新武装ができるまでにはかなりの時間を要する。
それもそのはず。左腕のみで済んだ前回に比べて、今回は四肢すべて新調するのだから。
クリスに製作を依頼してから一週間が経った頃。大きな学校行事が始まった。
『選抜トーナメント、開催です!!』
校内放送で高らかに告げられた開催宣言。
間近に迫った学年対抗
そのトーナメントは、学生たちだけでなく、傭兵ギルドの職員や、都市が管理する防衛軍の偉い人までが観客になり、注目を集めている。
沢山の人々がステージに注目する中、シード枠でトーナメントに参加しているエクスは、大した興味も持たずに時間が来るまで運動場の隅の木陰で転がって寝ていた。
◇
「ふああ……」
あくびをしながらスーツを着用する。気付けば試合の時間が迫っていた。
運動場近くのピットで準備を進める。
用意された量産型訓練機用四肢を装備しながら、試合のルールを頭の中で確認。
制限時間五分。スーツに着けた衝撃計算メモリでダメージを計測し、受けたダメージが規定量を超えたら負け。もしも勝敗が決まらずに五分経過した場合は、その時点で衝撃計算メモリのデータを計測し、受けたダメージが少ない方を勝ちとする。
事前にもらっていた衝撃計算用メモリをスーツのメモリ挿入口に入れる。着用しているスーツはもちろん、愛用のTENBA機だ。エンジンの性能はすべて同じ。違うのはフィット感や、エネルギー供給補助機構、つまり、オナホやバイブ等の性器を刺激する部分だけ。結局、馬力は
訓練機用の腕、脚の動きを確認しながら軽くウォーミングアップをする。今まで使っていた時代遅れのポンコツ四肢よりもいいものだ。動きはずいぶん軽くなり、最近装備した武装の中でもダントツで扱いやすい。
続けて既定の訓練機用片手剣を持ち、構える。軽い両刃のショートソードは取り回しがよく、あらゆるニーズに応える。ショートソードとはいうが、当然エクスタG用の武装なので刀身は一メートル程はある。軽く振り回して重さを体になじませる。
訓練機用の片手剣はあえて脆く作られている。
理由としては、訓練で人を殺してしまわない為に、だ。
悲しき運命を背負った訓練機用片手剣を振り回しながら、エクスは戦闘準備を終えた。
もうすぐ試合が始まる。
『それでは両選手、入場してください!』
一年生の試合を管理している放送部員がアナウンスを入れる。指示に従って戦闘ステージの中に足を踏み入れた。
硬い
『エクス。』
外部スピーカーをオンにした対戦相手が話しかけてきた。シリオだ。
彼女もエクスと同じ量産型訓練機用武装を纏い、愛用の居浪刃スーツを携えてやってきた。
『……普通シード枠ってシード枠同士で戦わせないと思うんだけどな。』
エクスが外部スピーカー越しにぼやいた愚痴を聞いたシリオは、頷いて答える。
『うん。私がエクスと戦わせて欲しいってツバキに頼んだから。こうなった。』
『そりゃなんでまた……』
シリオは腰に下げた片手剣を抜いて、エクスに剣先を向ける。
『万全のエクスを、叩き潰したかったから。』
いつも眠そうな顔をしているシリオ。しかし、今日のシリオは……どこか違う。
『……そりゃ残念。叩き潰されるのはお前の方だからな!』
シリオの声に混ざる本気を感じ取ったエクスは、売り言葉に買い言葉をぶつけた。
エクスとシリオ。この二人の戦闘力は、間違いなく現一年生のトップ戦力だ。
準決勝ではあるが、この試合で間違いなく優勝者が決まる。
シリオは抜いた剣を腰に収めて、試合開始の合図を待つ。エクスもまた、シリオの戦意に呼応して高まっていく熱気を感じながら深く息を吐いた。
アナウンスでカウントダウンが始まる。
等間隔で十から始まったカウントが減っていき、とうとうカウントは一になった。
『試合開始!』
ゼロではない事に微妙に落胆しながらも、エクスはスラスターを全力で吹かした。
武装性能の差がない、単純な実力勝負。この戦いで負けるのは、ありえない。
シリオは腰を低く落としたまま、右手を剣に当てて半身の姿勢でエクスを迎撃する態勢に入っている。動きはない。
『先手必勝ォ!!』
一度上空に跳躍し、急降下しながら急加速。滑るように超加速して大上段の一撃をぶちかます。
エクスの十八番だ。ありとあらゆる
が、激しく暴れる風の音と眼前に迫る微動だにしないシリオを見て脳の奥で警鐘が鳴った。
その構えを、エクスは知っている。
危険を感じたエクスは加速をやめて地面に足を突き刺す。強力な負荷がかかった鉄の脚部が轟音と共に、地面を割り、砂で視界を阻害。大幅にエクスの機体が減速していく。しかし、エクスが気づいた時には既にそこはシリオの射程範囲内だった。
『我流一式――』
彼女はツバキの弟子であり、その技もまたツバキの力を帯びている。
――キンッ
短く鍔鳴り。その音は、既に攻撃が終了した事を告げている。
『
不可視の八連撃。
十分な溜めと共に鞘から打ち放たれた剣閃は、防御に徹したエクスの剣を弾き、胴体に水平の一閃、強化右腕を分断、左腕の指を三本破壊。合計三度の有効打を入れて、何事もなかったかのように鞘に戻っている。
エクスのヘルメット内部モニタに計測されたダメージが表示される。被ダメージ量七十八パーセント。残二十二パーセント。
まだ死んではいない。
開幕と同時に叩きだされた大ダメージに観客席が大きくどよめきを上げて、エクスの額に汗が滲んだ。
防御に動きを回さなければ、ここで終わっていた。
切り落とされた右腕ごと地面に落ちていた片手剣を拾って、大きく後ろに跳躍、距離を取る。
幸い切り落とされたのは強化右腕だけで、自前の右手は無事だ。また危うく二億の借金を重ねる所だった。
『オーバードライヴ!』
短期決着を望む。意思を固め、オーバードライヴを起動。TENBAがうなりを上げて股間を吸い上げる。快感が体全体を支配してエンジンに精液が吐き出された。
『っん……』
エクスが艶っぽい声を上げたのを聞いた観客席が少しだけ黄色い声援を上げる。
次にエクスが鋭く移動した様子を見て、今度は驚愕の声が上がった。
素早くシリオの背後を取ったエクスはそのまま、指が千切れただけで済んでいる左手で持った剣を切り上げて股下を狙う。
シリオは最少の動きでエクスの切り上げを交わすと、剣を抜いてエクスの腹目掛けて突き刺した。
『動きに無駄が多い。』
シリオが呟いた言葉を聞いてしまったエクスの回避が鈍る。シリオから放たれた剣先は、エクスの腰に当たり、十二パーセントのダメージを与えて脇に逸れる。エクスの残ダメージ許容量、十パーセント。
攻撃を受けながらも、一撃を入れるためクロスカウンターの要領で横なぎに叩き込まれたエクスの斬撃。シリオは空いた手でエクスの剣を上に弾いて逸らした。エクスの攻撃は空振りに終わる。
『攻撃が単調。』
シリオは、剣を振った勢いのまま体を一回転させて同じ軌道で斬り込んできたエクスの斬撃を右手の剣で受け止める。火花が散って、二つの剣は震えて拮抗し、甲高い音を鳴らした。
剣が打ち合ったのを見て、エクスの蹴りが繰り出される。シリオはエクスの足が上がり、重心が不安定になったタイミングを見計らって、重なった剣ごと体当たりを入れてエクスを地面に転がす。蹴りは不発。双方にダメージはない。
『思考が浅い。』
転がったエクスにシリオの剣先が向く。地面に体を付けた態勢では、彼女の突きを躱す手段がない。
だが、シリオの突きは繰り出されることなく、代わりに彼女の声が届いた。
『全てにおいて、シリオの方が上。なのに、なぜエクスの方が――』
『うおおおおおおおお!!』
先ほどからグサグサと心にダメージを与えてくる不快な発言に苛立ち、その口を止めるため無理やりスラスターを噴き出して突撃する。
セリフを遮られながらも、シリオは冷静にエクスの反撃に合わせて、彼の腹に強烈な一撃。
横薙ぎ一閃、エクスの残り十パーセントの許容被ダメージをすべて消し飛ばす。
エクスはダメージに耐え切れず、その場で仰向けに倒れた。
『勝者、シリオ!』
放送部員のアナウンスが響き渡り、試合の勝者が決まった。
レベルの高い戦闘に観客席は大きく盛り上がり、会場は大きな歓声に包まれる。
喧騒の中、仰向けに倒れたエクスの元にシリオがやってきた。
空を眺めたまま固まるエクスに向かって、外部スピーカー越しに独り言を漏らす。
『残念。『
シリオはため息を一つ残すと、すたすたと歩いて速やかに戦闘ステージから出て行った。
エクスは仰向けに倒れたまま空を眺め続け、やがて救護部隊がやってきて、体を救護専用エクスタGが運び出すまでただただ、呆けて空を見続けていた。
◇
選抜トーナメント一年生の部。優勝者はシリオだった。二位はユリス。三位はペル、そしてエクス。
三位決定戦は行われない。この選抜トーナメントはあくまで学年対抗
何はともあれ、選抜メンバーは決まり、シリオは学園長室でツバキと一緒に夕飯を食べていた。
外はすっかり暗くなり、沢山の星と月が出ている。
肉汁が泉のように湧き出てくる高い肉を食べながらシリオは窓の外を眺めた。
夜空に一筋、星が流れて、どこかに飛んでいった。
「エクス。思っていたよりも弱かった。残念。」
シリオの愚痴をツバキは大声で笑った。
「圧倒的だったね、シリオ。流石私の一番弟子。」
ツバキに褒められて、シリオは少しだけ得意げに鼻息を荒くした。顔は至って、いつも通りの無表情のままだが。
「『
ツバキは少しだけ声のトーンを落として笑った。だが、変わらず愉快そうに笑っている。
「確かに。エクス君には似合わない称号かも。」
シリオは益々鼻息を荒くして、気を良くしながら肉を頬張る。
「ツバキ。エクスよりもシリオの方が強い。彼のどこがそんなに好き?」
「う~~ん、そうね……」
ツバキはニコニコしながら悩んでいるふりをした。シリオには分かる。ツバキは悩むことはない。彼女は大体すべての問いには既に答えが決まっていて、相手をからかうときにだけ悩んでいるふりをして焦らすのが好きな人間だ。薄く閉じられた綺麗なまぶたが、ツバキの思考を常に隠している。
「エクス君が『
シリオは少しだけ悩んで答える。
「漆黒、だから……黒い奴。あと速い奴、飛ぶ奴。鳥。メカハヤブサとか。」
ツバキはふふっと笑って否定する。
「ざんね~~ん。正解はね、ゴキブリ。メカローチよ。」
シリオの顔が引きつった。
「ゴキブリ、嫌い。シリオ、ゴキブリ嫌い。」
「私も。」
かわいい弟子のおびえる表情を楽しみながらツバキは話を続ける。
「『
シリオが何も言わなくなる。顔に疑問符を浮かべているシリオにツバキは一人で語っていく。
「エクス君はね。六歳の頃にエクスタGに乗り始めた。その時期に傭兵になって、それから最初の任務で事故があって……マグの外で遭難した。誰もが死んだと思ってたわ。」
「でもね。ある日ひょっこり帰ってきたの。びっくりしちゃったわ。ここでクエスチョン!どれくらい遭難してたと思う?」
シリオは無表情で飯を食べ続けている。口に肉を運ぶ手は止まる様子がない。
ツバキは、シリオが応える気がないのを察して言葉をつづけた。
「七年。」
シリオの動きが止まった。手は口に物を運ぶ直前で止まり、口もまだ中に物が残っているというのに、動かない。
「今のエクス君はちょっとダメダメかも?あれならまだ遭難から帰ってきたばかりの方がよっぽど強かったかなあ。」
シリオは口の中の物を適当に噛み終わると、肉が刺さったままのフォークを皿の上に下ろし、まだ残っている食事を途中で終わって、「ご馳走様」と言い残し学園長室から足早に出て行った。
「……意地悪しすぎちゃったかしら?」
ツバキの独り言が漏れる。
シリオは普段、絶対に食べ物を残さない。どれだけ腹が膨れていようと、お金が余るほどある時だろうと、絶対に。そんな彼女が食べ物を残すときは、気分がとても落ち込んでいる時だけだ。
比べてしまったのだろう。自分の遭難と、彼の遭難を。
シリオが学園長室から出て行って数分後。
何者かが勢いよく学園長室の扉を開けた。
この学園には一人、学園長室のドアをノックしないバカがいる。
扉を開けた少年は、激しく肩で息をついて部屋の入口に立っていた。
「ツバキ!俺と戦え!」
黒髪黒目の平々凡々な少年。
かつて移動都市に名を轟かせていた凄腕の傭兵は、涙と鼻水の跡が残る無様な顔を真っ赤にしながら叫んだ。
着ている制服と髪の毛は埃と泥で汚れ、生身の体にはできたばかりの生傷がそこら中についている。
「あら~?……お手柔らかに……♡」
彼の本気で悔しがる姿を見たのは、何年ぶりだろうか。
昔を懐かしみながら、ツバキは誰にも悟られないように、背筋をぞくぞくと駆け上がる昂ぶりを抑え込んだ。