第1話「僕の初恋はヒーローガール」
ヒーロー。それは、悪者から人々を守るべく者。ヒーロー。それは、どんな強敵にも怯まず立ち向かう勇気のシンボル。
テレビでよく見るヒーローはそういうイメージを持たれがちだが、それは人によって生みだされた架空の存在であり、実在するわけじゃない。かくいう僕もそう思っていた。昨日までは……。
「……」
週末。空も晴れ渡っているこの日はショッピングがしたいなと思った僕は、気分も上々にデパートへゴー!、したまではいいものの、道中モヒカンヘアーの喋る豚に遭遇。そいつはカートをバケモノに変え、気が立った馬の如く暴れはじめた。馬が暴れるのでも厄介だというのに、見上げるほどの巨体を持つやつがそんなことになればただじゃないことは火を見るよりも明らかなのだが……。
「ヒーローガールスカイパンチ!」
突如、少女が現れたと思いきや、バケモノを撃退。そこに至るまでの彼女の行動は僕が見てきたヒーローそのもので、逃げなきゃいけない状況だったにも関わらず、彼女から目を離すことができなかった。
「そこの人、おケガはありませんか!?」
豚が逃げた後、少女が身を案じるように言ってくる。僕は“大丈夫です”と答えたが、ヒーローに助けてもらったのは生まれて初めてだったので、上ずった声を出してしまった。恥ずかしい……。
「あなたにケガがなくてよかったです! それでは!」
「あっ……」
笑顔を向け、少女は去っていく。流石と言うべきか彼女のスピードは速く、あっという間に見えなくなった。胸に手を当てると、心臓の鼓動は少女にヒケを取ってないんじゃないかって思うくらい早かった。怯まず立ち向かう姿。先ほど向けてくれた笑顔。それらが僕の視線、そして心を奪った。ここまで長ったらしく語ったが、ようするになにが言いたいかというと、僕は……。
(あの人に、恋したんだ……)
これが僕の初恋。そう、僕の初恋は―――ヒーローガールなのだ。
―――――
「ああ、それ多分プリキュアだよ」
週明けにヒーローに助けてもらったことを話したら、クラスメートがそんな単語が飛んできた。詳細は不明だが、なんでもそれは最近現れたようで、僕があの時見たようなバケモノと戦い続けてるんだとか。本当にヒーローみたいな人なんだな。
「俺も最初は信じられなかったけど、何度も目撃されてるからな。ヒーローって、本当にいるんだなって思ったよ」
「……そうだね」
本当にそうだ。アニメや漫画の中だけと思っていた存在が現れて、人々を助ける。明日になればあれば夢だったんじゃないかと怖いキモチもあったが、こうやって認知されているということは夢ではないということ。つまり、俺があの子に抱くこの気持ちも夢の中ではなく、現実世界で生まれたものであるという証拠だ。それが知れて、僕はそっと胸を撫で下ろした。
「どうした?」
「なんでもないよ」
チャイムが鳴り、授業が始まる。もう一度あの子にあえたらいいけど、どうやったら会えるかな、と僕は青空に想いを馳せながら考えるのだった。
―――――
次の週末。僕は1人商店街へとやってきた。可能性は限りなく低いかもしれないが、あの時僕を助けてくれた少女を求めてだ。
(って、闇雲に探しても見つかるわけないか……)
わかってはいたが、僕はどうしても彼女との再会を諦められなかった。だから僕は―――。
「危ない!!!」
「え!?」
背後からの大声に驚き、足が止まる。前を見ると横断歩道の前で、信号は赤になっていた。つまり、あのまま歩いていたら僕は交通事故に遭っていた、ということになる。あの子のことで頭いっぱいになったことで、注意力が散漫していたようだ。
「あ、ありがとうございます……」
礼を言いながら振り返る。声をかけてくれたのは青髪をサイドテールでまとめた女の子。外見からして同世代の子かな?
「危なかったですね……もう少しで事故に遭うところでした」
「そうですね……ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ! あなたにケガがなくてよかったです!」
その言葉、その笑顔に既視感を覚えた。彼女は容姿こそ違うが、雰囲気は僕が探している少女によく似ていた。ヒーローは変身して戦うのが常識というが、まさか……。
「キミは稲葉くん、だよね? ここで会うなんて奇遇だね」
虹ヶ丘ましろ。まだ話したことはないが、クラスメートなので名前だけは知っている。でも、なんで赤ん坊を連れてるんだろう? ベビーシッター?
「そうだね。僕はちょっと人を探してて……」
「人探し?」
「うん……手がかりはないんだけど―――」
「なら手伝います!」
「え?」
ズズイッと距離を近づけてきて、名乗りを上げる少女。ありがたい申し出ではあるが、これは僕の都合で彼女たちのプライベートな時間を削るわけにはいかない。
「ソラちゃん、まずは自己紹介をしたほうがいいんじゃないかな……?」
「あ、そうでした! 私はソラ・ハレワタ―ルといいます! ましろさんが知ってるということはあなたは、ましろさんのお知り合いですか?」
「えっと、僕は稲葉ヒカル。虹ヶ丘さんとは知り合い、というか……クラスメートだよ。こうして話すのも初めてだし……」
だから尚更手伝ってもらうのは申し訳ない。それに……。
「なんで初対面の僕の手伝いを……?」
「愚問です! 困ってる人がいたら手を差し伸べる! それがヒーローだからです!」
真っ直ぐな目をしたソラさんからはマジメに言ってることがこれでもかってくらい伝わってきた。こんなこと聞いたら普通は“その歳になってヒーローとか子どもじゃないんだから”と笑うだろうが、それはあの子を否定することに他ならない。だからソラさんを笑うことも、厚意を無下にすることもできなかった。
「じゃあ、お願いしようかな……?」
「任せてください! それで、誰を探してるんですか?」
「それは―――」
「お客さん! お金払ってくださいよ!」
「ん?」
穏やかでない声が聞こえたので視線を向けると、どこかで見たことあるヤツが大量のバーガーを抱えてファーストフード店から出てくるのが確認できた。モヒカンヘアーに豚の顔……そうだ、アレはデパートでバケモノを暴れさせた……。
「アレは……!?」
「座布団!!」
「カバトンだ!!!」
怒りながらも訂正する
「ここで会ったが百年目! 今日こそプリンセスを渡してもらうのねん!」
「何度も言わせないで! エルちゃんはあなたには渡さない!」
エルちゃんというのは虹ヶ丘さんが抱えている赤ん坊のことだろう。あいつがなんでこの子を狙っているかは知らないが、無銭飲食するようなやつに渡したらロクでもないことになるのは事情を知らない僕でもなんとなくは理解できた。
「稲葉くん」
僕を呼んだかと思えば、虹ヶ丘さんがエルちゃんが乗った三日月形のカゴを差しだす。
「虹ヶ丘さん……?」
「お願い。この子を連れて避難して。この子を渡すわけにはいかないから」
「それなら、虹ヶ丘さんたちも一緒に―――」
「私たちなら大丈夫です! 今は私たちよりもあなたとエルちゃんの安全を確保するほうが先決ですから!」
2人のこの口ぶり。これから2人はあいつと戦うことは容易に理解できた。だが、あいつ自体どうなのかは知らないが、バケモノを生みだせるだけでも脅威なのは間違いない。でも……。
(もし、この2人が噂のヒーローだとしたら……)
つい先日、ヒーローは2人に増えたという話を聞いた。それにソラさんはあの子と雰囲気がとてもよく似ている。だから……。
「わかった」
カゴを受け取り、駆けだす。走りながらふと振り返ると、2人が光に包まれ、変身する姿が確認できた。やっぱり、2人が噂のヒーローだったのか。
(ここなら大丈夫だよね……)
近くのビルの屋上に逃げ込む。ここなら2人の様子を一望できるし、いざ狙われたとしてもビルの中に逃げ込めるだろう。
「……」
ソラさんと虹ヶ丘さんはバケモノと戦っている。今回のバケモノはバーガーの姿をしているが、見たところ苦戦してる様子は見られない。流石ヒーローと噂されてるだけはある。
「あんなのに狙われるなんて……キミはいったい何者なんだ……?」
「える?」
僕の問いかけが理解できてないのか、エルちゃんは首を傾げる。狙われてるということは、この子はきっとただの赤ちゃんじゃない。金持ちの令嬢? それとも、別の理由か……?
『うあっ!』
短い悲鳴が聞こえたので視線をもどすと、2人がバーガーに挟まれてるところだった。挟む力を強められ、うめき声を上げる2人。わかりやすいほどにピンチだ。
「いいぞ! そのまま締め上げろ!」
このまま2人がやられてしまう。2人がやられれば、次に狙われるのはまちがいなくエルちゃんだ。やられる前に逃げる……? でも……。
(こんな時、ヒーローがいたら……)
あいつを倒して2人を助けることができるだろう。だが、そんなのどこにもいない。ここにいるのは普通の生活を送ってきた男子中学生だけなのだから。
(それでも……それでも、僕は……!)
怖いキモチはあるけど、救ってくれた人を、手を差し伸べてくれた人のピンチを前にして逃げるなんてできない。それでもし自分が助かったとしても、後悔するだけだから……。
「える~?」
エルちゃんが首を傾げながら顔を覗きこんでくる。本来ならカゴごと浮遊してることに驚くべきだろうが、その時の僕は落ち着いていて、エルちゃんの頭を撫でていた。どうやらバケモノに遭遇したせいで耐性がついてしまったらしい。
「エルちゃん、キミは赤ん坊のようだけど、不思議な力が使えるんだね。なら、僕が時間を稼いでる間に逃げるんだ。2人には怒られるかもしれないけど、あの状況を放っておくことなんてできないから」
ビルを降り、2人の元へ。案の定2人は驚いた表情を見せるが、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
「誰かと思ったらさっきのやつか。なにしに来たのねん?」
「2人を……助けにきた!」
「助けにぃ? ぶふっ、ギャハハハハハハハハハハハハッ!」
嘲るように高笑いするカバトン。わかっている。不思議な力も格闘センスもない俺がヒーローを助けるなんてちゃんちゃらおかしな話だと。だが、それでも“助けたい”気持ちは変わらなかった。だから俺はここにもどってきたのだから。
「端役のおまえが? プリキュアを助ける? あははははははははははは! 笑わせないでほしいのねん! ギャハハハハハハハハハハハハ! ヒーッ、ヒーッ、お腹痛っ」
カバトンが腹を抱えながら笑い転げる。承知の上だ。いくら笑われたって構わない。どんなに笑われたって、僕は―――。
「目の前にいる人を……助けるだけだ!!!」
胸が熱くなるのを感じる。その熱はまばゆい光に変わり、羽ペンへと姿を変えた。
「これは……」
羽ペンを手に取る。そういえば、ソラさんと虹ヶ丘さんは変身する時、こんな形のアイテムを使っていた。ということは……。
「ぷいきゅあ~!!」
後ろから声が聞こえてきたかと思えば、エルちゃんからアクセサリーが飛んでくる。空中でキャッチして見てみると、それは黒ずんだ見た目から雷のシンボルが描かれた黄色いアクセサリーに変化した。
「……よし」
羽ペンとアクセサリーを交互に見た瞬間、僕はどうすればいいかを理解した。なんでかわからないが、イメージが頭に浮かんできたのだ。
「ここからは、ヒーロータイムだ! スカイミラージュ!」
そう宣言した後、羽ペンの先端が開き、マイクに変化する。
「トーンコネクト! ひろがるチェンジ! ライトニング!」
スイッチを下げたアクセサリーをセットすると、マイクの先端内部が回転。黄色く光った後、マイクのスイッチが押されるとともに“LIGHTNING”の文字を浮かび上がらせる。
「これは……!?」
「稲葉くんが、変身してる……!?」
「おいおいおい、ウソだろ!?」
三者三様のリアクションを見せる中、変身が完了する。今の自分がどんな姿をしているかはわからないが、これだけは断言できる。今の自分は、誰にも負けないと。
「なんなんだ!? まさか、プリキュアとでも言うつもりか!?」
「……僕は」
これから対峙する相手を真っ直ぐ見据え、僕は高らかに名乗りを上げた。
「大空にひろがる稲光! キュアライトニング!」