顔を上げて、おそらくは姿を隠しているカズサ相手にレイサが話した内容を手短に説明した。
「だから、悪いけれどあなたはしばらくそこで大人しくしていること。いいわね」
そう指示を出してからレイサに手を差しだした。
「さ、大丈夫だから。そんなところで蹲っていないで、顔を上げなさい」
「……」
「?」
「なんで……なんでこんなに、私のこと……」
助けてくれるんですか?
あんまりにも今更な問いかけにアルは鼻白んだような顔で一瞬だけ黙り、それからいつもの不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「私がそうすべきと──そうしたいと思ったからよ」
──あぁ、格好いいなと。
こんな人になりたいと。
レイサはそう思いながらアルの手を取った。
〇
セリナの言葉にチヒロは首をかしげていた。
言葉としては聞いた事のある、辞書に載っているような普通の単語だった。
ただ、それをハレが口にしたという意味が今ひとつわからなかった。
何かを指し示す隠語──そう考えるのが自然か。
だが、共にハッカーとして過ごしてきたチヒロにもピンとこない単語に一体どういう意味があるのか。よく、ハレと共にゲームで遊び悪ふざけをしているマキなら気づくこともあるだろうか。
そう思ってハレに縋っていたマキの方へ視線を向け、そこで固まった。
いつの間にか立ち上がったマキの表情は、チヒロが見たこともないものだったから。
いつも明るく笑い、怒ったり泣いたりするときでさえあどけなさの抜けないマキが、鬼気迫る形相をしていた。普段の彼女からはとても想像できない顔に、チヒロは一瞬犯人への怒りすら忘れかけた。
「…………マキ?」
声をかけることすら躊躇われる。
恐る恐る名前を呼んだチヒロに反応を返すこともなく、マキの口から憎悪にまみれた声が漏れる。
〇
「星ぃ屑ぅぅぅううう!!!!」
D.U.の医務室でマキがその名を呼んだのと時を同じくして、窓の割れた便利屋68の事務所にもその名を呼ぶ声が鳴り響いていた。
レイサがアルに手を引かれ、ソファーの裏から立ち上がって、すぐのことだった。
事務所の扉は開き、そこに──仕事帰りの──便利屋社員・伊草ハルカの姿があった。
その顔はアルたちのよく知るキレた顔で。その声は彼女たちも聞いたことがないほどの憎悪が込められていた。
「は、ハルカちゃん……!?」
ムツキが非常に珍しい素の戸惑った表情を浮かべ、カズサはこの世界で二度と聞くことは無いと思っていた名に愕然とし、アルは原因のわからないハルカの激昂に慌て──
そして、レイサの世界は裏返っていた。
「きゃっ!」
自分の手を掴んでいたアルを関節を捻りながら引き倒す。
「がぁっ!?いぎぃっ!!」
そしてこちらに銃を向けるハルカの牽制に、シューティング☆スターでアルの足と腹部を撃つ。あの手の手合いには単なる脅しは効かない。先に実行して見せ、それからだ。
牽制のついでに銃弾でアルがどれくらいダメージを負っているかを確認し、人質にも見せしめにも使えることを判断。次弾を装填をしながらその頭に銃口を突きつける。
──意識のどこかで、アルを撃ったことに悲鳴を上げ、いつから自分は銃を持ち歩いていたのかと愕然とするレイサがいたが、今の彼女にはどうでもいいことだ。
「さて、このまま顔に散弾を浴びせてあげれば消えない傷の一つや二つくらいつけられるかと思いますが……どうしますか?」
漫然と顔を撃ってもさしたる傷は残せない。
だが、より柔い部分、傷の癒えにくい箇所。人体のそういった所を理解し狙い、意図して撃ってやればその限りではない。こちらに殺気を飛ばし続けているあの少女もそれを理解しているはずだ。
「お前ぇぇぇええ!!後一度でもアル様に引き金を引いてみろ!殺す!!殺す!!!百回殺す!!!」
威勢のいい吠え声だが、引き金が引かれることはない。
「レイサ……何を、言ってるの?」
パーテーションの奥からそんなか細い声が聞こえてくる。その声にレイサは歓喜のあまり股を濡らす。
「あぁ……!キャスパリーグ!杏山カズサ!!その声を聞くのもなんだか久しぶりに感じます。もう一度こうして会うことができるなんて……!」
全身が高ぶるが、未だ未熟なこの身体では大した快楽は得られない。
それが、もどかしい。
姿を見せぬカズサだったがレイサの言葉に絶句している様子が窺えた。そんな傷を彼女が受けていることに心が躍る。
あぁ、とはいえ。
この状況をどうしようか?
星屑としても想定していなかった突発的な事態をどう楽しむべきか。アルの頬に銃口を突き刺しながらレイサは次の一手を考える。
スイッチの入ったハルカはこれまでも何度も見てきた。
アルにとっては慣れた姿のはずだ。なのに今叫び声をあげるハルカの姿はどこか痛々しく感じ、直ぐにでも抱き止めたいと感じていた。
引き倒され、人質にされている今の自分ではそんなこともできないのだが。
突然の事態に混乱し、いつものように内心で慌てふためいていたアルだったが、ハルカの叫び声を聞いて少し冷静さを取り戻していた。
レイサが言っていた未来の自分。
あの場でミレニアムの生徒を陵辱したもう一つの人格。
先ほどのオドオドした姿とは違う。潤んだ目。ひどく不快な、媚びるような笑みを浮かべるレイサを見上げ、これがそうなのかとアルは考える。
纏う雰囲気ががらりと変わっている。姿形は同じはずなのに、同一人物と思えない程。
彼女はそれを未来の自分の姿と表現していたが、一体どんな経験をすればあのレイサがこんな振る舞いをするようになるというのか。
とはいえ、今はこの状況をどうにかすべきだ。
思案するアルの視界にムツキが映った。視線が合う。多くはわからない。だだ、彼女がやろうとしていることを察し、その援護のためにアルは潰された頬を動かしてレイサに話かけた。
「あなたが、レイサの言っていた未来のレイサ?」
「あまりしゃべらないでください。うっかり引き金を引いてしまうかもしれません」
「つれないのね……いいじゃない。あなたは星屑って呼べばいいのかしら?」
「──私も宇沢レイサには違いないですが……そうですね。この身は星屑。そう名乗って、そう呼ばれることも多かったです。お好きにどうぞ」
(ムツキーーー!いいのよね!?これで本当に大丈夫なんでしょうね!?)
信頼はしている。ただ、痛いくらいに銃口を突きつけてくる相手と会話することが怖くないわけもなかった。
早く早くと気が急くアルの、ようやく待ち望んだ声が響く。
「星屑ちゃん、ちょっとおいたが過ぎるかなぁ」
ムツキの声と共にレイサに向けて放られた鞄──そこに何が入っているか想像するまでもない。
対するレイサの行動は早かった。反抗するというのなら見せしめを。たとえ今からでもアルを撃ち、それから鞄に対処する余裕はあると判断する。
躊躇いなく引き金を引く──しかし。
カチッ
装填された弾が発射されない。いや、違うこれはそもそもダミーの──
「お風呂入ってたでしょ?折角だから、いたずらしちゃった♡」
レイサが、かわいらしいムツキの声を全て聞き終わる前に。
彼女の銃弾によって点火させられた爆弾による爆風が、レイサの意識を吹き飛ばした。
〇
「こほっ、ごほっ……ちょっと、人質巻き込んだら意味ないでしょう!」
爆風にあおられ、顔を黒くしたアルが文句を言いながら立ち上がる。
彼女の非難に悪びれる様子もなくムツキが駆け寄る。
「えー、顔撃ち抜かれるよりずっとマシでしょ~?」
「そりゃ、もちろんそうだけれど」
アルの足下には、全身にもろに爆風を受け意識を失ったレイサが倒れていた。
「けど、助かったわ。ありがとうムツキ」
「へへへ~、撫でてくれてもいいんだよ」
僅かに弛緩した空気が流れる、が。
「アル様どいてください!!そいつは殺します!バラバラにして、燃やして、すりつぶして魚の餌にして!二度とこの世に這い出てこないように形も残さず殺します!!!」
「レイサ!なんで、なんでっ!レイサ!!!」
すぐに、それぞれ別方向で歯止めの利かなくなった二人の後輩たちを宥める為に骨を折ることとなった。
〇
あー失敗とそいつは笑っていた。
自分のしたことを悪びれぬ、憎らしい笑み。
私はあなたですよ。あなたが私であるように。
そんなわけ無い。切り替わるようにこちらの体を支配して、好き勝手に悪事を行なっているのはお前だ。
思い込みです。だって記憶は共有している。あなたの記憶は私にあるし、私の記憶はあなたにある。切り替わりは、擬似的なものです。本来私は私でしかない。宇沢レイサであり、星屑。
そうやって自分を塗りつぶすのか。
記憶の期間で言えば十五年分ある元の記憶の方が膨大でしょう。濃度がどうかは定かではないですが。それに塗りつぶすもなにも、もうとっくに一つでは。
そんなわけ──
そうやって思いだせない振りをして。気づかないふりをして。卑怯者。
……。
ねぇ、宇沢レイサ。あなたは本当にあの便利屋の二人、陸八魔アルと浅黄ムツキに見覚えがないんですか?覚えてられない程に些細な出来事だった?でも、伊草ハルカにまで会えばもう忘れたままになんて絶対にできないでしょう。
やめて。
やめるも何も、これはあなたの記憶。
やめて、やめてやめてやめてお願いします。なんでもします。身体だって差し出します。助けてもらった。いてもいいって。話を聞いてくれた。手を差し出してくれて、握ってくれて。やめていやだ、これ以上、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!
さぁ、いい加減目を覚まして。あなたはとっくに星屑なのだから。
〇
便利屋唯一の三年生だった課長は自分たちよりも先に"卒業"することとなった。
学校なんて殆ど通ってなかったのに変だよね。
彼女はそんな風に笑っていた。
自分はずっと一緒だと思っていた人が居なくなるのが不安で、やがて自分一人が置いていかれるのではという予感に怯えて、膝を抱えていた。
「解散するわけじゃないわ。ただ活動場所が変わるだけ。私たちはこのキヴォトスで、あの子は外の世界で」
「そーそー、あんまり難しく悩む必要ないって」
あの人たちはそう言ってハルカを励ましてくれた。
「いつかは私たちも外へ行くことになるでしょう。その時に禄に仕事をしていなかったんじゃ格好がつかないでしょう?」
「私は別に仕事してなくても構わないけどなぁ、楽しければいいじゃん」
いつだって格好いいあの人たちはそう言って笑ってみせた。
「いつか全員が外へ出たのなら、そこでまた便利屋68は再集結するのよ!」
「そしたらまた一緒に、こうやってぎゅうぎゅうしながら寝ようね」
そう、たとえ一時的に離ればなれになっても、最後にはまたこの四人で。
"卒業"を迎える前日、四人でそう誓い合った。
それから──
キヴォトスで三人になった便利屋の、自分にとってはかけがえのない家族が。
ブラックマーケットの広場で串刺しにされて並んでいた。
手足を広げるような格好で幾本もの杭が身体を貫き、無残な姿となった彼女たちを高々と掲げていた。まるで糸に吊られた操り人形のようにも。ピンで留められた蝶の標本のようにも。
服は剥ぎ取られ、死ぬ前に、あるいは死んだ後に行なわれたおぞましい痕跡が身体中に残されていた。白い何かが垂れる股の間にも長い杭が突き刺さり、それは身体を突き抜けて肩のあたりから飛び出していた。
自分をいつだって引っ張ってくれた自信に満ちあふれた笑顔も、いたずらの度に浮かんだ小悪魔のような笑顔も、もうどこにもない。ただ、苦悶に歪んだ、死んだ人間の無残な顔がぶら下がっていた。
それは、見せしめだった。
生徒だって邪魔であればこうして殺してやるのだと、そう知らしめるように。
今二人の前でうずくまり慟哭する自分も含めての見せしめだった。
自分たちを見下ろし、笑うクズ共がいた。
そしてそのクズにどうやって生徒を殺すのがいいか囁いた星屑が。
この一件が生徒殺しを加速させたと誰かが言っていたが、そんな事はハルカには関係なかった。
復讐を。
必ず報復を。
目の前の光景を億千倍にして奴等に。彼女たちが受けた恥辱を奴等に。
その原因である星屑にも。
家族を奪った者たちを決して許さない。
それを成すまで決して止まらないことをハルカは誓った。
今から少し先の、未来の話。
〇
意識が、戻ったのだろう。
レイサは暴れ出しても大丈夫なように拘束され、その周囲でこの場に集まった生徒たちが話し合いをしていた。色々と交わすべき情報も多いだろう。
だが、レイサには何も聞こえていなかった。
何も見えていなかった。
心が死を望んでいた。
初めて星屑の記憶を自覚したときもそれはあった。自身を襲った陵辱。その後の多くの悪行。カズサに向けた感情、スイーツ部の部員たちを貶めた手管。処理しきれぬ程の醜い記憶。
それらはレイサに死を選ばせるのに十分なものであった。
けれど、あまりに膨大な記憶の殆どは半ば記録のようにも認識されていた。決して楽になれるものでは無かったけれど、ある種俯瞰して星屑の悪行を見ることができた。
だが、今しがたレイサが想起した記憶は。
星屑の記憶に苦しむ自分を抱きしめてくれて、手を引いてくれて。
そんな助けてくれた人たちに星屑がしたことの記憶が、実感を伴って生々しく突きつけられていた。自分がこの手で行なったのだという実感が傷となって、レイサを苦しめていた。
崖から突き落とされ、ベシャリと潰れてしまうような感覚。
殺すのなら血が流れ続けるように。見せしめならばより苦しみが長引くように。
恐れを演出するのなら嘆き悲しむ者を舞台に。
媚びた笑みでそう言ったのはこの口だった。
最早、引き金を引くまでもない。ただ思い出された事実が、それを前にして希った感情が、レイサを殺そうとしていた。
なのに──
「自分だけ下りるつもりですか?そんなの、許されませんよ?」
あぁ、星屑を呼ぶ声が聞こえる。
〇
それはカズサにとってはあまりに衝撃的な、信じたくない事実だった。
アルたちが見たもの。レイサから聞いたこと。
そして──今も便利屋二人に両側から抱きしめられて強制的に落ち着かされている──ハルカが語った彼女の未来の記憶。
長く辛い旅路の果てにようやくたどり着いたと思っていた平穏。
あの星屑に願い、世界を、時間を犠牲に得られた奇跡。
そのはずだったのに。
カズサは苛立ちに任せて壁を殴る。
「ちょっと!ここ借家なのよ!?」
アルの悲鳴に謝る余裕もない。あとで弁償しよう。
何よりも気がかりなのはレイサだった。星屑とレイサの間にはそれこそ別人格と言えるような断絶がある。価値観も、倫理観もそれどころか下手をすれば人間という枠組みすら、異なっている。それを自分の記憶として頭の中に放り込まれたというのなら。
正義感の強い彼女が、最近になってスイーツ部としてアイリたちと仲も深まり始めたレイサが、星屑の行いを自分のものとして知ったら。
──心が壊れてもおかしくない。
それがカズサには恐ろしかった。そうであった人たちを多く見てきた彼女には尚更。
ただ、同時に希望が何一つないわけでもなかった。
少なくともこの世界でレイサはまだ殆どの悪事を行なっていない。アルたちが見たという生徒の陵辱も──もちろん許されていいことではないが──星屑の所業の中でいえば遊びのようなレベルなのだ。
まだ、手遅れではない。少なくともカズサが知るような荒廃したキヴォトスは訪れていない。レイサの心を守る事ができるなら──まだ。
そんな風に考えていた時。
──パンッ
情報共有に混ざりながらもハルカの頬を突いていたムツキの頭が──弾かれたように吹き飛び身体ごと事務所の床に倒れ込んだ。
「なっ、ムツキ──!」
「狙撃だっ!」
何が起きたかを即座に理解したカズサが警戒を呼びかける。だが──
「自分だけ下りるつもりですか?そんなの、許されませんよ?」
レイサのすぐ横、誰も居ないはずの空間から声が聞こえる。
「は──────?」
そこに、小柄な少女が立っていた。
特殊部隊と思しき制服に身を包み、マシンガンを担いでいる。存在感が希薄で、頭には兎の耳のような──その姿にカズサは見覚えがあった。
事務所にいた全員が声に意識をとられその少女──霞沢ミユ──へ視線を向けるのと、彼女の体に取り付けられていた円形の自走ドローンがカズサたちに飛びかかるのはほぼ同時だった。
「くそっ」
カズサ、ハルカ、アル。それぞれの体に張り付いたドローンがそのまま自爆する。
意識がもって行かれそうになるのをカズサは気合いで耐える。
爆風で壁に叩きつけられたアルが動かなくなるのが視界の端で見えた。
「"ヴォーパル・ワン"!!」
カズサより立ち直りの早かったハルカが、声を上げてミユに飛びかかる。
「その名前で呼ぶと言うことは、あなたもそうなんですね"花無し"さん」
だが、その動きを読んでいたかのように構えていたミユの機関銃が火を噴く。
「がぁ!?」
至近距離で浴びせられた無数の弾丸にたまらずハルカの体が吹き飛ぶ。
「なんで……ミユ、なんであんたが……!?」
「?……あなたも記憶持ちですよね、"キャスパリーグ"。なら何故と問う必要はないと思うのですが」
レイサを担ぎ上げ、ミユはスモーク弾を転がす。
たちまち、もうもうと立ち込める白煙。その中へ紛れようとするミユ。追いすがろうとしたカズサを牽制するように再びスナイパーの弾が飛ぶ。
「チィ……っ!」
本来ミユこそがスナイパーであったはずだ。これは他のRABBIT小隊が?
よぎる疑問の答えをミユの手元に見る。
狙撃が行なわれる度、彼女は手元の端末を操作していた。つまり、これは遠隔操作でミユが撃っているということか。そんなバカな。カズサの記憶の中にあるミユはここまで滅茶苦茶ではなかった。
「ここであなたとまでやり合う気は無いので……"狂い狐"もこの辺りに来ていてるみたいですし──それでは」
窓から飛び出すミユがまた手元で操作する。狙撃か───そう思ったカズサの足下が大きく揺れる。内から響く崩落の音。
「まさか建物を……!?」
倒れたままのムツキとアルを抱え、起き上がりかけていたハルカを蹴飛ばしてビルを飛び出すのと、飛び出したビルが折り畳まれるように崩れていくのはほぼ同時だった。
〇
宇沢レイサの身柄を引き渡せという要求がミレニアムからトリニティへ送られたのはその日の夕方だった。D.U.の救護施設からミレニアムにハレが搬送されてすぐ。シャーレや連邦生徒会を介さずの極秘の連絡だ。
トリニティ側はこれに対し事情の説明と互いの方針の摺り合わせをしたいという半ば見え透いた時間稼ぎを行ないながら、トリニティ自治区内から外に出ている宇沢レイサ確保の為に人員を動かしていた。
密やかに動き出した各学園の中には、未来の記憶を訴える者たちがいたという。
〇
どこか、冷たいコンクリートの上でレイサは目を覚ました。
いや、目を覚ましたというよりは、意識が収束したとでも言うべきか。
「起きてください、"星屑"」
顔を上げる。そこには冷たい紅の目でレイサを見下ろすミユの姿があった。
そういえば、彼女がいたな。
寝起きのような精神状態でぼんやりとそんなことを思う。
「この世界にはミヤコちゃんも、サキちゃんも、モエちゃんもいる──けど、だからこそ私は止まることができない。今ならみんながいなくなる前に全部終わらせられる」
確か、彼女もハルカと似たようなものだったか。違いがあるとすれば──
「私を最初に"
ミユの言葉にそうだったと記憶を想起し、レイサは立ち上がった。
あの事務所で借りた、ゲヘナの体操服のままだった。
埃を払いながらミユに問いかける。
「ひひ、いいんですか?ミユさんと私の最終目的は相容れなかったと思いますけど」
特にこの世界ならば。
「邪魔になったらどちらかがどちらかを殺す。そうでしょう?」
未来に明るいものなんてひとつもない。そんな懐かしい瞳がレイサは心地よかった。
「わかりました。では、しばらくは共同戦線で」
自分は果たして今、星屑なのだろうか。
ふとよぎった疑問をレイサは笑って切り捨てる。
そんな問いにもう意味なんて無いだろうと。
「あなたがいると言うことは……他にも懐かしい顔ぶれが見られそうで楽しみです」
なにより、ここには彼女がいる。
キャスパリーグ──杏山カズサ!
歪に笑う。
星屑たる自分の役目を思い出す。
三割程が黒く染まったヘイローを頭上に浮かべ、レイサは月のない夜空の下を歩き始めた。