エクスが廃墟の街にたどり着いた時、日はすっかり落ちていた。
廃墟は暗く静かだ。当然ながら、電気の類も通ってないので明かりは一切ない。
ヘルメットに搭載された暗視装置のおかげで何とか行動は出来るものの、視界は悪く、捜索は困難を極める。
エクスは大人しく捜索をやめて、廃墟の片隅で腰を下ろした。今夜はこのままここで野宿をしよう。
夜は視界が悪く、気温も下がる一方だ。温度は
廃屋の壁に身を預けて息を潜める。静かに朝を待っていた。
夜の闇に紛れて、自身の装着するTENBAの微かな呼吸と、自身の呼吸が重なる。
己から発せられる微かな生命の脈動に交じって、どこからともなく足音が聞こえてきた。
じりり、じりりと地面を擦って歩く音がする。
接近する存在に気が付いたエクスは息をのんだ。音はだんだんと大きくなる。
やがて目視できる距離にまで音の主がやってきた。ヘルメットに内蔵されたAIが標的を補足。
モニターは、目の前にいる存在が
足音の主は、近くで動きを止め、何やらガサゴソと物音を立てる。
シュボッ……パチパチパチ……
周囲が明るくなった。
焚火……
エクスが警戒を強めていく中、正体不明の存在は手際よく火を強めて、尚も作業を続ける。
そして、辺りに充満する美味しそうな匂い。
焼き肉の、匂い……ッ!
「なんで肉焼いてんだお前!」
エクスが突っ込みと共に体を起こす。焚火を焼いていた人物は、何食わぬ顔で肉を焼きながら静かに答えた。
「お腹が空いた。」
焚火よって照らされた、大きな兜のような頭部。肩には分厚い板状の袖。かつて戦国武将が着ていたとされる甲冑に似た
ツバキが好んで着ていたサムライモチーフの四肢。ツバキが愛用しているものと全く同じバイブエンジン。その名も『
エクスが愛用しているTENBAシリーズと同じ開発元である、天羽社が開発した女性用バイブエンジン、居浪刃シリーズ。
居浪刃もまた、TENBAと同じく歴史に名を連ねた多大の信頼を受ける汎用エンジンで、素人から達人まで幅広く多くの
サムライをモチーフにした、特徴的なオーダーメイドの四肢はよく目立つ。
間違いない。コイツがツバキの探している弟子だ。
「シリオか?ツバキの弟子の。」
エクスが聞くと、シリオは肉を焼きながらこくりと頷いた。作業の手は一向に止める気配がない。
「いくら捨てられた街とは言え、夜に肉を焼くのは無謀だろう。火を消せ。」
「無理。まだ肉が焼けていない。」
どうやら話を聞く気はないらしい。
夜の焚火は危険だ。ましてや肉を焼くなど愚の骨頂。
光が
火を消そうとしないシリオにしびれを切らしたエクスが、焚火に近寄り砂をかけようと足を上げる。
その動きを察知したシリオは、エクスが足を蹴り上げるよりも早く彼の元に接近すると、掌底で体を吹っ飛ばして建物の残骸にエクスを機体諸共叩き込んだ。
一瞬の出来事であった。
エクスは廃材に埋もれながら、声を荒げる。
「へえ。流石ツバキの一番弟子。やるじゃねえか。」
怒ったエクスとは対照的に、至って冷静なシリオは相変わらず肉を焼きながら、焚火に燃料を足す。
「君は弱すぎ。食事の邪魔。」
焚火に薪をくべるついでに、エクスの怒りにも燃料を投下する。
「オーバードライヴ。」
静かに起動語を唱えたエクスのTENBAエンジンがうなりを上げる。怒りの最中でも素早く勃起した性器が高速でしごかれ、オナホの中に精を吐き出す。
スラスターが激しく火を噴き、残骸を噴き散らして爆ぜる。
超高出力の推進力と共にシリオに接近したエクスが、顔面目掛けて男女平等右ストレートをぶち込む。
拳が撃ち込まれる様子を見ていたシリオは、至って冷静に右手で打撃を体の外に受け流す。焚火と加熱中の肉塊を争いの外に逃がし、臨戦態勢に入ったエクスを蹴り飛ばして肉から遠ざける。
「肉なんか焼いて、近くに犬系統の
エクスが叫びながら腹部に叩き込んだ拳は、シリオが事も無げに体の外に逃がした。出力を上げて身体能力を高めているというのに、シリオは顔色を少しも変えずに最少最適の動作で確実に処理を済ませる。
「問題ない。その程度の
高速機動で体術を繰り出しながら、口喧嘩を交わす。エクスの猛攻は一切シリオに届いていない。
むしろ、合間をぬっていくらでも反撃が飛んできそうなものだが、それをする気もないといった様子でシリオはエクスの攻撃を防ぎ続けている。あえてかしこまっていない言い方をするならば、舐めプと言う奴だ。手を抜いている。
「そんな適当な生活なんかしているから、遭難なんかするんじゃないのか!?」
エクスの精神攻撃にシリオの動きが一瞬だけ止まった。その隙を狙って素早く蹴りを差し込むも、あっさり避けられる。
「それとこれとは関係のない話。何故シリオが遭難しているとわかった?」
「ツバキが俺に頼んだんだよ!弟子を探して連れ戻してこいってなァ!」
「……?嘘。こんな弱い人にツバキが頼みごとをするわけがない。」
「言わせておけばッ!」
エクスの打撃が一切通らないまま、一分が経過した。
シリオは相変わらず涼しい顔で体を動かしながらエクスの攻撃を無効化し続けている。そうこうしているうちに、焚火の匂いにつられた三匹のメカポメラニアンがベロを出して呼吸しながらやってきた。
「……来ちまったじゃねえか。」
「これは君が暴れたせい。」
シリオは無表情でエクスを非難した。
メカポメラニアンのクラスは
エクスは腰にしまっていたマンティスダガーを左右の手でそれぞれ引き抜き、素早く投擲してメカポメラニアン二匹を瞬殺。
残った一匹が牙を剥いてエクスに跳躍。牙がエクスに触れるよりも先に、左手のマンティスアームを起動。鎌を加工して作られた爪が拳の前方に展開。鋭い二つの刃はバターをナイフで切るように容易くメカポメラニアンを切り裂いて三枚におろした。
戦闘終了。
「お前の出番、なかったな。」
エクスがにやにやしながらシリオの方を振り向くと、シリオは焼けた肉を無言で頬張っていた。
エクスの顔から笑顔は消えた。
◇
メカポメラニアンとの戦闘から一時間以上が経過したが、相変わらず目の前では焚火が燃え続けている。
注意することにもすっかり疲れたので、エクスは無言で、シリオが通算十七枚目の分厚い肉を焼く様子を胡坐をかきながら見ていた。
「そういやなんで遭難してたんだ?シリオの強さならいつでも帰ってこれると思うんだが。」
怒るのが面倒になり、おとなしくシリオと焚火を囲むことにしてから、数分に一度このように話しかけている。シリオは口数が少なく、自分から話すことはほとんどないが、話しかけられたら必要な会話はする。そういう性格のようだ。食事の邪魔さえしなければ何をしても許されそうである。
自己紹介と、ツバキに捜索を頼まれたこと、夜が明けたらマグに帰るということも伝えてある。
「マグのスケジュールを覚えるのが面倒くさい。長期の依頼を受けるといつも迷子になる。」
「……なるほど。」
ツバキから聞いた話だと、シリオの傭兵ライセンスは
突風が吹いて、焚火を揺らした。同時に、ヘルメットを脱いで夜風に晒していたシリオの短い金髪も激しく横に流れる。
焚火に照らされたシリオの唇は肉の脂で、てっかてかだった。
ちょうどよく焼けた肉塊を、シリオは流れるように口に肉を突っ込むと瞬時に胃袋の中にしまった。
それで最後の肉塊だったのか、今まで止まることなく肉を焼き、食べ続けていたシリオの手がようやく止まった。
行き場を失ったシリオの手が、力なく地面に垂れている。
焚火が揺れるたびに脂でてかった唇が目に入るのが気に入らなかったエクスは、マグから出撃する時に担いできた鋼製の超硬度倉庫からタオルを取りだしてシリオに投げる。
「口拭け。」
シリオはタオルを受け取ると、顔をごしごしと拭いた。顔を拭き終わると、思いついたかのようにぽつりと話す。
「エクス。水欲しい。」
「はあ?水持ってねえのか?」
「あるけど、おいしくない。泥水。」
予定より早くシリオが見つかったので物資には余裕がある。水を要求するシリオにおとなしく水筒を投げて寄越した。
シリオは受け取った水筒を開けて、二リットルの水を一気に飲み干すと、立ち上がってエクスの元に近寄る。大きな機体を器用に扱って横になり、生身の頭をエクスの胡坐をかいた古臭いポンコツレッグパーツの上に乗せた。
「……何やってんの?」
「枕が無いと寝れない。」
「……」
エクスのため息。
しかし、シリオの気持ちがわからないわけでもないエクスは、倉庫の中からもう一枚タオルを取り出すと、シリオが握ったままの口を拭いた使用済みタオルをひったくって重ねてエクスの脚部装甲の上に乗せた。
「強化四肢は脱いでもいいぞ。夜明けまでずっと俺が見張りをしてやるから。」
ヘルメットを脱ぎ、食事を取っていたシリオと違って、エクスは常時フル武装で周囲を警戒していた。
シリオはエクスの助言通り強化四肢を脱いでスーツだけになると、エクスの膝の上で横になった。
胡坐をかいた膝の上で丸くなって寝ている様子は、まるで猫のようだ。
「エクス。ありがとう。」
お礼を言うと、シリオはすぐに寝息を立てて静かになる。恐ろしく早い入眠に驚いたエクスが寝顔を確認したが、どうやら本当に寝ているようだ。
マグの外での生活は気が抜けない。気を張り詰めたまま過ごした一週間の疲れが、まとめてやってきた可能性がある。エクスは静かにライトアームを外すと、スーツだけまとった右手でシリオの頭を撫でた。埃や油で汚れた髪を優しくとかしていく。
しばらくそうやって頭を撫でていると、不意に風が崩壊したビルや民家の隙間を通り抜けてやってきて、焚火の明かりを荒々しく吹き消した。