いつもの通学路を反対に曲がり、真冬は駅から遠回るように歩いていた。
「起こしに行って上げようか?」そんな冗談を、どうしてお互い真に受けてしまったのか。自分から口にした手前 引っ込みはつかず。だからといって、それが嫌な訳もない。
部活の朝練に勤しむだろう同級生たちとすれ違いながら歩く通学路に、なんだか居心地の悪さを感じながらも、その内心は言いようのない高揚感で胸が一杯だった。
「ここ…だよね」
何度か角を曲がり、足を止めた家の標識には「清水」の二文字。
事前に教えてもらっていた住所にも間違いはなく、地図アプリからも到着を知らせる案内が流れ出す。
ガチャリ…。
タイミングが良いのか悪いのか。扉を開け、家から出てきたのは一人の男性だった。
その雰囲気には何となく覚えがあって、場所を考えれば彼の父親であろうことは容易に想像がつく。
気まずい…。
そもそも早朝から男の子の家に迎えに来る女の子ってどうなんだ?
まだ、付き合ってるわけでもないのに。何か用事があったとしても、駅で待ち合わせれば済む話。学校でだって会えるんだ、ただのクラスメイトってだけじゃ そこまではしないはず。
どうしよう?
自分のことをなんて説明したら良いのか分からない。
友達ですって言えば済む話なのに、それは…と、心の何処かで引っ掛かる。
もう、通りすがりの振りをしてやりすごそうか。
動けないでいる間にも、私に視線を向けた男性は軽く目を細めた。
そりゃ、不思議に思うだろう。変に声をかければ事案だ何だと騒がれかねない昨今。見知らぬ女の子が、自分の家の前で佇んでいる状況に困惑されるのも致し方ない。
気づいて、気づかれて。やり取りに困った私達は、会釈に会釈を返すという、いかにも日本人的なやり取りを交わしてしまっていた。
「えと…おはよう、ございます」
「あ、ぁぁ。おはよう。陽斗に用事かい?」
「は、はい…。一緒に…学校行こうって」
「そうか。ああ、うん。じゃあ、気を付けて。遅刻しないようにね」
「はい。お父さん? も、行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
お父さん…。お父さんって言っちゃった。
良かったのかな? 人のお父さんを、お父さんなんて呼んじゃったりして。
でも、他になんて呼んでいいか分からなかったし。貴方も、なんて余計言えないじゃない。
男性の大きな背中を見送りながら、小さく頭を下げる。
ほっと…。一息つけたのも束の間で、今度は玄関の方から「北見さん?」と、聞き慣れない声音で、名前を呼ばれたものだから、ビクッと驚いたネコみたいに顔を向けてしまう。
「へっ…!? あ、え、と、はい…。北見、です…」
「ああ、ごめんなさい驚かせて。急に名前を呼ばれて、びっくりしちゃったよね。陽斗が今日、北見って子が来るって言ってたから貴女の事かなって。ほら、そんな所立ってないで、こっちこっち」
右と、左を見たって誰もいない。既に退路はなく、このまま立ち去れば、ますます近寄りがたくなる以上、その手に招かれないではいられなかった。
「おはようございます。陽斗の母で、陽子っていいます」
朗らかに笑う女性を前に、少しは心持ちが軽くなっていく。
なるほど。確かに お母さんだ。笑った顔は彼と良く似ていて、母親似だろう事が良く分かる。
「はい、おはようございます。北見 真冬です」
「おっ、ちゃんと挨拶できて偉い偉い。ごめんね、家の旦那無愛想で、コミュ障っていうの、最近は? あんなでも優しい人だから、あんまり怖がらないであげてね」
「いえ…私は、そんな…」
下げた頭をくしゃりと撫でられた。
それだけだ。
私の年頃を考えれば、恥ずかしがって逃げ出しても良かったんだろう。
急に距離を詰められて驚いたって言えば、心象もそんなに悪くはならないはず。
頬が熱い。照れて、恥ずかしいのはそうなんだけど、その場から動く気にまではなれなかった。
ただ褒められる。
当たり前の事をして褒められた。それも当たり前になると褒められる事もなくなって、いつしか誰もやらなくなる。それが普通で当たり前だ。
けど、私は最初に褒められた時の嬉しさが忘れられなかった。
もっと褒められたくって、当たり前の事をやり続けていると、いつしか良い子と呼ばれるようにはなる。でも、みんな社交辞令的にそう言うだけで、それ以上に褒めてくれる人なんて誰もいない。
だからなんだという訳じゃない。
久しぶりに垣根なしに褒められて、ちょっと嬉しくなってる自分がいただけ。
「よしよしよーし♪」
「んっ…あの、陽子さん…そろそろ…」
たとえそれが、子供に対するような扱いだったとしても、今までの社交辞令に比べれば万倍もマシ。過剰に褒められて、私はすっかり お母さんへの警戒を解いてしまっていた。
「…」
名前を呼んだのがいけなかったんだろうか?
私の頭を撫でていた手は止まり、陽子さんは じっとこっちを見つめてくる。
「あ、ごめんなさい。勝手にお名前呼んだりして…失礼でしたよね」
「あ、ちがうちがう。そうじゃなくってね? 私の事は お母さんって呼んでくれないのかなって? ね?」
キラキラしてらっしゃる。
あんまりにも期待に満ちた眼差しで見つめられて、堪らず視線を逸らしてしまった。
「ち、ちがいますっ。だってアレは、お名前が分からなかったってだけで…別に、変な意図があった訳じゃ…」
「良いじゃない、一回くらい。私だってモニョモニョしたいのよ。息子の彼女にお母さんって言われて、きゃーきゃー言いたいのっ」
「彼女でもないですからっ!」
私にしては大声だ。ここ数年で一番の声を上げた気がする。
そういう人なんだろう。心が若いっていうか、悪く言えば年甲斐もないはしゃぎようなんだけど。自分の息子に彼女が出来たと聞かされれば、私もこうならない自信はない。
結局はただ、恥ずかしかっただけ。
まだ付き合うって、告白すらしていないのに。彼氏彼女を飛び越えて、婚約したみたいにはしゃがれると、心の準備が間に合わない。
「恥ずかしいから止めてくれ、母さん」
「あ、清水くん…」
陽子さんのその後ろ。顔を出した彼は、慌てて起きてきたんだろう事が良く分かる。寝癖だってそのままで、いつもは着こなしていた制服も、何処か乱れたままで収まりが悪い。辛うじて顔だけは洗ってきたって感じはあったけど、飲み込みきれない あくびが口の端から漏れていた。
「っぁぁ…。はぁ、悪い。またせたな北見。行こうぜ」
「うん。えと、行ってきます…お母さん?」
「付き合わなくて良いって、ほら」
彼に手を引かれて、玄関から引っ張り出される。
「行ってらっしゃい」私達を送り出しながらも、陽子さんは神妙な様子で彼のことを見ていた。
「陽斗。真冬ちゃんに意地悪言うんじゃないわよ?」
「分かってる。だいたい母さんが、変にはしゃぐからだろ?」
主語のない会話だった。近い者同士特有の気の置けなさ。
本来なら私が気にするべきものじゃないのは分かるんだけど、その内容に私の名前が出てくると、流石に気にするなってのも難しい。
聞こうかな? 止めとこうかな?
玄関から離れて、見送ってくれていた陽子さんも見えなくなって。
興味を抑えられなくなった私は、とうとうと彼に答えを尋ねていた。
「ねぇ、清水くん? 私に意地悪ってなに? 清水くん、私に意地悪したことなんかないよね? むしろ、全然逆で、ずっと助けてくれてるのに」
「あぁ、違うんだ。さっき、北見がさ…その「彼女なんかじゃない」って、言ってたろ? それでだよ」
「それで?」
それでって、どれだろう?
確かに、あんな大きな声で言えば聞こえもしただろうけど、それがどうして、私に意地悪するのと繋がったのかが分からない。
「それでって…。だから母さん、俺達が付き合ってるって思ってたわけで。それで北見が「彼女じゃない」なんて言い出したらさ…。まぁ、面白くないじゃん…彼氏としてはさ?」
その言い回しが、まるで遠回しの告白にも聞こえて、女の子としての下心がドキンっと跳ねた。
期待していいのかな…。
お母さんからしたら、私達は付き合ってるくらいの関係に、ちゃんと見えていたんだろうか? 家に迎えに来るくらいだ。勘違いされてもしょうがない。
でも、もし、もしかしたら、私達の関係は勘違いのまま止まっちゃわないかな?
彼氏だなんて、彼はどんな気持ちで口にしたんだろう?
私と同じ気持ちだったら良いな。
今すぐにも顔が見たいのに、冗談だと受け流されるのが怖くって、落ちた視線は繋いだ手を見つめたまま動けない。
♪♪♪♪
気恥ずかしさからくる沈黙を破ったのは、彼のスマホから流れ出した電子音だった。
「っと。北見、ちょっと急ごう。このペースだと遅れるかも」
「あ、うん。ごめんね、ゆっくり歩いてて…」
「良いって」
ぐいっと彼に手を引かれて歩幅が戻る。
漂っていた気恥ずかしさこそなくなってくれたけど、心の引っ掛かりは取れないままだった。
ー
がたん、ごとん、がたん、ごとん…。
電車に揺られて、私も揺れる。
問題の先送り。「彼氏としては面白くない」と言った彼の言葉が、ずっと耳に残っていた。私は清水くんの彼女でいいの? 聞きそびれた疑問。逃したタイミングを掴む機会のないまま、私達は未だに友達以上で恋人未満だ。
そんな雨の日。いつもより盛況な電車の中で、私を庇う彼と電車の扉との間で潰されそうになるのを何とか耐える。
「なぁ、北見…今度から、もうちょっと早く出ないか?」
「私は良いけど…清水くん起きれる? 今だって、私が迎えに来てようやくって感じじゃない?」
顔と顔が近い。ちょっと背伸びをすれば唇が届きそうな距離で、私は、私達は、胸のドキドキを誤魔化すように会話をしていた。
「そこは…まぁ。でもさ、母さんも一緒に朝ご飯食べようって言ってるし。朝飯、いつも一人なんだろ? だったら…」
「まぁ…ね」
遠慮かな。
誘われて嬉しい気持ちと、気恥ずかしさが秤に掛かる。
彼の家で朝ご飯を一緒に食べる。嫌だって訳じゃないけど、人の家の団らんに首を挟むのは不安が大きい。
それになにより、私はまだ彼から付き合おうって聞けていない。
多分そうなんだろうなって。勘違いじゃなければいいなって、思う節はあるんだけど。そんな状態じゃ腹も決まらず、私は宙ぶらりんと曖昧な返事を返すしか出来なかった。
「っと、わるい…」
カーブに差し掛かった電車が大きく揺れて、彼の体が私に寄りかかってくる。
「ううん、大丈夫。もうちょっと、こっちに来ても平気だよ?」
「いや、それは…。平気だから、俺は…」
嘘だ。
押し付けられた体から感じる違和感。踏ん張るように伸びた彼の足が、私の足の間に入り込む。ちょうど私の太ももに重なる形で押し当てられた彼の股間からは、常にはない違和感が存在を主張し始めていた。
「良いよ。だって…その、男の子って、朝は大きくなるものなんでしょ?」
誰にも聞こえないように小声でつぶやくと、彼の顔が真っ赤に染まった。
「な、あ…いや。それは、起き抜けの話で…」
「そういう事にしとこうよ。私も、それで…納得するから」
「ん、だけど…。うわっ…」
「きゃっ…」
さらにカーブが重なり、人混みが大きく揺れる。体勢を崩した彼の手が、私の胸の膨らみに触れると、掴むように力が入った。
「ほんと…ごめん、すぐ離れるから」
「う、うん」
けれど、混雑した電車の中じゃ、身じろぎをするだけで精一杯。
体を離すどころか、私を押しつぶさないようにするだけでも難儀しているみたいで、その手は体温が伝わってくるほどハッキリと、困惑する指先の動きまで分かってしまう。
「次の駅には離れるから…ごめん」
「いいよ、事故だし。気にしないで…」
て、言うのも無理だろうけど。私にはそう言うしか出来ない。
果たして、服越しとは言え女の子の胸を掴みながら、股間を太ももに当てている男の子の気持ちはどんなものだろう。
盗み見た彼の顔は羞恥心で染まりきり、口の端から零れた吐息が、熱っぽく私の頬に降りかかる。
がたん、ごとん、がたん、ごとん…。
電車に揺られて、揺れる私達。
たとえ自分から動かさなくたって、揺れる電車と人混みに押された彼の体が、私の体に押し付けられる。
がたん、ごとん。
電車の揺れに合わせて、胸の膨らみが刺激される。
がたん、ごとん。
電車の揺れに合わせて、太ももの上を彼の股間が滑っていく。
その内に、だんだんとスカートの端がずり上がり、素肌に直接彼の股間を感じるようになると、私は慌てて足を逃がした。
「うわっ…くっ」
「あ、ごめ…痛かった?」
「いや、ちが…大丈夫。急に動かれてさ、びっくりしただけ…」
「うん。ほんとに、ごめんね…」
熱くて、固くて、大きくなってて。
男の子ってこんなになっちゃうんだ。
ズボン越しとは言え、まだ見ぬ おちんちんの存在感を無視は出来なかった。
こんなに腫らして、きっと苦しいんだろうな。それは、拙い快感に耐える彼の顔を見ていれば良く分かる。
もし、いまこの場に人目がなかったら、彼は私を抱いてくれるんだろうか?
ふと、求められた自分を想像すると、太ももの隙間がムズムズと落ち着かなくなり、足の方へと変に意識が向いてしまう。
足、動かしちゃ…ダメなのに。
がたん、ごとん、がたん、ごとん…。
電車が揺れる度に、体が焦れてしょうがない。
気を抜けば、彼にすり寄ってしまいそうになる自分の体を慌てて抑えつける。もっと、彼の近くに行きたいな。言い訳なんて幾らも思いついたけど、今一番の理由は下心だった。
がたん、ごとん、がたん、ごとん…。
電車の揺れが、彼の体を通して伝ってくる。
上下に弾んで、左右に揺れて。それは次第に、胸の膨らみを揉みしだかれているような刺激に変わっていった。
胸を掴まれて息苦しい。
けど、痛みを感じるよりも先に、ブラに擦れた乳首の先がピリピリと痺れてくる。
感じ始めた性の興奮に吐息が上がり「んっ…♥」と、鼻に掛かったような声が飛び出そうになるのを慌てて飲み込んだ。
がたん、ごとん、がたん、ごとん…。
電車に揺られながら、足の間に挟まった彼の太ももが私の股間を刺激してくる。
ううん、彼は何とか私から離れようとはしてくれているけど。重なった人混みに身動きは取れず、引いては押し返されてを繰り返されると、勘違いした私の体は、太ももの隙間に水気を引き始めていた。
それは彼の体も同じだった。
太ももに感じる彼の体温。
熱くて、固い、大きな違和感が、何度も私の太ももに擦り付けられる。
どうしよう? どうしたら良いんだろう?
太もも、動かしてあげたら良いのかな? ビクビクっと太ももの上で跳ねる おちんちんを感じていると、それが正しいような気がしてならない。
がたん、ごとん…。
電車の振動に体が焦れる。身じろぎ1つとっても肌がざわつき始めていた。
股間を逃がすつもりで腰を引けば、ささやかな刺激が淡く色づき。少し足を動かせば、ふとももに押し付けられた彼の存在を余計に意識してしまう。
「はっ、んっ…はぁ、ぁっ♥ ね、清水、くん? わたし、どう、したら、いい?」
自分でも分かるほど熱っぽく、何とも甘えた声だった。
「ばっ、ぁ、何もしなくて良いって。北見は、そのまま…俺が、悪いから。すぐ、退くから…。もうちょっとだけ、我慢しててくれ…」
我慢なんて言われても困る。
たぶん無意識だったんだろう。がたん、ごとん。揺れる電車のリズムに逆らうように感じる違和感は、間違いなく彼のものだ。
だんだんと、落ち着かなくなっていく私の体。
まだ自慰もろくにした事がない私でも、これが快感なのだと理解させられた。
ただ触って、ただ擦ってみて。一人でしても、ちょっとくすぐったい程度で、その内に飽きて止めてしまう。
私にとっての自慰はそんなもので。本で語られるような性行為に興味はあっても、それは興奮を煽るために大げさに書いてあるだけなのだと決めつけていた。
気が遠くなり、体の震えが止まらない。意識し始めた絶頂の予感に、とくんっと心臓が高鳴ってしまう。
じわっと、股間に濡れた感触が広がってきた。
ピリッと、勃起を始めた乳首から甘い痺れが伝ってくる。
何度も、何度も、私の太ももの上で彼の おちんちんが擦られていた。
せっかく直したスカートの端も次第に捲れ上がり、擦り付けられる先端から私と同じ様に、ドロっとした水気が滲んでくる。
がたん、ごとん、がたん、ごとん…。
不意に電車が揺れて、大きなカーブに差し掛かった。
人混みに押された彼の体が、私に向かって倒れ込んでくる。
胸の膨らみが乱暴が押しつぶされ、彼の太ももに私の股間が押し上げられると同時に、私の太ももにも彼のおちんちんが押し付けられた瞬間だった。
ビクンっ…。
ズボン越しでも、ソレが大きく震え上がったのが分かっちゃった。
ドクンっ、ドクンっ…。
その脈動は生々しく、ズボンから滲み出していただけの水気が、素肌にまで広がってくる。
ゾクゾクとした。
理由のわからない興奮に、頭の裏側が痺れてる。
私の体で彼が射精してくれた。
圧倒的な充足感が心を満たし、膨れ上がった快感に体が浮ついてしまう。
そこで倒れ込んでしまわないのが不思議なくらいだった。
肩で息をしながらも、お互いがお互いを支え合うので精一杯。
「っぁ、くっ…。わるい、北見、おれ」
「ううん、良い。大丈夫…清水くん、悪くないから…私は、平気だから」
がたん、ごとん。
揺れる電車は速度落とし、駅のホームにたどり着く。
扉が開き、流れ出した人波に抗えるほどの気力は、今の私達には残っていなかった。