移動都市――マグにおいて、最強の
『
『
そして、『
酒場で突如として巻き起こる最強論争において、意見は主にこの三人で割れていた。
しかし、昨今は誰一人として『
半年前に巻き起こった第三次
莫大な被害と共に終結したその戦いで、マグは
『
◇
黒髪黒目の平平凡凡な十五歳男子――エクスは深くため息を吐いた。
ひどく落ち込んだ様子で目の前にあるドアを見つめる。
ドアの上方にはプレートがかかっており、そこには『学園長室』と印字されている。
プレートを見るなり、再び深くため息をはいて、自身の恰好を見下ろす。
黒色のブレザーに校章が刻み込まれたネクタイ。学園指定のズボン。まとめて一言でいうなら学生服だ。
しかし、エクスは学生ではない。半年前までフリーの傭兵をやっていたただのしがない現役ニートである。
三度目のため息をつくと、意を決して学園長室のドアをノックする。
「エクスく~ん!!」
ガチャリとドアが開いて中から女性が勢いよく飛び出してくる。
長いストレートの黒髪、すらりとした体躯、澄んだ川のような清涼感を思わせる大人の女性は、学園長室から飛び出してくるなり、エクスを抱きかかえてすぐに学園長室に引っ込んだ。
「も~!やっとその気になったの?遅かったじゃない。」
黒髪の美人はエクスを両腕で抱きかかえたまま高価なソファに腰掛けた。エクスはがっしりと体を抑え込まれたまま抵抗できずにいる。
「ツバキ。なんでもいいからとりあえず食い物をくれないか?昨日から段ボールしか食べてないんだ。」
「あら、かわいそうに。ちょっと待ってね?」
ツバキと呼ばれた女性はエクスに抱き着いたまま、いつの間にか取り出した謎のボタンを押した。
十秒と経たずに学園長室のドアがノックされ、メイドがやってくる。
エクスとも少しだけ面識がある学園長専属のメイドは学園長とエクスが抱き合っている様子を見てぺこりとお辞儀をすると、目の前の机に食事を並べ始めた。
美味そうな肉の匂いが湯気にのって鼻をくすぐる。高そうなステーキ、何か良くわからない謎の液体。謎のスープ、謎の寿司、謎のサラダ、謎の果実、謎のパスタ、謎の大トロ、謎のサーモン、謎の刺身――
「あ、でもね?エクス君。」
ツバキはエクスを抱きしめたまま耳に顔を近づけて小声で囁く。
背中には彼女の豊満な乳が押し付けられ、落ち着いた香水の香りが微かに漂った。
「この食事は食堂のもので部外者にはあげられないの……エクス君が学生寮に入ってくれたらいくらでも食べさせてあげられるんだけどなあ……」
「わかった、わかった入るから学生寮でもなんでも入る入る。」
エクスの返事を聞いたツバキが抱きしめる手を緩めてエクスを解放した。エクスはツバキの呪縛から抜け出すとすぐに目の前の食事に手を伸ばした。
謎の液体で喉を潤し――甘い。謎の寿司で空腹を満たし――美味い。謎のスープを飲み込み――美味い。
「はい、あーーん♡」
ツバキがいつの間にかステーキを切り分けて、食べやすい大きさになったステーキをエクスの口元に持ってくる。エクスはそれに黙って食いついた。肉汁が溢れる。
一口噛んだだけでこれが高い肉だとわかる。人によっては一生口にすることもないような値段のする超高級の嗜好用食品だ。
アレもうまい、コレもうまい。エクスは口が汚れるのも構わずに食べ物を貪り続ける。
「ふふふ。」
ツバキが思わず、と言った様子で笑いをこぼす。
しばらくエクスが食事にありついている様子を見つめたままニコニコしていたツバキだったが、とうとうこらえきれなくなり、大声で笑い声をあげ始めた。
「あはは、あーはっはっはっは!あの、あの『
「正体が漏れているぞ糸目女。」
エクスの指摘にツバキは慌てて「あらあら何の事かしら」と大人しく化けの皮を被ると、落ち着いた様子でエクスの前に置いてあった謎の液体を拝借した。
ツバキの言う通り、エクスはついこの間まで『
『
半年前、戦死したとされている『
しかし、彼は同時に莫大な借金を背負うことになる。体の治療費と壊れた装備代で。
半年に渡るリハビリの成果もあって何とか歩けるほどには回復したエクスだったが、まだ金を稼げるほどには治っていない。そんなエクスに対してツバキは莫大な治療費を請求した。
その値段は学園が一つ立つほどの莫大な金額だ。傭兵時代の稼ぎをすべて借金返済にあてたが、それでも返済は半分も終わっていない。困り果てたエクスにツバキは交換条件を持ち出した。
『私が運営する学園に入学して、卒業すること。』
それがツバキの出した条件だ。この条件を満たせばエクスの借金はすべて帳消しになる。
「本当に、借金を全部なくしてくれるんだな?」
「ええ、もちろん。私は嘘はつかないわ。」
食べ終わったエクスがツバキに確認を取る。ツバキは細い目で微笑みを浮かべながらエクスの問いに答える。彼女の答えは真実なのだろうが、同時に常にうさん臭さがつきまとう。
顔のせいだろうか。
「学生寮に住めば当面の食事も面倒を見ると。」
「そうよ?どう?とてもいい条件でしょ?」
エクスは疑念の表情を隠そうともしない。だがツバキは全く気を悪くすることなくエクスを抱きしめたまま口元に着いた汚れを清潔なハンカチで拭きとった。エクスはそんなツバキの手をゆっくりと払いのけてソファから離れる。
「言っておくが、俺は誰の下にも着く気はない。学園に所属したからと言ってお前の言うことを聞く奴隷にもならない。」
エクスは吐き捨てるように言い残して学園長室からさっさと出て行った。
学園長室に一人残ったツバキが、「いけずぅ」と呟いた声は誰にも聞かれずに静かに消えて行った。
こうしてエクスは傭兵から高校一年生になった。
◇
「というわけで、こちら新入生のエクス君だ。皆仲良くするように。」
教師の雑な紹介にエクスはぺこりと頭を下げて教室を見回す。
見事に女子ばかりだ。当然である。
ツバキの運営するこの学園の正式名称は
強化外骨格型武装戦闘機械――通称エクスタGと呼ばれるパワードスーツを装備して戦う者たちをそう呼んでいる。
敵性機械生命体は数百年前、突如地球に飛来した隕石に乗ってやってきた地球外生命体である。
彼らは主に人類を活動用の栄養として補給しており、人類を苗床にして増える、侵略者である。
敵性機械生命体では長いので、しばしばエネマと呼ばれている。enemymachineから、間を取ってエネマだ。
そんな
改めてクラスメイトを見回してみても、見事に女子ばかりである。
エクスが傭兵として活動していた頃の同業者も軒並み女性ばかりであったが、こうやって狭苦しい空間に同じ服を着た女子が何人も並んでいる状況には居心地の悪さを感じる。
「男だ……」「男だわ……」
ざわざわと教室が騒がしくなる。それだけ男の
「エクスの席はあそこね。」
教師がすっと指をさす。窓際に一つ、空席があった。エクスは静かに歩いて席に着いた。
ツバキが用意してくれた学習道具の入ったカバンを机に置いて席に座る。
窓と反対側の席、隣の席を見ると、そこにはクラスメイトが一人。
黒髪黒目の少女が、両手を顔に当てて指の隙間からエクスを凝視していた。
……。
不審人物過ぎる。
エクスは小声で「よろしく……」と恐る恐る挨拶をする。
すると少女は「は、はひッ!?よ、よろよよよよろ」と舌を噛みながら不審なビートを発していた。
それから流れるように授業が始まったが、少女は定期的にちらちらとエクスの様子を伺っていた。
この少女、どこか見覚えがあるような――
授業は、全くわからなかった。当然である。
今は夏真っ盛りであり、世間ではそろそろ長期の夏季休暇が始まるといった時期だ。途中参加したエクスが内容を理解できるはずがない。
後でツバキにでも勉強を教えてもらうか。あの狐女に頼るのは癪だし、嫌気がさすが。
せっかくの人生初の学園生活を何もわからないまま終えるのも嫌だ。どうせならこの機会にある程度の学力も身に着けておきたい。また傭兵稼業を再開したときにきっと役に立つだろう。
チャイムが鳴る。どうやら学園と言うのはこのチャイムやらなんやらで授業の始まりと終わりを示しているらしい。なったということはつまり終業だ。
授業と授業の間には準備をするために休み時間というものが存在するらしい。
しかし、何がどうなっているのか全く分からない。エクスは暇を持て余して窓の外を眺めた。
これからどうやって生きていくべきか。
物思いに耽っていると何やら隣の不審人物が話しかけてきた。
「あの……」
少女は立ち上がってエクスの席に近寄ってきていた。
女子にしては割と高い身長と、高校生にしては発育のいい胸がよく見える。エクスと同じ黒髪黒目、やはりどこかで見たような――
「先日はどうも、ありがとう。」
「先日……」
やはり面識があったらしい。しかし困ったことに全く記憶にない。エクスが返答に困っていると、少女は助け舟を出す。
「半年前、第三次
半年前の第三次
そうだ、言われてみれば
思い出した。
「ああ、そうかあの時のメカマンティスの――」
メカマンティスと名前を出した時、少女の目が怯えて震えた。だが、すぐに笑顔で頷く。
「無事だったんだな。よかった。」
少女の体は健康そのもののように見える。あの時、彼女の
少女は頷くと、さらに話を続ける。
「あなたは、どうしてここに?あの強さで今更学園で学ぶことなんて何もないように思えるのだけれど……」
少女の口から疑問が飛び出る。困った質問だ。
エクスは苦笑しながら答える。
「ああ、実はちょっとあの日
少女の顔から心配の色が見える。慌てて訂正を入れる。
「ケガ自体はもう全く大丈夫。すぐに以前のように動けるようになるさ。」
嘘は言ってない。学園に通うことになった一番の大きな理由は借金だが。
少女と会話をしていると、また別の少女がつかつかとやってきた。
「やっぱり!あの時の傭兵さんだったんだね!」
大きく元気な声が会話に割り込む。
いつの間にか黒髪少女の隣に茶髪の少女がやってきていた。
「あの時は本当にありがとうございました!あなたのおかげであたしもペルも無事に生きています!」
こちらも見覚えがある。第三次
助けた直後に、「まだ一人襲われている子がいるの!助けて!」と懇願していた子だ。
「ああ。間に合ってよかったよ。」
あの日、少しでも遅れていたら黒髪の少女は助からなかっただろう。
「あの時はお礼を言う暇もなくいなくなったけど、こうして会えたのもきっと何かの縁!あたしに何かできることがあったら言ってください!なんでもお礼をします!この命に代えても!」
茶髪の少女はぐっと拳を握って熱く語る。十分感謝の気持ちは伝わった。
が、ちょうどよくエクスには困っていることがあった。
「ならちょうどよかった。授業が何もわからなくて困ってたところだ。よかったら教えてくれないか?……ええと君の名前は――」
「クレアです!」
クレアは名前を名乗るのと同時に右手を差し出した。その手を取って握手を交わす。
「ペルです。」
クレアに倣ってペルも自己紹介をする。彼女とも握手を交わした。
「エクスだ。よろしくな。」
それから休み時間が来るたびに二人に勉強を教えてもらった。授業は相変わらず全く何もわからなかったが、それでも何とか一日を終えることができた。
全ての授業が終わり、教師がホームルームを終える。
が、思い出したかのように言い出した。
「そういや明日は郊外学習があるから専用機がある生徒は忘れずに持ってくるように。」
くっ。
エクスは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
専用機、あるにはあるが――
出来れば見たくない。しかし、学園や訓練施設、軍事施設及びその他諸々
男性であるエクスは専用機を持ってくるしかない。
エクスは本日四度目となる深い溜息を吐いた。
◇
夕焼けがマグの街並みを照らす。
少し薄暗くなった学園はまだ騒がしく、放課後の喧騒が学園を包んでいる。
「悪いな寮の場所まで案内してもらって。」
「平気。クレアは自宅から通っているけど、私は寮生だから。」
学園の中庭をペルと歩く。ペルの綺麗な黒髪が夕焼けを反射してほんのり赤く染まっていた。
寮は学園の中にあった。
学園はかなり広い。ほかにもいろいろ設備があるのかもしれないが、ひとまず今日は校舎と寮だけで勘弁していただきたい。覚えることがいっぱいで頭がパンパンだ。
「寮はここよ。中に食堂もあるわ。昼ごはんはお弁当も用意してくれるの。」
「ありがたいな。」
こくりとペルが頷く。ペルはそのまま寮に入っていこうとしたが、エクスが付いてこないのを不思議に思って振り向いた。
エクスは頬を掻きながら何やら口をもごもごさせている。
「あー、俺これから商業区で買い物する予定なんだ。寮の中は自分の足で確認するよ。案内ありがとな。」
「そうなの?それならちょうど私も色々消耗品のストックが切れたところで買い物に行こうかと思ってたところなの。一緒に行ってもいい?」
ペルは踵を返して再びエクスの元へ駆け寄る。
エクスは何かを言いたそうに口をもごもごさせていたが、「ああ、行こう行こう。」と話を逸らした。
それから商業区に向かった。
学園の近所は比較的栄えている。マグは様々な区域に分かれて建物が建設されており、住民が住む居住区とは別に様々な店が立ち並ぶ商業区がある。学園は軍事区と呼ばれる主に
背の高いビル群。ぴかぴかと光るネオン。道を歩いたまま上を見上げれば道路や施設が空を横断し、覆っている。ここが商業区だ。
ペルは流れるように商業区を見て回った。購入した品物は殆ど
「私はもう殆ど見終わったけど、エクスは?何も買わないの?」
ペルが気にかけてくれている。これ以上誤魔化しても仕方がない。エクスは口をもごもごさせながら答えた。
「実は俺、AVを買いに来たんだ……」
ペルの表情が固まる。まるで沸騰したかのように急に顔を赤く染めると、慌てて早口で取り繕い始めた。
「あ、ああAVね。AVAV、必要だものね。」
エクスも早口で応戦する。
「ああ。俺たち
そう、常に備えておかなければイけないのだ。
「じゃあ、俺はAV厳選してくるから。ペルは気を付けて帰ってな……」
手を振ってその場から離れるエクス。
足早にその場から立ち去ろうとすると、くいくいと服を引っ張られた。
何事かと思って振り向くと、ペルが顔を真っ赤にしながらエクスの服を引っ張っていた。
「私たち
ペルの言葉にエクスは「あ、ああ」と頷く。
「私たち
もちろん。とエクスは同意する。
ペルはエクスを見つめながらもじもじと話し始めた。顔は夕焼けに染まっているからなのか、とても赤い。
「それなら、私たちは色んなことを経験すべきで、それならセックスも経験しておくべきじゃないかしら……」
ペルは目を逸らしたまま口をとがらせて言う。
彼女の言い分は、一理ある。
「私たちはいつ戦場で死んでもおかしくない。私は、まだ死にたくないし、処女のまま機械に犯されて死ぬなんて、本当に嫌よ。だから、」
だから、とペルは、逸らしていた目をエクスの目線に合わせて、顔を赤らめたままエクスの瞳を見つめる。
「初めては好きな人としたいの」
鼓動が跳ねた。彼女の言葉を聞いた途端、心臓の音が全力疾走をしたみたいに激しくなって、今も尚どくどくと全身に血液を送り続けている。
「そ、そんな急に――」
「急じゃないわ。」
エクスの迷いをペルは一言で
「急じゃない。半年も、ずっとあなたの事を思い続けていたの。」
彼女のそれは、エクスに助けられたからだ。あの日あの時、別の誰かに助けられていたらその人を好きになっていただろう。これは気の迷いだ、やんわりと断って――
「初めては、あなたがいいの。エクス。」
エクスは、ゆっくりと体を前かがみにすると、ペルの瞳を見つめ返した。
「わかった。五分だけここで待っていてくれないか?」
エクスはそう言い残すと、その場から前かがみで離れていった。
走りさるエクスの背中を見て、ペルはおいて行かれたことに寂しさを感じた。
「もしかして、嫌だったのかも……」
一度口に出すと、不安は加速していった。エクスは嫌なのかもしれない。
暗い気持ちに押しつぶされそうになりながらエクスを待った。
エクスはほどなくして、走ってやってきた。
肩で息をして、ペルの前までやってくる。
「ごめん、待たせた。」
「ううん、平気……」
ペルの顔が曇る。彼はこんな話の最中にどこに……ペルはてっきり逃げられたと思っていたところで、戻ってきた彼に少しだけ安堵した。
「ペル、さっきの返事だけど。」
エクスはごそごそと何やら袋をあさり始めた。小さな箱を取り出す。
「今からすぐに寮に帰ろう。そして、シャワーを浴びよう。」
彼が取り出した箱は、ONAMORO0.01ミリ。
激うすコンドームだ。男性器に装備することで妊娠を防ぐ画期的な防具である。
内容量30個。三十回分だ。
汗を流しながら爽やかに、堂々と性行為の同意を示したエクス。
ペルは、顔を赤くしながら答える。
「は、はい」
夜はまだまだこれからだ。