「ツバサ君!あげはちゃん!」
水を汲みに行っていたましろが慌てた様子でもどってきた。
「どうしたんですかましろさん?そんなに慌てて」
「さっき、水を汲みについでにソラちゃんとヒカル君の様子を見に行ったんだけど……そしたら……」
「そしたら……?」
3人の間に緊迫した空気が流れる中、ましろは言葉を続けた。
「2人が戦うらしいの!特訓の最後の仕上げって言って!」
『ええっ!?』
驚きの表情を浮かべるツバサとあげは。2人は何度も組手をする仲ではあるが、そういったことをしたことは一度もなかった。ソラシド市では人目がある関係上、そういったことはしづらい。だが、ここなら人目につくことはないので、この機会にやろうと考えたのだろうとあげはは察した。
「とにかく、行ってみよう!」
ソラとヒカルの元にむかうと、ちょうど2人は向かい合っているところだった。今にも戦いだしそうな雰囲気だが、当然お互い敵意はない。むしろ好敵手に挑むような佇まいだ。
「こんな形でキミと戦うことになるなんて、思わなかったよ」
「私もです。でも、実は前から思ってました。プリキュアとしてのヒカル君と戦ってみたいって」
それはヒカルも同様だ。素の運動能力は先日の山登りでわかった。なら、プリキュアとしてはどれほどの差があるのか。これはそれを確かめるいい機会と言えるだろう。
「ヒカル君、本気で来てください」
そう言って、ソラがミラージュペンを取りだすと、ヒカルもミラージュペンを取りだす。
「ああ。わかってるよ。じゃあ、いくよ!」
『ひろがるチェンジ!』
プリキュアにそれぞれ変身すると、地面を蹴って踏み込む。ライトニングと拳とスカイの拳が激突し、2人の間に突風が吹き荒れる。
しばらく押し合った後、もう一方の拳で繰り出してきたライトニングのフックを空いている手でいなす。続けてカウンターの回し蹴りを繰りだすが、ライトニングはそれをサマーソルトキックで弾きつつ、距離を取った。
「すごい……アクション映画みたい……」
「特訓の成果、出てるじゃん!」
「連休を使ってここに来た甲斐がありましたね」
ヒカルとソラの強化具合を目にして、感想を言い合うましろたち。これも先生の指導がよかったおかげだろう。
「ふっ!はああぁっ!」
空を切りながら拳と蹴りがスカイから次々と繰りだされる。ライトイングはそれらをいなしつつ、こちらもパンチとキックのコンボを繰りだしていく。
『はぁああああぁああっ!』
蹴りと蹴りがぶつかり合い、ふたたび突風が吹き荒れる。
(このままじゃらちがあかない……こうなったら―――)
「2人とも後ろ!!」
ましろに言われて振り返ると、巨大な岩がこちらに飛んできていた。ライトニングとスカイは並んで拳を握ると、岩にむかって跳びあがった。
『うおりゃあぁあああぁあぁあぁあああっ!』
ライトニングとスカイのダブルパンチ。それをまともに喰らった巨岩は堅牢なその身にヒビを入れた後、粉々に砕け散った。その際にライトニングは黄色、スカイは青のオーラをまとっていたが、岩が砕けると消えた。
「誰ですか!?」
岩が飛んできたほうにむけて叫ぶと、現れたのは1匹のリス。山の主だ。
「先生!?さっき岩を投げたのは先生なんですか!?」
「いったい、どうして!?」
それを説明するように、山の主は体全体を使ってジェスチャーを始める。ましろ、あげは、ツバサにはちんぷんかんぷんだが、通訳すると……。
「修行は完全に終了した。もう俺が教えることはなにもない……ですか?」
「おまえたちはこの2日で俺の予想を超える力を得た。そして、先ほどの攻撃で確信した。おまえたち2人が力を合わせれば、誰にも負けることはない……と?」
肯定するように、山の主はうなずく。
「言われてみればあの時、体から力がみなぎるのを感じました。まさか先生は、そのキッカケを作るために……?」
そうだと言わんばかりに山の主はうなずくと、またジェスチャーをする。
「だが、これはあくまでキッカケ。開花させられるかはおまえたち次第だ……か。ありがとうございます。先生との修業の日々、ムダにはしません」
「私もです。ここで得た力に驕らず、これからも精進します!」
山の主は満足そうにうなずくと、森の中へと消えていった。ヒカルとソラはその姿が見えなくなるまで、彼に手を振り続けるのだった。
―――――
連休最終日。河原でソラとカバトンがむかいあっていた。張り詰めた空気が2人の間に流れる中、ましろたちは離れたところで見守っているが、なぜかそこにヒカルの姿はなかった。
「いよいよだね……」
「やれることはやってきました。ソラさんを信じましょう」
「大丈夫だって!特訓であんなに強くなったんだから!」
ヒカルがいないにも関わらず、ましろたちはそれを気にした様子はなかった。それはソラも同様だった。
「逃げずに来たことだけは褒めてやるのねん」
「私は逃げたりしません。約束の件は覚えていますね?」
「俺が負けたら二度とプリンセスには手を出さない。ちゃんと覚えてるのねん」
カバトンは3日前の時と同じく、取り付けた約束を復唱する。ここでカバトンを倒せば、不安要素は1つ増える。つまり、この戦いはエルの今後を大きく決めるものであることをソラは十二分に理解していた。
「もっとも、おまえが俺に勝つなんてありえねぇけどな」
余裕綽々といった声音で言いながら、黒い塊を取り出す。
「これがなにかわかるか?この3日で貯めたアンダーグエナジーなのねん。いつもならランボーグを生みだすのに使うものだが、もうランボーグじゃおまえには勝てない。だから」
アンダーグエナジーを持った手を大きく掲げる。
「このアンダーグエナジーを、俺自身が取りこむのねん!!カモン!マックスアンダーグエナジー!!」
アンダーグエナジーを体内に取りこむと、元々大きかった体がさらに大きくなり、両眼には仮面をつけたような黒いラインが浮かび上がった。
「ひろがるチェンジ!」
ソラもプリキュアに変身して構えを取る。カバトンは鼻で笑った後、ずしずしと大きな足音を立てながらむかっていき、パンチを放つ。しかし……。
「なっ!?」
スカイはそれを片手で受け止めた。その際、突風が吹切れたが、スカイは微動だにしていなかった。
「くっ、こんなのまぐれなのねん!」
カバトンは立て続けにパンチをくりだすが、スカイには1発も当たらない。それがカバトンの苛立ちを徐々に積もらせていく。
「1発、1発当たりさえすればおまえなんか!!」
「どんなに強い攻撃でも、当たらなければ意味がありません」
これは山での特訓の際、山の主が言っていたことだ。カバトンの拳はアンダーグエナジーのおかげでたしかに強化されているが、その動きは鈍い。これは身体が大きくなった代償だろうとスカイは考えた。
「うるせぇ!俺はTUEEEんだ!!」
振り下ろされたカバトンの拳をジャンプで避けた後、回し蹴りを顔面に喰らわせる。カバトンの体は大きくのけぞったのを見ると、スカイは拳を固く握りしめる。
「ヒーローガール!スカイパンチ!」
空を切る高速パンチが顔面に炸裂すると、カバトンは地面を転がって倒れた。一方、スカイは地面に着地した後、カバトンに歩み寄る。
「あなたの負けです。もう二度とエルちゃんには手を出さないでください」
「……」
カバトンが俯いたまま、顔を伏せているので表情は読み取れないが、口元は吊りあがっていた。
「バカが……俺の奥の手がこれだけだと思ってるなら大間違いなのねん」
そう言った瞬間、川からランボーグが飛びだしてきた。これはここに来る前、子どもから奪い取った潜水艦のプラモデルを素体に生みだしたランボーグで、カバトンが追い込まれた時を想定して潜ませていたのだ。しかし……。
「ひろがる!ライトニングキック!」
突如現れたライトニングによる電気をまとった空中蹴りがランボーグにヒット。ランボーグは浄化され、元の潜水艦のプラモデルにもどった。
「てめぇ!どっから現れやがった!?」
「キミが卑怯なことをしてくるのはわかってた。だからそうなった時すぐ対応できるよう、あらかじめ変身した状態で様子を窺ってたんだよ。キミが見えないところでね」
ソラたちはこのことを事前にヒカルから伝えられていた。いなくても気にしていなかったのはそういった理由からだ。
「カバトン、降参してください。もう勝負はついているはずです」
「……まだだ。俺はまだ、やれるのねん!!」
正面からむかってきたカバトンを正拳突きで吹き飛ばす。カバトンの体はもうボロボロで、戦闘を続けられる状態ではないことを誰が見ても明らかなのだが、それでもカバトンは立ち上がった。
「まだだ……俺は、まだ……!」
いつもならとっくに退却しているはずだが、今回のカバトンはそんな素振りは一切見せなかった。傷ついた体にムチを打ち、ゆっくりとスカイにむかっていく。
「俺は、TUEEE……それを、証明するんだ……!」
傷ついても尚むかってくる闘争心。それは見上げたものであるが、体が限界であることに変わりはなく……。
「ぐっ……!」
激痛が走り、カバトンは倒れてしまった。それでも尚、腕に力を入れて立ち上がろうとするものの、限界を超えた体ではもうそれすら叶わなかった。そのうえアンダーグエナジーも尽きたようで、見上げるほど大きかった体は元の大きさにもどった。
「その身体ではもうムリです。降参、してください」
「そんなこと、できるか。降参なんてしたら、俺は……」
声を震わせながら言った後、晴れやかだった空に黒雲が広がりはじめる。それを見てソラたちは雨かと思ったが、その雲からは邪悪な気配を感じたので、その考えはすぐに消えた。
「待ってください!俺はまだやれます!アンダーグ帝国の役に立てます!だから―――!」
そんなカバトンの言葉など聞く耳持たないとでも言うようにカバトンを浮かせ、空中へと吸い寄せていく。
「え、なに?なにする気なの!?」
ましろは困惑しているが、ソラはカバトンの焦った表情と黒雲から鳴っている轟音でなにが起こるかを察した。察すると、カバトンにむかって走りだした。
「スカイ!?」
「カバトン!今助けます!」
カバトンには理解できなかった。敵である自分になぜそのようなことができるのか。少なくとも自分にはそんなことできない。
「なぜだ!?なぜそんなことができる!?俺とおまえは敵同士だろ!」
「こうするのが正しいと思ったから!それだけです!」
スカイが跳びあがると、黒雲から雷が落とされる。最初はタックルしてカバトンを雷の軌道から逸らさせようと思ったが、雷が落ちるスピードは速く、このままではカバトンに接近する目に雷の餌食にされてしまう。そう判断したスカイは指をくっつけた手を勢いよく前に押しだした。すると、直線状の突風が巻き起こり、カバトンを後ろへと押しだした。
(負けた……完全に。おまえは俺よりずっとTUEEE……)
晴れやかな顔で負けを認めるカバトン。だが、このままだとカバトンは川に落ちてしまうと判断したライトニングはボルテックモードを発動させると、カバトンを抱えて地面へと避難させた。
「……」
攻撃をかわされたことでまた攻撃してくるかと黒雲を見る。しかし、あっちはこれ以上攻撃する気はないようで、すぅ……と消えた。
「おまえ……」
「知ってる?風邪ってめちゃくちゃ辛いんだよ?」
「……」
ライトニングは自分の思惑を見通していた。しかも彼まで敵である自分を助けた。だから思った。彼にも敵わない、と。
「……俺の負けだ。約束通り、プリンセスにはもう手は出さねぇ」
「卑怯なことしておいて信用できるわけ―――!」
ツバサの言葉をライトニングは手で制する。
「キミはこれからどうするの?」
「もとの場所にはもどれない。この世界でひっそりと暮らすのねん」
「そうか」
「最後に1つだけ教えてやる。俺に勝った褒美だ。俺の仲間はミノトンだけじゃねぇ。俺が失敗したことが知られた今、そいつはいずれおまえらの前に現れる。俺以上に手段を選ばないやつだ。これからもプリンセスを守っていくなら、覚悟して挑むのねん」
そう言って、去っていくカバトンを見送る。
「終わりはまだまだ先になりそうですね」
「どんなやつが出てきても僕らがやることは変わらない。そうでしょ?」
「でも、行かせてよかったんですか?あいつが約束を守るとは思えませんが……」
ツバサの言いたいこともわかる。先ほどランボーグに奇襲させようとしたやつを信用しろなんて難しいこと。だが、ライトニングには彼の言葉を信用できる理由があった。
「さっきカバトンを襲ったのが仲間だとしたら、カバトンはもう見限られたってことなんだと思う。もしカバトンが命令でエルちゃんを狙っていたなら、もうカバトンがエルちゃんを狙う理由はないんじゃないかな?」
「私もそう思います。仲間に見限られてまで従う理由はないと思いますから」
「それもそっか。じゃあ、もうカバトンに関しては安心だね!」
カバトンはミノトンの他にも仲間がいると言っていたが、それでも今ある勝利を喜ぶくらいはしていいだろう。
「そういえば、カバトンはアンダーグ帝国とか言ってたよね?なんでエルちゃんを狙ってるんだろう……?」
「わからない。でも、見限った仲間を攻撃するようなやつにエルちゃんを渡すわけにはいかないよ」
「ヒカル君の言うとおりです。アンダーグ帝国についてはヨヨさんに調べてもらいましょう」
「だね。これ以上ここにいてもしょうがないし、ましろんちにもどろっか」
あげはの提案に同意し、ヒカルたちは虹ヶ丘家にもどるのだった。