ソラさんとともに職員室にやってきた。理由はソラさんのスポーツテストをもう一度やらせてもらうためだ。もちろん、ただ頼むのではなく、事情を説明して。
「事情はわかった。しかし、記録はもうつけているからな……」
「そこをなんとかお願いします! みんなに本当のソラさんを見てほしいんです!」
「授業は事前に計画されたうえで行われている。それを生徒1人のために変更するのは現実的じゃない。考えれば、わかるだろ?」
「……はい」
先生の言っていることは分かる。でも、このままじゃソラさんは……。
「やっぱり、難しいですか……?」
「スポーツテストをやり直すとなると、授業に遅れが出てしまう。そうなれば生徒の成績にも影響が出る。俺は教師として、それを良しとするわけにはいかないんだ」
先生は授業を受ける生徒を思っての発言。だが、僕のはただのわがままだ。僕と先生、どっちが正しいかアンケートを取れば、まちがいなく全員が先生と答えるだろう。
(それでも、それでも僕は……)
ソラさんの学園生活を、あきらめることはできなかった。気づけば僕は頭を深々と下げていた。先生が正しいのはわかっている。こんな僕を“先生を困らせるな”、“あきらめの悪いやつだ”と呆れる人もいるだろう。だが、それでも構わない。人からどんなに呆れられたとしても、僕には引き下がれない理由があるのだから。だが……。
「ムリだ。あきらめてくれ」
現実は甘くなかった。僕は食い下がろうとしたが、それは止められた。ソラさんが僕の肩に触れて、“もう十分ですよ。ありがとうございます”と微笑んだからだ。
「ありがとうございます。私のためにここまでしてくれて……」
「礼はいいよ。結局僕はなにもできなかったから……」
みんなに本当のソラさんを見てもらいたかった。でも、先生が言ったとおり生徒1人のために授業を遅れさせるのは現実的じゃない。そんなの誰でもわかることなのに、僕は自分のわがままを通そうとした。こんな時改めて思う。自分はまだ子どもなんだ、と。
「ヒカル君、私思ったんだけど、なにもテストにこだわることないんじゃない?」
「どういうこと?」
「ようは本当のソラちゃんを見せられればいいんだよね? それなら方法はまだあるよ」
ましろさんはそう言うが、僕はなにも浮かばなかったので、ましろさんの言う方法を聞くことにした。
「それって、どんな?」
「個人でスポーツ大会を開くんだよ。放課後の運動場は部活動生が使ってるからムリだけど、河川敷だったら使えるし」
「つまり、みんなをそこに呼びだしてソラさんの本気を見てもらうってこと?」
「そう。来てくれるかの問題はあるけどね……」
必ず受ける授業ならともかく、個人でやるとなれば強制はできない。でも、方法はそれしかなさそうだ。
「みんな、聞いてくれ」
教壇に立って声をあげると、談笑していたみんなの視線が僕にむく。
「今日の放課後、河川敷でスポーツ大会をやる。そこにみんなも来てほしいんだ」
みんなが首をかしげる。“なんで?”といった顔だ。
「いきなりでビックリだけど、なんでわざわざそんなことを?」
みんなを代表してか、軽井沢君が挙手をして聞いてくる。これは当然の疑問なので、答えは既に用意している。
「今日、ソラさんがスポーツテストに参加してるのを見たよね?」
「見たけど……普通の記録だったよね? 誰でも出せるような……」
でも、それはソラさんの本当の記録じゃない。本気でやらないと真の記録とは言えないからだ。
「でも、それがどうかしたの?」
「それは本人から説明がある。ソラさん、お願い」
「はい」
僕と入れ替わる形でソラさんが教壇に立つ。
「まず私は、みなさんに謝らないといけないことが2つあります」
覚えがないからか、みんなが“どういうことだ?”と騒ぎだすが、ソラさんは構わず続けた。
「1つ目は、自己紹介の後、私は恥ずかしがり屋だと言いましたが、それはウソです。私は早くこの学校に馴染みたくて、みなさんと仲良くなれるのならと思ったらついあんなことを言ってしまったんです……」
申し訳なさそうに顔をうつむかせながら話すソラさん。その様子をみんなは黙って見ている。真剣に聞いてくれているのだろう。
「2つ目は、スポーツテストの時手加減をしてしたことです。私は普段から体を鍛えてて、運動には自信があるのですが、本気でやってすごい記録を出すと変な目で見られると思って、真ん中程度の記録になるよう加減していたんです。でも……」
ソラさんがこちらを横目で見てきたので頷きで返すと、ソラさんも頷いて視線をみんなのほうにもどす。
「でも、気づいたんです。本当に友だちになりたいなら、自分を偽っちゃダメだって。ありのままの自分を見せなきゃダメだって」
「そこでありのままのソラさんを知ってもらうためにスポーツ大会をやることにしたんだ」
「あの……質問なんだけど……」
女生徒が控えめに手を挙げる。
「なに?」
「それって強制参加? 私今日用事あるんだけど……」
「授業じゃないからもちろん強制じゃない。来たい人だけ来ればOKだよ」
もちろん、理想はみんな来てくれることだけど、みんなにはみんなの予定があるだろうからね。
「みなさん、ふるってご参加ください! お願いします!」
深々と頭を下げるソラさん。あとはみんなを信じる待つだけだ。
「大変だ! みんな大変なんだよ!」
男子生徒が慌てた様子で教室に入ってくる。
「どうしたの?」
「転入生っぽいやつが学食の飯を食いまくってるんだよ! お金も払わずに!」
「は!?」
転入するなり無銭飲食とか、どういう神経してるんだ……?
「無銭飲食なんて許せません! その人の特徴を教えてください!」
「モヒカンにカバみたいな顔したやつだけど……さっき中庭に歩いていくのを見た」
モヒカンにカバみたいな顔……まさか。
「ヒカル君、転入生っぽい人って……」
「多分当たってると思う。行こう!」
無銭飲食犯を捕まえるべく、校舎裏に向かう。そこには案の定あいつ―――カバトンがおり、両手には学食から盗んできたであろうパンを抱えている。転入生を装うべく制服を着ているが、明らかに改造されている。というか、その見た目で転入生はムリあるでしょ……。
「無銭飲食してたのはやはりあなたですか。一度ならず二度までも……お金はちゃんと払わないとダメなんですよ!」
「ここは本当にいいところなのねん。食べ物に困ってた俺からしたらまさに天国! 楽園なのねん」
上機嫌に言ってメロンパンをぱくり。
「う~ん、このサクサク感とふわふわ感、メロンの風味がたまらないのね~ん」
カバトンはああ言っているが、メロンパンは見た目がメロンっぽいだけで、本当にメロンが入っているわけではない。
「それに邪魔者のおまえらまでついてきた。今日こそおまえらを倒し、その後でじっくりプリンセスを探すことにするのねん!」
「まだあきらめてなかったんだね……」
「当たり前なのねん! カモン! アンダーグエナジー!」
制服を脱ぎ捨て、アンダーグエナジーを拳に込める。それは近くにあったベンチに注がれ、ランボーグへと変化させた。ランボーグの存在に気づいた生徒たちはその姿に恐怖し、逃亡。みんなを怯えさせたのは心苦しいが、これでここにいるのは僕たちだけ。それにカバトンは僕らにしか眼中にないようだから、無関係の人がケガをすることもない。つまり、心置きなく戦えるということだ。
「ヒカル君! ましろさん!」
「うん!」
「わかってる! ここからは、ヒーロータイムだ!」
ミラージュペンを取りだし、プリキュアへと変身した。
「無限にひろがる青い空! キュアスカイ!」
「ふわりひろがる優しい光! キュアプリズム!」
「大空にひろがる稲光! キュアライトニング!」
「レディー、ゴー!」
『ひろがるスカイ! プリキュア!』
決め台詞を合図にベンチの形状をした巨腕を振り下ろす。僕らは後ろに下がって回避するが、振り下ろしをまともに喰らった地面は大きくへこんだ。それから次々と振るわれる腕を回避していくが、その度に周囲のものが破壊されていく。倒したら元に戻るとはいえ、やっぱり気分のいいものじゃないな……。
「はっ!」
プリズムが光弾を飛ばすが、対してランボーグは両腕を前でくっつけた。ベンチで構成された腕は盾となり、光弾をかき消した。
「防がれた!?」
「なら私が! ヒーローガールスカイパンチ!」
空を切りながらランボーグにまっすぐむかい、パンチを繰りだすスカイ。だが、それでも盾を破ることはできず、殴り飛ばされてしまった。
「スカイ!」
飛んできたスカイを受け止めようと、彼女の軌道線上にいく―――まではよかったものの、飛んできた勢いが強すぎたせいで受け止めきれず、壁に背中を叩きつけられた。プリキュアじゃなかったらまちがいなく入院案件だ。
「ライトニング、大丈夫ですか!?」
「たいしたことない……それより、ケガはしてない……?」
「私は大丈夫です……。ライトニングがクッションになってくれたので……」
それはなによりだ。
「2人とも、大丈夫!?」
僕とスカイの身を案じて、プリズムが近づいてくる。僕は“大丈夫だ”と言うと、ランボーグに視線を向けた。
「あの腕、厄介だな……。半端な攻撃じゃビクともしない」
「もっと威力のある技じゃないとダメってことですね」
「というよりは、盾で防げない場所を攻める感じかな?」
「盾で防げない場所……あ、そういえば!」
どうやらプリズムは気づいたようだ。あの盾の弱点を。
「な、なんですか!? 私にも教えてくださいよ~!」
「ならヒント。あの盾、腕を前にすることで使われてるでしょ? そうしたら守れる場所はどこになる?」
「腕を前にしてるから……あ、前! 前です!」
「正解。ならどこを攻めるべきかもわかるよね?」
「はい! 前以外のところですね!」
「よし、なら僕とプリズムが突っ込むから、タイミングを見てパンチを叩きこむんだ」
スカイから“まかせてください!”と元気な返事を聞いた後、僕とプリズムは真っ直ぐランボーグに向かっていく。ランボーグは僕のパンチ、プリズムの光弾を盾で防ぐが、今重要なのはダメージを与えることではない。注意をこちらに向けることだ。
「スカイ! 今だ!」
「はい! ヒーローガールスカイパンチ!」
ランボーグの背後からスカイが突っ込んでくる。ランボーグはそれも盾で防ごうとするが、スカイに注意を向けていなかったことで反応が遅れ、殴り飛ばされた。ちなみに吹き飛ばされた先にはカバトンは下敷きになり、身動きが取れないでいる。
「お、重いぃ……さっさと立つのねん……!」
「これでトドメだ。ひろがるライトニングキック!」
空中に跳びあがり、雷をまとった飛び蹴りを喰らわせる。カバトンはギリギリのところでかわせたが、ランボーグはまともに喰らい、元のベンチにもどった。
「見ないうちにここまで……。まあ、今日はおいしいものいっぱい食べれたからよしとするのねん。カバトントン!」
満足げにそう言うと、カバトンは去っていった。また食い逃げしていったよあのカバ……。
「これはしばらく、学食を利用するのはムリそうだね……」
「そうですね……。ここの学食も楽しみにしていたのですが……」
「オススメのメニューも食べられてるだろうからね……食い意地の張ったカバだよほんと……」
案の定、学食はしばらくの間利用停止となった。ソラさんにオススメのメニュー食べさせたかったのに、カバトンめ……。
―――――
放課後。僕らは河川敷にいた。スポーツ用品に体操服を着ていつでも始められる、という状況なのだが、まだ1人も来ていない。
「あれから30分たつけど、来ないね……みんな」
「ですね……やはりこういう催しでは参加意欲がわかないのでしょうか……?」
あるいは外せない用事がある、のどちらかだろう。1人くらいは来てくれると踏んでたけど、見通しが甘かったかな……?
「ヒカル君、どうする……?」
「もう少しだけ待ってみよう。まだ時間はあるからね」
ギリギリまで粘ろうとさらに30分待ったが、みんなは来る気配はまだ来ない。これは、もう……。
「……帰りましょうか」
「ソラさん……」
「ありがとうございます。私のためにここまで計画してくれて。でも、もういいんです。次の体育で本当の私を見せます!」
ソラさんは明るく振る舞っているが、顔は今にも泣きだしそうだった。僕は悔しかった。ソラさんの力になれなくて。せっかくヨヨさんが手回しをしてくれたのに、こんなスタートになって……。これじゃ、ソラさんの学園生活は……。
「っ……」
頬に透明色の液体が伝う。その時、僕は自分が泣いていることに気づいた。ソラさんの力になれなかった自分の不甲斐なさを思うと、涙があふれて止まらなかった。
「ヒカル君どうしたんですか!? なんで泣くんですか!?」
「ごめん……ごめんねソラさん……力に、なれなくて……っ……」
どうすればよかったんだろう……どうすれば、上手くいってたんだろう……? そんなことを考えたら、後悔がどんどん募って、嗚咽はどんどん大きくなった。
「……」
泣きじゃくる僕をソラさんは抱きしめる。わからない。なんでソラさんが僕を抱き締めるのか。
「ソラ、さん……?」
「十分、十分だよ。ここまでしてくれただけで、私はすごくうれしい」
いつもと違った砕けた口調。急な変化に驚きを隠せないが、ソラさんはそれを知ってか知らずか、頭を優しくなでてくる。まるで小さい子をあやすかのように。
「うれしいって……こんな結果になったんだよ……? なのに、なんで……?」
「たしかに来てくれればいいな、とは思ってたよ? でも、チャンスはまだいくらでもあるから……」
言いながら、僕の口の端を指で持ち上げる。
「だから泣かないで、笑って。君が泣くと、私も悲しくなっちゃうから」
“ね?”と言ってソラさんは微笑む。ソラさんを悲しませたくない。そう思い、僕はがんばって笑顔を作った。
「じゃあ、片づけましょう! そして明日から―――!」
「お~い!!!」
ソラさんの言葉をさえぎるように声のほうに目を向けると、軽井沢君たちが手を振りながら走ってきていた。もう来ないと思っていた。みんなを信じることを放棄しかけていた。なのに、どうして……?、
「はぁ……はぁ……よかった……まだ帰ってなくて……」
膝に手を当てながら息を整える。まさか、ここまで走ってきたのか……?
「たしかましろさんのお友だちでしたよね? 来てくれてありがとうございます!」
「私たちだけじゃないよ。みんなもほら」
むこうのほうに目をむけると、クラスのみんなが手を振っていた。しかも……。
「君は……」
あの時、スポーツ大会は強制参加なのかと質問した子まで来ていた。
「用事があるんじゃなかったの……?」
「考えてみたら大した用事じゃないし、後回しでもいいかなー……なんて……あはは」
そう言って、苦笑する。あの時ああ言ったのは本当に用事があったのか、それとも来れない口実だったのかわからないが、そんなことはどうでもいい。今は来てくれたことのほうが、うれしいから。
「本当はさ、もっと早く来ようと思ってたんだけど、迷ってるみんなを説得してたら、遅くなっちゃって……」
「説得?」
「うん。話を聞くと迷ってるっぽかったからさ」
そういうことだったのか……来てくれるだけでも十分だったのにそこまでしてくれてたなんて……いい人たちだ。そんな人たちを、僕は……。
「ごめん!!」
申し訳なくて、深々と頭を下げる。
「え!? なんで謝るんだよ?」
「君たちは裏でそこまでしてくれてたのに……僕は君たちが来ることを、信じることをやめようとしていた……だから」
「いやそれ、稲葉君は悪くなくない? 遅れたのはこっちのほうだし、説得のほうだってこっちで勝手にやったことなんだからさ」
「そうだよ稲葉君。それよりやるんでしょ? スポーツ大会」
「そうそう! 早くソラちゃんの本気ってやつを見せてくれよ! 俺それが気になって来たんだからさ!」
そうだ、時間は限られてる。早速今から―――。
「こういうのをやる時は大人が見ていたほうがいいんじゃないか? 稲葉君」
言葉をさえぎりながら1人の大人が歩いてくる。先生だ。
「先生!? どうしてここに!?」
「ここで催しをやると生徒から聞いて気になってな。こんなに集まるとは思わなかったが」
クラスメートをぐるりと見渡しながら言う先生。それは僕も同じですよ。
「進行は俺が務めよう。ハレワタ―ルさん、君の本気を見せてくれ」
「まかせてください! 運動には自信ありますから!」
そして、ありのままのソラさんを見たみんなは彼女を称賛し、友達の輪は広がった。みんなに囲まれて笑っているソラさんが見れてうれしくなった僕は……。
(よかった……本当に、よかった……)
また涙を流すのだった。
―――――
【~♪】
自宅で宿題をしていると、スマホから電話が鳴る。手に取って着信元を確認すると、ソラさんからだった。
「もしもし」
【ヒカル君、今時間いいですか!?】
異世界人であるソラさんはスマホを持っていなかった。だが、いざという時に連絡手段は必要だろうと思い、ヨヨさんが持たせてくれたのだ。
「大丈夫だよ。それで、なんの用?」
【えっとですね……あらためて、今日のことでお礼を言いたくて、お電話? したんです】
言い慣れていないのか、電話の発音に違和感を感じた。ヨヨさんの話だとスライランドに電話はなく、手紙が主な連絡手段としてるらしい。そう考えればソラさんがこうなるのも当然だろう。
「あの結果を出せたのはソラさんがやる気になったからだよ。僕はその手伝いを少ししただけで」
【でも、それがなかったら私はクラスのみなさんと友だちになることはできませんでした。本当の自分に、フタをしたままでした】
だから僕は反論した。それじゃあ本当の友だちができるとは思えなかったから……。
【でも、それじゃダメだって気づかせてくれたのはあなたです。あなたはさっき少し手伝っただけと言いましたけど、私にとってそれは不可欠なものだったんですよ。絶対に】
「そこまで言っちゃうんだ」
【言っちゃうんです。それくらい、大事なことだったんですから】
僕はソラさんが楽しい学園生活を送れることがなにより重要だった。笑い合える友だち、学校行事で楽しい思い出。それをたくさん作って、ソラシド学園に来てよかったって思ってほしい。だから、スポーツ大会でみんなが来ないと思った時は自分の力不足が悔しくて泣いちゃったけど……。
【だから、ありがとう……ヒカル君】
砕けた口調で礼を言うソラさん。急な不意打ちにドキドキしつつ、僕は“どういたしまして”と返すのだった。