地平線の端から朝日が昇り始めた頃、まだ周囲が薄暗い中からエクスたちは動き始めた。
マグにたどり着くまで丸一日はかかるだろうと、余裕をもって道程を組み移動する。
移動を始めてから数時間が経過し、太陽が高く真上で輝き始めたころ、エクスたちは荒れ果てた砂漠の真ん中を進んでいた。
照り付ける太陽の熱で機体はアツアツになる。スーツは断熱防寒、水陸両用と隙が無い設計ではあるが、温度調節機能も例によって生体エネルギーを利用しているので体力の消耗は激しくなる。
自身の呼吸が乱れていくのを感じながら、エクスは後から続いてきているシリオに声をかけた。
「そろそろ一息入れようぜ」
返事はない。声が聞こえなかったのかと思い、振り返る。
そこにシリオの姿はなかった。どこにも彼女の姿が見当たらない。
ヘルメットを操作して外部スピーカーを起動する。
『シリオ?』
スピーカーで増幅されたエクスの声が砂漠に広がる。
しかし、その声が肝心の少女の元に届くことはなかった。
砂と風だけがある不毛な大地のど真ん中で、孤立したエクスは強化右腕を動かして頭を掻いた。
『……もしかして、また迷子になっちまったのか?』
◇
羽を乱暴にむしり取って、雑に皮を剥いだ鶏肉を、頑張る太陽の光で激しく熱くなった肩の袖で焼く。板状の袖は太陽光を直に受け取る上に、肉を乗せやすく、突発的バーベキューパーティをするのにはとても向いている。
そんなわけがない。本当はちゃんと鉄板で焼きたいが、無いものは無く、これで代用するしかない。
それなりに遭難生活に慣れたシリオが身に着けた、無駄な焼き肉技術はこれでもかと言うほど能力を発揮し、綺麗に肉を焼いていく。見つけた食料は逃すわけにはいかない。これもまた遭難生活で学んだ重要な知識だ。
しかし、なんという事でしょう。
狩りに夢中になり、帰路を離れ、気付けば、帰るために重要な案内人の姿を見失ってしまったではないか。これは困った。
「困った。」
出来立てのアツアツチキンを頬張りながらシリオは景色を眺める。砂と岩だらけの土地に人影は無い。巨大な津波のように谷と山が断続して続く砂の大海原で、シリオは空を見上げた。
「まだ近くにエクスがいるかも。ここから動かない方がいい。」
幸い、水や食料はエクスからいくつかもらっている。二日は耐えられるだろう。
どっかりとその場に腰を下ろして迎えを待つ。持参していた携帯倉庫の中から水を取り出して飲む。
ふと、違和感。尻の下で振動を感じる。エンジンや機体の振動ではない。大地が震えている。
静かな振動ではあったが、座っていたおかげで気付けた。
持った水筒を見る。滑らかな水面は小刻みに揺れて、この揺れが確かに地面が揺れている事を知らせていた。
「この揺れは……地震じゃない。」
揺れが少しづつ大きくなる。地下の砂をかき分けて、何かがやってくる。
荷物を放り出して、ヘルメットを被りその場から大きく飛び退く。シリオが地面を蹴った直後、砂漠に転がっていた携帯倉庫が爆散した。
地下から地面を突き破って飛び出てきた何かが、携帯倉庫を破壊したのだ。
砂が激しく舞い上がり、砂粒が光沢のある機体を伝って地面に流れていく。
倉庫に食い込むものは、巨大な鋏。鋭利な鋏が分厚い鉄板で出来た倉庫を破壊している。
四対の足。黒く大きな体。そして長く、まるで尻尾のように伸びた特徴的な腹部の先には、彼らを象徴する太く大きな尾節が付いている。
現れたものはメカスコーピオン。サソリをモチーフにした巨大な
砂が舞い上がったことによってできた煙幕が晴れ、メカスコーピオンの全貌が見える。
長い終体だけで三メートルはある。人の胴体ほどもある大きな鋏が一対。すべての体長を含めば十メートルはあるだろうその巨体を、素早く動かしてメカスコーピオンはシリオに鋏を向けた。
黒く巨大な背中には醜悪な光景が広がっている。
「……」
メカスコーピオンの背中には、大量の幼体メカスコーピオンが張り付いていた。親メカスコーピオンの体が見えなくなるほど幼体メカスコーピオンで埋め尽くされた背中に、一人の裸の女性が乗っている。四肢をもがれ、目は虚空をさまよい、口から涎を垂らし続けている女性の体に、無数の幼体が群がり、股間に鋏角を埋め、膣を掻きまわして愛液を貪る。性感帯と言う性感帯に無数の毒蟲がへばりついては執拗に恥部を責め続けていた。
「趣味が悪い。」
シリオが吐き捨てるように言った言葉を、理解するはずもない鉄の塊が吠えて応え、尾節に備わった電磁パイルバンカーを激しく振動させて臨戦態勢に入る。
四対の足を素早く動かして砂地を這いずり、素早くシリオに接近。巨大な鋏がシリオの体を引き裂くべく突き出される。
シリオは大きく下がって避ける。が、続けてメカスコーピオンから五発の弾が打ち出された。銃弾ではない。体長五十センチほどの幼体メカスコーピオンが五匹、親の背中から飛来したのだ。
シリオは冷静に腰の大太刀を素早く抜くと、二度振って、まるで蜘蛛の糸でも払うかのように軽く五匹の幼体を斬り捨てた後、納刀した。
幼体とは言えど、彼らは鉄の塊であり
メカスコーピオンの背中からさらに幼体が飛び出す。親の背中を蹴って飛び上がった子供たちの数、総勢二十匹。小規模な流星群のように降り注ぐ幼体達を冷めた目つきで眺め、短くため息を吐いたシリオは腰の大太刀に手を当てた。
「我流一式――」
眼前に幼体の群れが迫る。冷静に……と言うよりも眠そうな顔をしたシリオが強く大太刀を握りしめた。
一切の動きを見せないシリオに、容赦なく二十匹の幼体が牙を剥く――
――キンッ
短く鍔鳴り。シリオは大太刀を抜いていない。総勢二十匹の幼体も、対峙するメカスコーピオンも、シリオが大太刀を抜いた様子を見なかった。しかし鍔鳴りだけが戦場に響き、
「
続けて、不可視の
縦横無尽に解き放たれた斬撃の軌跡は、分断された二十匹の死体から推測することしかできない。
この場にいる誰もが、技を使ったシリオ自身ですら、その剣速を視界に捉えることが出来なかった故に。
故に不可視。
すべてを置き去りにする圧倒的速度で打ち出された神速の斬撃は見事に二十匹の幼体を切り捨て、メカスコーピオンの遠距離攻撃を無為にした。
「芸がない。」
メカスコーピオンは遠距離攻撃が効かない事を察すると、距離を詰め接近戦に持ち込む。
突き出された鋏を、横に避けてすれ違い様に斬撃を入れる。が、刀は金属同士がぶつかる嫌な音を立てて弾かれた。メカスコーピオンの外骨格の方が硬い。
「クソサソリ。等級はいくつだったかな。」
シリオは少々忘れっぽいところがある。それなりに傭兵暦の長い彼女だったが、どうやらメカスコーピオンの等級を忘れてしまったようだ。
全身を固い外骨格に覆われたメカスコーピオンに刃を通すのは骨が折れる。本来のサソリの殻はそこまで硬くないはずだが、相手はサソリではなくメカスコーピオン、
鋏よりは背中やお腹の方が刃が通りやすそうだと考えたシリオは、素早く左右に動いてメカスコーピオンを翻弄。メカスコーピオンはシリオを真正面に捕らえ続け、対抗。隙は少ない。
重量のある巨体を器用に動かし、砂を巻き上げる。
決め手に欠ける。オーバードライヴを使うか、と一瞬思った。
しかし、体力の消耗が激しい。長期の遭難に加え、長時間の移動の最中だ。ここでオーバードライヴを使ってしまっては、動けなくなってしまう可能性がある。
だが、使わなければジリ貧だ。決着がつかないまま体力を消耗しきって、これまた倒れる可能性がある。
「……オーバードライヴ」
静かに起動語を唱えてオーバードライヴを発動する。球体状の『居浪刃』非挿入型バイブエンジンがうなりをあげ股間を刺激する。
「……っ、んんっ!!」
イくのは一瞬だった。慣れた腰使いで素早く、自分が一番気持ちよくなれるポイントにエンジンを誘導し絶頂する様は熟練のオナニスト。戦場で絶頂する速さにこだわり抜いた達人の腕前が光る。
エネルギーを供給された機体が光を纏う。オーガズムメーターの値が目まぐるしく変動し、機体が最高出力で稼働する。
スラスターが勢いよく噴射し、シリオの体が亜音速で加速。メカスコーピオンの真上、高度二十メートルまで一瞬で飛び上がる。メカスコーピオンは激しい多面的な動きについて来れない。
「我流一式――
スラスターの推進力と、高度からの落下による重力が合わさり、通常の突きよりも遥かに高い破壊力を持った一撃がメカスコーピオンの背中に突き刺さる。衝撃で背中の上に乗っていた幼体達はすべて吹き飛び、苗床になっていた女性は血液と臓物と共に散乱した。
圧力が加わったメカスコーピオンの外骨格が軋み、大太刀が火花を散らして震える。
「刺さって――」
大太刀に祈るような声が、思わずシリオの口から漏れた。刃はかかる圧力に耐えながら右に左に曲がる。今にも折れてしまいそうだ。
ペダルを限界まで踏み込み、スラスターの出力を上げ続ける。噴射の轟音がヘルメット越しでも鼓膜を震わせ、ジェットの振動が体全体に伝わる。
「刺さって、お願い。」
激しく振動する体と大太刀。刃の切っ先は硬い外骨格にめり込み、装甲を貫いた。
「やった――」
その瞬間、大太刀は半ばから折れて砕ける。
折れた刀身の切っ先は、まだ二十センチ程しか刺さっていない。
まだメカスコーピオンの息の根は、止まっていない。
シリオは折れて使いようがなくなった柄の部分を、まだ刺さっている刀身に当てて押し込む。
返り血で濡れたヘルメットの中に、ほんの少しの焦りが滲む。
バシュンッ!
鋭い音共に、シリオの機体に電撃が放たれた。
メカスコーピオンの尾節に備わった、電磁パイルバンカーから放たれた短距離電磁パルス――EMPだ。
「しまった……!」
機能を阻害され、シリオの機体は完全に動きを止めた。EMPの影響でヘルメット内部のモニターも大量のエラーを吐き、視界もはっきりしない。生身の体でいくら力を込めても、指一つ動かせない。
まさしく、サソリを象ったメカスコーピオンに相応しい、
背中の上で動けなくなったシリオの体に、大量の幼体が群がる。幼体は、シリオの機体全身を嘗め回すように這いずり、入り込む隙間を探す。彼らの小さな鋏や針がシリオの機体を少しづつ削っていく。
メカスコーピオンの尾節、巨大な電磁パイルバンカーが激しい駆動音を出しながら近づいてくる。
青い電気を迸らせながら振動する電磁パイルバンカーは、シリオに狙いを定めた。一メートル近い長さの巨大な杭。機構から打ち出されてしまえば、たちまちシリオの機体を見事に貫通するだろう。
数秒後、電磁パイルバンカーに貫かれた自身の無残な姿が脳裏に浮かんだ。
迫る衝撃に耐えるため、歯を食いしばって目を閉じる。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
瞼の裏の闇の向こうから、少年の怒号が聞こえてきた。思わず目を開ける。
叫びながら、空からエクスが降ってきた。
猛スピードで落下してきたエクスは、展開したマンティスアームをメカスコーピオンに突き刺さったままのシリオの刃に突き立てる。
鈍い音を立てて、マンティスアームはメカスコーピオンの装甲に阻まれた。
「刺さらねえ!」
エクスは型落ちの中古機体を限界まで稼働させて、全力をマンティスアームに込める。
メカスコーピオンの体は、火花を散らし、体が歪む音を立ててはいるが、未だに刃は通らない。
電磁パイルバンカーはシリオから狙いを外し、エクスの方を向いた。電磁パイルバンカーはエクスの死角に位置している。
「エクス!毒針がそっちを向いてる!急いで!」
「分かってる!」
押し込んだマンティスアームは火花を散らしながらメカスコーピオンの体を削る。刃はまだ通らない。
「もう少し、もう少しなんだ!」
「エクス!」
「分かってるって!」
あと一手。何かが足りない。
「ダメ、間に合わない!」
「黙ってろ!」
電磁パイルバンカーの充電が完了した。すぐにでも発射可能だ。
「うおおおおおおおおおお!!」
それは無意識だった。押し当てたマンティスアームを力強く握り込み、握り込んだことで中指がスイッチに触れる。それはクリスが勝手に追加した副機構。マンティスアームの拳を発射するロケットパンチ。
ドガアアアッ!!
轟音と共にマンティスアームが爆発する。打ち出された拳は接続部を激しく損壊させ、熱と出力を生み出しながら大量のエネルギーを消費。鎌と一体になった拳は推進力で進み、マンティスアームの刃とシリオの半ばで折れた大太刀をメカスコーピオンの体に押し込んだ。
「ギイイイイイイイッ!!」
メカスコーピオンが悲鳴を上げる。体は前後に分断され、腹部から大量の機械器官が飛び出した。
体が弾けたことにより、背中に乗っていたエクスたちは砂漠に投げ出される。砂に全身を叩きつけて、砂利と鉄が混ざる音が散乱。
メカスコーピオンは金切り声を上げて鋏を天高く掲げた後に、脱力し、腕や体は自由落下して動かなくなった。目は光を失い、機構は停止する。
エクスのヘルメット内部モニターが、目の前のメカスコーピオンに生体反応が無いことを示した。
戦闘終了。
「はあ……はあ……」
偶然だった。むしろ、ロケットパンチは誤作動だ。たまたまクリスが付けた余計な蛇足機能が運よく状況に刺さり、なんとか命拾いをした。エクスはボロボロになった強化左腕を見た。拳部分は未だメカスコーピオンの腹の中に突き刺さったままで、手元にはむき出しになった鉄製のグローブだけが残っている。もう使い物にならない。
「クリスに感謝したほうがいいのか?」
エクスは独り言を呟くと、立ち上がる。辺りを見れば、シリオが少し先で仰向けに転がっていた。
「エクス。助けて。」
シリオの体には、いくつかの幼体メカスコーピオンが張り付いていた。早く助けてやらないと……
駆け寄り、右手でマンティスダガーを使って素早く幼体メカスコーピオンを始末する。彼らはさほど強くはない。最弱等級のメカダンゴムシですら一メートルの体長を持つ。それらに比べると幼体のメカスコーピオンはカスだ。
「大丈夫か?ひどい出血だ。」
ヘルメットに大量の血液が付いている。
シリオの機体は幼体に削られ少しの損傷があったが、こちらは大した損害はなさそうだ。
「平気。ケガはない。クソサソリ野郎の電磁パルスで動けない。抱っこして。」
状況を詳しく知らないエクスだったが、シリオの救援要請から何となく大体の様子を察し、彼女を抱える。シリオは動けない状態のまま、黙ってエクスに抱きかかえられた。
「メカスコーピオンは
シリオの返答を待たずに、メカスコーピオンの近くに寄って、その巨体を日除け代わりに使う。
日はまだ高く、体力を消耗しやすい。シリオを地面に下ろし、メカスコーピオンを背もたれにして座らせた。
「エクス。水が欲しい。」
シリオのヘルメットを外し、倉庫から水筒を出す。
シリオは、エクスを見て口を開けた。
「……ああ、電磁パルスで動けないんだったな。」
水筒の水をゆっくりシリオに飲ませる。
シリオは水を飲み切って言った。
「シリオの水なくなった。また水を分けてほしい。」
「…はいよ。お前、勝手にどっか行っちまうから帰りは手をつないで帰るぞ。」
「分かった。」
冗談のつもりで言ったが、どうやら本気にしてしまったらしい。
だが、迷子の少女に頭を悩ませているのは確かだ。これで大人しくなるのなら、いい提案かもしれない。
口を開けて、まだ水をねだるシリオに水を飲ませながら、エクスは帰投計画を練り直した。