重い鉄の塊が転がる鈍い音が響く。
地面には量産型機体の左腕が落ちている。何世代も前の傷だらけの左腕だ。
『クソッ!ウン億だぞこの腕ェ!』
切断された
正気を失ったペルを、無理にかばった代償にエクスの左腕は欠損してしまった。
肉薄したメカマンティスを蹴り飛ばして時間を稼ぐ。そして、ようやく顔を上げたペルを見た。
『ペル!大丈夫か!?俺の声が聞こえるか!?』
ペルはエクスの問いに膝を抱えたまま呆然とこちらを見つめたまま、口を開けて黙っている。が、エクスの左腕がなくなっていることに気が付いてようやく言葉を話した。
『エクスッ!腕が!腕が無い!』
『大丈夫だ腕の一本くらい!義手なの知ってるだろ!?』
『でも、エクス!腕が!腕が!』
『ペル!話を――くっ……!』
ペルはパニックになっているようだ。何とか彼女を落ち着かせようと試みるが、それを待ってくれない客が三体もいる。
文字通りの、モンスターのクレーマーだ。
『ここらでドライヴをキメて一掃したいところだが、さっき出したばかりな上に状況が深刻過ぎてチ〇コが立たねえ!こんな時にゼファがいてくれたら……どうする、どうする!?』
焦りでさらに男性器は益々萎えていく。迷っているうちにどんどん戦況は悪化していく。
左腕がなくなったことにより、動きの自由度が狭まり、選択が減った。
ペルをかばいながら三体のメカマンティスを相手にするのは厳しい。鎌を受け流し、突進を反らし、蹴りを叩き込んで牽制。綺麗に猛攻をいなしながらも、旧世代のポンコツ機体の能力と、窮地の影響で動きから精細さが徐々に欠けていく。
機体に少しずつ傷が増え、ダメージが蓄積していく。ジリ貧だ。
『打開策が欲しい……この状況を切り開くような、こんな状況でもすぐに勃起できるような強烈な性体験が、性体験が――あった!』
焦りというのは恐ろしい。つい昨晩にあった強烈な出来事すら忘れさせてしまうのだから。
必死に昨日の夜の事を思い出す。しかし、メカマンティスたちはそんな余裕を与えてくれない。
右から迫ってきたメカマンティスの顔面に蹴りを叩き込んで、左からえぐるように踏み込んできたメカマンティスの顎を蹴り上げて、――時間が出来た。
急いでペルの元に駆け寄り、顔を見る。未だペルは虚ろな目で何かを呟き続けている。
そんなペルのヘルメットに自身のヘルメットをコツンと軽くぶつけて、視線を合わせる。
顔を見る。彼女はようやくエクスの目を見てくれた。そんな彼女ににっこり笑いかけて、
『君が初めての相手でよかった。』
優しく囁いた。地面に座り込んでいる彼女の腰から剣を抜く。
『君とセックスが出来て良かった。君が誘ってくれて嬉しかった。君が喜んでくれてよかった。』
剣を正眼に構えて振り返り、態勢をすっかり立て直したメカマンティス達と向き合う。
少しだけ目を閉じて、思いを馳せる。
童貞卒業セックスを。一度きりの初体験を。
『俺の!童貞卒業セックスを感じろォッ!!オーーバーードライヴッ!!』
男根はスーツを破るほど勃起し、勃起を認識したTENBAエンジンがうなりを上げて精を搾り取る。
スーツの隅々まで神経エネルギーが迸り、老練の機体に鞭を打つ。
エンジンの稼働に合わせて精巣からどくどくと精子が製造される。感じる――生命の輝きを、鉄の躍動を!
『うおおおおおおお!!』
隻腕の量産機に光が宿る。右腕は眩く煌めき、訓練用の粗末な剣を構えた。
びゅるるっ!
エンジンに精液が注ぎ込まれる。オーガズムメーターは、最大まで蓄えられた後、恐ろしい速度で減っていった。
メカマンティス達は、目の前の少年が、先ほどまでとは違う事を感じ取っていた。
動きを警戒し、鎌を素早く定位置に構える。
刹那、少年から一番遠い場所にいたメカマンティスの首が宙を舞う。
三機いるメカマンティス達の全てが、目前から少年が消えた事を認識するよりも早く、
エクスは最後尾のメカマンティスの背後に回り込み、その首を切断した。
残り二機。
鈍い打撃音と共に、剣が次のメカマンティスの首に叩きつけられる。剣は首を切断するには至らず、ひしゃげて折れた。メカマンティスは未だ健在だ。
遅れながらも襲撃に気づいたメカマンティスが、エクス目掛けて鎌を振り下ろす。
エクスはそれを片手で受け流して、接近してくる無傷なメカマンティスの首元目掛けて力を逃がした。
エクスの誘導と、メカマンティスの膂力が乗った鋭い鎌は、容易くメカマンティスの首を刎ね飛ばす。
残り一機。
残った一機の首元は、先ほどの剣撃で負傷している。絶命までは至らないものの、その首筋からは装甲内部――多数のケーブルと内部機関が覗いていた。その隙間に、折れて短くなった剣をねじ込む。
折れてはいるが、辛うじて武器としての機能は果たせる。火花を散らし、ばらばらに砕け折れながらも、損耗した剣はメカマンティスの喉に突き刺さった。
ケーブルを破壊し、電子頭脳との繋がりを断ち、機能を失わせる。激しい衝突音と火花をまき散らしながら、メカマンティスは首元に折れた剣を食らったまま地面に転がった。
土埃に包まれながら、メカマンティスの双眸に灯った青い眼光が、消滅した。
『…………ふう~~。』
戦闘は終了した。エクスは深く息を吐きながら、自身の体を見直し、状態を確認する。
大きな損傷は左腕の欠損。それ以外にも全身にいくつかの軽微な損傷があるが、機能には問題がなさそうだ。
軽く右手を振って力を抜きながら、ペルに近付いた。
『帰るぞ、ペル。ほら……立てるか?』
未だ座り込んだままだったペルに手を伸ばす。
ペルは、黙ったままエクスを見上げると、伸ばされた手を取って立ち上がった。
◇
マグへはそれほど遠くない。しかし、機体やエネルギーの消耗が激しく、ブースト移動で帰るのは、難しかった。
何よりペルの様子がおかしく、機体の操作もおぼつかない。残った右手をペルの腹に回して、体を支えながら進むエクスの歩みは重かった。
ユリス達は、教師を呼んでくれたのだろうか。
「エクスは――」
ずっと黙ったままだったペルが口を開いた。
「エクスはどうしてそんなに強いの?」
ペルは俯いたまま独り言のように話した。身を寄せて、体を支えているエクスの耳には自然と、蚊の鳴くような声で話す彼女の声も耳に入る。
「強いの……か。」
哲学のような話だ。
エクスは少しだけ黙って考えた後、ぽつりぽつりと話し出した。
「俺は、同い年の君たちよりも戦闘経験が多い。六歳の頃に初めて
ペルが黙ったまま視線を向けてくる事に気が付いたエクスが、話を続ける。
「俺も、はじめの頃はペルみたいに動けなくなったことが何度もあった。気にすることはない。そのうち慣れるさ。」
ペルはエクスに支えられながら、ちらりと、なくなった左腕を見た。
「左手を失っても……また体をいくつか失っても、それでも戦い続けるの?」
震えたペルの声が、ヘルメット越しに伝わった。無線を介さない会話は、意識して拾わないと荒野を駆け巡る強風に流されてしまいそうなほど、儚い。
しかし、その震えた声は、恐怖と、不安、焦り、悩みを含み、ペルの心を忠実に表していた。
「もちろん。」
「どうして?」
「どうしてって……」
うーーん、とエクスは悩んだ。左手がまだあったのなら、顎に手を当てていただろう。
「理由は色々あるけど、まあでもそうだな。今日に限って言うなら――」
少し恥ずかしそうにしながらエクスは笑った。
「今日も、明日も、ペルとえっちな事がしたかったからかな。」
「……ふえ?」
気の抜けた声が出た。真面目な話をしていた気がしたが、エクスの口からはとても雰囲気にそぐわないような答えが出たからだ。
「はは、大事な事だよ。戦う理由。さっきあそこで踏ん張らなかったら、今日も明日も、エッチな事出来ずに死んじゃうところだったでしょ?あれが食べたいとか、これがしたいとか、そういうことを考えるんだ。戦うたびにね。」
笑顔でセクハラをかますエクスだったが、ペルには彼の話が妙に腑に落ちた。
彼は本当に、そのために戦っているのだ。この後、やりたいことの為に。明日の為に。
「やりたいことの為に……」
「そう。戦いのたびにやりたいことを思い浮かべて、そのために頑張るんだ。」
ペルがまた独り言をぶつぶつ言い始めた。しかし、今度のは放っておいても平気そうだ。
先ほどよりも大分表情が明るくなった。これなら大丈夫だろう。
独り言を呟き続けるペルの横顔を眺める。彼女の顔越しに見つめた荒野に、キラリと一筋の光を放つものがあった。
光は、カーペットにこぼした飲み物がじわじわと染みを広げるように、徐々に大きくなっていく。
背筋に悪寒が走った。
「危ない!」
慌ててペルを突き飛ばす。光はペルを掠め、エクスの左肩に直撃した。
左肩に衝撃が走る。同時に、大きな質量が体にのしかかり、エクスはその場に転倒した。
仰向けになったエクスに馬乗りになる形で、メカマンティスが歯をギチギチ言わせて笑う。
「またメカマンティス!厄介なやつらだ!」
右手でメカマンティスの顔を殴りつける。が、有効打にはならない。
メカマンティスは不快な笑い声をあげながら鎌を構えて、エクスめがけて振り下ろす。機体に触れる直前に、なんとか右腕をメカマンティスの刃がない腕部分に滑り込ませる事に成功し、食い止める。
「ぐうううう!」
メカマンティスの鎌が、エクスの顔に迫る。力比べは、メカマンティスの方が優勢だ。エクスの右腕では鎌の圧力を抑えきれずに、じりじりと鎌がエクスの顔に近付いてくる。
エクスがメカマンティスの腕と格闘している間に、メカマンティスは腹部をもぞもぞと動かして交尾器を露出させた。分厚い金属の腹に包まれた交尾機には、ぽっかりと、ぬめぬめする液体を溢れさせながら鯉の口のように穴を引くつかせる交尾器が現れる。
「げげっ!このメカマンティス、メスじゃねえか!」
腹部がもぞもぞと動いて、エクスの機体に粘ついた液体を付着させた。彼女の穴から噴き出す液体は、何とも不愉快なすえた匂いを放っている。
「ペル!お前だけでも逃げろ!こいつはメスだから、俺に夢中になっているうちに逃げられるはずだ!」
エクスの叫びがペルの耳に届く。だが、ペルは叫ぶエクスを足元に。メカマンティスを目の前にして立っていた。
「ペル!?何して――」
エクスの叫びを無視して、彼を押さえつける二つの鎌を掴む。
「やりたいことの為に……」
脳裏によぎる、悲鳴。過去の後悔と、憧れと、絶望が脳の隅々まで駆け巡って行った。
そして、一つの言葉だけが残った。
「エクス。」
「な、なに?」
ペルの様子が先ほどからおかしい。今度は、さらにおかしい。
何やらメカマンティスの腕をつかんだかと思うと、にやりと笑ってエクスを見つめた。
顔を少し赤くして、照れたように笑う。表情に映るのは――欲望。
「私も、エクスとセックスがしたい。」
鋭く、アクセルペダルを踏みつける。
ペルの訓練機の背部スラスターが開いて、激しくジェットを噴き出した。メカマンティスの腕を抑え込んだペルは、その体を両手で抱えて、空に飛び上がる。
想定重量を遥かに上回る重さに、訓練機用スラスターから生み出される推進力では足りず、低空で砂埃を巻き上げる。
「オーバードライヴ!」
起動パスワードを認識したバイブエンジンが唸る。訓練用スーツの粗末なバイブがぶるぶる震えて、ペルの膣を刺激。いつもは物足りないその刺激。しかし、ペルの膣内はかつてないほど濡れていた。
「エクスと――んっ―セックスがしたい。今日もっ。明日も。今すぐにでもっ――」
バイブに刺激された膣が、潮を吹く。エンジンの隅々まで愛液が染みわたり、オーガズムメーターを極限まで満たす。その勢いは、オーバードライヴ特有の超消費を上回って絶頂エネルギー貯蔵庫を溢れさせるほどだ。
出力の上がったスラスターが火を噴く。メカマンティスを抱えたままペルは空高く飛び上がり、天でメカマンティスを背負った。
背負った勢いそのまま、空中で縦に回転し始める。
まるで空を転がるように猛烈に回転し始めたペルたちは、やがて落下を始める。
「私はエクスとセックスがしたいの!だからあなたは、邪魔なのよッ!!」
巨大な回転する鋼となったペルが、メカマンティスの腕に圧力をかけながら地表に迫る。
メカマンティスの腕からみしみしと音が鳴り、ペルの纏った訓練機からも、壊れゆく音がする。猛烈な負荷がかかっている。
「喰らえ!私の処女卒業セックス!スパイラルッ背負い投げェッ!!」
迫る地表に。
メカマンティスの体が轟音と共に叩きつけられた。
地面が割れ、土煙と共に鉄が散乱する。極彩のケーブルが、薄汚れたオイルが、むき出しになった内部機関が、ひしゃげた鎌が、半分に割れたメカマンティスの顔面が転がり、地面にオイルの湖が出来た。
砂埃が辺りを覆い尽くす。一瞬遅れて、大爆発が起こった。
オイルに引火したのか、荒野は激しく燃え上がり、黒煙がもうもうと立ち込めた。
「ペル!」
エクスは転がったまま悲鳴を上げる。立ち上がろうと動くが、体にはメカマンティスから受けたダメージがまだ残っている。
立ち上がれないことを悟ったエクスは、体をうつ伏せにして、這いずりながら大火事の元へ向かう。
ペルの激戦の余波で土埃が舞い、口の中にいくつも砂利が入る。だが、構わずペルの元へ進む。
ゆらりと黒煙が揺れた。
煙の向こうから、機械の駆動音と、重い足音が響いてくる。
「ペル!」
煙の中から、ペルが姿を現した。少し足を引きずりながらも、彼女が無事な様子がはっきりとわかった。
彼女の顔は、晴れやかな笑顔だった。それも、今日一番の――いや、今までみたどんな顔よりも清々しい表情だった。
ペルは笑顔のままエクスに近寄ると、ひょいっとエクスを抱きかかえた。
「ひゃっ、ペル?」
ペルに優しく抱きかかえられ、エクスはお姫様のような声を上げる。
ペルはエクスを抱きかかえたまま、空を見上げた。
上空には、青々とした空がどこまでも広がっている。
「――私、バカみたいね。」
彼女は相変わらず、独り言を言っていた。だが、悩みに答えが出たようだ。
晴れ渡る青空の下、清々しく笑う彼女は、何も語らずともそう告げていた。
そう、まるで十年の便秘が改善して、十年ぶりのうんこが出たような――
「エクス。」
ペルは妙な思考に耽り始めたエクスに声をかけた。彼女はエクスが空を見上げたのと同時に、顔を下げる。
唇と唇が重なった。唇が触れた事に戸惑ったエクスだったが、ペルが目を閉じて、エクスの頭の後ろに手を回した辺りですべてを受け入れた。
十秒か、一分か。あるいは五秒か。
長いことそうしていた気がしたが、実際のところは分からない。
ペルがゆっくりと唇を離すまで、エクスは黙って彼女のやりたいようにやらせていた。
「エクス。ドライヴじゃ物足りないわ。帰ったらシャワーを浴びて、明日の朝までセックスしましょ。」
「ペルさん?それよりもんぐ――」
何かを言いたげなエクスの口を優しく唇でふさぐ。
二人の口の中には砂利がいくつか混ざっていて、とてもロマンチックな味はしなかったが。
静かに。
戻ってきたチームメイトと、引率の教師に見つかるまでずっと唇を重ね合っていた。